七武海ですが麦わらの一味に入れますか?   作:赤坂緑

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タイトル名がキリアの調子こいた台詞じゃない時は比較的真面目な回となっております(今更


伝説の男

 

「……なァ、ヤマト。テメェはいつになったら学習するんだ?」

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

場所と時間は移り、ドレスローザ市街地。

 

カイドウは地面に突き立てた金棒に縋り付くことで何とか立っている息子を呆れた様子で眺めていた。

 

キリアとかいう新人七武海をドフラミンゴと同じドレスローザ市街方面へ全力で殴り飛ばした後――カイドウも見たことがないほど錯乱した様子のヤマトは命をかなぐり捨てるような自暴自棄の突撃を繰り返した。

 

久々に楽しい戦いになるかと期待していたカイドウだったが……こうなってしまえばいつも通りの親子喧嘩だ。

ヤマトの攻撃を受け止める度に酷く興ざめしていくことを自覚したカイドウは息子の顔面を掴み、思いっきりドレスローザの市街地まで投げ飛ばした。

 

投げ飛ばされたヤマトはその後も暫くは自暴自棄の攻撃を続けていたが、すぐにどうして戦場がここに移されたのかを悟った。

 

『ウオロロロ……そら、考えなしに暴れていいのか? テメェを庇ったジョーカーと新人がそこら辺に埋もれているはずだぞ。息があるかどうかは分からねェがな』

「ッ――‼」

 

卑劣な、と罵ったところで意味がないことはこれまでの人生で悟っている。

ヤマトは2人とさらに市民たちも庇いながらの戦いを強いられることになった。

 

カイドウは弱者を守りながら戦う自身の息子の姿に内心苦々しい感情を抱えつつも、これが息子にとって一番の()になることも理解しているからこそ卑劣極まりない戦い方を続ける。

 

そして時間は経過し、現在。

ヤマトは満身創痍の状態で何とか意識を保っていた。

 

「……俺ァ、テメェの素質に期待をしているんだぜ? 間違いなく俺の血を引いているその武力と器にな」

「ハァ、ハァ、ハァ……」

「だがテメェときたら、よりによって俺に敵対する侍に憧れ、俺を殺すと息巻いてやがる。ふざけやがって……そんなんじゃあ、せっかくの覇王色も宝の持ち腐れだ」

「ハァ、ハァ……余計なお世話だ! 僕はお前の言う通りにはならない! おでんの意志を継ぎ、お前を討ち取ってワノ国を開国するんだ!」

「ウオロロロ……なかなか面白い夢だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ッ⁉」

 

威勢よく啖呵を切っていたヤマトの表情が曇る。

自分を助けたばかりに死んでいった優しい人たちの顔が脳裏に過る。

その人たちの命を無駄にはしたくない――してなるものかと今までずっと1人で戦い続けてきた。

絶体絶命のピンチを迎えている今でもその気持ちは変わっていない。

だが、そんなヤマトの心を見透かしたかのようにカイドウは言う。

 

「いいか、良く聞けヤマト! お前がいるから人が死ぬ!」

「ッ――」

「お前を庇って人が死ぬ」

「……違う」

「お前が息をしているから人が死ぬ」

「違う! 僕のことを信じてくれた人たちをお前が――」

「俺が殺したか? だが、お前を庇わなければ俺も手を下すことはなかった」

 

それは単なる屁理屈だ。

しかし、カイドウからすれば揺るがない事実である。

そして、心をへし折られ続けてきたヤマトにとってもそれは認めたくない真実であった。

 

「テメェは鬼の子――関わる奴らは片っ端から死んでいく運命なんだ」

 

運命を受け入れろとカイドウは言う。

弱きを救う心を捨て、一匹の修羅になれと父は諭す。

 

それはカイドウなりの息子への思いやりだったのかもしれない。

だが、ヤマトにとっては耐え難い苦痛である。

 

永遠に分かり合えない価値観の溝がこの親子の間に広がっていた。

 

(……僕のせいで誰かが死ぬのは……嫌だ)

 

金棒に縋り付きながらも何とか体勢を保っていたヤマトが揺らぐ。

数えきれないほどカイドウと戦ってきたからこそ分かる。

もうこの状況は詰みだ。

ここでヤマトが意地を張って自分の意志を突き通したところでカイドウは悪戯にこの街を破壊して回るだけだろう。

それは、物理的なダメージよりも遥かにヤマトの心をえぐる。

 

(もう……諦めるべきなのか? 僕はまたあの忌々しい鬼ヶ島で鎖につながれて飼い殺しにされるしか道はないのか……?)

 

カイドウが襲来するまでのこの一か月間を思い出す。

キリアとドフラミンゴとの修業の日々。

初めて会う人たちとの交流。

1人じゃないご飯の時間。

人生で一番楽しかった……あの日々を。

 

「その眼……ようやく現実を受け止めたか。さァ、帰るぞ、ヤマト」

「……」

 

徐々に生気を失っていくヤマトの瞳を見たカイドウは懐から何の変哲もない錠を取り出した。

 

爆発するわけでもなければ海桜石が使われているわけでもないが、今のヤマトにはこれだけで十分だと判断したからだ。

 

錠を見たヤマトの頭の中でキリアが右腕を犠牲にして自分を救ってくれたあの光景が蘇る。

実父が自分を殺そうとしていたあの瞬間のことを。

 

(あぁ……やっぱり――)

 

自分を迎えに来てくれた時はもしやと思ったが、やはりこの父は何も変わっていない。

何もかもを力尽くで自分のものとする暴君だったのだ。

 

(やっぱり嫌だな。また鬼ヶ島に戻るのは、嫌だ)

 

『なぁ、ヤマト』

 

不意に、修業中にキリアから掛けられた言葉が蘇る。

 

『さっき、闘魚を追いかけて海に落ちかけていただろう? 何とかなって良かったけど、どうして俺を呼ばなかったんだ?』

『どうしてって……キリアだって能力者じゃないか。それにあのモネとかいう女のご機嫌取りで忙しそうだったから、迷惑を掛けたくなかったんだ! ふん!』

『なんで不機嫌そうなんだよ……まぁ、確かに俺は能力者だけど、蛇の尾を伸ばして助けたり、ロープを持ってきたりとか、助けにはなれたと思うぞ?』

『……助けなんか要らないよ』

『いやいや、絶対に必要になるから。俺なんて何回助けを呼んだか分からないくらいだぜ? ……まぁ、誰も来てくれなかったんですけどね。フフフ』

『ふーん、そんなに強いキリアでも助けを呼ぶことがあるんだ』

『そりゃあ、もうしょっちゅう。だからヤマトも遠慮なく助けが必要なら呼んでくれ』

『……どうやって?』

『そんなの簡単だよ』

 

助けの求め方なんて知らなかった少女は全力で叫んだ。

 

『俺の名を呼べ』

 

「……助けてよぉ! キリアァァァ!」

「どこまで恥を晒せば気が済むんだテメェは。アイツらは死んだ。俺が殺したんだ! いいからさっさと鬼ヶ島に――」

 

 

 

 

 

 

 

「おい、一体誰が――」

「――死んだって?」

 

 

 

 

 

2つの影がヤマトの後方より飛来する。

驚愕で目を見開いたカイドウの顔面に2つの拳が突き刺さった。

思わぬ不意打ちでたまらず吹き飛んでいくカイドウ。

 

地面に着地したその頼れる背中はヤマトが良く知る2人のものだった。

 

「ハァ、ハァ……あれ、パイセン生きてたんすか?」

「ハァ、ハァ……テメェの方こそまだくたばってなかったのか」

「ッ! 2人とも! 無事だったのか!」

「「当たり前だ」」

 

ヤマトは2人に後ろから抱き着き、肩を組んで再会を喜んだ。

だが、喜びのあまり涙目になっている彼は気が付かなかった。2人が抱き着かれた際に顔を歪めたことに。

 

はしゃぐヤマトを尻目に復活したキリアとドフラミンゴの視線が絡み合う。

2人は言葉を発さずにお互いの状況をアイコンタクトで伝えた。

 

(おい、お前大丈夫か?)

(大丈夫じゃないっす。パイセンは?)

(正直、ヤバい)

 

キリアは超速再生で、ドフラミンゴは糸の縫合で何とか体面を保っているが、正直かなりのダメージが体内に残っている状況だ。

 

そして――

 

「掛け値なしの本気だったが生きていたとはなァ……嬉しいぜ、王下七武海」

 

全くダメージを受けている様子のない絶好調の四皇が目の前にいる。

状況は何一つ改善していない。

引き続き、最悪のままだった。

 

「……おい、キリア。例のアレ、できるか?」

「ドレスローザが滅びても良ければ」

「却下だ。――ッチ、もっと早くにやらせておくべきだったか……」

「悔やんでも仕方ないっすよ。取り敢えず今は、時間を稼ぎましょう。――まぁ、時間を稼いだところで本当に来るかどうかは分からないですが」

「全くだ。俺としたことが……こんなに分の悪い賭けに乗ることになるとはな」

「リスクを取らずに海賊は名乗れないでしょう」

「フッフッフッフ、言うじゃねェか」

「おい、2人とも僕を置いてけぼりにして何の話をしているんだ⁉」

「あれ、一昨日説明しなかったっけ? ……あぁ、そういえばヤマト話の途中で寝てたかも」

「アホ女は放っておけ。今はあの化け物を押しとどめるのが先決だ」

 

アホ女とはなんだ! と猛抗議するヤマトを鎮めるキリア。

もう一人除け者にされていたカイドウは金棒を構えながら笑った。

 

「ウオロロロ……威勢のいい連中だ。こういう骨のあるやつと戦うのは久しぶりだ」

「おいカイドウ! ここは人目が多すぎる! ちょっと場所を移さねェか?」

「断る。これはそこにいるバカ息子への罰も兼ねているからなァ」

 

大海賊 百獣のカイドウは凶悪な笑みを浮かべて言った。

 

「弱者が大事なら守って見せろ! できるもんならなァ‼」

「こんのクソ親父がァ……!」

「……ここまで徹底した悪役は久々に見たな」

「ダメか。それじゃあ、仕方がねェ」

 

カイドウが金棒を構える。

ドフラミンゴが覇王色の感覚を掴みかけている拳を握り、

キリアは竜頭の拳を構え、

ヤマトが金棒を構える。

 

「さァ、始めようか。戦争を‼」

 

ドレスローザの街中で4人の化け物たちが激突した。

 

 

 

 

◆◆ドレスローザ市内◆◆

 

 

 

「こっち! こっちよ! さぁ、早く避難して!」

 

億超えの怪物たちが大暴れしているその頃、ドレスローザ市内ではドンキホーテファミリーによる市民たちの避難活動が進められていた。

市民たちを先導するのは自ら志願したヴァイオレットであり、旧リク王軍の兵士たちが積極的に市民たちを誘導しながら地下に設けられた避難場所まで案内していく。

 

ヴァイオレット以外のファミリーメンバーも(セニョールピンクを除いて)やる気はないながらも若様の命令ならと避難活動に協力してくれている。

 

避難活動の合間に千里眼で戦況を確認しているヴァイオレットは人知れず唇を嚙み締めた。

 

(とんでもない化け物をドレスローザに呼び込んでくれたものね……!)

 

ここ最近のドフィの様子がおかしかったことに気が付いたヴァイオレットはコッソリと能力を発動させることでこの騒ぎの元凶が誰にあるのか既に知っていた。

 

(怪物キリア! この上なく厄介な男ね。あのドフラミンゴの手にも負えないなんて……)

 

数々の理不尽を体験してきた身ではあるが、あそこまで意味不明な男はヴァイオレットも見たことがない。

おまけにあの無茶苦茶さで実力があり、千里眼で頭の中を覗こうとしても逆に探知されて気づかれかけたこと数知れず。

最近のヴァイオレットの頭痛の種だった。

 

(でも……一瞬だけあの男の警戒が緩んだ瞬間に見えた“ドラゴン”という単語とあのコアラとかいう女の子……間違いない。あの男は革命軍と繋がっている。もしうまく利用できれば、この国を――救えるかもしれない)

 

ヴァイオレットは己の心のうちに刃を隠し続ける。

来るべきその日が来るまで。

 

だが、今日だけは――

 

(勝ちなさいよ……ドフィ)

 

四皇と王下七武海の支配。

 

どちらも地獄であることに変わりはないが、ヴァイオレットは今日だけあの男の勝利を祈った。

 

 

 

◆◆ドレスローザ地下◆◆

 

 

 

 

「……凄い揺れね。地上はどうなっているのかしら?」

 

カイドウの覇王色の覇気にあてられることを恐れたドフラミンゴの指示でドレスローザの地下深くでトレーボルと共にシュガーの護衛を命じられたモネは度々伝わってくる振動から地上の様子を詮索していた。

 

「……おねえちゃん、あのクソやろうのことが気になるの?」

「クソ野郎って……確かに否定できないところはあるけれど、もう仲直りしたって言ったでしょ?」

「……でも、アイツは絶対にクソやろうだもん。おねえちゃん、はやく別れたほうがいいよ」

「べへへ! んねー、アイツと別れた後は俺の恋人になれよぉ~」

「嫌です。あと近いです。トレーボル様」

「おねえちゃんに近付くな菌」

「ついに人間扱いすらされなくなった⁉ お前、護衛役に対してその態度はねェだろう!」

「うるさい。あの金髪を道連れに2人で仲良く死ねばいいのに」

「だから死んで護衛はできねェだろう⁉」

 

四皇襲来という緊迫した状況下でありながらもいつも通りの2人を見てモネは少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

(若様……キリア……ヤマト……)

 

今、四皇に挑んでいるであろうモネの大切な人たちを思い浮かべる。

圧倒的な武力を持っているわけではないモネには四皇に挑むということのスケールの大きさを本当の意味で理解できるわけではない。

 

だが、それでも誰が命を落としてもおかしくない戦いだということだけは理解できていた。

 

(お願い皆……どうか無事でいて……)

 

モネは祈る。

 

心より敬愛し、己の命を捧げている絶対の主君に。

友人となった活発な少女に。

そして――この世界の常識を真正面から打ち破っていく無敵の恋人に。

 

 

 

◆◆ドレスローザ市街◆◆

 

 

 

「ウオロロロ! どうした! この程度か! 七武海ってのは!」

 

破壊され尽くされたドレスローザの街中で上機嫌に笑うは四皇。

何とかその進軍を押しとどめようと必死に抵抗を続ける3人は肩で息をしながらも決して屈することなくカイドウを睨み続ける。

 

「ハァ、ハァ……やっぱり化け物だな」

「ハァ、ハァ……おいキリア。テメェ、異名が“怪物”なんだからもっと頑張れよ……!」

「それを言うならパイセンなんて“天夜叉”じゃないすか。もっとこう、頑張ってくださいよ……!」

「ハァ、ハァ……2人とも元気だな……僕にも異名を付けてくれないか? 鬼姫以外で」

「アホ女」

「死ね、桃色」

 

悪態をつきながらも3人はお互いをカバーしあい、何とかカイドウとの戦いを生き延びていた。

だが、3人ともダメージが蓄積していく一方なのに対し、カイドウには有効打を与えられておらず、体力の底が見えてこない。

 

「そら! 休んでいる暇があるのか⁉ 大威徳雷鳴八卦ッ‼」

「またそれかよ⁉ パイセン!」

「分かっている! お前らも手伝えよ! ――盾白糸(オフホワイト)!」

「竜王鉄槌!」

「雷鳴八卦!」

 

既にボロボロになって修復不可能な建物を覚醒した能力で糸に変え、ドフラミンゴは強靭な盾を作り出す。

無論、これだけでカイドウの攻撃を防げるはずもないのでキリアとヤマトの必殺技も合わせることで何とか威力を相殺した。

先程から幾度となく繰り返されている攻防戦だ。

だが――

 

「ウオロロロ……テメェら、随分と疲れてきているようだな。威力が落ちてるぜ?」

「ッ‼」

 

カイドウの言う通り、とっくに体力の限界が来ている3人は技の精度も落ちてしまっている。

 

「おらァ!」

 

カイドウの筋肉が膨張する。

世界屈指の膂力が本気で解放され、たまらず弾け飛ぶドフラミンゴの盾。

さらに威力が増大した技はキリアとヤマトも合わせて吹き飛ばした。

 

文字通りの力技で全てを粉砕したカイドウは雷を纏わせた金棒を振り上げる。

 

「まずはお前からだ。ジョーカー」

「そうはいくか!」

 

絶体絶命のピンチを迎えたドフラミンゴは秘策を切り出すことにした。

ヤマトと一緒に吹き飛んでいったキリアを糸で掴み、強引に回収。

彼の身体をカイドウと自分の間に盾のようにスライドさせた。

 

「キリアシールド!」

「いや、ちょっ――――」

「雷鳴八卦!」

「ぶげらッ⁉」

 

カイドウの一撃をまともに食らったキリアは渾身のエネル顔を晒しながら吹き飛ばされていった。

 

「……なんだ、今の人権全て無視したような技は」

「気にするな。アイツに人権はない」

「おいこら桃色! お前、キリアになんて酷いことをしているんだ! キリア、大丈夫かい?」

「……は、犯人は……ドンキホーテ・ドフラミンゴ……41歳……じゃなくて、38歳……」

 

ドレスローザの地面にきっちりダイイングメッセージを書きながらキリアはガクッと息絶えた。

 

「キリア――――!」

「おい、そこのクソ馬鹿ども。茶番をしてないでさっさと戻ってこい」

「なーにが茶番だ! 人を盾にしやがって! 人の心はねェのか⁉」

「あっ、キリア。無事だったんだ。良かった!」

 

こうしている間も紙一重でカイドウの攻撃を躱していたドフラミンゴは合流した怒り心頭のキリアとヤマトを上空から見下ろした。

 

「このままこっちの体力が尽きるまでちまちま戦っていても埒が明かねェ。次で決めるぞ」

「盾の件は……もういいや。確かに、このままじゃあ嬲り殺しにされて終わりですからね」

「……正直、僕も次に大技を放てば暫くは動けないと思う。桃色の案に乗るのは癪だけど、やるしかないだろう」

 

3人は覚悟を決めた。

 

「ウオロロロ……なんだ、死ぬ覚悟を決めたか?」

「フッフッフッフ、いいや、テメェを殺す算段をつけたところだァ!」

 

ドフラミンゴの言葉を合図としてキリアとヤマトが駆ける。

お互いにここで力を使い果たす覚悟で覇気と力を籠め、お互いの呼吸を合わせながらカイドウへ肉薄する。

 

「いいぜ、来いよ! テメェら全員纏めて地獄送りだァ!」

 

対するは全力でそれを受け止めるべく、金棒を回してから不動の構えを取った。

決して舐めているわけではない。これは彼なりの敬意の形だ。

防御も逃亡も小細工も必要ない。

ただ単純な力だけで成り上がった四皇の巨体が若人を飲み込もうと凶悪な覇気を放つ。

 

微塵もそれに怯えることなく3人は必殺の技を繰り出した。

 

「氷諸斬り――!」

「獅子竜王炎拳!」

神誅殺(ゴッドスレッド)

 

3つの攻撃はカイドウに直撃し――

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「こっちはダメだ! 国王様と四皇が戦っているんだ!」

「嘘だろ⁉ さっきまでは市街地の中心で戦っていたじゃないか⁉」

「それが急にこっちまで戦闘範囲が広がって来たんだよ!」

「クソ! とにかく、もっと海に近い方まで逃げるしか……」

「……な、なぁ。なんかこっちに飛んできてないか?」

「あぁ? 何言ってんだ。いいからさっさと避難を――」

「いいや見間違いじゃねぇ! 人がこっちに飛んでくるぞぉぉぉぉぉ!」

 

そして次の瞬間、彼らがついさっきまで避難場所としていた建物に吹き飛ばされてきた誰かが着弾した。

破壊された建物から土煙が舞う。

 

「ゲホッ、ゲホッ……一体誰が――って、国王様⁉」

「ほ、本当だ! ドフラミンゴ様だ! どうしてこんなところに?」

「おい待て! さらに追加で人が飛んでくるぞ!」

 

警告した男の言葉は正しく、その後立て続けに2つの影がボールかなにかのように吹き飛ばされてきた。

 

「これは……誰だ?」

「いや待て、俺ぁ知ってるぞ……! この人は王下七武海だ! 新しく七武海になったっていう怪物キリアだよ!」

「う、嘘だろ⁉ なんで七武海がもう一人この国にいるんだ……?」

「そこのえらく美しい女性は誰だ?」

「いや……分からねぇなぁ……」

 

それぞれの場所で倒れている3人を心配する市民たち。

しかし、すぐに人のことを心配している余裕はなくなる。

 

「ウオロロロ……どけよ、雑魚ども」

「「「「ッ⁉」」」」」

 

声にならない叫び声をあげる市民たち。

彼らの前には突如この国を襲撃してきた四皇、百獣のカイドウが立っていた。

 

「お、おいお嬢さん……! 今は動かない方が……」

「……下がっていてくれ」

「なんだ、まだ動けたのかヤマト」

「ハァ、ハァ、ハァ……そこの君、いいから後ろに下がっていてくれ」

「あぁ? どうした。そこの男が目障りなのか?」

 

唐突に金棒を振り上げるカイドウ。

あまりの恐怖に腰抜けとなってただ振り下ろされる凶器を見つめることしかできない男性は四皇の情け容赦ない一撃で脳天をかち割られて――

 

「……お願いだから、下がっていてくれ」

 

そうなる前に碌に動けない身体でありながら金棒を受け止めたヤマトによって何とか一命を取り留めることができた。

 

「あ、あぁ……悪かった……!」

 

必死に逃げていく男性の背中を見送ったヤマトはカイドウの拳を受けて再び地面に倒れこんだ。

 

「……分かんねェな。昔から、お前のことが分からねェ。どうしてあんな奴を庇う? どうして俺に盾突くんだ?」

 

カイドウは心底理解に苦しむといった表情で己の息子に尋ねる。

 

「……哀れな人だな、アンタも。分からないから錠をつけて、自分の言うことを聞くまで虐めるのか。人間は……犬じゃないんだぞ」

「……くだらんことを聞いた。おい、これが本当に最後だヤマト。俺と共に鬼ヶ島に帰ってこい」

 

ぺっ、と血の唾を吐き捨て、ヤマトは爛々と輝く宝石のような瞳で言った。

 

「絶対に……断るッ! 死んでもごめんだ……!」

「―――そうか」

 

失望したような目で自身の息子を見た後、カイドウは言った。

 

「いいぜ、ヤマト。じゃあ、こうしよう」

 

カイドウの視線がようやく意識を取り戻し、何とか立ち上がろうとするドフラミンゴとキリアを捉える。

 

「お前も、キリアとかいう餓鬼も、ジョーカーも!」

 

あまりの恐怖に腰を抜かし、避難することもできずにただ怯えている市民たちを見る。

 

「この街の住人も!」

 

あぁ、くだらない。

全部くだらない。

 

()()()()()()()()()()()

 

非道の宣告はなされた。

頼みの綱の七武海たちが限界を迎えつつある中、これから始まるのは一方的な虐殺だ。

 

(……ごめん、みんな。でもせめて、心だけは――)

 

心の中で巻き込んでしまった全ての人に謝りながらヤマトは父を睨む。

確かに自分たちは負けた。全力を尽くして、それでも負けたのだ。

でも、それでも侍たちに貰ったこの心だけは屈したくない。

 

最後の最後まで気高くあろうとするヤマトにカイドウの金棒が迫り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わしの目の前で市民を皆殺しとはよう言うたもんじゃのぉ、青二才が!」

 

 

 

 

 

 

 

カイドウの真横に突如現れた男は丸太のように太い腕を振りかぶり、その拳でカイドウの顔面を文字通り()()()()()()

 

「がぁ――――⁉」

 

凄まじい勢いで吹き飛んでいくカイドウ。

 

何が起きたのか分からず唖然とその光景を見守る市民たち。

 

ヤマトは琥珀色の瞳を見開きながらその男の背中を見つめていた。

誰だ? あの男は一体誰だ?

 

皆の視線を集めながら地面に着地する筋骨隆々の男性。

逞しいその背中が背負うは「正義」の2文字。

 

吹き飛ばされたカイドウは痛みに耐えながら立ち上がり、驚愕と共に怒鳴った。

 

「ぐっ……なぜテメェがここにいるんだ⁉」

 

一方、市民たちはようやく現れた真の救い主に歓喜し、一斉にその名を呼んだ。

 

「「「「「英雄ガープッ‼」」」」」

 

海兵の英雄。

生ける伝説。

 

史上最も眩い正義の体現者が堂々たる立ち姿で市民たちの前に立っていた。

ガープは破壊の限りを尽くされた市街地を憮然とした表情で眺める。

 

「こうも大暴れしていて海軍が駆けつけないと思っておったのか? 海賊どもが勝手に殺し合うのはどうでもいいが、市民にまで影響が出るのであればわしらが黙ってはおらん!」

 

海兵の鑑であるガープの言葉に感動する市民たち。

さらにガープは間髪入れず後ろに控えていた大勢の海兵たちに号令を出す。

 

「おい、海兵たちよ! 市民を安全な場所へ避難させい! 軍艦を使っても構わん! わしはこれから仕置きの時間じゃ」

「「「「「はっ!」」」」」

 

練度の高い海兵たちが素早い動きで市民たちを誘導していく。

ガープはカイドウに睨みを利かせながら瓦礫に埋もれているドフラミンゴに視線をやった。

 

「……おい、わしを呼んだのはそこに転がっておるピンクで間違いないな?」

「あァ、そうだ。まさか英雄様のご登場とはなァ……フッフッフッフ、俺の運もまだ尽きていなかったか」

「確かに運はもっておるようじゃな」

 

ギロリ、とガープの視線が何故か大興奮しているクソ馬鹿を捉える。

 

「わしが来たのはそこの怪物も絡んでおるからじゃ」

「えっ? 俺?」

「そうお前」

 

ハァ……と溜息をつきながらガープはぼやいた。

 

「……確かにセンゴクには()()()()()()()()()()()()とは言ったが、七武海入りから数か月ですぐに問題を起こすとはのぉ……お前、馬鹿なんか?」

「キリアは馬鹿じゃないぞ! 訂正しろ!」

「やめろヤマト! 絶対に噛みついちゃいけない相手だ!」

「なんじゃ、この女は。お前も海賊か?」

「僕は女じゃない! 侍だ!」

「おぉ、そうじゃったか。すまん、すまん。海賊じゃないならいいわい」

「いいのかよ⁉」

「ふん、分かればいいんだ」

「ヤマト、この御仁には絶対に喧嘩売らないでね? いや、ほんとマジで」

 

何やら相性良さそうなヤマトとガープを見ながら珍しくツッコミ側に回るキリア。

 

「ウオロロロ……そうか、確かにここは世界政府加盟国だったな」

「そして国王は俺だ。国の長が救援要請を出したんだ。海軍が無視するわけがねェとは思っていたが……随分と遅かったな」

「連絡を寄越すのが遅いんじゃ。これでも飛ばしてきたんだから、文句を言うなクソピンク」

「クソピンク……⁉」

「はいはい、パイセンも抑えて」

 

血管を浮かび上がらせながらぶち切れ寸前のドフラミンゴを抑えるキリア。

 

「なんだ、随分と余裕そうじゃねェか。海軍の中将が駆けつけた途端に勝ちムードか? あァん⁉」

 

怒りと共に放たれた覇王色の覇気がドレスローザの大地を揺らす。

膨大な覇気を目の当たりにしたガープはすっかり皺が増えた目尻を動かしてから溜息をついた。

 

「……年は取りたくないもんじゃのぉ……あのカイドウのクソ餓鬼がやたらと強く見えるわい」

「おい英雄ガープ。分かっているよな? 俺たちは……」

「あーもう、うるさい奴じゃのう。分かっとるわい。七武海じゃろう? わしは貴様らに手は出せん」

 

いまいちやる気がなさそうなガープに焦ったドフラミンゴが声を掛けるが彼とて自分の立場はわきまえている。

 

「本来七武海とはいえ海賊は海賊。わしが手を貸す道理など欠片もないのだが――」

 

玩具になった市民たちを困惑しながらもしっかりと避難させる海兵を横目に見ながらガープは考える。

 

(きな臭いのぉ……この国は、どっか匂うわい)

 

海賊が治めているという時点で嫌な予感がしていたが、ガープの優れた直感と海兵としての経験はこの国が危険ということを察知していた。

 

だが――

 

「市民は別じゃ。七武海が治める国であれ、市民は市民。わしの守るべき命じゃ」

 

この国に何が潜んでいるにしろ、守るべきものはガープの後ろにいる。

であれば、彼がここで引く理由など何1つとして存在していなかった。

 

“ガープ! 手を貸せ!”

 

ガープは一瞬、忌々しいあの事件を思い出した。

憎っくき宿敵と肩を並べて最悪の海賊と戦ったあの事件のことを。

 

「やれやれ、()()海賊と肩を並べることになるとはのぉ……気に食わんが仕方がない。手を貸せい、七武海」

「……そうこなくちゃなァ」

「お前が指示を出すな!」

「いいから噛みつくなヤマト! 今感動的なシーンだから!」

 

狂犬ぶりを発揮しているヤマトを諫めつつ、キリアは自分が七武海だったことに心底安堵していた。

カイドウに加え、こんな化け物を相手にするなんてとんでもない。

 

「なんだ? ゴッドバレーの再来か? テメェが七武海とはいえ海賊と手を組むとはな」

「どいつもこいつもあの事件を持ち上げすぎじゃ。わしはわしの義務を全うする。それだけじゃ」

「老兵風情が四皇を相手に何ができる……⁉」

「わしがただの老兵かどうかはこれから確かめるがいい」

 

両手の拳を鳴らし、海軍の英雄は悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「……さァ、始めようか。小僧共」

 

この老兵を侮るなかれ。

その拳は数多の海賊を沈め、今なお色褪せることない武功を打ち立てた鋼の勲章。

 

「わしの拳はちと痛いぞ?」

 

最強の伝説が今、ここに降臨する。

 




市民救出ミッションでモチベMax。
海賊と手を組むのは嫌だけど、市民を助けるためなら清濁併せ吞む海兵の鑑。
体調、メンタル面ともに絶好調の正義の味方、ガープ中将ここに見参。

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