メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
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合宿場に到着したあと、先輩も加えた全員で近くにあったレースコートまで集合して。
全員揃うまでちょっと時間もあったから、今のうちにウォームアップ済ませようってなって。
身体も動かし終わってひと段落したくらいに、やってきたんだけど。
「……それで、わざわざ私を呼びつけたの?」
ラモーヌのヤツ、だいぶ不機嫌だったよ。
「可愛~い可愛~~い妹の頼みなんだろ? ちゃんと聞いてやるのが姉の役目ってモンじゃねーのかよ?」
「どうせ指図したのはあなたなんでしょう? 私のアルダンを誑かした責任、どう取ってくれるのかしら」
「人聞きの悪いこと言ってんじゃねーよ。それにな、今回の件はお前にとって得しかねーだろ。アルダンにクリーク、イナリワンみたいな死ぬほど豪華なメンツ揃えてやったんだ。責任がどうとかガタガタ抜かしてるヒマあったら、こんな機会を用意した俺に感謝してほしいくらいだけどな」
「どうしてあなたが勝手にやったことに私が感謝しなければいけないの? そもそも私はそんなこと頼んだ覚えはないわ。……でも、そうね。この子たちに罪は無いのは事実よ。こんなにも優秀な子たちと共に走れることは、誇りに思います。だけど……」
「…………………………」
「…………………………」
「……お前、俺に頭下げるのがイヤなら、ちゃんとイヤって言ってみろよ」
「イヤ」
「テメエ!!」
「お、落ち着いてくださいお二人とも! とりあえずお互いに手を離して!」
「ムチャクチャ仲悪ぃじゃねえかこの二人……」
「そうですか? 私はむしろ、相性ぴったりだと思いますけど~」
雰囲気はマジで最悪だったよ。いやまあ、あいつ呼ぶって時点でそれなりの覚悟はしてたけど。
あの場にアルダンがいなかったら、誰も止めるヤツいなくて終わってたと思う。
何だかんだ先輩もラモーヌとは初対面だったみたいで、タジタジだったし。
「でもラモーヌちゃん、ホントによかったの? そっちもなんか予定とかあったんじゃない?」
「"
「ラモーヌさん、本当によろしかったのでしょうか? そちらにもご予定などあったのでは?」
「構わないわ。妹の成長を見届けるのも姉の務めですもの。どんな予定よりも優先されるべきよ」
「どーせヒマだったクセによくそんな出まかせペラペラ言えるなお前」
「いつまでも昇進できないどころか、不祥事を起こしてばかりのあなたに言われたくないわね」
「は?」
「何?」
「トレーナーさん、言いがかりはやめましょう! ラモーヌ姉さまも煽らないでください!」
そんな感じで、とりあえずメンツも揃ってることだしトレーニング始めようってことになって。
「で? 私は何をすればいいの? ただ走るだけというわけでもないんでしょう?」
「できるだけオグリキャップのやり方を真似しながらで。距離は秋天の想定で二〇〇〇、脚質は先行。レースごとのマークとか展開の仕方とかは任せるから、後は好き勝手やってくれればいい」
「レース映像は?」
「先輩」
「はい、こちらのスマートフォンでご確認いただければと……」
「……そうね。少し時間をいただける?」
そうやって先輩にラモーヌの面倒を見させてる間に、三人に説明することにして。
「つーわけで、今日から秋天における対オグリキャップを想定した合同トレーニングを始めてく。とりあえず初日はラモーヌ含めて何本か模擬レース。やってくうちに各々で課題が見つかると思うから、翌日はそれぞれでトレーニング。そんな感じで、レースとトレーニングを一日ずつ繰り返していく。そんで最終的には全員がそれぞれラモーヌから一本取るのが目標って感じだな」
「あのラモーヌの姉御から一本取るって……オグリから一本取るより大変な気がするけど、いけんのかよ?」
「ま、あくまで目標な。でも、このメンツなら不可能じゃないと俺は思ってる」
「……私もそう思います。今の私の脚なら、ラモーヌ姉さまにも届くかもしれません」
「やる気ですね、アルダンちゃん。……私も負けられなくなってきちゃいました」
「全員、意気込みは充分だな。じゃ、ラモーヌの準備が終わるまで引き続き……」
「終わったわ」
は?
「……いや、まだ三分も経ってねーんだけど」
「あの子の走り方を確認するには充分よ。……前から思っていたけど、
「さあな。でも、獲物を選り好みできるだけの頭はあるってことだろ」
「みたいね。……ふふっ。たまにはこういった走り方をしてみるのも、悪くないわ」
ラモーヌにはもう、その時点である程度オグリキャップが見えてるみたいだった。
まあ、あのレベルになるともう分かるんだろうな。いや、頭で理解するとかじゃなくてさ……なんつーんだろ。まずそもそも、ラモーヌとオグリキャップってレースに対するモチベーションがどっか似てるところあるし。なんだかんだ共通点多いっていうか、目指す場所が一緒だから、ある程度お互いに通じるところもあったんだろうな。
到達者は同じ結論に至る、ってのが一番分かりやすい例えかもしれない。
「では、早速始めましょうか」
「いやお前、身体まだ慣らしてねーだろ。そんなんで本調子出せんのかよ?」
「走りながら慣らしていくから必要ないわ。それに、この子たちの時間を無駄に浪費するわけにもいかないでしょう? 私はこの子たちの脚を引っ張りたくないの。だから早く準備しなさい」
「……へえ? 慣らしてない身体でこいつらに勝てると思ってんのか?」
「それくらいの実力差があるから、私を呼んだのではなくて?」
…………………………。
「全員、今すぐレース始めるから準備しろ! あのスカした顔に泥ぶっかけてやれ! いいな!」
「っしゃあ! そう来なくっちゃな!」
「滅多にない機会ですから、頑張りましょうね」
「……久しぶりの並走ですね。よろしくお願いします、ラモーヌ姉さま」
「ええ、よろしく。手加減はしないから、そのつもりで」
「先輩は……ええと」
「いいのいいの、遠慮せずにドンドン指示しちゃって。なんたって、今回の主導は萩野クンなんだから。私のこと先輩だからとか考えずに、好きなようにコキ使ってくれていいからね」
「……ありがとうございます。では、データ管理の方、任せてもいいですか?」
「はーいっ。任されました!」
なんて感じで、合同トレーニングは意外とすんなり始まって。
その日はそっから何回か、模擬レースしたんだけど。
■
「つ、
確か、一番最初に音を上げたのがイナリワンだったな。
「おい何だよありゃあ! 何回やってもまるで勝てねえじゃねえか!」
「これは……オグリちゃんの走りと比べても、遜色ありません、ね……」
クリークも中距離が主戦場じゃないってのもあるけど、それでも結構バテてる感じだった。いや、あのクリークがヘロヘロになるって相当だぜ? 今まであいつのスタミナは底なしだと思ってたけど、あの時はついに底が見えた気がしたな。あんな息切らしてるクリーク、初めて見たよ。
……ああ、アルダン? あいつは、まあ……何だ。
「…………………………」
「ひ、干からびてやがる……」
「クリーク、水ぶっかけてやれ」
「わかりました~」
ぢょろぢょろぢょろぢょろ。
「ぷはっ……! あ、ありがとうございます……!」
「……なあダンナ、こんな過酷なトレーニングでアルダンは大丈夫なのかよ?」
「まあ、ここまでぶっ続けで走んのって、何気に初めてのことだからなあ」
今まではトレーニングの負荷とあいつの身体の限界、そこが釣り合うギリギリのラインを攻めてたから、アルダンの体力が尽きて動けなくなるなんてことはなかった。つーか、ならないように必死こいて頭を働かせてた。
並走トレーニングとかしなかったのも、そういうのが理由。他人に比べて歩幅が遅すぎる……いや、細かすぎる、って言う方が正しいのか? とにかく、他の生徒と歩幅を合わせることはなるべく避けてたんだよ。こうなるから。
でも、今回は違う。
こんなメンツと走れるっていう滅多にない機会を、みすみす逃すわけにもいかないし。
……何より。
「あら? もう限界なのかしら、アルダン」
「っ……まだ、です……! 私は、まだ……!」
「そう。じゃあ、もう少しだけ続けましょうか」
ラモーヌと一緒に走れることが、あいつにとっては一番の収穫だったんじゃねーのかなあ。
いやほら、あいつって子供のころから病室でずーっと寝たきりだったからさ。ラモーヌと一緒に走りたくても走れない、ってことの方が多かったんだよ。そんでトレセン入ってからはラモーヌはティアラ路線行って忙しかったし、一方でアルダンは身体も出来上がってないからマトモに走れないしって感じだったから、一緒に走る機会なんてほとんど無かったわけ。
でも、今のあいつは違う。俺と一緒に何度もG1を獲ってきた、二冠ウマ娘だ。
身体も強くなって、経験も積んで、ようやくラモーヌと一緒に走れるようになった。
それに、今まで遠くに居た姉に、自分の脚を思う存分ぶつけたくなったんだろうな。
……さすがにそこまで考えて合同トレーニングは組んでねーよ。マジで偶然。だけど、アルダンのやる気っていうかモチベーションには繋がったし、ラモーヌも……満足そうだった。妹大好きなあいつのことだ。俺にはあんな風に言ってたけど、なんだかんだウキウキだったんじゃねーの、どうせ。
「じゃ、休憩挟んでもう一セットな。日も落ちてきたし、次のレースで今日は一旦切り上げるぞ」
「っ、はい……!」
そんな感じで、三人はいったん休憩に行ったんだけど。
ラモーヌの方はまあ、ケロッとしてるっていうか、疲れも溜まってないみたいで。
休むよう指示しても手持ち無沙汰っぽくて、余裕もあったから聞いてみたんだよね。
「……どう思う?」
「誰が?」
「アルダン」
「そうね……悪くはないんじゃない? 丁寧でブレの少ない、あの子らしい走り方ね。このままでもオグリキャップには充分勝てるんじゃないかしら。ただ……私は、ダービーで見せてくれたあの走り方の方が好きよ」
「あの、ほとんどラフプレーみたいなやつが? いや、あいつにあんな乱暴な走り似合わねーだろ」
「そうかしら。あなたは知らないかもしれないけど、あの子って意外とお転婆なのよ?」
「……あっそ」
その時点だと、ただマウント取られてるだけだと思ったよ。
でも、あいつくらいの実力者の好みってことは……まあ、つまりそういうことでさ。
やっぱあれくらいのレベルに到達してるヤツって、見えてる世界が違うんだよ。
「休憩、終わりましたよ~」
「早いな、もういいのか? 特にアルダンとか、もう少し休んだ方が……」
「問題ありません。それよりも、今は……ラモーヌ姉さまと、走りたいです」
「……そうか。なら、今すぐもう一セットいくか」
「おうよ! このまま負けっぱなしなんてのは性に合わねえからな!」
なんて元気も有り余ってる返事されたから、そのままその日最後のレースを始めて。
そこで改めて思ったから、先輩に話しかけたんだけど。
「イナリワン、いい生徒ですね。打てば響く。指導しているとこっちも気持ちよくなれます」
「でしょ? あの子見てると、元気貰えるよね。自慢の担当だよ。……それにしても、ふふっ」
「何すか」
「今のセリフ、ちょっと先生みたいだったから、つい」
「茶化さないでくださいよ」
「ううん、茶化してないよ。でも、萩野クンもだいぶ先生に似てきたなあ、って」
「そんなワケ……」
「あると思うよ、私は」
話してる間、先輩は俺と目を合わせてくれなかった。
ずっと、レースをしてるラモーヌ達のことを眺めててさ。
「私ね、初めて萩野クンと話したとき、君に生徒を任せたくない、って思っちゃったんだ。だってあの頃の君って、ちょっとだけ焦ってるように見えたから。もしかして、先生に寄せられた期待が重荷になってたのかな?」
「……それもありますし、妹と自分を比べてたってのもあるかもしれないっすね。だからここで結果出さないと、いよいよ自分が落ちこぼれだって認めざるを得なかったんですよ。必死になってました」
「そうだね。きっとあの時の君は必死になってて、自分ばっかり見ちゃって、それに生徒を付き合わせちゃいそうだった。もしかしたら、生徒を壊しちゃうかもしれなくて……不安だったんだよ」
「そうっすね。あのままだったら、今以上に失敗してたかもしれないっす」
「今以上? 今までは失敗だと思ってるの?」
「……ダメっすね。卑屈になるのがクセになっちゃってます。改めて考えたら、すげえ成功してますよ、俺。だって、こんだけ色んなヤツの面倒を見てやれるくらいには成長できたんですから」
それこそ、菊花賞で潰れてる頃の俺からしたら想像もできなかった。
他のヤツより恵まれてるっていう自覚はあるし、努力したっていう実感もある。
でも、それって真っ当なやり方じゃなくて……なんつーかな。草の根をかき分けて、どうにかこうにか進んできた、って感じだった。進んでる方角も分かんないし、どこに着くのかも曖昧だけど、それでも前に進み続けなきゃ行けない、そんなやり方だった。
でも、こうして振り返ってみたら、意外と俺の進んできた跡って、ちゃんと道になってるみたいでさ。
「うん、そうだよ。今の萩野クンは違う。最初の頃と違って、自分に自信もついたでしょ? だから、生徒のことを一人一人見てあげられる余裕もできた。……君がこんな立派なトレーナーになれたのは、いったい誰のお陰だろうね?」
「それは……」
「私は、いつも君に寄り添ってくれた子だと思うなあ」
一応さ。
先輩にはトレーナーになってから、結構お世話になってるんだよ。
先生には相談しにくい……ちょっとネガティブな悩みとか、てかそれこそウチって女子高だから、女子にしか分かんない相談事とか、そういうのは先輩にぜんぶ聞いてもらってて。それにトレーナーの腕としても優秀で、面倒見もいいから困ってたら俺が聞かなくても色々と教えてくれたりしてさ。
てか優しいんだよな。人当たりもいいし、何より先生と違ってちょっとヤンチャな話にも付き合ってくれて……いや、ふっかけたのはまあ、そうだけど……とにかく、結構ソリ合うんだよ、あの人とは。
つまり何が言いたいってさ、先輩のことは尊敬してるんだよ。
だから、まあ。
先輩の言うことなら、聞いてもいいんじゃないかな、って。
■
合宿が始まって、二週間くらい経った頃かな。
ラモーヌとの合同トレーニングも続けて、アルダンの仕上がりも順調、イナリワンとかクリークもそれぞれ課題っていうか、色々とやらなきゃいけないことも見つけて、各々がしっかりやれてるって感じだった。
その日は個人トレーニングの日だったから、次回のレースに向けて調整してたんだけど。
「なあ、この後って時間あるか?」
トレーニング終わってから、アルダンに聞いてみたんだよ。
「夜ですか? 特に予定は入れていませんが……」
「そっか。……実はさ、こっから近くにある神社で夏祭りやってるらしいんだけど」
そしたらあいつ、すげー嬉しそうな顔してきてさ。
「あら? もしかして、デートのお誘いですか?」
「……お前がそうしたいなら、そういうことにしてやってもいいけど」
明らかに調子に乗ってるのは癪だったけど。
なんだかんだ俺も、そういう気分にはなってたし。
いいかな、って。
「去年は菊花賞が目前に控えてたから、あんまり休めなかったし、ロクに遊べもしなかったろ?」
「それは……大事な時期でしたから、仕方ないと割り切っていますよ。大丈夫です」
「だとしても、俺がいけなかった。追い詰められてたし、お前にも良くない態度しか取ってなかったし。だから今年はそれの埋め合わせ。お前が満足するまでデートでも何でも付き合ってやるよ」
「ふふっ、本当によろしいのですか? 本気にしてしまいますよ?」
「だからいいって言ってるだろ。何度も聞いてるヒマがあったら、行きたいところ考えとけ」
まあ、そんな感じで捨て台詞吐きながらいったん解散して。
そっからお互い色々と準備してから、俺の方が先に集合場所で待ってたんだけど。
「お待たせしました、トレーナーさん」
しばらくしないうちに、やってきたんだよ。
まずそれどっから借りてきたんだよ、って感じの浴衣に着替えてきたアルダン。
と。
「こういうお祭り来るの、何年ぶりかなあ……」
「せっかくですし、色々回っちゃいましょう!」
…………………………。
「おい」
「はい」
「何しに来た」
「うちのチヨは耳がいいので」
「だって一昨年は私のこと誘ってくれなかったじゃないですか! そしたら今年も二人だけでデートするってアルダンさんから聞いて! ずるいじゃないですかそんなの! だから今年は私たちとダブルデートですよ!」
「いや、ダブルデートって……」
「そうですよ。チヨだけ仲間外れはひどいと思います」
「……お前、いつからそんなにチヨちゃんに肩入れするようになったんだよ」
「先輩と同じ理由ですよ。僕はあの子の担当トレーナーですから」
桐谷なあ。
今思い返せば、あの頃にはもう立派な一流トレーナーになってたよ。
チヨちゃんを秋の天皇賞で勝たせてたし、その年の安田記念でもかなりいい成績残してたし。今でもそうだけど、俺達の中で一番トレーナーとしての実力あるのはやっぱりあいつだった。というか……何ていえばいいんだろうな。担当のウマ娘と健全に進んでいったのは、俺達の中だと桐谷だけだったんだよ。
俺はお前が知ってる通り、色々問題とか起こしちゃった身だし。
園田は……まあ。
「アルダンさん、去年はどこから回ったんですか?」
「確か、射的からでしたね。トレーナーさんが私の身体を支えてくれて、一緒に景品を獲ってくれたんです」
「あ!! それ私もやりたいです! トレーナーさん、まずは射的の屋台から回りましょう!」
「うん、そうしよっか。ほら先輩、行きましょう」
「お前らなあ……」
言いたいことはかなりあったけど、本をただせば俺が言い出したことだし。
それに何か言ったところで、ああいう時のチヨちゃんは止まんないってのは分かってたし。
……何より、アルダンも満足そうにしてたしな。そこだけ見れば、目的は達成してたし。
だから、観念して付き合う事にしたの。
■
そこでやってた夏祭り、一昨年に行ったとこなんて比にならないくらいデカくってさあ。
屋台とかもめちゃくちゃ並んでて何なら出し物被ってるところあったし、人も場所によってはぎゅうぎゅう詰めになるくらい多かったし。たぶん地元だと結構有名なところだったんだろうな、とにかく規模がでかくってさあ。
そんなだから、二人ともかなり楽しんでたみたいで、両手に食い物抱えながら満足してて。
でも人多すぎて疲れたし、ちょっと早いけどここらへんで帰っとくか、みたいな流れになって。
適当に花火ちょっとだけ買って、帰り道で少し遊ぶかー、なんて考えてたんだけど。
「へえ、何その目。いい度胸してるね、アンタ!」
まあ、その。
人が多いってことは、それだけ色々なヤツがいるってことで。
それに地元のデカい祭りだったから、まあ。
「……今の叫び声、何かの騒ぎでしょうか?」
「ちょっとびっくりしちゃいました。もしかして、ケンカしてるのかも……」
「はい、無視無視。ああいうのは野次馬しちゃダメ。巻き込まれて面倒になるから」
最初はもう、関わるだけ無駄だったからさっさと帰ろうと思ったのね。
そこそこ近いところでやり合ってたみたいで、ちょっとだけその現場は見えたのよ。
俺はまあ、無視するって決めてたから視界に入れないようにしてたんだけど。
そしたら桐谷がさ。
「先輩」
「何」
「あそこにいるの、ヤエノムテキさんと園田先輩じゃないですか?」
「……マジで?」
言われた通り振り返ったら、ホントにヤエノと園田が絡まれててさ。
しかもただのチンピラじゃなくて、いわゆる不良ウマ娘の集まりっていうか……ウチの地元にもいたじゃん。暴走族のウマ娘版みたいなアレ。ああいうのにガッツリ目ぇつけられてたのよ。
多分ヤエノだけだったら何とかなったんだろうな。そういった連中にもガンガンいけるタイプだし、最悪腕っぷしも強いから返り討ちにできるし。適当に絡まれても上手く躱してたと思う。
でも、園田が一緒なのがなあ。あいつってそうした連中とは対極に位置してるってか、何なら獲物になりそうな性格してるじゃん。実際学生時代、良くない思い出とかあったみたいだし。それもあって、絡まれてちょっとパニックになってたんだよね。
だから結果的に、ヤエノが園田を守ってる感じになってたのよ。
そんなん見せられたら、こっちも無視するわけにもいかなくって。
「桐谷、チヨちゃんとアルダンのこと頼む」
「……穏便にお願いしますよ」
「向こうの出方と態度次第だな」
で、まあ。
「そこのクソガキ共、ウチの生徒とトレーナーになんか用か?」
とりえあず、そんな感じで絡みに行ったんだけど。
「は、萩野くん……」
「なんだいアンタ、そこの二人のツレかい?」
「ああそうだよ、ツレだよ。ウチの可愛い生徒と頼れる同僚が絡まれてるから助けに来たんだよ」
「……へえ? アンタ、アタシらにケンカ売るつもりかい?」
「先に売ってたのはオメーらだろ。……それで、何が気に食わないって?」
意外と向こうも暴れ散らかさないってか、割と落ち着いてるみたいでさ。
ってことは、大義名分ってかそれなりの理由がありそうだから、そうやって聞いてみたんだよ。
そしたら。
「トレセンの生徒だか何だか知らないけど、ウチのシマでデカい顔されるとね。こっちもメンツにも泥がかかるから、それなりに出張らないといけないんだよ」
「シマ?」
「分かんないかい? ここの近くにあるレースコート、あそこは元々アタシらの縄張りなのさ。……そうだ、思い出した。確か金髪のチンピラ崩れみたいなトレーナーが仕切ってるって聞いたけど、アンタのことかい?」
「……ああ。そうだけど、何?」
「困るんだよね。アンタらみたいな余所者に、ウチのシマを我が物顔で荒らしまわられると」
「荒らしてねーよ。ちゃんと申請書提出して許可取ってるわ。何なら書類持ってきてやろうか?」
「そういうコトじゃないのさ。……なあ。見た感じアンタ、どっちかっつーと
「分かった上で幼稚だなって言ってんだよ。サル山の大将してて楽しいか?」
その時点でもう、割とバチバチってか掴み合い一歩手前ではあったんだけど。
「お前どうせアレだろ、レースで勝てなくなってグレたクチだろ。ウチの地元にもいたよ、お前みたいなヤツ。弱い者イジメして公衆の面前で気持ちよくなってる異常性癖者が」
「……言ってくれるじゃないか。ちょっとイラッときたよ、今のは」
「おー、この程度でイライラしてんのか? ウチの地元の連中以下だなお前。あ、何? もしかして月イチの日だったりする? だったらヒス起こす前にさっさと帰って寝ろクソガキ」
「アンタみたいな屁理屈ばっかこねてる陰険でアソコも小さそうな野郎見てると、どうしてもね。……それにしても、ペラペラとよく回る口じゃないか。そういうヤツほど、アッチの方も早くてお察しなんだろうけど」
……………………。
「■■■■■!! ■■、■■■■■■!! ■■■■!! ■■■■■■!!!」
「☓☓☓☓、☓☓! ☓☓☓☓☓! ☓☓☓☓☓、☓☓☓☓☓☓!! ☓☓☓、☓☓☓☓!!」
「……その、チヨノオーさん。さっきからお二人は何を叫んでいらっしゃるんでしょう?」
「私にもさっぱりです。トレーナーさん、どういう意味なんですか?」
「分からなくて大丈夫だからね」
そんな感じで、もうてんやわんやの大騒ぎになっちゃって。
でもさあ、普通にキレるだろあんなこと言われたら。そりゃまあ、俺も流石にトレーナーとしてよくないこと言っちゃったかもなー、みたいな自覚はあるけどさ、それ以上に向こうが大股でライン越えてきたんだもん。
つーかあんなこと言われて黙って引き下がれるヤツいるわけねーだろ。
……いや。
事実だろとか言わないでくれない?
「は、萩野くん……! これ以上はさすがに、その、かなりよくないと思うんだけど……!」
「離せ園田! コイツ……コイツ! 人が気にしとることズケズケ言いよるんだって!
「ははは! 田舎モンが口に出ちゃってるじゃないか! これじゃあどっちがサルかわかんないね! どうせアンタみたいなチンピラ、一人で●●●して●●●●こいて●●●●●●●●●してるんだろ!?」
「アネゴ!! 一旦そこら辺でやめといた方がいいっス絶対!」
なんてお互い、引くに引けなくなって、放送できない単語ばっかり言い合ってたんだけど。
「……っ! 双方、そこまで! 今すぐ口を閉じなさいッ!」
そこで今まで黙り込んでたヤエノが、すげえ剣幕で割って入ってきてさ。
いやもう、ヤバかったよ。俺もそうだけど、何なら向こうのチンピラも圧されてたからね。
「お二人とも、ここは公衆の面前です。下品な言葉を言い合うのは遠慮していただきたい」
「……よくそんなこと堂々と言えたモンだね。元はと言えば、先にケンカ売ってきたのはそっちだよ? それなのに、アタシらに大人しくしてろなんていうのは……ちょっと筋が通ってないんじゃないかい?」
「そもそも、あなた達に筋を通すつもりなど毛頭ありませんが……既に言葉での説得ができない段階に入っているのも事実です。であれば、他の方法で解決するしかないでしょう」
「そうだね。じゃあ、レースで白黒ハッキリつけるってのはどうだい? アンタが勝てば、アタシらは大人しく手を引くよ。逆にアタシらが勝ったら、あのレースコートから手を引くのはもちろんだけど……そうだね。アンタ、現役引退しなよ。どうせアタシみたいな素人に負けるくらいだったら、公式戦でも勝てないだろ?」
「ええ、それで構いません。受けて立ちましょう」
多分そっちが狙いだったな。プライド折ってズタボロにしようみたいなこと考えてたんだろ。
でもヤエノの性格上、乗っかっちゃうんだろうなあ、なんて思ってたんだけど。
「だ……ダメだよ、ヤエノ!」
そしたら園田が、見たことないくらい慌てて止めに入って。
……あんなに声張り上げてる園田、初めて見たかもな。
「乱暴なことはもうしないって、私と約束したよね?」
「申し訳ありません。ですが、このままでは収拾が……」
「い、言い訳しないで! こ、ここは私が何とかするから……!」
「しかし……」
「お願いだから、ヤエノは大人しくしてて!」
なんつーか、なあ。
前々からうっすら感じてたことが、いよいよ表面化してきたっつーか。
俺達も大概そうだったんだけど、よくここまで保ってきたなって思ったよ。
ヤエノと園田がズレてるってのは、大阪杯の話で言ったと思うけどさ。思ってたより深刻だったんだよな。俺としてはその時点だと、トレーニングの方向性とかが合ってないのかな、とか適当に予想してたんだけど。
……いやまあ、それも合ってるっちゃ合ってるんだけど。
もっと根本的なところでズレてたっていうか。
「厄介なヤツと組んでるね、アンタ」
「……どういう意味ですか?」
「言った通りだよ。アンタさ、自分のトレーナーのこと邪魔に思ってるだろ? ……分かるよ。ウチのクソ親父もそうだった。トレーナーになりそこなった出来損ないのくせに、子供のアタシにあれこれ指図して、雁字搦めにしてさ。窮屈だったよ。今のアンタも、そうなんじゃないかい?」
「それは……」
「迷わなくてもいいのさ。正直に話してみなよ。そこのチンピラもそうだったけどね、一番はアンタだと思ってるんだ。……なあ。アンタ、
「や、ヤエノ……!」
園田もそうやって止めてたけど、その時のヤエノはもう乗り気っていうか……まあ、向こう側の意見にもある程度響くモンあったんだろうな。てかヤエノ自身、そこをどうにかしないとこの先、成長できないって考えてたのかもしれない。
「トレーナー殿は、私が負けるとお思いですか?」
「そ、それは……その……」
「……いえ、お答えにならなくて結構。私が負けるとお思いなら、それでも構いません。ですが……今だけはどうか、走ることをお許しください。そうすれば、私は……トレーナー殿に、ようやく証明できる気がするのです」
「証明? や、ヤエノが、私に? ……何を?」
なんて、未だに何も分かってない園田に対して、ヤエノが一言。
「あなたは何も間違っていなかった、ということを」
■
そっからまあ、その場の全員で仲良くゾロゾロ並びながらレースコートまで行って。
ヤエノと向こうの大将がちょっとだけ準備してから、スタート位置に着いて。
「もう一度確認するけど、距離は二〇〇〇の右回りで問題ないな?」
「ああ、それでいいよ。アタシの適性距離だ」
「こちらも問題はありません」
「……よし。ならさっさと始めるか」
距離の指定はこっちに譲ってくれた。
向こうにも最低限のプライドはあったんだろうな。でも、譲歩ってよりは、こっちの適性距離に合わせた上でツブしてやる、みたいな感じだった。良くも悪くも真っ向からやってやろう、みたいな考えだったんじゃないかな。
そんでまあ、園田とマジで軽く調整だけしてから。
「3、2、1……スタート!」
適当に合図出して、レース始めたんだけど。
「……相手の子、逃げですか?」
「意外か?」
「はい。ああいう子は性格上、先行や差しみたいに削り合う走り方を好んでると思いました」
「確かに、そうやってバチバチにやり合う走り方好きな奴もいるけど……ああいう連中は大体逃げで走りがちなんだよ。じゃあここで問題。なんであいつらは逃げで走りたがるんだと思う?」
「……実力差があれば一方的に相手を潰せるから、でしょうか?」
「正解。プライド高い連中のやりそうなことだろ?」
「なるほど」
って言いはしたけど、桐谷からしたら理解できない世界だったんだろうな。
特に
だから桐谷も真剣に、ってよりは物珍しそうに見ててさ。
「思っていたよりも、しなやかな走りをなさる方ですね」
「傾向的にはオグリさんと似てますよね。もちろん、レベルの差は否めませんけど……」
ただ、レース自体は、途中までは普通に進んでった。
相手は逃げだから素直に先行させて、いつも通りって感じ。ヤエノらしい堅実なやり方だった。でもアルダンとチヨちゃんの言ってた通り、向こうも思ってたよりは大人しい走り方だったな。多分地元じゃそこそこやってるヤツだったんじゃないのかな。でないとあんな風に啖呵切ってこないと思うし。
で、そんな感じでレースも中盤になったんだけど。
「だ、大丈夫かな、ヤエノ……」
「流石に大丈夫だろ。実力的にもそうだし、何より一般の相手にわざわざ勝ち譲るような性格じゃねーよアイツ。それこそ途中でコケるくらいのやらかしでもしねーと、負ける方が難しいんじゃねーの?」
「で、でもっ! 負けたら引退なんて、とんでもない約束しちゃったんだよ……!? もし本当に負けちゃって、引退することになったら……お、親御さんや理事長にはどうやって説明すれば……!」
「園田先輩、落ち着きましょう……」
「わ……私がちゃんと止めなかったからだ……! 私がもっと、ヤエノのことちゃんと分かってあげられたら、ヤエノも私の言うこと聞いてくれたのに……! どうしよう……わ、私のせいで、ヤエノが……!」
なんて園田はもう完全にパニクってて、あーだこーだ言い始めてたわ。
で、その時点で気づいたんだけど、あいつ全然ヤエノが勝つって思ってなかったんだよね。
まあレース前のヤエノとの会話で大体は察してたんだけど、マジでそうだったらしいのよ。
そんなだからもう、気付け半分、うるせーから半分で。
「あーもう、園田! いい加減にしろよお前! いつまでウジウジしてんだよ!」
そうやって叫んだところで、ようやく園田も顔上げてさ。
「そりゃ俺も卑屈さに関しては大概だし、自分がよくないんじゃないか、ってネガる気持ちは死ぬほど分かる! 何ならこうやって今からお前に言うのもちょっと説得力ないかなって思うけどさ! でも、言ってやるから聞け!」
「う、うんっ!」
「あのな、担当する生徒が勝つってトレーナーのお前が信じなくてどーすんだよ! ここまで二人でやってきたんだろ!? そりゃ勝ちが少ないとか、他の同期に比べたらとか、色々不安になる要素はあると思うよ! 俺だったら多分普通に折れてたかもしれない! でもさ、だからって生徒よりも先に俺達が諦めたら意味ねーだろ!?」
今思い返しても、ツラの皮は厚かったと思う。たった一回だけレースで負けただけのくせに、担当の前から逃げ出したヤツの口から吐いていいようなセリフじゃねーよ、ってさ。
でも、そこで誰かが言わないといけなかったとも思うんだよ。てか、そう考えれば俺から伝えるのが一番よかったのかな、とも思う。同じような経験した身だから、みたいなツラするつもりはなかったけど……俺みたいなヤツに言われるのが、なんだかんだ一番キく気がしたし。
「……大阪杯の時に言ってたよな、お前。消去法でヤエノは自分を選んだ、って。それで、向こうが嫌だったら、今からでも契約解消してもいい、って。なんかウダウダ弱気なこと」
「うん……」
「でもさ、未だにヤエノからそういう話来てないんだろ? アイツも別にそういうこと伝えるのにいちいち考えるような性格じゃないだろうし。だから、これからもお前とトレーナーやってもいい……いや、お前がいい、って思ってるんだよ、きっと」
「……そう、なのかなあ」
「僕もそうだと思いますよ。というか園田先輩ほどの適任、他にいないんじゃないですか?」
そしたらなんか、桐谷も口挟んできて。
「え? き、桐谷くんまで……なんで……」
「なんで、って……園田先輩、かなりの頻度でヤエノさんをレースに出走させてるじゃないですか。この際ですから聞いておきたいんですけど、どうやってあんな過密なスケジュールを管理されているんですか? 僕の実務能力的にも、チヨの体力的にもあのスケジュールをこなすのは難しいですよ」
「いや、それマジで思ってるんだよな。勝ち負けはさておいて、意味分かんねーくらいレース出てるよなヤエノ。そりゃまあ、身体が強いってのはあるけどさ、それでもあのペースでレース出走しておいて、一定以上のパフォーマンス保ってるのすげーよ。マジでどうやってんの?」
「ど、どうって……ヤエノがやりたい、っていったことを最優先でスケジュール組んでるだけだよ……?」
「……それで管理できれば苦労しませんよ」
「桐谷の言う通りだな。マジで適任だわ」
「み、みんな私とヤエノのことそう思ってたの……?」
「そうですよ。ここを譲るのはトレーナーとしてどうかと思いますが……この世代では一番理想的なトレーナーと生徒の形だと思います。生徒の気持ちをちゃんと汲み取って、スケジュール管理できる人はそうそういませんよ」
「俺も同じ。お前らいいコンビだよ。お前がこうやってウジウジさえしてなければ」
「…………そう、だったんだ」
「そ。お前がちゃんと、ヤエノなら勝てる! って信じてやったら、お前らって割と最強なんだよ。それに、ちゃんとトレーナーなら自分の担当が走ってるところちゃんと見てやれって。自分のレース見てないってバレたら尻尾で
実際やられたしな、俺も。
まあ、そんな感じで園田に説教みたいなことしてたら、レースも終盤になって。
俺と桐谷と、ちゃんと園田も、走ってるヤエノと相手のことを眺めてたんだけど。
「……ほら見ろ、流石にヤエノだろ?」
「まあ、一般の学生とトレセンの生徒では厳しいものがありましたね」
「よ、よかった……何かあるんじゃないかと思ったけど、これなら……」
逃げてる向こうに後ろからプレッシャーかけながら、スタミナ潰して終わり。
そんな、誰がどう見てもヤエノの勝ちだなー、って流れだったんだけど。
「こ、のっ……ナメんじゃないよ!」
このままタダで負けたら、下のヤツに示しがつかない、みたいなさ。
どうせそんな、しょーもないこと考えてたんだろうな。
せめて一矢報いよう、みたいな感じであいつ、走行中のヤエノに脚かけようとして。
「あ」
「えっ」
「あーあ」
逆に吹っ飛んだんだよね。
「……ヤエノムテキという生徒に体幹で勝負を挑むのは、悪手でしたね」
「アホだな。現役の生徒ナメたあいつの落ち度だ」
「や、ヤエノ……!」
そんなだから、もうレースの勝敗どころじゃなくて。
一応ゴールのところまで走り抜けたヤエノのところに、園田が駆け寄ってったんだけど。
「や、ヤエノ! 大丈夫だった!?」
「はい、大丈夫ですよ。この通り」
「そ、そっか……よ、よかったぁ……」
ヤエノ、何でもない感じでケロッとしてたよ。
いや、割とエグい角度でやられてたんだけどさ。それこそアルダンだったら確実にコケて損傷してただろうし、チヨちゃんだったとしても無事で済んだかどうか分かんなかったと思う。でもヤエノは、ただちょっと体勢崩して、もうちょっと油断してたらコケそうだったって感じ。
……やっぱり身体の強さだと、同期の中じゃヤエノが一番だな。
「それよりも、トレーナー殿」
「ど、どうしたの?」
「私は、あなたに証明することができたでしょうか」
そんなの。
「……私ね、ずっと不安だったんだ。だってどれだけ頑張っても、ヤエノを勝たせてあげられなくって……トレーナーとしての実力もないって考えこんじゃったし、何よりヤエノが私のことをどう思ってるんだろう、って怖かったの。こんな私が、ヤエノみたいな優秀な生徒のトレーナーでいいのかなって……だから、嫌だったらいつでも契約破棄していいんだよ、って保険かけてたんだ」
「そうですね。事あるたびに言われました」
「でもね、今は違うよ。私ね、これからもヤエノのトレーナーがいい。だってこんなに強いウマ娘、他の人に絶対渡したくないもん。それに、ふ、二人にも相性ぴったりって言われたし……そ、それにね! 私、ようやくヤエノなら勝てる! って信じられたんだ! ……あ、ち、違うね。今まで信じてあげられなくて。ごめん……。で、でも! これからは私、ちゃんとヤエノのこと信じるから! そうすれば私たち、最強になれるんだから!」
「……最強、ですか」
「う、うん! ……あ、あれ? も、もしかして変だった?」
「いえ。ただ、トレーナー殿からそんな強い言葉が聞けたと思うと……ふふっ」
「か、からかってるでしょ! そんなこと言ってると、と、トレーニング厳しくしちゃうよ!」
「ええ、望むところです。負荷をもう少し増やしていただければ、とお伝えしようと思っていたところですから」
「う、うん……! じゃあ、さっそく明日からそうしよっか!」
なんて、これでヤエノと園田の件はオチが付いたんだけど。
「……まさかアタシが、ここまでコケにされるなんてね」
「おい」
向こうの方はむしろこれから、って感じで。
「まずお前、多分逃げは合わないから止めといた方がいいぞ。先行やれ先行」
「でも、全く合わないわけじゃないとも思いますよ。相手によって作戦を変えていくのが一番かもしれません。状況によって対応できるくらいの経験はありそうですから、絡め手が増えるといいかも……」
「ま、そこら辺も含めて色々と座学とか詰め込めば、そこそこいいトコまでは行けそうだな。あと、走りのフォームがダラダラ崩れてないのがいい。丁寧に走れるヤツほど崩しにくいしな」
「ですね。基礎がしっかりできているのはちゃんとした武器です。それも完成度はかなり高いですから、他にできることを増やす方針の方が最終的な幅は広がりそうですね。実際、手札が多いと強いのはオグリさんが証明していますし」
「いったいどっちの味方なんだいアンタらは……」
「一応トレーナーって立場上、ウマ娘の味方ではある」
実際、光るものはある程度感じる走りだった。どっちかってっと才能寄りの方で。
逆に言えば、それだけの才能がないと地元でブイブイ言わせられねえか、って話にはなるんだけど。
「で、レースコートの件だけど」
「好きに使えばいいさ。宣言通り、アンタらがいる間は手を引くよ」
「それだけか? こっちのヤエノは引退賭けて走ったんだ。ただ手ぇ引くってだけじゃあ、なあ?」
「アンタ……何させるつもりだい?」
「ウチでやってるトレーニング、人手がちょっと足りねーんだよな。なあ、アルダン?」
「そうですね。レースの記録係がもう一人いらっしゃると、効率的に進むと思います」
「……分かったよ。その程度なら引き受けてやるさ」
「じゃあ明日からお前ウチの奴隷な。俺にナメた口利いたこと後悔させてやるよカスが」
「先輩、生徒の前です」
なんて感じで俺も、都合のいい奴隷を確保して、その日はそれで終わったんだよ。
実際、ヤエノと園田もその日からは目に見えるほど変わったっつーか……お互い、遠慮が無くなったってのが一番分かりやすいかな。元からそうではあったんだけど、またいいコンビになったよ、あの二人も。
でもまあ、こっちからしたらライバルがいよいよ地力付けてきた、ってことで。
「よかったんですか?」
「何が」
「結果として、ヤエノさんと園田トレーナーには塩を送ることになってしまいましたが」
「敵味方以前に同僚だし、お前にとっちゃ友達だろ。それを見捨てるほど俺も腐ってねーよ」
「それは……はい。私としても少しほっとしたというか、安心した気持ちになりました」
「それに相性の良さってなら、俺達だって負けてねーだろ。手助けしたつもりはあるけど、情けをかけたつもりはねーよ。ヤエノと園田に後れを取らないよう、明日から練習キツくしてくから覚悟しとけよ」
「……まあ」
「何」
「『相性の良さなら、俺達も負けてない』……トレーナーさんも、素直になってくれて嬉しいです」
「……わざわざ言わずにスルーしとけよ、そこは」
まあ、何だ。
あいつのからかい癖は、今でも全然治ってないし、むしろ悪化してんだけど。
俺も何だかんだ、慣れてきたのかもな。
「お前の担当トレーナーになれたことは、誇りに思ってるよ」
「……………………そう、ですか」
素直にそう言ったら、あいつもこれ以上は踏み込んでこなくなったんだよ。
だからこれからは結構素直っていうか、スカしみたいなことすればいいなって思って。
んで、そのまま話も終わったから、その日はそれで解散になった、ん、だけ、ど……。
…………。
いや。
え?
もしかしてこれ、かなり悪手だったりする?
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Q.続きますか?
A.来月はちょ~っと忙しいのでワンチャン一回投稿できればいいかも
でも頑張って二回は更新したいな~
がんばります