メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
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有馬のすぐ前……それこそ、レースまで一週間もないくらいだったかな、アレは。
そもそもジャパンカップと有馬記念って、そんなに間があるわけじゃないからさ。俺もアルダンも気ぃ抜けないなって感じで、トレーニングとかミーティングとか色々と詰めなきゃいけなかったわけ。それこそ有馬は長距離だし、それに向けてやることも多くって。
だからトレーニングの時間以外でも、できるだけアルダンと一緒に居てミーティングしてたんだよ。
そんでその日も、カフェテリアで昼メシ食いながら午後のトレーニング予定とか話し合うつもりだったんだけど。
「……なんか今年のクリスマスの装飾、気合入ってんなあ」
「そうですね。少し落ち着かないような気もしますけど……」
例年はちょっとモールで飾り付けしたり、風船テキトーにいくつか張り付けたり、ツリーもちょっと小さいのが端っこに置いてあったり、みたいな感じで。そこまでキラキラしてないというか、落ち着いた雰囲気なんだよ。
でも、その年はなんか飾り付けも豪華だし、照明もそれっぽい感じでギラギラしてたし、ツリーも去年の三倍くらいデカくなってて、カフェテリアのど真ん中に鎮座してて。妙に豪華だったんだよね。
で、極めつけにそのツリーの根本らへんで、ヘリオスがマイク持ったまま騒いでて。
『テメーら、今年こそはぜってーカレシ作るぞコラー!!』
『うおおおおぉぉぉぉおおお!!!』
………………………………。
「かわいそ……」
「と、っ……!? と、トレーナーさん! いくらなんでもそんな言い方はダメですよ!」
まあ、有馬あんま関係ないヤツからしたら、単純にクリスマスってだけだしなあ。
それに
問題は騒ぎの中心がヘリオスってことで。
「この装飾も、ヘリオスさんが主導されたからでしょうね」
「なんて無駄な努力なんだ……」
「どうして先程からそんなに辛辣なことばかり仰るんですか……?」
いやだって、なあ。
「……そもそもウチって女子高だろ」
「? えっと……はい」
「だから在学中に彼氏作るってなったら、外で引っかけてくるしか実質選択肢無いんだよ」
「そ、そうですね……。同年代の男性は身近にいませんし、学園とはまた違う場……部活やアルバイトなどで、交流関係を広げるしかないように思います」
「でも悲しいことにな、
「……た、確かに」
「つまりアイツらはな、トレセン学園という閉鎖環境が生み出した哀れなバケモンなんだよ」
『おいさっきからちょいちょい聞こえてんぞパイトレ!!』
やっべ!
『こんな真ッ昼間からアルダン先パイとデートか!? 見せつけてんじゃねーぞコラ!!』
「デートじゃねえよ! ……って、いつもなら否定するところなんだけどな。今のお前にはもう、俺達がそうとしか見えないんだろ? お前に謝ったって、何の意味もないことは分かってる。でも……悪いな、ヘリオス」
『だああぁぁあああ!! うっぜえええぇぇぇえええ!!! ガチトーンで言うなし!!』
正直あんなのに何言ってもうるせーだろうから、そうやって穏便に躱そうとしたんだけどさ。なんかそれが逆に地雷踏み抜いちゃったらしくって、元々暴走気味だったヘリオスが更に暴走しちゃって。
そんな感じで見境なく暴れるモンだから、珍しくアルダンにも噛みついてきたのよ。
『どーせアルダン先パイもウチらのこと悲しい目で見てんでしょ!?』
「いえ、特にそういう訳では……」
『好きピとしょっちゅうラブラブちゅっちゅしてる先パイに言われても説得力ねーし!』
「らぶっ……!? そ、そんな不埒なことはまだしてません!」
『デートしながらウチらのことカワイソーって思ってんのバレてっからね! マジナメんじゃねーぞコノヤロー! 好きピに一度もフられたことねーアルダン先パイにウチらの気持ちが分かるわけねーじゃん!!』
「そうですよ! 選ばれた側のアルダンさんと、選ばれなかった私たちは違うんです!」
「そ、そんな……まさか、ここまで話が通じないなんて……!」
「……ちょっと待て、今の誰が言った?」
みたいに、アルダンも結構メッタメタにされてたんだけど。
その最中に、どっかで聞き覚えのある声がヘリオス側から聞こえてきたんだよね。
だから、改めてアイツの周りにいるメンツをざっと見渡してみたら。
その中になんか、なんでか分かんなかったんだけど。
「ち、チヨノオーさん……?」
「はい! サクラチヨノオーです!」
チヨちゃんがいて。
「な……あ、え? な、なんでチヨちゃんがそっちいんの……?」
「ついこの前、ちょうど失恋したので!」
「……………………」
「誰かさんにフラれて、初恋が叶わなかったので!!」
……………………。
「トレーナーさん? その、顔が青ざめていますけど……」
「何でもない……」
『チヨっぴはもうウチらの仲間だもん! 絶賛カレシ募集中モードだから!』
「はい! サクラチヨノオー、新しい恋を見つけてみせます!」
ホント逞しいよ、チヨちゃんは。
コケてもタダじゃ起き上がらないっていうか、コケさせた俺にナイフ何回か突き立てながら這い上がってきたっていうか、なあ。何度も言ってるけど、ああいう時のあの子って誰にも手ぇつけられないんだよ。俺がいつまで経ってもチヨちゃんに敵わない理由は、それ。
そんなだから俺も何も言えなくなった、っていうかチヨちゃんに何も言えなくなっちゃって。
アルダンでもヘリオスとチヨちゃんの二人は流石に止めきれなくって。
『アルダン先パイがそーやってヨユーぶっこいてられるのも今の内だかんね! ウチらもカレシ見つけてラブラブちゅっちゅして絶対に二人のコト見返してやるから覚悟しとけし!!」
「先陣は任せてください! お二人が悔しがって下唇嚙み千切るくらいにイチャイチャしてやります!!」
「ど、どうしましょうトレーナーさん! このままでは私たちが負けてしまいます……!」
「いいよ別に負けても失うモン何もねーんだから」
そうやって、チヨちゃんとヘリオスに絡まれ続けてたら。
「ヘリオス!! 貴様、またカフェテリアを私物化してるな!?」
流石にマイク持ってあんだけ騒いでたら、外にも音ダダ漏れだったんだろうな。
副会長の……ああ、そうそう、その子。エアグルーヴって子が突入してきて。
『やっべぇ、ベロちゃん先パイ来た! 逃げろみんな!! 捕まったらセッキョーだぞ!』
「誰がベロちゃん先パイだ! ヘリオス、今日という今日は許さんからな!」
「……先に逃げてください、ヘリオスさん。ここは私が食い止めます!」
『チヨっぴ……!』
「な……ち、チヨノオー!? なぜお前のような奴がヘリオスなんかと手を組んでる……?」
「私を助けてくれたのがヘリオスさんだったからです! 落ち込んでる私に、ヘリオスさんが寄り添ってくれて……あ、あとご馳走してもらったので! はちみーのデラックス濃厚激甘デロデロバージョンを!」
「チヨノオーさん、それは一般的に買収と言いませんか?」
『でもチヨっぴしっかりバケツサイズ頼んでウチのおサイフ搾り取ってきたよね?』
「ごちそうさまでした! あと余ってるクーポン券の話も忘れてませんから!」
「ええい、もういい! チヨノオー、まずはお前から説教してやる!」
「望むところです! サクラチヨノオー、いざ参ります!!」
そんな感じで、立ち向かうチヨちゃんを見守ってたんだけど。
■
「………………」
「………………」
まあ、ものの見事に二人とも撃沈してて。
集まってた連中も解散して、後に残ったのが俯いてるチヨちゃんとヘリオスの二人だけ。
ようやく昼飯にありつけた俺達も、まあそのまま見捨てるのもアレだからそこで食ってたんだけど。
「……時間稼ぎすらできませんでした……」
「ベロちゃん先パイ、チヨっぴにも容赦なかった……」
「時代劇みたいでしたね。こう、辻斬りみたいにチヨノオーさんを、ズバッと」
『こんな意味もなく騒いだところで恋人などできるわけないだろう! むしろ男が離れていくぞ!』
『……た、確かに!』
『分かったらさっさとそこを退けチヨノオー! これ以上私の仕事を増やすな!』
「ベロちゃん先パイ、シンプルにウチのことディスってなかった?」
「よかったな、いつまで経っても彼氏できない理由が分かって」
「うがあああぁぁああ!!!」
でも、ヘリオスがフリーなの、意外っちゃ意外だったな。
だってアイツ、学園外の知り合いなんて腐るほど沢山いるんだし、やろうと思えば男なんていくらでも引っかけられるだろ。確かに性格ってかテンションついてくのがキツいのは分かるけど、ツラはいいんだから靡く野郎なんてそれこそ無限にいるだろうし。
「……知り合いに良さそうな男いねーのかよ?」
だから、助け船ってよりはほぼ興味本位で聞いてみたんだけど。
「レースばっかりのウチらに付き合ってくれるヤツなんているわけねーし……」
「トレーナー志望の学生とかいるだろ。そこら辺狙うのは?」
「いや、そうなると向こうが逆に忙しいっしょ。恋愛とかしてるヒマねーって」
「そうかあ? 確かに専門行ってる時は忙しかったけど、余裕あるヤツはいるだろ」
「トレーナーさんがそう仰られても、あまり参考にならないんじゃないでしょうか? 確か専門、二年で卒業してるんでしたよね? 普通はもっと時間が必要ですよ」
「ですね。立場的に余裕ある側の萩野さんが忙しいって言ってるなら、余裕ある方なんていないんじゃないですか?」
「そんなモンか? 実感湧かねーな……」
「言っとくけど、パイトレめっちゃ特殊だからね。普通ウマ娘とトレーナーの恋愛なんて漫画とかドラマの世界の話だし。ってか、そもそもパイトレ他のトレーナーに比べて若くね? え、パイトレいくつ?」
「二十六だからもうアラサーだよ」
「充分若いですよ……」
まあ、未だに年齢で結構ナメられたり、普通に新人と勘違いされたりするあたり、そこら辺の自覚は多少あったけどさ。
「ウチも恋バナしてーよ! ノロケてーよパイトレとアルダン先パイみてーに!」
「そうですよ! この学園に入ってから、恋バナのコの字も聞いてないんですけど! ちょっと話が違うんじゃないですか!? 私たち、華の女子高生なんですけど! ピッッチピチのJKなんですけど!?」
「ち、チヨノオーさん……」
暴走してるチヨちゃんは俺じゃもう色んな意味で無理だったからアルダンに押し付けて。
そうなると、ヘリオスの話を聞かざるを得なかったんだけど。
「パイトレってさ、学生時代ぶっちゃけモテてたっしょ?」
「いや……? まあ、そりゃ何人か彼女は居たけど、アレくらい別に普通くらいじゃねーの?」
「どーやったらそんな何人もカノジョつくれんの? めちゃくちゃ手あたり次第にアタックしたとか?」
「作るも何も、向こうから勝手に告ってきてたし……」
「え……いやちょ、は、はあ!? ちょっとお二人とも今の発言聞きましたか!?」
「おいエグいくらいモテてんじゃねーかパイトレてめー!」
「……私も驚きました。何か、その……女性によく見られるために、心がけていることでもあったのですか?」
「別に? 中学も高校も共学だったってだけじゃねーの?」
「私たちに希望はないっていうんですか!?」
「女子高来てる時点でそんな希望は捨てるべきだって……」
そんな感じで一気に矛先俺に向いてきたから、根掘り葉掘り聞かれることになって。
「もういいからパイトレの恋バナ聞かせろし。ここまで来たら話す流れっしょ」
「話すことなんか特に無ぇよ」
「じゃあ聞きますけど、歴代の彼女さん何人いたんですか?」
「……五。あ、いや、六か……?」
「そんなにいんなら恋バナなんてありまくりだろうが!」
「一人よく考えたら一応付き合ってたか……ってなってカウント進んだのもだいぶ怪しいですよ! たぶんもっとつついたら山ほど余罪出てくるんじゃないですか!? 最終的に二桁はいきますよこれ!」
「無い! マジで二桁は無い! 二桁あったら最初にモテてたって言うし!」
「……トレーナーさん、ウソはよくありませんよ?」
「こっちが不利だからってお前まで向こう行くな! 戻ってこい!」
なんて、あいつも向こう側着きやがったから、もう収集つかなくなって。
「でも、そんなに多くの方とお付き合いしていたんですね。てっきり私は、クリスマスにお会いしたあのお方だけかと思いました。とても、その……お二人とも、すごく手慣れたやり取りをされていたので」
「あー……まあ、結局アイツと付き合ってる期間一番長かったからなあ。ってか、そもそもが幼馴染だったし。俺が東京来るまでの間にダラダラ一緒にいただけ。そんで、東京行くっつったらアイツがブチギレやがって、そのまま一緒に住んでる家……ってかアイツの家だったんだけど、そこ蹴り出されて終わったわ」
「そんなことしておいて、よく元カノさんのところに逃げ込めましたね」
「パイトレマジ終わってない?」
みたいに、丁度お前の話してる時だったかな。
「こんな真昼間から何の話をしてんねんアンタら……」
「……何かあったのか?」
昼飯食いに来てたんだろうな、タマモクロスとオグリキャップが通りがかって。
「ねえねえタマモ先パイ聞いて聞いて! パイトレ、学生時代めちゃくちゃモテてたんだって!!」
「そのうえ、自分から告白したことないらしいですよ! あり得なくないですか!?」
「そらこんなナリの男に好き好んで近寄ってくる女、ぎょうさんおるやろ」
「……すまない、アルダン。あの二人は、どうしてあんなに君のトレーナーを責めているんだ?」
「えっと……な、何でしょう? トレーナーさんの恋愛遍歴が少し特殊でしたから、それで……?」
「選べてねえよ言葉が」
誰が特殊だよマジで。あいつ視点からも俺のことそう見えてたのかよ。
でもまあ、そんな風に二人が来てくれたのは助かったかな。矛先が変わったっていうか、ヘリオスも手当たり次第に手ぇ出してる状態だったから、当然あの二人にもそういう話振ってって。
「てか、先パイたちは恋バナとかないの?」
「アホか。ここ女子高やで? そんな浮ついた話あるわけないやろ」
「達観されていますね、タマモ先輩……」
「いやアレが普通なんだって」
タマモクロスの方は、そんな感じで一刀両断だったんだけど。
問題は、オグリキャップの方で。
「……ちなみに、オグリさんは?」
「私か? 私は……うん。そもそも、今までそういった話をしたことがなかったからな。そうやってパッと言われても、すぐに思いつくような話は無いかもしれない。……面白い話ができなくて、すまないな」
「あ、いえ! 謝らなくても大丈夫ですよ! むしろ私の方こそ、急に聞いちゃって……」
「せやでチヨノオー。オグリに色恋沙汰の話なんてできるわけないやろ」
いつものオグリキャップだったら、タマモクロスのそういう煽りはスルーするんだよな。
でも、その時だけやたら興味深々いうか……まあ、一応そういった話に疎いのは気にしてたのかな、あの子も。それにこうやって腹割って話せるメンツが揃うのも珍しいから、みんなと色々話したかったみたいで。
「恋人……付き合いたい人か……」
「オグリさんも、お付き合いする相手に何か求めるものが?」
「……少しだけなら。あまり多すぎても、我儘になってしまうだろうし」
「え、オグリ先パイの恋バナ!? めちゃレアじゃん! 聞きたい聞きたい!」
みたいな感じで皆に囲まれながら、オグリキャップが話すことになって。
「まず第一は、レースに理解がある人がいい」
「それは大前提ですね。私たちも同じです」
「それと……かっこいい人がいいな」
「なーんかフワっとしとるあ。もっとこう、具体的にあらへんの?」
「具体的に、と言われても……でも、経験が豊富な人だったら少し嬉しいのかもしれない。私はやっぱり、そういうことは疎いから……色々なことを教えてくれる人だと、私も安心できる」
「若干チャラめってこと? まあでも、ぶっちゃけちょっと分かるカモ」
「あとは、料理が上手な人がいいな。恋人の手料理というのも、一度食べてみたい……」
そこまで言ったところで、オグリキャップが。
なんか、やけにじーっと俺のこと見つめてきて。
そしたら周りの連中も流されて、俺の方ばっかり見つめてくるモンだから。
「何見てんだよお前ら……」
「いやだって今の条件、めちゃくちゃパイトレだし」
「ふふっ、そうだな」
で、オグリキャップがついに言っちゃったの。
「もし君みたいな人が恋人になってくれたら、私も幸せだろうな」
そしたら、バァン!! って
「……だ、誰や? 今、机ブッ叩いたの……」
「あ、アルダンさんが……」
チヨちゃんが指でさした方、ってか俺の真隣にいたアルダンが。
いつの間にか、もうすっげえブチギレた顔しながら立ち上がってて。
「オグリさん」
「……ッ! ああ、アルダン。どうしたんだ?」
「"怪物"と呼ばれ、見境なくその強さを振り回すあなたに、私は魅かれていました。
「アルダン先パイ? え、なんか……マジモードじゃない?」
「ですがたった今、私はあなたを仕留めなければいけなくなりました。……ええ、きっと私が愚かだったのでしょうね。立ちはだかる者を全て喰らいつくす、あなたの
「あ、アカンでこれ……! おいアルダン、ちょっと落ち着き……」
「御伽噺だってそうでしょう? 怪物はいつか、人の手によって倒されなくてはいけない。オグリさん……いいえ、オグリキャップ。あなたという"怪物"の心臓に、この私が剣を突き立てる……!」
「……そうか。それなら私は、"怪物"として喰らってみせる。君も、君の持つ剣も、君が守ろうとするものも、全て。足掻いてみせろ、メジロアルダン……!」
「ッ……! 望むところです!」
「ちょ……おい、アルダン! まだミーティング終わってねえって!」
みたいな感じで、煽りに煽られたアルダンが捨て台詞吐いてどっか行っちゃってさ。
俺もそのままにするわけもいかねーから、アルダンを追ってって、その場は流れ解散。
つまり、アルダンは俺がオグリキャップ側につくと思ったからマジになってたらしくって、オグリキャップの方もマジでやろうとは思ってないんだろうけど、アルダンが本気になってくれるからああやって煽ったみたいなんだよ。
……で、結局その日からのあいつ、ずっとピリピリしながらトレーニングしてて。
「えっと、その……アルダン……さん?」
「はい、どうされました?」
「……お前、俺がマジでオグリキャップに盗られるって思ったわけ?」
「そうですけど」
「そうですけど、って……あのなあ。まず俺自身、お前以外の担当する気なんてねーよ。ここまでずーっと一緒にやってきたのに、あんな雑談程度でじゃあ乗り換えよー、とかやるわけねーだろ。お前が考えてるようなこと起こらねーから大丈夫。だから、さっさと機嫌直してくれよ……」
「トレーナーさんがそうお考えなのは、私もよく知っていますよ」
「え? だったら……」
「ですが、向こうは?」
「はい?」
「……オグリさんは既に、私たちのことを獲物と認識しています。抗わなければ、そのまま食らいつくされてしまう……私も、そしてトレーナーさんも。ですから、そうなる前に私があの"怪物"を仕留めなくてはいけない。……大丈夫です、トレーナーさん。何があろうと、あなたは私が絶対に守ります」
「……話が抽象的すぎるから、もう少し分かりやすく」
「あなたとラブラブちゅっちゅするのは私です!」
「うん……うん? は? いやちょっと待って何が何が何が!?」
マジでホント、変な冗談みたいに聞こえるかもしれないけど。
そのままのテンションで、有馬記念、当日になっちゃったんだよね。
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「……ってな感じのことがあって」
「オグリキャップさんがそんなことを……? ええと、そう……ですか……」
そんでまあ、当日もいつもみたく、喫煙所で先生と話してたんだけど。
話を進めていくうちに、先生の顔がみるみるうちに疲れて行って。
「……彼女が今まで以上に意気込んでいる原因がようやく分かりました」
「そっちもそんな感じなんすか」
「反発したり言うことを聞かないわけではないですから、問題ではありませんが……いけませんね。これではアルダンさんだけにしか視野が開けていないでしょう。……それでチヨノオーさんや、ヤエノさんに敗けを喫してしまっていることを……多少なりとも自覚してほしいところでは、あるんですが……」
「せ、先生……」
たぶん、先生も相当やられてたっぽいんだよな。
だって先生があんなキツそうな顔してるのなんて滅多にないし、その上オグリキャップ……ってか、そもそも学園の生徒に対してああやってちょっとキツめのこと言ってるのなんて、見たことねーもん。
「ですが、両者が本気になってくれたのはいいことですね。焚き付け方には違和感を覚えますが、これでようやくオグリキャップさんとメジロアルダン、二人の渾身の対決が見られます」
「……教え子として聞きますけど。先生の予想だと実際、どっちが勝つと思いますか?」
「それは勿論オグリキャップさんですよ……と、彼女のトレーナーとして言いたいところですが。この領域になると、私でも判断は難しいですね。両者ともに五分、どちらにも勝ちの目はあるでしょう。いずれにせよ、今年のシリーズを締めくくるにふさわしいレースになりそうです」
なんて言ったところで、先生が一息ついてから。
「……ですがね。個人としては、どちらも応援していますよ。萩野くんと、オグリキャップさん。私の見込んだ二人が、こうして有馬記念という大きな舞台でぶつかり合う。……やはり、長生きはしてみるものですね。このレースを、生きているうちに目の当たりにできるんですから」
きっと先生にとって、あのレースの勝ち負けはどうでもよかったんだよ。
ああいや、どうでもよかった、ってのは違うな。確認がしたいだけ……って言うと、ちょっとスケール小さくなっちゃうか。要するにあの時の先生は、どっちが勝つのか早く知りたい! って感じで……見るからに、めちゃくちゃワクワクしてたんだよ。多分、あのレース場にいた誰よりも。
先生にとっての人生の集大成……って、話に出てる俺が言うと、ちょっとアレかもしれないけど。
でも、それだけあのレースは先生にとって大きな意味があったんだと思う。
「アルダンさんの方は?」
「どうでしょうね。距離は二五〇〇だから、長距離つってもギリギリ走れないことはないんですが……中山レース場なのがなあ。皐月賞で一回やったぶりっすから、ぶっちゃけそこが不安っちゃ不安っすね。メンツもオグリキャップが筆頭かと思ったら、イナリワンとクリークまで出てくる始末ですし。バリバリ長距離やれるメンツが揃ってますから、厳しい戦いにはなると思います」
「では、負けるかもしれないと?」
「まさか。むしろ今のあいつなら、このメンツ総ナメして一着獲ってきますよ」
「……はは」
あいつが負けるとか一切考えてなかったから、そうやって言ったんだけど。
そしたら先生がそんな感じで、ちょっと笑ってて。
「ちょっと、なんでそこで笑うんすか。冗談言ったつもりは無いっすよ」
「いえ、そんなことは全く思っていませんよ。ただ……日本ダービーのことを思い出しただけです。あの頃のあなたは、アルダンさんが勝つことを信じ切れていなかった。でも、今のあなたは違います。自分の担当する生徒が勝つことを、何の疑いも無く信じられている。……手塩にかけた教え子が、こうして立派に成長を重ねて、今や一番の敵として私の前に立ちはだかってくる。これ以上に嬉しいことはありません」
「……まあ、あいつとは色々ありましたからね。でもそうやって色々あったからこそ、俺はこうして有馬なんて大きな舞台に出られてるんです。あいつとずっと一緒に過ごして、あいつのことを信じられるようになったから、俺はここに立ってられるんですよ」
「そうやって言えるのなら、今のあなたはもう、一人前の立派なトレーナーですね」
なんて、改めて先生に言われてさ。
……感慨深いな、なんて思わなかったよ。
だって俺があそこに立ってるのは、先生の教え子だからじゃなくて、一人のトレーナーとして、自分の担当する生徒が望んだからなんだ。
有馬がデカいレースだからでもない
子供の頃から走れない自分がここまで来た、って実感を得たかったからでもない。
あのオグリキャップにリベンジしたかったからでもない。
……あいつはただ、俺と一緒にこのレースに出たかったんだよ。
それくらいの願いだったらさ、叶えてやるべきだろ。
一人のトレーナーとしても、一人の大人としても。
「それでは、またレースの後で」
「はい。また俺達のヒーローインタビューが終わってからで」
「……ははっ。ようやくその減らず口を私に向けてくれましたね、萩野くん」
「当然! 今日ばっかりは先生だろうが何だろうが、譲るつもりはねーっすから!」
先生との会話は、そこで終わり。
■
「……………………」
控え室に戻ったら、もうアルダンが勝負服に着替えてて。
その上で、鏡の前でじっと動かずに立ってたの。
で、鏡に映ったアイツの顔を見たら、すげーマジな表情になってて。
「気合入ってるみたいだな」
「はい。今回のレースは、絶対に負けられませんから」
ピリピリしてるのは、結局レース直前まで続いてて。
どうにかしないとなあ、とは思ったんだけど。
「行きましょうか、トレーナーさん」
「……ああ」
そんで、地下バ道まで一緒に行ってたんだけど。
やっぱりあのままレースに行かせるのは不安だったからさ。
何か声かけないと、って思って。
「アルダン」
「……? どうされましたか、トレーナーさん」
楽しんでこい、は違う気がした。
悔いの残らないように、つっても意味はなかったと思う。
信じてるから、なんてそんなこと、今更すぎる。
なんて頭に浮かんでくる言葉を、ひとつひとつ消していきながら、ぐるぐる考えて。
そうやって、最後に残ったのは。
「ちゃんとお前のこと、待ってるから」
そうだ。
俺はメジロアルダンのトレーナーなんだ。
もう、どこかに行くつもりなんてない。逃げ出すことも、しない。
それこそ、オグリキャップに横から盗られるつもりもな。
「余計なことは考えなくていいから。これまでやったこと思い出して、今のお前ができる全力でぶちかましてこい。大丈夫、勝っても負けてもお前のことは迎えてやる。何ならレース終わった直後のお前を、抱き止めてやってもいい」
「トレーナーさん……」
「だから俺が盗られるとか、そんな変な心配すんな。俺はお前のトレーナーだ。今までもずっとそうだったし、これからも……お前が引退するまで、そのつもりだよ。……約束してやる」
それが正解なのかは分かんねーけどさ。
どうせ俺にはそれくらいしかしてやれなかったし、これからもそうするしかできないんだ。
でも、卑屈になってるわけじゃない。むしろそうしてやれることが一番だって思ってる。だって、頑張ってレースを終わった生徒を迎えてやれるって……トレーナーとして、これ以上に最高なこと、ないだろ。
……ああ、そうだな。
昔の俺ならヒクツに考えてたけど、今の俺はもう違う。
あいつと一緒に過ごして、色々なことがあって……俺も、変われたんだ。
救われた、ってのはさ。もしかしたら、そういう意味なのかもな。
「……約束、ですよ?」
「ああ」
「一着でゴールしたら、私のことを抱き止めてくださいね?」
「別に一着じゃなくてもいい。レースが終わったらいくらでもそうしてやる」
「……ラブラブちゅっちゅ」
「だから、それどういう意味で……」
「………………」
「……あーもう、いいよ! この際だ、このレース終わったらお前の言うこと何でも一つ聞いてやる! デートでも何でもしてやるから! それで満足か!?」
「言いましたね、トレーナーさん。絶対、絶対ですからね?」
そんで。
「行ってきます、トレーナーさん」
「ああ。行ってこい」
有馬記念が、始まったんだ。
■
うp主「さすがにチヨちゃんを暴れさせすぎか……?」
公式のサクラチヨノオー「オリャ!!!」
うp主「行けるか……!」
Q.続きますか?
A.完結まで残り、二話