取り敢えず現状況の把握と行こう、今の俺と奴との距離感だ。
奴、【傭兵】ニックスとの距離は大体一、二メートル程度。
一発鼻を殴ってやったのが案外効いてるようで、鼻から青い血を垂らして【念力】を使っている。
この様子だと、意外と俺の狙いは外れてなさそうだ。
「殴り合いだこの野郎ッ!!」
「ひ、ははっ、ははッ!! いいぜェッ!! 血ィ流してェッ!! ぶっ倒れてェッ!! 死に様晒すまで終わらねェッ!!!」
奴は少しフラつきながらも手を動かし、【念力】で瓦礫を操ると一斉にこっちに向かって飛ばしてきた。
俺は
その光景に奴は笑みを浮かべるが、瓦礫は俺の頰を掠めるのみで攻撃にすらなっていなかった。
流石にそれには驚いたようで、少し慌てた様子でもう一度瓦礫を浮かし飛ばしてくるが、狙いは逸れて俺の隣を通過する。
そうこうしている合間に、俺は奴の目前で踏み込んで頰に一撃を叩き込む。
やっぱ俺の最初の狙いは、成功していたらしい。
俺の本来の狙いの方はそれは奴の背中にあるスイッチみたいなやつで。
服の下にケツの少し上ら辺に、体と一体化していてぱっと見わからないスイッチが存在する。
それを一発ポチればそれで終わるんだが、当然ながらあんなのじゃ背中を見せてくれるどころか近づけるわけもなく。
ならば勝てはしなくとも、一時的に戦闘不能にしてやろうと思った次第で。
俺の顔面に叩き込んだ一撃がそれなりに効いたようで、更にフラつきながら頰を押さえて後退する。
笑みを浮かべてはいるものの、その表情の中には焦りのようなものが見えていた。
無茶苦茶に扱う【念力】を避けて再接近する俺に向けて、更に後ろに後退しながら声を荒げる。
「なんで……当たんねェんだろォなァッ!!」
「知るかボケッ!! 俺に聞くんじゃねぇよ!」
と言うのは嘘で。
俺が鼻を殴ったことが奴の命中率低下と関係している。
詳しい仕組みはわからないが、奴の体が
アンドロイドやオートマタ系統には基本的に、自分で立って歩くための中枢機能が存在している。
これがないと立って歩けないし、まともに動くこともできないわけだが。
セクサロイドってのはどうにも作りが雑なようで、直線状にある中枢機能を殴ってやったらちょっと壊れちゃった、ってのが事の真相だ。
俺は悪くない、作りが雑なのが悪い。
ともかくこうなった以上、気をつけていれば攻撃に当たることはない。
よほどの物量で攻められなければ、の話だが。
「なるほど。そう言うこったァ……あァ。そういやァ、
「なッ……!」
なんて、呑気に考えていたところに、突然軌道修正した瓦礫が俺の目前に飛んでくる。
咄嗟に腰を落としてスライディングを決め込んだことで、ギリギリ回避はできたものの、あまりの唐突なことに困惑と思考がこんがらがる。
成功したはずだ、間違いなく成功した。
奴の鼻を潰す勢いで殴って、中枢機能そのものをぶっ壊してやったはず。
なのに何故、なんで、どうやって、あの野郎、軌道修正しやがった。
「……あっ」
と言ったところで、奴の発言から恐ろしいことに気づいてしまった。
それは奴が既に、
プレイヤー……要するに主人公だが。
今まであった奴らの反応的に、それに該当する人物が存在しているらしい。
そしてそいつは当然ながら目の前の奴、【傭兵】をも倒していることになる。
鼻に一撃加えた上で。
「偶然、か。それとも……」
俺と同じ、か。
と考えたいところだが、それはあり得ないと言える。
だって相手のことを全て把握しているのに、いちいち同じやり方で倒す必要性などない、主人公の行動を辿る必要性などないのだ。
それにこの鼻に一撃云々は、元々とある人との会話で出ている話だ。
仮に知らなくともそのタイミングで知れるはずなのだ。
つまり主人公は元々この世界の人間である可能性は高い。
「考えたって仕方ねぇか、それよりも……!」
「独り言たァ、随分余裕、そう、だなァッ!!」
「楽しそうで結構!! 死ねッ!!」
俺の暴言を掻き消すような一撃が飛んできて、俺は体を軽く横に倒してギリギリのところで避ける。
弾速は出会った頃に比べると少し落ちていて銃弾程度に落ち着いていた。
それならばまだ、勘とスラムの経験でなんとか避けられる。
奴とは立ち位置は今や逆転していた。
俺が殴りに行き、奴は【念力】で瓦礫を飛ばしながら後退だけ。
鬼ごっこ状態だ。
まぁ、別にそれはどうでもいい。
それよりも考えなければならないことがある。
奴がどうやって軌道修正できたかだ。
どうやって俺が奴の命中率を落としたかについては、奴もそこんとこある程度理解できているはず。
だがそれを無理やり戻す、ってのは無茶苦茶だ。
うーん、ダメ元で聞いてみるか。
瓦礫を避け、地面を蹴って急接近。
腕を振りかぶったところで真下から瓦礫が飛んできて、上を向いて顎に直撃を避けたことで狙いが外れて一撃が空振る。
奴はそこに大きく後ろに下がって距離を取ったところで、俺は声を荒げて話しかけた。
「テメェ! どうやって戻しやがった!」
「あァ!? 何をだァッ!!」
「フラついた足取り、ぶっ壊してやっただろうが!!」
「……なるほどなァ。どこでオレの機能について知ったか知らねェがァ……
「【
「ひ、ははははッ! そうッ! それだッ!! 『
『
まさかこんなところでこいつが、『真髄保有者』としての力を振るうとは思っていなかった。
『
意味はそのまんまで能力の真髄に至ったもの、って感じ。
基本的には本来の能力よりも一段階上に行った奴のことをこう呼ぶ。
奴の【
普通の能力者と『真髄保有者』、見分けを付けるには結構わかりやすくて。
能力が本来の度量を超えて発揮されていること。
そしてこれはプレイヤー側しか知らない事だが、名前の読み方がカタカナであると言うことが、見分ける鍵となる。
と、言うわけで、奴はその『真髄保有者』とか言うそこら辺の奴らよりヤベー能力者であるわけだが。
何がどうやばいかと言われると、基本的なことは説明済みである。
超広範囲であり、超重量であり、超多数であると言うこと。
実のところ、それに留まらないが故に、『真髄保有者』なのだが。
そんなわけで『真髄保有者』ってのは他の能力者よりも優れていて、ヤベー奴らばっかってこと。
まぁでも、後でわんさか出てくるんだろうな。
なんなら主任看守は皆『真髄保有者』だったはずだし。
そんなこと考える頭の中で、奴は言葉を続けて俺はハッとして構える。
奴の周囲に浮かぶ瓦礫を見ながら、次の一発を叩き込む策を考えながら。
「とにかく、よォ……治ったんだァッ!! 続きィ、遊──」
奴が笑いながら言ったところで突然、俺たちを取り囲む風景が
あまりにも突然のことに俺は困惑していたが、少し考えてこの光景にあることを思い出す。
思い出さざるを得なかった。
「──ふざけが過ぎるぞ。
「チッ……【傭兵】って呼べやァ。
「ああクソ……冗談だろ」
「……少々目立ちすぎだな。ウィルター」
上から聞こえてきた声に見上げてみれば、建物の屋上に軍服に近い看守服を着た女性が一人。
何もないところに一歩足を出すと、立っていた建物から突然土床が生えて彼女の足場となる。
土床はまるで彼女の行く道を知っているかのように階段状へとなって行き、俺たちの前までの道が三十秒も経たないうちに出来上がった。
「俺のこと、知ってたんですか」
「ああ。よく抜けている、などとは言われるが、囚人と顔を忘れるほどマヌケではないさ」
「じゃあ何故」
「慈悲は万人に与えられるべきだ、と」
「……何が言いたい」
「この階層に来たこと、それ自体は見逃そう。だが、アルキナ・エルナフ。ウォードール。奴ら二人と脱獄を画策していたことについては見逃せんな」
グランは省かれたらしい、可哀想に。
しかしあの博物館で出会った時、慈悲で見逃された、ってことらしい。
ゴキブリと姫騎士に狼、色々と悪目立ちし過ぎたか。
「それにだ。ウォードール。あれはどうやって開けた?」
「つまんねぇギミックさ。ちょっと弄れば簡単に開くぜ」
「簡単に開けば国家間で戦争なぞ、起きるはずもないだろう」
「そりゃそうだ」
いつだ、いつ奴は攻撃を始める。
攻撃されたらまず間違いなく、アルキナかラスナが来ない限り詰みに陥る。
一発、一瞬、気を抜けば奴の能力によって一瞬のうちに追い詰められる。
これからだってのに、早速こいつとやり合いたくねぇんだよ。
「【傭兵】。君は少し後ろにいるんだ」
「ちとつまんねェなァ」
「なに、すぐ終わるさ……さて、ウィルター。残念だが、ここで始末させてもらおう。本来はもう少し、この世界について聞くところなのだが、もしもの時は、と上からよく言われているのでね」
「なんだと、どういうことだ……!!?」
「なに、君が知ることはない。すぐに始末をつけるさ」
そう言って主任看守は手袋を深くつけ、指を一回弾いて鳴らす。
周囲の建物の形そのものもが次から次へと変貌して行く。
ありとあらゆる建物はまるで蛇のようにうねり、その先を剣のように尖らせて俺の方を向いていた。
詰み確定。
「串刺しは好きかな?」
「串刺しどころかバラバラになりそうだが?」
「なに、死体は残さない。ありとあらゆる可能性は潰えなくてはならないからね」
「ッ……!!!」
奴が軽く手を挙げると、うねった蛇のような建物の残骸は、俺へと標準を向ける。
三百六十度、完全包囲。
どう動いても、どうあがいても、待つのは死ぬのみ。
俺の能力みたいなのが発動する確証もなし。
このままじゃ……いや、これは、まさか、遠くに見えるアレ、いやアイツ。
「遺言は聞いておこう」
「……俺は死なねぇ」
「なるほど。上には伝えておこう」
「伝える必要もねぇだろ」
そんな俺の言葉が届く前に、建物だったものから攻撃が放たれる。
だが俺にはもうここで死なないという確信があった。
アレを見れば、そりゃそう思うのも仕方ないだろう。
アレが、アイツが、すぐそこまで迫って刀を構えているのだから。
「ッ!? なっ……ま、まさか!!」
主任看守は驚きで声を荒げ、咄嗟に標的を変えるかの判断で攻撃が鈍った。
おかげさまで遠くから走ってきたアルキナが、俺の前に降りてくる隙ができたのだった。
「《斬解剣・
一瞬の間に俺の目の前に現れたアルキナは刀をほんの少しだけ抜いて呟く。
次の瞬間には周囲のありとあらゆるものが細切れに、修復不可能なまでにバラバラとなっていた。
出たよ、アルキナの謎剣術。
自己流で編み出したとか言う、この世の理そのものを無視しきった無茶苦茶な剣術。
一度振れば彼女の思うがまま、これで何故『真髄保有者』じゃないのか疑問である。
「主任看守サマ。こいつは私の獲物でね。先駆けは許されないわよ?」
「君のような人間が他者に興味を持つなんてね」
「これでも人並みの感性は持ち合わせてつもりよ。それよりも私、アンタのこと切りたくてしょうがないわ。付き合ってくれるわよね?」
「いいだろう、かかってこい」
と、完全に俺を無視したアルキナと主任看守がお互いに構える。
どうしようもない中、俺は改めて【傭兵】に目をつけた。
ここからはアルキナ頼りだ。
絶対に、奴を機能停止にしてやる。