メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
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■
それから……ってか、その日の午後からかな。
朝練の時に言ってたプールの利用申請が通ったから、そこでトレーニングやろうと思って。昼過ぎくらいにあいつに連絡飛ばして、俺も事務作業とか色々終わらせてから、プールで待ってたの。
それでまあ、トレーニングの時間通りにちょうど、あいつは来たんだけどさ。
「では、午後もよろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね、トレーナーさん!」
なんか、一人増えてんの。
「えーっと……チヨちゃん?」
「はい! サクラチヨノオーです!」
「……なんでいんの?」
「アルダンさんがいいって言ってくれたので!」
「あ、そーなの……」
チヨちゃんの前だからかなり我慢したけど、内心ブチギレでさあ。ホント、あいつ勝手なことしてばっかりで。今でも勝手に俺ん家来たり、俺の予定とか勝手に変えて、旅行とか付き合わされんの。百歩譲って、家来るのはまだ許せるわ。親御っつーか、主にあのババアにどういう教育してんだ、って文句はあるけどさ。旅行とか買いモン付き合わされるのはマジで嫌なんだよ。なんでって、給料降りねえのに時間取られるからだよ!
……まあ、いいや。それは置いといて。
「じゃあ、チヨちゃんは先にストレッチとかして準備してくれる?」
「えっ……」
「いや、別に仲間外れにしようってワケじゃなくてさ。ほら、一応トレーナーと担当する生徒だけで、作戦とか今後の予定とか話したいこと、あるじゃん? それにチヨちゃん、もしかしたら俺たちと敵になっちゃうかもしれないし。そこはやっぱりフェアにいこうよ。ね?」
「なるほど、そういうことですね! 分かりました!」
みたいな感じでテキトーに理由つけて、チヨちゃん先に行かせてさ。
そんで振り返ったらあいつ、あのいつもの感じで笑ってんの。それで、やっぱりこいつか、って思って。
「お前、何か余計なこと吹き込んだだろ」
「そんなつもりはありませんよ。ただ、チヨノオーさんが私と一緒にトレーニングしたい、と言っていたので……それなら喜んで、と答えただけです」
「……そういう時、まず最初に
「あら、うっかり」
「うっかり、じゃねーんだよ!」
俺がそうやって怒鳴っても、あいつ笑ったままでさ。
「このまま本当に、チヨノオーさんのことも担当されてはどうですか?」
「だから、無理だって。今の俺にそこまでの実力ねーよ。やっても二人ともまとめてダメにするのがオチなの」
「……何も、そこまで謙遜なさらなくても」
「謙遜とかじゃねえって。言っとくけどな、俺ってまだサブトレの研修終わったばっかりなんだよ。そりゃ、チームの運営とかは先輩の真横で見てきたけどさ。自分がやるにはまだ経験も知識も何も足りてねーって分かんの。それに……」
「それに?」
「俺はチーム纏めるとか、いっぱい担当してやるとかより、一人のことしっかり見てやる方が向いてんの」
これはまあ、マジ。
……なんつーか、さ。好みの問題だとは思うんだけど。
俺は一人の生徒をしっかり最後まで見てやる方が、ちゃんとしてる、って思うのね。いや、別に何人かの担当持ってるヤツがちゃんとしてない、って言うつもりはねーけどさ……面倒見てやるからには、その娘のことを一から十までしっかり見てやりたい、っつーか。
まあ、こればっかりは俺の個人的な考えだよ。でも、それこそ俺がチームの後任頼まれたり、何人かの担当持つ機会とかあったとしても、多分断ると思うんだよな。余程のことがない限りだけど。
そのことをさ、俺自身も何となく分かってたの。だから俺も、本当は担当する娘はしっかり探したかったのよ。ただ、実際早く担当見つけないと仕事も回ってないし、給料も降りないからけっこう焦っててさ。
……その結果として、あのクソガキの担当になっちゃったワケで。
「……なるほど。そういうお考えがあったのですね」
「分かってくれた?」
「はい。トレーナーさんは今、私に一途だということが」
「耳腐ってんのかお前」
誰かお前みたいなガキに一途になるかよ! マジでふざけんなって!
……あ、いや、ごめん。その時のこと思い出して、ちょっと。……俺、少し酒入れ過ぎたかも。つーか、今日はもうだいぶ吞んだしな。こっからは水だけにしとくか……。
それで……ああ、そうそう。
「……今回みたいに一緒にトレーニングしたい、ってことなら別に許可してやるから。それでいいだろ?」
「分かりました。次回からは、ちゃんと事前に連絡しておきますね」
「はい。じゃ、さっさとチヨちゃんとこ行って準備してきな」
そんな感じで、流石にあいつもちゃんと納得したみたいでさ。
デビュー戦までのしばらくは、そうやって基本、チヨちゃんと一緒にトレーニングしてた気がする。まあ、一人でやるより複数人でトレーニングした方が効率いいし、色々と得られるものも多いからさ。悪いことじゃなかったかな。
……あー、結局チヨちゃんがどうなったかって?
えっと、確か……デビュー戦の一週間前とかだったかな。午後のトレーニングに備えて、午前中に記録の整理とか、今後のスケとか立ててたんだけど、まあ事務作業してると吸いたくなってさ。喫煙所行ったのよ。
そしたら、あいつに会ってさ。
「お」
「あ、おはようございます、先輩」
そうそう、今のチヨちゃんの担当トレーナー。
え? ああ、うん。俺の後輩。いや、直接的な後輩、ってわけじゃないけど……単純にあいつが
「これから吸われるんですか?」
「おう。お前は?」
「研修のための準備で色々と」
「ああ、そう? 大御所チームんところは大変だなー」
こう言うと本人は嫌がるんだけど、あいつ結構なエリートでさ。
何ってあいつ、トレーナーの専門学校、主席で卒業してんの。……いやお前、専門主席ってめちゃくちゃヤバいからね? どれくらいって……東大とか京大の首席とか、そのレベルじゃねーの? よく分かんねーけど……とにかく、めちゃくちゃ頭いいエリート様なのよ、あいつは。
だからまあ、こっちに就職した後も大型新人だー、とか言われて色んなところに声かけられてさ。結果として当時最強だったチームのところでサブトレの研修してたのよ。つっても、俺よか要領いいし、元々の知識もそこそこあったからさ。その時にはもう、研修もそろそろ終わるみたいな感じで。
「そういやお前、担当する娘とか目星つけたの?」
「いえ、まだ決まってません。こう言うと少し語弊があるかもしれませんが……この学園にいる娘は、どの娘もいい娘ばかりで迷ってしまって。それに何より、僕自身の実力も伴っていませんので……もう少し先になるかと」
「んなことねーと思うけどなぁ……早いとこ見つけないと、後々大変だぞ?」
「分かってはいるんですけどね。ただ、どうしても踏ん切りがつかないというか……」
そうなの。あいつ、妙なところで慎重でさ。いや、担当決めるのに慎重になるには越したことないんだけど……なんか、なあ。思い切りがないっつーか、ビビリなところは当時から変わってないんだよな。
でさ、そんな感じでテキトーに会話してて。
「それより、先輩はどうなんですか? 例のメジロ家の娘、担当することになったんですよね?」
「あー、まあ……」
「いいじゃないですか。そろそろデビュー戦のことも考えてる感じですか?」
「一応なー。今日もそれに向けたトレーニングとか組んで……」
そこで、ふと閃いたのよ。
「……あのさ、一個だけ聞いていい?」
「はい。どうしましたか?」
「お前って、もう担当契約自体は許可されてんだよな? お前がまだ契約する娘を見つけてないだけで」
「えー……っと、そう、ですね。担当する娘がいないだけで、契約自体はできます」
「だよな? それならさー……一つ、頼まれてくれない?」
「……というと?」
「サクラチヨノオーっていう娘がいるんだけどさ」
まあ、そういうこと。
そっからあいつがチヨちゃんに何て話したかのは分かんないけど、契約自体はその日のうちにめでたく成立みたいでさ。いや実際、あいつならチヨちゃん預けてもいいかな、って思ったの。だって専門を主席で卒業して、有名どころのチームで下積みもしっかりしてる優秀なトレーナーだし。何なら俺より数倍優秀なヤツなのよ。だからまあ、いいかなー、って。
ただまあ、トレーナーがついた以上、もう一緒に練習する機会もほとんど無くなっちゃうのよね。
寂しくなるなー、とか。こいつと二人っきりかよー、みたいなこと思ってたのよ。
実際、その日の午後は一緒にトレーニングする、って言ってたチヨちゃん、来なかったし。あー、もう一緒にできないんだなー、ってなって。でも、その方が絶対にチヨちゃんにとってはいいことだからさ。仕方ないなー、って割り切ってあいつの指導にあたるようにしたのよ。
そんでまあ、翌日の朝練の時になったんだけど。
「では、本日もよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いします、トレーナーさん!」
「うん。頑張ろうね、二人とも」
なんか、一人増えてんの。
「おい」
「はい」
「何してんの」
「トレーナーとして、担当の指導にあたっているだけですが」
「……ホントは?」
「彼女が、アルダンさんと一緒にトレーニングしたい、と言っていたので」
「こらチヨちゃん! いい加減にしなさい!」
「だってぇ!」
……みたいな感じで。
結局、その年の秋まではほとんどチヨちゃんとヤエノ……ああ、そうそう。ヤエノムテキ。あの目ぇキリっとした娘。その三人でやってたかなあ。いやまあ、多人数でのトレーニングは実際得られるものあるし、そういう点ではよかったんだけど……チヨちゃんが根に持ってたことが割とショックでさあ。そんで確か、チヨちゃんが朝日F出るって決めたあたりから三人ともバラバラになって……まあ、そこはいっか。また後で話すことになるだろうし。
そんで、デビュー戦……デビュー戦、なあ。
……まず、最初に言っとくけど。
たぶん、聞いててあんまり気持ち良くないからな。
それでもいいなら……まあ、話すけどさ。
■
その日は確か雨だったかな。バ場状態が稍重なのは覚えてるから、多分合ってると思う。
レースも午後から始まるから、午前中にパパっと移動して現地入りしてさ。出走表とかの確認して、まあこん中だったら勝ちも全然現実的だろ、みたいなこと考えてたわけ。ただ……雨なのがなー、って。多分お前も分かってると思うけど、雨ってレースに結構強く影響しててさ。それであいつ、選抜レースの時も雨だったじゃん?
「もしかしてお前、雨女?」
「初めて言われましたよ、そんなこと」
「……あ、そう」
まあ、ウダウダ言ってても降ってるモンはしょうがないから、準備とか進めてたの。
それで、あー……今だから言えるけど、その時の俺は割と五分五分だと思ってたんだよな。いや、まあ勿論勝って欲しいとは思ってたけど……実際問題、負けも全然あり得るからさ。勝てばラッキー、負けてもレースの経験積めるしまあアリ、みたいな感じの気持ちでいたわけ。
ただまあ……さっきも話したと思うけど。
あいつ、このデビュー戦を
「……トレーナーさん」
「何」
「今日は、ちゃんと観客席で見ていてくださいね」
「……悪かったって。お前、まだ根に持ってんのかよ……」
「はい、ほんの少しだけ。でも……それが理由ではないんです」
「だったらなんだよ」
「……これが、私の最後のレースになるかもしれませんから。なのでどうか、私の担当を引き受けてくれたあなたに、私の走りを最後まで見ていて欲しいんです。この、メジロアルダンの走りを」
みたいなこと、言われて。
……なんつーか、さあ。すげー俺、ムカついたのよ。
いや分かるだろ? だってこんだけ面倒見てやったのに、これが最後になるかもしれないから、とか言われたらさあ……普通に腹立つじゃん。こっから先、少なくとも三年くらいは見るつもりでこっちは予定立ててんのに。んなこと言われたらやる気無くすっつーか、俺の立てた予定と努力どーしてくれるんだ、って……まあ、この時の俺はあいつのこと……その、姉のこととか、あんまり知らなかったからさ。ふざけんな、って思って。
「……勝手にやってろ」
そんな感じで送り出したかなあ。
あ、レース? 勝ったよ。内容も覚えてる。だって、あいつに見ろってクギ刺されたからさ。
まあ、ほとんど今のやり方と同じだよ。基礎中の基礎っていうか……先行策の位置で前の方狙いつつ、タイミング見計らって仕掛ける、って。いや、ほんとは色々細かいこと詰めるんだけど、まあ今はそんな感じでいいでしょ。
結果は二着と一と三分の二バ身。デビュー戦、って考えると割と大勝ちだったわ。
……まあ、これも裏があってさ。
実はデビュー戦って、差しとか追い込みとかそこまでいないのよ。
なんでって、デビューしたばっかりの娘で、そういう作戦を立てて実行できる娘って……いるにはいるんだけど、全体の半分もいないし。んで、そうなると先行とか逃げとかでの直球勝負がメインになってきてさ。ってなると、その娘の素質とか、そういうのがモロに出てくるわけ。
それでいくと、あいつって腐ってもメジロ家のウマ娘だから、素質はあるって何度も言ってるじゃん?
だから、まあ。
「おー……勝った」
あいつが勝っても、それくらいの反応だったわ。
いやー……運が良かったのは事実かもなあ。雨だったのも、選抜レースの経験が生きたとも言えるし。他の娘も素質とか実力とかでいうと、そこまで特筆した娘もいなかったし。……今だから言えるけど、チヨちゃんやヤエノとかとデビュー戦が被らなかったの、奇跡に近いかも。
……それで、こっからだよ。
「トレーナーさん!」
とりあえずレースが終わったから、地下バ道に出迎えに行ってさ。あいつも勝ったから気分いいのか、いつもより機嫌よくて、俺のこと見つけたなりウキウキで近づいてきて。
「どうでしたか、私のレース」
「別に。トレーニング通りやれてたんじゃねーの」
「……ちゃんと見てくれていたんですね」
「言ったのはお前だろ」
「それでも、嬉しいものですよ」
尻尾までフリフリ揺らして、調子乗ってんの。
……まあ、気持ちは分からなくなかったんだよ。俺だって正直、嬉しかったし。そりゃお前、初めて担当するヤツが勝ったんだぜ? 嬉しいに決まってるだろ。流石に俺もそこまでひねくれてないって。
だからまあ、それくらいは褒めてやってもいいかな、って思って。
「……よくやったよ。上出来だった」
「ふふっ。ありがとうございます、トレーナーさん」
そしたらあいつ、やけに真剣な顔になってさ。
「……でも、まだ満足はできていないんです」
「それは俺もだって。言っとくけど、ようやくスタートラインだからな」
「トレーナーさんの仰る通りです。ですが……」
「……言ってみろよ」
思えばこの時から、コンプレックスみたいなのは感じてたんだろうな、あいつ。
「私は、刻まなければいけないのです」
「……何を、どこに」
「私が生きたという証を――私自身の輝きを、この世界に」
急にそんな大層なこと言い出すモンだから、俺もよく分かんなくて。
ワケわかんなくなってるうちに、あいつは勝手にペラペラ喋ってんの。
「ですからどうか、もう少しだけお付き合いしてくださいますか?」
「付き合う、って……つーかお前、さっきから足元フラついてるって」
「……このままでは、終われないんです。終わりたく、ないんです」
「おい……」
「私、は……私は、メジロアルダンという一人のウマ娘、だから――」
そうやって言いかけた直後に、あいつ、ぶっ倒れちゃって。
すぐさま抱きかかえたから、怪我するようなことはなかったけどさ。抱きしめた瞬間、あいつの身体、めちゃくちゃ熱くなってるのが分かって。疲れたのか? みたいなヌルい考え、一瞬で吹き飛んだの。
「ちょ、おい……おい、アルダン! 大丈夫か!? しっかりしろって、おい!」
耳元で叫んでも、あいつうんともすんとも言わなくてさ。
そっからはもう大変だったわ。とにかく周りの人に手伝ってもらって、担架で医務室まで運んで。その間にメジロ家の主治医さんに連絡して。学園とかにも連絡回して、みたいなことやるハメになって。
ライブ? いやもう中止中止! 一着がぶっ倒れたままで出来るわけねーじゃん。
そんで主治医さんのお迎えが来たから、俺も当然それについていってさ。病院で精密検査って運びになって……まあ、大事にはならなかったわ。ちゃんと休んで体力を回復させれば、今後もレースとかは出られるって言われて。ただ、流石にその日はメジロ家の保養所の世話になる流れになったのよ。
「すみません。ご心配をおかけしてしまって……」
「全くだわ。……マジで寿命縮まったぞ」
「あら、それはいけません。おタバコも吸われているのに、これ以上縮まってしまったら……」
「お前さてはそこそこ元気だろ」
まあ、今後に響くようなことにはならなかったから、よかったんだけどさ。
そんで、その日はもう解散、ってことで、俺も保養所から帰ることになったんだけど。
「トレーナー様」
「え? あ、主治医の……」
「少々お時間のほど、よろしいでしょうか」
帰る途中に、そんな感じで捕まっちゃってさ。
話されたのは、今回あんな感じでぶっ倒れちゃった原因について。
その原因ってのがやっぱり、レースの負担と疲労みたいで。
それと同じくらい、精神的な疲労が大きかった、みたいなこと言われたの。
「精神的な?」
「はい。トレーナー様は、メジロラモーヌお嬢様のことはご存知でしょうか?」
「そりゃ、まあ。あの……史上初の、トリプルティアラ取った娘っすよね?」
そう、メジロラモーヌ。流石のお前でも知ってるだろ、あの史上初のトリプルティアラ。トレーナーやってて知らないヤツの方が珍しいくらい有名なウマ娘でさ。つーか、知らなかったらそいつモグリだからな。
そんで……ああ、そうそう。
「あの娘が、あいつにどう関係してるんですか?」
急にその娘の名前出されたから、気になって聞いたの。
そしたら。
「端的に表すなら、姉妹です」
「……は?」
いや、ビビったよね。
メジロ家って大体、まあ親戚の集まりみたいなモンだと思ったからさ。メジロラモーヌとメジロアルダンも、まあそんな感じの関係だとうっすら思ってたら……まさかの、ガチの姉妹だったみたいで。
だから、精神的に、っていう主治医さんの言葉もすぐ理解できたの。
「……相当っすね。プレッシャーっつーか……重荷、っつーか」
「ご理解いただけますか」
「はい。俺も同じようなこと、学生のころあったっすから」
課された期待に応えるとか、そういうのもあるんだろうけど。
何より、優秀な兄弟姉妹がいることの辛さって、俺もある程度分かったからさ。
……あいつもあいつなりに、重たいモン背負ってんだな、って思って。
「お伝えしたいことは以上です。お気をつけて」
「……うっす」
その日はそこで帰ったんだけど……正直、ベランダでタバコ点けるまで、記憶なくてさ。
だって……まさか、なあ。あいつ、あんな境遇の中で走ってるとか、微塵も思ってなかったから。なんか変な例えかもしれないけど……あんな運命を背負うのに、あいつの脚は脆すぎるんだよ。
でも……それは、誰よりもあいつ自身が分かってるんだろうな。だから、デビュー戦に"今"を賭けるとか、そんなこと言ってたんだ、ってその時に気づいて。
『私、は……私は、メジロアルダンという一人のウマ娘、だから――』
倒れる間際に言ってた言葉の意味も、そこでやっと理解して。
「……メジロアルダン、か」
それから俺、もうやるしかねえ、って腹括ったのよ。
絆された、って言うのが正しいのかもしれねーけどさ。
兄弟姉妹と比較されることの辛さは、俺も痛いほど分かる。
……だから、さ。
■
次の日の夕方、連絡入れてメジロ家の保養所に行ったのよ。
一晩休んだら、あいつも体調はだいぶ回復したみたいでさ。流石に一人で出歩くのはアレだけど、顔色もよくなったし、眩暈とかも収まってるみたいで。ま、とりあえずは一安心かな、って感じの雰囲気だったのね。
だからまあ、俺もさっさと話を始めようと思ったんだけど。
「体調、いいみたいじゃねーか。色々と話しても良さそうだな?」
「えっと……トレーナーさん? その……」
「何だよ。俺の顔に何かついてるか?」
「そ、その……目の下におおきなクマが」
「そりゃそーだろ。だってあの後から俺、一睡もしてねーもん」
「……え」
思えばその時の俺、かなり深夜テンションだったかも。だって、まず前日に七時に起きて、そこから二十四時間とプラスで九時間だから……三十三時間? ずっと起きっぱなしで。
いや、なんでって……なんつーか、いてもたってもいられなった、っていうか。
「い、いけません! まず先にお休みになられてから……!」
「いーんだよ、別に! つーか無理するなって話だとお前も人のこと言えねえからな!? 言っとくけど、お前が選抜レース調子ぶっこいてダート短距離で出た話、お前が現役辞めるまで永遠に言ってやるから覚悟しとけよ!」
「そんなもの、いくらでも言ってもらって構いません! ですから、早く横になって……」
「ああもう、うるせえなぁ! とりあえず聞けって!」
そうやって行ったら、流石のあいつも聞く姿勢になってさ。
「……いったい、どうされたのですか?」
「聞いたぞ。お前、メジロラモーヌの妹だってな」
言った瞬間、あいつ、目ん玉真ん丸にして俺のこと見つめて。
そのあとすぐ、俺のこと睨んできたの。いや、睨んできた、っつーのも違うな。なんか……呆れてる、っつーか。お前もかよ、みたいな? 多分……いや、絶対そんな感じだった。少なくとも、俺にはそう見えたよ。
「むしろ、昨日までご存知でなかったんですか?」
「知るわけねーだろ。興味なかったんだから」
「………………」
そこであいつ、押し黙ったんだけど、まあ話進めるには都合が良かったからさ。
「そのことを踏まえた上で、今後のレースについて相談がある」
「……相談?」
「まずこれ見ろ」
とりあえず、最初のやつ渡したの。
「これは……」
「ティアラ路線のローテ。姉と同じ感じで組んだ」
「……姉様と?」
「マイルと中距離がメインだからお前も同じことできるだろ」
さっきも言ったけど、あいつ、マイルは走れなくもないからさ。そこだけ調整して後は主戦場の中距離で走らせればいいかな、って思って組んでみたのよ。細かいところは後々に調整する感じで、大雑把な予定ではあるけど。
……みたいなことを言う前に、あいつから話し始めてさ。
「私に、姉様と同じ道を辿れ、と?」
「距離適性にも無理はないから不可能じゃない。……充分、現実的な路線だろ」
「……そう、ですか」
そっからあいつ、不機嫌になってさ。
どれくらいかって、そりゃ……。
「……っ!」
みたいなこと言った後に、俺の用意したローテ、ビリビリに破きやがるくらいに。
ただまあ、こんなこと言うのもアレだけど……ある程度、分かってた。何なら俺が同じこと言われたら、破くだけじゃ済まないと思うわ。多分、紙を渡してきたそいつのこと、ぶん殴ってるかも。
……いや、まあそれはいいわ。
「あ! お前、何して……!」
「どうして、ですか?」
「……何がだよ」
「どうして誰も……私を、私として……!」
「は?」
そうやって顔上げた時に気づいたんだけど。
あいつ、少しだけど泣いてたの。……いや、まさか泣くとか思ってなかったのよ。
まあ、それだけあいつにとっては、姉の存在が重荷だったんだろうな、って。
「私は……メジロアルダンです」
「そうだな。お前はメジロアルダンだ。今更何言ってんだよ」
「……え」
だからもう、俺も言うより見せる方が早いと思ってさ。
「もういいや。次、これ」
「これ、って……」
「クラシック三冠路線のローテ。菊花賞がキツいけど夏合宿で何とかする。その後は天皇賞春・秋連覇まで考えてるけど……欲言ったら、春秋どっちかのシニア三冠まで行きたい、ってところだな」
「……え?」
「それで、これがマイル路線のローテ。こっちがダート路線のローテ。一応だけど短距離ローテも組んどいた。でもお前、ダート短距離で勝ってたから全然いけるとは思う。後は……何だ? 障害とか行くか? 流石にお前の脚じゃ無謀だから今回は組まなかったけど、やりたいなら今からでも組んで……」
「ちょ……ちょっと待ってください、トレーナーさん!」
途中までボーゼンとしてたけど、最後まで渡したところでやっと気づいたみたいで。
「その……これは、どういう目的で?」
「んなモン決まってるだろ。好きなの選べって話だよ」
……まあ、結局は任せっきりな案だったんだけどさ。
その時の俺は、あいつが次にどういうレース行きたいとか、知らなかったのよ。だってデビュー戦が
だから徹夜することになっちゃったのよ。もう、急ぎでやってたから。
それに。
「お前、デビュー戦で壊れてもいい、とか言ってたよな」
「……はい。あそこで、私の"今"を全て注ぎ込めれば、私はそれで……」
「あのな、ふざけんなよお前! こっちは担当するって決めたからには、最低でも三年間はローテ組まなきゃいけねーんだよ! 仕事だから! それになあ、お前が脚ぶっ壊したら俺があのクソババアに怒られるんだよ! なーにが壊れてもいい、だよ! 勝手に一人で終わろうとしてんじゃねーぞこのクソガキ!」
まあ、溜めてた本音も全部、あいつにぶつけちゃって。
そっからもう、俺も感情的になっちゃってさあ。
「言っとくけど、向こう三年はお前の脚、
最後の方はもう、とにかくあのクソババアの顔がチラついてたわ。
……今思うと、割と最低なこと言ってるんだよ。ほとんど金が欲しい、ってのと、怒られたくない、って話だったし。でもさ……言っちゃなんだけど、それが俺の本音だったの。とにかく、ちゃんと最後まで面倒見てやらないといけない、って思って。それが仕事だから、ってのもあるし……俺がトレーナーとしてやるべきことだと思ったから。
「……お前はメジロアルダンだよ。ラモーヌと違って、身体の弱い
「それは……」
「だから、同じような道走る必要なんて、どこにもない。お前の好きに走ればいいんだよ」
結局、俺の言いたかったことは、それでさ。
「その上で、好きなの選べ。俺が三年間、お前に付き合ってやるから」
「トレーナーさん……」
それからあいつ、少しだけ考えてから選んだの。
「……日本ダービー」
「ああ」
「私、ダービーで勝ちたいです……!」
クラシック三冠ローテ。つまり、意地でもティアラ路線には行かないつもりでさ。
……まあ、用意してたローテ破った時点で、それは分かり切ってたことなんだけど。
「……できたな、次の
「はい」
「忙しくなるから、覚悟しとけ、よ……」
「トレーナーさん!」
そこで俺も、限界が来ちゃって。
もう目蓋もほとんど閉じてて、意識も飛び飛びでさ。その場にバターン、って倒れちゃったの。……だって三十三時間だぜ? 流石に無理だって。
そんでまあ、意識飛ぶ直前に、耳元で聞こえたのよ。
「……あなたと迎える未来、楽しみにしていますね」
って。
あいつは多分、未だにバレてないと思ってるけど。
俺はしっかり覚えてるからな。
■
Q.続きますか?
A.圧をかけてくるフォロワーが増えたので、続きます