メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
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そんで翌日になって。
「おばあ様から先程、『学園に来るように』と連絡がありました」
携帯チェックしてるあいつからそう言われてさ。
「学園? メジロ家の屋敷じゃなくて?」
「そのようです。理事長も交えてお話がしたいとのことで」
「あー……ババアと理事長にダブルで説教喰らう感じ?」
「もちろんそれもあると思いますが、一番の理由はおばあ様のお考えになった案について、改めてトレーナーさんも交えて説明するためかと」
「……そういえば、なんかそんなこと言ってたな」
そもそも、学園の理事長とURAの代表は俺がトレーナーに復帰することに反対してた、ってのはあいつが俺のことを迎えに来たときに聞いた。そんで、賛成派だったあのクソババアが直々に考えた案を見せたら、その二人も俺がトレーナーに復帰することに賛成した、ってことも。
でも……冷静に考えると、その時点でだいぶキナ臭いっていうか、怪しかったんだよな。
だって普通さ、反対するに決まってんじゃん。
記者のことブン殴って一人で勝手に逃げ出したヤツを、もう一度迎え入れるとか。
そりゃまあ、確かに実績はあるよ。皐月賞とダービーを勝ったんだ。謙遜するにしても無理なくらいデカい成功はしてるって、それくらいの自覚はあるわ。でも……だとしても、ギリギリ許されないと思うんだよ。
だから怪しいとは思ってた。メジロ家の当主が考えた案ってのは。
でも、俺からしたらこれが最後のチャンスなんだから。
「行くしかねえよなあ……」
どうせ、覚悟はとっくに決めてたワケだしな。
俺のこの先の人生、どんだけメチャクチャになろうが構わねえって。
あいつのためになるなら、どんなことでも受け入れるつもりだったから。
ヤケクソになってるわけじゃないけど……まあ。
いつまでもウジウジしてるよりは、それくらいカッコつけた方がマシだと思って。
「準備できたか?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ、まあ……行くか」
「あ、少し待ってください」
「どうした?」
「ネクタイ、曲がってますよ。直しますね」
「あー……悪い」
「……ふふっ」
「何」
「いえ、なんだか新婚さんみたいだと思って」
「……思ってもわざわざ言うなよ、そんなこと」
それに、あんな嬉しそうな顔されても……なあ?
反応に困るっつーか、なんつーか。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「ん、ありがと」
「それでは、行きましょうか」
かれこれあいつに付き合って四年目になるけどさ。
ホント何考えてんのか分かんねーよ、あいつは。
■
そんで、トレセン到着したんだけど。
すぐに見つかって、真っ先にブチギレられたよ。
え? 誰にって、そりゃ……。
「本当に何してるんですかあなたはっ!」
チヨちゃんに。
「アルダンさんを置いて一人でどっか行っちゃうなんて、そんなのあんまりじゃないですか! 私じゃなくてアルダンさんを選んだくせに! そんな勝手なことするくらいだったら私のダービー返してくださいよ! ねえ!」
「ごめんごめんごめんごめん! マジごめんって!」
「謝るなら私じゃなくてアルダンさんに謝ってください! あなたがいなくなってから、アルダンさんがどれだけ寂しい思いしてたか分かってるんですか!? あなたのせいでアルダンさん、クリスマスもロクに過ごせなかったんですよ!? 私たちとクリスマスパーティーしようって話だったのに! あなたのせいで全部台無しですよ、もうっ!」
いやもう、絶好調っつーか何つーか。
あんなにバチバチなチヨちゃん、後にも先にも見たことないわ。
「アルダンさんもそうですけど、私もずっとあなたのこと探していたんですよ!? もちろん、クリークさんもヤエノさんもです! それなのに見つからなくって……まったく、今までどこに隠れてたんですか!」
「いや、それは……」
「元カノさんの家に居候していたみたいですよ」
「なんっ、は……はあ!? それ本当ですかアルダンさん!」
「お前マジ余計なこと喋んなって!」
それ聞いたチヨちゃんが、ついに俺の胸倉掴み上げてきて。
「なんですか? つまりアルダンさんを捨てて元カノさんのところに逃げ込んだってことですか!? どっ……どういう神経してるんですかあなたは! 自分が何したか本当に分かってますか!?」
「ご、ごめ……ちょ、あの、離して……」
「だって……だってこんなの、いくらなんでもアルダンさんがかわいそうじゃないですか! さすがに酷すぎますよ! ちゃんとアルダンさんを悲しませた責任、取ってくださいね!」
「分かった! 取るから! もう逃げません! ちゃんと引退まで面倒見ます!」
とにかく、そんな感じでチヨちゃんにメッタメタに叱られてさ。
「ここにいらしたんですね、萩野トレーナー」
結局解放されたのが、俺のことを出迎えにたづなさんが来てからだったよ。
「あ、たづなさん! おはようございます!」
「おはようございます、チヨノオーさん。今日は一段と元気ですね?」
「はい! 誰かさんのお陰で朝から大きな声を出すことになったので!」
「あら、それはいいことですね」
まあ別にたづなさんも俺のこと助けに来てくれたワケじゃないし、何なら若干キレ気味のニコニコしてたから、チヨちゃんに激詰めされてる俺のことなんかガン無視して話してきて。
「おばあ様はもうこちらに?」
「はい。理事長室でお二人のことをお待ちですよ」
「そうですか。ではトレーナーさん、参りましょう」
「……だってよ、チヨちゃん。俺もう行かなきゃだから、ゴメンだけど離してくれる?」
「むぅ……仕方ありません。あなたに言いたいことはまだまだありますけど、今は見逃してあげます。それにお説教なら後からいくらでも、たっぷりできますし! 覚悟していてくださいね!」
「え」
まだ言いたいことは色々とあったんだけど、たづなさんとあいつが俺のこと強引に引っ張ってきたから、なんとか言うヒマもなくってさ。気持ち的には裁判所に連行された感じだった。まあ、向こうからしたら勝手に逃げ出したヤツがノコノコ帰ってきたみたいなモンだから、間違いじゃないかもしれないけどさ。
そんで、理事長室まであいつとたづなさんの二人に引きずられていったんだけど。
途中でたづなさんが、何か思い出したみたいに。
「そういえば、今くらいしか機会がありませんからお伝えしておきますね」
「え?」
「戻ってきて下さって、ありがとうございます」
「…………………………」
急にそんなこと言ってきたから俺も、なんか申し訳なくなっちゃって。
「……迷惑かけて、すいません」
「ええ。全く。本当ですよ。あなたが勝手に逃げ出したせいでで私の仕事すっごく増えたんですから。あなたが居ない分の埋め合わせ、大変だったんですよ? 桐谷トレーナーと園田トレーナーも、あなたのせいで仕事が増えてお困りのようでしたし。後でちゃんとお二人にも謝っておいてくださいね?」
「うっす……」
「それと、アルダンさんの後任についても全然見つからなくて大変だったんですよ? こちらからお声がけしても、皆さんお断りされるばかりでしたし。このままだとアルダンさんもレースに出られなくって……正直、手詰まりでしたから。重ねてにはなりますが、萩野トレーナー。戻ってきてくださってありがとうございます」
まあ、本音は多分そっちだったんだろうけど。
それよりも気になったのが。
「え? ちょ、ちょっと待って下さいよ。後任見つかんなかったって……どういう? 引継ぎの資料とか、ちゃんと用意したっすよね? もしかしてなんか抜け落ちあった感じっすか? それとも、人手が足りなかったとか?」
「……引継ぎの資料はよくできていましたよ。アルダンさんが行ったこれまでのトレーニングや、レースの実績もしっかり纏め上げられていたと思います。人手も別に足りていないわけではありません。まあ、余裕があるというわけでもありませんが」
「だったら……」
「というより、問題はそこではないんですよ。どうにも自覚をされていないようですので、この際はっきり言っておきますが……アルダンさんのトレーニングを見てあげられるのは、もうあなたしかいないんです」
「……はい?」
正直、最初は言われてる意味が分からなかった。
だって……俺よりずっと優秀なトレーナーなんて、トレセンにはたくさんいるわけだし。それこそ俺が逃げ出した理由の根幹は、あいつには俺じゃなくてもいい、って悲観的になってたところもあるし。だから何でそんな俺にしかできない、みたいな感じで言われてるのかマジで理解できなくってさ。
あいつもなんか満足気にニコニコしてるだけだから、ホントによく分かんなくて。
「言葉通りの意味です」
「……すいません、その意味がイマイチ分かってないっす」
「はあ……」
そこから呆れ気味になったたづなさんに、言われたの。
「引継ぎ資料は私も確認しました。……驚きましたよ。一つのメニューに対して綿密に負荷の計算がなされていて、それを基にセット回数や運動時間の調整まで細かく指示されているんですね」
「あー……そうっすね、一応。でも、そんなの俺が担当するより前にこいつが一人でやってたんで。俺が指示してるってよりは、こいつの手伝いってか補佐みたいなことしてるだけっすから、別に誰でも……」
「……………………………………」
「……トレーナーさんは、もう少し自信を持たれた方がいいと思いますよ?」
「つってもなあ」
今でも思うけど、他のヤツならもっと賢い方法を考えてたと思うんだよな。
俺からしたらあいつの指導は割とアナログってか、2×100の計算を2+2+2+2+2……みたいな感じでずっと繰り返してるだけのつもりだったのよ。ぶっちゃけ総当たりって言うか、ギリギリの最大効率を探り探りしてる感じで。だから、そんな褒められるようなことじゃないってか……それくらいなら、誰でもできんじゃねーのって思ってた。
でも、たづなさんの言った感じだと違うみたいでさ。
「前々から卑屈というか、妙なところで気が弱いところがあるとは思っていましたが……まさか、ここまで重症だとは思いませんでした。アルダンさんの担当トレーナーになってから、少しは成長したと思っていたのですが」
「……すいません」
「謝るくらいだったら、しっかり自覚してくださいね。あなたの考えたトレーニングメニューは、いくら資料があるとはいえ他のトレーナーには簡単に真似できないことなんですよ。実際、桐谷トレーナーや園田トレーナーにご協力いただいて色々と試してみましたが……お二人とも、早々に音を上げていましたよ」
「……え? 園田はまあ、分からなくもないっすけど……
正直、半信半疑だったよ。
だって俺からしたら、あいつの指導はずっと試行錯誤してるだけだったんだから。正しいやり方なんて分からなかった。とりあえず、目の前の問題をその場しのぎで解決してるだけのつもりだったし。いつもこれで合ってるのかどうか分かんなくて不安で、いっつも誰かを頼りたいって思ってた。
でも、それが実はあいつにとっての最適解だったみたいで。
「要するにアルダンさんの担当トレーナーは、今のところあなたにしか務まらないということです。いいですか? もう卑屈な言い訳は通用しませんよ。だってあなたはもう、二冠ウマ娘のトレーナーなんですから」
本当は「逃げんなよ?」って言いたかったんだと思う。
だってなんか、そういうオーラ出てたもん
……だけど、たづなさんの言葉にハッとはしたよ。
ああ、そうか。俺は二冠トレーナーなんだな、って。別に今更ってわけでもないし、先生から言われたから初めてってわけでもないけど……改めて、っつーのかな。何のために俺はここに戻ってきたのかってのが、ちゃんと分かった気がして。
「……逃げませんよ。引退するまで、こいつの面倒見てやります」
「そうですか」
たづなさんとの話は、それで終わり。
でも、まあ……今思えば、ちょっとだけ安心してたのかな、って思うよ。
ずっと前から思ってた、あいつには俺しかいない、ってのが、俺の単なる独りよがりな妄想じゃなくて、ちゃんと他人からもそう思われてたってことが分かったからさ。何だかんだ、俺が……いや、俺たちがこれまで必死に足掻いてきたことも、無駄じゃなかったんだな、って。……仰々しい言い方にはなるけど、救われたっつーか。
「これからも末永くよろしくお願いしますね、トレーナーさん?」
「ああ」
だから、あいつのそんな言葉にも、簡単にそう答えちゃって。
……今思えば、言質みたいなモンだったんだよな。
あのクソガキが! 人がいい気分になってるの見計らって爆弾落としてきやがって!
やっぱりあいつ、ロクでもねえ女だよホント!
■
そんな感じで、たづなさんに愚痴られながら理事長室に到着したんだけど。
「ようやく戻ってきましたね」
まず初めに、あのクソババアからそう言われてさ。
「……すいません」
「アルダンがどれだけ辛い思いをしたのか想像できますか? それにあなたは、当主である私の前であの子のトレーナーになると口にしたのですよ? それがどういう意味か分からないほど、あなたも幼稚ではないでしょう。なのに、今回のような事態になってしまったのは残念です。……正直、あなたには失望しました」
「………………………………」
「実のところ、アルダンから初めてあなたの話を聞いたとき不安だったんです。こんな男があの子のトレーナーになるなんて、と。ですが、あなたの指導でアルダンは皐月賞とダービーを制覇できた。……昔のあの子を知っている私からしたら、信じられないことです。ですから、あなたも初めて出会った時からいくらか成長していると思いましたが……私の思い違いだったようですね」
「それは……」
「あの子とあなた、いつまでも子供なのはいったいどちらでしょうね?」
トレーナー業始めてから、たぶん一番ボコボコにされたよ。
もちろん理事長もあのババアの隣にいたんだけど、「え、そこまで言う?」みたいな顔してたし。あいつも俺の隣でなんか、流石に……みたいなツラしてたけど、とはいえ相手が相手だから口挟めない、みたいな感じでさ。……たづなさんは終始ニコニコしてたよ。あの人が多分一番面白がってたんじゃねーの?
そんで、ひとしきりボロクソ言われた後で。
「さて、お説教はこれくらいにして……これからの話をしましょうか」
改めて、あの婆さんの話が始まったんだけど。
「でも……そうね、何から話せばいいかしら。ああ、そうそう。例の映像ですが、もちろん私も見ていましたよ。その上で、あなたにかける言葉があるとすれば……」
「……何すか」
「見ていてとても気持ちが良かったです。よくやってくれました」
………………………………。
「は……?」
「あんなに気分が晴れたのは久しぶりです。特にあなたがあの記者の体に跨って殴りつけるところなんて最高でした。あの時は周りの目がありましたが、もし私が一人だったら年甲斐もなく声を上げていたかもしれません」
「いや、ちょ……え? な、何言ってんすか……」
「もちろん暴力を振るうなんてことは、大人として許される行為ではありませんが……それはそれ、これはこれです。あなたの行為は決して間違いではないと思いますよ。私個人はそう判断しましたし、何ならこの判断をメジロ家の総意としてもらっても一向に構いません」
な? だから言ったろ?
「り、理事長……この婆さん、とんでもないバケモノっすよ……」
「遺憾ッ! もう私の手には負えん!」
そういや、いつだか先生が言ってたんだよ。今の当主は多少やんちゃだ、って。
でもさ、だからってこんなヤッバい奴とか思うワケねーじゃん?
「私が失望したのは、あなたがアルダンを置いて逃げ出したことだけです。それ以外については何一つ、一切の文句はありません。むしろもっと派手にやってくれたって構いませんよ。その方が面白いですからね」
「面白いって……」
「とにかく、私はこれからもあなたの味方のつもりです。よかったですね、こんなバケモノを敵に回さずに済んで。これからも思う存分、好き放題に暴れまわって私を楽しませてください」
そんな感じで色々とメチャクチャなこと言われたから、正直頭の中もゴチャってたんだけど。とりあえずこのまま流されたら絶対ロクでもないことになるだろうと思って、何とか言い返そうとしたわけよ。
「好き放題にって……いや、そもそも今の俺の立場じゃ無理っすよ」
だって、あの時の俺ってトレーナーとしてトレセン学園に雇われてるわけだしさ。いや好き放題にする、しないの話は別として、そんな立場じゃあんまり勝手な真似も出来るわけねーじゃん? だからそうやって断るってか、無理でしょ普通にって言おうと思った訳よ。
そしたらあの婆さん、
「まあ、そうかもしれませんね。今のあなたはトレセン学園の管理下にある身です。その上、謹慎処分まで受けている始末ですから。やりたい放題したくても、できない立場であることは理解しています」
「だったら……」
「そこで」
そこで?
「近々、メジロ家専属のトレーナーを雇用したいと思っています」
「…………はあ」
「メジロ家の名を背負うトレーナーであるからには、優秀な人材が望ましいですね。具体的にはトレセン学園での勤務経験があって、その上でG1レースでの勝利実績もある者が最低条件でしょう」
「贅沢っすね」
「私の大切な子供たちを託すのですから、このくらいは当然です。とはいえ厳しい条件であることも重々承知しています。なかなか条件に見合う人材が見つからずに困っていたのですが……つい最近、トレセン学園の方でちょうど手の空いているトレーナーがいると耳にしまして」
「へえ……」
「何でも、生まれつきハンディキャップのあるウマ娘の担当を引き受けて、皐月賞とダービーを獲らせた二冠トレーナーとのことです。……これなら、私の出した条件を満たしていますね」
………………………………。
いや。
「……婆さん? あんた、まさか……」
「たづな」
「はい。萩野トレーナー、こちらを」
確かになんかウダウダ言い始めたときから、だいぶ怪しいとは思ってたけどさ。
まさか、そんな都合のいい話があるわけないじゃん、普通は。
「……試用契約書?」
「あなた、ペンは持っていますよね?」
「そりゃまあ……あるっすけど」
「では今すぐそれに記入を」
「いや、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
メジロ家は今、専属トレーナーを探してて。
条件に見合ったトレーナーがトレセン学園で見つかって。
そのトレーナーは何故か丁度良く手が空いていて。
そんで今渡されたのが、試用契約書で。
つまり、その、何だ。
「もしかして……俺に、メジロ家専属のトレーナーになれって言ってます?」
「一時的なものですけれど」
……そう。
あの婆さんの言ってた案ってのは、そういうこと。
「アルダンから既に聞いているかもしれませんが、URA本部もトレセン学園も、あなたを再び迎え入れることには反対していました。たとえ二冠という実績があるとはいえ、暴力沙汰を起こしてしまっては扱いに困るのでしょうね。つまり、今のあなたはレース業界の
「流石にその自覚はあるっすよ。だからこそ言ってる意味が理解できないんです。あんたが自分の縄張りに引き入れようとしてるのは、その見放された腫れ物なんですよ? ……いったい何考えてんすか」
「アルダンの将来のこと、ひいてはこのレース業界の将来のことを」
そっからの婆さんの話なんだけど。アレは多分、俺だけじゃなくて、理事長とかたづなさん……それに何よりあいつに聞かせたかったことなんだと思う。この中で唯一、レースを走る本人のあいつに。
「例えば、礼節を弁えていればレースで勝てるのですか? 愛嬌のある振舞いで世間からの好印象を得られれば、一位を獲れるのですか? 大勢の方々から応援されれば、誰でもG1ウマ娘になれるのですか? ……どれも違いますよね? では、本当に必要なものは何か。アルダン、今のあなたなら答えられますね?」
「……レースに出る誰よりも速いこと、ただそれだけです」
「ええ、その通り。そのためならどんな手段も厭わず、ただ勝ちに貪欲にならなければならない。それこそが、ターフを駆ける者の本来の姿だと私は思っています。生まれつき虚弱なウマ娘だろうが、業界からの爪弾きに遭っているトレーナーだろうが、
「無茶苦茶だろ……」
思わず口に出ちゃったもんね。あまりにも強引なこと言い出すからさ。
でも……理屈は分かんなくもない。それこそ生徒の中にもたまーにいるんだよな。
旧校舎の一部を勝手に借りて、怪しい実験ばっかりしてるイカれたヤツ。
生徒会役員やってるくせに、素行も悪ければ口も悪い乱暴なヤツ。
やることなすこと全部メチャクチャで、頭おかしいとしか考えられない葦毛のアイツ。
そんなヤツらだけど、周りに人が集まって尊敬されてて……要するに、許されてるんだよ。
だって、強いから。
「今年の日本ダービーは私も見ました。良いレースでしたよ。あの乱暴で粗雑で、ただ勝ちたいという執念のみを感じさせるような姿。……アルダン、あなたは素晴らしいウマ娘です」
「……! ありがとう、ございます……」
「そしてあの姿は、萩野トレーナーが居なければ実現し得なかったものだと思います。つまり、アルダンを勝たせるためにはあなたが必要だと判断しました。なので、私は……いえ、メジロ家はあなたを迎え入れようと思っています。今後のアルダンの勝利のため、ひいては
「………………………………」
ホント、とんでもないこと言い出したと思ったよ。
強ければ許される、って……バカげてる。そんなのが通用していいわけねーじゃん。だってさ、それってつまり、強かったらこの業界で何してもいいって話だろ? しかもそれを、俺個人じゃなくて理事長の目の前で言ってるんだもん。……やっぱりあの婆さん、頭イカれてるよ。
……でも、さあ。
そこでふと思ったんだよ。
ああ、確かにあの婆さんの言う通りかもな、って。
片やあんな身体も弱ければレースもマトモに走れないっつって病室に閉じ込められて、後輩からもナメられてるようなヤツで? もう片方は高校もマトモに卒業できなくって、トレーナーとしても三流の出来損ないだぜ? そんなヤツらさ、普通はバカにされるに決まってんじゃん。
だけど、そんな俺たちでも許されたんだよ。
強かったから。レースに勝てたから。
……あの婆さんが、今のレース業界に不満を持ってるかとかは知らねーし興味もねーよ。
でも、これだけは言える。あの婆さんが望んでるのは、俺みたいな奴でも許されるような、そういう世界なんだ。必要なのは強さだけ、それ以外の全ては関係ない、みたいな。イカれてると思うよ普通に。業界の大手が言っていいことじゃねーだろマジで。あの婆さんこそ業界の腫れ物なんじゃねーの。
だけど……まあ、そうだなあ。
そういう世界だからこそ、俺もあいつもここまでやってこれたのかもなあ、って思うと。
「理事長、それにたづなさん」
「うむ!」
「はい」
「……今まで、お世話になりました」
それで、契約書にサインしながらさ。
「俺、またやらかすかもしれませんよ? あと、今までみたいに行儀よくする気もねーっすからね。あんたが言った通り、こいつと好き放題やらせてもらいます。それでもいいんすか?」
「構いません。すべての責任は私が負います。それよりも、今のあなたにメジロの名を背負う覚悟はあるのですか? この先のあなたの人生を、擦り潰れるまで私たちに捧げるという覚悟が」
「当たり前っすよ。でなきゃノコノコあんたの前に戻ってこないっす」
「……いいでしょう。今の言葉は気に入りました。わがままな子供にしては上出来です」
「あのー……いつまで俺のこと
「あら、私の中であなたはまだまだ子供ですよ? 頑張って背伸びをして、大人の仲間になったつもりの子供です。そんなあなたを、ちゃんとした一人の立派な大人になるまで、面倒を見てあげようと言っているのに」
「そんなことまで頼むつもりはねーっすけど? つーかそんなヒマあるなら自分の子供の教育でもしたらどうっすか? ちょうどそこに尻尾癖のクソ悪いあんたの子供がいるんですけど」
「担当を一人置いて、昔の女のところに逃げ込むような軟弱者よりはマシでしょう」
「………………………………」
「………………………………」
………………………………。
「ま、せいぜい頑張りなさいな。
「っ……! 上等だよ、このクソババア!」
そんな感じであの婆さんにサイン叩きつけて、契約成立。
無事、今のところ俺はメジロ家の専属トレーナーになったってわけ。
まあでも、一時的ってあの婆さんも言ってたしな。
それに契約書にも試用って書いてあったし。いつになるかってのは分かんないけど、たぶんキリのいいところで学園に戻されるとは思うよ。普通に。
確かに人生捧げるってか、あいつに付き合うとは言ったよ。
だけど普通に考えて無理ってか、たぶん法律とかなんかに引っかかるんじゃねーの? なんかこう、労働基準法とかさ。契約違反とかになりそうじゃない? そこら辺あんまり詳しくないからアレだけどさ。流石にそんな……ねえ? 無茶苦茶なことできるわけ……。
…………え? いけんの? ってかお前、なんでそんな法関係知ってんの?
大学がそっち系だった? 初耳なんだけど。普通に頭いいじゃん。
え、そうだったんだ。いけちゃうんだ。ふーん。
あー……。
……いけんの? マジで?
「次のレースはどうするつもりですか?」
そのまま、とりあえず次のレースの話になったんだけど。
「本音を言えば時期も近いし距離も合ってるし、それに好き放題させてくれるっつーなら大阪杯、ってところっすけど……アルダンさ、俺がいない時のトレーニングってどんな感じでやってた? 誰かに見てもらったりとかしてた?」
「いえ……トレーナーさんが考えてくださったメニューを参考に、一人で行っていました」
「となるとアレか、デビュー前みたいな感じか。んー……ってなると、どっかで一つレース挟んだほうがいい気はするんだよな。ブランク埋めるってか、感覚取り戻すみたいな感じで」
「となると……G2やG3の重賞ですか?」
「マジで慎重に行くならオープンでもいいんだけど……そうだな。いくらブランクあるっつっても、今のお前なら重賞くらいナメれるだろ。だから大阪杯に向けて、距離も近い重賞走って調整って感じだな」
何だかんだクラシックの時点で皐月賞とダービー獲ってるしな。いくら俺が贔屓目で見たとしても、あいつの実力と経験はそこら辺の生徒よりあるよ。だから、様子見も兼ねてG2、G3の重賞かなって思ってたの。
そしたらあの婆さんが口挟んできて。
「あなたが日和っているということはよく分かりました」
「そんなことねーよ! ……って言いたいところっすけどね。まあぶっちゃけそうっす。あんたが責任取ってくれるとは言ってくれたっすけど、それとは別に今の俺がメディアの前に出たらどうなるか、ってのは気になるんで」
「批判や罵倒を受けることになるかもしれませんが、それでも?」
「そしたら言い返してやるっすよ。好き放題していいって言ったっすよね?」
「……理事長、本当にこのお二人を組ませてよろしかったんですか?」
「無粋ッ! 好きにさせればいい! 仮に問題があったとしても、それはメジロ家の内部での問題! 私たちには表面的には関係のないことだからな! URAの本部も私たちと同じ意見だろう!」
「ええ、そうです。何があろうとこれは私たちだけの問題ですから、好き放題なさい」
「それはそれとして、レース業界の今後はかなり危惧しているぞ! ほどほどにな、ほどほどに!」
みたいなことを理事長が話してたから、押しつけられてんなって自覚はあったよ。
「とにかく、好きにしなさい。私からの条件は一つ。結果を出すことです」
「言われなくてもそのつもりっす。だよな?」
「ええ。おばあ様の……そして、トレーナーさんの期待に応えられるよう、全力で参ります」
「……よろしい。期待していますよ、二人とも」
そんな感じで、その場はいったん解散。
だから俺たちも、いつも使ってたトレーナー室に戻ったんだけど。
「あ」
「どうかしましたか?」
「いや、そろそろ年越すなー、って」
「そうですね。クリスマスもいつの間にか過ぎてしまいましたし」
「……悪かったって。ロクなクリスマスにならなくて」
「全くです。でも……ふふっ。大丈夫ですよ。色々なことがあったとはいえ、最後はトレーナーさんと一緒に過ごすことができましたから。私にとっては、忘れられないクリスマスになりましたよ?」
「……あっそ」
「それで、年越しがどうかしましたか?」
「いや、ここ数年実家帰ってなかったからさ」
「実家……というと、愛知ですか?」
「そうそう。まあ、そろそろ両親に顔見せねーとなって思って。色々ニュースになってるから、心配……はしてねーだろうけど、いい機会っちゃいい機会だしな」
「あら、それでは早速予定を立てないといけませんね」
「……なんでお前も来る前提なんだよ」
「トレーナーさんには、今後も末永くお世話になるつもりですから。ご両親へのご挨拶もしておかなければいけませんよね? それに……色々と、トレーナーさんのお話も聞きたいと前から思っていましたもの」
「俺の話って、何聴くつもり……ってか、いいよ別に気にしなくて。直近は忙しいだろうし、また今度にするわ。ま、都合よくこの時期に愛知でレースでもありゃ……話は、別……」
「…………あ」
「……ああ、あるじゃん!」
そんな感じで閃いたんだよ。
次のレース……愛知杯にしよう、って。
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Q.続きますか?
A.今月は頑張れそうだぞ!
できれば二、三本いっきにいきたいな~という気持ち