メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】   作:宇宮 祐樹

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ジャパンカップ編、前編


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 東京レース場、第10R。

 芝二四〇〇メートル、左回り。

 天候は晴れ、バ場状態は良。

 ……そう。日本ダービーと全く同じコースと距離。

 

「だから、"やり直し"、ってことね」

 

 なるほど確かに、もう一度、って言える条件だ。

 

「……にしても、天候とバ場状態まで同じなのはさすがにやり過ぎでしょ」

 

 天候は雲一つない快晴で、バ場状態もほとんど損傷なしで、芝の調子も最高。

 あまりにも出来過ぎてるとは思ったよ。もしかしたら、三女神様もチヨちゃんのこと応援してたのかもしれない。それか何度やっても結果は同じ、って言いたかったのかもな。

 でも、だからこそ相応しい舞台だった。チヨちゃんにとっても、アルダンにとっても。

 ……レースが始まるまでは、まだだいぶ時間があった。

 だから一人で喫煙所に行って、一服してたんだけど。

 

「先輩」

 

 そこに、ちょうど桐谷がやってきて。

 

「おう、お疲れ」

「僕にも一本、いただけますか?」

 

 俺に出会って開口一番、そんなこと言ってきたからさ。

 珍しいな、とか言うよりも先に、煙草とライター渡してみて。

 

「……苦いですね、やっぱり」

「そういうモンだよ」

「でも、これくらいが丁度いいのかもしれません」

「あっそ」

 

 なんてその場しのぎの、遠回しなことばっかり言ってきたんだよ。

 俺はそういうが苦手だってことは、お前はもちろん、桐谷だってよく知ってたはずだ。

 

「言いたいことがあるなら、さっさと言えよ」

 

 そしたら。

 

「あなたは、サクラチヨノオーという生徒を担当するべきでした」

 

 なんて、俺の目を見てはっきり言ってきてさ。

 

「今更だな」

「ええ。今になって言っても、どうしようもないことです。ですが、僕がずっと抱えていた言葉でもあります。日本ダービーで、メジロアルダンに敗けてから、ずっと」

「チヨちゃんの気持ちを代弁してるつもりか?」

「まさか。そうだとしたら足りませんよ。もっと色々な言葉をあなたに浴びせています」

 

 だろうな。

 

「……どちらか片方しか選べなかった」

「先に約束を交わしたのはサクラチヨノオーです」

「でも、アルダンには俺しかいなかった。俺が担当になったからあいつは三冠路線に進めた。……俺じゃなかったら、あいつはチヨちゃんと同じレースすら走れなかったんだ。自分で言ってて恥ずかしいけどさ。それだけは譲れないな」

「だったら、サクラチヨノオーとメジロアルダンの二人を担当すればよかった」

「何度も言ってるだろ。俺は生徒を二人も担当できねーよ」

「そうでしょうね。先輩の実力的にも難しいと思います」

「言うじゃねーかお前。……だから、俺はそうしなかったんだ。もしそうなったら俺は、チヨちゃんかアルダンのどっちかを切り捨てないといけなかった。それに、あいつの身体のことを知ったら俺は……きっと、アルダンの方を優先したと思う」

「でしょうね。そして、チヨはあなたのその判断を受け入れると思います。だってあなたのことも、メジロアルダンさんのことも、大切に思っているから。……チヨは優しい子です。大切な人のためなら、自分の感情を押し殺すことができる。どうしようもないことだと納得して、精一杯の笑顔を浮かべられる子です」

 

 そんなことは俺も知ってる。

 知ってるからこそ、できなかったんだ。

 

「俺じゃチヨちゃんを満足に走らせられなかった。そりゃ、いち生徒として接することはできる。むしろ、いくらでも可愛がってやるさ。でも、結局それはただの馴れ合いだ。チヨちゃんを腐らせるだけだ。……それでも、お前は俺がチヨちゃんの担当になればよかったって言うのか?」

「はい。たとえ"ごっこ遊び"だったとしても、あなたはあの子の担当になるべきでした」

 

 驚いたよ、ホントに。

 つまり桐谷は、たとえチヨちゃんがレースで勝てなくなって、マトモにレースに出走できなくなってもいいから、俺がチヨちゃんの担当になるべきだ、って。ただただ可愛がってるだけでもいいから、チヨちゃんの隣に俺がいてやるべきだって本気で思ってたんだ。

 学園で担当がついてる人間なんて、上澄み……とまでは言わないけど、担当を欲しがる生徒なんてごまんといる。それだけレースに本気で、自分にはレースしかない、って生徒が多いから。もちろん、チヨちゃんだってその中の一人だった。

 そういった事情を全部知ってる上であいつは、レースのことは考えずに、俺がチヨちゃんの担当になればよかった、って言ったんだよ。もっと言い方を変えれば、チヨちゃんにレースなんて二の次でいい、って言ってるようなモンだ。俺とごっこ遊びをしていれば、それでもいい、って。

 それがチヨちゃんの担当の言葉だなんて、到底思えなかったし。

 ……何よりも、桐谷みたいな優秀な奴がそんなことを言うなんて。

 

「僕はあなたを尊敬しています。新人の僕の面倒をよく見てくれたし、悩んでいる時は相談に乗ってくれた。美味しいお店もいくつか知っている。先輩のようになれたら、なんて思うこともありました。トレーナーの家系に雁字搦めだった僕にとって、先輩は……憧れだったのかもしれません」

「そりゃどうも」

「ですが、一つだけ。僕にサクラチヨノオーを託したことだけは、絶対に許せない」

「……許してもらうつもりもねーな。謝る権利すら俺には無いんだから」

「ええ、そうです。ですから、これは僕からのささやかな復讐ですよ」

「復讐?」

 

 急にそんな物騒なこと言われたから、何が何だか分からなくて。

 そんな首を傾げてるままの俺に、桐谷が。

 

「僕はサクラチヨノオーのトレーナーではない。あなたの代わりだったんです」

 

 なんて。

 

「あの子にとってのトレーナーはいつだってあなたしかいなかったんです。あの子はずっとあなたのことを追っていた。いつかあなたが振り向いてくれると、そう信じていた。……あなたへの思いを懸けて、チヨはずっとレースを走り続けていたんです」

「……だから、あのオグリキャップにも勝てた?」

「かもしれませんね」

 

 ラモーヌたちが言ってた、アルダンに足りていないもの。

 それを、チヨちゃんはもう持ってたんだ。

 懸けるもの。……つまり、俺への気持ちが。

 

「……僕はあなたの代わりだ。チヨがあなたに乗り換えるまでの代用品でしかなかった」

「チヨちゃんがそんなこと考えるわけ……」

「切り捨てたあなたに、あの子の何が分かるって言うんですか?」

 

 言い返せなかった。

 そりゃあいつの言うことが正論だってこともあったし。

 何より、桐谷のあんな目は初めて見たから。

 

「あなたに分かりますか? トレーナーなのに、担当の生徒が自分を見ていないと分かった時の僕の気持ちが。どう足掻いても自分はこの子の一番にはなれないと思い知らされた時の悔しさが」

「……分かんねーかもな。残念ながら」

「ええ、ええ。そうでしょうね。だから僕はあなたに復讐するんです。何も分からないあなたに、チヨはこんなにも素晴らしいウマ娘だと理解させる。あなたが切り捨てた生徒がどんな気持ちで走っていたのか、あなたに思い知らせる。このジャパンカップはそのための舞台です。日本ダービーと同じ場所、同じ距離で、あなたを負かす。そうすれば僕の復讐は果たされて……チヨは、あなたをようやく振り向かせることができる」

 

 なるほど。

 

「オールカマーと京都大賞典に出走した上で秋天を回避したのも、お前の指示か?」

「いえ、僕たち二人のやり方ですよ。あの時に取れなかった、一番人気になるための」

「あっそ。それにしても大胆だな。ジャパンカップを自分たちの舞台にするなんて」

「そうでもしないと、あなたはチヨのことを見ないでしょう」

 

 確かにそうだ。

 ジュニア級はアルダンにつきっきりで。

 クラシック級も後半からはアルダンの面倒ばっかり見てて。

 シニア級に入ってからその時までも、アルダンのことだけを考えてた。

 チヨちゃんが今どこで何してるかなんて、又聞きでしか知らなかった。

 頑張ってるんだな、くらいには思ってたよ。でも、それじゃ足りなかった。

 ……そのツケがようやく返ってきたんだ。

 

「チヨが言っていた"約束"、覚えてますよね」

「……ああ。今度こそは守ってやるよ」

「そうですか」

 

 話はそこで終わった。

 思えば桐谷とこんな話をしたのは、あれが初めてだったかもしれない。

 そりゃ普段も雑談とかするし、飲みにも意外と行ったりするから、愚痴とか不満とかを聞いた事もあるし、色々と大事な話もしたさ。自分で言うのも何だけど、あいつにとっていい先輩でいられたと思う。

 逆に言えば、今まで俺が接してきたのは後輩としての桐谷だ。

 でも、あの時の桐谷は、俺の敵としての、一人のトレーナーとしての桐谷だった。

 ……ああ。だからさっきも言っただろ。

 あの頃の桐谷はもう、立派な一流トレーナーだって。

 

 

「最後に一つだけ聞いてもいいか?」

「何でしょう」

「……お前、トレーナーの家系だったの?」

「はい。……ん? あれ、えっ? 言ってませんでしたっけ?」

「初耳だわ…………」

「す、すいません……」

 

 

 ……え? ああ、そっか。こうやって話にすると確かにゴチャるのか。

 約束ってのは違って、実はもう一つあったんだよね。

 

「もう一度だけ、私とダービーをやり直してください」

 

 こっちは線香花火で取り付けた約束。

 やっぱり今思えばあの時のチヨちゃん、思いついてはいたんだろうな。で、京都大賞典とオールカマーで一着を取って準備してから、改めてその約束を俺達に渡してきたんだと思う。

 で、こっからがもう一つの約束。

 

「チヨノオーさん? いったい、何を……」

「返してください、なんてワガママは二度と言いません。だってあなたがアルダンさんを選んで、アルダンさんがダービーを勝ったって言う事実は、どうやったって覆らないんですから」

 

 俺達もそこは譲れなかった。あのダービーが特別だったことは、否定できなかったし。

 それに何より、それを否定したら、チヨちゃんを傷つけることになりそうだったから。人から哀れみで貰ったモノで満足できるほどチヨちゃんは子供じゃないし、そんな呑気な性格もしてない。

 あの子は、自分の手で勝ち獲ったモノに価値を見出せる子だから。

 

「でも……やっぱり考えちゃうんです。選ばれたのがアルダンさんじゃなくて私だったら、って。もしかしたらあのダービーも、私のものになったのかもしれない、って。あなたの隣に立っているのが、アルダンさんじゃなくて私だったら、って……そんなことを」

「チヨちゃん……」

「そうやっていたら、もう後戻りできないところまで来ちゃいました。……今の私には、このまま進み続けるか、折れて進めなくなるかの二つしか残ってないんです。それなら、私は……っ、後悔することになったとしても、あなたのことを諦めたくない……!」

 

 だからってさあ。

 チヨちゃんがあんなぶっ飛んだこと言うなんて、思わなかったんだよね。

 

「アルダンさん」

「……はい」

「もしジャパンカップで私が勝ったら、トレーナーさんを私にください」

 

 え?

 

「いや、ちょっ……は、はあ!? な……ち、チヨちゃん!? 何言ってんの!?」

「無茶なお願いをしているのは分かってます。でも、私があなたの隣に立つ方法なんて、もうこれ以外に思いつかないんです! だから私が勝ったら、あなたはアルダンさんの担当を降りて、私の担当トレーナーになってもらいます……!」

「そ、そんな勝手なこと……」

「……いいですよ。受けて立ちましょう、チヨノオーさん」

「おい! お前も勝手なこと言い出すなって!」

 

 ってか今になって気づいたんだけどさ。

 あの時、俺に拒否権すら渡して来なかったんだよね、チヨちゃん。

 お願いします、じゃなくて、なってもらいます、って言ってたもん。

 まあ、それだけチヨちゃんが本気だった、ってことなんだけど。

 

「ありがとうございます、アルダンさん」

「でも、勘違いはしないでください。私も簡単にトレーナーさんを明け渡すつもりはありません。私もチヨノオーさんと同じように、譲れないものがありますから」

「……それでいいんです。そうやって言ってくださった方が、私も全力で挑めますもん。そうして、あなたをその場所から引きずり降ろして……私が、そこに立ってみせます」

「ふふっ……ええ。どうぞ。ここまで昇ってきてください。できるものなら、ですが」

「勝手に話を進めるな!!」

 

 アルダンもチヨちゃんに合わせてやろうとしてたのかな。珍しくノリノリっていうか、バチバチに煽ってたよ。でもまあ、アレだ。煽り方は姉に似て、ちょっと上品だったかもな。

 

「ち、チヨちゃん? お願いだから、一回だけ考え直してくれない? だってさ、こんな約束……滅茶苦茶だよ? あと何より俺の意見とか無視されてるじゃん? 完全にモノ扱いだよね?」

「承知の上です! 滅茶苦茶なことも、あなたのことをモノ扱いしてることも!」

「そこだけは否定してほしかったんだけど……?」

「も……もう私は何を言われても止まりませんから! あなたを手に入れるか、アルダンさんに敗けるまで、私は進み続けるんです! 今の私にできることはそれだけしかないんです……!」

 

 だから、言っただろ。

 ああいう時のあの子は、もう誰にも止められないって。

 

「……その話って、桐谷も知ってるの?」

「はい。トレーナーさんも納得してくれました。私が後悔しないようにしてほしい、って」

「そっか。……桐谷にまで乗り気になられたら、もう俺が何言っても無駄だな」

「す、すみません……」

「いいよ。チヨちゃんにこんなこと言わせることになったのは、元を言えば俺のせいなんだから。俺に拒否する選択肢なんて無いし、それに……もう二度とチヨちゃんの前で約束は破らない。……でも、正面きってチヨちゃんは応援はできないかな。まだ、俺はこいつのトレーナーだもん」

 

 だから。

 

「マジになってかかってきな。うちのアルダンがコテンパンに叩きのめしてやるからよ」

「っ……! ふふ、いいですよ! 泣きベソかくことになっても知りませんからね!」

 

 チヨちゃんとの話は、一旦そこで終わり。

 俺もアルダンのことは言えないな。結局はチヨちゃんに発破かけることになったんだし。

 でも、そうするのが礼儀ってモンでしょ。あの時のチヨちゃんは、本気で俺を獲りに来たんだから。それならこっちも本気で応えるべきだし……何より、応えてやりたい、って思ったんだよ。

 ……それが、チヨちゃんとの約束。  

 

 

 桐谷との話が終わってから、控え室まで戻って。

 勝負服に着替えたアルダンと、レース前の最終確認とか色々終わらせて。

 出走時間もそろそろになってきたから、後は送り出すだけだったんだけど。

 

「それで、今回の調子は?」

「問題ありません。今までのどのレースよりも、満足に走れそうです」

「そりゃいい。チヨちゃんも喜んでくれるよ」

 

 急にアルダンが、俺の方にまっすぐ向いて。

 

「トレーナーさんは、私に勝ってほしいですか?」

 

 なんて、聞いてきてさ。

 

「……担当変更の契約の書類とか作んなきゃいけねーし、結構面倒だな」

「そうですね」

「俺の後続のための引継ぎ資料も、準備しとかないといけない」

「菊花賞の後に作成したデータはどうされたんですか?」

「あんなんUSBごと捨てたに決まってるだろ。もう必要ないんだから。それに、お前んとこのバアさんへの言い訳も考えなきゃいけねーし。後は理事長やたづなさんへ話も通しとかないとダメだな。お前が負けたら、色々とやることは増える」

「あら。それでは、ますます負けられなくなってしまいましたね」

「……でもさあ、そういうのって全部、事前に用意できたことなんだよ。書類だって用意できたし、話もできた。だけど……全部やってない。一切、(なーん)にも手ぇつけてないわ、俺」

「それは……どうしてですか?」

 

 そんなの。

 

「お前が勝つって思ってるからだよ」

 

 あいつが負けることなんて、少しも考えてなかった。

 チヨちゃんには悪かったかもしれないけどな。でも、それが俺の本心だった。

 俺があいつのトレーナーだから? 義務感でそう思ってるって?

 ……いや、違うな。

 

「今回のレースはチヨちゃんの言葉通り、日本ダービーの"やり直し"だ。同じレース場に同じ距離。天気やバ場状態まで一緒なんだから。何なら、見慣れたメンツも何人かいる」

「そうですね。チヨノオーさんを始めとして、ヤエノさんのような私たちの世代の方たちが揃っています。同じターフに立つのは懐かしく思う反面、決して気を抜けない顔ぶれですね」

「でも、あの時と違うことが一つだけある。……何か、分かるか?」

「……何でしょうか?」

「俺の思いだよ」

 

 ああ、そうだ。ダービーの時とは、それだけが違った。

 色々なことがあって、長い時間が経って、その上で俺はあそこに立ってたんだ。

 アルダンが勝つって思ってたのは、俺があいつのトレーナーだからってワケじゃない。

 俺が、メジロアルダンってウマ娘を信じてるからだ。

 

「持論になるが、ダービーは懸けた思いが一番大きいヤツが勝つレースだと思ってる」

 

 思えば、俺の背中を押してくれたのは、もしかしたらチヨちゃんだったのかもな。

 ラモーヌたちが言っていた、あの時のアルダンに足りていなかったモノ。

 アルダンを壊してしまうのが怖くて、俺が抱えたままにしていたモノ。

 きっと、チヨちゃんもそれには気づいてたんだろうな。ラモーヌたちみたいな深い理解まではなかったのかもしれないけど、でも、あの子はカンがいいから。本能的に感じ取ってたんだと思う。

 それに何より、ダービーで一緒に走った経験がある。多分チヨちゃんは、その時のアルダンとやり合いたかったんじゃないのかな。でなけりゃ、わざわざ"ダービーのやり直し"なんて大層な舞台は用意してないし、あんな無理やりな約束なんてつけないさ。

 ……俺から引きずり出そうとしてたんだ。ラモーヌの言葉を借りるなら、硝子の剣を。

 舞台は用意されてる。倒さなきゃいけない敵もいる。敗けられない理由も、ある。

 

「救ってくれ、なんて、もう二度と言わない」

 

 それなら。

 

「お前が勝つって、信じてるから」

 

 

「ふっふっふ、待ってましたよお二人とも!」

 

 そんで地下バ道の出口まで行くと、チヨちゃんと桐谷、ヤエノと園田が立ってて。

 もう出走まで時間もカツカツってところなのに、そんな感じで声かけられちゃってさ。

 

「チヨノオーさん……」

「言わなくても結構です! 今回アルダンさんとは敵同士なんですから! 仲良しこよしするつもりはありません! 遠慮なんてしなくていいですから、全力でかかってきてください!」

「いえ、別に何か言おうとは思っていなかったのですが……」

 

 なんかほとんど暴走気味だったな、チヨちゃん。

 舞い上がってたっていうか、入れ込み過ぎてるっていうか。

 

「私たちにはもう、言葉なんて煩わしいものは必要ありません。私たちにできることは、ただ走ることだけ……ターフの上でお互いの全てをぶつけ合うしかないんです! 私とアルダンさん、どちらがその位置に立つことができるのか……これはもう、女と女の闘いなんです!」

「……チヨちゃん、なんであんなノリノリなの?」

「普段、ああいう役回りが来ない子ですから。新鮮なんだと思いますよ」

「だからあんなにコテコテなんだね……」

 

 でも、それってつまり、チヨちゃんも悪役側に回ってる自覚があったってことだ。俺とアルダンが積み上げてきたモノを知らないはずがない。それを理解した上で、自分のワガママで俺とアルダンを振り回して、アルダンから俺を奪い取る。その責任をちゃんと感じ取ってたんだと思う。

 

「さあアルダンさん! 私にトレーナーさんを奪われる準備はできましたか!? もちろんできていなくても、問答無用で取っていっちゃいますからね! 泣いたって許してあげませんから!」

「ふふっ……はい、望むところです。チヨノオーさんこそ手を抜かないでくださいね? あれだけの意気込みをみせてくださったのに、簡単に負けてしまってはこちらの興も醒めてしまいます」

「言ってくれますねアルダンさん! その余裕がどこまで続くのか見ものです! ほらヤエノさん、私たちも負けていられませんよ! メッタメタに負かしてやりましょう!」

「いつから私はチヨノオーさんの仲間に……」

 

 ヤエノは完全に被害者だったな。主にチヨちゃんに振り回される役っていうか。

 でも、だからって一歩引いて、チヨちゃんとアルダンを眺めてるわけじゃなかった。あいつもあいつで、何だかんだこのメンツに思い入れもあったみたいだし。いつも仏頂面だから表情の変化とか分かりづらいんだけど、その時は俺でも分かるくらい楽しそうだったな。

 

「ですがようやくまた、この三人で走れる機会が来ましたね。嬉しい限りです」

「そうですね。前に走ったのは……それこそ、ダービーが最後でしょうか」

「私がマイル路線の方に進んじゃいましたもんね。そっちの方が適性も合ってましたし」

「思えば、天皇賞・秋に進んだのも意外でした」

「その頃からもう、路線のことは考えてましたから。……でも、実は皆さんがいなくて、ちょっとだけ寂しかったです……」

「……………………」

「……………………」

「……あっ。いや、いやいやいや! 違いますよ! マイル路線に進んだのは全てこの日のため! アルダンさんを倒すため修行してきたんです! 今度はダービーの時みたいにはいきませんよ! あの時の私だと思って舐めてかかってきたら、逆に痛い目見ちゃいますよ!」

「もちろんそんなつもりはありませんよ。それに私たちも中距離路線で研鑽を積んできた身です。簡単に勝ちを渡してしまうような真似はしません。ですよね、ヤエノさん?」

「ええ。私達もチヨノオーさんと同じように、いくつものレースを共に走ってきた身。それに……このレースはお二人だけのものではありません。……日本ダービー。あのレースには、私も多くの未練を残して来ました。同じ過ちを繰り返さないよう、此度は本気で臨ませていただきます」

「ふふっ……やっぱり、皆さん気持ちは一緒ですね」

「ですね。手加減なんてしてあげませんから!」

「ええ。共に全力で闘えることを、楽しみにしています」

 

 アルダンもチヨちゃんもヤエノも、みんな同じだった。

 ダービーをもう一度、このメンツでやり直せるってことが、何よりも嬉しかったんだよ。

 ……この舞台を用意してくれたチヨちゃんには、感謝してもしきれないな。

 

「では、トレーナー殿」

「トレーナーさん!」

「……トレーナーさん」

 

 そうやって、三人とも少し笑い合ったあとに、俺たちの方に振り返ってさ。

 

『いってきます!』

 

 なんて。

 

「……青春してるなあ、みんな」

「それなら、邪魔するのも野暮ってモンだろ」

「ですね。僕たちが一緒に居ては、あの子たちに失礼です」

 

 生徒たちがそれぞれ色んなモン抱えながら競い合ってんのに、トレーナーの俺達が仲良しこよしなんてしてたら、それこそ担当の生徒たちに刺されても文句言えねーだろ。

 園田と桐谷もそれを分かってくれた。だから三人を送り出してからは、それぞれ別々に観客席まで戻ってったよ。会話も無かった。それぞれ、自分たちがやることは分かってたから。

 

 ……こんなことを言うのもアレかもしれないけど、実感できたんだよな。

 馴れ合いでやってるんじゃなくて、本気でトレーナーやれてるんだな、って。

 生徒の……子供のことを一番に考えて、それに全力で付き合ってやれてるんだ、って。

 同僚の園田、後輩の桐谷の二人がそうなってくれたことが、すげー嬉しかったし。

 何より、そんなちゃんとした大人がいる場に、俺も肩を並べて立ってたんだ。

 俺みたいな奴でも、子供を支えて応援できるような、立派な大人になれたんだ。

 ……遠いところまで来た。色々なことがあったし、長い道のりだった。

 初めてってワケじゃなかったけど、改めて思ったかな。

 ああ、トレーナーになれてよかった、って。

 

 

「ここにいたのね。探したわよ」

 

 観客席に戻ってから少しすると、すぐにそうやって声かけてくるヤツがいてさ。

 聞き覚えのある声だな、って振り返ったら、ラモーヌとオグリキャップが立ってて。

 

「……お前らが二人でいるの、割と珍しいな?」

「ああ、たまたま予定が合ったんだ。それに珍しいのは君も同じだと思う。あの二人……チヨノオーとヤエノのトレーナーは一緒じゃないのか? いつも同じ場所で観戦しているだろう?」

「今回は同僚じゃなくて敵だからな。三国志ってわけだ」

「なるほど。いい仲間だな」

 

 仲間、なあ。オグリキャップの言ってたことは、確かにそうかもしれない。

 俺達の関係って、味方じゃなくて、仲間って括られた方がしっくりくる。ぶつかることもあるし、協力することもあって、でも生徒のことを第一に考えて、同じように頑張っていく……みたいな? 先生仕込みなのかな。あいつ、いい言葉見つけてくるよ。

 

「ってか、そっちこそ先生は? ジャパンカップなら這っても見に来そうなモンだけど」

「……お孫さんに遊園地へ連行されているそうだ」

「ああ、そりゃあ……むしろ今までよく躱してたな、って感じだったし」

「今回も同じように躱そうとしたんだが……とうとう泣きつかれてしまったらしい」

「めちゃくちゃ幸せじゃねーか」

 

 先生、レース好きすぎて家族サービス手ぇ抜きがちなところあるからな。それに孫の方もおじいちゃん大好きっ娘だし。ジャパンカップに今まで躱してたツケが回ってきた感じかな。

 ……それにしても。

 

「ジャパンカップ、お前が出てこなかったのは個人的に驚きだったな」

「本当にね。あなた、有を目標にしていたとしても、今回は出走できたのではなくて? ……ジャパンカップなんて歴史のあるG1をわざわざ回避するなんて、いったいどういうつもり?」

「……君は予想していたとして、ラモーヌにまで追求されるとは思わなかったな」

「御託は良いから、理由を話しなさい。納得できるものをね」

 

 あの時のラモーヌ、ちょっとキレ気味だったな。

 でも、あいつの性格考えたら当然か。あいつレース大好きだし、強いウマ娘が走ってんのが何よりお気に入りだから。だから夏合宿の時も、アルダンが本当は勝てる武器を持ってるのにそれを抜かないことに対して厳しかったし、ああやってオグリキャップがわざわざサボリみたいなことしてんのが気に入らなかったんだと思うよ。

 そんな感じで結構キツい感じで詰められてたんだけど、オグリキャップが。

 

「このレースは、彼女たちのものなんだろう?」

「……そう。それならもう、私は何も言わないわ」

 

 みたいに、一言でラモーヌのこと黙らせて。

 

「……チヨちゃんから聞いたのか?」

「まさか。聞かなくても分かったことだ。彼女がこのレースに懸けるものがあることくらい。私は鈍いとよくタマに言われているが、ちゃんとそういうことは分かるんだぞ」

「だとしても、お前が回避する必要なんてなかっただろ。……チヨちゃんだって、お前の邪魔をしたかったわけじゃない。遠慮する必要なんてなかったのに……どうして、わざわざ」

「怪物にも矜持というものはあるさ」

 

 それ以上はオグリキャップもラモーヌも、何も話さなかった。

 

『晴れ渡る秋空のもと、十五人のウマ娘がゲートに入っていきます』

 

 そうして話してるうちに、ファンファーレも鳴り始めて。

 

『並ぶ海外勢を押しのけて、一番人気はサクラチヨノオー』

「……なるほど、オールカマーと京都大賞典を回避したのはこのためか。それにしても……」

「ええ、いい顔つきになったわね。あなたと走っていた時とはまるで違う」

「アレ見ても、まだチヨちゃんのこと仔イヌって呼べんのか?」

「どうでしょうね。このレースが終わったら分かることよ」

 

 海外勢のことなんて、もうチヨちゃんの目には入ってなかった。

 あの子が見てたのはアルダンと、その先にある約束だけ。

 ……思えば、オグリキャップと同じとこまで到達してのかもな、あの時のチヨちゃんは。

 

『二番人気はヤエノムテキ。直近の天皇賞・秋を制したウマ娘です』

「ヤエノとかいう子も秋天で見せてくれたわね。あの子の走り、私は好きですわ」

「……お前、今度フリースタイルレースとか見に行ったらどうだ? 気に入るぞ、多分」

「私にそういった趣向がある、と言ったつもりは無いのだけれど……それはそれとして、見に行くのはいいかもしれませんわ。今度パーマーに言って、連れて行ってもらおうかしら」

「その時は私も頼む。公式戦以外でのレースには、私も少しだけ興味があって……」

「いや、俺が悪かった。やめとけ。お前らが行ったらメチャクチャになる」

 

 ああいうところ本気にするからなあ、あいつら。迂闊に変なこと言えねえんだよ。

 

『三番人気はメジロアルダン。ここしばらく不振はありましたが、未だ実力は健在です』

「ちょっと待ちなさい。あの実況、今なんて言ったのかしら? もしかして新人なの?」

「いや実況は悪くねーよ。悪いのは原稿書いたヤツだろ。一回レース終わったら乗り込むか?」

「二人とも、どうか落ち着いてほしい……」

「でも、実況に見る目が無いのは事実よ。あの子の変わりよう、見て分からないの?」

「……まあ、それについては同意見だな。今回のアルダンは明らかに違う」

 

 オグリキャップとラモーヌの言う通りだった。

 その時のアルダンは、本当に別人みたいになってた。

 立ち振る舞いとか、オーラがあったとか、そういうのじゃなくてさ……何だろうな。間近で見てたわけじゃないけど、それでも違うって分かったんだよ。ああ、あいつなら勝てる、あいつなら信じられる、俺の全部を任せられる、って思わせるような……そんなモノが、あいつにはあった。

 ……ラモーヌがアルダンに足りないものを見抜けた理由が、ようやくわかった。

 懸けるモノを持ってるヤツは、違うんだ。

 

「ようやく剣を抜いたみたいね」

「……ああ」

 

 満足そうにラモーヌが笑ってから、ゲートインが終わって。

 

『各ウマ娘、揃って準備整いました』

 

 そして。

 

『スタート! ジャパンカップが今、始まりました!』

 

 日本ダービーのやり直しが、始まったんだよ。

 

 




Q.続きますか?
A.実はレース描写を後編にもっていきました 内容薄くなっちゃったかもごめん~~~
 次の更新は割とすぐいけるか……? いや難しいかも
 四月中になんとかします!
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