メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
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それで、宝塚記念なんだけど。
基本的にはもうオグリキャップをどうにかするしかないって感じで、それ以外は申し訳ないけど眼中になかったっつーか、他の子のこと考えてる余裕なんかマジで全く無かったんだよね。
まあでも、多分それは皆も同じ感じだったと思うよ。この際、他の生徒とか気にしてるヒマなんてない、まずはオグリキャップへの対策をどうするかを真っ先に考えなきゃ勝ちはない、みたいな共通認識だった。あの時のオグリキャップはそれぐらいの威圧感っていうか、どうしようも無さがあったんだよ。
とにかく、オグリキャップへの対策を何としてでも練らないといけなくて。
……チヨちゃんに声をかけたのは、それが理由。
あの子はオグリキャップから唯一、明確な勝ちを獲った生徒だもん。
だからチヨちゃんから色々と聞き出せれば、オグリキャップをボコすためのヒントも見つかるかもしれない。
そう、思ってたんだけど。
「私は運がよかっただけです」
当の本人は、どうもそんな感じの意識だったらしくてさ。
「そんなことはないんじゃない?」
「でも、事実ですから」
「……珍しいね。チヨちゃんがそこまで卑屈になるなんて」
少なくともチヨちゃんは、レースに関して運がどうとか、そんな冒涜じみたこと言うような子じゃなかったからさ。俺からしたら、すげー意外だったっていうか……正直、ちょっとショックだったのかも。
でもまあ、話を聞いてるうちにだんだん、チヨちゃんの言いたいことも分かってきて。
「去年の天皇賞・秋には、オグリさんと……タマモクロスさんも出走していました」
「つまり、マークされてなかったから、不意打ちできたってこと?」
「不意打ち……確かにそうかもしれません。あの二人はただ、お互いのことだけしか見ていなくて……私を含めた他の生徒なんて、視界にすら入っていなかったんだと思います。あ、でも、レースに対する姿勢がどうとか、それが悪いことって言いたいわけじゃないんです。ただ、その……なんて言えばいいんでしょう」
「……見てる世界が違う?」
「そうですね。それが一番、分かりやすいかもしれません」
その時のチヨちゃん、なんだか寂しそうって言うか、羨ましそうっていうか。
「お二人の実力は、あの時点だとかなり拮抗していましたから。互いに消耗も激しかったんだと思います。だから、私も勝てた。付け入る隙があった、っていうとイヤな言い方になっちゃうかもしれませんけど……でも、私が勝てたのは、そういうことなんだと思います」
「だから『運がよかった』、なんて言うつもり?」
「はい」
なんてすんなり答えちゃうもんだから、俺としてもちょっとそれはどうなの、って思ったんだけど。
あの時のチヨちゃんの顔を見てたら、そんなことも言えなくって。
「もしも私が、あの二人にマークされていたら……いえ、睨まれでもされていたら、きっと私はその時点で負けていたと思います」
結局、チヨちゃんからしたらオグリキャップに勝てたのは運が良かっただけ。
タマモクロスとやり合ってたところを偶然横取りできた、って認識みたいだったの。
でも、別に僻むことではないんじゃない? とは思ったよ。そりゃまあ、チヨちゃんはいい子っていうか、真面目な子だからさ。そういう運とかが絡んだ勝ちを素直に喜べないって言うか、真正面からやり合わないとズルいんじゃないか、って考えちゃうような性格だってことは、前から知ってたんだけどさ。
だけどその時のチヨちゃんは……どっちかっていうと、怯えてたのかな。
「今のオグリさんと私が戦っても、きっと勝てないんだと思います」
「まさか、そんなことない……って断言できないのがなあ。……ごめんね」
「謝らないでください。あなたが頭を下げる必要なんて、どこにもありません。むしろ、謝らなくちゃいけないのは私の方なんです。オグリさんの対策を、っていう話だったのに、こんな話ばかりしてしまって……」
そんな感じで、チヨちゃんはずーっと弱気のままでさ。
あの様子だと天皇賞・秋から色々と考え込んでたんだろうなあ。
元々一人で考えこんじゃう子だし。それこそダービーの時だってそうだったし。
でも、今のあの子にはアイツがいるからさ。
「もちろん私だって、いつまでもクヨクヨしてるつもりはありません。打倒オグリさんに向けて、トレーナーさんと一緒に頑張ってますよ。ただ、その……勝てる未来が見えているか、と言われるとやっぱり難しくって」
「……桐谷はなんて言ってる?」
「贔屓目になっているつもりはないけど、実力的には厳しくない。でも、相手の切れる手札が多すぎる。だから相手の切る手札を見切った上で、自分の適切な手札をぶつけないといけない……って」
「簡単に言ってんなあ。それができたら苦労しねーよ」
桐谷の見解が俺とほぼ同じだってことは、そこで分かった。
だからまあ、オグリ対策の具体的な収穫はなかったよ。でも、元々チヨちゃんから聞き出せたらラッキーかもなあ、ぐらいの気持ちではあったから、そこまで期待はしてなかったし。むしろチヨちゃんの話を聞けてよかった、みたいに思ってたよ。
「とにかく、今の私はできることを一つ一つやっていくしかないんです」
「うん、そうだね。チヨちゃんの得意なことじゃん」
「はい! 努力することに関してなら、誰にだって負けるつもりはありません!」
チヨちゃんとの話は、全体的にそんな感じで終わって。
「ってのがサクラチヨノオー本人の認識っぽいんですけど、実際どうなんすか」
「あの子が本当にそんなことを?」
宝塚記念、当日。
喫煙所でふかしてる時に、先生に話したのよ。
「去年の天皇賞・秋は間違いなく彼女の実力による勝利ですよ。確かに全体的なレース運びや、出走者同士の競り合いによる体力の消耗度合いには運が絡むかもしれませんが、それを自分の勝ち筋とするには、全体を俯瞰する視野の広さや積み重ねた実戦経験が必要です。運だけで勝った、なんてことは絶対にありえません」
「そこは本人も理解してると思うんすけどねー……となると、やっぱりオグリキャップ相手に尻込みしてる、ってのが大きいかもしれないっす。それか、ああいう天性のセンスみたいなのにちょっと嫉妬してる、みたいなのもあるかもしれませんね。本人の自覚は薄いどころか全く無いんでしょうけど」
「他人を見て僻むような子ではありませんからね。とはいえ、そういう子ほど色々と溜め込んでしまうのも事実ですから。今回のように、あなたの方からサクラチヨノオーさんと話しかけてあげてください」
「……そういうのは桐谷の仕事っすよ。チヨちゃんの担当トレーナーはアイツです」
「ですが担当トレーナーには話しにくいこともあるでしょう」
そりゃまあ、そういうこともあるだろうけど。
でも、俺からしたらチヨちゃんと話すのはやっぱり後ろめたいっていうかさ。正直、オグリキャップについての話をするのにも三日くらい悩んでたし。俺なんかがチヨちゃんの力を借りていいのかな、みたいにも思ってた。
……そうやって俺がなってるのも、先生はお見通しだったのかもなあ。
とにかく、先生からしたらチヨちゃんはもうオグリキャップと並ぶ強者だし。
オグリキャップ本人も、この時点でもうチヨちゃんのことは睨んでたっぽいし。
「あとは、あなたとアルダンさんがどう出るかですね」
「……なるべく手加減してくださいよ」
「面白い冗談ですね。オグリキャップというウマ娘は手加減なんて出来ませんよ」
「オグリキャップが怪物って呼ばれてるの、結構気に入ってますよね、先生」
みたいな感じで、出走まで先生とそんな感じで話してたんだけど。
「お疲れ様でーっす」
「……何やアンタら、ホンマにこんなトコおったんか」
そしたら丁度、先輩とタマモクロスがやってきて。
「タマモクロスさんも現地まで観戦に来たんですね」
「ま、ウチはしばらくヒマやしな。することもないし、純粋に応援しにきたで」
「先輩は俺達と同じクチっすか」
「そーそー。ヒドいよねー、私たちあの子のトレーナーなのに。阪神の運営ってどうなってんの?」
先輩も珍しく冗談めかさずに、普通に愚痴ってたからさ。
それ見たタマモクロスが聞いてきたんだよ。
「……何や? アンタら、好きでここおるワケやないんか?」
「当たり前ですよ。自分が担当した生徒のレースなんて、間近で見たいに決まってます」
「だったら何で……」
「観客いつもより多く動員した結果、俺達の分の席が無くなったんだよ」
その年だけの特例で、今ではそういうのは絶対に禁止、って決まったんだけど。
確かに客呼べるレースではあるよ。大人気のオグリキャップに、それを降したイナリワン、更に去年の二冠ウマ娘のアルダンが出るんだから。そりゃこんなレース、チケットなんて飛ぶほど売れて満席になるのは確定してる。
でも、だからってさあ、じゃあ客いつもより増やそうね、観客席も多めに取ろうね、あっ関係者席ちょっと狭くなっちゃうかも、お偉いさんの方優先だからトレーナーの皆さんは端っこ寄ってね、は無ぇだろ。
「意味分かんねーっすよマジで。なんで俺達が割食わなきゃいけないんすか」
「私たちじゃなくて、お偉いさんとか記者優先なのも頭にくるよね。完全にエンタメとして消費されてるじゃん。別にそれに対して文句言うつもりはないけど、運営側がそういう方向に舵切ってんのは話が違うでしょ」
「こればかりは私も憤りを感じていますよ。レースが終わり次第、この件に関して協会の方に掛け合ってみましょうか」
「アンタらも大変なんやな……そういう事情とか、今までなんも知らんかったわ」
そりゃ、まあ。
「知られないようしてたんだよ。だって君たちには、レースに集中してほしかったし」
「このような大人の事情に、生徒を巻き込むわけにはいきませんからね」
「むしろお前が今まで何も知らなくてよかったよ。俺たちの仕事がちゃんとできてる証拠だしな」
「……アンタらのこと、ちょっと見直したわ」
なんてしばらく話してるうちに、ようやく出走の時間になって。
『トゥインクル・シリーズ、上半期を締めくくる宝塚記念! 十四人のウマ娘が今、ゲートに入っていきます!』
「あーあ、やっぱりここからじゃ遠すぎるよ。萩野クンは見える?」
「豆粒っすけど、一応。あそこで吊るされてるモニター見てた方がまだマシじゃないっすか?」
「……今回ばかりは、自分が老眼なことに感謝しないといけませんね」
オグリキャップはそれこそ去年の勝ちもあったから、当然一番人気。二番人気がアルダンで、僅差で三番がイナリワンだったかな。まあ、特にそこに関しては不思議じゃなかった。妥当だな、とは思ってたよ。
だからまあ、とりあえずいつも通りレースしてくれりゃいいな、って考えてたんだけど。
『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』
思えばその時点で、ある程度の違和感はあったんだよな。
ゲート開くまではモニターで見てたんだけどさ。オグリキャップが映った瞬間、なんかいつもと雰囲気違うって直感で思ったんだよ。立ち方って言うか……一番は視線かな。キョロキョロしてた感じ。
後から考えれば、たぶん緊張っていうか、色々と思考してたんだろうけど。
『スタート! 各ウマ娘、揃って綺麗なスタートを切りました!』
そんでまあ、レースが始まったんだけど。
「あれ? オグリちゃん、ちょっと出遅れてない?」
序盤のオグリキャップの位置は、後方集団の中団だった。
ここ数戦はずっと先行で走ってたから、最初は俺も先輩と同じで出遅れたのかと思ったんだよ。でも、すぐにそうじゃないって気付いたの。だって出遅れたのに、その遅れを取り戻す素振りすら見せないんだもん。
それにチヨちゃんも言ってたでしょ。オグリキャップは切れる手札が多すぎる、って。
「……もしかして、追込で走らせてます?」
「おや、気づきましたか」
あの時の先生、すげーいい
「え、オグリちゃんって追込もいけるの?」
「データ見た感じ行けそうな顔つきはしてましたけど……まさかアルダンと直接勝負する、っていうこのタイミングで投入してくるとは思いませんでした。自分の一番得意な
「だからこそ、ですよ。現在のメジロアルダンさんの走りは、完成されていると言ってもいいでしょう。同世代のサクラチヨノオーさんやヤエノムテキさんと比べても、あまりにも隙が無さすぎる。そんな相手に同じ先行脚質で勝負したとしても、勝率は良くて五分といったところでしょうね」
いやまあ、あいつに勝率が五分ある時点で充分バケモンなんだけど。
それでもこのタイミングで追込をぶつけてきたのは、俺としてもビックリしてさ。
「大胆っつーか、なんつーか……よくこの短期間で用意できましたね。まさか元々用意してたんすか?」
「ええ。まだ公式戦で見せていない追込脚質であれば、あなた達が対策するのも不可能でしょう」
「マジで手加減ナシじゃないっすか……」
「ですがその牙を研ぐための時間は、あなたの言う通りあまりにも少なかった。このままでは、メジロアルダンさんに突き立てるには至らない。所詮、付け焼き刃の作戦だと……先日の天皇賞・春で、イナリワンさんに負けるまでは、そう思っていました」
「……なるほど」
天皇賞・春でオグリキャップは先行、イナリワンは追込でそれぞれ出走。
結果として勝ったのはイナリワン。オグリキャップ、それに同じ脚質だったスーパークリークも後ろから一気に抜いて、
……別に、脚質それ自体の相性の要素ってのは薄い。
そりゃまあ、多少はあるけど……その生徒の技術や実力で充分覆せるレベルだ。
ただ、オグリキャップは一度、追込に負けてる。
つまり、先行にとって一番やってほしくないことを理解してるわけで。
「つまり今回のオグリちゃんは、完全に対アルダンちゃんに特化してるってことですか?」
「ええ。サクラチヨノオーさんの話を聞いた手前、こう言ってしまうのはあまりよろしくないかもしれませんが……今の彼女は、メジロアルダンさんしか見えていません。強いて言えばイナリワンさんも多少警戒はしているでしょうが、それ以外の生徒たちはほとんど眼中にないでしょうね」
「うーわ、アルダンちゃんかわいそー。完全に目ぇつけられちゃってるんだ」
そこでまあ、今回のオグリキャップの意気込みはある程度理解できた。
ああ、あいつはマジで俺とアルダンを潰しにかかってきてるんだ、って。
でも。
「そんな付け焼き刃の作戦が、本当にアルダンに通用すると思ってるんですか? いくら柔軟性を武器にしてるつっても、公式戦で初めての脚質ってのは無茶がありますよ。……そんな生半可なやり方で倒せるほど、俺の担当ウマ娘は弱くないっすよ。見くびってもらっちゃ困ります」
「勿論、あなた達を甘く見ているつもりはありません。それに、オグリキャップさんの追込を完成させるにあたって、協力者もいましたから。付け焼き刃だと思っていると、かえって痛い目を見るかもしれませんよ」
「……協力者?」
まさか。
「悪く思わんといてな。ウチはハナっからオグリの味方やねん」
そう。タマモクロス。
あいつが一枚嚙んでたんだよ。
「……別に、お前が後ろめたい思いする必要はねーよ。お前ら二人がどういう関係なのか、ってのはある程度は把握してるつもりだし。お前がオグリキャップに肩入れすることにも、何も疑問は無い。ただ……」
「何やねん」
「お前らが手ぇ組むのは……ズルだろ……」
先生とオグリキャップだけで、って話ならまだ勝ち筋はあった。
慣れないことしてくるヤツを返り討ちにすればいいだけだからさ。あの時も先生に言ったけど、俺はあいつにそんなヤワな指導はしてない。そこの信頼はちゃんとある。
でも、タマモクロスの協力があるってなると、話は別だったんだよなあ。
あいつは追込が一番の得意分野ってのもあるし、ちゃんと経験もあるから、そりゃ色々と教えられるだろうし。それに引退発表した直後で、時間が有り余ってたからオグリキャップに付きっ切りだったろうしな。
それに何よりさ。
タマモクロス、脚質的に先行もそこそこいけるんだよね。
「追込のイロハを教えながら、タマ自身が仮想敵になってオグリちゃんに追いかけ回されてたってこと? ……そんなことしてたんだ。大変だったね、タマ。頭パンクしなかった?」
「別にオグリに教えるのはそこまでやったわ。一番キツかったのはアルダンの走りマネすることやったかもな。アイツ、走りが丁寧すぎんねん。ウチとは正反対のやり方やったから、慣れへんくってなあ」
「苦労をかけましたね。ですが、タマモさんのお陰でオグリさんの追込脚質はついに完成しました」
なんて言いながら、先生がモニターの方に向いたからさ。
俺達もそこで一度話を切り上げて、レースに集中して。
『第二コーナーを抜けて、向こう正面へ! オグリキャップは依然として後方の位置をキープしています!』
「……教えたウチが言うのもアレやけど、予想以上にしっかり追込してんなあ」
「コツ掴むのが上手いんだろ。でなけりゃオグリキャップはこんな持て囃されるほど強くなってない。食わず嫌いせずに何でも飲み込めるってのは、間違いなく才能だよ」
それこそ、アルダンとは真逆だった。
あいつはどっちかというと、不器用な方だからさ。一つのことを何度も何度も繰り返して、それを極めることしかできねーんだよ。確かに新しいトレーニングのやり方とか、走り方とかは二、三回教えればすぐにモノにするけど、それも結局あいつのできることの延長にあるモンだ。
だから先行以外の走り方はそこまでできない。それで言うと、オグリキャップは。
「手札が多い、ねえ……」
「何だかんだ恵まれてるよね。嫉妬しちゃうかも」
「その上で才能を過信せず、努力ができる精神の持ち主ですからね。……強いですよ、あの子は」
そんなことはまあ、分かりきってるけど。
『間もなく全体は第三コーナーへ……っと! オグリキャップ、ここで一気に速度を上げた!』
「スパート……? あの位置でってなると、かなり早くないですか?」
「確かにタイミング的には早いね。イナリもまだ後ろの方だし。ミスったのかな?」
「私もあそこでスパートをかけるような指示は出していませんよ。ですが、これは……」
あのタイミングでのスパートを仕掛けたのは、完全にオグリキャップの独断。
アルダンのレース運びは完璧だった。先生の言う通り、無駄を極限に省いた完全な走りだったよ。それを見てたオグリキャップは、このまま教えられた通りに走っても勝てないって思ったんだろうな。
だから。
「勝負するつもりやろな。それもかなり自分が有利な状況で。完全にツブしにかかってるわ」
「アルダンちゃんは先行策なぶん、スタミナの消費も相応にあるからね。対してオグリちゃんはずっと後ろで脚を温存してたから余力は充分に残ってる。それに先行の走り方も熟知してるから、アルダンちゃんがキツくなるタイミングもある程度は把握できてるだろうし。……ここにきて脚質の相性差に持ち込んだのか。上手いな」
脚質の相性。生徒の実力や技術で覆せるレベルの小さな差。
そこをオグリキャップは土壇場で突いてきた。ここしかない、ってタイミングでな。いやあいつ、レース上手いよ。ああいう判断を磨くのってって経験積むしかないんだけど、それすらもやってのけた。
……だけど、レースの経験で言えばあいつも負けてない。
それこそ、意地と根性で獲ってきた二冠は伊達じゃねえよ。
『第四コーナーを抜けて最終直線! オグリキャップが迫ってくる! 怪物が最後方から上がってくる!』
「追い詰めましたね。この状況でアルダンさんに勝ち筋があるとすれば……」
『──ここでメジロアルダン! 驚異的な加速で順位を上げていきます! 一気に先頭を射程圏内に捉えた! しかしオグリキャップも逃がすつもりは無いか! 凄まじい脚でメジロアルダンに食らいついていく!』
そっからアルダンが逃げの二人をあっという間に抜いて、一気に先頭。
オグリキャップにギリギリ並ばれるのを回避した形になった。
「よし……っ! いいぞ、よくやったアルダン! タダで負けるわけにはいかねえモンな!」
「これは……素晴らしい洞察力と判断力ですね。反撃してくるとは思いませんでした」
「……まさかとは思うけどアルダンちゃん、オグリちゃんが早めに仕掛けるって予測してた?」
いや、よく頭回してくれたよホント。オグリキャップが追込で勝負しにきた時点で、その後のレース展開はある程度考えてたんだろうな。だから、あそこでもう一度加速できるだけのスタミナ確保してた。オグリキャップからすれば、タイミングも狂わされて散々だったろうよ、アレは。
「お互い手札は出し切ったやろうし、後は実力勝負やな」
「あの位置から加速できたなら、アルダンにも勝ち筋はある……! 頼むぞ……!」
「……ですが、オグリさんとの距離は短い。追い縋る余裕は十二分にありますよ」
ここまで来たら、もうどっちが勝ってもおかしくない状況だった。
『さあ残り二〇〇メートル! 先頭はメジロアルダン、しかし以前としてオグリキャップはじわじわと距離を詰めている! メジロアルダンが逃げ切るか、それともオグリキャップが差し切るか!』
ただ、まあ。
敢えて
……やっぱり、生まれ持った身体の強さの差だろうなあ。
『ここでオグリキャップがメジロアルダンに並ん……いや、オグリキャップ先頭! オグリキャップが先頭に躍り出た! メジロアルダン、だんだんとペースが落ちているか! 徐々に距離を離されていく!』
最後のスパート、アルダンにとってはかなり無茶だったんだよ。
加速して距離を離すだけの体力は残ってたけど、そのまま逃げ切るまではいかなかった。まあ、普段通りのレースしながら、プラスであの位置でのスパートかけたって考えれば、当然っちゃ当然なんだけどさ。
タイミングの問題? いや、違うな。確かにもう少しスパートが遅ければ、って考えは分かるけど、それだと結局加速しきったオグリキャップに追いつけない。だからタイミングに関しては間違ってない。むしろあそこしか正解はなかったんだよ。
何も間違いは無かった。今までの積み重ねを出せた、最高の走りだった。
だけど。
『──オグリキャップ、いま一着でゴールイン! その執念で見事、勝利を勝ち獲りました!』
それでも才能には勝てなかった。ただ、それだけの話。
……俺にとっての、宝塚記念での総括だな。思い知らされたよ。
だから、俺も……改めてアルダンを勝たせてやりたくなった。
恵まれた才能を持った、オグリキャップとかいう死ぬほど強いウマ娘。
そんなヤツを、身体に恵まれなかったメジロアルダンってウマ娘が倒したらさ。
最高だろ。俺にとっても、何よりあいつにとっても。
「やっぱりオグリちゃんだったかー……すごいですね、あの子。まだ伸びしろあるんでしょう?」
「ええ。確かにこの勝利は大きいですが、しかし通過点に過ぎません。まだまだ改善点はあります」
「これ以上バケモンになるんか、あいつは……」
なんて先生たちはわちゃわちゃ感想戦してたけどさ。
「……すいません、行ってきます」
俺は一人であいつのこと迎えに行ったんだよ。
■
「お疲れさん」
「あ、トレーナーさん……」
当たり前なんだけど、控え室にはアルダンの方が先に着いててさ。
俺が入ったらこっち向いたから、なんて声かけるか迷ったんだけど、とりあえず。
「惜しかったな」
「はい。あと少しだけ、足りませんでした。……ですが、全力は出し切ったつもりです」
「ああ、よくやった方だよホント。追込なんて初見殺し相手にあれだけ粘ったんだから。それに最後の機転も良かった。あのタイミングでのスパート、さすがのオグリキャップも予想できてなかっただろ。名勝負だった」
「ありがとうございます」
まあ、あいつも満足はしてたんだろうな。
パッと見、負けて凹んでる様子もなかったし。当然、あそこまでやって負けた悔しさはあるだろうけど……それ以上に、オグリキャップともう一度レースしたい、何なら今からでも再走してやる、って気持ちの方が強かったと思うよ。
「今回はオグリさんに勝利を譲ることになりましたが……同じ轍は踏みません。次は勝ちに行きます」
でなけりゃ、あんな強気なセリフは出て来ねーだろ。
「今度オグリキャップとやり合うってなると、一番近くて天皇賞・秋か? マイル方面行くなら分かんねーけど……あの調子じゃ、マイル
「それでも、私たちの目標は変わりませんね。次走は天皇賞・秋にしましょう」
「だな。これから夏だ。合宿練習、去年より厳しくするぞ」
「よろしくお願いします」
そんな感じで、今後の展望も色々と見据えられて。
「じゃ、帰ったらすぐにオグリ対策するぞ。特にオグリキャップの追込脚質、アレは今回が公式戦初披露だ。先行や差しと違って資料もない。出走前にも言ったけど、俺は今回のレースは近くで見れなかったからさ。実際に走ったお前の所感だけが頼りだから、レースの感覚を忘れないうちに色々と纏めておきたい」
「そうですね。私も自分の走りの振り返りがしたいですし」
「……ま、その前にライブか。お前、二位の振り付けちゃんと覚えてるだろうな?」
「もちろんです。トレーナーさんこそ、ちゃんと見ていてくださいよ? 今回はセンターを逃しましたが、だからといって模擬レースの時みたく、喫煙所でサボるのはダメですからね」
「しねーよ。むしろ振り付けミスったらダメ出ししてやるわ」
宝塚記念は、そんな感じで終わり。
良くも悪くも予想通り、っていうか……まあ、俺としても妥当だと思える結果だった。
確かに負けは負けだけど、それでもアルダンの成長に繋がったレースだったし。それに俺としても、アルダンの可能性を改めて実感できた。総じて、負けたけど次への繋がりが見えた、いいレースだったよ。
ああ……それと、割とメディア的にも良かったな。最後の直線、その年で一番バズったって言えばいいのかな、割と年末までちょくちょく取り上げられてさ。アルダンとオグリキャップで再戦してくれ、みたいな声も結構出てた。そういう面でも、あのレースは良かったなあ。
それで……ああ、そうか。三年目の夏合宿の話だな。
まあ、割とそこでもひと悶着あったんだけどさ。
■
宝塚記念も終わってから二週間もしないうちに、そのまま夏合宿に突入したんだけど。
「……やはりオグリさんの走り、緩急が激しい印象がありますね」
「だな。技術面は先生の指導もあって平均よりもあって、それで勝てない相手には
バス乗ってからすぐ、アルダンとオグリキャップについて話してたんだよ。
いやなんか、あいつ俺と隣の席だったんだよね。普通はチヨちゃんみたいなクラスメイトとかと固まるってか、そうなるようにたぶん調整されてたと思うんだけど、いざ実際に席順確認したら、俺がトレーナーとか教職の一番後ろで、あいつが生徒の一番前でさ。なんかこう、上手い具合に噛み合っちゃって。
「となると、やはり正面から勝負するしかありませんか」
「それで勝てたらいいけどな。でもお前のこの前ギリ負けただろ」
「僅差なのは事実です。その差を埋めるために、トレーナーさんも合宿に向けてメニューを組んでくださったと思います。トレーナーさんの努力を無駄にはさせませんよ」
「ぶっちゃけ自信は無いけど、そうなってくれたらいいよ。……アメ、もう一個いる?」
「いただきます」
みたいな感じで、バス出発するまで時間潰してたんだけど。
「オグリちゃんの対策ですか?」
そしたら急に、そうやって声かけられたのよ。
「……クリーク?」
「はい。お久しぶりですね」
そこでクリークと話したのは、何だかんだ去年の菊花賞ぶりだったのかな。
菊花賞終わってから色々ありすぎたってのもあるし、年明けは実家に帰ったりレース集中してたりで忙しかったし、天皇賞・春に関しては逆にクリークが忙しそうだったから、話に行くヒマも無かったし。
でも、アルダンは別にそういうワケじゃなかったんだよな。学園での交流もあるし。
あと何気にアルダンとクリーク、同じ保健委員だからさ。
「宝塚記念は惜しかったですね、アルダンちゃん」
「ありがとうございます。次こそ勝ちますよ」
「ふふ……その意気ですよ~。頑張ってくださいね?」
みたいな感じで、俺のこと板挟みにしたままペラペラ喋り出して。
俺としても、その頃はまだクリークに対する苦手意識も健在だったし、行きずっとこの調子かよ最悪なんだけどみたいにテンション下がっちゃって。こうなったら残り一人にどうにかしてもらうしか、みたいな感じで、割とクリークの隣にくるヤツに結構期待してたんだけど。
「お、なんだい? アルダンとそのダンナじゃねえか」
まあ何とも言えんヤツが来たの。
「そういやアルダンとこのダンナとは初だったか? イナリワンだ。よろしく」
「……この前の天皇賞で見たよ。よくあのオグリキャップに勝ったな」
「へっ、まあな。宝塚では負けちまったけど、次やる時はあたしが勝つぜ」
イナリワンとは本人が言ってた通り、そこが初めてだったけど……いや、何だかんだ割と話通じる奴だなって印象だったよ。確かに口調ってか、方言強いからそういうイメージあるんだけど、話してみたら案外普通の生徒だった。拍子抜け、って言ったら悪いかもしれないけど、生徒全体で見てもかなりマトモな方だよ、アイツは。
んでまあ、そんな感じで話してるうちにバスも出発して。
「オグリちゃんの対策は進んでますか?」
「全然。そっちは?」
「私もまだまだですね。トレーナーさんも今はオグリちゃんに首ったけですし」
「先生のことだから、ほったらかしってことは無いと思うけど……難しそうだな」
いやまあ、トレーナー側からしてもかなり難しい問題ではあるんだよな。
例えば担当してる生徒が二人いて、それが同じレースに出るってなったら指導ってめちゃくちゃ難しくなるんだよな。だってレースってチーム競技じゃないんだもん。だから生徒への指導も個別にしなくちゃいけないし、お互いの作戦とか戦術とかも、たぶん伏せるのかな? そういうのを意図的にしなくちゃいけなくって。
先生はそこを持ち前の腕と長年の経験で、上手くやりくりしてる。
先輩は逆に開き直って、お互いの情報をオープンにしてひとまとめに指導してる。
どっちが正しいってわけでもないし、別に悪いってわけでもないけど。
やり方っていうか、性格出るところではあるなあ、って感じ。
「……ここだけの話、オグリちゃんの指導に集中するために、私を担当から外すことも考えてたみたいですよ?」
「え、マジで? 先生がそんなこと……そしたらお前の担当は誰がするんだよ」
「それは……」
「…………まさか、俺?」
「はい」
びっくりしたよ。
先生が自分の担当を任せるくらいまで俺のこと信頼してたのもそうだし、先生が担当を手放すってことを選択肢に入れてたのも。でも、逆に言えばそれだけ先生はオグリキャップに期待してるってことも分かった。クリークの言ってた首ったけ、ってのも案外間違いじゃなかった気がするな。
だからまあ、割と驚いてたんだけど。
それ以上にアルダンがさ。
「え、そ……それはダメです」
「あら、そうなんですか?」
「担当が二人もいたら、その、トレーナーさんの負担にもなるでしょうし。ただでさえ私がご迷惑をおかけしているのに、これ以上ともなると……それに、ほら。今のトレーナーさんは、メジロ家の管轄ですから。手続きに関して色々とお手間もかかっちゃいますよ?」
「なんでだんだんこっち向いたんだよお前」
いやまあ。
「お前の担当してるのが負担になってるのは……否定しないけど。それとは別に、俺は複数人の担当持つつもりはねーよ。複数人の担当できる実力もねーし、そもそも俺は一人をずっと見てる方が性に合ってるしな」
「そ、そうですよね! ですのでクリークさん、申し訳ありませんが今回の話は無かったことに……」
「元々こっち側で無くなった話ですから、大丈夫ですよ~」
「なんだいアルダン、そんなにダンナは盗られたくなかったか?」
「そ、そういうことじゃありませんから!」
結局、今でもそうなんだよな。あいつが最初で最後の担当ウマ娘になってるよ。
後悔は……まあ、あるけど。でもそれ以上に、何だかんだ得られるものもあったから。
……悪くない、ってどっかで思ってるのかもな、多分。
「それより、イナリさんの方はどうですか?」
「あたしは今まで通りだったんだけど……なにぶん、この前の宝塚で隠し玉喰らっちまったからなあ。あたしんとこのトレーナーさん、頭抱えちゃって。昨日徹夜で合宿メニュー書き直してたよ」
「先輩も大変だな……」
「それだけオグリちゃんには影響力があるということですね~」
まあ、クリークの言う通りだな。
さっきも言ったかわかんねーけど、その頃のレース業界はオグリキャップ中心、あの生徒がどう動くかで全体の動きも変わってくる、みたいな風潮っていうか、流れだったからさ。
やっぱりそこら辺は共通認識なんだな、みたいに話してたんだけど。
「ってか、アレか。今気づいたけど、ここのメンツは全員オグリに一杯食わされてんのか」
「あたしは勝ちもあるけど……そうだな。オグリにかましてやりてえ、って気持ちは同じだ」
「私はそこまで前のめりなわけではありませんけど……また、オグリちゃんと走ってみたいですね」
「……私は、オグリさんともう一度、正面から戦ってみたいです」
なるほど。
「……ここまで来たらもう、合同トレーニングってのもアリか」
「お、いいのかい? トレーナーさんも困ってたみたいだから、あたしの方はありがたいけど」
「先輩には俺から話し通しとく。クリークも、先生に色々と確認してみるわ。何なら夏の間はいったん借りるみたいな感じになるかもな。その方が先生もやりやすいってか、お望み通りオグリキャップに集中できるだろうし」
「ありがとうございます~」
そこら辺は楽だったな。何だかんだ関係者全員顔見知りだったし。
スケジュール的にはそうやって、割とポンポン決まってったんだけど。
「合同トレーニング……内容はどうされるつもりですか?」
「……考えてんのは、オグリキャップと同じくらいの実力のヤツを仮想敵にして、模擬レースを繰り返しって感じだな。タマモクロスがやってきたのを丸パクリする。実戦形式でやる方が色々と掴めるだろうし、何よりまとめて面倒を見てやれる」
「いや、オグリと同じくらいって……そんな簡単に見つかるモンかねえ?」
「それこそオグリちゃん自身に頼めば、受けてくれるでしょうけど……」
「こっちの手札はできるだけバラしたくねーしな。何なら対策される」
って感じで、内容に関しては色々と詰まっちゃって。
やっぱ別の方法考えた方がいいな、みたいに思ってたらさ。
一人思いついたんだよな。
オグリキャップと同じくらいのレベルで、頼んだらやってくれそうなヤツ。
そしたらアルダンも、俺と同じタイミングで気づいたみたいで。
「……なあ、アルダン」
「はい」
「メジロ家の連中って、確か今年は全員、同じ合宿場で纏められてたよな?」
「そうですね。何ならパーマーは同じ車両ですし」
「……となると、いる?」
「おそらくは」
だったら。
「連絡頼むわ。多分俺よりお前から言った方がいいだろうし」
「分かりました」
「なんだい二人して。アテ、見つかったのかい?」
「一応な。そうなると……距離は天皇賞・秋と同じ中距離の二〇〇〇で行くか。脚質も先行でオグリと同じだし、走りのクセとかレースの運び方も、どうせあいつなら完璧に真似れるだろ」
「……そこまで実力のある方なんですか?」
そりゃあ、まあ。
「史上初のトリプルティアラ達成者なら、お前らも文句ねーだろ」
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Q.続きますか?
A.実は内容は何も思いついていない
でも今月中に滑り込みできたらいいな~という気持ちはあります!