つらみハラミ。
「ふぅ……落ち着いたわ」
「そう、よかったね……」
アルキナ・エルナフ、解体魔の気狂い女が落ち着くまでに数分後。
俺は彼女と相対して床に直座りしていた。
冷たいし、硬いし、椅子欲しいわ。
まぁそんなもの望んだところで出てくるような場所ではない。
「で? なんでアンタこんなとこにいるのよ」
「俺が聞きてぇよ。なんか軍服の奴らに誘拐されて、連れてこられた」
「軍服……ああ、上の連中ね。あの頭が死んで体の腐った蝿の方がマシな連中ね」
「ボロクソ言うなぁ」
「だって嫌いだもの」
そう言ってナイフを手持ち無沙汰に動かして、刃物の部分を見つめる。
そんな彼女の顔を見て、俺の頰に嫌な汗が流れる。
恐怖と逃げ出したい気持ちの入り混じった、最悪な冷や汗だ。
だって怖えもん、こいつ。
だが、今は逃げ出すわけにはいかなぃ。
「ま、お互い自己紹介しましょ。知らないままってのも、なんか嫌だし」
「なんか嫌ってどう言うことだよ……」
そんな俺の言葉を無視して、彼女は言葉を続ける。
ナイフを地面に投げて刺して、胸に手を当て自己紹介を始めたのだ。
「私の名前はアルキナ・エルナフ……って言っても、名前も能力も知ってるわよね? ……ね?」
圧をかけてこっちを見つめてくるの、やめてくれないだろうか。
やっぱとっとと逃げ出したい。
「……あー、俺は。ウィルター……グラジオフ。ウィルター・グラジオフだ、スラム街出身だ」
「スラム街? どこのよ」
「西の……ほら、でっかい街あるだろ。機械と蒸気の街、ありとあらゆる最先端を行く──」
「『ヴィクトルシティ』、あそこね。一回行ったことあるわよ。何人かバラしたけど、歯ごたえなかったわね」
「なんの感想だよ……」
「環境によって人の断面って変わるのよ? この前なんか緑のやつがいたわ」
「みどり……」
なんかどうでもいいことのはずなのに、緑の断面を思い浮かべてしまい気分が悪くなる。
だって嫌だろ、人の体が緑の断面って。
そんじょそこらの他種族でもそうならない、はず。
多分突然変異だ。
「そんなことよりも。アンタ、何よさっきの」
「さっきの……すり抜けたやつ?」
「そうよ」
「……さぁ、知らん。俺も初めて、ちょっと混乱してる」
「初めてぇ!? 病院で検査は?」
「生憎、そんな金はないもんでな」
「あ、スラム街出身だっけ、アンタ」
俺はさっき話題に出てた『ヴィクトルシティ』と呼ばれる場所のスラム街出身だ。
ヴィクトルシティ、些か大きな街で白く機械仕掛けの外壁によって囲まれている。
中身はまさにサイバーパンクそのものという他なく、街頭ビジョンなんか宙に浮いてたりする。
当然、触れもしないものだ。
それでそんな街の外を出ればファンタジー全開な世界が広がってるのだが、まぁそれは置いておこう。
兎にも角にも、そんな街にも貧富の差というものは存在しているもので。
生まれた時から俺はスラム街に住んでいた。
まぁ、それがどうして、気づいたらこんなとこにいたわけだが。
「でも治安悪いんでしょ、特にあんな街のスラムじゃ」
「まぁ、悪いな」
「なら、能力使われたり、殴られたりしたことぐらいはあるんじゃないの?」
「あるが……それがどうにも、今回みたいなことになったことは一度もねぇ」
「ふーん……なんでかしらね。おもしろ」
「面白くねぇよ」
はぁ……とため息をついて、俺はさっきのことを思い返す。
やっぱり意味がわからない。
何故俺の攻撃が俺の体をすり抜けたというのか。
彼女曰く、【切離】の能力は【透過】を無効化して切り落とすことが可能らしく、俺はそれすら無効化しているのだ。
攻撃に加えて能力の無効化、チートと言えるような能力だが、発動条件が全くわからん。
そもそも能力なのか、はっきりしねぇし。
まぁ、今はこれ以上考えても仕方ないだろう。
それよりも、だ。
「……アルキナ……でいいよな? どうやってここに来たんだ?」
「どう……って。そりゃ、壁切ってきたわよ。スパスパーって」
「壁を切るって……流石【切離】だな。じゃあ切って、ここまで降りてきたんだな?」
「そそ。アンタを襲った時もそれで壁に潜伏してたわ。道なんて切り開けばいいのよ。切り開けば」
「無茶苦茶言ってんなぁ……」
呆れたような声を出す俺に対し、彼女は胸を張り続ける。
しかし、正直言って頼もしいと言える。
こいつと一緒にいるのは嫌だが、その能力の有用性はかなりのものだ。
どんなものだってナイフ片手に切り開けるのだから。
まぁ、アルキナの武器はナイフじゃなくて、もっと大きな刃物なんだが。
「……アルキナ、これから戻るつもりか?」
「んー、まぁ。ちょっと前に没収された武器を取り戻してから戻るわ。ここにあるみたいだし」
「そうか……俺も付いてっていい?」
「嫌よ。めんどくさいのが増えるじゃない」
「旅は道連れ世は情けって言うだろ?」
「聞いた事ないわよ! そんなこと!」
「チッ……やっぱ日本じゃねぇと通用しねぇか……どうしたもんか……」
今ここでこいつに付いていけなければ俺の人生は詰む。
さっきの看守たちだって、どこに行ったのかもうわからない。
だから残りの人生をここで過ごして行く羽目になってしまう。
それだけは、それだけはなんとかさせなければならない。
だが現状どうにかする方法なぞ、この解体魔について行く以外に存在しねぇ。
どうしよう、どうしよう……と唸っていると、そんな俺を見かねたのか、一つの案を提示した。
「……しょうがないわねぇ。じゃあ、試し切りさせてくれるならば、付いてきてもいいわ」
「試し切りぃ? ……もしかして、ナイフじゃなくて武器で?」
「そうよ。もしかしたら武器なら切れるかもしれないじゃない? もしさせてくれるならば、付いてきてもいいわよ」
これは……つまり、俺の体で試し切りする代わりに付いてきていいと。
武器見つけたらバラすね、と言ってるようなもので。
……なるほど、俺は俺を信じるしか、現状の打開策はないらしい。
「わかった。だがアルキナ、俺の体を切れるかどうかはわかんねぇけど」
「試し切り、って言ったでしょ? 武器の切れ味を試すんじゃなくて、私の武器でアンタを切れるか試すの」
「……あー、そういう、ね」
彼女のやりたいことを理解して、俺は取り敢えず頷くだけだった。
と言うわけで、彼女は地面からナイフを抜いて立ち上がると歩き出す。
俺はその後ろをせっせと付いて行くだけだ。
なんせ話すことがないのだ。
まぁ、話したいわけじゃねぇけどさ。
なんてことを考えていると彼女が口を開く。
「アンタ何歳?」
「え。二十一だけど……」
「へぇ、身長は?」
「百……七十くらいはあったかな」
「体重」
「五十ぐらい……って、なんでそんなこと聞くんだよ」
「そりゃバラす時の参考にするからに決まってるじゃない」
「……言わなきゃよかった」
「もう遅いわよ」
そう言いながら彼女は、ヘラヘラ笑って手の中でナイフを弄んでいた。
ならばと、俺も彼女のことよく知るために、この機会に色々聞いてみることにした。
もしかしたらゲーム内でも明かされていなかったことを知れるかもなぁ、的な考えで。
「じゃあ……逆に聞くけどよ。お前は何歳なんだ?」
「私? 私は……そうねぇ。何歳だったかしら」
「覚えてねぇの?」
「十の時から考えるのをやめたわ」
公式設定では確か、年齢は明かされていなかった。
だから知る機会になると思ったのだが、数えていないと来たか。
しかしまぁ、それも彼女の境遇を考えたら納得はできなくもない。
設定はかなり読み込んだ方だから、彼女の境遇についてはよく知っている。
それこそ、俺より悲惨だ、と言えるぐらいには。
「見えてきたわ。この先にある扉の向こうに武器があるわ」
彼女の経歴を思い出していたところ、声を出して立ち止まった彼女のすぐ近くに近づく。
そこは曲がり角の丁度手前であり、そこから顔を覗かせて奥の方にある扉を見ていた。
扉はなかなか重厚で大きく、簡単に開きそうにはない。
しかも手前には四人ぐらい看守が銃を持って見張りをしていて、簡単には入れないのは確実だった。
「……どうすんだ?」
「プランAで行くわよ」
「なるほど、プランAか……え、プランAって何?」
「それは……こう、よッ!」
と言うと俺の尻を思いっきり蹴り飛ばす。
俺は間抜けな声とともに、思いっきり曲がり角の方に飛ばされる。
当然ながら、声を出しながら出てきた俺は看守に見つかってしまう。
「貴様ッ!! 何故牢から出ているッ!!」
「手を挙げて、跪けッ!!!」
四人の看守が一気に銃を持ち上げ、その銃口を俺に向ける。
俺は咄嗟に手を挙げて膝をつく。
横を見るとアルキナの姿はもうどこにもなかった。
「あ、あの野郎……!!?」
なんて呟いていると看守たちは銃を構えたまま、こちらにジリジリと距離を詰めてきていた。
俺が少し動こうとすると、先頭にいた看守が声を荒げる。
「そのままの姿勢でいろッ! 発砲の許可は出ているッ!!」
「わ、わかったって! 動きも抵抗もしねぇから、そんなもの下げろよっ!」
俺は手を挙げたまま、奴らが近づいてくるのを見ていると、突然一番後ろの方で看守が叫び声をあげた。
残った三人の看守が一斉に後ろを向くと、後ろから一番近かった看守の顔面に蹴りがぶち込まれる。
すぐ近くにいた別の看守が発砲するものの、襲いかかった影は顔を軽くズラして弾丸を避ける。
そしてすぐさま、右手に持っていたナイフを振り上げて、両腕を切り落とした。
「き、貴様はッ──!!」
一番先頭にいた看守が銃を撃とうと、銃口を向けたところでナイフが振り下ろされる。
体は中心から真っ二つに裂けて、ぶっ倒れてしまった。
看守たちに襲いかかった影の正体、それは壁を通って出てきたアルキナだったのだ。
「アルキナァ……先に言えよッ!!」
「上手くいったから許してほしいわね」
「ったく……こちとら死ぬかと思ったぞ……」
バラバラになって蠢いている看守たちを見ながら、俺はアルキナとともに扉の前に立つ。
アルキナはナイフを軽く振り上げると、扉は真っ二つになって開き、共に中へと入っていった。