メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】   作:宇宮 祐樹

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 ……あのさ。お前、いつまで呑むつもりだよ……?

 もうそろそろ日ぃ跨ぐぞ? これ以上はさすがに見てて心配になるレベルだって。

 いや、まあ……お前がザルなのは知ってるけどさあ。でも、限度ってモンがあるだろ。

 ビビるわホント。お前の飲みに付き合える人間、もうこの地球上に存在しねーよ?

 ……そんなだからお前、俺以外の男が寄り付かないんじゃ……。

 ちょ、痛い痛い痛い痛い! 悪かったって! すいませんでした!

 あ、あぶねー……耳引き千切れるかと思ったじゃねーか……この暴力女が……。

 ……ごめん、今なんて? え、まだ開けるの? こっから!? バカじゃんもう!

 いや無理無理! ホントにこれ以上は無理だって! ぶっ倒れるって俺!

 やめろ! 注ぐな!

 

◼︎

 

 ……それで、何だったっけ? ああ、そっか。天皇賞・秋の話か。

 えーっと、確か人気が……まあ一番がオグリキャップで、二番がイナリワンだったっけな。やっぱりあのオグリキャップに勝ちがあった分、イナリワンに他の連中より期待が集まってた感じ。

 そんでアルダンはイナリワンと僅差で三番、その後ろにヤエノとクリークが並んでた。

 まあ、その……何だ。

 

「……こうして見ると、イカついメンツになったな」

「顔見知りはほとんど集まってるのは、いいことだよね。でも、激しいレースになりそう……みんな、ケガだけはしないようにしてほしいな」

「園田ちゃんが心配する気持ちは分かるけど、逆に言うと知り合いばっかりってことはつまり、それだけ遠慮なしに走れるってことだからね。私としては多少ケガとかしちゃっても、全力出して走り切ってほしいかな」

「結果として荒れそうなのは変わりありませんね。レースの展開という面でも、人気という面でも。今回のレースは誰が勝ちを獲ってもおかしくないでしょう。私も今回ばかりはヒヤヒヤしていますよ」

 

 レースが始まる直前に園田と先輩と先生で、観客席で改めて出走表を見合わせてたんだけど。

 

「ですが、やはりこのメンバーは不自然に思えますね」

「あー、先生もっすか? 実は俺もアルダンと話してたんですよね」

「私も不思議に思ってました。今回を外すなんて……何かあったんでしょうか?」

「ちょっとごめん。全員、何の……ってか、誰の話してるの?」

 

 誰って、そりゃあ。

 

「チヨちゃん、今回は出てこなかったんですよ」

 

 ……そう。その年の天皇賞秋、チヨちゃんは回避したみたいなんだよね。

 いやビックリしたよ。出走表見たとき、チヨちゃんの名前なかったんだもん。

 だからアルダンと顔見合わせて、なんで!? ってなっちゃってさ。

 

「チヨちゃんって……あ、去年の秋天でオグリちゃん負かしたあの子ですか?」

「その通りです。今回でリベンジができると思ったのですが……まさか、勝ち逃げするつもりでしょうか?」

「いやー……チヨちゃんがそんなこと考えますかね? 確かにオグリにビビってる節があったのは認めるっすけど、だからってレース出走を避けるような性格はしてないっすよ。むしろ勝ち逃げするより、いい度胸ですねもう一度やってやりますよ、って考えるような子だと思いますし。絶対なんか他の理由があるはずっす」

「でも、去年の勝ちレースを見逃すほどの理由って……?」

「それが思いつかねえから不思議なんだよなあ」

 

 確かに去年と違って、オグリ以外にも粒ぞろいなメンツだったのは認めるけど……それにしたって、去年勝ったレースを見逃すってのは、やっぱり違和感しかなかった。それこそ、チヨちゃんみたいな子だったら出てくるだろ、って俺も園田も、先生までそう思ってたんだもん。

 

「だったら、なんか故障してるとか? ケガでどうしてもー、って感じじゃないんですか?」

「そ、そうわけではないんです。直近の出走記録もきちんとありますし……」

「記録? どこのレースに出てたの?」

「オールカマーと京都大賞典っす」

「それも、どちらも一着での通過ということで」

「はあ!?」

 

 オールカマーと京都大賞典。

 ……そう、その二つのレースって、天皇賞・秋の優先出走権が取れるレースなんだよね。

 それをどっちも一着で通過した上で、わざわざその年の天皇賞・秋を回避してるの。

 特急券が二枚もあるのに、それをドブに捨ててるみたいなモンだよ。

 そりゃ先輩もあんな顔するに決まってるわ。

 

「意味わかんないんだけど。何があったら秋天回避なんて判断するの?」

「だからこうやって不思議だって話してるんですよ。どう考えても出てくるじゃないですか、普通」

「言い方が悪くなっちゃうけど……荒らしてる、よね。しかも、かなり意図的に」

「桐谷くんの指示か、あるいはサクラチヨノオーさんの独断かは判断しかねますが……あまり褒められるやり方ではありませんね。ですが、だからこそあの温厚な二人にそこまでのことをさせる意図が何なのか、というのは気になります。……萩野くん、何か心当たりはありませんか?」

「いやあ? 恨まれたりキレられたりする心当たりは無限にあるっすけど、そんなグレさせるようなのは流石に……?」

 

 なんて、その場では結局分からず仕舞いで、消化不良のまま終わっちゃったんだけどさ。

 後から考えたら、やっぱり先生の言葉がある意味では正解だったんだろうな。

 いや、流石に先生も全部知ってるわけじゃなかったと思うよ。でも、あの二人……っていうか、チヨちゃんにそこまでさせるヤツがいたとしたら、それは俺しかいない……みたいな推理だったんじゃないかな。

 結局、それが大正解だったんだけど。

 

「……さて、サクラチヨノオーさんについての話はここまでにしましょうか」

「そ、そうですね。ヤエノたちのこと、ちゃんと見てあげないと……」

 

 そんな感じで話してるうちに、レースの出走時間になって。

 

「天候は晴れ、バ場は良。さっき確認した感じ芝の調子も良かったですし、生徒たちへの影響も少なそうっすね。……言い方を変えれば、小細工無しの実力勝負になるってことになるっすけど」

「楽しみですね。オグリキャップという生徒に皆さんがどこまで食らいつけるか、見ものです」

「うーわっ、言いますね先生。そんなに余裕ぶってたら春の時みたくウチのイナリが抜いちゃいますよ?」

「や、ヤエノだって負けてません……! 今回ばかりは、勝たせてもらいます!」

「……ええ、望むところですよ。受けて立ちましょう」

 

 俺としてはやっぱりアルダンのこともあったから、そこに混ざれなかったんだけど。

 今思えば、園田が結構やる気だったのはすげー意外だったんだよな。

 上から目線での意見になっちゃうけど、成長したって言ってもいいのかな。だってあの園田が、あそこまで強気に先生と先輩にケンカ売りにいったんだもん。やっぱり夏にあったヤエノとの一件が効いたんだろうな。

 

『ゲートイン完了。各ウマ娘、準備整いました』

 

 で、まあゲートインもシニア級になると何事も無く早く終わって。

 

『スタート! 各ウマ娘、出遅れもなく揃って綺麗なスタートを切りました!』

 

 それからレースが始まって、五秒と経たないうちにすぐに気づいたんだけど。

 

「……オグリキャップ、今回は差しっすか」

「ええ」

 

 だってオグリの位置、アルダンとヤエノよりも間置いて後ろだったからさ。

 

「先行で走る子が多いですもんねー、私たちの担当してる世代。実際、今回もそうだし」

「そ、そうですね……ですから、序盤での先行位置で起こる削り合いをどう避けるか、あるいはどう耐えきるか、っていう戦術の二極化がここ最近は進んでるように思いますね。というよりは……脚質における有利不利が例年よりもハッキリしてる、って言い換えてもいいかもしれませんけど」

「あー、確かにその言い方がしっくりくるかもな。今のオグリキャップみたいに差しで走れるのは、序盤から中盤の先行争いを回避できるって点で、明らかに先行のメンツよりも有利な点だし。それこそ春天は追込のイナリワンが勝ったんだ。そこ見ただけでも、今年は脚質の有利不利が浮き彫りになってる気ぃするな」

「そうだね。だから先行でしか走れない子は耐えきる選択肢しかない分、他の連中よりも不利になっちゃってるかな? ……そう考えると、色んな脚質で走れるオグリちゃんには追い風かも? うーん、手札が多いってやっぱりズルいなあ」

「そこばかりは否定できませんね。オグリキャップという生徒の才能と言ってもいいでしょう」

 

 みたいに全員で話しながら、レース見てたんだけど。

 なんだかんだレースも中盤に入ったところで、改めて。

 

『第二コーナーを抜けて直線へ! 依然として堅実なレースが続いています!』

「……思ったよりも変化が無いですね。大人しくないっすか、みんな」

「それだけ実力が拮抗しているということでしょう。動く余地がない、とも言えそうですが」

「ここまで来ると甘えて隙見せちゃうような子もいませんし、だからって攻めに出られるような状況でもないですもんね。いやー、レベル高いな今回の天皇賞。まさか、ここまで鍔迫り合いが長引くとは思ってなかったかも」

 

 位置取り的にはアルダンとクリーク、ヤエノが先行の方に固まってて、そこから一歩引いたところにオグリキャップ。で、そのもっと後ろにイナリワン。俺としては、中盤に入ったところでもう少し順序が乱れるって思ってたんだけど、完全に横並びっていうか……それこそ、変化のないレースだった。

 

「でも、こうなってくると……先行争いを回避した子たちの有利がどんどん大きくなりますよね。一歩引いた視点でレース運びを観察できますから。ペースも落ち着いてるし、スパートをかけるスタミナも温存できてる。終盤に入った時点で、後方脚質の子たちが大きく動きそうです」

「嵐の前の、というやつですね。オグリさんやイナリさんは、ここからが勝負ですよ」

「一方で、先行集団は……見たところアルダンが優勢か。クリークとヤエノもいい位置だけど、攻めあぐねてる感じだな。このまま行けば順当に勝てるだろうけど……どうせこのメンツじゃ、そう上手くはいかないか」

 

 ヤエノもクリークも、位置取りが上手く行ったからって封じれるような連中じゃない。それに、後ろにはオグリキャップとイナリワンが控えてる。そう考えたら中盤まで上手く動けてたのは、泳がされてたのかもしれないな。あるいは、アルダンとやり合うのは不毛だから、序盤と中盤は最初っから諦められてた……俺としては、そっちの方が嬉しかったけど。

 

「……思ったけど、やっぱりアルダンちゃんはレースが上手だね。この状況でも崩されずに自分のコースが確保できてるのは凄いよ。一定のペースを保ちながら走れるのは、やっぱりあの子の武器かな」

「問題は、その武器でオグリキャップみたいな生徒に太刀打ちできるか、って話ですけどね。それも、たぶん今回で分かると思いますけど……」

『さあ、直線を抜けて第三コーナーに――っと、ここでイナリワンが上がってくる!』

 

 それで、あの世紀の大混戦に繋がるんだけど。

 きっかけは、イナリワンのスパートからだったな。

 

「……早くないっすか?」

(はっや)いよ! イナリ、まさか焦っちゃったのかな!?」

「レースでの動きがない分、先行集団での位置取り争いが依然として続いていると判断したのでしょうか? ですがその実、アルダンさんのリードを()()()()と他の方たちが判断を下しただけで、先行の生徒たちの余力はイナリさんの予想よりも二回りほど残っているでしょう」

「イナリワン、落ち着きがあるとはいえ、こういうレースは性に合わなさそうですしね。痺れを切らしたって考えれば納得できます」

「うわーっ! イナリ、もうちょい落ち着いて! お願いだからもうちょいペース落としてーっ!」

 

 そんな先輩の叫びも虚しく、イナリがぐいぐい上がっていっちゃうモンだからさ。他の追込の生徒たちも、イナリがスパートかけたってことは、みたいな感じで考えちゃって、どんどん上がって差しの集団と合流しちゃって。

 で、追込の生徒たちが追いついてきたってことは、ってなったから差しの生徒たちもぐいぐいスパートかけちゃって。結果的に後ろの子たちがほとんど団子になっちゃってさ。

 

「つ、詰まっちゃってる……」

「完全にイナリがかき乱したな。でも、これでレースに動きが出来た」

「オグリちゃんは……まだ上がってない? いや、むしろちょっとペース落としてない?」

「一気に上がってくる後方の集団を一旦回避する判断でしょうか。大外に逸れたとしても、ここまで来たらロスの方が大きいですしね。ですが、このままでは埋もれて……いえ、オグリキャップの脚ならあるいは一気に抜き切れる……? しかし……これでは、さすがに」

『さあ、後方集団が一気に壁となって迫ってくる! 先行の子たちはどう出るか!』

 

 確か先行で一番最初に動きを見せたのは、クリークだったかな。

 

「クリーク、外にズレてじわじわ上がってきてますね。後ろでのやり合いを察した感じですか」

「みたいですね。それにクリークさんのスタミナであれば、このタイミングでのスパートでも最終直線での余力は充分に残せます……が。珍しいですね。彼女がこういう"攻め"に転じるのは」

「イナリのスパートが早かったのと、自分の後ろにオグリちゃんがいるってのもあるでしょうけど……やっぱり、萩野クンとの合同トレーニングの影響ってのが一番じゃないですか?」

「ああ、それかもしれませんね。聞くところによると、かなり過酷なものだったと」

「す、すいません……」

「何を謝ることがあるんですか。むしろこちらとしては感謝したいくらいですよ。私の負担も減りましたし、何よりこうしてクリークも走りにまた一段と磨きがかかったのは、あなたのお陰です。ありがとうございました、萩野くん」

 

 まあ。

 先生のその言葉が嘘じゃないってことは、さすがに分かったよ。

 実際、その時のクリークの走りはトレーニングの成果も出てたと思うし。

 だからこそ夏合宿の時に聞いた、クリークの担当を俺に任せる、って先生が判断したのも冗談じゃなかったんだな、って思った。先生にとっても、もちろんクリークにとっても、それが一番の判断だってのも頷けた。

 ……でも、やっぱり俺はアルダン以外に担当は持つ気はなかった。

 そもそもアルダンの抱えてる問題の解決すらできてない、って自覚があったんだから。

 

『大ケヤキを越え、第四コーナーへ! 勝負は最後の直線に持ち越されました!』

 

 先頭で走ってた逃げの子たちもクリークに潰されて、じりじりペース落としてきて。

 そこを見て一気にスパートかけてきたのが、ヤエノとアルダン。

 

「ヤエノ、上がってきた……! アルダンちゃんも……!」

「いい、いいぞ! 位置的な有利はクリークにあるが、加速と最終的な速度ならこっちが上だ!」

 

 それも見越してクリークは早めにスパートかけたんだろうけど、やっぱりエンジンが長距離用だから難しかったな。リードはあったけどヤエノもアルダンの射程圏内だったから、このままいけば抜け切れる。そしたらあとはヤエノとの一騎打ちになる。

 って思ってたんだけど、流石にそう簡単にはいかなかった。

 

「……なるほど。ここで仕掛けましたか」

 

 実況よりも先に先生の方が気づいてたかな、アレは。

 

『オグリキャップ、上がってくる! 集団を抜けて一気に先頭に迫っていく!』

 

 イナリの早めのスパートで、後方集団が一気に詰まって削り合いになって。

 そんでクリークが迫ってきたから逃げの子もスタミナ不足でスピード落としていって。

 それを見極めたヤエノとアルダンが一気にスパートをかけて。

 だから詰まってた後方集団の生徒たちも、前に出る余裕ができた。

 ……オグリキャップは、その時が来るのを今までずっと狙ってたんだ。

 

「あいつマジでさあ! 心臓に毛ぇでも生えてんじゃねーのか!?」

「いや、冷静だねホント。このまま沈み切るかと思ってたけど、まさかこっから捲ってくるとは」

「れ、レースの展開が全部分かってないと、あんなの待てないと思うんだけど……」

「おそらく分かっていませんよ。それに私は、あんな緻密なレース理論を指導した覚えはありません。ですからあの展開を読む力は、純粋にオグリさんの才覚……まあ、いわゆるカンでしょうね」

「野生児か!」

 

 ってか分かってたとしても、あんな隙間をコースと捉えるメンタルがやべーだろ!

 

『最終コーナーを抜けて最初に立ち上がったのはスーパークリーク! ですがそのすぐ後ろにはヤエノムテキとメジロアルダンが控えている! しかしその差は残りわずか!』

「これは……クリークは厳しそうですね。さすがに捕まってしまいますか」

「距離が距離ですからねー。そこらへんの生徒には負けないでしょうけど、相手がヤエノちゃんとアルダンちゃんですもん。中距離でバチバチにやってるあの二人に、長距離が主戦場のクリークちゃんは分が悪いですよ」

 

 先生と先輩の言う通り、クリークは割と早い段階で脱落していった。この後の展開を見ても、あと四〇〇メートルもあればクリークが一着だったかもしれないけど……まあ、そうだな。結局は詰んでるエンジンの差だな、あれは。

 

「イナリも上がってきてはいるけど……あちゃーだなあ、これは。難しそう」

「スパートを早めた判断が仇となりましたね。ですが、今考えれば最善の判断だったと思いますよ。オグリさんがスパートのタイミングを見計らっていたことは、最も近くで見ていたイナリさんが一番分かっていたでしょうし。ですからスパートをかける前に勝負に出て、オグリさんを引きずり出すという判断を下したのも頷けます」

「誤算はオグリキャップがそれでも動かなかった、ってところっすかね。……あいつ、メンタルやばくないですか? 普通、自分が負けた相手がスパート掛けたら動くモンでしょ。なのに、()()()()()()()って判断できるのおかしくないですか? 何ならイナリワンがスパートかけた瞬間に、この後どうレースが動くかってのも読めてたっぽいですし」

「オグリちゃん出し抜こうとして、最終的に自分の首絞めることになっちゃったかー……」

『先頭争いはメジロアルダンとヤエノムテキ! しかしそこにオグリキャップが追い縋る! 凄まじい加速で前の二人へと食らいついていきます! 秋の盾はこの三人の手に委ねられたか!』

 

 アルダンはギリギリヤエノにリード取ってた。何ならじわじわ引き離してるくらいだった。

 でも、そのすぐ後ろにはオグリキャップが迫ってきてて。

 

『ここでオグリキャップが先頭に躍り出た! 先頭、オグリキャップ! メジロアルダンとヤエノムテキを引き離し、ゴールまで駆け抜けていきます! この子を止めることはできるのか!』

 

 ヤエノとアルダンが削り合ってるのをいいことに、オグリがそのまま抜けてって。 

 俺達も流石に今回はオグリキャップか、って思ってたんだけど。

 

『残り四〇〇! オグリキャップ、ゴールに向かって駆け抜けていきます!』

 

 秋天のレース場って、最終直線が観客席の目の前なんだよ。

 だから最後、レース走ってる生徒のことも間近で見れるんだよね。

 コース近い席とか人気だよ。転売とかあって事件にもなったくらい。

 まあ、流石にそんなに近くで見たら危険ってことで、それなりに距離はあるんだけど。

 それでも、聞こえてきたんだよね。

 

「ッ、ああぁぁぁああああ!!!」

 

 ヤエノの叫びが。

 

『ヤ……ヤエノムテキ、ここにきて加速している!? メジロアルダンを引き離し、オグリキャップへと食らいついていく! しかし、その差は依然と……い、いや! 一バ身差に迫っ……っ!? 今オグリキャップに並んだ! ここにきてヤエノムテキとオグリキャップの先頭争い!』

「……ウソでしょ? あそこから追いつけるの?」

「これは……鬼気迫る、というのは正にこのことですね。凄まじい執念を感じます」

 

 ……………………。

 別に俺、園田のことはタイプじゃないんだよな。

 いや、嫌いなわけじゃないんだけど、単純に好みじゃないってだけ。

 オドオドしてるしさ。考えすぎだろ、みたいに思っちゃうこともそこそこあるし。

 それも含めて、まあいい同僚って感じで、それ以下でもそれ以上でもない、みたいな?

 でも、さ。

 

『残り二〇〇を通過! ここで先頭、ヤエノムテキ! オグリキャップからわずかにリードを取った! オグリキャップ、猛追するもしかしヤエノムテキ譲らない!』

 

 今まで目立った勝ちも少なくって、ずっと燻ぶってたヤエノが。

 ついにあのオグリキャップを追い越した、ってところを見たときの、園田の目。

 

「ヤエノ……!」

 

 アレは、もしかしたら……惚れそうだったなあ。

 

『ヤエノムテキ、今ゴールを通過! "怪物"オグリキャップを退け、見事一着でゴールイン!』

 

 結果としてはヤエノが一着で、二着がアタマ差でオグリキャップ。

 そっから三着がアルダンで、続いてクリークとイナリワン。

 

「ヤエノ!」

「あ、おい! 園田!」

 

 っていう結果とか聞く前に、園田が観客席から飛び出してヤエノの方に向かってって。

 

「と、トレーナー殿……!? いけません、まだ……」

「やったね、ヤエノ! ヤエノが勝ったんだよ! ほら、掲示板! 一着だって! すごいよ、ヤエノ! やったぁ……やったぁ! ヤエノが勝った! ヤエノが勝ったんだ! わーい!」

 

 あんなにはしゃいでる園田なんて、それこそヤエノも見たことなかっただろうからさ。

 もうヤエノとしてもポカーンってなっちゃってて、されるがままに抱き着かれてて。

 

「私、ちゃんと見てたから! オグリちゃんのこと追い越すところ! すごかったよ! もう、ホントに……泣いちゃうかと思ったもん! すっっごくかっこよかったよ、ヤエノ!」

「……ありがとうございます。ですが、私がこの領域まで至れたのはトレーナーさんのお力添えがあったからこそです。私だけの力ではありません。ですから、その……」

「うん……そうだね! ここまで来れたのは、私とヤエノだったからだもんね!」

 

 そう。

 だから、夏合宿の時にもああやって言ったんだよ、俺は。

 

「私たちが、最強なんだ!」

「最強……ふふっ、そうですね。私たちが、最強です」

 

 ……そんな感じで。

 秋天の主人公は完全にヤエノと園田だったな。

 何ってやっぱり、宝塚で勢いづいてたオグリキャップを倒して、一着だったんだもん。

 それに、あんなにイチャイチャしてるの見せられたら、なあ。

 もう、認めるしかねーよ。

 

「……今回ばかりは完敗ですね」

「ですねー。あのヤエノちゃんにはどうやっても勝てなかったかな」

「どうすりゃいいんですか、あんなん。勝てる方法があったら教えてほしいんですけど」

 

 なんて感じで、脇役は脇役でぶつぶつ文句言いながら雑談してたんだけど。

 

「おや? その方法は、あなたが一番理解していると思ったのですが」

「……………………」

 

 先生には全部、お見通しだったのかもな。

 俺が悩んでることも、アルダンを勝たせる方法も。

 ……あのオグリキャップに対抗する手段を、俺がもう持ってることも。

 実際にそれがあったから、ヤエノはオグリに勝てた。きっとチヨちゃんだってそうだ。

 でも、アルダンだけがオグリキャップに勝てないままでいる。

 ……ああ、そうか。だから先生は、俺に怪物退治を押し付けたのか。

 

「そろそろ私たちも生徒を迎えてあげましょうか」

「イナリ~……惜しかったなあ……」

 

 未だにターフではしゃいでる園田を置いて、その場は解散して。

 俺も、アルダンのことを迎えに行ってやった。

 

 

「お疲れさん」

「…………ありがとうございます」

 

 控え室に入ってちょっと待ったら、すぐにアルダンが帰ってきて。

 今回は一段と激しいレースだったから、早めにクールダウンさせてやろうと思って、水とかタオルとか渡そうとしたんだけど、それよりも先にあいつが話し始めて。

 

「最終直線で競り合った時のヤエノさん……何かが違う、と感じました」

「ま、今回のヤエノはゾーン入ってたみたいだしな。アレは予想外だったよ、ホント」

 

 やっぱりアルダンから見ても……いや、一番ヤエノを近くで見てたからこそ、か? 秋天のヤエノは何かが違う、って気づいてたんだよ。多分、それが自分には無いものだっていうことにも、ハッキリとではないけど、薄々は気づいてたと思う。

 だから。

 

「……私には、何が足りていないのでしょうか」

 

 アレは質問じゃなくて、確認のつもりだったんだと思う。

 自分に足りないものが何かなんて、あいつにはもう分かりきってた。

 それを、俺はまだ渡せていなかった。あいつを傷つけるのが怖かったから。

 ……足りないのは、俺の覚悟だったのかもな。

 

「まだ教えられない。もしかすると、お前を傷つけることになるかもしれないから」

「……そうですか」

「ああ。……ごめんな、こんな意気地なしで」

 

 なんて二人で、何も言えずに黙ってるだけの時間があって。

 

「少し、お時間よろしいですか~?」

 

 それから少し経ったくらいで、控え室のドアがノックするヤツがいてさ。

 

「今の声……クリークさんでしょうか?」

「みたいだな。クリーク? 何しに来た?」

「トレーナーさんとのお話も終わったところなので、改めてお礼を、と思いまして~」

「礼……? まあ、いいよ。入ってきな」

「失礼します~」

 

 そこで入ってきた時クリーク、もうライブ衣装に着替えてたの。

 ってかそもそも疲れたような顔もしてなかったしな。何ならもう一レースくらいいけそうな面構えしてたし。やっぱりあいつ、体力に関してはこの世代で一番だわ。

 

「まだ余力は残ってるみたいだな。やっぱり二〇〇〇は楽勝だったか?」

「そうですね。春に比べれば、楽な方だったかもしれません」

「楽……あれだけの混戦があったのに、ですか?」

「ふふっ、体力には自信がありますから。それだけは誰にも譲れませんよ~」

「……で? 礼ってのは?」

「夏合宿のことで、少しだけ」

 

 そうやって言われて俺もようやく、ああ、そういえば、ってなって。

 

「結果は奮いませんでしたが、それでも実りのあるレースができたと思います」

「そうだな。あと四〇〇メートル……いや、二〇〇メートルでも長ければ、お前が勝ってたかもしれない。こう言ったって仕方ないけど、今回は中距離だったのが逆風だったな」

「ありがとうございます。でも、せっかくあなたに指導してもらったのに、結果が伴わなかったのはやっぱり悔しいです。もっといい結果を、あなたに見せたかったのに……」

「あんまり気にすんなって。よくやった方だって俺は思ってる」

「……自分で言うのもおかしな話ですけど、珍しいんですよ? 私がこうして悔しがることって」

「そうかもな。珍しくいい顔つきしてる」

「ですから、次で挽回したいんです」

 

 話をしてる間、クリークはずっと俺の事だけを見つめてたんだけど。

 そこで改めて、アルダンと俺の二人に向き直ってから。

 

「有記念、もちろん今年は参加されますよね」

 

 考えてみれば、クリークにとっては()()()()されてたみたいなモンだったからさ。話題には出さずにいられない……というよりかは、俺たちの前でその話をしない方がおかしい、って感じだったんだろうな。

 

「……まだファン投票の期間中だから、どうだろうな。投票漏れることだってあるだろうしさ。ハッキリとは言えないよ」

「でも、投票が集まれば出走されるおつもりですよね?」

「そりゃ、まあ……」

「あなただけじゃなくて、アルダンちゃんにも聴いてるんですよ?」

 

 クリーク、なあ。

 基本的には大人しい子なんだよ。いや、他の子と競い合うつもりがほとんどない、って言った方がいいのかな?

 他の子たちはレースに対して何か特別な感情があるっていうか、それこそ自分にはレース以外ない、だからここに来たんだ、っていう考えの生徒がトレセン学園(ウチ)は大多数なんだよ、多分。

 でも、クリークはレースに対して何かあるってワケじゃない……って言うと、ちょっと良くない風に聞こえちゃうかもしれないな。確かにレースに懸けるモノだったり、勝ちたいって気持ちはあると思う。でも、クリークにとってそういうモンは全部、人生での通過点なんだよ

 他にも得意なことはある。それこそ一般の高校に行っても良かった。でも、トレセン学園に入れたから、とりあえずレースを頑張ってみる。あいつがレースを走る理由ってのは、多分そんな感じだと思う。

 だから他の生徒と競い合うのは、あくまでそこがレースという場だからであって、本気で優劣をつけたいってワケじゃない。レースじゃない場だとあいつはすごく優しいっていうか、他の連中の面倒見てばっかりだし。

 切り替えがハッキリできてる、って言ってもいいのかもな。学園の生徒たちはみんな仲間で、だからこそ応援したい。自分よりも本気になってる他の生徒たちがいるから、その力になりたいって気持ちがクリークにはあるんだと思う。

 だけど。

 

「……はい。今年こそはクリークさんと勝負してみたいですね」

「ふふっ、そうですね〜。 ……菊花賞の時みたく、返り討ちにしてあげますね?」

 

 その時だけは、違った。

 明確にアルダンを自分の敵として見てたな、ありゃ。

 それに、俺のことも。敵、ってのとは少し違うかもしれないけど。見せつけてやる、みたいな剥き出しの感情をぶつけられてたっていうか。

 ……あんなクリークを見るのなんて、後にも先にもあの時だけだろうな。

 

「それでは、私はこれで」

 

 言いたいことも言って満足しちゃっぽいから、クリークもそこで部屋から出て行って。

 

「何が礼だよ。あいつ、宣戦布告しに来ただけじゃねーか」

「あそこまではっきりと言葉にされてしまっては、こちらも乗らざるを得なくなってしまいましたね。それにしても、まさかクリークさんからあんな視線を送られるなんて思ってもいませんでした。……ですよね、トレーナーさん?」

「……何だよ?」

「いえ? ただ、クリークさんにあそこまで言わせたのは誰なのか、と思いまして。思うにその方は、私やチヨノオーさんを誑かした方と同じ人のような気もするのですが」

「そんな女誑し、学園(ウチ)にいるんだな。一度でいいからそのツラ拝んでみたいわ」

「そちらに鏡がありますよ」

 

 そりゃ、焚きつけたのは俺かもしれないけどさ。

 

「……これからは、有に向けての調整だな」

「そうですね。二五〇〇の長距離……クリークさんの主戦場です」

「もう長距離であいつとやり合うのは勘弁つったのになあ。それに、順当に考えればオグリキャップ、イナリワンあたりも出てくるだろうし。……考えること多いなあ、もう」

「頼りにしていますよ、トレーナーさん」

 

 天皇賞・秋はそんな感じで終わり。

 まあ、結果としては順当だったかな。やっぱりヤエノが強かった、それだけ。

 そんで、次のレースの話なんだけど……。

 ……有じゃなくて、ジャパンカップの話になるんだよね。

 

 

 当時は有のことで頭がいっぱいだった。

 アルダンにとっては菊花賞ぶりの長距離レースだったしさ。主戦場じゃないぶん、それに向けた調整もしないといけないし。それにクリークとオグリキャップ、イナリワンっていうメンツを考えたら、生半可な調整じゃ太刀打ちできないって考えてた。

 後は、ファン投票もかなり現実的な数が集まってたってのもあるな。去年あんだけ投票があったのに見送っちまった分、今年は何としても、って気持ちもあったし。それに、アルダンとしても出走したかっただろうしなあ。その気持ちも汲んでやりたかった。

 ってな感じで。

 

「色々と考えた結果、ジャパンカップは見送る。異論は?」

「ありません」

 

 秋天の結果的には全然そっち出走するのも全然アリだったけど、そんな余裕ねえな、ってなって。アルダンと一応話はしたんだけど、あいつもほとんど俺の意見と同じで。

 年末の最終決戦に向けて頑張るぞー、みたいなノリだったんだよ。

 

「気になることと言えば、チヨノオーさんが出走することでしょうか」

「あー……確かに。秋天じゃなくて、こっちを目標にして調整してたのかな? もうタイトルは取ってるから、って考えれば納得はできるし。変な話ではないと思う」

「でしたら、京都大賞典とオールカマーに出走したのはなぜでしょうか?」

「……やめときな。それ以上考えるのはノイズになる」

 

 とはいえ、俺も気になってたんだよな。

 何があったらチヨちゃんと桐谷があんなことするんだろう、って。

 でも、今更そんなことを気にしたところで仕方がない、まずは目の前の目標……アルダンを勝たせてやらないと、っていう気持ちの方を優先するべきだと思った。そういう自戒の意味も込めて、アルダンにもああやって話してたんだ。

 ……それから、すぐに答え合わせがあった。

 

「失礼します」

 

 秋天が終わってから、一週間も経たないくらいだったかな。

 丁度、有に向けてのスケジュールを確認してた時。

 そうやって俺達のトレーナー室に入ってきたのが、チヨちゃんだった。

 

「あれ、チヨちゃん?」

「……はい。サクラチヨノオーです」

「チヨノオーさん? どうされたんですか?」

「その、お二人に話があって。……少しだけ、いいですか?」

 

 いつも元気なチヨちゃんだけど、その時だけは元気がなかったっていうか。

 ……いや、違うな。元気がないとか、落ち着いてるとか、そういう話じゃない。

 

「線香花火の約束、覚えていますか?」

 

 あれは、覚悟を決めてきた顔だったな。

 

「はい、もちろんですよ。負けた人が、勝った人の何でも一つだけ言うことを聞く……」

「それで勝ったのが私で、負けたのがアルダンさんでした。……つまりアルダンさんは、私の言うことを何でも一つだけ聞かないといけない。そうですよね?」

「……うん、それで間違いないよ」

「だったら……一つだけ。どうしてもお願いしたいことがあるんです。他の誰でもない、アルダンさんにしか頼めないことを」

 

 そうして、チヨちゃんが“お願い”してきたの。

 

「ジャパンカップに、出走してください」

 

「――もう一度だけ、私とダービーをやり直してください」

 




Q.続きますか?
A.次回、ジャパンカップ編
 日本ダービーを、もう一度
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