メジロアルダン? あんなのハズレだよハズレ!【完結】 作:宇宮 祐樹
問題はこのタイトルが広まってしまったことで、いよいよ本当に怒られそうな予感がしていることです。あと圧をかけてくるフォロワーがまた増えました。意味が分からん
■
ま、そんな感じでデビュー戦も色々あったけど、何とか終わってさ。それで、三冠路線に向けて色々と始めようと……あー、いや。そういやその前に一個、大事なことがあったわ。
何って……そりゃ、アレだよ。
「え? チヨちゃん、もうデビュー戦に出すのかよ?」
大事な大事な、チヨちゃんのデビュー戦よ。
「……やはり、早いでしょうか」
「あ、いや、別にそういうワケじゃねーよ? 最近のチヨちゃんの感じなら、まあ行けるとは思ってたけど……その、お前のことだから、もう少し時間かけると思ってたわ」
いやさ、あいつ変なところでビビリだからさ。出すにしても7月入ってからかと思ってたから、割とびっくりしてたのよ。だから、もしかしたらなんか焦ってんのかって不安になったんだけど。
「元々、先輩も彼女のことを見てくれていたんでしょう?」
「……
「ですが、手は抜いていないはずです。彼女の指導ともなれば、特に」
「そりゃ、まあ……そうだけどさ」
……自分で言うのも何だけど。あいつ、思ったより俺のこと信頼してんだなー、とか思ったわ。
俺って正直、学園のトレーナーの中で見たら、実力は下の方から数えた方が早いのよ。研修の成績もそこまで良くなかったし、試験もギリギリなんとか合格、って感じだったし。それこそ、今だとあいつはチームの運営とかしてるのに対して、俺は全然なーんもしてないの。基本的にあいつの指導して、たまーにメジロ家の連中も片手間に見るくらいの、その程度なんだって。
でもあいつ、今だに指導とかで困ったら俺のところに聴きに来るんだよなー。そりゃ、嬉しいは嬉しいんだけどさ。なんつーか……意外っつーか。ホントに俺で大丈夫? 俺よりいい回答するヤツ絶対いるよ? みたいな。
「応援しに行ってやるよ。あいつも行きたいって言うだろうし」
「ありがとうございます」
俺個人としても、チヨちゃんのデビュー戦は見てあげたかったし……何より、あいつってか、俺たちからしたら今後、チヨちゃんとは一緒のレースに出ることが多くなるかも、って思ってさ。
だから応援半分、偵察半分みたいな感じで見に行こうと思ったのよ。
そんでまあ、あんまり時間も空かずに当日になってさ。
「チヨノオーさん、勝てると思いますか?」
「んー……出走表見た感じ、ヘマしなきゃ勝てるとは思うけどなぁ。変に緊張もしてなかったし、いつも通りにしてりゃ、失敗はしないと思う」
「……ずいぶん、信頼なさっているんですね」
「そりゃまあ、一応俺もトレーニング見てやった、ってのもあるけど……あいつが優秀だからさ。どっちかってっと、トレーナーの方を信頼してるってか……まあ、いけるっしょ、みたいな」
控え室に行ってチヨちゃんと後輩に一言二言伝えたあと、観客席でそんな話してたの。いや実際、あいつとチヨちゃんだったら七割勝てるとは思ってたのよ。それこそ、他のメンツに比べたら頭一つ二つ抜けてるみたいな。
「ただ、だからこそ、今後当たる時が怖いわ」
「そうですね。強敵になると思います」
「距離適性もそこそこ被ってるしなー。今のうちから対策とかしとかないと」
つってもまあ、当時はこれといった考えもなかったから、漠然と思ってただけなんだけど。
「応援しに来たのはそうだけど、ちゃんとチヨちゃんの走り方とかも見とけよ。今後のためにも」
「分かりました。しっかりと、この目に焼き付けておきます」
みたいな話してるうちに出走の時間になって、レースが始まったんだけどさ。
まあ、結果はちゃんと一着だったよ。お手本通りの……それこそ、
だからまあ、勝ったからってそこまで……。
……いや。
「お……おい! おい、勝ったぞ! チヨちゃん勝ったって、おい!」
「ええ、そうですね。素晴らしいレースでした」
「いやー、よかったわマジで! チヨちゃーん! おーい! おめでとー!!」
めちゃくちゃ喜んでたな、俺。
……いや、だって、そりゃそうでしょ。個人的に可愛がってる娘が、初めてレースで勝ったんだぞ? そんなの……喜ぶに決まってるって。お前だって、レースちょくちょく見てるんだから分かるだろ、その気持ち。
そんでまあ、レースも終わったからチヨちゃんにお疲れしに行こうと思ったんだけど。
「それにしてもトレーナーさん、嬉しそうですね」
「当たり前だろ。つーか、お前の方こそもうちょっと喜んだらどうなんだよ。友達の初勝利なんだからさ」
「これでも喜んでいるんですよ? それこそ、今すぐチヨノオーさんのところに行って、言葉を伝えたいくらいには浮足立っています。ですが……ひとつ、気になることが」
「……何だよ」
思えば、その時の
こう、後ろに向いてて。
「私がレースで勝った時より、トレーナーさんが喜んでいるように見えるのですが」
「え? あー……」
「……トレーナーさん?」
「いや……まあ、それは……」
ぺちっ。
「痛っ、ちょ、尻尾……だからやめろってそれ! おい!」
「………………」
「ごめんごめん、マジで謝るから! ホント悪かったって!」
みたいな感じで、俺があいつにシバかれてる時だったかな。
「……アルダンさん?」
「あら、ヤエノさん」
そう、ヤエノムテキと、そのトレーナーと初めて会ったの。
「やっぱり、ヤエノさんもチヨノオーさんの応援に?」
「はい。デビュー戦が終わったこの身では、いずれ競い合う相手となりますから」
「……そこには、私も?」
「勿論です。同じレースで走れることを、楽しみにしていますね」
ヤエノムテキは……まあ、知ってるでしょ。あの、目がキリっとしてる子。……そうそう、その子。なんだかんだ一番長くあいつと走った娘だな。……チヨちゃん? ああ、チヨちゃんは二番目。その……ダービーあたりでちょっと色々あったから、その分がね。
そんで、トレーナーが……。
「お、お疲れさま……」
「お疲れ。てか、来てたんだ」
「うん。ヤエノが、どうしても来たいっていうから……ね?」
「俺も同じだわ。ま、偵察も兼ねてるからいいんだけどさ」
あー、そうそう。丸っこいメガネいつもかけてる、ちょっとオドオドした女の子。……言ったらアレだけど、芋っぽい子だよね。実際、出身も岩手とかそこら辺の郊外って言ってたからさ。当時もそこそこ東京来てから時間は経ってたっぽいんだけど……未だに都会慣れしてないっぽくって。
……え? あ、うん。俺とあの子は同期。つっても、その時点で関わりなんて一切なかったけど。まあ……お互い顔は知ってるけど、話したのは数回くらいの、そんな感じの距離感だった。
「偵察? チヨちゃんが勝ったとき、大はしゃぎしていたのにですか?」
「いやだから、それは……つーかお前、根に持ちすぎだって。さっき謝っただろ」
「………………」
「痛っ……この、お前、尻尾で叩くソレやめろって! 冗談にならない痛さしてるんだよ!」
まあ、あいつの尻尾癖の悪さはこの際、置いておくとして。
そんな感じで適当に時間潰しがてら話とかしてたら、ヤエノが急に俺のこと、なんつーか……めちゃくちゃ睨んできてて。
「……失礼ですが、アルダンさん。一つお伺いしても?」
「はい、なんでしょう?」
「もしや、あのお方が先日お話しされていた……」
「ええ、そうですよ。私の担当を引き受けてくださった、トレーナーです」
あの娘の性格上、仕方のないことではあるんだけどさ。
俺、ヤエノに最初のころすげー警戒されてたの。
なんでって、そりゃ……あの娘、道場の娘だから。色々とカタいっつーか……まあ、礼儀を大事にしてるってか、そんな感じの子なの。だから、俺みたいな見た目とか性格してるヤツとか、軽蔑されてもおかしくなかったのよ。
いや、流石に今はそんなことないよ? でも、やっぱり最初のころは警戒されてて。
「このようなお方が、本当にアルダンさんの……?」
「……なんだよ。なんか文句あんの?」
みたいな感じなこと言われちゃったの。
まあ、正直イラっとはしたよね。俺だって自分からあいつの担当やろうとしたワケじゃないのにさ、そんな失礼なこと言われたら……やっぱ腹立つでしょ。でもまあ、半分は納得ってか、諦めてはいたんだよね。そういう目で見られるのも。何度も言うけどさ、ほら、俺って……ぶっちゃけ、トレーナーっぽくないカッコしてるから。まー、そう言われても仕方ないよなー、って感じで。
「や、ヤエノ……ダメだよ、そんなこと言っちゃ」
「トレーナー殿」
「確かに見た目はちょっとアレだけど、ちゃんとしたトレーナーさんなんだから……」
そうやってヤエノのトレーナーが一応、注意とかはしてくれたから、俺もそれでいっか、ってなったんだけどさ。もしあと一言二言なんか言われてたら、普通にケンカってか、言い合いになってたんだと思う。実際、かなりその場の雰囲気悪くなってたし。
……まあ、俺とヤエノは最初の頃、そんな感じだったのよ。今だと普通に仲はいいんだけどね。……色々とあったからさ。お互いに慣れたんだろうな、って思ってる。いや、向こうがどう思ってるかは知らないけど。
「……そろそろ、チヨノオーさんも控え室に戻っているころでしょうか」
「む、もうそんな時間でしたか」
「それなら、お、お疲れさまって伝えないとね。行こっか、ヤエノ」
多分、あいつも俺とヤエノが相性悪いって、何となく分かってたんだろうな。
だからそうやって気ぃ利かせてくれてさ。
「私はトレーナーさんと話があるので、もう少し後でお伺いしますね」
「……話、というと?」
「内緒です。……特に、これから戦うことになるヤエノさんには」
「なるほど……! それは失礼しました。では、私たちは先に行きましょう、トレーナー殿」
そんな感じで、上手くヤエノと俺を離してくれたの。いや……あいつ、そういうところは結構敏感なんだよな。多分、メジロの妹どもを見てたからかわかんねーけど……変なところで気が回るってか。
そんで俺も、ヤエノがいなくなったから、めちゃくちゃ気が抜けちゃってさ。
「なんつーか……とんでもなく生意気なガキもいたもんだな」
「ヤエノさんは、厳粛なお方ですから。確かに、トレーナーさんとは合わないかもしれませんね」
「あー、無理無理。何ならお前より無理だわ。絶対ソリ合わねえよ、あいつとは」
そしたらあいつ、急に笑い出してさ。
「それにしても……ふふっ」
「……何笑ってんだよ」
「いえ、やっぱり私がトレーナーさんの隣に立つのは、
みたいなこと言ってきたの。
「何、やっと俺のこと担当から外す気になった?」
「いいえ、全く。むしろ、あなたをもう離したくなくなりました」
「……あっそ。趣味悪いぞ、お前」
「それは、トレーナーさんも同じでしょう。こんな
「勝手に言ってろよ、もう……」
……ほんといい性格してるよ、あいつ。
けどさ、思えばその時点で、ある程度覚悟は出来てたんだろうな。まあ……覚悟、ってよりは、決意、って言った方が正しいかもしれないけどさ。いや、何って……俺と最低でも三年間、レース走り切る覚悟ってか。
だってそうじゃないと、離さない、なんて言葉出てこないだろ、普通。どうせあいつ、俺のこと都合いいヤツだと思ってるんだよ、今でも。だから俺のこと、頻繁に屋敷に呼んでは……いや、今その話はいっか。
「つーか、話って何だよ。俺、お前に話すことなんてないぞ?」
「ああ、それは……チヨノオーさんについての対策などを、色々と」
「……学園帰ってからでもいいだろ、それ。別に今やる必要……」
「ええと、そうですね……ここでは少し人が多いですから、場所を変えましょう」
「お前、人の話を……ってか、場所変えるってどこ行くつもりだよ」
なんか、妙に強引に話を進めるから、聞いたのよ。
そしたらあいつ、なんて言ったと思う?
「喫煙所の近くでしたら人も少ないでしょうし、どうですか?」
「………………」
「そろそろ、でしょう?」
「…………はい。そっすね……」
あのね。
もう把握されてたの。俺のヤニの頻度。
……いや、こうなってくると、なんていうかさ。
離さない、って言葉の意味がひしひしと伝わってきたというか。
あ、これもう絶対逃げられないんだな、って気づいたよね。
……え、今?
ああ、もちろん全然バッチリ把握されてる。
どの銘柄の、何ミリのヤツ吸ってるかも、ぜーんぶ筒抜け。
終わりだよ、もう。
■
つーわけで、チヨちゃんのデビュー戦も無事終わって、三冠路線に向けて色々始めてさ。
でも、あいつデビュー戦でブッ倒れやがったじゃん? だから、ジュニア級は基本的に、メジロ家の保養所で安静にしつつ、調子がそこそこいい日は併設されてるトレーニング施設で身体づくり、って感じだったわ。
……まあ実のところ、元々ジュニア級はそこまでレースとか出るつもりなかったから、そこまで影響はなかったんだよ。いや、欲を言えばホープフルとか、阪神JFとか目指したかったけど、そこはまあ……仕方ないしなあ。
そんな感じで、あいつが保養所に籠りっきりだから、俺も事務作業とか持ち込んだりして……半分くらい住み込みだったな、あの時期は。いや……だって、いちいち学園と自宅と保養所を行き来するの、普通に面倒だし。それなら保養所と学園で行き来した方が楽だしさ。流石に三日に一回くらいは自宅に帰ってたけど。
あー、いや、怒られはしなかったかな。たづなさんに一回バレたけど、あいつの事情とか汲み取ってくれて、目ぇ瞑ってくれたよ。それに、何より……あいつに何かあったとき、俺が傍にいてやらないと、色々と不便だろうからさ。ほぼ黙認の特例、って感じでなんとかしてくれたよ。
主治医さんとか、メジロ家の使用人さんたちとかと仲良くなったのも、そっからかな。いやー……あの人たち、めちゃくちゃいい人たちだよ。こんな底辺トレーナーの俺にも、すげえ良くしてくれてさ。賄いとか寝る場所とか、ちゃんと用意してくれたの。マジでありがたかったな、あの時は。
ま、そんな感じでぼちぼちトレーニング続けてて。
確か、七月に入ったくらいかな?
事務作業してるときに、あることに気づいてさ。
「おい! 海行くぞ!」
その時は焦ってたから、すぐにもう連絡したのよ。
『え? ああ、いいよ。行こうぜ』
いや、
『つーか、めちゃくちゃ急じゃん。どうしたの』
「お前、俺がトレーナーやってることは知ってるよな?」
『当たり前だろ。就職祝いしてやったじゃねーか』
「……俺に担当がついて、デビュー戦に勝ったことは?」
『え、マジで!? すげーじゃん! なんて娘!?』
「一応、メジロアルダンっていうメジロ家の奴なんだけど……」
『メジロって……まさかあのメジロ!? めちゃくちゃ強いところの娘じゃ……』
「いや、それはいいんだよ! 俺の担当とか今はどうでもいい!」
『現役トレーナーの発言かよそれが』
んなこと今更だから、うるせえよ、って感じで。
「担当がデビューしたってことは、夏合宿が始まるワケだ」
『あー……テレビでやってるの見たわ。それ参加するの?』
「いや、今年は参加しない。少なくとも、来年と再来年は確定だな」
『あ、そうなの? アレってレース出る娘、全員参加すると思ってたわ』
「それなー……合宿って言っても枠に限りがあるから、クラシックとシニアの娘に回して……いや、それもどうでもいい! マジでどうでもいい! 大事なのは、来年から俺は合宿に行かなきゃいけないってことだよ!」
『何だよ、いいことじゃねーの? 猛特訓できるんだろ?』
「いいわけねーよ!」
何が問題ってさあ。
「お前、合宿なんか行ってたら海でナンパできねーだろ!」
それなんだよ。
いや実際、トレセンに勤務してから、マジで女っ気がなくて……何って、あそこ良くも悪くも基本的には女子高だからさ。分かるっしょ? あることないことに関わらず、噂話とかほんと秒で広がるからね。
そんなところで同僚の女の子とか引っかけてみろよ? 終わるからね、ほんと。ここだけの話になるけど、
あー、もういいわ。この際ぶっちゃけるけど、たまには中高生の
……え? ああ、それで、友人にそうやって言ったのよ。
返答? いや、そりゃお前。
『うわお前それマジじゃん!』
俺みたいなヤツの友達なんだから、そう答えるに決まってるでしょ。
「だから今年が最後のチャンスなんだよ! すぐに予定立てるぞ!」
『それはいいけどさ……つっても海って、どこの海行くよ?』
「いやもう湘南湘南湘南湘南! あそこで速攻キメるしかねぇって!」
そうそう、湘南の居酒屋って大体ナンパ待ちの女の子いるからさ。そこでもう適当に女の子ひっかけて……後はもう、ねえ? イロイロと楽しいことして、あー気持ち良かったー、って満足して帰って……
みたいなこと考えてた時だったのよ。
「おはようございます、トレーナーさん」
ノックも無しにあいつ、俺の借りてる部屋ん中に入ってきたの。
「悪ぃ、ちょっと……はい、おはよ。今日は調子いいの?」
「先日に比べるとだいぶ良くて……あら、申し訳ありません。お電話中でしたか?」
「あー……まあ。大人同士の、ちょっと大事なお話を」
「……大人同士の?」
それで、友達との電話に戻ったんだけど。
『湘南かー……別にいいけど』
「何、なんか嫌なの? いいじゃん湘南。女の子いっぱいいるし」
『車出すのが面倒なんだよ。お前も嫌だろ』
「……分かったよ、俺が出すから! だからついて来いって!」
『お前、マジじゃん……』
「マジになるだろ! ここ逃したらこの先ナンパなんてできるか分かんねえんだから!」
まあー……その、何だ。
反省するべき点があるとしたら、あいつをちゃんと部屋から追い出しておくべきだった、ってところかな。
いや、その時の俺、本気で焦ってたからさ。とにかくパパっと予定立てて、友達のことも勢いで押して、海に行くことだけ決めさせたかったのよ。だって今年逃したら、向こう二年は無理だって分かってたもん。
「トレーナーさん?」
「ちょっ……お前、電話中って言っただろ。ちょっと待ってろって」
「………………」
「あー、悪ぃ悪ぃ。それで、何だっけ。車は俺が出すから、あとは予定だけ合わせて……」
ところでお前、ウマ娘に手首握られたことある?
その……こんな感じで、ギュッて。あ、ない? ……いや、そりゃ普通はないよな。
何が言いたいかって、その……そもそもウマ娘って、俺たちより力が強いワケじゃん? 脚力はもちろん、腕力もそこそこあって……あいつも、身体が弱いとか何度も言ってるけど、それってウマ娘基準での身体が弱いなのよ。
もちろん病弱なのは、そうなんだけどさ。
……知ってる? あいつ、普通に片手でリンゴぐらいなら割れるの。
だから。
「何お前……ちょ、痛っ、痛い痛い痛い痛い! え、は!? マジで何してんだよお前!」
「少しだけ携帯、お借りしますね」
「いや、どういう……あ、折れる折れる! 折れるって! ねえちょっと、ホントにやめて!」
こう、暴力に訴えられたら、俺たちって何もできなくてさ。
あいつ、そのまま俺の手から無理やり携帯取り上げて。
「――お電話、代わりました。担当のメジロアルダンです」
『え? あー……え? ど、どうも……お疲れさまです』
「申し訳ありませんが、私のトレーナーさんの予定はこの先ずっと埋まっていまして」
『ああ……大変なんですね』
「ですので、今回のお話はなかったことに……」
『はい、大丈夫です。了解です。じゃあ俺はこれで』
「こちらも失礼しますね」
そのままもう、流れるように通話切られちゃってさ。
「携帯、お返ししますね」
「その前に
俺んとこに携帯が返ってきた時にはもう、画面も真っ黒になってて。
「おま、お前……な……なんで? なんでこんなことするの?」
「申し訳ありません。つい、出来心で」
「出来心で担当の腕折ろうとすんじゃねえよ!」
いやほんと、ウマ娘とケンカとか考えない方がいいよ? 力だと絶対、俺たちじゃ勝てないから。ボコボコってかコナゴナにされる。何って……骨が。言っとくけどそこでついた青アザ、三日くらい取れなかったからね?
そんで……ああ、そうそう。その後にあいつ、聞いてきてさ。
「海に行きたいんですか?」
「え? そうだけど……いや待て。お前、どっから聞いてた?」
「……『おい! 海行くぞ!』とトレーナーさんが言っていたところからですね」
「ほぼ全部じゃねえか!」
「そんなに海に行きたいのでしたら、私に言ってくださればいいのに」
「……お前に? なんで」
そしたらあいつ、こう言ったの。
「メジロ家のプライベートビーチがありますので、そこにご招待しますよ」
……そんでさ。
■
一週間後、半ば強引にあいつに連れて行かれたのよ。
名目としては、療養だけど……半ばトレーニングも兼ねててさ。まあ、ぶっちゃけズルだよ。メジロ家だからって理由で、ジュニア級で夏合宿みたいなことできるもん。俺からしたら美味しい話ではあったから、そこは正直どうでもいいんだけどさ。
それで、プライべ―トビーチなんだけど……割とマジで、ちゃんとした海だった。正直、プライベートっつーんだから狭いんだろ? とか思ってたんだけど、普通の海水浴場くらいあって。何なら貸し切りみたいなもんだから、人がもう全っ然いなくて、他の海水浴場よりめちゃくちゃ綺麗で。
「おー……海だ……」
「ええ、海ですよ」
「……正直、もっとショボいと思ってた」
「ご満足いただけたようで、何よりです」
流石に俺も、そこは驚いたわ。メジロ家ってすげえんだな、って。
もっかい言うけど、ちゃんとした海だったのよ。
燦々と輝く太陽に、きらきら輝く砂浜に。
海も綺麗で、波もリラックスできるくらいに穏やかでさ。
遠くの方では、水着に着替えたチヨちゃんとヤエノがはしゃいでて。
それを眺めてる後輩と同僚も、ちゃんといて。
ただ、唯一、他の海にはあるものは、なかった。
「…………ない」
「あら、何がですか?」
「水着のねーちゃんが、いない……!」
そう。いないの。俺が海に行くほぼ八割の理由が。
というか俺、
とにかく、ガッカリしたの。てかメジロ家なら普通に女でも呼べるんじゃねーの? ……いや、ダメか。あのクソババアが許すわけねーわ。ってことは、あいつに友達との会話聞かれた時点で、もう詰んでたんだな、俺。
ってな感じでもう、何もやる気なくなっちゃってさ。
そうやってる俺にあいつ、なんて言ったと思う?
「……その、トレーナーさん」
「何だよ……」
「ほら。ここにいるじゃないですか。水着の……ね、ねーちゃん」
「………………」
「………………」
………………。
「お前さ」
「はい」
「照れるくらいなら自分から言うなよ……」
「ご、ごめんなさい……」
……まあ、そんなこんなで。
夏合宿のお試しみたいなことが、始まったわけ。
■
Q.続きますか?
A.冬コミの原稿で忙しいので次回更新まで長くなりますが、続きます