メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
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おれ「はい……」
■
それから、数日はあいつの練習を見てたわけよ。
基本はあいつが作ってたメニュー通りやって、時間が余ったり、体調がよかったりしたら、ダートコース走って。まあ……普通のことやってたよ。それこそ、一人でも同じような……その、何度も言うけど、俺がいてもいなくてもそこは変わんなかったと思う。
そんで、あー……三日目か四日目くらいだったかな?
その日はだいぶ調子いいっつーから、いつもより多めに走らせてたんだけど。
トレーニングもそろそろ終わるかなー、って時に、あいつ、やらかしやがって。
「あっ」
なんか気ぃ抜いてたか知らねーけど、コース走ってる時に思いっきりバランス崩してさ。
やべえ、って俺が立ち上がった時にはもう、地面に蹲ってたのよ。
「は……ちょ、おいおいおいおい!」
いやもうマジで焦ったよね。だってこれでケガさせてたら俺、即東京湾だもん。
こんなんで人生棒に振るとかたまったもんじゃねーから、とにかく、急いであいつの方に駆け寄ってさ。
「アルダンちゃん、大丈夫!? どっか痛んだりしてる!?」
「いえ……問題、ありません。その、少し……眩暈がしただけ、で……」
「大丈夫じゃねーじゃん! ちょ、今日はもうトレーニング終わり! 保健室行くよ!」
いや、そりゃもうお姫様だっこよ。だってそれが一番楽だもん。
そんでまあ保健室ついて、先生……ああ、そうそう。あそこも施設としては学校だから、普通の学校みたいに保健室の先生いんの。そんで、あいつの身体の関係上、その先生とも顔見知りみたいだったからさ。じゃあお願いしますっつってあいつのこと頼んだの。
え、俺? 俺がすることなんてそりゃ、一つしかないっしょ。
「あー……もしもし? アルダンの主治医さんで合ってますか?」
確か、主治医さんと話したのはそこが初めてだったかな。連絡先はその時、保健室の先生から教えてもらってさ。着替えさせてるうちにお願いします、っつって。うわ最悪、って思いながら電話かけたのよ。
でもさあ、一応俺にも責任とかあるし。……ホントは絶対怒られるだろうから、したくなかったけど。後々バレる方がヤバいって思ったしさ。するしかなかったのよ。
「すいません、急に連絡しちゃって」
『構いませんよ。それより、お嬢様の容態は?』
「あー……怪我とかは大丈夫みたいっす。痛んでるところもないみたいなんで……眩暈起こして、フラついちゃった感じっすかね。一応、今は先生が見てくれてるんですけど……」
『なるほど。それでは、お嬢様に本日は屋敷に戻るようお伝えください。明日以降のことは、また追ってご連絡いたしますので』
「……よろしくお願いします」
まあ、今になって分かるんだけど、あいつの眩暈はいつものことだったんだよ。だから主治医さんもいつも通り対応して、保健室の先生に任せて、って感じで。当時の俺は、え、そんだけ? って思ったけどさ。まあ今すぐ動かすのもアレだし、って適当に納得してたわ。
そんで、連絡も終わったし電話でも切ろうと思ったんだけど。
『次の選抜レース、本当にお嬢様を出走させるおつもりなのですね?』
なんてこと言われちゃってさ。
いや……今だから言えることだけど、当時の俺ってそこそこ気が立っててさ。ほら、あいつがナメられてることとか、周りのトレーナーの目とかもあってさ。なんか、この人もそっち側なのかな、って思って。
「……ダメなんすか」
『いえ。ですが、普通ならお嬢様の出走を止めると思っていましたから』
「だから何なんすか。俺のこと普通じゃねーって言いたいんっすか?」
ほんとさ、初対面の、しかもおじいちゃんにこんなオラついてるのマジでダサいよな。今じゃ分かるけど、あの人って普通にめっちゃいい人なのよ。それなのに……あー、もうさあ! 今でも後悔してるわ、ほんっと。俺、なんであんなこと言っちゃったんだろ……。
「そりゃ、止めた方がいいとは思いますよ。でも、それって本人が一番分かってることじゃないんっすか? その上で、あいつは走るって言ってるんっすから。……そういう
『……貴方の言うことも尤もです。ですが、時には立ち止まる決断も必要でしょう』
「その場で足踏みだけさせてて満足なんすか、アンタらは」
あのさ、マジでアホだよね俺。なにムキになってたんだろ、ホント。
でもまあ……本音っちゃ本音なんだよ。安静にしないとダメってのは分かるけどさ、それでチャンス逃して結局何もできませんでした、じゃなんで
だからさ、どっかで賭けないといけないんだよ、やっぱり。それで結果的に失敗しました、ってなっても、やらないよりはマシでしょ。責任? そんなもん俺が取るよ。それでトレーナー辞めることになっても別にいいよ。何もさせてやれないままよりは、ずっといい。
必要なのは、立ち止まる決断じゃなくて。
前に進む勇気だと思うんだよ、俺は。
……みたいなことをね? 言うつもりだったのよ。
そしたらさあ。
『あのお方が、あなたをお嬢様のトレーナーに選んだ理由が分かりました』
「……はい?」
あのお方、って十中八九、お婆さまのことじゃん?
その名前出されたら俺、急に冷静になっちゃって。自分がとんでもないこと言ってるのに気づいちゃってさ。もう終わったと思ったよね。
そうやってボーゼンとしてるうちに、いつの間にか電話も切れてて。いやマジ、絶対やらかしたと思ったわ。
……まあ、これは後から分かったことなんだけど。
主治医さんは、あいつをレースに出してくれるやつがようやく見つかった、って喜んでたみたいなの。
「……どいつもこいつも、ふざけやがって」
まあその時の俺、そんなこと知ってるハズないしさ。
え? ああ、今は普通に仲良いよ。あいつの面倒見てる以上、結構よく会うし。将来のため、とか言って禁煙勧めてくる以外はめっちゃいい人。いや、将来って何のだよ、って話だよな……。
それでまあ、保健室戻ったら先生とあいつが話しててさ。今日はもう、迎えが来るまでここで安静に、って流れになったみたいで。先生も時間来たから帰っちゃって、そっから二人っきりになっちゃったのよ。
「無理だけはすんなって言ったじゃん。何してんの、もー」
「……申し訳ありません」
「あ、いや……責めてるつもりじゃなくてさ。なんつーか……もっと自分のこと、大事にしてよって話で」
でないと俺が怒られるし。そこはまあ、ホントのこと言ったつもり。
ただまあ、こいつがレースに出たいってのはある程度俺も理解してたのよ。でもまあ、難しいっちゃ難しい話なわけでさ。その……バランスってあるじゃん? それを見極めるのが大事だと思って。
。
それをホントは伝えたかったんだけど、当時の俺ってやっぱり未熟だったからさ。
「俺が言いたいのは……その、レース出るために無理して、結果的にレース出られなくなるってマジでしょーもないじゃん? だからさ、適度に……っつっても、アレか……あー、その、何だ。やっぱり……」
「……ふふっ」
上手い言い方が分かんないから、あーだこーだいてるうちに、そうやって笑われちゃって。
「私のことを、考えてくださっているんですね」
「え? あー……そうそう。俺の指導でケガされたら、こっちも気持ち良くないしさ。だから、よろしくね」
「はい。これからは気をつけますね」
なんて、結構俺って最低なこと言ってたけど、あいつそれだけで済ましててさ。
今になって分かるけど、あいつには全部分かってたんだろうな、俺の考えてること。でも、その時の俺がそんなこと気づくわけもないからさ。あー、都合いいわこいつ、とか考えてたわけ。マジでアホだよ。
……ホント、子供のことあんまり舐めちゃいけないよ。
子供ってマジで大人のこと、よく見てるからね。
■
そんでまあ、その日以降、俺もあいつのトレーニングを見てやるようにしたのよ。
いや、だってさあ、また体調不良です、つって倒れられても困るし。今回はケガしなかったからいいけど、もし同じことあってケガでもされたら俺の首が飛んじゃうしさ。仕方ないっしょ。
でもまあ、しっかりは見てないよ。そりゃそーでしょ。そう決めたもん。だから、体調とか気を付けたり、走る時の姿勢とか、もっと負担の少ないやり方とか教えたりとか……そんな感じで、テキトーに。
まあ……飲み込みは早い方だったよ。言ったことすぐに治せるし、文句の一つも言わないし。やりやすいっちゃやりやすかったかな。ガチで指導してないから、ってところも多分、あるだろうけど。
ってな感じで見てやってから、しばらくしたら、いつの間にか本番のレースの日になっててさ。
「……雨、ですね」
「ねー、最悪」
確かその時の選抜レースは、天気が雨でバ場状態が不良だったの。
まあ、いいことではあったんだよね。負けやすくなるだろうからさ。
「それでは、行って参ります」
「はーい。がんばってね―」
……これ、今だから言える話なんだけど。
実は俺、あの時点であいつにワンチャン感じてたんだよね。
そりゃ他の娘よりダート苦手だし、ましてや短距離とかお世辞にもイケるとか思えないけどさ。なんか……もしかしたらやるんじゃ? みたいな予感があったのよ。あいつのトレーニング見てた感じ。
なんつーんだろ。気迫っつーか、覚悟っつーか……そういうの。
いや、何それとか思う気持ちは分かるけどさ。実際レースで一番大事なのって、そういうモンだからね。現役でトレーナーやってるヤツが言うんだから信じろって。
だからさ、ちょっと焦ってたのよ。このままだとあいつ、レースに勝ってホントに俺の担当ウマ娘になるんじゃねーの、って。いや、そりゃ嫌でしょ。あんなハズレ掴まされるなんて、たまったモンじゃねーよ。
でもまあ……流石にねーか、って思って。普通に負けて終わりでしょ、って決めつけてたの。
「……タバコ吸いに行こ」
だからまあ、そっからはもうテキトーに流して終わろうって思っててさ。コースからそれほど離れてないところに、喫煙所あるんだよね。だからそこで一服して戻ればちょうどいいかなって。
そんで火ぃつけたところで、ちょうど実況が聞こえてきてさ。
『各ウマ娘、一斉にスタートを切りました! 最初に先頭へ出たのは四番……』
でもまあ、別に聞く必要もねえかなって流してたのよ。だって、どうせあいつ負けるって思ってたし。聞くの半分、吸うの半分くらいの意識だったのね。いや、盛ったわ。聞くの二割、吸うの八割だったかも。
だから、タバコうめ~、とか、あのお婆さまになんて言い訳しよう、とかいろんなこと考えてたわけ。
そしたらさあ。
『最終コーナーを抜けて、先頭に立ったのは……は、八番!? メジロアルダンです!」
みたいな実況が聞こえてきたわけ。
「……は?」
まだ吸い切ってねえとか関係ないよね、もう。
聞き間違いかと思ったけど、そのあとの実況聞いてる限りマジっぽくてさ。もう吸い殻さっさと捨ててレース場にダッシュで戻ったのよ。あんだけ走ったの学生以来だわ。マジ走りだったね。
『メジロアルダン、驚異的な加速で一気に後方との距離を離していく!』
「いや……いやいやいやいや!」
そりゃおかしいだろ。距離もバ場も適性外なのに、なんで勝ちそうなんだよ。
なんかもう、ここまでくると笑えてくるよな。いや、その時の俺は冗談じゃねえって思ってたんだけど。今になって思い返してみると、なんか……マジで俺たち、アホなことやってたなあ、って気分になるわけよ。
んで……そうそう。マジ走りして、レース場見えるところに着いた時に、ちょうど。
『今回の選抜レース、一着を手にしたのはメジロアルダンですっ!』
あいつ、一番先頭でゴールしてたのよ。泥まみれになりながらさ。
「……マジで言ってんの?」
なんて言葉しか出てこなかったのよ、もう。だってマジで勝つとか思ってるわけねーもん。
そうやってボケーってしてたらさ、あいつの周りに他のトレーナーも集まってて。あ、そうそう。選抜レースってスカウト目的だからさ。ああやって一着取ったやつは目ぇつけられるわけ。
それだから俺、あそこであいつ、適当なヤツに無理やり契約されねーかな、って遠巻きに見えたのよ。いや……最後の抵抗っつーかさ。そこで今後あいつと一切会わなきゃ何とか逃げ切れるんじゃ? とか思ってたの。
「申し訳ありません、通していただけますか?」
まあ、無理だったんだけどさ。
何言われてたかはよく知らねーけど、あいつ身体に付いた泥も落とさないまま、こっちに歩いてきてさ。そこで気づいたのよ、俺。あ、もう逃げ場とかないんだ、って。いやもう絶望だよね。
後ろの方からも、色々聞こえてくるわけよ。予約済みかよ、とか。え、あいつがトレーナー? とか。絶対止めといた方がいいのに、とかね。まあ、言いたいことは分かるし、何なら俺もそっち側の意見だったのよ。
でもあいつ、そんなこと一切気にしてなくてさ。
「見ていてくれましたか?」
「あー……うん。見てた見てた。いや、すごかったわ。もう、見入っちゃってたよ、俺」
「傘を差すのも忘れて、ですか?」
「え?」
そう。俺、急いで出てきたから傘忘れたままだったのね。だから服もびちょびちょでさ。
「やっべ、ちょっと喫煙所行ってきていい? あそこに忘れて……」
「ということは、先程まで喫煙所にいらしたんですね」
「あ……」
なんかもう、憐れだよね。自分から思いっきり地雷踏みにいってんの。
「いや、違う……違うんだって! その、ちょっと用事があって……」
「……ふふっ」
そしたらあいつ、そうやって笑ってさあ。
「やっぱり、
……うん。そう。
もう、思いっきしバレてたんだわ。俺があいつのことハズレって呼んでたの。
「お……お前、それどこで……」
「どこで、って……トレーナーさんの口から聞いたんですよ。ほら、お屋敷で」
「いや、でもあの時何も言わなかったじゃん……」
「それは……ええ。その方が、面白そうだと思って」
な? あいつ、いい性格してるっしょ、マジで。
つまり、あいつは俺のことを適当に泳がせて一人で楽しんでたってわけ。もうさ、情けねーよ。こんな
「こんな
でもその時の俺、もう引き下がれなくてさあ。
「……言うじゃねーか、このクソガキ……!」
「あら」
悔しいっつーか、まあ、そんなこと言っちゃったのよ。
そっからかな。あいつに、普通に接するようになったの。
吹っ切れたっつーか……もう、雑でいいかな、って。向こうがこっちのこと舐めてるなら、こっちもそれ相応の、みたいな? まあ……気の置けない、って言うの? いや、方向性はだいぶ違うかもしれないけど……まあ、そんな感じで。
「あのな、レースで一勝したからって調子に乗ってんじゃねーよ。言っとくけどな、お前マジでまだ全然ダメだからな? 今回もたまたま勝っただけで、良バ場だったらホントお前、ボロカスに負けてたかもしれねーんだぞ?」
「まあ、そこまで私のことを分かってくれてるんですね」
「そこまでお前が付き合わせたんだろーが!」
「……ですが、ここまで逃げずに付き合ってくれたのも、トレーナーさんですよ?」
「いや、それは……そうだけどさあ!」
こっちからしたら、こいつと付き合うのはこれっきりだと思ってたから、仕方ないって話なだけで。そっからは……ああいや、いっか。いちいち話してたら、マジで時間喰っちゃうし。
それで……そうそう。一個だけ気になったことあったから、それ聞いたの。
「……つーか第一、なんでこんなヤツをトレーナーにしようと思ったんだよ」
「え?」
「だってお前、やろうと思えば拒否できただろ。それこそお婆さまにチクれば、俺の顔を二度と見なくすることもできたでしょ? それなのに、なんで……マジで意味不なんだけど」
普通はさあ、自分のことハズレとかいうヤツなんて、絶対トレーナーにしたくないじゃん。でも、こいつ俺のことトレーナーにしようとするの。普通にわけわかんねーじゃん? だから、もうこの際だから聞いてみたのよ。
そしたらあいつ、なんて言ったと思う?
「トレーナーさんは、私が適性外のレースに出ることを止めませんでしたよね?」
「そーだよ。だってその時、まだお前の適性とか知らねーもん」
「……ですが、知ってもなお、私を止めませんでした」
「そりゃまあ……出たいっつってんなら、止める理由もねーし。それが無謀っつーか、勢いでやってるなら話は別だけど、お前は……なんか、違うじゃん。色々自分で準備して、やってたから。なら、いいかな、って」
「そういうところです」
「いや分からん分からん」
……まあ、自分の出たいレースに出させてくれるトレーナー、っつったらまだ分かるけどさ。でもさあ、そんなの誰でもそうでしょ。俺である理由とかないじゃん。つか、その点で言ったらそれこそ、こんな自分のことハズレとか言ってくるヤツじゃなくても、無限にいるだろ。
でもなんか、嫌がらせなのか知らねーけど、あいつは俺を選びたいみたいで。
「それでは、これからよろしくお願いしますね、トレーナーさん」
改めて、こっちの目ぇ見ながら丁寧にお辞儀とかしてくるからさ。
「……あー、もう! 勝手にしろよ!」
そう答えるしかなかったのよ。
いや、ほんと子供には気を付けた方がいいよ。お前もこの先、子供とか出来るかもしれないけどさあ。マジで何度も言っちゃうけど、子供って俺たちの想像以上に大人のこと見てるし、聞いてるからね。
え? 俺? いやアホかお前。
俺はもう手遅れだって……。
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……まあ、大体はこんな感じかな。
後悔はしてるよ普通に。
俺、ホントはチヨちゃんのトレーナーやりたかったもん。そう。サクラチヨノオー。
だってあの子、めちゃくちゃいい子だしさ。何より、俺がココ勤務になってから初めて会った娘だし。担当するならあの娘がいい! って思ったんだけど……あいつがさあ! 何してくれてんだよマジで!
え? ああ、そりゃあいつダービーウマ娘になったのは純粋にラッキーだったよ。金も入ってきたし。俺の名前も売れたし。何よりまあ……トレーナーとして嬉しくないわけないじゃん。それはそれ、これはこれよ。
……はあ? そこまでの話?
いや、もういいだろ。話すの疲れたって。それに話してばっかりで俺、全然呑めてねーんだけど。
明日? 明日は休み……あー、もう分かった分かった! 話してやるから!
……そんじゃ、とりあえず二軒目行くか。
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Q.続きますか?
A.脅されているので、続きます