メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
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中京レース場、第一一R。
芝二〇〇〇メートル、左回り。
天候は晴れ、バ場状態も良。
出走人数は一四人。発走は一五:三五。
『各ウマ娘、一斉にスタートしました!』
正直なこと言うと、フツーに楽勝だったよ。
そりゃあ今年からシニア級ってことで、メンツもクラシック級の頃よりイカつくなってるし、あいつも俺も数か月のブランクはあったけど……何だかんだ俺たち、
『第二コーナーを抜けて向こう正面へ! 固まっている先行集団の先頭はメジロアルダン!』
レースまでの日程も近くて、そのぶんトレーニング期間も短かったけど、まあ何とかなった。つーか、レースに向けてのトレーニングってよりは、いつも通りの感覚を取り戻す、みたいな感じでやってたからな。あいつを普段通りのコンディションまで持っていければ、これくらいのレース余裕で勝てるって予想はしてた。
『メジロアルダン、ここで上がってきた! 第三コーナーに入ったところで前に出る! え、は……速い! 驚異的な加速で後続との差をぐんぐん広げていきます! これが二冠ウマ娘の走り!』
それにしても、アレはやりすぎだとは思ったけど。
『最終直線、最初に踏み込んだのはメジロアルダン! 一気に他を突き放していく!』
第四コーナーを抜けた時点で、もう完全にあいつの独壇場。
他の連中が必死に食らいつこうとしてるのを完全にナメきってたな、アレは。だってゴール直前の一〇〇メートルの時点で、二着の子と四バ身くらいあったんじゃねーの? とにかくもう、そこまでやる必要あるか? レベルでぶっちぎってってさ。多分だけど、あの中で一番ビビってたのは俺だよ。
『一着はメジロアルダン! 圧倒的な走りでレースを制しました!』
結局、二着とは五バ身の差をつけてゴール。
お前みたいにレースはあんまり、ってヤツが見ても分かるくらいの圧勝だったよ。
……でも、アレだな。元々愛知杯に出るって決めてた子には悪いことしたかもな。
だってG3でそこそこ頑張ろうって意気込んでたら、急に前年度の二冠ウマ娘が顔出してくんの意味わかんねーもん。俺だったらブチギレてるよ。まあ……だからって同情するつもりもねーけどな。この世界じゃそんな理不尽なんか当たり前なんだし、それこそ同情する方があの子たちに失礼ってモンだよ。
そんでレースが終わってから、あいつと少し話したんだけど。
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
「それにしても、気持ちいいくらいの勝ちだったな」
「はい。久しぶりのレースでしたから……ふふっ。少しだけはしゃいでしまいました」
「いいんだよ。それくらいの方があの婆さんも喜ぶだろ」
仮に誰かからとやかく言われたとしても、全部あの婆さんに擦り付ければいいだけの話だし。そう考えるとまあ、何だかんだやりやすいようにしてくれたのかなとは思うよ。……そう思うのも癪だけど。
とにかく、そんな感じでレースが終わって控え室に戻って。
すぐ後にインタビューがあるから、色々と準備してた時にさ。
「トレーナーさん、トレーナーさんっ」
「ん? 何?」
「こちら、お渡しいたしますね」
その時にあいつから渡されたんだよ。
「……チョーカー?」
コレ。
「確かトレーナーバッジの支給はまだでしたよね?」
「あー……そういえば、お前に預けたままだったよな。でもなんか、バッジ云々は
「はい。そちらを今回、このような形でご用意しました。バッジもきちんと見える位置にデザインしましたので、今後はこちらを身に着けていただければと思います」
「そっか。なら、ありがたく貰うけど……なんでわざわざ
「……首輪をつけておかないと、また逃げ出すかもしれませんから」
「…………………………」
「ふふっ、冗談です」
「冗談に聞こえねーよ……」
……ああ、そう。
お前の変な入れ知恵のせいで、俺は今でもイヌ扱いだよ。
「今の聴いて着ける気が一切なくなったんだけど」
「でも、このあとすぐにインタビューがありますよ? トレーナーバッジもないままカメラの前に立ったら、それこそまた問題になってしまうかもしれません。ですので、ほら。トレーナーさん」
「ちょ……分かった! 分かったって! 自分で着けるから迫ってくんな!」
「お気遣いなく。飼い犬に首輪を着けるのも、飼い主の役目ですから」
「やっぱそういう意味じゃねーかよ!」
結局、ノリノリのあいつに無理やり嵌められたよ。
つーかコレ着けてるとなんか周りのトレーナーから変な目で見られんだよな。いや、そりゃこういう形のバッジなんて俺しかしてねーから、物珍しいって話は分かるけど……なんつーか、そうじゃなくってさ。若干憐れまれてるってか、あーあ、みたいな感じの視線を向けられてる気がして……。
え、何? 持ち主が分かるからって……どういう?
あー……首輪。なるほど。そういうこと。ふーん。
つまりコレつけてたら、どこの家のイヌか一目で丸わかりってことね。
……あの家、ホントにロクでもねーことしか考えねーな!
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それから少ししたあとに、インタビューの時間になったんだけど。
まあ当然、いつもより記者も多くってさ。そこだけ切り取ったらG1レースの優勝インタビューレベル。いや、確かに去年の二冠ウマ娘が出走するから、ってのもそりゃあるだろうけど……流石にあの連中の大半は俺目当てだったんじゃねーの?
てか多分ネットで検索したらインタビュー映像とか出てくるだろ。
ちょっと待って……ほら、やっぱりあった。
『それではこれより、愛知杯を終えたメジロアルダンさん、及びそのトレーナーの萩野氏にお話を伺いたいと思いますが……メジロアルダンさん、改めて今回のレースにどのようなご感想をお持ちでしょうか?』
『はい。まずは無事に勝利を収められたことが何よりも嬉しく思います。久しぶりのレースということもあり、緊張や不安もありましたが……メジロ家として恥の無い走りを見せられたかな、と』
『ありがとうございます。私個人としても、素晴らしい走りだったと思います』
ここまでは普通の内容だったよ。まあ、あいつに矛先向けるのもおかしな話だしな。……集まった連中が
で、ここからが問題だったんだけど。
『続きまして、トレーナーの萩野氏への質問ですが……あー、えと』
そもそもこのインタビューしてきた娘、まだ新人っぽくってさあ。
多分G3のインタビューとかで経験積んでる最中だったんじゃないかな? そこで突然、俺みたいな腫れ物と出くわしちゃったモンだから、見るからにテンパってて。質問もほとんどトんでたんじゃねえかな、アレは。
だから、まあ。助け舟でも出そうと思って。
『……大丈夫っすか?』
『は、はいっ! 大丈夫です!』
『あはは、めっちゃ元気……いや、いいっすよ。ここに立ってる時点で色々と根掘り葉掘り聴かれる覚悟はできてるっすから。それに、きちんと謝らないといけないこともあるし……だから、遠慮せず聞いちゃってください。できる限り自分の言葉で答えるんで』
『……ありがとうございます。では、改めて萩野トレーナーへの質問ですが』
そんでまあ、その子から質問投げられたんだけど。
案の定、そういう系の内容でさあ。
『萩野氏がトレーナーに復帰されたことについて、業界では様々な意見が散見されています。一部では、トレーナーバッジを放棄したという噂もあるようですが……その点について、一言あればお願いします』
たぶんこの子が考えた質問じゃないよ。この後も何度か顔合わせたことあるから分かるけど、そんな度胸ある子じゃなかったし。だから多分、誰かが余計なこと言ったんだろうな。そもそもレースについての言及でもなんでもないし。……まあ、それも踏まえて遠慮せずに聞いてって言ったんだけどさ。
『あー……思ってるよりだいぶ直球で来たな……』
『も、申し訳ありません……』
『いや全然、むしろ遠回しに聴かれるよりマシっすよ。でも、そうっすね……』
そんで。
『まずは、その……菊花賞の会見で記者に暴力を振るった件について。いくら気が昂ったとはいえ大人として、そして何より一人の生徒を受け持つトレーナーとして恥ずべき行為でした。トレーナーバッジを放棄した件に関しても事実です。あれだけのことを起こした自分に、もうトレーナーとしての資格はないと思いました。大勢の方に迷惑や心配をかけたことを、この場を借りてお詫びします。……本当に申し訳ございませんでした』
何よりもまずは謝罪だけしとかないと、って思って。
確かにインタビューの場でやるのもどうなのって思ったけど……それ言ったら、そもそも向こうからふっかけてきたことだしさ。だから、そこはもう割り切って頭下げたんだよ。ごめんなさい、って。
でもさ。
『ただ、あの場で言われたことを許しているわけではありません』
やっぱりそこだけは譲れなかったわけよ。
『……こいつが今までどんな人生送ってたか知ってますか? 今までずっと病室に籠りっきりで後輩からもナメられてて、挙句の果てにレースもマトモに走れないって言われてたんですよ? だけど、こいつは死に物狂いで頑張ってきたんです。メジロラモーヌの妹じゃなくて、メジロアルダンっていう一人のウマ娘としてレースに出るために』
後でこの動画を見返した時、正直自分でもびっくりしたよ。
ああ、俺ってこんなにあいつのこと考えてたんだなって。
『必死に足掻いてきたんですよ、こいつは。
『トレーナーさん。このあたりで……』
『頼みますから、否定してやらないでくださいよ。今まで死ぬ気で、それこそ血の滲むような努力もして頑張ってきた
『萩野トレーナー、そろそろお時間が……』
『……いいわけがねーだろ! ふざけんな!』
『ちょっ』
いやマジで、やっぱり耐えきれなくって急に叫び出しちゃったもんだからさ。
ホントあの子には悪いことしたよ。
『大体さあ、外野がウダウダうるっせーんだよ! やれトリプルティアラだの、やれメジロラモーヌだの散々言いやがって! 何も知らねぇくせに、俺たちの何が分かるってんだよ! 何が二冠ウマ娘で終わりだっての! こいつはまだまだ
『ひえっ』
『それでもまだ文句あるってヤツは受けて立ってやるよ! こんな小さい部屋ん中じゃなくてさあ、ターフの上でとことんやり合おうぜ、なあ! だって
そっからはもう、ぐっちゃぐちゃになって。
『い、インタビューは以上で! お時間をいただきありがとうございました!』
『こちらこそありがとうございました。ではトレーナーさん、私たちも行きましょうね?』
『いいか、次は大阪杯だ! 俺たちに言いたいことあんなら阪神レース場集合な!』
『もう、トレーナーさんったら。そんなに吠えてはダメですよ。……それでは、失礼しますね』
『全員ブチ抜いてやるから覚悟しろよ!』
結局、あいつに引きずられて俺は退場。動画もここで終わりかな。
でも言いたいことは全部言えたよ。暴力振るってすいませんでした、だけど言われたことは許してねえからな、まだ文句あるんだったら次はレースで白黒ハッキリさせようぜ、って。
あ、お咎め? ないない。そもそも俺の管轄、もうメジロ家ってかあのババアのところだし。後から聞いた話だけど、ババア的にはだいぶあのインタビュー好評だったみたいでさ。上がそんなんだから、学園もURAも手ぇ出せないんだろうな。ってよりはまあ、メンドいから放っておいてるってのが合ってるんだろうけど。
そんな感じでインタビューは終わって、ライブも何か問題あるわけでもなく終了。手続きなんかも色々済ませてレース場での用事も無くなったから、とりあえずそのまま向かったわけよ。
……そう。俺の実家。
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俺ん家はお前も来たことあるから分かるよな?
……そう。駅から少し歩いたところにある商店街。
あそこもよく頑張ってるよなあ。俺たちが
「トレーナーさんのご両親……どのようなお方なのでしょうか?」
「ムズいこと聞くなあ……まあ、母ちゃんは優しいってよりはちょっと天然入ってんのかな。親父はよくいる頑固者って感じ。俺が
ウチの両親って大体そんなんだよな? 自分の親がどんな人か、とか正直あんまり聞かれたことねーからアレだけど。でも多分、お前から見ても俺の両親ってそんなモンなんじゃねーの?
……とにかく、そんな感じで家までの道はテキトーに話しながら進んでいって。
「こちらのお店ですか?」
「ああ」
時間的にもう閉める頃だったから、明かりは点いてたけどお客さんがいる気配もなくってさ。
だから、いつも通り正面から入っていって。
「ただいまー」
「はい、いらっしゃいませ……あら?」
そしたら当然、母さんが一番最初に気付いて。
「あらあらあらあら! まあまあまあまあ!」
……まあ、その何だ。
お前は一度、母さんに会ったから分かると思うんだけど。
「智哉じゃないの、お帰りなさい! もう、帰ってくるなら一言伝えてくれればよかったのに! どうしたの? もしかして東京で何か嫌なことでもあったの? いいのよ、何かあったらいつでも帰ってきていいんだからね。あなたはうちの子なんだから」
「いや、別にそういうワケじゃ……」
「あ、もしかしてレース帰りなのかしら? 今日のレース、中京でやってたものね。ホントは私たちも行こうと思ってたんだけど、お父さんがお店を空けるわけにはいかないって言うもの。でも、ということは……隣の子が、あなたの担当してる生徒さん?」
「あ……はい、初めましてお母さま。メジロアルダンと申します」
「まあ! こちらこそ初めまして。智哉の母です。うちの子がいろいろと迷惑かけてないかしら? それにしても、テレビで見るより綺麗で素敵な子じゃない! 今日のレースもすごかったわよね? あんなレースする子、初めて見たもの!」
「……うん。ありがとう母さん。とりあえず、荷物だけ……」
「そうだ、お父さん呼んでくるわね? ちょっとお父さん? お父さーん! 智哉が
「……………………」
「……………………」
そう。
ああいう人なんだよ、俺の母さん。
だからあいつも呆気にとられててさ。母さんが親父んところ行ってもしばらくポカーンとしてたよ。多分あいつの人生で初めて会うタイプの人間だったんだろうな。
……え? ああ、うん。やっぱり聞いてきたよ。
「……不躾を承知で、一つだけお伺いしてもよろしいですか?」
「どうした」
「その、トレーナーさんのお母さまって……おいくつなのでしょう?」
「五十一」
「えっ……いや、ええっ!?」
「その反応で合ってるぞ」
さすがのあいつもビビってたよ。俺の母さん、意味わかんねーくらい美人だからな。この前もなんか学生と間違われたって言ってたもん。アレで何もしてねーのマジでおかしいよ。
そんでまあ、少ししたら親父もやってきて。
「智哉か」
「ただいま、親父」
「……おう」
「もう、お父さんったら。せっかく智哉が帰ってきてくれたんだから、お帰りなさいくらい言ってあげて? それに、アルダンちゃんにも挨拶して。怖がっちゃうでしょ?」
「ああ、君が……うちの愚息が、世話になっとる」
「いえ、こちらこそトレーナーさんのお世話になっています」
「……そうか」
親父はいつまで経ってもあんな感じだったよ。
無口だし愛想もねーし。そう考えたら、母さんと正反対の人なんだよなあ。
「ごめんなさいね、アルダンちゃん。この人、昔から美人さんの前だと照れちゃってしょうがないの。本当は優しい人だから、怖がらないであげてね?」
「……お前で目が肥えとるから、もうそんなことせんぞ」
「あらあらあらあら! まったくこの人ったら、アルダンちゃんの前で何言ってるのかしら! もう、こんなおばあちゃんとおじいちゃんの惚気なんて聞かされても困っちゃうでしょ!」
「あはは……」
そんな感じで、母さんと親父がいつも通りやってるモンだからさ。
あんなタジタジになってるあいつ、初めて見たよ。
「とりあえず、荷物だけ俺の部屋に……」
「あ、そういえば! ねえねえ智哉、梨香は一緒じゃなかったの? 梨香もあなたも中京にいたんでしょう? てっきり、帰ってくるなら一緒だと思ったんだけど」
「え? ……梨香、中京いたの?」
「あら? 梨香は今日うちに泊まるって言ってたわよ?」
そんな話してたら、ちょうどアイツも帰ってきたの。
「ただいま」
そう。
「……あれ? トモ兄……それに、アルダンさんも?」
「梨香……お前、中京にいたのかよ?」
「レースの監査する先輩の付き添いで、少し。それよりも……アルダンさんとは初めまして、だよね? あなたのトレーナーの妹の梨香です。よろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
梨香はどっちかっつーと親父に似たのかな。結構寡黙ってか無口な方なんだけど、でも別に愛想がないわけじゃねーんだよ。むしろそこそこ社交的っていうか、普通に誰とでも仲良くなれるタイプ。そこら辺は母さんに似たのかな? まあ……親父と母さんのいいとこ取りって言ったらそうなのかなあ。
「二冠ウマ娘とか初めて見たかも」
「……そんなにすごいんか、この子は」
「もう、お父さんったら。少しはレースの勉強もしないとダメよ?」
とにかく、そんな感じで珍しく家族全員集合したわけで。
「……とりあえず、部屋に荷物だけ置いてくるわ。アルダンも来な」
「分かりました。お邪魔しますね」
「ねえねえトモ兄、私の荷物も頼んでいい?」
「ああ、いいよ。貸しな」
「ありがと」
俺とあいつだけその場から離れたんだけど、そのタイミングであいつが言ってきたんだよ。
「とても賑やかなご家族ですね」
「素直にうるさい奴らって言っていいんだぞ」
「そんなことありませんよ。素敵なご家庭で羨ましいくらいです」
「……あっそ」
多分、少し珍しいってのもあったんだろうな。
あいつからしたら、家族ってどっちかっつーと重荷になるモンだったみたいでさ。いや、別にあいつが自分の家族と仲悪いってワケじゃないと思うけど……ほら。あいつからしたら家族周りの人間って全員、お前は身体が弱い、だからレースに出るべきじゃない、っ言ってくるメジロ家の連中だったから。
そう考えると、俺たちみたいな普通の家族ってのも新鮮だったんじゃねーのかな。だからあいつ、心なしか楽しそうにしててさ。……羨ましいっていうのもお世辞じゃなくて、本気で言ってた気がするよ。
「いつか私も結婚したら、あんな風に仲睦まじく過ごせるでしょうか」
「まだ彼氏すらいねーのによく言えたなお前」
「……むぅ」
「何」
「このまま見つからなかったら俺が、なんて言ってくれるくらいの甲斐性は見せて欲しかったです」
「アホか。未成年に手ぇ出すほど俺も困ってねーわ。むしろお前の方から十八になって出直して来な」
「……言いましたね?」
そんな感じの話しながら、とりあえず荷物だけ置いて。
戻ったら母さんが俺たちに聞いてきてさ。
「三人とも、晩ご飯はまだでしょう? 何かリクエストあるかしら?」
「オムライス」
「オムライス」
「……では、私もオムライスをお願いしてもいいですか?」
「もちろん! 今日は久々に腕によりをかけて作っちゃうんだから!」
……まあ、当たり前だけどそうなるよな。
だって母さんの作るオムライス、世界で一番旨いんだもん。
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「美味しい……」
「当たり前だろ、母さんの作ったオムライスなんだから」
「以前、トレーナーさんのお作りになったものを頂きましたが……それにしても」
「あらやだ、アルダンちゃんったら褒め上手なんだから!」
あいつも目ぇ丸くして驚いてたよ。お前ん時みたいに。
たまに言われんだよな。この店のオムライスなんか混じってんじゃねーのかって。でも、別に変なことしてねーんだよなあ。焼き加減さえ覚えれば誰でも俺くらいはできると思うよ。……まあ、母さんレベルになるのは無理だと思うけど。
それで、家族が集まってるモンだから色々と話もあってさ。
「智哉とアルダンちゃんはいつまでいるのかしら?」
「まー明日の朝にはもう出てくわ。梨香はどーすんの?」
「私は明後日。トモ兄がまたやらかしたから、それの後処理しないといけなくて」
「…………いや、悪ぃ」
「いいよ、大丈夫。それに私も、トモ兄が言ってたことは正しいと思うし」
「……また暴れとったんか、お前」
「だってよぉ、アイツらが悪ぃんだぜ?
「お前は本当に昔っから変わっとらんな。東京で働いとるで、少しは成長したと思ったのに」
「東京でお利口さんにしとるとナメられるでいかん。それに、ウチのお利口さんは梨香で十分だわ」
「まったくもう、この子ったら……」
「でもトモ兄の言うことも半分合ってるよ。私もこんな感じだから、何度か変な人に絡まれたことあるし」
「な? ウチの梨香はウソ言ったことねーもん。やっぱり俺くらいの方がいいんだわ」
「……それと、多分このあたりで助けてあげた方がいいから言うんだけど」
「あん?」
「さっきからアルダンさんが固まりっぱなしだけど、大丈夫?」
そこまで話してから、ようやく気付いたんだよな。
「なにお前、まだ母さんのオムライスの旨さにビビっとんの?」
「あ、いえ……そういうわけではないのですが」
「だったら何でそんな顔してんだよ?」
「その、トレーナーさんの口調がいつもと少し……いえ、だいぶ違ったので、つい」
「……え? 俺、そんな訛っとった?」
「うん。さっきからすごいよ。三河弁出まくり」
「マジで」
だって、ねえ?
……誰でも実家帰ったらそうなっちゃうだろ、普通は!
いや、やけに黙ってるなとは思ったんだよ。あいつ、別に初対面のヤツとでも普通に話せるタイプだからさ。だからウチの親とも普通に話せるだろうなって思ってたら、そのせいで俺たちがどんな話してるかがまず分かんなかったらしくって。
そもそもあいつ、生まれも育ちも東京だしなあ。方言そのものが珍しかったんだと思う。
「妹さんとお母さまの言ってることしか分かりませんでした……」
「私は埼玉生まれだから、そのお陰かしら? そう考えると梨香は訛りも抜けちゃったわね」
「トモ兄が久しぶりにこっちへ帰ってきたから、ってだけの話じゃない?」
「…………………………」
「……喋れ、智哉。せっかく家族が揃ってるんだ」
「またこいつにからかわれるでヤダわ」
「ふふっ」
まあ、何だかんだあいつも楽しそうにしてたよ。それからは普通に話してた。レースのことだったり、トレーニングのことだったり……母さんと親父もそういう話が新鮮だったみたいで、面白そうにしてた。
こう考えたら、帰省についでにあいつ連れてったのはよかったのかもな。あいつの気分転換にもなったし、俺もなんだかんだこんな感じでやってるよ、って伝えられたし。何より、母さんと親父も楽しそうにしてくれてたしさ。
……ああやって笑ってる二人のこと、久しぶりに見れてよかったよ。
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そんで晩飯も食い終わったんだけど、まだ話が盛り上がっちゃってさ。ってよりは、主にあいつと母さんと梨香が三人でワイワイ話してたの。でも親父はもう話は別に、って感じだったから外にタバコ吸いに行ってて、俺もそれについてって。
「親父」
「なんだ」
「これ」
丁度いいから、その時に渡しといたんだよ。
……ああ、そう。専門学校入るときに借りた金。
「いつもよりずいぶん多いな」
「あいつが頑張ってくれたから、ボーナス出てさ。だから残ってる分、全部詰めといた」
「そうか」
「……返すの遅くなって、ごめん」
「いい。別に期限がどうとか、そもそも返せとも言っとらん」
「借りてるままだと落ち着かないし。それに、今まで迷惑ばっかりかけてきたからさ。せめてこれくらいはちゃんとさせてよ。俺も大人になったんだから」
「……母さんが欲しがってたから、テレビでも買い替えるか」
「いいじゃん。一番最新のやつ買っちゃいなよ」
親父は……いつまで経ってもあんな感じだったよ。
相変わらず頑固だし、口数も少ないから何考えてるかわかんねーし、キレたらすぐに殴りかかってくるし。……俺と似てるの、マジで秒で手が出るとこだけだよ。
……でも、家族のことを一番考えてるのは親父なんだよなあ。俺が高校中退して露頭に迷ってた時も、親父が色々と工面してくれたし。専門学校行きたいって言ったときも、何も聞かずに金出してくれたし。
ずっと母さんがなんであんな親父を選んだのか分かんねーって思ってたけどさ。
多分、そういうところなんだろうな。
「向こうはどうだ?」
「いい感じだよ。上司にも後輩にも恵まれてる。……担当する生徒にも、一応」
「そうか」
「うん」
「……あの子を見たとき、お前と正反対な子だと思った」
「言われると思った。でも案外、似た者同士なところもあんだよ」
「似た者同士、か」
「そう。いいでしょ、なんかそれっぽくて」
「そうだな」
まあ、そんな感じで親父との話もひと段落して。
「……戻るか」
「うん」
流石にもうあの三人も話し疲れた頃だろって思って、戻ってったんだけど。
そしたら。
「まあ! これが小学生の時のトレーナーさんですか?」
「そうそう! この頃からあんな風にやんちゃでケンカばっかりする子だったから、いっつもどこかに絆創膏張ってたわよね? 担任の先生もそうだけど、保健室の先生にもいろいろとお世話になって、もう大変で大変で!」
「そのぶん、運動得意だったよね。運動会のリレーでいつもアンカーやってたし。中学でも陸上部やってたもんね。……あ、この写真がちょうどそれくらいじゃない? 県大会で走った時のやつ」
「陸上部……なるほど。トレーナーさんも競走の経験があったんですね」
母さんと梨香がさ。
わざわざ押し入れからアルバム引っ張り出してきて、俺の昔の写真あいつに見せてんの。
多分その時のあいつが
ホクホクしてたもん。意味わかんねーくらいキラッキラの笑顔だったもん。
「女三人寄れば姦しい、というのは本当だな」
「……………………………………」
とにかく。
久しぶりの実家はそんな感じだったよ。
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Q.続きますか?
A.ワンチャン今月もう一本やるぞ!
なお、プリステの原稿……