メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】   作:宇宮 祐樹

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すいませんマジ遅れました 毎回言ってる気がするな


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 その後は別に普通だったよ。てかお前を家に呼んだ時と同じ。

 風呂は近所の銭湯行って、帰って妹の部屋に布団敷いて……いや、つまんねーって言われてもなあ。そもそもレース終わったその日だったし。あいつも結構疲れ溜まってただろうから、何もせずにその日は寝た。

 そんでまあ、翌日になったんだけど。

 

「……え、九時半?」

 

 久しぶりに実家帰ったからなのかな。すげーしっかり寝ちゃったんだよ。いつも起きてる時間がだいたい六時とかそこら辺って考えると、思ったよりぐっすりしてたらしくって。ま、特に急いで帰らなきゃいけないってワケでもなかったから、よかったんだけど。

 

「おはよー……」

「……遅いぞ、智哉」

「久しぶりの実家なんだもんで、しゃーねーでしょ」

「あら、すっごい寝癖。ちゃんと髪乾かしたの?」

「乾かしたって。枕いつもと違ぇもん……」

「トモ兄、もしよかったら私のヘアアイロン使う?」

「いいの? そしたらちょっとだけ借りよっかな……」

「おはようございます、トレーナーさん。今日の朝食は目玉焼きですよ」

「あー……じゃあ俺、ケチャップで」

 

 そんで洗面所言って、軽く歯ぁ磨いて。

 もっかいリビング戻った時にようやく気づいたんだよね。

 

「……なんでお前がうちの台所に立ってんだよ」

 

 あいつ、すげー平然と母ちゃんの隣に立って料理してたの。

 

「あまりにも自然すぎて気づかなかったわ……何してんだよお前?」

「一晩泊めてくださったお礼に、せめて何かお手伝いできればと思いまして」

「いいじゃないの智哉。人手が増えて私も助かってるんだし。それに、こんな綺麗な子が朝食作ってくれるなんて、ねえ? 智哉だって、本当は嬉しいんじゃないの?」

「いや……そりゃ、母ちゃんの手伝いしてくれんのは嬉しいけどさ」

 

 でも正直、どっちかっつーと母ちゃんが許可したのが驚きだったんだよな。

 お前もなんとなく分かってると思うけど、母ちゃんって料理に関しては人一倍こだわりがあるってか……厳しい方じゃん? 親父もまあそうなんだけど、度合で言ったら母ちゃんの方が上っていうか。

 だからあの母ちゃんが、家族以外の奴を台所に上げるのが信じられなくって。

 

「……なあ、梨香。あいつ、母ちゃんになんか話してた?」

「別に、普通に二人で話してたけど」

「……例えば?」

「トモ兄と出会った時の話とか、去年トモ兄がやらかした後の話とか、トモ兄が元カノの家に逃げ込んでそのままアルダンさんをほったらかしにして、挙句の果てにアルダンさんを自分の家に連れ込んだ話とか」

「おい!!」

「智哉、朝からうるさいぞ」

「いやだってさあ!」

「みんなー、朝ご飯できたわよ。智哉もとりあえず座りなさい。朝からそんなにはしゃいでたらお腹すいちゃうわよ? アルダンちゃんもお手伝いありがとうね? ほら、座って座って」

「ありがとうございます」

 

 今考えると、親父と梨香も受け入れてるの意味わかんねーんだよな。普通、知らない奴が自分の家の台所に立ってたら……もっとこう、なんかあるだろ! つーか定食屋の台所に学生を立たせてんじゃねーよ!

 ……なんて言っても、どうせ無駄だってその時点で分かってたからさ。

 

「味噌汁、作ったのお前だろ」

「はい。お口に合えばいいのですが……」

「別に美味いんじゃねーの? ちょっと味薄いなってくらいで」

「では、次からもう少し濃いめに作ってみますね」

「そーだな。次からは……次?」

「智哉とアルダンさんはいつ行くの?」

「あー……まあ、飯食い終わったらそのまま行こうかな。特にすることもねーし」

「じゃあ私もそれくらいに。駅まで二人と一緒に行こうかな」

「……もう行くんか、お前ら。もう少しゆっくりしてもいいんだぞ」

「お父さんったら、わがまま言わないの。二人にも仕事があるんだから仕方ないでしょ? 二人がいなくて寂しいのは分かるけど、だからって引き留めても二人のためにならないわよ?」

「それくらい分かっとるわ。……ま、智哉も梨香もたまにはこうして帰ってこい」

「はいよ」

「うん。大丈夫だよ」

「もちろん、アルダンちゃんもうちに来ていいのよ? 智哉に愛想が尽きたり、泣かされたりしたらいつでも逃げ込んできていいからね。私たちの方からガツンと言ってやるんだから」

「……はい。ありがとうございます」

「母ちゃんは俺のこと何だと思ってんだよ」

「だって、ねえ? あなた女の子よく泣かせちゃうじゃない」

 

 そんでまあ、飯食い終わった後は普通に東京に戻る準備して。時間も割と余裕あったから、洗濯物干すのと、店の仕込みだけちょっと手伝ってたら、まあいい感じの時間になって。

 

「それじゃ、俺たちもう行くわ」

「行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい。みんな気を付けるのよ?」

「ありがと。私はまたお盆くらいに戻ってくるね」

「おう。智哉も戻って来いよ」

「合宿あるから無理だって。……余裕あったら、また年末くらいに帰るわ」

「アルダンちゃんも、レース頑張ってね? 私たち、いつでも応援してるから」

「はい、ありがとうございます」

 

 実家であったのはそれくらいかな。

 そっからは東京に戻っていつも通りだったよ。大阪杯も控えてたから、それに向けてのトレーニングって感じ。大阪杯はヤエノも出るみたいな話があったから色々と対策とかも練らないとなー、みたいにやってて。

 あー……いや。

 そういえば、あいつの話を聞いたのはその時だったかな。

 

「二人とも、大阪杯の次はどうするの?」

 

 名古屋駅に到着したところで、梨香から急にそんな話されてさ。

 

「……春の天皇賞は避けて、宝塚だな。大阪杯の結果次第にはなるけど」

「上手く行ったら中距離のG1にどんどん出る感じ?」

「はい。その方が私の適性にも合っていますので」

「そっか。なら餞別として渡しておくね」

 

 急にあいつ、カバンから封筒取り出してさ。

 

「……何だよ、これ」

「オグリキャップって生徒さんの出走記録」

 

 そう。

 流石のお前でも知ってるだろ、あの子の名前くらい。

 正直、俺はもうクラシック級の三冠路線でやってたところでカツカツだったから、その裏で何かすげーことやってる子がいるんだなー、程度にしか思ってなくてさ。そこで名前聞いても、ああその子のことか、今どーなってんだろってちょっと思ったくらいで。

 

「オグリさんの……」

 

 でも、あいつはそういう情報とかもちゃんと仕入れてたみたいでさ。

 まあ同級生ってか同じ学校の生徒なんだから、そりゃ当たり前なんだけど。

 

「この先、絶対にぶつかると思うから。今のうちにチェックしておいた方がいいよ」

「……いいのかよ、わざわざこんなモン貰って」

「よくないよ。結構グレー寄りなことだから、誰にも言っちゃダメ。でも、私がわざわざそういうことをしてる、ってことで察してほしい。すごいよ、あの子。もしかしたらレースの歴史を塗り替えるかもしれない。そんな子に、二人はこれから立ち向かうんでしょ? ……だから、餞別」

「分かったよ。ありがとうな、梨香」

「ううん。私もアルダンさんのことは応援してるから」

「……ありがとうございます」

「気にしないで。私が勝手にしたことだし」

 

 梨香との会話もそこで終わり。

 

「それじゃ、頑張ってね」

 

 アイツとはそこで別れて、俺たちもそのまま新幹線で東京まで帰ったよ。

 そっから大阪杯まではさっきも言ったけど、特に何も……。

 ……いや、一個だけあったな。

 

 

「トレーナーさん、お菓子作りは得意ですか?」

 

 二月に入った最初の週くらいかな、あいつが急にそんなこと聞いてきてさ。

 

「……ああそっか、バレンタインだもんな」

「あら、お分かりになりましたか?」

「時期的にそれしかねーし。で、誰に送るとかは決めてんの?」

「ラモーヌ姉さまにお送りしようと思いまして」

「へーえ」

 

 確かに、意外っちゃ意外だったな。

 だってあいつが姉とそういうことするの、そこで初めて知ったんだもん。

 別に、めっちゃ仲悪いとは思ってなかったけど……やっぱり軋轢っつーか、あの二人はまあ色々とあるだろうな、って考えてたからさ。距離感とかもうちょい遠いって思ってたんだけど、ああ意外とそれくらいなんだな、って。安心っつーか、どっちかというと驚きの方が勝ってて。

 

「それで? 何作るんだよ」

「何かと言われますと……チョコレートですが」

「いやチョコっつっても、色々あんじゃん。生チョコとかムースとか。そりゃ適当に作るんなら型に流すだけでいいけど、それで済ませんのもアレだろ? せっかく渡すんならもうちょいなんか凝ってみようぜ」

「でしたら……フォンダンショコラなんていかがでしょう?」

「あー、いいじゃん。じゃあそれにすっか」

 

 まあ、そうだなあ。

 あいつから頼られるのが、割と嬉しかったのは正直あるかも。

 こうやって直接なんか頼み事されることって、意外となかったし。

 

「製菓は正直得意じゃないけど、別にできないってワケじゃないからな。俺にできることだったら、色々手伝ってやるよ。……普段の料理みたいなのを期待されると、ちょっとアレだけど」

「ありがとうございます。では、また後ほどご連絡いたしますね」

「はいよ」

 

 だから、そんな感じで二つ返事で了承しちゃってさ。

 その時はまあ、あいつ一人の面倒見るだけだと思ってたから、別にトレーニングにも影響ほぼないだろって思ってて。俺の方でも色々調べたり、材料とか買っておいたりとか、それこそ家庭科室の利用申請とか自分でやったもんな。だいぶ浮かれてた自覚はあったよ。

 そんで三日くらい経った頃かな。

 

「それではトレーナーさん、本日はよろしくお願いします」

 

 前もって決めた予定通りに、家庭科室でやろうとしたんだけど。

 

「ウチ、今年こそはガチでリベンジすっから! ぜってーお嬢にチョコ渡すから!」

「一昨年は渡しても断られて、去年は渡すことすらできなかったからねー……」

「ルビーさんはストイックな方ですから。チョコレートのような糖質に限らず、様々なものを制限していらっしゃるのでしょう。お受け取りにならないのも仕方のないことですわ」

 

 なんか増えてんのね。

 

「おい」

「はい」

「そもそもどういうメンツだよ」

「ヘリオスさんとパーマーは、ご友人にチョコレートを渡したいとお伺いしたので」

「ウチ、バレンタインとか貰ってばっかりで、こーゆーの分かんなくて。そしたらパイトレって料理激ウマって聞いたんで~、色々教えてもらっちゃおうかなってコトで、おなしゃ~す☆」

「私も料理はそこそこする方だけど、お菓子作りはちょっと不安でさ。ま、今回はどっちかっていうとヘリオスの付き添いで、ついでに教えてくれたらな~ってくらいの気持ちだけど」

「……お前ら二人はギリ分かるんだよ。ちょっと前に色々と助けてもらったから、そこの恩もあるし。これくらいの頼みなら、別にって思ってる」

 

 でもさ。

 

「お前はマジで何しに来たんだよ」

「あら、私ですの?」

 

 マックイーンがいたのは最初マジで意味わかんなかったんだよね。

 

「メジロ家の一員たるもの、こうした季節の行事も精通していなくてはと思った次第ですわ」

「ちなみに材料とかギリギリだから味見とかする余裕はねーぞ」

「…………………………」

「分っかりやすいなお前……」

 

 まあ、大方そんなことだろうとは思ったけどさ。

 でもここまで来た手前、お前だけ帰れっても言いづらいし。

 

「……じゃ、作ってくか」

「はい。よろしくお願いしますね」

 

 とりあえずそんな感じで観念して、適当に始めてったんだけど。

 メチャクチャ大変だったよ。

 

「材料がアルダンの希望だったフォンダンショコラに使うヤツしかねーんだけど、全員それでいいよな? 一応、この材料だけでも別のモン作れるし、最悪スーパーとかにダッシュしてくれるなら他のもできるけど……」

「ええ、構いませんわ。フォンダンショコラは私も好きですもの」

「お前は自分で食う前提なのかよ。……いいよ。味見用に一個、余分に作っといてやる」

 

 マックイーンの方はそんな感じで、最初から食うことしか考えてなかったし。

 

「これさ、バターめっちゃ入れたらそんだけめっちゃおいしくなるんじゃね!?」

「ならねえって! いいか、製菓は理科の実験と同じだからな! 目分量禁止! グラム単位で丁寧にやれ! あとキッチンタイマーもちゃんと使えよ! 絶っっ対に時間はテキトーに測んなよ!」

「……うがー! じっとしてるとかマジ無理なんですけどー!」

「分かった分かった! お前はもう卵だけ割って溶きほぐしてろ!」

 

 ヘリオスは落ち着きが無ぇから色々やらかしそうで怖かったし。

 

「わざわざ製菓用のチョコレート用意したんだ。市販のやつ使うと思ってた」

「市販の奴は味付けのために色々入ってっから味ブレんだよな。逆にこっちはそういう余計なモン入ってないから、こうやって加工すんのに向いてんのよ。製菓用ってのはそういう意味」

「へー。やっぱり詳しいんだ、こういうの」

「詳しくなっちまったんだよ。学生の頃からそこそこ料理できたから、それで菓子作りもできるって勘違いされてさ。それで女子たちが教えろ教えろって言ってきて、それで結局調べるハメになって……」

「あはは……大変だったんだね」

 

 やっぱりパーマーだけだったよ、マトモに俺の話聞いてくれたのは。

 

「だいぶいい感じだな。初めてにしちゃ上出来だよ」

「トレーナーさんが丁寧に教えてくださったお陰ですよ」

「そんなこと言ったら、お前は要領良いから教えやすい……いや、止めとくか。埒が明かねーし」

「では、私たち二人の成果、ということにしましょう」

「……それでいいよ、もう」

 

 あいつはいつも通り、終始ニコニコしながら作ってたなあ。

 でも、こうやって友達と何人かでやるのが新鮮ってのもあったんだろうな。だってあいつが子供の頃のこと考えると、みんなで集まってお菓子作りとか想像すらしてなかっただろうし。

 だから、まあ……良かったんじゃねーの。結局のところ。

 

「出来上がりまであとどれくらいですの?」

「お前はいよいよ手伝いすらしなくなったな……」

「だけど、後は型に入れてオーブンで焼けば完成だよね?」

「そんなところ。意外と簡単だったろ?」

「うん、思ってたよりラクショーって感じ。これならウチでも何とかなりそうかも」

「そうですね。また機会があれば、別のお菓子も教えていただきたいくらいです」

「気が向いたらな」

 

 そんで生地を型に流し込んで、後はオーブンでしばらく焼いて出来上がり。

 

「焼くときのコツは何かあったりするの?」

「んー……外から様子見しつつ、ってのがコツっちゃコツだな。オーブンごとのクセとかもあるから、時間通りに行かないこともあるし。理想は……卵で言ったら半熟くらいか。外の生地が焼けてても、気持ちもう少し待ってもいいかもな」

「そういうことでしたら、ここからは私に任せてくださいまし。メジロ家の誇りにかけて、一番美味しく頂けるタイミングを見極めてみせますわ」

「ふふっ、そうね。ではマックイーンにお願いしましょうか」

「……そしたら、もう後は任せても大丈夫そうだな」

「え? パイトレどっか行くん?」

「タバコ。あとパイトレやめろ」

 

 え?

 いやだから、アルダン先()()()()ーナーで、パイトレ。

 意味わかんねーよな。改めて女子高生ってほぼノリで生きてんの分かったわ。

 あと普通に言葉の響きが良くないと思うよアレ。

 

 

 トレセン(ウチ)の家庭科室って四階にあって、そっからだと屋上の方が近いのよ。

 だからわざわざ喫煙所行くのも面倒だし、その時はそこで吸ってたんだけど。

 

「オグリキャップ、なぁ……」

 

 当時の俺、そういう隙間の時間でオグリキャップについて色々調べてたんだよね。

 

(適性はマイルから長距離まであって、脚質も先行から差し、その気になりゃ追込も行けますよ、みてーなツラしてやがる……アレだな、そもそも切れる手札が多い。そりゃ()()()でも話題になるワケだ)

 

 分かりやすく言うと柔軟性っつーのかな。

 思ってる以上に色々できるんだよ、あの子。

 とにかくどんな状況でも、とりあえず一定の点数は出せるみたいな。

 ……今、六十点くらいを勝手に想像しただろ、お前。

 いや、それが普通なんだよ。誰だってそんくらいの数字が思い浮かぶモンだ。

 でもさ。

 

(地方レースの戦績が十二戦十勝二敗、その二敗はどちらも二着……六十点どころじゃない。常に百点、場合によっちゃ百二十点は余裕で出してるな。なるほど、こりゃ先生も目ぇつけるわ。こんなヤツを地方で野放しにしておく方がどうかしてる)

 

 たまーに今でも言われんだよ。引き抜きとか中央贔屓とか、そういう感じのこと。

 でも、こっちからしたらむしろ、野放しにされてるバケモンに首輪つけて引き取ってあげますよ、って話なんだよ。だってそうしないと、地方のレースが野放しにされたあの子にメチャクチャにされるから。

 

(重賞を六連勝した上で秋の天皇賞で三着、ジャパンカップも三着、そんでもって去年の有で一着。中央に移ってきたその年にこの戦績って……怪物なんてイカつい通り名してんのは、そういうことか)

 

 ホント漫画みてーな話だよ。シンデレラだってもっと段階踏むだろ。

 ……梨香が言ってた、歴史を塗り替えるかもしれない、ってのもマジだって思えたよ。

 今後のレースはオグリキャップ一強。レースは頂点を決めるモンじゃなくて、頂点(オグリキャップ)を倒すためのモンになる。……マジにそんな感じになってもおかしくなかったんだよ、あの時は。

 

(大阪杯に出てくるつもりは無さそうだが、今後どっかで絶対にぶつかるだろうな。具体的には……最短でも宝塚、向こうの調子によっちゃ秋の天皇賞か。となると、少なくとも四ヶ月は先って考えていい。

 ……そう考えると、向こうの距離の適性が広いのは好都合だな。この四ヶ月の間に色んなレースに出てくれりゃ、それだけデータも揃う。充分、対策ができる範囲内だ。問題は、対策そのものに意味があるのかってところだけど……)

 

 そんな感じで、色々と考えてる時だったかな。

 

「トレーナーさん」

 

 いつの間にかあいつが俺の隣に立っててさ。

 

「うわビックリした! 声くらいかけろよお前……」

「何やら考え事をされていたので、邪魔するのも悪いかと思いまして」

 

 そこでまあ、チラッと目に映ったんだろうな。

 

「オグリさんの資料ですか?」

「ああ。どうせ今年はこいつとやり合うだろうから、色々と今の内に調べておこうと思って。でもまあ、アレだな。いくら調べても、とんでもないバケモンだってことしか分かんねーわ」

「怪物という通り名も伊達ではない、ということですね」

「……ちなみに、お前はこいつのことどう思ってんだよ?」

「そうですね……」

 

 その時はぶっちゃけ教室の様子とか、普段どんな感じなのかって意味で聞いたんだよ。

 なんか目標でもあんのかなー、みたいなことでも分かればいいかなって思って。

 だけど。

 

「とても強い方だと思います」

「それだけか?」

「はい。笠松から中央に移籍し、そこで重賞を連覇したのち……去年の有記念で一着。レース史においても、類を見ない功績を上げている方です。強い、以外の言葉はむしろ不要だと思いませんか?」

「まあ……そうかもしれないけどさ」

「それに、少し未来が違えばオグリさんは日本ダービーに出走していたかもしれません」

 

 ここはちょっと規則的な話になるんだけど。

 URAにはクラシック登録制度ってのがあって、皐月賞とかダービーとかのデカいレースに出られるのは、それに登録してる子たちだけなんだよ。だけ、つってもトレセン(ウチ)にいる子たちは基本的に学校側の案内で登録するから、基本的に漏れとかはないんだけど。

 そんで……まあ、そうだな。

 すげー簡単に言うと、オグリキャップは登録の締め切りに間に合わなかったんだよね。

 移籍云々の話がその登録制度の締め切り間際でさあ。色々ゴタゴタしてるうちに、締め切り来ちゃったらしくって。本当ならクラシック級でバチバチにやり合う時期だったんだけど、クラシック登録してないから皐月賞もダービーも出られなかったんだよ。

 でも、世間からしたらやっぱり不満があったらしくてさ。

 一番強いウマ娘を決めるレースなのに、どうして強いウマ娘が出られねーんだよ、って制度に関する抗議が殺到しちゃって。URA側もこりゃマズいって思ったんだろうな。翌年からはクラシックに登録漏れしたとしても、色々と工面すれば出られるようにしたんだよ。オグリキャップみたいな子が今後生まれないように。

 ……つまり、さ。

 オグリキャップって子は、クラシック登録の規則を無理やり捻じ曲げた子なわけで。

 

()()()()()()()()、を体現したお方だと思いませんか?」

「……なるほど」

 

 そうした憧れも、少しはあったんだろうな。

 ただ、それ以上にライバル視っていうか、意外とやる気でさ。

 少なくとも弱気になってるとか、そういうことはなかった。

 

「ま、ビビったりとかはしてなさそうで安心したわ」

「はい。ここで怖気づいているようでは、せっかく二人で手に入れた二冠の称号も意味を失ってしまいますもの。それに……私が不安に思ってしまっては、トレーナーさんも思い詰めてしまうでしょうから」

「流石にもうそんなことはねーよ」

「本当ですか?」

「お前ならオグリキャップにも勝てる。信じてるよ。……これでいいか?」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 無理やり言わされたっつったら、そうかもしれないけど。

 でも、別に嘘ってわけじゃなかった。色んな数字とかを見てもそう言えたし……何より、俺はあいつの担当だから。色んな事があって、改めてあいつの担当やってやるよって思ってたからさ。

 俺が信じてやらなくちゃいけねーだろ、あいつのこと。

 

「それで? わざわざ俺んとこ来たってことは、もう出来上がったんだよな」

「はい。皆さんトレーナーさんに感謝されていましたよ」

「そーか。じゃ、そろそろ戻るか……」

 

 そんで後片付けとかもあるだろうし、そろそろ家庭科室に戻ろうとしたんだけど。

 

「その前に、こちらを」

 

 あいつがさ、渡してきたんだよ。

 そう。俺と一緒に作った、フォンダンショコラ。

 

「……ああ、味見用に作っておいた奴か」

「はい。マックイーンも、トレーナーさんが頂くのなら、と譲ってくれました」

「つまりお前からのバレンタインは、コレでいいってことか?」

「そういうことです。……受け取っていただけますか?」

「そーだな。俺が味見しないのも変な話だし。貰ってやるよ」

 

 ご丁寧にラッピングまできちんとしてあってさ。

 いや思ったよ。バレンタインのチョコを渡したい相手と一緒に作るとか。ちょっと変っていうか、なんか本末転倒だろ、って。正直お前それでいいの? みたいなこと聞いたかったよ。

 だけど、それでも良かったんだろうな。

 だって満足そうに笑ってたんだもん、あいつ。

 

「若干焼き過ぎかもな。でも美味いよ。初めてでコレなら上出来だと思う」

「ありがとうございます。でしたらリベンジはまた来年、ですね」

「でも意外だったな。お前のことだから、こういうのは当日に渡してくるかと思った」

「……トレーナーさんは、他の皆さんからも頂いているでしょうから」

「あー、それは……ま、そこそこな。でもウチは女子高だし、そんなモンだろ」

 

 でもそれって、友チョコとかの延長みたいなモンだろ?

 正直、マジで渡してくる奴は……いない、とは言わないけどさ。大半はそんな感じで、そういう行事だしやっとくかー、みたいなノリばっかりだよ。だから、そこまで気にすることでもないって思ってたんだけど。

 でも。

 

「トレーナーさんには、誰よりも先に渡したかったんです」

 

 あんなこと言われちゃあ、なあ。

 

「……甘いもん食ったから、口直しにもう一本だけ吸ってくわ」

「ふふっ、どうぞ。いつまでもお付き合い致します」

 

 それから家庭科室に戻って後片付けして、その日はそれで終わり。

 大阪杯までにあったことは、それくらいかな。

 ……あ、今年? そりゃ貰ったよ、ちゃんと。

 チョコレートムースのケーキだった。もちろん自分で作ったヤツ。

 見た目はちょっと、って感じだったけど、味は普通に美味かったよ。うん。

 来年はまた別のに挑戦するんだとさ。よく飽きねーよな、ほんと。

 まあ料理って楽しいから、分かるっちゃ分かるんだけどさ。

 

 ……え?

 いやそりゃあいつのことだから、来年も……って、ああ。俺が、って話?

 どうせ止めろつっても送ってくるだろ。断る理由があるわけでもねーしな。

 それに……まあ、その。何だ。

 決めたんだよ、俺。あいつがやりたいことには、とことん付き合ってやるって。

 担当のトレーナーとしてもそうだし、何よりあいつの事情を知ってる、一人の大人としてさ。

 ……それに、約束しちまったしな。

 あいつが引退した後も、一生面倒見てやるって。

 

 ……ま、流石に本気にするわけねーとは思うけどな。

 はは。

 

 




Q.続きますか?
A.来月は一本あげられたらいい方かも~
 なぜならイベントの原稿があるので……
 でも逆に言うと一本は投稿してみせます、任せてください
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