七武海ですが麦わらの一味に入れますか?   作:赤坂緑

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作者はガープ中将大好きです(突然の告白
ただ原作では本気で戦ってくれるシーンがほとんどないので今回は(いつもそうですが)自己解釈強めです。
私は私の見たいガープを書くぞ!



鬼の子、人の子

 

流石に強いな。

 

カイドウは素直にそう思った。

 

突如援軍として参戦してきたガープは七武海たちと手を組み、早速カイドウに襲い掛かって来た。

既に齢75の老体でありながら目を見張るほどの俊敏さで動き、鍛え抜かれた武装色の拳で容赦ない打撃を浴びせてくる。

言わずと知れた何の工夫もない戦闘スタイルだが、シンプルを突き詰めたが故にその威力は絶大だ。

 

油断など欠片もないカイドウはしっかりと武装色でガードをしたうえでこれを迎え撃った。

 

ガトリング砲のように繰り出されている拳だが、その1つ1つが途轍もなく()()

それは極致に達した人間だけに許された本物の拳だ。

 

「ぐぅ……!」

 

ニヤリとカイドウが笑う。

だが、耐えられないほどではない。

 

目の前の伝説の全盛期を知っているカイドウからすれば些か拍子抜けするほどの攻撃力だ。

 

「なんだ、随分と衰えたんじゃねぇか⁉ ガープ!」

 

ガープの殴打を覇気と持ち前の頑丈さで強引に振り払い、カイドウは金棒を振り上げる。

 

「おっと――」

「――俺たちがいるのを忘れてもらっちゃ困るな」

 

しかし、ガープをカバーするように後ろから飛び出してきたキリアとドフラミンゴが攻撃を放つ。

 

「竜王鉄槌!」

「五色糸!」

 

「馬鹿が! くたばりかけのテメェらの攻撃なんざ――」

 

効かねェ、と言い掛けたカイドウの口が閉じる。

ズシリと身体に響くキリアの殴打。

肌を切り裂くドフラミンゴの糸。

それは間違いなく、戦い始めた時に彼らが発揮していた威力に他ならない。

 

(なぜ体力が回復している――⁉)

 

驚愕するカイドウだが、彼らの攻撃はまだ終わらない。

 

「ひよっこどもに庇われるほど老いてはないわい! 食らえッ‼」

「がぁ――――⁉」

 

怒りと共に放たれたガープの一撃がカイドウの顔面に突き刺さる。

先程の連撃とは比較にならない重い一撃。

 

(なんだ、このふざけた威力は――⁉)

 

世界最強の生物と畏怖され、本人も絶対の自信を持っている防御力が揺らぐ。

顔面に巌のような拳をめり込ませながらも何とか耐えていたカイドウだったが、ガープの筋肉がさらに隆起したのを横目で視認した瞬間には踏ん張りも効かずに呆気なく吹き飛ばされた。

 

軽々と四皇を吹き飛ばした海軍中将は地面に着地すると困ったように自身の拳を見た。

 

「やれやれ……最近はパワーが落ちていかんわい」

 

((……あれで?))

 

キリアとドフラミンゴは内心でツッコミを入れつつ戦々恐々としていた。

衰えてあの威力だったら、全盛期はどうなっていたのか……。

自分たちが七武海であることに心底感謝している2人をガープは不機嫌そうに睨みつけた。

 

「というか貴様ら、動けるんか! 倒れたふりをしてわしだけ働かせようとは、これだから海賊は嫌いなんじゃ! もっと老人をいたわれ!」

「……悪いが、これは一時的な処置だ。妖精のお姫様の力を借りているだけで、あと数分で俺たちは使い物にならなくなる」

 

老人をいたわれ、の部分は全力でスルーしてドフラミンゴは復活の理由を答える。

 

原作開始前であることに加え、特にスマイルを製造しているわけでもないためトンタッタ族の姫を攫う必要もなかったドフラミンゴ。

そんな中、グリーンビット滞在中にキリアとヤマトがトンタッタ族の姫様、マンシェリーと偶然仲良くなったため、国を守るために戦うので力を貸してほしいとお願いしてチユチユの実の力を借りたのだ。

 

「ヤマト、大丈夫?」

「……すまない。実はもう腕も動かせないんだ。良ければマンシェリーから貰った薬を飲ませてくれないか?」

「……分かっているとは思うが、これは寿命を――」

「大丈夫だ。僕は侍だぞ? そんなことよりも、ここでじっと戦いを眺めている方が苦痛だ」

「――分かった」

 

キリアはヤマトに彼の懐から取り出した小さな小瓶に入った液体を飲ませた。

 

「ん~~、よーし! 復活ッ‼」

 

次の瞬間、元気いっぱいに立ち上がったヤマトは金棒を拾い上げて肩に乗せると不敵に微笑んだ。

 

「さて、力強いお爺さんも来たことだし――決着をつけようか」

 

「ウオロロロ……あまり調子に乗るんじゃねェぞッ!」

 

瓦礫を吹き飛ばし、カイドウが復活する。

 

「相変わらずいいパンチを撃つが……反応速度は鈍ってんだろうが!」

 

人獣形態のカイドウが消える。

視認することも難しい異常な速度でカイドウは真っ先にガープを狙いに行く。

 

(さァ、どうする老兵!)

 

「だーかーら、俺がいること忘れないでよ」

「ッ!」

 

カイドウは金棒を振り上げた状態で驚愕する。

ガープを守るように怪物キリアが立ちふさがっていた。

 

「邪魔を――してんじゃねぇ!」

「竜鱗」

 

怒りと共に振り下ろされる雷鳴八卦。

しかし、キリアは焦ることなく自身の皮膚を頑丈な竜の鱗に変化させ、カイドウの攻撃を完璧に受け止めた。

 

(堅いっ! さっきから何なんだコイツは⁉ 俺の攻撃が効かなくなっていく……!)

 

「さぁ、ぶちかましてくださいよ。英雄殿」

「よくやった小僧!」

 

キリアの後ろから飛び出したガープが拳を握りこむ。

 

「クソ!」

「愛ある拳に防ぐ術なし!」

 

弓なりにしなる強靭な肉体からカウンターパンチが放たれた。

 

「がぁ――――⁉」

 

(前から疑問だったんだ……!)

 

やはり踏ん張りが利かず文字通り殴り飛ばされながらカイドウは思考する。

 

(どうしてコイツの打撃は覇王色も纏っていないのに()()()()()()()()……⁉)

 

聞かれたところでガープは「愛ある拳に防ぐ術なし!」と理解不能なことを言って煙に巻くのだろうが、ガープの殴打の神髄はその“芯”を捉えることにある。

積み重ねてきた研鑽と生来のセンス、そして流桜の原理にも近い武装色のコントロールと、並外れた怪力。

その全てが合わさることで唯一無二のゲンコツとなっていた。

 

さらにアタッカーは他にもいる。

 

「恐ろしい威力だな、ゾッとするぜ」

「おい桃色! しっかり合わせろよ!」

「分かってる!」

 

ドフラミンゴとヤマトが駆ける。

 

「羽撃糸!」

「神速 白蛇駆!」

 

千本の矢がカイドウを追撃し、さらに凄まじい速度でカイドウに接近したヤマトの覇王色を纏った一撃が炸裂する。

 

「小癪な……!」

 

言いながらも顔を顰めるカイドウ。

これまで息子であるヤマトの手前強がってはいたが、七武海クラス3人の攻撃を受け止め続けていたカイドウの身体にはそれなりのダメージが蓄積されている。

 

(認めるしかねェか……)

 

カイドウは突進してくるガープとその周りを固める3人を見ながら内心で呟いた。

 

(コイツら、相当厄介だ)

 

異常な頑丈さでカイドウの攻撃を受け止め続ける盾役、キリア。

この中で最も対カイドウ戦に優れているであろう攻撃役兼足止めのヤマト。

状況を把握し、的確に指示を出しながら自身も強烈な攻撃を繰り出す万能型のドフラミンゴ。

 

そこに超火力のガープが加わったことにより、対カイドウのパーティは完成へと近づいている。

 

だが――

 

「この程度で俺に勝てると思ってんのか⁉ 四皇舐めんじゃねェ!」

 

人獣形態から龍へと姿を変えたカイドウは熱息(ボロブレス)の体勢を取る。

範囲攻撃でキリアたちの連撃を終わらせ、一度仕切りなおすつもりなのだろう。

ここで自分たちのペースを失うわけにはいかない。

 

「キリア! 撃たせるな!」

「了解!」

 

人獣形態で竜の翼を生やしたキリアが空を超速で駆ける。

 

「馬鹿が! まずはテメェからだ!」

「ッ⁉」

 

ぐるりとカイドウの巨体が素早く動き、突進してくるキリアをターゲットに捉えた。

想像以上に素早いカイドウの方向転換についていけないキリア。

 

(貰ったァ!)

 

内心ほくそ笑むカイドウだったが、そこからキリアが異次元の挙動を見せる。

 

――月歩――

 

直進速度が速すぎる物体は急には曲がれない――という法則を無視するかのように空中で器用に体勢を切り替えたキリアは山羊のそれへと変形している脚で()()()()()

 

(六式だと……!)

 

本来自前の翼で空を飛べるキリアには習得する意味のない技だ。

だが、鬱陶しく追いかけてくる海軍と政府のエージェントと戦い続けたキリアは気が付けば最も適性があったその技を盗んでいた。

 

断崖絶壁を易々と乗り越えていく異常な脚力を持つ山羊の脚を活かし、ほぼ直角に進行方向を切り替えたキリアはそのまま不規則に宙を蹴りながらカイドウの懐に飛び込む。

 

「おいおい、確かに速いが――未来が見える俺相手じゃあ、鈍足だぜ?」

 

しかしカイドウは鍛え上げられた見聞色を操る。

キリアの軌道の先を読み、するりと巨体を動かして対応する。

 

「おっと、そこには網を張っている。気を付けな、カイドウ」

「ッ⁉」

 

ドフラミンゴの不敵な声が響く。

キリアだけに集中し過ぎたカイドウを嘲笑うかのように仕込まれた糸がほんの一瞬だけ四皇の動きを止めた。

 

「速度は重さ――食らっていきなよ、四皇」

 

竜の翼による超速と月歩による繰り返しの加速。

速度は加算され、重さを増す。

 

「山蹴り」

 

キリアの強烈な蹴りを顔面に食らい、熱息(ボロブレス)を強制的にキャンセルさせられたカイドウは呻き声を上げながら後退する。

 

さらにその巨体をドフラミンゴが糸で縛り、ヤマトが氷で固めればお膳立ては完了だ。

 

「さーて、もう一発じゃッ‼」

 

再び炸裂する超火力の拳。

デカくなったお陰で当てやすくなったと笑いながらガープは全力の一撃を龍の巨体に叩きこんだ。

 

「ぐぅ……!」

 

たまらず吹き飛ぶカイドウ。

さらなる追撃を加えようと3人が動くが――

 

「調子に乗るな! 龍巻壊風!」

 

カイドウはぐるぐると回る巨体を利用し、かまいたちが付属した巨大な竜巻を発生させた。

 

「クソ! 竜巻か!」

「離れろヤマト!」

 

追撃を中止し、咄嗟に距離を取る3人。

一方、ガープはというと鬱陶しそうに瓦礫を破壊する竜巻を眺めた後、

 

「えぇい、邪魔じゃぁ‼」

 

強烈なアッパーで強引に竜巻を打ち消して見せた。

 

(((な、なんでもありかよ⁉)))

 

自然現象すらも拳1つで強引にねじ伏せるガープにドン引きする3人。

本気を出せばこの3人でもどうにか出来るのだが、流石に齢75歳の老人が邪魔の一言と共に拳で竜巻を消し去る光景は衝撃だった。

 

「ウオロロロ! まだまだ元気じゃねェか。だが――」

 

的になるだけと判断したのか、再び人獣形態に戻ったカイドウはどこかイラついた表情で金棒の先をガープに向けて言った。

 

「らしくねェなァ! そいつらの影に隠れてチクチク攻撃とは……随分とつまらねェ戦い方をするじゃねェか! ガープ!」

「ふん。若いだけが取り柄の連中と違って、こっちには余生が控えとるんじゃ。ギャーギャー騒ぐな」

 

どこか冷めた瞳でガープは四皇を見据える。

 

キリアたちが積極的に盾になっているとはいえ、確かにカイドウの言う通り、現在の戦い方はガープの印象からは大きくかけ離れているものかもしれない。

昔の彼であれば盾役のことなどガン無視して1人で突撃し、全身全霊で理不尽のままに暴れまわっていたことだろう。

 

(分かっとるんじゃ。――老いには勝てないことくらい)

 

だが、これが今のガープなりの全力だった。

普段から無鉄砲で、歳を感じさせないわんぱくさを見せているガープだが、それでも彼なりに老いというものは自覚している。

 

パワー、スピード、体力――その全ての能力低下。

 

人間として生まれた以上、それは逆らうことが出来ない必定のものだ。

だからこそ、それに抗うのではなく自覚したうえで立ち回ることをガープは意識していく。

嘗ては軽々と行えた大技の連発をするのではなく、防御と足止めを人に任せ、小まめに体力管理を行いながら決定的な隙を狙う。

 

まだ現役でやれると「正義」のコートを羽織り、市民たちの前に英雄として立っている以上は悪党への勝利こそが何よりも重要だ。

 

全盛期のガープが競技の枠に収まらない本物の魔人だったとすれば、今の彼はまるでタイトルを懸けて戦うプロボクサーのようであった。

 

「……ふん。あの英雄ガープといえども歳を取れば保守的になるか。罪深いなァ、老いってやつは」

「お前もこの歳になれば分かるわい。まぁ、もっとも――わしの歳になるまで海賊をやっていられるかどうかは疑問じゃがな」

「言うじゃねェか老兵……!」

 

怒りながらも笑うという器用なことをしながら人獣形態のカイドウが腰を落とす。

 

「気を付けろ! 来るぞ!」

「馬鹿が! 分かっていても避けられねェから脅威なんだ!」

 

ヤマトの警告を嘲笑うカイドウが踏み砕いた地面を残して消えた。

再びガープを狙うつもりかとあたりをつけたキリアだが、その狙いは外れることになる。

 

「まずはテメェからだ! ヤマト!」

「しまっ――」

「大威徳雷鳴八卦!」

「ゴボッ――⁉」

 

強烈な一撃を腹部に叩きこまれ、思わず吐血するヤマト。

実の息子にも容赦ないカイドウは金棒の先でだらんと力を失ったヤマトをガープの方へと投げ飛ばした。

ガープが優しくヤマトを抱きとめたことを確認したキリアはその場を飛び出した。

 

「このッ……! よくもヤマトを……!」

「テメェの防御力は厄介だが――見せたことがない技に対しては無力だろう?」

 

激昂し、感情のままに突撃するキリアに対し、冷静なカイドウは既にキリアの理不尽な防御力の正体に気が付いていた。

大きく息を吸い込み、炎を本来の技のように身体に纏わせるのではなく熱息のように口から放出した。

 

「火龍――‼」

「ッ⁉」

 

カイドウの口から放たれた巨大な火炎の龍が襲い来る。

真正面から突撃していたが故に避けることもできず炎に飲み込まれるキリア。

さらにキリアを飲み込んだだけでは飽き足らず、攻撃の余波が他の3人も襲う。

ドフラミンゴは空へと逃れたが、他2人はそういうわけにもいかない。

 

「こりゃあ、まずいのう!」

 

咄嗟にヤマトを庇ったガープは自分の懐に彼女を庇いながら正義のコートに武装色を纏わせて防御する。

瓦礫を焼失させる圧倒的な大火力の技が通り過ぎた後、その場には黒焦げで倒れているキリアとヤマトを庇って火傷を負ったガープが残されていた。

 

「だ、大丈夫かお爺さん……?」

「ぶわっはっは! これしきなんてことないわい。お前さんの方こそ大丈夫か? 随分といいのを貰っていたようだが」

「僕も大丈夫だ。あんなクソ親父の攻撃なんて――」

 

ガープの懐から抜け出し、無理やり立ち上がったヤマトの身体がガクンと傾く。

 

「あれ……?」

 

自分の脚で立っていられなくなったヤマトは地面に倒れ込み――

 

「おっとっと。大丈夫ではなさそうじゃの。向こうで休んでおれ」

 

その寸前でガープに抱えられ地面に頭を打つことだけは避けられた。

 

(しまった……! 時間切れか……!)

 

マンシェリーに貰ったチユチユの効果が切れたことを悟ったヤマトは咄嗟に視線を隣に動かす。

 

「ハァ、ハァ…………!」

「ハァ、ハァ……タイムオーバーか……!」

 

そこにはヤマトと同じく時間切れを迎え、さらに全身に負った大やけどで苦しんでいるキリアと空に留まることもできなくなったドフラミンゴがそれでも何とか立っている姿があった。

 

「……どいてくれ。僕も戦う」

「おいおい、その怪我ではもう無理じゃ。安静にしておれ。カイドウはわしが――」

「ダメだ!」

 

予想外に強い拒否にガープは目を細めた。

 

「あの……クソ親父だけは……僕の手で……」

「……お前らの親子喧嘩に興味はねェが、そのまま戦い続けていたら死ぬぞ。いいから休んでおれ」

「……死んだ方がマシだ。僕だけ助かるなんて、もう嫌だ!」

「……」

「僕は()()()()()()、人として生きて、死にたいんだ……!」

 

不意に、ガープの脳裏にそばかすだらけの小さな少年の姿が浮かび上がる。

 

(なぜ、今アイツのことが……)

 

「ウオロロロ……だから言ったんだ。ヤマト」

 

カイドウは死に掛けのドフラミンゴを容赦なく金棒で殴り飛ばし、ヤマトの方まで悠々と歩みを進める。

 

「ぐっ……やめろ!」

「いいや、やめねェ。お前がいるから人が死ぬ」

 

カイドウは凶悪な表情でどうして生きているのかも分からないキリアの頭上に金棒を振り上げる。

 

「やめろォォォォ!」

「友情に意味はねェ。人は裏切るぜ? ヤマト。現にコイツもお前を裏切って先に死ぬ」

「ハハっ……面白い冗談だな、カイドウ……!」

「……まだ虚勢を張れるのか。大した根性だよ、怪物野郎。だが、お前は死ぬんだ」

 

そして容赦なく金棒が振り下ろされ、キリアは白目を剥いて地面に倒れ込んだ。

 

「キリアァァァァァ!」

「いい加減俺の言葉を受け入れろヤマト。お前は俺の息子だ」

「クソ親父がァァァァァ!」

「……やれやれ、狂犬に育てた覚えはねェんだが、なッ!」

 

強引にガープの腕の中から飛び出したヤマトがキリアに駆け寄ろうとする。

カイドウはその姿を眺めながら無情にも金棒を振り下ろした。

 

「――おい、テメェの出る幕か? ガープ」

 

金棒を片手で掴み、ヤマトへの攻撃を阻止したガープにカイドウの胡乱な瞳が向けられる。

 

「……侍なんじゃろ? そいつは。海賊じゃないならわしの守るべき者じゃ」

「屁理屈をッ!」

 

ガープの突き出した拳がカイドウに突き刺さるが、カイドウもまた金棒を握っていない左腕でガープの顔面に強烈なクロスカウンターをお見舞いする。

両者はその場で少し踏ん張った後、同時に後ろへと吹き飛んだ。

 

「……やれやれ、小僧の癖になかなかいいパンチを撃ちよる……!」

「ぐぅ……なぜだガープ!」

 

口元の血を拭いながら笑うガープに対し、瓦礫を力づくで吹き飛ばしたカイドウは怒りのままに吠えた。

 

「そいつは俺の息子! 鬼の子だ! いつか海賊(おに)になる奴を、海兵のテメェが手助けするのか⁉」

「……」

「テメェらの基準で言えばそいつは生きていちゃあ、いけない奴だ! お前が庇うべき相手じゃねェだろうが!」

 

“僕は鬼の子だけど、人として生きて、死にたいんだ……!”

 

その言葉は――

 

“俺は、鬼の子だ”

 

確かに――

 

“おれは……生まれてきてもよかったのかな……”

 

ガープの逆鱗に触れた。

 

「鬼の子は鬼だと……? ふざけたことをぬかすな青二才が! 鬼の子も人が育てれば人の子よ!」

 

鬼の子として生まれ、人の子として愛し、それでも海賊となったとある馬鹿のことが脳裏に浮かぶ。

 

「未来は分からん! この娘が海賊になればわしの敵、ならなければ貴様の敵! 認めたくなくとも、餓鬼どもの未来は、餓鬼ども自身が選択していくもんじゃ! いいから黙ってすっこんどれッ!」

 

激昂したガープが突撃してくる。

それを真正面から迎え撃つべく金棒を構えたカイドウはそこで己の身体に起きている異変に気が付いた。

 

(なんだ? 身体が痺れて……)

 

力が入りにくい。

まさかガープの一撃で足腰抜けたわけでもあるまい。

困惑していたカイドウはふと、誰かが笑っている気配を感じ取った。

咄嗟に視線を向けた先にいたのは、気絶した筈の怪物キリア。

 

「まさか――!」

「体内はガード出来ないよな?」

 

不敵に笑うキリアの背後で尻尾として生えている蛇が蠢く。

熱息の際に開いたカイドウの口内に忍ばせていた布石が最悪のタイミングで発動していた。

 

()()⁉)

 

遅効性の麻痺毒がカイドウを蝕む。

 

(だが、この程度の毒で俺が怯むと思うな……!)

 

足止めがなんのその。

その全てを力で粉砕してきたからこそ世界最強の生物。

だが――

 

「フッフッフッフ――そこでじっとしてな、カイドウ」

 

同じく気絶していた筈の天夜叉が笑いながら手を翳す。

幾重にも張り巡らされた糸のトラップがカイドウの身体を縛る。

 

(う、動けねェ……⁉)

 

それでも何とか拘束を解こうとしたカイドウだが、

そんな彼の脚を止めたのはバカ息子の氷――

 

「偶にはお前がゲンコツを食らえ。クソ親父」

 

七武海2人と息子の足止めを受け、完全にカイドウが止まる。

本来の彼であればものの数秒で解けるような拘束だ。

しかし、今はその数秒が致命的だった。

 

「カイドウッ‼」

「ぐぅ……クソッタレがァァァァァ‼」

 

叫ぼうとも拘束を解くには時間が足りず、魔人の突進は止められそうもない。

せめてダメージを抑えようと武装色で全身を強化するカイドウ。

 

 

 

 

“おれは……生まれてきてもよかったのかな……”

 

 

走るガープの脳裏でそばかすだらけの少年が言う。

あの時の自分は何と言ったんだったか。

 

“そりゃおめェ……生きてみりゃわかる”

 

そうだ。そう言ったんだった。

 

ガープは後悔などしない。

あの時は言葉の通り、自分で生きて、自分で実感を得ることが大事だと思ったからこそのものだった。

 

実際のところ、海賊の道を選んだのはエースの意志であり、ガープに落ち度は殆どない。

それにサボの件があった以上、エースが海賊の道を選ぶのは必定であった。

でも、それでも、ガープは何かもっと自分から言ってやれたんじゃないかと思うことがある。

 

(じゃが、過去は過去だ)

 

過ぎたことはどうしようもない。

ならばせめて、今の自分に出来ることを。

 

そう、例えば――泣きながら人として生きたいと叫ぶ子供の手助けくらいはしてやりたいと、ガープは思うのだ。

 

悲鳴を上げる肉体を強靭な意志の力でねじ伏せながら老体が駆ける。

老いたとカイドウは言うが、ガープから見れば彼らが若いだけだ。

忘れてしまったらしい小僧に教えてやらねばなるまい。

自分が誰であるかを。

嘗て海賊たちを恐怖に陥れたこの一撃を。

 

「ウオオオオオォォォォォォォォ――‼」

 

放たれる一撃必殺の拳。

そして――

 

「ガッ――――――――」

 

 

伝説が蘇る。

 

山を砕き、海賊王と渡り合い、悪党を恐怖させた悪魔の一撃がカイドウに直撃する。

恐らく、カイドウを知る者であれば驚愕するであろう。

白目を剥き、吐血しながらボールのように吹き飛ばされていく彼の様に。

 

「……思い知ったか。これが人の拳じゃ」

 

老いたガープではあるが――その一撃だけは間違いなく全盛期のそれであった。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「――――ハッ! ハァ……ハァ……ゴホッ! ハァ……ハァ……」

 

どうやら数秒だけ意識を失っていたらしい。

眼を覚ましたカイドウは腹部に刻まれた殴打の痕を見た後、苦しそうに咳き込んでから吐血し――

 

「ウ、ウオロロロ……面白い」

 

笑った。

 

全身から発せられた覇王色の覇気が周囲の建物を吹き飛ばす。

カイドウは金棒を地面につきながら立ち上がり、天に吠えた。

 

「面白れェ! 面白れェじゃねェか! あの爺、まだあんな力を持ってやがったのか!」

 

ドレスローザ中に広がる凶悪な覇気が市民のみならず海兵の意識も奪っていく。

 

「英雄ガープ……いいねェ、全盛期の奴でなければ意味がないと思っていたが、伝説は健在だったか……!」

 

狂喜乱舞。

カイドウは全身全霊で一瞬だけ蘇った嘗ての伝説を喜び、歓迎する。

強い奴がいればいるほど血が滾り、底のない戦意が込み上げてくる。

 

ドレスローザの大地を踏み砕き、尋常ではない跳躍力で吹き飛ばされた地点からガープの場所まで戻って来たカイドウは笑った。

 

「疲れ切っちゃいねェだろうなガープ? もうテメェの盾役はいねェぞ?」

「ふん。わしに盾など必要ないわい。さっさと掛かってこい小僧」

「ウオロロロ……その言葉、後悔するなよッ!」

 

ダメージが蓄積しつつも狂喜乱舞しているカイドウとサポートを失ったガープが構える。

時代を代表する怪物2人が本格的に戦いの火蓋を切ろうとしたその瞬間――

 

 

 

プルルルル、プルルルル、プルルルル、

 

 

 

「あァ?」

 

(これは確か出発前にクイーンから渡された緊急連絡用の電伝虫……)

 

調査の結果、本格的にヤマトが攫われたことが発覚し、単独で出発しようとしたカイドウを急いで押しとどめて渡されたことを思い出す。

 

カイドウの性格をよく知っているクイーンのことだ。

余程のことがなければ鳴らすはずがない。

だが――

 

(悪ぃなクイーン。俺ァ、こっからが本番なのよ)

 

完全に連絡を無視することに決めたカイドウは鬱陶しく鳴り続ける電伝虫を握りつぶそうと手に力を籠め――

 

「……」

 

だが、やはり性根にある真面目さが部下からの緊急電伝虫を無視するという選択肢を取れなかった。

 

「どうしたクイーン。俺ァ、今、最高に楽しい―――」

『カイドウさん! 大変だ!』

 

機嫌よく電伝虫に出たカイドウではあるが、対するクイーンは焦りを隠せない様子で言った。

 

『大将だ! 急に飛び出したアンタをキングと追いかけてきたんだが、何故かドレスローザ周辺にいた大将たちの軍艦に襲撃されているんだよ!』

「あぁ? 大将だァ? どいつか知らねェが、大看板のお前らなら問題ねェだろう?」

『違うんだカイドウさん! ()()()()()()()()()()()()! 青雉に海を凍らされてこれ以上前に進めない上に黄猿のビームで狙撃されて艦隊は壊滅寸前だ! 場所と相手が悪すぎる!』

『おいクイーン。 テメェ、カイドウさんに連絡するなと言っただろうが……! ここは俺たちだけで抑えるんだ』

『アホキング! 被害状況をもっとよく確認しろ! このままじゃ俺たちはともかく、とんでもない数の兵力を失うことになるぞ!』

『……チッ』

 

クイーンの電伝虫に割り込んできたキングはきっとカイドウの手を煩わせることを拒んだのだろうが、クイーンの言葉を否定できない様子から見て大将2人に相当苦戦させられているのは間違いないだろう。

 

(大将が2人だァ? 英雄ガープといい、やけに用意周到じゃねェか。本格的に俺の首を取りに来たのか?)

 

思わぬ強敵の登場に興奮して沸騰していたカイドウの熱が部下からの報告で冷めていく。

冷静な思考回路を取り戻したカイドウはまだ立ち上がろうとしているボロボロの男を見て先程の推測を否定した。

 

(いや、違う。俺だけじゃねェ。コイツが原因か)

 

王下七武海の新人。

世界情勢を大きく塗り替える可能性を持つ男――怪物キリア。

 

カイドウの推測は正しく、海軍はとあることを恐れていた。

それ即ち――怪物キリアの四皇接触。

 

実際はそんなことないのだが、海軍はキリアが王下七武海を辞めてカイドウと結託し、本格的に世界を滅ぼすべく動き出す最悪のシナリオを恐れていた。

 

「――で、どうするカイドウ。まだやるってんなら相手になるが?」

「……」

 

自分たちに風が吹いてきたことを感じ、無理やり立ち上がったドフラミンゴがカイドウを挑発する。

本当は力の限り暴れ回りたいカイドウではあるが、絶妙なタイミングで差し込まれた電伝虫のせいで興がそがれてしまった。

それに、部下たちのことも気掛かりだ。

 

彼らは来るべき最高の戦争の為に必要なカイドウの戦力だ。

自分の我儘のせいで海軍にいいようにされるのは気分が悪い。

 

「潮時か」

 

フッとドレスローザ全体を押さえつけていたカイドウの覇気が消えた。

臨戦態勢を解いたカイドウはくるりと背を向けた。

 

「なんじゃ、喧嘩はしまいか?」

「ウオロロロ……強がるんじゃねェよ、ガープ。テメェがまだ強いのは良く分かったが、それと俺を倒しきれるかどうかは別だろう?」

「……生意気な小僧じゃ」

「言ってろ。――さて、俺ァ野暮用が出来たんでもう帰るが……テメェら。四皇に挑戦状を叩きつけたこと、忘れるな」

「望むところだ」

 

ギロリと向けられたカイドウの視線にドフラミンゴが挑む。

暫く睨みあっていた両者だが、やがて視線を外したカイドウは焔雲を生み出し、部下たちの元へ向かうべく空を駆ける――

 

「あぁ、それからヤマト」

 

と、その寸前にふと思い出したように息子の方へと向き直った。

 

「……なんだ」

「テメェは、その道を行くってことでいいんだな」

 

思いも寄らない言葉に固まるヤマト。

ただの一度だって自分の道を認めもしなかった父がそんなことを言うなんて……。

 

ヤマトは自然と隣にいるガープに視線をやった。

彼は静かに頷くだけ。

気が付けば彼は力強い瞳で宣告していた。

 

「――あぁ。僕はこの道を行く」

 

「……分かった。()()()()()()。決着はまた付けるぞ」

「望むところだ」

 

そして、四皇百獣のカイドウは1匹の龍となってドレスローザを去っていった。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

「やれやれ、ようやく去っていったか。傍迷惑な奴じゃ」

「ご苦労だったな、英雄ガープ。もう帰っていいぞ」

「――なんじゃ、用済みになったらさっさと出て行けと? 随分と急かすのぉ」

「感謝はしてるさ。海軍には後日、礼の品を送っておく」

「わしはいらんわい。それよりも、壊れた街の修復を手伝ってやろう。あと、パエリア食わせろ」

「結構だ。アンタらに頼んでいるのは外敵の排除であって復興作業じゃない。それはこっちで解決するさ。パエリアは好きに食っていけ」

「せっかく海軍が手伝ってやると言っておるのに、意固地な奴じゃのう。なんじゃ――」

 

ガープの瞳がカイドウと戦っていた時のそれに切り替わる。

 

「わしに見られたら困るものでもあるのか?」

「どうだろうな」

 

英雄と天夜叉の視線がぶつかり合う。

両者ともに譲ることのない睨みあいが続く。

 

「……復興作業は手伝う。これはわしの趣味じゃ。文句あるか?」

「……趣味、か。じゃあ仕方ねェな。だが、分かっているとは思うが――」

「あー、もううるさい奴じゃのう。分かっとるわい。あまり好き勝手に動くなというんじゃろう?」

「そうだ。世界政府加盟国の長からのお願いだ。無下にはできねェだろ?」

「どうせうまいこと隠しているくせに用心深いやつじゃ」

 

呆れたように溜息をつきながらガープは背を向ける。

早速復興作業を手伝いに行くのだろう。

 

 

「――クソピンク」

「俺の名前はドン――もういいか。なんだ?」

「今回は市民たちのための復興作業が重要だから多くを詮索するつもりはないがのぉ……」

 

底冷えするような瞳がドフラミンゴを射抜く。

 

「牙をむいた猛獣がいつまでも大人しくしていると思うな」

 

その瞳は言っていた。隙を見せれば次はカイドウに向けられたあの拳がお前に向くぞと。

 

「……覚えておこう」

 

 

 

 

「あぁ、それからそこの娘」

「僕はヤマトだ」

「そうか。ヤマト、お前に言っておく」

「なんだ?」

 

あのバカと面影が重なることを自覚しながらガープはあの時言ってやれなかったことを告げた。

 

「鬼の子も人の子もない。生まれてきたことが罪な者などいない。それだけは覚えておけ」

「……あぁ。ありがとう。覚えておくよ」

「海軍に入りたくなったらわしに言え。いつでも歓迎するぞ」

「うーん、多分ないかな?」

「ぶわっはっは! また振られてしもうたわい!」

 

快活に笑ってからガープは手を振って部下たちの元へと歩いていく。

 

こうして、ようやくドレスローザ事件は幕を下ろした。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「――で、パイセンどうするんです?」

「……どうすっかなぁ」

 

完全に一歩も動けません状態のドフラミンゴとキリアはドレスローザの地面に横たわりながら言葉を交わす。

ちなみにヤマトは一足先にドレスローザの病院へと運ばれている。

放っておけば勝手に回復するキリアと自身で内部を縫合している最中のドフラミンゴはあらかた回復してから病院へ向かうことにしていた。

 

「カイドウはまた攻めてきますよ」

「だろうなァ……」

「しかも、次は大看板とか連れて」

「あぁ……」

「俺たち、次こそ死にますよ? それともまた海軍呼びます? もう次は見逃してくれなさそうですけど」

「そうだなァ……」

「というわけで、今までお世話になりました」

「薄情すぎだろテメェ」

 

ぼんやりと空に浮かぶ雲を眺めながらツッコミを入れるドフラミンゴ。

だが、彼もキリアの言葉が正しいことは分かっていた。

恐らく次はない。完全に英雄ガープに目を付けられてしまった以上、ドレスローザのことを隠し通すのは不可能に近いだろう。

 

「……キリア」

「なんだ、天夜叉」

「だから見切りをつけるのが速いんだよテメェは」

 

いきなり赤の他人面し始めた後輩にツッコミを入れつつ、ドフラミンゴは言った。

 

「色々考えたんだが……やはりドレスローザは防衛には向いてねェ」

「でしょうね」

「……正直、もう潮時だとも思っている」

「インペルダウンでも元気にしていてください」

「その時はテメェも道連れだ」

 

話をあちこちに飛ばすクソ馬鹿に苛立ちつつ、ドフラミンゴは話を続ける。

 

「防衛戦は圧倒的に不利と分かったからなァ……次はこっちから攻め入る番だ」

「……戦力は? こっちからの討ち入りじゃあ、海軍は手を貸してくれないですよ」

「別の連中を使う」

「……ちょっと前に話していたのは覚えてますけど、まさか本当にやるつもりなんですか?」

 

「あぁ、条件は整った。使えるものは全て使うさ」

 

 

ドンキホーテ・ドフラミンゴは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王下七武海を招集する」




作者は老いたと言われ続け、本人も老いを自覚しているお爺さんキャラがそれでも意地で全盛期の片鱗を見せつけるシーンが大好物です(突然の告白
というわけでガープおじいちゃん主人公回でした。

ここ最近は真面目にやっていたので次回はキリア君が大暴れします。

次回、七武海連合結成会議――お楽しみに。

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