ゴキブリは嫌いだ、多分これからも
さて、あのクソみたいな逃走劇から多分数時間ぐらい経った頃。
俺とアルキナはどっかの建物の屋上で息を切らしていた。
俺は倒れて暗く果ての見えない空を見上げ、アルキナはドアの隣の壁にもたれかかり座って。
とにかく、俺たちは疲れ切っていた。
だって、あんなん死ぬと思うだろ、普通。
かなりの数いたゴキブリを他の囚人に追わせることで、俺とアルキナはなんとか逃げきり。
俺はスラム街で鍛えたパルクール技術を使い、屋上まで登ってきたってわけだ。
ちなみにアルキナの方は改造した体を限度いっぱいまで使って壁を走ってた。
あんなことできんのね、サイボーグって。
「はぁっ……はぁっ……もう、無理ぃ……走れねぇ……辛い……」
「……もう、どこにも、いないわよね……はぁ……」
「体はサイボーグでも、疲れんのかぁ……?」
「ただの、錯覚よ……体に溜まった熱が、脳を勘違いさせてるだけ、よ……」
「の、割には、息切れしてんけどなぁ……」
「肺なんて、とうの昔に、機械化したわ……」
そう言うと、一度大きな深呼吸をして、壁にもたれかかりながら刀を杖のようにして立ち上がる。
俺も大きく呼吸をすると、上半身を起こして座った。
こう、改めて周囲を見るとすごい場所だ。
かなり……と言うか、無茶苦茶というか、とにかく広い。
一応壁は見えるのだが、その下に日本で言うところの区が広がっているような、そんな感じだ。
あそこに入れば簡単に迷ってしまうだろう。
そしてその街なのだが、側から見れば白を基調として構築されており、機械感と清潔感を感じさせる。
だがいざ近づいてみれば廃墟感とスラム感……と言うよりも、九龍城砦、と言った方がわかりやすいかもしれない。
あれが少し広くなって大通りがところどころにできた感じ。
まぁ要するに、とにかく広くて白いってこと。
「……これが【デッドマンズジェイル】……」
「上へ行けば似たようなのがもっと広がってるわよ」
「ああ……こんなのが、あと九百九十九……」
「……なにアンタ、まさか上行くつもり?」
「ああ。この監獄から脱獄する」
俺が街を見ながらそう言った瞬間、アルキナは耐えきれなくなったかのように笑い出す。
「…………マジで言ってんの!? な、なにそれ、アンタ! マジ!? あははははっ!!!」
「笑うなよ」
「笑うわよ、そりゃ……みんな脱獄したいって言うわ。でもねぇ、無理よ」
「なんでだよ」
「だって
「主任看守?」
「ええ。百層ごとに運営を任されている看守よ。運営を任されてるだけあって、強いわよ。そんなのが十人。それに加えて最上階の一層には看守長もいるんだから」
「看守長、って言うと……あー……」
思い出す、前世の記憶を。
看守長、このクソみたいた巨大監獄の全てをまとめ上げるヤベー奴。
とあるイベントをこなすことで、模擬戦の形で戦えるんだが、手加減する、って割にはクソ強い。
だってなんだよ、あの即死攻撃、無理無理、先に知らなきゃ対策もクソもないって。
【
それに加えて能力も強力で……現実的に、勝てるビジョンが見つかりそうにないやつだ。
「ねぇ?」
「……ば、バレなきゃなんとかなるだろ!」
「脱獄なんて、考えてるだけで目ぇつけられるような場所よ? バレるもクソもないわ」
「んなこと言うなよ……そんなことより、お前はどうすんだよ」
俺が聞くとアルキナはつまらなさそうに空を見て、ビルの端っこまで歩いて行く。
そして俺の方を軽く向いて答えた。
「帰るわよ。切れないんじゃ興味ないもの」
「そんなこと言うなよ。もう少し興味持ってくれてもいいだろ?」
「バカねぇ、断面を見れないやつを見てても面白くないわよ」
「誰も面白くねぇよ……ほら、俺を助けると思って」
「生憎、人助けも興味はないわ」
「あ、おまっ……!!」
そう言うと軽い動きでビルの下に行ってしまった。
急いで追いかけようと飛び降りた場所に近寄るが、既に下の方にアルキナの姿はない。
さて、ボッチになってしまった……と、言いたいところだが。
一分もしないうちに何故かアルキナは、俺のいる場所と反対側から上がってきた。
またもや息を切らしているようで。
「……あー、お帰り?」
「た、ただいま……」
「帰るんじゃなかったのか?」
「あー……そうね、端的に言うわ。私もアンタも、命を狙われてる」
「は?」
「この第九百九十九層の全員に」
「は? え?」
「しかも、九百一から千層までを管理する、主任看守も」
「……すまん、聞き間違え、じゃねぇよな?」
「ええ。主任看守にも命を狙われているわ、私たち」
「なんで」
「さっきのゴキブリね……ついでに、私が昔、色々やってたから……」
「絶対にお前の言う『色々の』せいじゃん!!? お前なにやらかしたんだよ!?」
「言うわけないでしょ。悪事自慢なんてなににもなんないわ!」
「言えよ! どうせ何人か切ったんだろ!?」
「違うわよ! ちょっと……数百億するツボを解体しただけよ!! 修復不可能にしたぐらいで、他にはなにもしてないわ!! ……人は切ったけど」
「…………聞かなきゃよかった」
俺は頭を抱えてうずくまる。
多分もう、どうしようもないのだろう。
まずこいつと行動を共にしようとしていたことが間違いだった。
しかしもう、割り切るしかないだろう、ここまで来たら。
流石に死ぬまで共には勘弁だが、ここを脱するまではこいつといるしかない。
「……わかった。なら、とっとと上行こうぜ。上なら、なんとかなるだろ」
「それはしばらく難しいわね。さっきのゴキブリのせいで、上へ行くためのエレベーターが封鎖されてるわ」
「…………階段は」
「ないわよ、そんなの。そんなの仮にあったら数日かけて登る羽目にはなるわよ」
「それは勘弁だな。他に方法は」
「探すしかないわね」
「………………詰んでね? アレ、俺、詰んでる? 詰んでるかな。詰んでるな、うん」
普通に考えて、詰んでいるのはもう確定事項らしい。
確かに現状打開する策が一切ない、と言い切っていいほどない。
そもそも上へ行く唯一の方法が閉ざされているのだ。
多分機械を根っこから止められているはずだから、技術もクソもない俺じゃ到底無理な話。
当然、このアルキナもだ。
その上、大量の凶悪囚人たちに命を狙われている。
この監獄は基本的に囚人が疎らなのだが、一部凶悪な囚人は強制的に下の方に収監されることになっている。
要は上に行けば行くほど緩いのだ。
だからここ、最下層は最も危険であるとも言える場所だろう。
まぁ、アルキナに比べたらチンピラみたいなもんだが。
「……アルキナ、素直に死んだほうがマシかもしれない」
「嫌よ。まだ全部切ってないわ!」
「お前の夢は全部切ることなのか……? ……切る? ……切る、か……そう、言えば……!」
俺の思いつきにより、突然記憶がフラッシュバックする。
あの地獄みたいな戦いの記憶が、またもや生き返ってくる。
と言っても今度は違う戦いだ。
この九百九十九層にてアルキナと戦うことになるのだが、道中ある場所に寄り道すると別のボスとも戦うことができる。
そのボスってのが、ちょっと異常な攻撃力と殲滅力を誇り、まぁ、ロクに準備してないと一瞬で消し炭になるような奴で。
しかもゲーム内描写からも、機械類にはかなり詳しいように見えた。
ゲーム内で仲間になることはないのだが、あることをすれば仲間になるのでは、と言う描写があったのだ。
だから、もしかしたら、時期的なことを考えれば、行けるかもしれない。
「アルキナ、俺たちには今、協力者が必要だ」
「そりゃ……そうね。上に行くには色々やる必要があるもの。でも、こんな状況じゃまともに仲間なんてできないわよ? その前に私が切っちゃいそうだし」
「……最後のは取り敢えず聞かなかったことにしてだな。俺に一つ、当てがある」
「当て? 来たこともないのに?」
「まぁ、直感的な? 思いつき、的な? 予知夢的な?」
「……なんか不安になるわね……」
「お前に任せるよりはマシだと思うんだけど。なぁ?」
「はいはい、わかったわよ。それで? どこ行くの?」
何処、と言われるとこの広大な監獄。
ゲーム内の広さと全然違うせいで分かりにくいが、それでも
俺はしっかりとその場所を指差す。
遠くに見える白く岩で出来た巨大な建物、この監獄内での唯一の施設とかなんとか。
「あの博物館だ。あの博物館に、目指すものが存在している」
「……博物館、ねぇ。いいわ、とっとと見つけて上に行くわよ!」
「ちょ、おまっ、待て!!」
先に下へと降りて行くアルキナを追って、俺も飛んで降りて走り出す。
かなり遠くに見える博物館を目指して。