ガリレオの従姪   作:けーてぃー

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憑霊く終

 

 

 

憑霊(とりつ)く終

 

 あなたが所持しているアパートの一室、一◯三号室に、空き巣が入った恐れがあるらしい。

 アパートのオーナーである平井亜紀子の元に、不動産屋からそんな連絡がきた。

 警察が現場検証をしたいといっているので、自分が合鍵を持ってアパートに向かう、と不動産屋の担当者は平井亜紀子に告げた。

 一◯三号室は空室だから空き巣など入るはずはない。

 捜査など拒否してほしい、と平井亜紀子はいったが、住居侵入罪は非親告罪なので、オーナーといえど捜査を拒否する権利はないらしい。

 どういうことだろう——何故バレたのだろう、そんな諦念と焦燥が混ざったような思いが錯綜する。

 しかし、どこかに逃げても、どうせ捕まるだけだ。今更、慌てても仕方ない。

 だから彼女は、大好きな映画のBDを再生した。ソファに座って、お気に入りの紅茶を飲みながら、映画を楽しむ。

 最も盛り上がるクライマックスシーンの直前で、家のチャイムが鳴った。

 ああ、警察が来たんだな、と思った。この映画の続きは、当分観られそうにない。

 

 

 

 

 

 平井亜紀子は、複数のマンションやアパートなどを所有している資産家だった。

 浅倉家が入居しているマンションの所有者も彼女で、平井自身の住居も、そのマンションの一階にあった。

 彼女は、盗聴を趣味としていた。自分が所有している物件の目ぼしい部屋には、盗聴器を仕掛けている。

 浅倉葵は、盗聴相手として特に魅力的な人物だった。

 育児ノイローゼなのか、漫画家の仕事が忙しいせいか、子供が産まれてからの葵は、日を追うごとにやつれていた。葵の不幸な生活を盗み聴くのは、平井にとってこの上ない喜悦だった。

 浅倉家に届いた郵便物を盗んだり、猫の死体を部屋の前に置いたこともある。盗聴器越しに聴いた、畏れ慄く葵の声を思い出し、平井亜紀子はくつくつと笑った。

 

「何がおかしい?」

 

 怪訝な表情で問う草薙に、平井は、「いえ、なにも」とそっけなく答えた。

 取調官は、平井をマークするよう管理官に進言した草薙が務めることになった。補佐には後輩刑事の岸谷がついている。

 当初は重要参考人として連行された平井だったが、素直に犯行を認めた彼女の立場は、既に被疑者に切り替わっていた。

 

「正直に白状しないと、殺人の罪まで着せられそうだからね。なんでも答えるわよ。何が聞きたいの?」

 

 そういった平井の顔は、あまり悪びれてもいない。

 

「浅倉紗奈美さんの遺体が、お前の所有しているアパートの一室から見つかったのは何故だ?」

「拾ったから」

「馬鹿なことをいうな。そんな妄言、信じられるわけがないだろう」

「そういわれても、拾ったのは事実だもの」

 

 肩をすくめる平井に、草薙は厳しい顔を向けた。

 

「浅倉の奥さんが、赤ん坊を埋めるところを見ていたのよ。捨てるんだったら、私が貰ったっていいじゃない」

「偶然、そんな場面を見かけたというのか」

「偶然……ああ、もしかして、まだ気づいてなかったの?」

「……なんのことだ」

「あの部屋には、盗聴器が仕掛けてあったのよ」

 

 草薙は、内心を表に出さないようにしながら、密かに驚いた。まさか特殊班が、その程度の捜索もしていないとは思わなかったのだ。

 特殊班誘拐捜査係の面々は、最初からどこか狂言誘拐を疑っていた。部屋に盗聴器が仕掛けられている可能性を疑わなかったのは、大きな落ち度だ。

 

「浅倉さんの部屋と私の部屋は、それほど離れてないから、盗聴器でいつでも音を聴けるのよ。それで、あの女が赤ん坊を殺すところも聴いていたの」

 

 浅倉葵の部屋の音を聴くのは、平井にとって半ば日課になっていた。

 赤ん坊の泣き声に、ヒステリックな母親の怒声が混じるシーンは、彼女にとって最高の音楽だった。

 あの夜も、そんな音が聴けると思ってイヤホンを耳に挿していたのだ。しかし、聴いているうちに、どうやらいつもとは様子が違うことに気づいた。

 赤ん坊の泣き声が急に止まったかと思うと、浅倉葵の焦り狼狽える声が聴こえてきたのだ。

 死んだのか、と思った。殺したのだ、とわかった。

 

「その後、救急車を呼ぶでもなく車で出かけてったから、何か面白いことが起こるんじゃないかと、あわてて私も車に乗りこんで跡をつけた。そしたら、公園で赤ん坊を埋めだしたから、驚いたわ……笑い声を噛み殺すのに、苦労した」

 

 浅倉葵が子供を埋める様を、物陰に隠れながらにやにやと眺める女の佇まいは、さぞグロテスクだったに違いない。

 

「私の罪って、せいぜい脅迫と死体損壊でしょ。脅迫っていっても金は受け取ってないし、損壊も凍らせただけ。むしろ冷凍保存してあげたんだから、旦那の方は感謝してくれるんじゃない?」

「なぜ、金を受け取らなかったんだ?」平井の無神経な言葉は無視して、草薙は訊いた。

「五百万なんてはした金、別にいらないし。一億とか二億なら貰ってあげてもいいけど、そんな金、あの家にあるわけないのよね……だから、ぎりぎり用意できそうな、五百万にしてあげたの」

「金がいらないなら、犯行の動機はなんだ」

「脅迫したのは、あの女の慌てる様を見てみたかったのと、警察の捜査を盗聴できたら楽しいかなと思ったから。実際、すごく楽しかったわ。まるでミステリドラマの世界に入り込んだみたいだった——でも……脅迫は、ほんのついで、オマケみたいなものね」

 

 平井亜紀子は、前髪をかき上げながら、口の端が裂けるような気味の悪い笑顔を浮かべた。

 

「死体が手に入った時点で、気分は最高潮だったわっ。にんげんの、しかも子供の死体よっ」

 

 アパートの一室からは、浅倉紗奈美の遺体の他、夥しい数の猫や小動物の死体が見つかっている。平井亜紀子に、死体収集という悪癖があったことは間違いない。

 

「野良猫の死体は殺せば簡単に手に入るけど、ニンゲンのガキの死体なんて、観るのも初めてだったわ。それが、私のコレクションに加わったのよ。あーあ、警察に没収されちゃうなんて、ついてなかったなあ……くく、くひっ、あははははっ」

 

 女の、引き付けを起こしたような笑い声が取調室に響いた。悍ましい、下卑た歓笑だった。

 草薙は——この女は悪いものに取り憑かれている——と思い、眉間に皺を寄せた。

 

「ところでさ、すごく気になってるんだけど……住居侵入があったなんて、嘘なんでしょ?」

 

 一転して、ぼうっと呆けたような顔で問う平井に、草薙は、「嘘じゃあない」と断言した。

 

「嘘よ、あの部屋に死体があるってわかってて、捜査したいだのなんだのいってきたんでしょ。何で私のやったことがバレたのよ。証拠なんか残してなかったでしょ」

 

 何故バレたのか、平井にとって、それだけが大きな謎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察から委託を受けた民間団体が運営している、『匿名通報ダイヤル』というものがある。

 その名の通り、そのダイヤルでは匿名での通報を受け付けていて、電話だけでなく、インターネットを使って、ウェブサイトの入力フォームに通報文を送ることもできる。

 本来は、反社会的勢力が絡んだ犯罪などについての情報を受け付けているのだが、そのダイヤルのウェブサイトに、一件の奇妙な通報文が送られてきた。

 

 その通報者は、自分のことを『空き巣犯』と名乗っていた。

 その空き巣犯が送ってきた内容によれば、彼、もしくは彼女は、たまたま侵入したとあるアパートの一室で、赤ん坊の遺体を発見したらしい。

 

『赤ん坊は冷凍庫の中で凍っているので、できるだけ早く出してあげてほしい。いつまでも、あんな冷たいところに閉じ込めておくのは忍びない』

 

 そんな文章で締められた通報を、当初、誰も本気で受け取ったりはしなかった——内海薫に、湯川からの連絡が来るまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スツールの並んだバーカウンターの内側で、玲於奈はグラスを拭いていた。

 今の時間帯、バーの奥にあるステージではプロによるマジックショーが開催されている。イリュージョン、というほど大掛かりではないが、多彩な小道具を次々と使う派手なマジシャンだ。

 コメディの要素も取り入れているらしく、軽妙な語り口に、時折客席から笑い声が上がった。

 マジック目当ての客は、皆ステージのよく観えるテーブル席に座っていて、カウンター席にいる客はまばらだった。

 客として訪れている小夜子も、オレンジジュースを片手にテーブル席にいる。

 

「玲於奈さん、ちょっと」

 

 玲於奈の肩を軽く叩きながら、琴音がいった。今日は彼女もバーテンダーとして出勤している。

 あまり長い間関西の実家にいたら、バイトを休み続けることになるからと、琴音はいま、玲於奈の部屋で暮らしていた。早く引っ越し先を見つけるために、連日不動産屋巡りをしている。

 玲於奈の住んでいる部屋は二人入居もできる物件なので、いっそのことルームシェアしても構わないのだが。

 

「あちらのお客さまが、玲於奈さんを呼んでほしいって」

 

 琴音は手のひらでカウンターの隅の席を指し示した。そちらに視線を向けると、そこにはひとりの女性客が座っている。片手で頬杖をついて俯き、退屈そうな様子だった。

 

「知り合い?」琴音が訊く。

「いえ、知り合いではないですね。けれど、知らない人でもないです」

 

 ちょっといってきます、と琴音にことわって、玲於奈はその女性客の前まで歩み寄り、声をかけた。

 

「お酒は召し上がらないんですか?」

 

 俯いていた女性客は、玲於奈の方に顔を上げた。バーに来たというのに、彼女はコーヒーを飲んでいる。

 

「この後、仕事に戻らないといけないの」

「それはそれは、大変ですね。警察官、それも刑事さんともなると、お忙しいんでしょうね」

「……まあ、それなりには」

 

 どうやら私が来ることは、湯川先生から聞いていたようだ、と女性客——内海薫は合点した。

 どうせ名前も既に知っているのだろうが、薫は一応名刺を手渡す。玲於奈は名刺を持っていないので、自己紹介と共にお辞儀を返した。

 

「ご多忙のなか、バーにいらっしゃったということは、やっぱり、私を捕まえに?」

「捕まえてほしいの?」

「んー、出来ればご勘弁願いたいかなあ、とは思いますが」

「例の部屋の中には、あなたの髪の毛一本も、指紋ひとつも残ってなかったわ。こんなこというのはなんだけど、大した腕ね。『空き巣犯』さん」

「いや、そんな、褒められても困ります」

「褒めてないわよ」

「あはは」

 

 薫は玲於奈の顔を見つめた。湯川の親戚というからには、一筋縄ではいかない人物像を思い浮かべていたが、想像よりも話しやすい娘だった。イマドキの女子大生、という印象を受ける。

 

「何も盗んでない以上、実際は空き巣ではなくただの住居侵入。しかも物証がないのだから、公判は維持できない。たとえ捕まえても、起訴はされないでしょうね。あなたが自首したいというなら、逮捕してあげてもいいけど」

「反省しています。お許しください」

 

 玲於奈は恐縮しながらかしこまった。薫の眼光は、特段睨んでいるわけでもないというのに、やたらと鋭い。

 

「湯川先生から、厳重に注意してやってほしいと頼まれたわ。姪御さんの躾くらい、ご自分でやればいいのに」

「あのう、姪ではなく、従兄弟の娘なので、従姪なんですが」

「ああ、そうなの。だからなに?」

「いえ、なんでもありません」

 

 二週間ほど前、湯川から——匿名通報ダイヤルに通報した『空き巣犯』なる人物は自分の親戚で、その通報内容は真実だ——と伝えられた薫は、草薙と共に、管理官である多々良に進言した。

 草薙はもちろんのこと、多々良管理官も、湯川の助言が無視できないものであることは、今までの経験からよく知っていた。

 赤ん坊の遺体というワードに、丁度いま捜査中である浅倉紗奈美さんの事件との関連性を疑った捜査本部は、通報にあったアパートの所有者を調査した。

 すると、そのアパートのオーナーが、浅倉夫妻の住むマンションのオーナーと同一人物であることが発覚したのだ。

 この事実を、偶然と片付けることはできない。

 とりあえず、『空き巣犯』を名乗る人物からの通報を、住居侵入の自白と捉えて、アパートの一室を捜査することになった。言うまでもないが、捜査の本命は住居侵入についてではなく、部屋の中にある冷凍庫の中身だ。

 不動産屋の担当者を伴って部屋の中に踏み込んだ捜査員は、冷凍庫の中で凍っている子供の遺体を発見する。

 生前とは変わり果てた姿ではあったが、浅倉葵に画像を見せて確認したところ、その遺体は浅倉紗奈美であると断定された。

 その同時刻、平井亜紀子の行動確認についていた刑事は、浅倉紗奈美発見の報を受けて、遺体が見つかった部屋の所有者である平井を重要参考人として連行したのだった。

 

「湯川先生からは、あまり詳しい事情を聞けていないのだけど、あなたは、心霊現象を解明するためにあの部屋に忍び込んだのよね?」

「はい、幽霊に導かれたんです」

「……真面目に話す気がないなら、やっぱり逮捕しようかしら」

「いえいえ、ちゃんと話しますよ。もちろん」

 

 玲於奈は琴音の部屋で起こった心霊現象について、薫に話し始めた。

 誤解を受けないよう微に入り細に入り説明する。

 話の流れが、部屋に赤ん坊の幽霊が出たくだりまできたところで、薫から、待ったの声が上がった。

 

「幽霊が出たって、それ、本当に心霊現象じゃない。科学的に説明がつくの?」

「ええ、内海さんは、低周波音、という言葉をご存知ですか?」

 

 オカルトやホラー的な話かと思えば、急にサイエンスな話題を振られて、薫は少し面食らった。

 

「低周波というのはよく聞くわね。低周波治療器とか」

 

 薫は、身近なものを思い出していった。低周波治療器なら、実家の母が持っていた。薫も借りて試してみたことがある。

 

「周波数の低い波動や振動を低周波といいます。低周波治療器は、弱いパルス波電流を身体に流すことで治療する器具ですね。そして、低周波音は、周波数の低い音の波。具体的には、百ヘルツ以下の音を指します」玲於奈は、人差し指を立てていった。

「その、低周波音と、幽霊にどういう関係があるというの?」

「日常的に低周波音が発生している場所で生活していると、健康被害が出る場合がありまして——」

 

 健康被害が出るほどの影響を与えうる低周波音を、特に低周波騒音という。

 騒音といっても、低周波騒音は特性として人の耳では感知しにくいので、単に音がうるさいというものではない。

 耳に聞こえにくい低い唸り音や振動が人体に作用して、様々な症状を齎すのだ。

 

「症状は多岐に渡ります。不眠や疲労感、頭痛や身体の痺れ。さらには、奇妙な圧迫感を覚えたり……幻覚を見たり」

 

 玲於奈の説明に薫は、なるほど、と呟いた。

 

「低周波騒音を発生させていたものは、内海さんも、もうわかってますよね」

「あの部屋にあった、四台の冷凍庫ね」

「その通りです。もともと冷凍庫は低周波音の発生源としてよく例に上がりますが、ワンルームの壁に四台も並べられていたのが特に災いしました。狭い場所に低周波音が発生する機械を並べたりすると、周囲にある壁などの障害物と共鳴して、作用が増幅することもありますから」

 

 四台の冷凍専用庫は、琴音の部屋がある方向の壁と接する形で、並べて配置されていた。短期間では大した影響が出なかったとしても、琴音のように一年以上も生活すれば、健康を害することもある。

 結果的に琴音は、幽霊の幻覚を見てしまったのだろう。

 

「ご納得いただけましたか?」玲於奈が訊く。

「ええ」

「では、真面目に話したので、逮捕は無しということで」

 

 頭を下げながらいう玲於奈に、薫は、ふふっと笑った。

 

「最初から、逮捕する気なんかなかったわ。さっきもいったけど物証は出なかったし、草薙さんからも、勘弁してやろうといわれたから」

 

 薫と草薙以外は『空き巣犯』なる人物が玲於奈だということを知らない。

 草薙から上に進言する際、多々良管理官にだけは事情を話したので、管理官も『空き巣犯』が湯川に関係する人物だということまでは把握している。

 しかし、管理官は起訴もできそうにない微罪犯に興味を示さなかった。

 結局、草薙の判断で、通報者『空き巣犯』の正体は有耶無耶のままに終わらせることになった。

 

「草薙さんですか?」

「ええ、知ってる?」

 

 草薙刑事のことなら、名前だけは知っている。

 不可思議な事件が起こると、謎を解いてくれと相談を持ちかけられて困る、と湯川が溢しているのを玲於奈は聞いたことがあった。

 たしか、学生時代、バドミントン部で一緒に汗を流した同窓生だったはずだ。

 

「学さんのお友達ですよね」

「そうよ」

 

 薫は頷いて答えたものの、お友達というのは二人を表す関係として適切ではないな、と思った。あの二人はお友達というより、腐れ縁といった方がしっくりくる。

 

「んー」玲於奈は顎に指を当てて唸った。

「どうかした?」

「私、草薙さんとは面識がないので、庇われる覚えがないんですが」

「……実は草薙さんも、プライベートで住居侵入をやらかしたことがあるらしいわ」薫は、内緒よ、と呟いて、人差し指を唇に当てた。「その時に起きた事件でも、幽霊騒ぎが絡んでいたそうよ」

「幽霊騒ぎですか。それはまた、興味深い話ですね」

「私は詳しく知らないけど、その事件の謎も湯川先生が解明してくれたらしいから、詳細を知りたければ、先生に訊いてちょうだい」

 

 薫はそういって、コーヒーカップを干した。

 聞きたいことはもう無くなったようで、彼女はその後すぐに会計を済ませ、バーをあとにした。

 すると、玲於奈が一人になったところを見計らって、小夜子が近寄ってきた。

 

「捕まらなくてよかったね、玲於奈」小夜子は女性刑事が空けた席に座った。

 彼女が先程から、近くの席を陣取って聞き耳を立てていたことに、玲於奈は気づいていた。

 

「そうね」

「まあ、玲於奈なら手錠されてもすぐ外せるんだろうけど」

「流石にやらないわよ、そんなこと」

 

 刑事の目の前で手錠を外したりなどすれば、罪状に公務執行妨害が追加されそうだ。

 

「ところで、実はわたしひとつだけ、よくわかってないことがあるんだけど」小夜子は小首を傾げていった。

「なに?」

「幽霊が出た原因は、玲於奈がいった通りなんだろうけど、どうして琴音さんは、赤ん坊の幽霊を見たの?」

 

 幽霊と聞けば小夜子は、一番に大人の姿を思い浮かべる。

 琴音が見た幽霊は、冷凍庫で凍らされていた浅倉紗奈美と似たような年齢だった。

 偶然といえば、それまでだが——

 

「正直いうと私、今となっては、赤ん坊の幽霊が助けを求めたっていう結論でも良いかな、と思ってるの」

「ええっ、なんで?」

 

 玲於奈が心霊現象を蒸し返すようなことをいうので、小夜子は驚いた。

 

「だって私は、ガリレオじゃあないもの」

 

 真面目な面持ちでそういう彼女の右手には、銀色のコインが光っていた。それを、親指で天井に向かって弾く。

 コインは照明の光を反射させながら、まるで自転する星のように回り、放物線で綺麗な半円を描いて玲於奈の左手に着地した。

 左手を、ぐっと握りしめる。一拍置いて、再び開いた時には、コインは跡形もなく消えていた。

 カウンター席から、小さな拍手の音が聞こえてきた。

 

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