さて、ワノ国からエターナルポースを辿って航海すること数日。
俺たちはパイセンの拠点であるドレスローザへの帰還を果たした。
道中は一向に分かり合えないヤマトとパイセンの喧嘩が絶えず非常に騒がしかったが、それ以外は平和なものだった。
カイドウとの戦いに向けて考えなければいけないことは山ほどあるが、今はドレスローザでゆっくりとしたい気分だ。
「へぇ~、ここがドレスローザ! 確かにキリアの言う通り綺麗なところだね! それにとてもいい匂いがする!」
自分が支配する国を褒められて嬉しかったのか。
パイセンがドヤ顔で言った。
「ちなみに国王は俺だ」
「お前が⁉ 嘘をつくんじゃない!」
「フッフッフッフ、ほらキリア。言ってやれよ、事実を」
「パイセンが国王なわけないじゃないすか」
「テメェら永久に出禁にするぞ」
パイセンの戯言はいつも通り無視するとして。
待ちきれない様子のヤマトが急かしてくるので俺たちは一足先に船を飛び降り、港へと着陸した。
「う~~ん……とても美味しそうな匂いがするね! なんの匂いだろこれ……」
「パエリアじゃないかな?」
「ぱえりあ?」
「この国の名物料理さ。凄く美味しいんだ。せっかくだ、俺が奢ってやるよ」
「本当⁉ キリア大好き!」
ヤマトはぎゅっと俺に抱き着いてきた。
俺の身長は185㎝でヤマトの身長は263㎝。
結構身長差があり、抱き着かれるとその……まぁ、そういうことだ。
でも、本人が男になりたいと言っているのでそこは尊重しなければならない。
邪念退散! 邪念退散!
「ハハハ、大袈裟だなヤマトは―――」
そもそも、ワノ国出身のヤマトがこの国の通貨を持っているはずもない。
ここは俺が(パイセンからもらった金で)奢ってやるのが筋というものだろう。
この国の料理はマジで美味いからな。
ワノ国ではまず出てこないような味付けの料理ばっかりだろうし、色々食べてみて欲しいなぁ~。
「あら、随分と楽しそうじゃない」
「えっ? そりゃあ、楽しいっすよ。人に美味しいものを紹介するのは気分がいいからね」
「そう。じゃあ、私にも美味しいパエリア料理を紹介してもらえないかしら? ねぇ、
「レオンさん?」
「……」
とある1名にのみ名乗った名前で呼ばれ、背筋が凍ったのが分かった。
まずい。これは非常にまずい……!
ゆっくりと壊れかけの玩具みたいに声が聞こえた方向を見ると、そこには見覚えのある緑髪の美女様の姿が――
「――――すまん、ヤマト。至急俺から離れてくれ」
「どうしたのキリア? 急に凄い汗かき始めて……」
「いや、何でもないんだが、とにかく離れてくれ……」
「あら、熱でもあるのかしら? 私が冷ましてあげましょうか? レオン――いえ、キリアさん?」
「なに⁉ 熱があるのかキリア!」
「いいから一旦離れてくれヤマト! ちょっとだけ話がややこしくなるから!」
そっと抱き着いているヤマトを引き離し、俺はつい先日大喧嘩をしたばかりの彼女と向き合った。
何故ここにいるのかと思ったが、港に着くとパイセンが連絡を入れて健気にも迎えに来てくれたのだろう。
なのに、船から出てきたのは長身の和服美女に抱き着かれる男の姿。
正直言って、過去一ヤバいかもしれない。
俺は脳みそをフル回転させながら言葉を紡ぐ。
「ま、待ってくれモネちゃん! 誤解だ! 非常に大きな誤解が俺たちの間にあるんだ!」
「へぇ? それじゃあ、聞かせて。貴方の愉快な言い訳を」
琥珀色の瞳を細め、鋭利な笑みを浮かべるモネさん。
ヤバい。これ、マジで怒っている時の奴だ。
この間の滅多刺し事件からそんなに時間経ってないのに色々と畳みかけすぎだろ! 誰のせいだこの野郎! ――俺だったわ馬鹿野郎!
い、いかん! 焦るな! 落ち着け! 焦りは俺を殺す。
言い訳、言い訳……いや、言い訳も何も今回は大丈夫じゃね?
「――よし、落ち着いて聞いてくれモネちゃん。
「
「あぁ、そうだ! 実は彼はとある高名な侍に憧れていてね。その強い憧れへの衝動から男として生きることを決意したんだ! そうだよな、ヤマト!」
「えっ、まぁ……そうだけど……」
そうだ。ヤマトは男だ。
そして俺は彼と友達になった。
つまりは何の問題もない。OK?
俺は自信満々の表情で言った。
「聞いただろモネちゃん。そういうわけで、俺と彼は立派な
「ふーん……ねぇ、そこのあなた。キリアさんが言っていることに間違いはない? あなたは男の人なの?」
「あ、あぁ……確かに僕は光月おでんに憧れ、男になった。名はヤマトだ」
はい勝った。完。
「そういうわけでモネちゃん、良かったらこの後3人でパエリアでも――」
「モネと言ったな」
「ヤマト?」
急に口を挟んできてどうした?
「お前、キリアのことをレオンと呼んだり、帰ってきたばかりで疲れているキリアに怒ったり、一体何なんだ」
「私はただの女で――そこの口が軽い薄情者の恋人よ。一応、ね」
「モネちゃん……」
「キリアが薄情者だと……?」
「ヤマト、ちょっと抑えて―――」
あれ、この流れ凄く嫌な予感が……
「僕を救ってくれた人のことを馬鹿にするなッ! 僕はこの人のためなら自分の命を懸けられるぞ! 恋人だかなんだか知らないが、お前はどうなんだ女!」
「ヤマトさん⁉」
「……いい度胸じゃない。キリアさん、なかなかいい
えっ、え? なになになに? 何事? なんで?
「モネちゃん! 落ち着いて! ヤマトもだ! 急に喧嘩腰になってどうした⁉」
あまりの急展開に脳みそが追い付けない。
「――だいたい、おかしいと思っていたのよね。なんで男同士なら私に見られただけで露骨に慌てていたのかしら? 何かやましいことでもあるのでは?」
「やましいことなんてないよ! なっ! ヤマト!」
「あぁ、もちろんだ。僕とキリアの間にやましいものなんて何1つない! 僕たちは
「よぅし分かった! ちょっと暫く君に話を振るのは止めておく! モネちゃん、取り敢えず俺の話を――」
「
情熱の国、ドレスローザに吹雪が吹く。
「僕もキリアもその言葉を軽々しく使ったことなんてない! お前の方こそ何か勘違いしているんじゃないのか?」
ヤマトの姿が人ならざるものに変化していく。
イヌイヌの実 モデル“大口真神(オオクチノマカミ)。
モネちゃんと同じく冷気を操る彼の力が全身からあふれ出し、さらにドレスローザの気温を下げていく。
「言うじゃない……! ぽっと出の野良犬風情が!」
「言葉が過ぎるぞ……! 誇る血筋ではないが、僕は鬼の子だ!」
完全に臨戦態勢に入った2人。
「ちょ、ちょっと待て2人とも! こんなところで争いなんて――」
「五月蠅い! 最低最悪のクソ浮気野郎! ここで死になさい!」
モネちゃんはどこにそんな力あったの⁉ っていうレベルの大技を繰り出し、当然反撃できるはずもない俺を庇ってヤマトが応戦。
結果的に氷雪系悪魔の実最強を決める戦いが勃発してしまった。
最強はヒエヒエの実と決まっているのだがそれは置いておくとして、戦いはもちろん終始ヤマトが圧倒。
逆に俺がモネちゃんを傷つけないよう彼を必死に抑えていたくらいだった。
しかし、遅れて港に迎えに来たドンキホーテファミリーたちが合流したことにより、事態はさらに悪化することに。
「このクソやろう!」
再び姉を裏切ったと大激怒のシュガーちゃんは俺を玩具にしようと鬼の形相で迫ってくるし、護衛役のトレーボルも笑いながら参戦。
今日はコロシアム営業日だったのでディアマンテはいなかったが、代わりに暇だったらしいピーカやグラディウス、さらにはベビー5まで参戦し、地獄の大喧嘩が開始されることとなった。
モネちゃんやシュガーには反撃できない俺だが、流石に便乗してきただけの幹部連中には黙ってもらおうとヤマトと並んで応戦を開始。
2人で大立ち回りを演じ、一般市民に被害が出ないよう人気が少ないところへ誘導しながら幹部連中を圧倒し続けた。
だが、それでもやっぱり建物への被害は抑えられず――
何やら船内で電伝虫越しに誰かとやり取りしていたらしいパイセンが急いで駆けつけた時には既にドレスローザの街中は結構破壊されていた。
「……よし」
そして――
あまりにも悲惨な状況を見たこの国の国王より正式に通達がなされたのだった。
「お前ら2人、ドレスローザ出禁だ」
◆◆グリーンビット◆◆
「……悪いなヤマト。俺のせいで」
「いや、僕の方こそごめん。人の国なのに考えなしに暴れてしまって……」
「いやいや、お前は俺を庇ってくれただけだ」
「友達を庇うのは当然のことだ! ……でも、こうやって謝りあっていても埒が明かないな。今回はお互いに悪かったということで手打ちにしよう」
「あぁ、そうだな。そうしよう」
ドレスローザを追放された俺たち2人は北に浮かぶ島、グリーンビットで暫く生活しているよう謹慎処分が下った。
折角ヤマトに文明的な生活を体験してもらいたかったのだが、俺のせいで再び野宿だ。
もう謝るなとは言われたが、非常に申し訳ない……。
モネちゃんにも色々と申し訳ない……。
ずーんと沈む俺のことを気に掛けてくれたのか、ヤマトは敢えて明るい声で言った。
「でもまだ生き物の気配がある島で良かったじゃないか。さっき通って来た橋から見えた海にはデカい魚がいるし、森には動物がいる。果物もある。飢えることはなさそうだね」
「あぁ、飢えだけは本当にキツイからね……」
2人でうんうんと頷く。
どんな拷問よりもアレが一番堪えるんだよな……。
「じゃあ、暗くなってきたし早速狩りにいかないか? キリア」
「いいね。せっかくだ、競争しないか?」
「賛成! 負っけないぞー!」
特に
俺もヤマトも長年誰かから逃げ回りながら自給自足をしていた経験からか、サバイバル技術はかなりのものがある。
途中まではお互いにいい勝負をしていたが……悪いねヤマト。
武器の指定をしなかったことが君の敗因だ。
発動! 覇王色の覇気!
「――というわけで、俺の勝ちだな」
「ズルだ! ズルだぞキリア!」
「いやいや、覇王色使用禁止なんてルールはなかったからな。ズルじゃない」
「ぶぅ~~~~! 僕は聞いてないぞ! それが使えるなんて!」
「まぁ、こういう時くらいにしか使わないからな。戦闘でも使えるらしいんだけど、どうやっても上手く出来ないんだよなぁ……」
「そうなんだ。キリアさえ良ければ僕が教えようか?」
「本当⁉ それは助かるなぁ。是非お願いするよ。でも一先ず今はこの肉を食おうか」
「大賛成!」
というわけでグリーンビットで2人、BBQをすることになった。
流石はヤマトというべきか。ワノ国から乗って来たあの船に積んであった酒を幾つかくすねてくれていた。
肉、酒、そして満天の星空。
最高やで~。
2人で色んな話で盛り上がる。
彼の憧れの光月おでんの話。
そして、俺の憧れの話。
「今はまだ時期じゃないが、時が来たら俺は必ず彼の船に乗るんだ……!」
「それがキリアの憧れか……キリアにそこまで言わせるとはさぞ凄い男なんだろうな」
「あぁ! 本当に偉大で――何よりも自由な男なんだ! 決して力を誇示するわけでもなく、束縛も否定もしない。でも、誰も彼もがその魅力に逆らえない。俺は彼の船に乗って、彼の役に立つことが夢なんだ……!」
「ふむ……なぁ、キリア。もしかしてその男は
「えっ? いやいやいや! 何を言って――」
「でも、君の言う男の特徴はそっくりそのままおでんに当てはまるんだ! この海で自由を愛し、誰もが彼を好きになる。ほら、おでんじゃないか!」
真剣な眼差しでヤマトは語る。
その瞳は冗談を言っている瞳じゃなかった。何か顔は赤かったが。
それくらいは現在酔っぱらっている俺でも良く分かる。ヒック。
「……俺の憧れの男が、おでん?」
「そうだ。おでんだ」
「おでん?」
「おでん」
まさか――ルフィはおでんだった?
「そうか……つまり、全てはおでんだったのか」
「ようやく分かってくれたかキリア。そうだ。全てはおでんだったんだ。おでん足りうるということはそれ即ち、きみのおでんもまたおでんということなんだ」
「これが……おでん」
「嬉しいよ、キリア。君もおでんに目覚めてくれて」
「俺こそ礼を言うよヤマト。これがおでんということなのか」
「あぁ、おでんはおでんを志す者の心に宿る。おでんはおでんという概念なんだ」
「おでん、か」
「……何の話をしてるんだテメェらは」
突如上から降って来た声に俺とヤマトは同時に顔を上げた。
そこには宙に浮いている桃色男が。
「なぁ、ヤマト。あれはおでんか?」
「いや、あれはおでんじゃない」
「だから何なんだテメェらは!」
ドフラミンゴは思った。
シンプルにコイツらと話すの嫌だなぁ……と。
おでんがおでんで、おでんがおでん。