メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
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それで……ああ、そうそう。その後ね。
「ここなら、大丈夫でしょう」
会場の外ってか、屋敷の中庭の近くにテーブルとイスが何組かだけ用意された休憩スペースがあって……ってか、アレだ。俺がいつもタバコ吸ってるところ。そうやって言った方が分かりやすいか。そんな感じのとこに、無理やり座らせられたわけ。
「……マジでお前、その尻尾癖何とかした方がいいぞ」
「トレーナーさんがもっとお利口さんにしてくださるなら、考えますよ」
「あっそ」
まあ、そんな感じでいつものやり取りしてさ。
「それで? なんかマズいこと言ったか、俺?」
「いえ、先程も申し上げましたが、そういったことではありません。ですが……やはり、トレーナーさんの態度や言葉遣いは、いかがなものかと思います」
「……それ言うなら、向こうも同じだろ。あんなこと言われて、お前も腹立ってんじゃねーのかよ」
「ですがあの場にいる方々は、少なからず私たちを応援してくださっているんですよ? それならば無礼のない振る舞いをしなければいけません。ですから、それができないトレーナーさんには少しここで落ち着いて、無礼のない振る舞いというのがどういったものなのかお考えいただければと」
「つまりアレか。場違いだからお前はここで大人しくしてろ、ってことか」
「そういうことになりますね」
「……そーかよ」
そう答えられた時点で、もうほとんどやる気無くしてさ。会場に戻る気力っつーか、何ならそこで帰るまであったのね。パーティーのあとに手続きとか、色々やることあるって知らされてたから、帰らなかっただけで。
そんでまあ、イライラしてたから吹っ切れて愚痴も出ちゃってさ。
「……だから、来たくなかったんだよ。どうせこうなるって分かってたから」
「それをご自身で理解していたのに、ああやって言われてしまったのですか?」
「当たり前だろ。自分の担当にあんなこと言われて、黙ってるトレーナーなんかいねーよ。何も知らねーくせに、好き放題言ってくれやがって……つーかさあ、俺と話す気あんなら、
みたいな感じで、愚痴ってる俺にさ。
あいつ、なんか知らねーけど嬉しそうっていうか……変な感じで笑ってきて。
「そのご様子では、やはりここで落ち着かれた方がいいかもしれませんね」
「ああ、そーするよ。悪ぃけど、俺はもう今回パスするわ」
「そうですか」
そしたらあいつ、勝負服のポケットに手ぇ突っ込んで。
「まあ、というのが建前でして」
みたいなこと言いながらさ。
俺に、新品のタバコ渡してきたの。
「……は?」
「あら? もしかして、銘柄を間違えてしまいましたか?」
「いや、合ってるけど……え? なんで?」
「
「………………」
もう、ビビるよね。
あのさ、前話したけど、俺の喫煙ペースはもう把握されてたの。どんな銘柄のやつ吸ってんのか、どのライター使ってるとかも。だから、その時の俺がヤニ切れてたことに気づいたのは、まだギリギリ分かるんだよ。
でも、その時の俺のタバコさ。
箱の中にあと一本しかなかったんだよね。
「そこまでいくと流石に怖ぇよ……」
「私も、たまたま気付いただけですよ。ですが、私では買えませんから、ばあやに頼んで……」
「……お前さ、もし彼氏とか出来たとしても、絶対こういうことやんなよ?」
「今、そういう相手を作る気はありませんが……どうしてですか?」
「普通に引かれるし、クソ重たい女だと思われるから」
「……あら。ということは、トレーナーさんでしたらその心配もないんですね?」
「いや全然ドン引きしてるし、お前のこと面倒だと思ってるけど……」
「あげませんよ?」
「すいませんでした」
だってあいつ、タバコ握り潰そうとしてたんだもん。脅迫だよ、脅迫。
そんで、まあ……最後の一本に火ぃ点けたあと、あいつから新品貰って。いつもみたいに一服してるうちに、あいつが隣に座って来てさ。
「……お前、戻んなくていいのかよ? 今日の主役なんだろ?」
「私も立ちっぱなしでしたから。少しだけ、休憩しようかと思って」
「だからって、なんでわざわざココで……つーか勝負服にヤニの匂いつくだろ。いいのかよ?」
「ああ、それもいいかもしれませんね。いつでも、トレーナーさんを近くに感じられて」
「……勝手にしろよ、もう」
みたいに、もう何言っても聞かないモード入ってたから。俺も、吸ってたの。
それから少しくらい、そのまま二人で座っててさ。
「……嬉しかったのは、本当ですよ」
急にあいつが、そんなこと言い出して。
「何が」
「私がメジロアルダンだと、あの場で言ってくれたことですよ」
「……別に。トレーナーとして、そう言わなくちゃいけないと思っただけで……つまり、俺のためだ。お前のために言ったワケじゃない。……だから、気負う必要なんてねーよ」
「それでも、私が救われたのは事実です」
みたいに言ったあと、あいつが立ち上がってさ。
「もう少しここにいたい気持ちもありますが……そろそろ、戻りませんと」
「あ、そう。まあ頑張れよ」
そっからパーティーが終わるまで、俺はずっとそこにいたの。まあ、タバコも吸い放題だし、何より俺がなんかやらかしてメジロ家とか、あいつに迷惑かけるよりは、ここで何もしないでいた方がマシだと思って。あいつの言う通り、大人しくしてやったよ。
え? いや、別に暇ってわけじゃなかったけど……。
……あー、そっか。そういえばそうだわ。その時だったよ、うん。
何って、メジロの妹どもと顔合わせしたのは。
「あなたが、アルダンさんのトレーナーですの?」
メジロ家のパーティーってわけだから、まあメジロ家の連中もそこそこ同席しててさ。だから、あいつの妹分っていうか、
そんで、あいつが何て言ったかは知らねーけど……外に追い出された俺んところに、わざわざやってくる奴らが何人かいてさ。まあ、自分の身内のトレーナーってこともあるし、興味本位っていうか、どんな奴なのか見たかったんだろうな。
「……メジロマックイーン、だな?」
「ええ、その通りですわ。初めまして」
最初に声かけてきたのは、マックイーンだった。
「私のことはご存知ですのね」
「模擬レースとかの戦績いいからな。話題にはなってるよ」
「それは……嬉しいことですわね」
まあ……ちょうど真ん中くらいかな。基本的にちゃんとしてる娘だし。あいつみたいに突拍子もないこと言わない分、楽っちゃ楽だよ。……食いモンってか、甘いモンの話になると、急に意味分かんないこと言い始めるけど。
……え? いや、だから真ん中……ああ、何の順番かって?
そりゃお前、メジロの妹どもの中で、どれだけこっちの話が通じるかの順番だよ。
「それにしても、アルダンさんのトレーナーになられた人ですから、どのようなお方なのかと思いましたが……まさか、あなたのようなお方だとは思いませんでした。意外ですわ」
「悪かったな、思ってたのとは違って」
「いえ、そういう意味ではないんです。ただ……アルダンさんの口から聞くのとは、大きく違って」
「……ちなみに、あいつ俺のこと普段は何て言ってんの?」
「『落ちぶれた私に手を差し伸べてくださった、王子様のようなお方』、と」
「一回あいつに演劇見せんのやめさせた方がいいんじゃねーのか」
みたいな感じで、ちょっとだけ会話したんだけど。
そしたらすぐ、マックイーンが。
「では、私はこれで」
「もう行くのか?」
「私はアルダンさんみたいに、煙草の香りが得意ではありませんので」
「あー……」
言われて、今更になって気づいたのよ。普通、女子中学生ってタバコとかの匂い嫌いなんだって。今まで生徒ってか、あいつの前でも吸ってたからさ。ああそりゃそうだよなー、ってなんか変に納得しちゃってさ。
そうなると、俺が吸ってても平気で隣に並んでくるあいつがおかしい、って話になってくるんだけど。
まあ……あいつは元々おかしいから。そんな話してもキリねえよ。
それで……そうそう。
マックイーンが行ったあとに、また妹どもが声かけてきたんだけど。
「あなたが、アルダンさんのトレーナーさまですか~?」
「ちょ、ちょっとブライト……! まずは自己紹介からだよ!」
「………………」
今度は、三人で一気に来やがってさ。
「……まず、お前がメジロドーベルなのは分かる」
「え……何で」
「副会長のエアグルーヴとよく一緒にいるから」
「……そう」
「……………………」
「……………………」
ドーベルは……うん。一番下。いや、だって向こうが明らかに俺のこと嫌いなんだもん。男嫌いっつーの? だから、話すらマトモに聞いてくれない。……たまーに、なんか変な事は聞かれたりするけど。今までの彼女の話とか、そこらへんの。
「そんで、お前が……たぶん、メジロブライトだな?」
「私のこともご存知だったのですか?」
「一応、同期の中でも噂になってるからな」
「……それは、悪い噂ですか~?」
「あー……まあ、そうだな。自覚あるみたいだから正直に言うわ。メジロ家ん中でもトロい奴がいるって、噂になってるよ。全員が全員ってワケじゃねーけど……そう言ってるヤツも、何人かいる」
「そうですか~……」
「……まあ、担当してくれるヤツが見つかるまで我慢だな」
ブライトはマックイーンの一個下くらいだな。いや、確かにトボけてるっつーか、ふわふわしてるけど……話自体はちゃんと聞いてくれるから、まあ。のろのろしてるとこ以外、別に気になるところはないな。いい娘だよ。
「それで、最後のお前がメジロライアン」
「正解。……私たちのこと、知ってたんだ?」
「自分の学校の生徒だから、ってのが建前だな」
「本音は?」
「前の二人にも言えることだけど、顔が広かったり、良くも悪くもトレーナー間で噂になってる生徒の名前は、嫌でも耳に入ってくんの。その上、お前らはメジロ家ってことで目立ってるからな」
ライアンは上から二番目だな。かなりマトモな方だよ、あの娘は。ちゃんと話が通じて、意味分かんないことも言わないもん。普通に会話ができる。ほんと、それだけでいいからマジで他の連中も何とかしてくれよ……。
……まあ、そんな感じで。
「あいつから何か言われたのか?」
「そういうわけじゃないけど……私たちも、アルダンさんのトレーナーがどんな人か興味あったから」
「それに、今日のアルダンさん、いつもよりと~っても嬉しそうでしたから~」
「……そうか? 別にいつも通り、好き勝手やってるだけだろ?」
「あー……トレーナーさんからしたら、そうかもしれないけど」
その時のライアン、なんか余所余所しいっつーか、遠慮気味に笑っててさ。ブライトの方も満足げに笑ってて。俺としては、またあいつがなんか変な事吹き込んだんだろうな、くらいに思ってたの。
そしたら、それまでだんまりだったドーベルが、急に喋り出してさ。
「……ねえ」
「何だよ」
「あなたに一つだけ、聞きたいことがあるんだけど」
「……どうした?」
すげー真面目な顔してたから、俺も真面目になって聞いちゃったんだけど。
そしたらあいつ、何て言ってきたと思う?
「アルダンさんとあなたって、その……付き合ったりとか、してるの?」
「……………………」
「……………………」
……………………。
「は?」
「だ、だって……! 最近のアルダンお姉さま、ずーっとあなたの話しかしてないんだもん! だから私たちもずーっとノロケ話ばっかり聞かされてるんだけど!? この際、付き合ってるなら付き合ってるってハッキリ言ってよ! その方が気が楽だから!」
……まあ。
納得できる話では、あるんだよ。
だって今まで担当が見つからなかった生徒が、手順はどうであれようやく担当するトレーナー見つけたんだから。そりゃ、嬉しくなって身内にも話すだろうし、色々と俺のことも喋るのも分かる。そこは、まだ理解できる。
でも、ほら。あいつ。マックイーンも言ってたけど。
俺のこと、王子様とかなんとか、演劇に準えた変な言い方してるみたいで。
「身だしなみ整える時間、明らかに増えてたもんね。……特に、トレーニングに行く前とか」
「先日買い物に行った時も、ご自身のものだけじゃなくて、トレーナー様に合いそうなものも選ばれてましたよ~? 化粧品に、服に……あと、トレーナーさんのために料理もしたい、って」
「お前らも苦労してんだな……」
「この前なんて、屋敷の部屋いくつかトレーナーさんにあげるとか言ってたんだけど!」
「え……は? いや、俺それ初耳……」
「イチャイチャするなら私たちの屋敷じゃなくて他所でやってよ!」
「だから付き合ってねーっつってんだろうが!」
そんな感じで俺、妹どもにとんでもない勘違い喰らっててさあ。
今でもたびたび聞かれんだよ。「まだ?」って。いくら冗談にしても続けすぎだよな、ほんと。いや、確かに部屋もマジで用意されてたから、屋敷にはそこそこ出入りするよ。服とか化粧水とかの日用品……ああそうそう、あいつが買ってきたヤツ。それも置かせてもらってるし。
つーか、泊まる頻度も今だと屋敷の方が高いしな。
言っちゃえば俺、ほとんどメジロ家の人間になっててさあ。
あれ? あー……え? そうだな……俺、ほとんどメジロ家の人間になってる、けど。
……もしかして、「まだ?」ってそういう意味?
いや、そんなワケ……あ、そういやこの前、あいつと旅行で教会に寄って……。
……まさかアレ、そういう? ちょっと……。
……………………………………。
やめよっか、この話。
「あいつの妹、ロクなのがいねえな……」
とにかく、その三人もそれだけ会話したらすぐに会場の方に戻って行って。
そっからは、しばらく一人でタバコ吸ってたのよ。そろそろパーティーも終わる頃だし、コレだけ吸ったら控え室戻るかなー、みたいなこと考えてて。結局、何もできなかったなー、とか思ってたの。
んで、それ吸い終わったくらいかな。
「お婆さま、ほんとに大丈夫? 外、まだちょっと冷えるよ?」
「ええ、心配してくれてありがとうございます。あなたは優しい子ですね、パーマー」
会場に続く出入口の方から、そんな声聞こえてきて。
そっちの方向いたら、いたの。
「……うわっ」
「あら、想像通りの反応」
あのクソババアが。
「何しに来たんすか……」
「いつまで待っても来ないから、私から来てあげたんですよ」
「……来ないって?」
「確か、アルダンに伝言を頼んだのですが」
「ああ、はい。それは聞いたっすよ。顔くらい見せろって。だから、こうし、て……」
「………………」
「……いや、直接顔見せろって意味だと思う訳ないじゃないっすか!」
確かに、あのババアとは最低限の連絡とか取ってたけど、こうやって直接顔合わせたのって、模擬レース終わった時以来だったよ。でもさあ。まさかいきなりそんな会いに行くとか思わないじゃん?
ほんと、偉い人間って……他人の揚げ足取るの上手いよな。
「アルダンとは上手くやっていますか?」
「……出来る限りのことは。今年から、三冠路線に向けたレースにも出そうかと」
「ティアラ路線には進まなかったのですね」
「今日だけで嫌になるほど聞いたっすよ。そのセリフ」
「ふふ、そうでしょうね」
そうやって答えられたときに、ぼんやりとだけ思ったのよ。
あー、だから俺をあいつにあてがったのかな、って。
だってマトモなトレーナーだったら、あいつのことティアラ路線に進ませるもん。脚質もそうだし、ラモーヌって成功例もいるし。それが普通ってか、常識的な考えだと思う。
でも、本人からしたらたまったモンじゃねーし……自分で言うと少しイタいけど、俺ってマトモじゃないからさ。その、学歴って点もそうだし……トレーナーとしての実績だってそう。普通じゃあ、なかったからさ。
ハズレ同士って言うと、アレかもしれないけど……向こうからしたら、お似合いだったのかな、って。
……まあ、結局のところ。
俺はあのクソババアの手のひらで転がされてた、って話なんだけどさ。
「これからも、どうかあの子のことをそばで支えてあげてくださいね」
「なら、あいつに俺のこと折らないよう言っといてくださいよ。このままじゃ身が持ちません」
「ですが、あなたもただで折れるような人ではないでしょう?」
「……そーっすね」
ほんと、自分でも言うの何だけど、その信頼はどっから来るんだよ。
「では、私はこれで」
まあ言いたいことも言ったみたいだから、あのババアも帰って行ったんだけど。
「……お前は帰んねーの?」
「え? ああ、いや……私はちょっと、ね。ああいう雰囲気、苦手だからさ」
なんか、付き添いで来てたそいつだけ、俺のとこに残っててさ。
「えーっと……?」
「ん? ああ、そっか。初めましてだもんね? 私、メジロパーマー。よろしく」
「……いや、悪い。名前、出てこなくてな」
「えー、ショックだなあ。……いや、うん。いいのいいの、気にしてないよ。私、マックイーンたちみたいに有名ってワケじゃないしさ。仕方ないよ」
パーマーと会話したのは、そこが初めてだったのよ。
いや、実を言うと顔は知ってたんだよな。よく、ゴールドシチーとかの傍にいるから、なんとなく見覚えはあった。ただ……メジロ家だとは思わなかった、ってのも事実でさ。何って、あそこの周りのやつ……結構、チャラついてるっていうか、どっちかっていうと素行が良くない方のヤツの方が多かったもん。まさか、この家のヤツが紛れてるとは思わなくて。
「それにしても、びっくりしちゃった」
「……メジロアルダンのトレーナーらしくないから、か?」
「あ、もしかしてマックイーンたちから言われた感じ?」
「まあな。お前もそう思ってるだろ?」
「うーん……どうだろ。確かに想像とはちょっと違ったけど……それっぽい、って言ったらそうかも。だって、アルダンさんのワガママについていくなんて、普通の人じゃキツいだろうからさ。トレーナーさんみたいな人の方が、アルダンさんにとってもいいんじゃないかな、って」
「………………」
「にしても、トレーナーさんも大変だよね。アルダンさんから話は聞いてるけど、結構振り回されてる感じじゃん? だから……って、あれ? トレーナーさん? おーい! ……聞いてる?」
……え? ああ、パーマーの順番?
そんなもん、お前。
「……お前さ」
「うん? どうかした?」
「もしかして、かなり話が分かる方だな?」
一番上に決まってんだろ。
「えー、そうかなあ?」
「少なくとも、今日話したメジロ家の連中のうち、お前が一番マトモだ」
「……それ、褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる。お前みたいなヤツがいてくれて助かったよ」
いやもうほんと、パーマーだけだって。メジロ家で信頼できるのは。実際あいつ、自分でも言ってるけど、物分かりかなりいい方だし。こう言っちゃパーマーには悪いかもしんないけど……
……今だから言えるけど、菊花賞でやらかしたあとに、一番最初に会ったのがパーマーでよかったよ。他のヤツだったら、俺はたぶん……いや、そうだな。その話は、もう少し後でいいか。
「ほんと、担当始めてからあいつに振り回されてばっかりでさあ……お前もあいつのワガママ加減知ってるなら、何とか言ってくれよ。俺が言うより、身内のお前が言ってくれた方が、あいつも聞く耳持つだろうし」
「言われても、私そんな強く言えないし……一応聞いとくけど、例えばどんな?」
「とりあえず、あの尻尾癖をどうにかしてくれよ。あいつ、事あるごとに俺のこと尻尾で叩くんだぜ? ここに連れてこられた時も、あいつの尻尾で無理やりだったし。もっとお行儀よくできねーのかよ」
「……え? アルダンさん、トレーナーさんにそんなことしてるの?」
「え?」
そんな感じで、半ば愚痴みたいなこと話してる時だったかな。
「ただいま戻りました……って、あら?」
ちょうど、パーティーも終わる時間になったみたいで。
挨拶回りとか、その他諸々を終わらせたあいつが、俺のこと迎えにきたのよ。
「パーマー? 会場で見ないと思ったら、ここにいたんですね」
「あー、えっと……うん。お婆さまを送って、そのまま」
「……それで、お二人はどんなお話を? ずいぶんと仲良くされていたようですが」
「別に? 大したこと話してねえよ」
今になって思うんだけど、あいつ、ちょっとだけ不機嫌だったみたいで……その時は珍しく、それが態度に出てたのよ。
だって。
「では、そろそろ私たちも戻りましょうか」
「……悪ぃ、その前にもう一本だけ吸ってくわ」
ちょうどヤニも切れてたし、最後に一本くらい、って思って。
いつものあいつなら許してくれるから、そのままライター点けたんだけど。
「トレーナーさん?」
「え? いや、だからもう一本吸ってから行くって。ちょっと待ってろ」
「………………」
あいつ、ライター持ってる俺の手、ピンポイントで狙ってきやがったの。
「痛っ……てぇなあ! お前、ソレ止めろって何度も言ってんだろうが!」
「戻りますよ、トレーナーさん。時間もあまりないんですから」
「時間ってお前、まだ結構……って、おい! 離せって! こ、の……力強ぇなあお前!」
そりゃまあ、俺をここに連れて来たあとも、ずーっと立ちっぱなしでお偉いさんの挨拶回りとか話聞いてたりしてたもんな。不機嫌っつーか、ストレスもだいぶ溜まってたんだろうな。
そのまま俺の手、尻尾で引っ張りやがって。無理やり連れてこうとするの。
「パーマー、これ! これ止めさせろって! メジロ家の令嬢がすることじゃねえだろ!」
「あー、これは……あはは。うん。そうだね……」
「……何笑ってんだよ? さっきも言ったよな? こいつの尻尾癖、どうにかしろって! なあ!」
「その……ごめんね、トレーナーさん」
「裏切ったなテメー!」
「では、参りましょうか」
結局、今でもあいつの尻尾癖は健在でさ。
俺も何度かパーマーに治すよう頼んでるんだけど、一向に治る気配ないんだよな。
ほんと……このままじゃ、体持たねえって。あいつ、手加減とか一切してくれないし。
どうにかしてくんねえかなあ、マジで。
……え?
ああ、
んなもん決まってんだろ。
圏外だよ。
■
それから、まあ。
あいつに引きずられるままに、控え室に連れてかれて。使用人さんたちもほとんど引き払っちゃったから、勝負服の着替えとか身だしなみ整えるのも手伝ってやってさ。
やっとひと段落、って感じになったところで、もう時間も遅いから、今日はここ泊まるか、って話になったんだよね。まあ、今更俺もトレーナー寮戻るよりかは、このまま泊まって帰った方が楽だったから、そうしたの。
んで、今日はもう寝るかー、みたいな感じであいつとは解散になったんだけど。
「……そんな感じで、メシ食うタイミングもなかったんっすよ」
「アルダンお嬢様が楽しそうなご様子で、何よりです」
「いや俺が大変だったって話っすけど」
話聞いてりゃ分かると思うけど、俺、その日ほとんどメシ食ってなくてさ。
厨房に何か余ってねえかなー、って思って立ち寄ったら、コック長さんがいて。
「それで、なんか残ってないっすか? とにかく寝る前に腹に何か入れときたくて」
「構いませんよ。ご希望はありますか?」
「じゃあ、卵と肉、米、タマネギ……あと、トマト! 何個かあればめっちゃいいんすけど」
「それくらいであれば、確か……」
「お、マジっすか!」
結構無茶な要求したんだけど、冷蔵庫探してくれてさ。そしたら、丁度いいぐらいにトマトまで残ってたらしくて。キッチン借りて、とりあえずいつも通りトマトと塩と砂糖、デカめの鍋借りて煮詰めたのよ。
「普段、料理されるんですか?」
「時間あるときは、って感じっすね。まー、安く済ませたいんで」
「……アルダンお嬢様に振る舞われたりは?」
「いや、多分ですけど、あいつの口には合わないっすよ。俺の作るメシ、味濃いんで」
そんな感じで、トマトが煮詰まるまで適当に話してる時にさ。
「……トレーナーさん?」
なんか、厨房の入り口の方から、そんな声が聞こえてきて。
振り返ったら、寝間着姿のあいつが、不思議そうに首傾げて立ってたのよ。
「おや、アルダンお嬢様」
「何お前、もう寝るんじゃなかったの?」
「そのつもりでしたが……お恥ずかしながら、少しだけお腹が空いてしまって」
「あー……そっか。お前もメシ食うタイミングなかったもんな」
「残っているものがあれば、頂けないかと思い立ち寄ったのですが……」
みたいな会話してる間に、あいつも俺が何か作ってるの気づいたみたいでさ。俺とコック長の間に割り込んできて、鍋の中覗き込んで。そこでまあ、あいつも勘づいたんだろうな。
「……まだ、間に合いますか?」
「ギリギリだけどな。間の良いヤツめ」
「お皿、二枚用意しておきますね」
「申し訳ないっす」
その時点でトマトソース出来ちゃってたからなあ。米炒めてたらアウトだったけど。
「それにしても……トレーナーさん、料理できたんですね」
「まあな。実家が定食屋やってたから、色々教わってた」
「……初めて聞きました」
「ほんとは実家継ぐ予定だったんだけどなー……まあ、この前にも話したけど、色々あったのよ」
なんて話しながら、米と鶏、さっきのトマトソース少しだけ炒めてたんだけどさ。
あいつ、隣に立ったまま、俺が料理してんのじーっと見つめてんの。別に面白いこと何もしてないのに。いや、集中できないとかじゃないけど……見てて楽しいの? ってなるじゃん。コック長がやるならまだしも、俺が料理してるところ見ても、何も面白くねーのにな。
「ところでこれは、何を作られてるんですか?」
「オムライス」
「……よろしければ、私にも何か手伝わせてくれませんか?」
「じゃあ、卵梳くのお願いしていい? フォークでな」
「フォークですか? 箸ではなく?」
「その方が、黄身と白身がよく混ざるんですよ」
「そーゆーこと。あ、皿二枚借りるっすね」
そんな感じでテキトーに調理進めて、ライス盛りつけた後に卵被せて。
「トマトソース、どれくらい欲しい?」
「えっと……それでは、少しだけお願いしてもいいですか?」
「はいよ。じゃ、残りは全部俺の分ってことで」
「……もしかして、その量をですか? ほとんど浸かる量ですけど……」
「お前、分かってねーなあ。こんくらいが一番美味いんだよ」
「塩分の暴力ですね」
なんかあいつもコック長も引いてたけど、余ったソース全部オムライスにかけて。
「完成~」
「まあ……!」
何事もなく、いつも通りオムライスが出来上がったの。
まあ、普通だよ。だって材料、卵とトマトと米と肉しかねーもん。でもな、これが美味いんだわ。お前にも作ってやったから分かると思うけど、オムライスって完璧なの。栄養バランスもそこそこいいし、冷蔵庫の余りモン処理もできるし。言っとくけどウチの定食屋、伊達にオムライス一本でやってないからね。
それで……ああ、そうそう。
出来上がったオムライス、俺もあいつも食べてたんだけど。
その途中で、あいつが急に。
「まさか、トレーナーさんの手料理を頂けるなんて、思ってもいませんでした」
「いちいち大げさすぎんだよ。別に、これくらいだったらいつでも作ってやるって」
「本当ですか?」
「ああ、本当本当。だから、もったいぶらずにさっさと食いな」
それからもあいつ、俺のオムライス食ってたんだけど。
まあ、美味そうに食ってくれてさ。
「美味いか?」
「はい、とても」
「……そう。なら、良かったわ」
正直な、ちょっとだけ不安だったんだよ。あいつ、どっちかというと味薄いの好きだからさ。さっきも言ったけど、俺の料理、あいつの口に合わねーんじゃねえのかな、って。思ってたんだけど。
でも良かったわ。美味そうに食ってくれてたし、また食いたいって言ってくれたし。余りモンにはなったけど、作ってやってよかったよ。母さんのお蔭だわ、ほんとに。
……いや、当たり前でしょ。
自分の作ったメシ、美味そうに食ってくれるんだから。
それが誰であろうと、嬉しいに決まってんだろ。
■
その日は、結局それで終わったなあ。
ああ、うん。メジロの妹どもとは、今でもちょくちょく会ってるよ。あいつの都合で屋敷とか行く時もそうだし、パーティーってか、ちっちゃい会食みたいなのに呼ばれて、そこで、って感じの時もあるなあ。
え? あー……、いや、どーだろ。向こうは、よくて親戚の兄ちゃんくらいには思ってるんじゃない? 実際、俺って長男だし。年下の面倒見るのは、妹で慣れてるしなあ。妹に比べたら……いや、どっちもどっちだな、うん。
レース? ああ、それは……色々あるよ。担当ついてるヤツもいれば、まだ担当見つかんないやつもいるし。まあ、各々のペースで、ゆっくりやればいいんじゃねーの。
……は? 俺? いやいや、ないない! ただでさえあいつの面倒見るので忙しいのに、他の妹どもの面倒なんて見られるワケねーだろ。そもそも俺、何度も言ってるけどトレーナーとしての実力なんて、これっぽっちもないんだし。やるにしても、もっとマシなヤツ見つけて来るだろ。
それこそ、俺がマジでメジロ家の専属トレーナーにでもならない限り、あり得ねーよ。
あはは……。
……………………。
……ないよな?
■
Q.続きますか?
A.12月中に続けてみたいです