鳥のさえずりが聞こえ、うっすらと目を開ける。目を覚ますと、そこはソリチュードにある自宅の寝室……ではなく山々や草原が広がるのどかな風景であった。雪国であるスカイリムとは程遠い景色は、もしかしたら夢だったのかもしれないというローグのかすかな希望を見事に打ち砕いた。
「ここが、異世界か……」
転生したという実感が湧かず、誰に語りかけるわけでもなく独りごちる。
そのまま数分ぼーっとしていたが、バシンッと自分で両頬をたたいて喝を入れた。あの自称神様に向かって自分で新しい世界で生きていく啖呵を切った手前、こんなところで感傷に浸り、時間を無駄にするなんて情けない事をしている場合ではないのである。
「とりあえず道なりに歩くか。いつか町かどっかに出るだろ」
旅路は至って順調だった。食料面はつい先ほど鹿を黒檀の弓矢で仕留め、肉を破壊魔法【火炎】で焼いておいしく頂いた。道中では果実がなっている木を発見したため、のどの渇きも問題なく潤せる。
だが、ストレージに物を入れる際に彼は気付いてしまった。
「しまった……金がねぇ……」
ローグがスカイリムで稼いだセプティムは1ゴールドたりともストレージに保管されておらず、アメジストやルビー等の宝石や宝飾品も皆無だった。あの神様が願いを聞き届け、金品を一つ残らず届けたのをこんな形で確認できてしまうとは。
「あのデイドラめ……最低いくらか残しとけってんだ。出鼻を挫きやがって……」
限りなく八つ当たりに近い事を考えながら歩き続けると、なにやら後ろから車輪の音が聞こえてきた。振り返ると遠くからこちらに向かってくる馬車が見える。しかもスカイリムでは滅多に見ない、きらびやかな細工が仕込まれていた。金持ちが乗っていると考えてまず間違いないだろう。
寂しくなった懐に山賊時代の血が騒ぎ、腰に掛けた黒檀の剣に手をつけようとして、やめた。スカイリムの地でも決して品行方正に生きていたわけではないが、生き返ってからすぐに悪行を働き、あのデイドラ……もとい神にまた神雷を落とされてはたまったものじゃない。
後ろから近づく馬車に道を譲り、端の方へ身を寄せた。これでいいのだと自分に言い聞かせてまた歩き始めようとすると、馬車が目の前で停車していることに気がついた。
「やあやあ、そこな旅する竜人君」
バタンと馬車の扉を開けて出て来たのは、落ち着いた雰囲気の白髪と立派な髭をたくわえた紳士だった。洒落たスカーフとマントを着込み、胸には薔薇のブローチが輝いている。立ち振る舞いからも住む世界が明らかに違うことだけは分かった。
「竜人……ここらでは俺みたいな奴はそう呼ばれてんのか?」
「そうとも。こんなところで一人歩いているということは、随分遠くからきたんじゃないかい? この先にはリフレットと呼ばれる町があるんだが、一緒に乗っていくかい?」
「あー、悪いが。今は持ち合わせがなくてよ……」
「お金なんて良いさ。これでも店のオーナーを務めていてね。なんなら丁度、話し相手がほしいと思っていたところだよ。しかもその立派な鎧。腕が立つと見込んで護衛も頼みたい。というわけでさあ、遠慮せず乗りたまえ」
見ず知らずの、しかも多種族を馬車に乗せるとは。ここらが余程治安が良いのか、この人物がお人好しなのか、どちらかなのだろう。もとの世界では考えられないことだ。だが素直に好意に甘え、彼はそのまま馬車へと乗せてもらった。
馬車に揺られ、話に花を咲かせている間にこの優しき紳士、ザナックは服飾関係の仕事をしている事が分かった。店を各地に出しているため、今日もその会合に出た帰りだという。
そこでローグは故郷から離れ、一文無しで一人旅する哀れな竜人という立場を餌に、優しき紳士からリフレットの情報だけでなく、金の単位や暦など、こちらの世界の常識と呼ぶべきものを色々と教わった。
なかでも興味を引いたのは『冒険者』という役職だ。町の雑用から薬草の採取、モンスターや獣、賊の討伐、果てには要人の護衛などローグの世界で言うところの傭兵に近しいものだ。だが無法の荒くれ者の多い傭兵と違い、冒険者は『ギルド』という組合組織のもとにランク付けで管理され、ランクに合わせた依頼を斡旋し、依頼者との仲介を成すという治安と画期さがある。
このギルドを通すことにより、依頼内容に準じたランク・報酬内容の裁定と自分の実力に合致した依頼を受けられるため、依頼主も冒険者側も双方が得をするようにできている。故にただの傭兵とは違って食いっぱぐれることなく仕事にありつきやすく、公の場で腕を振るって分かりやすく己が実力を証明できるのだ。
ローグの世界でも似たような組織は確かに存在はしていたが、そこまでサービスが充実しており、尚且つ規模の大きい組織は聞いたこともない。とりあえず、彼の目的地は容易に定まった。
もう少しザナックの話を聞いていたかったところだが、道中が平和だったこともありリフレットの町はすぐに到着した。町の門近くで兵士達からの検閲を受け、馬車の窓越しにローグの姿を見た衛兵達の空気が一瞬ひりつくが、一緒に乗っていたのがザナックであると分かるや否や、早々に町への入場を許可された。
「なんだよ、あいつ等。人の顔見てコソコソと」
スカイリムでもアルゴニアンという種族は珍しく好奇の目で見られたりするが、この衛兵たちのは露骨でそれ以上のものを感じ、流石に軽く気分を害す。
「ここらで獣人は珍しいからね。それに君は身体も大きいしその黒い鎧もあいまって充分、おっかなくて強そうだよ。顔も私がであった竜人の中では一番厳ついときた。その右目から頬に駆けての大きな傷はどうしたんだい?」
「はっ、衛兵の癖に情けねえの。ドラゴンに挑む位の気概は見せてみろ……て、こいつか? あー、まあ……
「ほう!? その話も是非とも詳しく……聞きたいところだったが店が見えてきたな」
ガタゴトと石畳を走ってからすぐに賑わう大通りへと出た頃、馬車は通りで一番大きな建物の前に停まった。
「宿屋なら前の道を右手に真っ直ぐ行けば一軒あるよ。『銀月』って看板が出てるから、すぐにわかるだろう。冒険者ギルドはその先をずっと奥に行ったところにある。困ったら周りの人達から話を聞けばすぐに分かるだろう」
「助かるぜ。なんだか色々世話になっちまったな」
ザナックの後に続いて降りると、彼から麻袋を手渡される。手元に収まった瞬間、中からチャリンっと子気味のいい音が聞こえてきた。
「お、おいザナック。いいのかよ、これ」
「中に金貨が5枚入っている、今回の護衛と面白い話の代金だよ。これで冒険者の登録と
宿を借りると良い」
「金貨!? マジで言ってんのか!? たしか銅貨100枚分、銀貨10枚分のあの金貨だろ!? ソレを5枚なんて……他になんか頼みたいことでもあんのか?」
「はっはっは、用心深いところ申し訳ないが何も無いよ。強いて言うなら商人らしく、投資と思ってくれれば良い。何やら君は訳ありだし、その風体ならすぐに冒険者として実力を咲かしてくれるだろう。腕の良い冒険者は上級身分の者達からの依頼が多くなる。その時に必要になってくるのが上等な服というわけだ。後は、分かるね?」
「成程な、あんた凄ぇわ。その時が来たら、是非ともよろしくして貰うぜ」
「そう来なくては! 君の体格と尻尾に合わせた服を用意させていただこう。では達者でな、竜人のローグ君」
おうっ!! 力強く返事をし、店の名前を覚えておこうと垂れ下がった看板に目を通したその瞬間だった。ローグはとある重大で残酷な現実に気が付いてしまった。
―――――文字が、読めねぇっ!!!!
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「約束が違うわ! 報酬は金貨一枚だったはずよ!」
昼間だというのに、日の光が薄らと入り込む程度の路地裏にて四人の男女が言い争っていた。軽装でガラの悪いチンピラ風の男2人と、同じく軽装で銀髪の姉妹。ショートカットとロングという髪型の違いはあるが、髪や翡翠色の瞳が一緒の双子である。
「ああ、確かにこの水晶鹿の角を金貨一枚で買うと言ったさ。ただし見ろよ、ここに傷があるだろう? だからこの金額なのさ。買い取るだけありがたいと思うんだな。ほらよ、銅貨一枚受け取りな」
チャリンと音を立てながら、一枚の銅貨が姉妹の足下に転がった。傷ありとはいえレアな素材が銅貨一枚など、ギルドの相場でもここまで暴落することはない。この男達は始めからこうするつもりだったのだ。
明らかに足下を見られた挑発と侮辱に長髪の姉は怒りを露わにし、気弱な短髪の妹も悔しさに唇を噛み締める。
「その傷だって、あなたが受け取るときに落としたんじゃないですか」
「ああん?!」
「ひぅっ!? さ、最初から約束を守る気なんてなかったのは……そっちなんじゃ」
「んだよ嬢ちゃん、ここまできて言い掛かり付けてくるとは酷ぇじゃねえか?」
「妹に……リンゼに近付くな! もういい。お金は要らない、その角も返して貰うわよ!」
大事な妹に詰め寄った男達に逆上した姉は大きな籠手を装備し、臨戦態勢をとった。無論、想定していた男達も腰に下げていた剣を引き抜き、ゲスな笑いを浮かべる。
「おっと、そうはいかねえ。もうこれはこっちのもんだ。お前らに渡すつもりは───」
「なあ、ちょっといいか?」
「あぁ? なんだて……めぇ……」
男の声が徐々にかすれていく。全員の視線が声の対象へと集まると同時に、その場の空気が一瞬にして張り詰めた。
全身に黒い装飾の入った鎧と鋭い二本の角の黒兜を装備し、体格が男達より一回り大きいリザードマンが不意に乱入してきたのだ。その顔には兜越しでも分かるような右目から頬に掛けて生々しい傷跡が目立っている。全身から醸し出されているかのような威圧感に、思わず全員が無意識のうちに対象を移して身構えていた。
「取り込み中に悪いんだが、冒険者ギルドってのを探してんだ。お前らも冒険者ってのだろ、生娘二人をイジメてないで案内してくれよ?」
「な、なんだてめえ!? しゃしゃり出てきてなに勝手なこと言ってやがる! 邪魔すんじゃねえよトカゲ!」
「あぁん!? いまなんつった!」
地雷を踏んだのか、ローグの威圧感は更に増して男達に降りかかった。一人は完全にあてられたのか怯えて腰が引けているが、仕切っていたもう一人はヤケクソ気味に切っ先を向けていた。
「くそが! 生皮剥がしてやるぜ、このトカゲ野郎が!」
勢いに任せただけのデタラメな剣戟、多くの修羅場をくぐってきたローグにとっては、もはや攻撃とすら呼びたくないほどの粗末な一撃だった。黒檀の盾で容易に受け止め、怯んだ隙に男の顎に掌底を打ち込み、そのまま地面へと叩き付けた。
受け身を取れず、激しい脳震盪を起こした男は泡を吹いて気絶する。スカイリムの地であれば当然殺していたが、資格もない内から冒険者を殺したときのギルドの報復が怖かったため、敢えて生かしておいたのだ。
ローグは次の獲物を見定めるかの如く腰を抜かした男に目線を移すと、男は連れを置き去りにしたまま、我先にと泡を食って逃げ出した。しかし、逃げ出した先に姉妹がいたのが悪かった。
「ど、どけ! どいてくれ!」
「ふんっ!」
「あがっ!?」
長髪の少女も向かってきた男の顎に一発拳を叩き込み、再起不能にさせた。華奢な体つきの割に綺麗なフォームから繰り出された抜群の一撃は、男の懐を弄っていたローグも感心する一打だった。
「良いね、やるじゃねえか。俺が手を貸さなくても良かったかもな……ほらよ!」
財布をスり、ついでに揉め事の原因たる水晶鹿の角を少女に放り投げた。おっとっと、と角を籠手で傷つけないよう彼女は慎重に受け取る。殴り専用の籠手というスカイリムでも珍しい一品にローグの興味は増すばかりだ。
「お褒めの言葉ありがとう、竜人さん。実際その通りかもだけど、それでも助けてくれてありがとう。あたしはエルゼ・シルエスカ。こっちは双子の妹、リンゼ・シルエスカよ」
「もう、お姉ちゃん! えっと、リンゼ、です……ありがとうございました」
「おう、ローグだ。とりあえず、案内頼めるか?」
エルゼが自信に満ちた笑顔のまま答えると、ぺこりと後ろにいたリンゼも小さく微笑んで頭を下げた。二人の可愛げな笑顔を見ると、双子というのも納得である。
最初の緊迫感は何所へ行ったのやら、とりあえずではあるが良好な関係は築けたと言って良いだろう。
「とりあえず、冒険者手続きってのが必要なんだろ。金はあるんだが、その、まあアレだ…………読み書き、頼めるか?」
「「えっ!?」」
セプティム
タムリエルの通貨。ゴールドと呼んだ方がプレイヤーにとっては馴染み深い。帝国を支配していたセプティム王朝が滅んでから2世紀たったTES:Vでもこの呼び名で精通している。
スカイリム十周年で殴り専用の籠手がアプデで追加されたときにはニマニマしながら使いました。素手のフィニッシュムーブとか初めて見た。ステゴロは良いぞお!