メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】   作:宇宮 祐樹

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お待たせしました!マジで申し訳ないです
直近の予定とかは一応全部終わったので、こっからはバシバシ書いていくわよ~
がんばります


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 そうやって、菊花賞が終わってから一週間くらい経った頃かな。

 

「お疲れ様です」

 

 先生が俺を呑みに誘ってくれたのよ。

 それも普通の居酒屋じゃなくて、先生がよく通ってるお洒落なバーみたいなところ。俺も何度か先生と行ったことあったから、ああ良いですねじゃあそこで、って感じで。それに、あいつの担当してからずーっと飲みとか一切行くこともなかったし。久しぶりにやっちゃいますかー、って浮かれちゃって。

 ただ、誘われた時に「二人きりで話しませんか?」みたいなこと言われたのよね。

 先生とサシで呑むのは全然、何回もあったけど……皆で呑んだ後の二次会とか、他の人が仕事で来れなくなった、みたいな時だけしかなかったのよ。だから、改めてそう言われたのはもしかしたら始めてだったこともあって……なんつーか、すげえ緊張しちゃってさ。

 

「お、お疲れ様っす……」

「何をそんなに身構えることがあるんですか」

「いやあ、だって……ねえ? わざわざ俺とサシで呑みたいなんて……俺、なんかしましたっけ?」

「別に今日はあなたを叱るつもりはありませんよ。ほら、早く座ってください」

 

 内心ビクビクしてたんだけど、まあ先生がそう言うなら……って思って。とりあえず先生の隣に座ったら、その日は他にお客さんもいないみたいだったから、マスターもすぐに俺たちのところに来てくれてさ。

 

「何にされますか?」

「えー……それじゃあ、バーボンソーダで」

「では私はギムレットを」

 

 そんでマスターがお酒作ってる間に、先生の方から話し始めたの。

 

「次はどのレースにアルダンさんを?」

「あー……どうっすかねえ。色々考え中、ってことで」

「なるほど、手の内はそう簡単に明かさない、と?」

「いや、別にそういう作戦ってワケじゃないすよ。ただ……ちょっと確かめたいことができたんで。次のレースがどうとか、ってよりはそっちの方が先っすかね」

「……確かめたいこと、ですか」

「はい。まあ、それこそ手の内を明かすことになるんで言いませんけど」

 

 正直な話、菊花賞が終わってからのローテはもう俺の中では決まってたんだよね。でも、改めて菊花賞でクリークに敗けた時、ああ、もしかしたらこいつは、って思うことがあったんだよね。だから……次のレースとか今後のローテとかは、一旦ちょっと保留にしとこう、ってなって。

 

「先生こそ、クリークはどうすんすか?」

「次に見据えているのは春の天皇賞です。有記念にも出られたら、と考えてはいますが……まあ、あのレースはどうしても投票が関係してしまいますから。もちろん、出走権が得られれば走ってもらおうと思っています」

「菊花賞の優勝バですし、例年通りなら出走権も貰えると思いますけどね」

「それを言うなら、アルダンさんもそうでしょう。今年の二冠ウマ娘ですし、投票が集まらないわけがありません。それに、負けず嫌いのあの子のことです。クリークが出走すると踏んで、自分も出走したいと言い出すかもしれませんよ? そのあたりは、どうするつもりですか?」

「いやー……もう長距離は勘弁してほしいっすよ」

「……まあ、これからの話はまた今度に」

 

 そうやって先生が言ったタイミングで丁度、マスターがお酒を持ってきてくれて。

 

「今はレースを終えた彼女たちを称えましょう」

「……そうっすね」

「では、彼女たちに」

 

 なんて二人で乾杯してから、適当に飲み始めてさ。

 

「改めて、今年の菊花賞は素晴らしいレースでした」

「俺は素直にそう思えませんよ、やっぱり」

「では、あなたにとっては悪いレースだったと?」

「……いや。良いレースでした。それは間違いないっすよ」

 

 ただ、まあ。

 

「後悔はしてるかもしれないっすね」

「……後悔、ですか」

「はい。まあ、今更言ってもどうしようもない話ではあるんですけど。もしも、あいつのトレーナーが俺じゃなかったら、もっといい奴が担当についてたら、あいつはもっと上に……それこそ、三冠ウマ娘になってたんじゃないか、って。……俺はあいつに相応しいトレーナーなのかな、って。そんなこと考えちゃって」

 

 それこそ、あいつがいない場所だから言えたことなのかもなあ。

 でも、人間ってやっぱそういうこと考えちゃう生き物じゃん。ここまで必死に頑張ってきたのに、結果がついてこなかったら、もしかしたらどこかで間違えたのかも、って。今まで進んできた道を、振り返りたくなるだろ。……少なくとも、その時の俺はそうだった。

 

「どうしようもない話ですね」

 

 呆れながら先生はそう言ったけど、でも俺の気持ちも汲み取ってくれたみたいで。

 

「慰めになるかは、分かりませんが」

「何すか」

「もし私がアルダンさんを担当していたら、私はあの子をティアラ路線に進ませているのでしょうね」

「まあ……先生ならそうするっすよね」

「いえ、私でなくとも、普通のトレーナーだったらそうするでしょう。ティアラ路線の主要なレースの距離も彼女の適正に合っていますし、素質的にもそれが一番やりやすい。何より、トリプルティアラを獲った成功例が身近にいるんですから。それが真っ当なやり方だと思います」

 

 つまり。

 

「……俺のやり方は間違ってたってことっすか?」

「そういう訳ではありません。あなたがアルダンさんを三冠路線に進ませたのは、他のトレーナーと違う景色を彼女に見せようとしたからではありませんか? ラモーヌの妹としてではなく、メジロアルダンというウマ娘として在りたい。そんなあの子の声を聴いたからこそ、ここまで彼女を連れてこれたのではないですか?」

「それは……」

「もちろんその過程は厳しいものだったのでしょうし、望む結果が得られなかったことに悲しんだと思います。ですが、あなたが示したその道のりはきっと、彼女にとってはかけがえのない、素晴らしいものになったと思いますよ」

 

 まあ。

 なんつーか。

 先生にそう言われて、ほんの少しだけ思ったんだよ。

 あいつのトレーナーになれてよかった、って。

 それこそ普通のヤツに捕まってたら、あいつはティアラ路線に行くことになって……何もできずに終わってたんだと思う。ラモーヌの後を追って、何もできなかったウマ娘で終わってたんだろうな、あいつは。

 つまり、俺にしかできないことだったんだよ。俺がトレーナーになったから、あいつはここまで来れたんだ。結局、三冠は獲らせてやれなかったけどさ。それでも……その道を選んだことは絶対に間違いじゃない、って。

 そう考えると、ちょっとだけ気持ちが楽になった。

 ……ほんと、先生には敵わないよ。

 

「後悔をするのは自由ですが、自分を恨んではいけません。それこそ、担当トレーナーが自分でなかったら、なんてあの子が聞いたら……萩野くん。君がどうなるか分かったものではありませんよ?」

「あー……まあ、確かに。なんかうるさく言ってきそうっすね」

「それだけで済むのなら、まだいいのですが」

 

 そうやって話してる間に、酔いもだんだん回ってきてさ。

 

「うあー……三冠、あとちょっとだったのに……!」

「惜しかったですねぇ、本当に」

「本ッ当っすよマジで! 何なら途中まであいつが先頭走ってたっすからね!? 実質三冠みたいなモンっすよ! ……あー、もう! もっかい! 菊花賞、もっかい同じメンツでやりませんか!?」

「どうせ最後に勝つのは私のクリークですよ」

「うぜえええ!!」

 

 もう俺はベロベロだったんだけど、先生もなかなか酔ってたよ。

 

「ほんとレースってクソっすよね」

「現役のトレーナーから出る言葉ではありませんね」

「いやだって、そうじゃないっすか。途中まで一番だったのに、最後にちょっと抜かされただけで負けなんすよ? ……マジで意味わかんないっすよ。納得できねーっす」

「……『レースはいい。勝ちか負けしかないから、バカな俺でも分かる』、なんて言っていたのはどこの誰でしたっけ?」

「そりゃあ……アレっす。まだレースのことを何も知らない、世間知らずのバカなガキっすよ」

「ああ、そうでしたね。いきなり私の元を訪れたと思えば、トレーナーになるために必要なことを全て教えろと頼み込んできて、そのまま専門学校に私の紹介で通うことになった、あの礼儀知らずの子供のことですか」

「いやホントすいませんでした……」

「構いませんよ。あなたの才能がどこまで通用するのか見たかったのも事実です」

 

 先生はそうやって言ってくれたけどさー……マジで学生やってる時はほんと、面倒見てもらってばっかりで。本気で怒られたことも何度かあったよ。でも、本気で怒るってことは、それだけ俺のためを思ってやってくれた、ってことだから。……先生には感謝しかないよ、ホントに。

 

「まあ、それにしても、とは思いますけどね」

「それは……え? どういう意味っすか?」

「あんな礼儀も世間も知らない子供がまさか、生まれつき身体も弱く周りから疎まれていた生徒を担当して、そのままクラシック二冠を獲らせる腕利きのトレーナーになるとは思いもしなかった、という話です」

「……やめてくださいよ」

「誇るべきことだと思いますが」

 

 そりゃ、まあ……そうかもしれない。

 先生の言うことも尤もだと思う。

 でも、やっぱり。

 

「二冠()()獲らせてやれなかったんです。本当は、三冠ウマ娘になるはずだったのに」

 

 俺にはそうとしか思えなかったんだよ。

 

「理想が高いことは分かってます。それが自分の首を締めていることも。でも……あいつならやってくれる、って信じられた。だから、俺も出来る限りのことをしたんです。だって、あいつが三冠ウマ娘になってくれたら、俺はきっと……」

「……救われる、と?」

「はい」

 

 そう。日本ダービーの前に喫煙所で話したこと。

 先生さ、ずっと覚えてくれてたんだよ。

 

「そのために俺は今まで頑張ってきたんです。でも、ダメだった。……別に、あいつを責めるつもりは一切ありません。あいつは本当に頑張ってくれました。だけど……俺は救われなかった。俺の中のものは、何も変わらなくて……結局、俺はずっとこのままなんだ、って。やっぱり、その事実は変わんないんです」

「……日本ダービーの前に話したときからずっと、疑問に思っていたのですが」

「何すか」

「あなたは一体、何に追い立てられているのですか?」

「それが分かってたら、もっと楽になれたんでしょうね」

 

 まだ分かってなかったんだよ、その時の俺は。

 あいつに俺の何を重ねてるのか。

 

「誰かに誰かを重ねることは、あまり好ましくないことですよ。重ねた方も重ねられた方も、深い傷を負うことになる」

「それは理解してます。でも……」

「……でも?」

「あいつならきっと許してくれる、って。それで辛い思いをしたとしても、あいつと一緒なら乗り越えられる、って……そう思えたんです。これから俺は傷だらけになって、後悔を何度も繰り返して、また落ちこぼれるんだと思います。それでもこの先ずっと、俺の隣にいてくれる奴がいるなら……それはきっとあいつなんです」

「…………………………」

「俺には、あいつだけしかいないんですよ」

 

 まあ。

 これは今だから言えることなんだけど。

 俺にはあいつだけしかいない、っていうのはちょっと違って。

 俺は、あいつがよかったんだよ。

 他の奴じゃダメってか……嫌なんだ。仮にそいつが俺のことをすげえ分かってて、抱えてるモヤモヤした気持ちとか、不安とかも全部綺麗さっぱり無くしてくれたとしても……俺はそいつじゃなくて、メジロアルダンってウマ娘を選ぶんだと思う。

 上手く言えないけど……そういうことなんだよ、きっと。

 ……ま、そんな奴なんてこの世界中どこ探してもいるわけないし。

 もし本当にそんな奴がいたとしたら、それは多分あいつのことだから。

 結局、俺にはあいつしかいなかったんだよ。

 

「執着していますね」

「……かもしれません」

 

 それが良いことなのか、悪いことなのかは分からなかったけど。

 少なくともその時の俺は、あいつがいないとダメだって。

 そう、思ってた。

 

「……さて。そろそろお開きにしましょうか」

「あれ、早いっすね? もうちょい飲むと思ったんですけど」

「明日はお互い、菊花賞の記者会見でしょう」

「あー……そういやそうでしたね」

 

 そう。

 先生との飲み、あの日の直前だったのよ。

 

「会見の準備はできていますか?」

「いや全然、何の用意もしてねーっす」

「今日ここに誘った私が言うのも何ですが……あなたのそういうところは、直した方がいいと思いますよ」

「いーんすよ、別に。今更取り繕っても気持ち悪いだけですもん」

「……まあ、それもそうですね。あなたらしい、と言えばそうなのでしょう」

 

 なんて話してるうちに、最後のグラスも空になって。

 

「今日は私が払いますよ」

「え……マジっすか?」

「その代わり、また二人で呑みましょう」

「勿論っす。今度は俺が店見つけときますよ」

「ええ、お願いしますね」

 

 先生との呑みは、そこで終わり。

 今思えば、ほとんど俺ばっかり話してたけど……でも、先生もそれが目的だったみたいだから、よかったのかなって。……そう。俺、先生の前だと普段言えないことも喋っちゃうんだよなあ。学生の頃からずーっとそう。あの人だけだよ、俺みたいな奴の話を真面目に聞いてくれる人は。

 

 ……だから、なあ。

 ほんと、先生には申し訳ないと思ってるよ。

 だってさあ。

 そうやって話をした、すぐ次の日に。

 まさか俺があんなことをするなんて、誰も思わないじゃん。

 

 

「それではこれより、菊花賞を終えたメジロアルダンさん、及びそのトレーナーの萩野氏への記者会見を始めさせていただきます」

 

 会場は……ああ、もう動画とか見てるからお前も分かってるか。

 めちゃくちゃ人多かったの。でもまあ、当然っちゃ当然のことだったのよ。何てったって、今年の二冠ウマ娘の会見だし。テレビは勿論、動画サイトとかでもライブ配信されてて……まあ、大がかりだったわけ。

 あいつはまあ、そういう場には慣れてるからいつも通り落ち着いててさ。

 

「まずは菊花賞を終えた今、改めてどのようなご感想をお持ちでしょうか?」

「そうですね……やはり、無事にレースを終えられたことが何よりです」

「結果はアタマ差での二着ということでしたが……その点はどうお思いでしょうか?」

「三冠ウマ娘まであと一冠、というところで手が届かず、とても悔しい気持ちです。ですが、全力を尽くして戦い抜いた末の結果ですので……後悔はありません。私がここまで至れたのは、応援してくださったファンの方々や、同じレースを走った皆さん、そして何より……身体の弱い私のことを、ずっと傍で支え続けてくれたトレーナーさんのお陰です。本当に……ありがとうございます」

 

 みたいな感じで、スラスラ歯の浮くようなセリフを答えてたわけ。

 

「今後の目標などはありますでしょうか?」

「そうですね……できることなら、またクリークさんと同じレースを走りたいです」

「とのことですが、トレーナーである萩野さんはいかがでしょうか?」

「いや、クリークと張り合うのはマジでもう勘弁してほしいっす」

 

 俺もまあ、緊張はしてた割にはいつも通り答えられたよ。

 

「有記念への出走にも期待が高まっていますが、その点についてはどうお考えでしょうか?」

「もちろん、挑戦したいと思っています。芝二五〇〇の長距離……菊花賞に続き、私の適正から外れている距離ではありますが、だからこそ。今度こそ、ファンの皆さんのご期待に応えられればと」

芝二四〇〇(日本ダービー)でヒィヒィ言いながらブッ倒れてた奴のセリフとは思えませんね」

「…………………………」

「痛ッてェ!」

 

 今更だけどマジであいつやってることヤバいよ?

 全国放送とネット配信してる会場で、普通に担当トレーナーのこと尻尾で叩くんだもん。

 記者の連中からもクスクス笑われてたしさあ。もうホント、最悪だったよ。

 

「とにかく、有記念には出走したいと思っています」

「だからお前、勝手に決めんなって……」

 

 そんな感じで、会見自体はゆるーく終わったの。

 後に控えてる生徒もその日はいなかったから、そのまま会場も解散って流れになって。記者の人たちもそれぞれ帰っていってるから、そしたら俺たちもやること無くなったし帰るかー、って。

 そんで会場を出ようとした直前にさ、聞こえたんだよ。

 まだ会場はザワザワしてるはずなのに、俺の耳にはっきり届いてきたの。

 

「二冠ウマ娘で終わるくらいなら、ティアラ路線に進ませた方がよかったな」

 

 そんなふざけたこと言ってる、あの記者の声が。

 ……ああ、そうだよ。

 年明けのメジロ家で俺につっかかってきた、あいつのことだよ。

 

「……トレーナーさん、早く行きましょう」

 

 今思えば、あいつが真っ先に俺のこと止めようとしてくれてたんだ。

 だけど、俺……そこでもう、一気に頭に来ちゃってさ。

 ああ、そうだ。あの時とほとんど同じだった。

 母ちゃんのメシをバカにしてきたあいつの前歯を折ったときの、あの感覚に。

 

「今、なんつった?」

 

 その時点で、まだカメラもしっかり点いたままだったんだけど。

 もうそんなこと気にする余裕なんか、全然なくって。

 並んでるパイプ椅子を蹴とばしながら、そいつの方に向かってったの。

 

「お前のことだよ。なあ、こっち向け……こっち向けっつってんだろ! おい!」

 

 そこで何があったかはもう、お前も知ってるだろ?

 だってその時の映像、ニュースとかSNSで死ぬほど流れてたもん。

 

「な、何を……!」

「いい加減にしろよお前!」

 

 まず、そこで顔面に一発。

 

「何がティアラ路線の方が良かった、だよ!? ラモーヌの後追いにさせた方がマシだったってことか!? ふざけんじゃねえぞ! あいつのこと何も知らねえくせに、好き勝手なこと言ってんじゃねぇよ!」

「っ……き、君! 自分が今、何をしたか分かってるのか!?」

「ああ!? 俺が何してるかって!? 今まで周りからガタガタ言われてもじっと我慢して、自分を証明するためにクラシック路線進んで、二冠まで獲って自分の道を示したあいつに、未だにとやかく言ってくる腑抜けた奴の口を塞いでんだよ!」

 

 ぶっ倒れたあいつの上に跨って、もう一発。

 

「どいつも、こいつも! ラモーヌだの、ティアラ路線だの! いちいちうるっせぇんだよ! あいつはなあ! ラモーヌの妹じゃなくて、メジロアルダンって一人のウマ娘として! 死に物狂いで自分の道を突き進んできたんだぞ! そんなあいつの生き様を、外野のお前らが勝手に否定してんじゃねぇよ!!」

 

 最後にもう一度、抵抗してきたあいつの顔面に一発。

 

子供(ガキ)の夢を否定するなんて、俺たち大人が一番やっちゃいけないことだろ……!」

 

 そこでようやく、駆けつけてきた警備員が俺のことを羽交い絞めにして。

 

「こ、のっ……離せよ! 離せって、なあ!」

 

 まあ、数人がかりで止められたから、流石に何もできなくなってさ。

 そのまま俺は、別室に無理やり引きずられていくことになったんだけど。

 

「お前らなんかに、俺たちの何が分かるってんだよ……!」

 

 会場から追い出される直前に、見えちゃったんだよ。

 俺のことをすげえ悲しそうな目で見つめてくる、あいつのことが。

 

「…………………………ぁ」

 

 その時点で俺も冷静になったっつーか、自分のやらかしたことに気づいたんだけど。周りの警備員は俺がそうなってることなんて、分かるわけもないからさ。ほとんど呆然としてる俺のことを無理やり別室にぶち込んで……まあ、そこで終わり。あいつは先に学園に帰されて、俺は何か指示があるまでずっとそこで待機、って感じ。

 結局、カメラが止まったのは俺が会場からいなくなってから、しばらく時間が経ったあとで。

 俺が記者のことをブン殴ってるところは、しっかり全国に放映されてたわけ。

 ……正直な話、それ自体は別に気にしてねーんだよ。

 いや、そりゃショックっつーか……やらかしたな、って思いはしたよ。あんな醜態が全国に晒されたって考えると……恥ずかしいのもそうだし、色んな人に迷惑かけちゃったな、って。申し訳ない気持ちになった。

 でも、それより。

 

「……また、やっちまった」

 

 学園からの連絡は意外とすぐだったよ。

 何って、理事長がそもそもその配信を見てたらしくってさ。どうやって話を通したのかは分かんないけど、とにかく真っ先に学園に戻ってこいって言われて……戻ったら、たづなさんが出迎えてくれてて。

 

「大変なことになりましたね」

「……すいません」

「あなたのお気持ちは、分からなくもないですが」

 

 たづなさんとは、それだけ。

 そのまま無言で、理事長室まで通されたんだけど。

 説教ではなかったよ。

 ただ、説明されただけだった。

 今後の立ち振る舞いとか、学園としての措置とか、色々。俺が口を挟む余地なんて勿論、あるわけもなくて……ってよりは、もう何も考えられなかったからさ。とりあえず理事長とたづなさんに従うことしかできなかったんだよ。

 そんでまあ、長々と俺の今後について言われた後に。

 

「彼女には、君の口から全てを伝えるように」

 

 なんて。

 そんなことを言われたの。

 だからさ。

 

 

「……お疲れ様です、トレーナーさん」

 

 数日後、トレーナー室にあいつを呼び出したの。

 

「悪いな、急に呼び出して」

「構いませんよ。それよりも……トレーナーさんから話があると聞いたのですが」

「ああ、それなんだけどちょっと待ってな? この作業だけ終わらせるから」

 

 その時点でほとんど完成はしてたんだけど、最終チェックだけ一応しとこうと思ってさ。

 資料に抜け落ちが無いか確認して、ファイルもちゃんと見直して。

 何ってまあ、俺以外も見ることになるデータだったし。

 できるだけ分かりやすくしとこうと思ったの。

 

「……ま、こんなモンか」

 

 そんでまあ、その作業も終わったからパソコンを閉じて。

 

「終わりましたか?」

「おう、完ペキ。待たせてごめんな」

「………………………………」

 

 あいつは俺が作業してる間、ずっと待ってたんだけど。

 多分その時点で、俺の様子がおかしいことには気づいてたんだよ。

 だってあいつ、なんか納得いかない、って顔してたからさ。でも、俺はそれに気づかなかった。……いや、違うな。気づいてたんだけど、無視してたんだよ。

 今更そんなこと気にしたって、もう意味なんてないと思ってたから。

 

「それで、お話というのは?」

「ああ……まあ、話ってよりかは、お前に渡したいものがあってさ」

「……渡したいもの、ですか?」

「そう。ま、プレゼントみたいなモンだよ。思えば、お前にそういう贈り物とかやれてなかったしな。菊花賞も終わったことだし、ここまで頑張ってくれたご褒美、ってことで」

 

 正直なことを言うとさ。

 そうした建前があれば、あいつも納得してくれると思ったんだよね。それに、頑張ったあいつに何かご褒美っていうか、ここまでよくやってくれてた、って感謝を伝えたかったのも、ホント。

 だから、まあ。

 丁度いいタイミングだったって言えば、そうなのかもなあ。

 

「ほら。手、出してみな」

 

 そうやって、不思議そうな顔してるあいつの手を取って。

 しっかり握らせてやったんだよ。

 

「これは……」

 

 そう。

 

「俺のトレーナーバッジ」

「っ……!」

 

 渡された時のあいつ、すげえ顔してたよ。

 怒りたいのか、泣きたいのか、自分でもよく分かんなかったんだろうな。俺のことを睨みつけてるようにも見えたし、涙を堪えてるようにも見えて……ぐちゃぐちゃのひでー顔だったよ、ホント。

 そんなんだから、あいつも何も言えなくなっちまって。

 結局、理事長から言われた通り、俺から話をするしかなかったんだよね。

 

「謹慎処分、喰らっちまってさ。……いや、むしろトレーナー資格の停止じゃないだけマシなんだぜ? ここまでの実績もあって、謹慎で許してくれたんだよ。でも……やっぱり、あんなことがあった後じゃ、お前の面倒はもう見られねーよ。色んな人にも迷惑かけちゃったし。だから……その、ごめんな」

「そんな、こと……急に、言われても」

「ああ、引継ぎのデータはあのパソコンに全部入ってる。いつもお前がやってたメニューとか、今までのレースの記録とかも、全部。だから……次に担当になったヤツに見せてくれ。まあ……出来損ないのトレーナーが作ったメニューだから、参考になるかは分かんねーけどさ」

 

 今思えば、それも全部言い訳だったのかもなあ。

 引き留められたくなかったんだよ。そしたら未練ってか、あいつと離れたくなくなるって思ったから。そしたらまた、色んな人に迷惑をかけることになるだろうし……何より、あいつ自身の負担になる気がしたんだよ。

 だから、そうやって離れてもいい理由を作って、早く安心したかったんだ。

 それがお互いのためだと思った。まあ、ここが一つの区切りなのかも、って思って。

 でも。

 

「……嫌、です」

 

 あいつはやっぱり、納得してくれなくってさ。

 

「あなたがいてくれたから、私はここまで来れたんです! あなたが道を示してくれたから、私は進み続けられたんですよ!? それなのに、今になって私の隣からいなくなるなんて……勝手すぎますっ! これから私は、どうすればいいんですか!? あなたがいないままで、どうやって進んでいけばいいんですか……!」

「おい……」

「理事長には私からお話します! それでもダメなら、お婆さまに頭を下げて何とかしてもらいます! 私にできることなら、どんな手段だって使います! ですから、どうか……私の傍から、いなくならないで……!」

 

 そんな滅茶苦茶なこと言いながら、俺の胸に縋り付いてきて。

 

「……こんな時までワガママ言うなって、な?」

「だって……だって、っ!」

 

 それ以上、あいつの言葉は続かなかった。

 ……いや、違う。続けられなかったんだよ。だってこれは、元を辿れば俺が悪いだけの話だったんだもん。俺がやらかしたことの始末を、俺がするだけ。だから……あいつには俺のすることに介入する必要どころか、余地すらもなかったんだよ。それを分かってたから、あいつは何も言葉を続けられなかったんだ。

 だけど、最後まで手は離してくれなかった。

 言葉で引き留めるのは無意味だって、あいつは理解してたから。

 

「離してくれよ。……頼むから」

「嫌、ですっ」

 

 何度そうやって言っても、離してくれなくって。

 

「だって、ここで私が手を離したら……あなたはどこか遠くへ行ってしまうのでしょう?」

「……まあ、そうだな。お前と会うことも多分、もう二度とねーよ」

「そんなの絶対に嫌です……! やっと見つけたんです! 私の夢をまっすぐ受け止めて、ずっと隣で支えてくれる人を! あなたがいたから、私はメジロアルダンとして自らの道を進んでこれたのに! あなたがいないと、私は……私は、っ!」

 

 なんて。

 大粒の涙をぽろぽろ零しながら、そんなことを言ってくれたんだけど。

 

「……ごめんな」

 

 結局。

 俺の気持ちは変わらなかった。

 変えちゃいけない、って思ったんだよ。

 だって。

 

「もうこれ以上、お前が夢を叶えるの邪魔をしたくないんだ」

 

 今更なことかもしれないし、もう手遅れだったのかもしれないけど。

 でも、伝えなきゃいけない気がしたから。

 

「ああ……そうだ。勘違いしてたんだよ。俺も、お前も。俺にはお前しかいないと思ってたし、お前も俺がいいって思ってくれてたんだよな? でも……やっぱり、違ったんだ。そうじゃなかったんだよ」

「……トレーナーさん? 何を、言って……」

「俺にはお前しかいない。俺を救ってくれるのは、お前しかいないんだよ。だけど……お前に相応しいのは、俺じゃない。もっと別の、真っ当に生きてる奴なんだ」

 

 ……まあ。

 本音ではあったよ。

 だってそうだろ。こんな高校中退して何とかトレーナーになったヤツと、メジロ家の優秀なウマ娘が、釣り合うワケなかったんだ。どこで破綻してもおかしくなかった。むしろ、菊花賞で無事に走り切れたのは奇跡って言ってもいい。それくらい……俺たちの関係ってのは歪で、危ないモンだったんだよ。

 

「先生も励ましてくれた。周りの奴らも、応援してくれた。だから、これから頑張ろうって思ったけど……やっぱりダメだった。そうやってやらかしてから、ようやく気づいたんだよ。俺が、お前の足枷になってるって。……ごめんな。もっと早く気づいてやれば、お前を泣かせることもなかったのに。俺ってバカだから、さ……」

 

 あいつの手にはもう、ほとんど力が入ってなかった。

 かたかた小さく震えてて、すげえ寂しそうにしてたんだ。

 だから俺は、その手を一回だけ握り返してから。

 

「今まで、ハズレだの何だの酷いこと言って、ごめんな」

「っ……!」

「次はもっと、マシなトレーナー見つけてくれよ」

 

 最後にあいつの頭を軽く撫でてやって。

 そこで、話は終わった。

 

 

 まあ、結局は俺がバカやらかしただけの話だよ。

 あいつは何も悪くない。俺が子供(ガキ)の頃から何も成長していなかった、それだけのこと。

 ……ほんと、笑っちまうよな。

 

 ……え?

 ああ、うん。そう。だから、その直後だよ。

 お前(元カノ)の家に転がり込んだのは。

 

 

 




Q.続きますか?
A.今月にもう一回を目指します!
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