メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
■
「先にシャワー浴びな。体冷えてるだろうし」
「ですが、トレーナーさんも……」
「いーんだよ。お前ほどヤワな体してねーから。服は……まあ、適当に用意しとくからそれ着て。洗顔とかドライヤーとか、そこら辺にあるモン全部好きに使っていいから。とにかく、体ゆっくり暖めて。……風邪なんて引かれたらたまったモンじゃねーからな」
そんな感じで、あいつを風呂にブチ込んでから色々と考えて。
とりあえず、一番最初にやんなくちゃいけないのは、メジロ家への連絡だった。
こんな時間に連絡すんのも、って思ったけど……そんなことも言える状況じゃねーし。でも、誰にするかはちょっと悩んだ。あのクソババアは当然ナシとして、とはいえいつも一緒にいるメイドの婆さんもこの時間じゃ寝てるだろうし、かといって他に知り合いもいないからどうすっかなー、ってなってさ。
結局、最終的に行きついたのは。
『……これは、トレーナーさん』
あいつの主治医さんだった。
「あ……すいません、こんな時間に」
『問題ありませんよ。当直勤務していた頃もありましたから、慣れてます』
「ああ、そりゃよかった。メッセージだけ残すってのもマズいかな、って思って。それで、えっと……早速、本題なんすけど。その……」
『アルダンお嬢様の件ですね?』
まあ、当然っちゃ当然なんだけど……あの爺さんからしたら、全部お見通しだったみたいで。
「……はい。とりあえず、あいつは大丈夫です。怪我もしてないし、風邪とかも引いてないみたいで。今、俺ん家でシャワー浴びさせてます。あいつも疲れてるみたいだから、とりあえず今日はウチで休ませて……明日の朝には屋敷の方に戻ろうと思ってるので、それだけ伝えておこうと」
『分かりました。大奥様にそうお伝えしておきますね』
「いやホント、ありがとうございます……」
そんでまあ、最低限のことも伝えたし、電話切ろうと思ったんだけど。
『それにしても、トレーナーさんがお戻りになって私も一安心です』
「……すいません、色々と迷惑をかけてしまって」
『ええ、全く本当です。あなたがいない間、私たちがアルダンお嬢様にどれだけ振り回されたかご存じですか? 本当に……あなたもアルダンお嬢様も、困った方です。ある意味ではお二人とも、似た者同士ですね』
「いやー……えぇ? 流石にんなことねーっすよ」
『とにかく、トレーナーさんの今後については大奥様から改めて話があると思うのですが……』
「……ですが?」
『まあ……そうですね。覚悟だけ決めておかれた方が、よいのかもしれません』
なんてメチャクチャ気になることだけ言ってから、一方的に電話切られてさ。
「何させられんだよ、俺……」
そん時は正直すげービビってたけど、まあ言っても相応の覚悟はしてるつもりだったからさ。何言われても、まあ言われた通りにするしかねーよなって思って、あんまり気にしてなくって。
……まさか、あんな無茶苦茶なこと言われるなんて思うわけねーだろ。
「なんか食えるモン残ってたっけ……?」
次にしなきゃいけないのは飯の用意。
あいつもどうせメシ食ってないだろうし、そもそも俺も腹空いてたから何か作ろうと思ったんだけど……まあ、二ヵ月くらい放置してた冷蔵庫の中身なんて、ほとんど死んでるわけ。ギリ生き残ってる食材もいくつかあったけど、それ食わせんのも……なあ? 流石にそこで腹壊しましたとかなったら、笑えねーし。
そんで、なんか他にねーかなって色々探してたんだけど。
「あ、パスタ……ソースもレトルトのヤツ残ってるし、もうこれでいいか」
正直、もっとちゃんとしたモン食いたかったってか、あいつに食わせてやりたかったけど……こればっかりは時間も時間だったしなあ。スーパーも閉まってたし、コンビニでなんか買うよりはマシかなって思って。
そんで、丁度パスタが茹で上がったくらいかな。
「……シャワー、ありがとうございました」
「おう……え、もう? 早くね?」
思ってる数倍は早くあいつが洗面所から出てきてさ。
「お前、ホントにちゃんと暖まった? 変に俺のこと気使ってるワケじゃねーだろうな」
「そんなことありませんよ。よろしければ、私を抱きしめて確かめてみますか?」
「……そんなつまんねー冗談言えるくらいなら、問題なさそうだな」
「あら、残念です。それにしても……ふふっ」
「何」
「いえ、そのトレーナーさんの心配性が今となっては懐かしいな、と思って」
「言ってろ」
そんな感じで、だいぶ機嫌はいいみたいだったから、まあいいかって思って。
「余ってる服、パーカーくらいしか無かったんだけど……別に今夜くらいそれでいいよな? 何か気になるっつーなら一応、適当に他にも探してみるってか、勝手に探していいからって感じなんだけど」
「いえ、これで問題ありません。少しだけサイズが大きいかもしれませんが……それよりも」
「……何だよ」
「その……下が、少しだけ」
「…………………………」
「…………………………」
「……どうしてもっつーなら、今からコンビニまで走ってくるけど」
「あ……そ、そうではなくて! 大丈夫です! トレーナーさんなら、大丈夫ですから!」
「ならいいけど……」
いや。
だって。
そこはもう、どうしようもないじゃん。
一応お前が前に忘れてったヤツとかもあったんだけど……流石にそれもどうかと思うし。つーか、そもそもあいつ尻尾あるし。最悪、デカい穴開けた後でお前に返すことになるから、それも避けた方がいいかなって。
正直、世間的にかなりヤバいことしてるなー、って自覚はあったけどさあ。でもまあ、あいつも大丈夫っつってたし、ってかこの時間からコンビニ行くのクソダルかったから、そっちの方が勝っちゃって。
「じゃあ俺もシャワー浴びてくるけど……お前、流石にレトルトくらい自分で作れるよな?」
「もう、トレーナーさんったら……そこまで私のことが心配ですか?」
「あ、いや……ってよりは、あのクソ女のこと思い出してさ。あいつ、カップ麺作るのすら俺に任せてたから。一人で湯も沸かせない人間と暮らしてると、なんつーか色々と麻痺しちゃって」
「……むぅ」
「なんで急に不機嫌なんだよ」
「いえ? 別に、トレーナーさんは私を家に連れ込んでおいて、他の女性の話をする方なんて、みたいなことは思っていませんよ? ええ、全く。そんなこと、ぜんぜん考えてません」
「……いや、その、悪かったって」
「ふふっ、冗談ですよ」
「途中まで割とガチだったろ……。とにかく、自分のヤツだけでいいから温めといて。もしアレだったら先に食ってもいいから。飲み物は……冷蔵庫に水とか多分あるから、適当にそれで。じゃ、よろしく」
みたいな感じでシャワー浴びに行って。
つってもその日の俺、ずっとライブハウスいたから正直あんまり体も冷えてなくてさ。適当に髪さっと洗って、あとは身体流してー、くらいで済ませて、髪もテキトーに乾かしてからリビング戻ったんだけど。
あいつ、ちゃんと飲み物とかも俺の分まで用意した上で、俺のこと待っててさ。
「……先に食ってていい、って言っただろ」
「ご自宅に上がらせて貰っている身ですから。先に頂いてしまうほど、礼儀知らずではありませんよ」
「いーんだよ別に。そんなの気にしなくて」
まあ、そんな感じで二人でちょっと冷めかけたパスタ食べ始めてたんだけど。
「やっぱりトレーナーさんの料理は美味しいですね」
「パスタなんて誰が茹でても一緒だろ」
「でしたら、トレーナーさんと一緒に頂いているからでしょうか」
「あっそ。……今度、またオムライスでも何でも作ってやるよ」
そこで一度、話が途切れちゃってさ。
なんつーか……久しぶりだったこともあったのかな。いざ落ち着いて、ってなると何話していいのか分かんなくなった……いや、違うな。何から話していいのか分かんなくなってさ。
今までどうしてたのか、とか、今後どうすんのか、とか聞くべきことはあったんだろうけど……変な話、今までこいつとどんな話してたっけ? みたいな感じで分かんなくなっちゃって。
あいつは別に気にしてないみたいだった。とにかく俺が戻ってきてよかった、それ以外のことは今は置いておこう、みたいな感じで……浮ついてた、って言ったらアレだけど。安心してたっつーのかな。
だから、別に気まずいわけじゃないけど……何も話をしないってのも変かな、って思って。
「有馬に出なかったのは、どうしてだ?」
だから、とりあえず聞いたんだよ。一番気になってたこと。
そしたら。
「トレーナーさんがいなかったからです」
即答されたよ。
「俺が?」
「はい」
「……グランプリなんだぞ。ファン投票も充分あって……お前だって、会見で出たいって言ってたじゃねーか。そりゃ、俺がいなくなったのは悪かったけど……だからって、出走回避までする必要なかっただろ」
「そうかもしれませんね。応援してくださっている方々や、同じレースで走るはずだった皆さん……特に、クリークさんの期待を裏切る形になってしまったのは、申し訳ないと思っています」
「だったら……」
「でも、やっぱりトレーナーさんがいないと意味がないんです。私の走る路は、あなたと共にあったのですから。勝手な思い込みだとしても、それが今の……いえ。あなたと一緒にいる"今"こそが、私の走る理由なんです」
「…………………………」
ほんと、他のヤツに聞かせられるような内容じゃなかったよ。
もしかすると、あいつの言ってたことはレースに対する冒涜になってたかもしれない。だって、勝ちたいから走るんじゃなくて、俺と一緒にいたいって、それだけために走る、って言ってるようなモンなんだから。
……そんな理由なんか無くても、好きなだけ付き合ってやるってのに。
「それに、逆にお聞きしますが……トレーナーさんは、私を有馬記念に出走させるつもりはありましたか?」
「あー……もし俺がやらかさなかったら、って話か。いや、どうだろうな。結局ギリギリまで悩んで……出るな、って言ってたかもしれない。そりゃデカいレースだから出とくに越したことはねーけど、やっぱり長距離は勘弁してほしいって気持ちの方が強い気がするし……うん。やめとけ、って言ってたかもしれない」
「やっぱり。トレーナーさんならきっと、そう仰ると思っていました」
だから多分、あいつが有馬に出なかったのは、そういうことだったんだよ。
俺たち二人で挑まないと、意味が無かったんだ。
「次のレースは、どうされますか?」
「……あの婆さんの話次第だな。それが終わんないことには、何にも分かんねーし」
「確かに、それもそうですね。急ぎ過ぎました」
「でも……一応、ローテは考えてた。デビュー戦が終わった後、お前に渡したヤツじゃなくて、菊花賞が終わってから改めて組みなおしたヤツだ。だから、それにできるだけ沿う形にはしたいと思ってる」
「そうなると……目標レースは大阪杯あたりですか?」
「ま、そこら辺だな。つっても、このまますぐにG1出られるかってなると怪しいけど」
その時は結局、レース出るにしてもとりあえずあの婆さんの話聞かなきゃいけなかったから。そう答えるしかなかったんだよ。つってもまあ、今考えると割と融通利かせてくれたのかな。かなり自由にやれた方だよ。
そんで適当に話してるうちに、俺もあいつもパスタ食い終えてて。
「ご馳走様でした」
「あいよ」
「……洗い物、お手伝いしますよ」
「いらねーよ別に。明日帰ってからやるわ」
「ですが……」
「それに俺も眠いし。さっさと寝よーぜ」
みたいな感じで、とりあえずその日はもう寝ちゃって。
そんで翌日、起きてすぐ出かけて……。
……え?
いや、だから寝たって。普通に。
別に何も……何も無かったよ、うん。
…………………………。
……お前なあ。
はあ……。
ああもう、分かったよ。話すよ。話せばいいんだろ? ったく……。
でも、お前が期待してるようなことは何もなかったよ。
つーかその状況で手ぇ出してたら、流石にヤバすぎるだろ。
ただ普通に寝たってだけ。それ以外何もしてねーって。
ホント。何もしてないから。マジで。
……いや。
だから。
■
「……流石に狭くねーか?」
「い、いえ……大丈夫ですから」
一緒のベッドで寝ただけだって。
「ほら、もっとこっち寄れよ。落ちるぞ」
「はい……!」
「……お前、そんな調子でホントに眠れんの?」
「も、もちろんですっ! ぐっすりですよ、ぐっすり!」
「これから寝るヤツの声量じゃねーだろ……」
まあ。
なんつーか。
その。
……もちろん、はじめはあいつにベッド譲る気だったよ。
そもそもあいつに風邪でも引かれたら困るのは俺なんだし。
だから床か、最悪一緒の部屋もアレだったから廊下で寝ようと思って。
あいつにそう伝えたんだけど。
「……一応言っとくけど、お前から言い出したんだからな?」
「分かってます……!」
そしたらあいつ、俺をそんなところで寝かせられない、みたいに言い出して。
だったら自分が床で寝る、とか言われたんだけど、こっちからしたら生徒を床で寝させる方がマズいし。かといってあいつも頑固ってか、こういう時では意地でも譲らないのはここまでの付き合いで分かりきってたし。
だから、しばらくお互いにベッドの譲り合いになってたんだけど。
このままじゃ埒が明かないって思ったんだろうな。
あいつ、こうなったらもう一つのベッドで、って言い始めて。
何よりもまず絵面がヤバいだろ、って最初は拒否ったよ。そもそも担当する生徒を家に連れ込んでる時点で終わってんのに、その上で同衾してるとかマジで、クビ切られてもおかしくないレベルだって。
みたいなことを、言おうとしたんだよ。
けどさ。
まあ、その……。
何がって話なんだけど。
そこそこ寒かったんだよね、その日。
「明日は、あー……七時に起きれば何とかなるか?」
「そ、そうですね……」
「じゃあアラームかけとくから。寝坊すんなよ」
そんな感じで、電気消して寝ようとしたんだけど。
「……寝ろって」
「と、トレーナーさんこそ……」
「お前が寝るの待ってんの。生徒より先に寝るのもアレだろ」
「私は気にしませんよ。それとも、トレーナーさんはそんなに私の、ね、寝顔が……」
「…………………………」
「…………………………」
「そこまで言ったなら、もうちょい照れずに頑張れよ……」
「うぅ……」
とにかくあいつ、テンパってたわ。
こういう時、いつもなら俺のことからかってくるんだけど、その時はてんでダメでさ。
でも、まあ……仕方ないっちゃ仕方ないことだったんだろうな。
マジで俺の立場で言えることじゃねーけどさ。
眠れねーのなんて当たり前だって。
あいつのことだから今まで家族以外の誰かと寝たことなんて殆ど無かっただろうし。変に緊張しちゃうのも仕方ないっていうか……まあ、そういう歳だし。ホントに俺が言うのもハズいんだけど、色々意識とかしてたんじゃねーの? だって俺だったら確実にエロいこと考えるもん、そんなん。
だから、まあ。
「……やっぱり、眠れません」
「だろーな。だって目ぇギンギンだもんお前」
「こうなったのも全部、トレーナーさんのせいですから」
「一緒に寝ろって言ったのお前だろ……」
「だとしても、このまま何もせずただ眠ってしまうなんて……ひどい人です」
「そーだな。そんなヤツについてきたお前もロクでもねー女だよ」
「……ふふっ、それもそうですね。やっぱり私たち、似た者同士かもしれません」
「さっき主治医の爺さんにも言われたよ、それ」
「でも、やっぱり責任は取ってほしいです」
「責任って……何の」
「全部です。トレーナーさんが私の前からいなくなった時の悲しみも、こうしてまた出会えた喜びも……全部、トレーナーさんのせいです。私をめちゃくちゃにしたのは、トレーナーさんなんですよ」
「…………………………」
「ですから、せめて……この気持ちの昂ぶりだけでも、鎮めてはくれませんか?」
なんて。
「……悪いな」
「そう、ですか」
「…………………………」
「…………ずるい人」
「今更言われたって何とも思わねーよ。だって俺の今までの人生、全部ズルでやってきたんだから」
「……では、これから先の人生も、ずっとそうやって生きるおつもりですか?」
そのつもりだった。結局、俺はそういう生き方しかできなかったから。マトモに生きるのなんて無理だと思った。それこそ、マトモになろうとして失敗した直後だったから。やっぱり俺はずっと
でも、あいつと出会ってから……俺の人生、メチャクチャにされたんだ。
だってそうだろ。こんな高校もロクに卒業できなかった出来損ないが、今じゃ担当ウマ娘に二冠取らせたダービートレーナーなっちまったんだぜ。……今までの俺じゃ、考えられねーよ。
だから、思ったんだ。
もしかしたら、俺の人生変えるんなら今なのかもしれない、って。
……それに、何よりさ。
あんなに寂しそうな顔されたら、なあ。
「……その代わり、ってワケじゃねーけど」
「え?」
「眠れないなら少し、話でもしてやるよ」
「……それは、トレーナーさんの話ですか?」
「ああ。別にそんな大事な話じゃない。聞いてて気持ちいい話でもないし、何か面白いオチがあるってワケでもない。ただ、これまでの俺の人生の憂さ晴らしみたいなモンだ。聞き流すには丁度いい、そんなくだらない話でもいいなら」
「……はい」
それから。
「姉ちゃんが、欲しかったんだ」
……思えば、その話を誰かにするのは初めてだった。
「お姉さん、ですか?」
「ああ。そういえば俺に妹がいるって話、お前にしたことあるっけ」
「……いえ。初めてお聴きしました」
「そっか」
ああ、こんなに長く一緒にいたのに、そんなことも言ってなかったっけ、って。
それがなんかおかしくて、笑っちまったよ。
「まあ、俺と違って出来た妹だよ。頭が良いからテストはいつも一位だったし、運動もできるからバスケ部に入ってすぐエースになってた。人付き合いも得意だったから友達も多くて……ああ、そういや生徒会の会長やってたなあ。おまけにそこそこ美人でさ。よく
「確かに、トレーナーさんとは真逆かもしれませんね」
「言うじゃねーか。……でも、昔っから要領が良かったのは事実だな。中学ん頃から親父やお袋の手伝いとかしてたし。高校に入ってからは部活も勉強も頑張って、県の中で一番いい大学に合格してさ。そっからまた更に勉強頑張って、真面目に就活やって速攻で内定貰って……今、アイツどこで働いてると思う?」
「……どこでしょう?」
「URAの本部」
これはホントに偶然なんだけどさ。
俺もアイツも、何故か兄妹揃ってレース関係の仕事してるんだよね。
いやマジで本人から聞いたときはビビったよ。え、お前も
まあ、でも……URAの本部勤務ってそれこそ、アイツみたいなエリートが集まるトコだしなあ。そう考えればむしろ妥当ってか、あー確かにそうなるよなあ、って変に納得しちゃって。
「……驚きました。まさか、ご兄妹でレースに関わっていらっしゃるなんて」
「だから何かあるってワケじゃねーけどな」
ぶっちゃけレース関係の情報共有とか色々してはいたけど……どれもこれも世間話っつーか、それくらいのレベルだったし。何か得になることはあったんだろうけど、俺もアイツもそこまで興味がなかったんだよ。
……とにかく。
「自慢の妹だよ、ホント。勉強も出来て要領も良くて、性格もしっかりしてて。だから周りの人間も、みんなアイツに期待しててさ。でも、それがプレッシャーになるとか、そういうのもなくて。むしろ期待以上に応えよう、って頑張れるヤツでさ。……俺なんかとは、大違いだよ」
それこそ、同じ親から生まれたのが信じられないくらいに。
「でも、別に嫉妬してるワケじゃねーんだ。俺もアイツのことを可愛がってたし。親父とお袋も、妹だけ贔屓するみたいなことはしなかった。ちゃんと俺のことも面倒見てくれて、しっかり育ててくれた。だけど……」
「どうしても自分と……いえ、自分を比べてしまう。そうですよね?」
「……うん」
あいつの言う通りだった。
こういう時って普通、出来る妹を出来損ないの兄が妬む、みたいな流れになるモンなんだろうけど……俺は、そうはなりたくなかった。ただでさえ出来損ないで愚図な兄なのに、これ以上落ちぶれたくなかった。
でも、それ以上に……アイツは俺にとって大切な、世界でたった一人しかいない妹なんだもん。そんな可愛い妹に、嫉妬だなんて薄汚い感情なんか向けられるわけねーじゃん。
……え、何? シスコン?
殺すぞお前マジで。
「アイツのために、立派な兄貴になろうと思った。だけど無理だった。そりゃ当たり前だよな。俺が高校中退してフリーターやってる時に、アイツは生徒会長なんて立派なことしてたんだもん。真逆にも程がある」
結局、心のどこかで諦めてたんだと思う。
俺じゃどうにもできないんだ、いくら頑張っても無駄なんだ、って。……惨めだった。誰かにハッキリ言われたワケじゃないけど……俺みたいなダメな兄がいるってことが、妹の唯一の汚点になってる気がして。
周りの人もみんな気ぃ使ってくれてさ。別に気にすることじゃない、お前はお前なんだから大丈夫だ、って。親父もお袋も、アイツ自身もそう言ってくれたけど……そんな実感、湧くわけなかった。
だから。
「……そんな方が身内にいては、劣等感を抱いてしまうのも仕方のないことですよ」
初めてだったよ。そんなこと言われたのは。
……なんて返せばいいのか、分かんなかった。
どうせ他のみんなと同じで、慰めるんだろうなって思ってた。でも……あいつは違った。俺みたいなヤツの隣に立って、優しく寄り添ってくれたんだよ。それが……どうしようもなく、嬉しくって。
この人生で初めて出会ったんだ。俺のことを理解して、俺と同じ立場で話をしてくれるヤツに。だから、手放したくなかったんだと思う。できることならこの先もずっと一緒にいられたら、って。
気づいたら俺……あいつのことを、抱きしめてたよ。
「ぁ…………」
「……悪い。そうやって言ってくれたの、お前が初めてだったから、俺……」
「トレーナーさん……」
それから、ずっとあいつと抱き合ったままでさ。
「そんな風に過ごしてるうちに、いつか思うようになったんだ。俺にもっと優秀な……それこそ姉ちゃんでもいたら、何が違ったんじゃないかって。そしたらきっと、アイツはその姉ちゃんを頼ってもっと頑張れただろうし、俺も……アイツのために頑張らずに済む。出来損ないが無理に背伸びをして、必要以上に惨めになることも、もしかしたらなかったんじゃないか、ってさ」
「それは……」
「大丈夫。分かってる。そんなこと望んでも無駄だし、結局何も変わらないってことも。所詮は
今思えば、その場しのぎにも程がある薄っぺらい考えだったけどさ。
当時の俺はもう、そんな考えしか思いつかないくらいに打ちのめされてたんだよ。
どうやっても上手く行かない。自分の中にあるモンじゃ何の意味もない。だから自分の外にある何かを欲しがった。それに責任を丸投げすれば、今こうして悩んだり辛かったりしてることが全部解決するんじゃないか、って。……バカだよな、ホント。
「それからは、どうされたんですか?」
「別に。
「……あら?」
そこでなんか、あいつが気づいてさ。
「トレーナーさんって今、おいくつですか?」
「え? 二十五だけど……何だよ」
「二十五……私とトレーナーさんが初めてお会いしたのが二年前で……確かその時、トレーナーさんはサブトレーナーの研修が終わった直後、ということでしたよね? となると、一年前にトレーナーとして就職して……」
「ああ、もしかして専門の話? 金もそんなになかったから、二年しか通ってねーよ」
「…………………………」
まあ。
これは先生からも言われたんだけど。
かなり早かったらしいんだよね、資格取るまで。
でも……先生の教え方がめちゃくちゃ良かったお陰だよ。そこらへんの講師の授業とか、本に書いてることよりタメになること教えてくれたし。俺もそこら辺の人間より色んなバイトやってたから、そのおかげで飲み込み早くなってた、ってのも多少あるかも。
もちろんその上で必死こいて勉強したよ。その頃の平均睡眠時間、四時間くらいしかなかったんじゃないかな? とにかく必要な知識だけ詰め込んで、なんとか合格ギリギリのラインまで持っていって、って感じで。
確かにキツかったよ。勉強のしすぎで死ぬんじゃねーかって思った
でも、まあ……アレだな。
漁港バイトよりはマシって思えば何でもできるよ、人生。
「やっぱり、ご兄妹って似るものなんですね……」
「どこがだよ」
アイツだったら多分、マジで一年かからずに資格取ってくるんだろうなあ。
「とにかく話はこれで終わり。……くだらねー話で悪かったな」
「くだらない話だなんて、そんなことありません」
「事実だろ。……別に、無理に気遣う必要なんかねーよ」
「気遣ってなんかいませんよ。少なくとも私にとって、何よりも大事なお話です」
「……なんで、そんな」
そこでまあ、俺も話ばっかりして疲れたから、若干ウトウトしてて。
答える気力もないから、あいつの話をずっと聞いてたんだけど。
「私もずっと自分のことをラモーヌ姉様と比べてばかりでした。姉様は史上初のトリプルティアラを達成し、歴史にその名を刻みつけたウマ娘です。その一方で妹の私は身体も弱く、レースもまともに走れない。……これほど自分を惨めだと思ったことはありません。だって、認めるしかなかったんですもの。ああ、私は姉妹の落ちこぼれた方なんだ、と」
「…………………………」
「本当は私だって走りたかった。メジロラモーヌの妹ではなく、メジロアルダンとしてターフを駆ける……それこそが私の夢でした。もしかすると浅はかでしかない、絵空事だということは分かっていました。ですが、諦めるにはあまりにも眩しすぎて……ずっと密かに、胸の内に抱えていたんです」
……ああ、そうだ。
やっぱり似た者同士だったんだよ、俺たちは。
「ですがある日、その夢を叶えてくれるかもしれない方が私の前に現れました。私をメジロラモーヌの妹ではなく、メジロアルダンとして……
「……悪かったって」
「ふふっ」
なんて、いつの間にかいつもの調子に戻ったあいつが笑っててさ。
「でも……そう呼ばれて私、嬉しかったんですよ? だって、あんな風に呼ばれたのは初めてだったんですから。他の誰かと比べるのではなく、ただ私一人を見て
「…………………………」
「私を救ってくださったのは、トレーナーさんです。私の手を引いて、あの小さな病室からターフへと連れ出してくださったのは……他の誰でもない、あなたにしかできなかったことなんです」
そこでようやく分かったんだよ。
「ですから、今度は私がトレーナーさんを救う番です」
今まで俺を追い立てていたのが、何か。
俺は一体、何を恐れてたのか。
……俺が救われるには、どうすればいいのか。
全部、あいつが教えてくれた。
「トレーナーさんの話を聞いて、ようやく分かったんです。トレーナーさんが、何に追い立てられているのか。何をそこまで恐れているのか。……それはきっと、自分自身なんです」
「……俺、自身?」
「はい。どうしても自分を他の誰かと比べてしまう、出来損ないだと諦めてしまう、そんな考えを起こす自分がひどく嫌になって……何とかしようと足掻いても、どうにもできなくて。そうして何もできなかった、という事実を突きつけられて、他の人ならもっと上手くやれたのに、なんてまた他人と比べて考えてしまう。……違いますか?」
否定できなかった。だって、その通りだったから。
「お姉さんを欲しがっていたのも、それが理由なんだと思います。自分じゃどうしようもなくなったから、せめて他人に……それこそ、現実にはいない人間に全てを任せられたら、なんて妄想に耽ってしまった」
「ああ。そうすれば、何か変わったんじゃねーのか、って……」
そこまで自分で言って、初めて気づいたよ。
「……そうか。変わりたかったんだな、俺」
今までよりも普通でマトモに、なんて高望みはしないけど。
だけど、せめて自分で自分を認められるような。
どんな小さなことでもいいから、自分を誇れるような。
そんな立派な大人に。
「変われますよ、トレーナーさんなら」
「……できるのかな、俺に」
「ええ。あなたならきっと、大丈夫。トレーナーさんに人生を変えられた、一人のウマ娘が保証します」
なんて言ってから、あいつが俺の頭を撫でてきてさ。
その時に少しだけ思ったんだよ。
……俺に姉ちゃんがいたら、もしかしたらこんな感じなのかな、って。
「これからもずっと、私は走り続けます。メジロアルダンという一人のウマ娘の名前を、この世界に刻むため。そして……その私の生き様で、トレーナーさんを救ってみせます。あなたの誇りに、私がなってみせますから」
「お前……」
「だからもう、一人で苦しまないでください。逃げたりしないでください。私の傍から、離れないでください。トレーナーさんが感じた不安も苦しみも、ぜんぶ私にぶつけてください。そうして二人でならきっと、どこまでも行ける気がするんです。だって、私たちは……」
「似た者同士、だもんな」
「……! はい!」
あいつからしたら、遅すぎるくらいかもしれないけど。
その時にやっと、真っ直ぐあいつと向き合うことができた気がして、さ。
「アルダン」
「はい」
「……ありがとな」
そこで話は終わり。気づいたときには、俺もあいつも寝てたよ。
……結局、何が言いたかったってさ。
俺とあいつは、同じだったんだよ。
俺は妹に、あいつは姉に。それぞれ打ちのめされてて……それでも何とか頑張ろうって足掻いてたんだ。でも、どうにもならなかった。どれだけ頑張っても、何も変わらなかった。……お互いが出会うまでは。
二人三脚、って言うにはあまりにもギクシャクしてたけどさ。それでも……俺たち、精一杯頑張ったんだよ。これまで一人だったのが、二人になったんだ。それだけで充分だった。俺も、あいつも。
そんな俺たちが歩んできた道のりは、他人からは歪んで見えたのかもしれないけど。
あいつからしたら、その道のりを歩んできたことこそが自分の誇りになったんだと思う。
あいつを救ったのは俺だ。あいつの人生をメチャクチャにしたのは、他でもない俺自身なんだ。だから、今度は俺があいつに救われる。俺の人生が、あいつにメチャクチャにされる番なんだ、って。
ホント、バカだよな。
俺もあいつも、人生がヘタクソ過ぎるんだよ。
それなのに、お互いに人生をメチャクチャにし合ってさ。
どうしようもない二人だよ。
……だけど、さ。
そんな俺たちだから、ここまでやってこれたんじゃねーかって。
俺にはあいつしかいない。
あいつにも……俺しか、いないって。
改めて、そう思ったんだ。
■
Q.続きますか?
A.もしかしたら来月は一話だけかも
出来れば二話上げられるようがんばります