デッドマンズジェイルの囚人   作:御魚天国

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見上げれば絶望、見渡せば最悪

 あれから俺たちは建物の下に行き、裏路地を歩き回っていた。

 当然ながら博物館を目指すためだ。

 普通なら真っ直ぐ行けばいい、と思うだろう。

 だが俺たちは、そうはいかない。

 

「いたか!?」

「いや……あの解体魔、何処に逃げやがった!」

「探せ! 探してゴキブリどもの餌にしろ!!」

「食料庫がゴキブリどもにやられてる! 先に駆除しろよ!」

 

 などとまぁ、大通りの方は大荒れの様子。

 主にゴキブリたちのせいで、俺たちは関係ない。

 関係ないって言ったら関係ないのだ。

 全くと言っていいほどな。

 

 それはともかく、ゴキブリを開放した俺たちも命を狙われているから、こうして裏路地を歩き回っているのだ。

 まぁ、今は裏通りに置かれていた大きな木箱に、二人で詰め詰めで身を隠しているわけだが。

 

 いやぁ、流石に囚人たちが流れ込んできたときはビビった。

 咄嗟に木箱に隠れたのはいいんだが、これが酷く密着する。

 密着するのだが、アルキナだからなぁ……。

 

 ともかくそんなことより、さっきから気になっていることが一つあった。

 件のアルキナのことだ。

 今俺が外に出れば、そりゃもう最悪な囚人どもの手によって瞬殺されるだろう。

 

 だがこいつ、アルキナは違う、逆にバラバラにできるはずなのだ。

 はずなのに……何故、こいつは帰ってきたのか。

 

「お前さ」

「何かしら」

「なんで帰ってきたんだ? あの囚人たちならバラバラにできるだろ?」

「そりゃアンタ……それは……あー……私が……」

 

 アルキナが何か言い淀んでいると、突然囚人たちが騒いで逃げ出す。

 何事かと少し木箱を開いて周囲が見える程度に二人で顔を出す。

 その瞬間、俺たちの入っている木箱の前を黒い影が通り過ぎる。

 言わずもがな、巨大なG(アイツ)である。

 

「──なるほどな、そりゃ逃げてくるわな」

 

 俺は勝手に頷いて隣を見ると、白目を剥いて気絶していた。

 が、すぐさま起きると頭を振って深呼吸を一度繰り返す。

 少し深呼吸を繰り返すと、荒くなっていた呼吸が落ち着いて、冷や汗をかきながら俺の方を見た。

 

「……ご、ゴキブリは絶対に好きになれないわ」

「好きになる必要もないだろ……そんなことよりもだ。こんなところにいつまでもいれねぇ。どうするか考えねぇと」

 

 博物館までの距離は目測でも、多分大体一キロはあるような気がする。

 この世界だと距離を……なんていうんだっけな。

 スラムに住んでると距離を測るような機会があまりないもので単位なんて覚えない。

 覚える必要がない、と言うべきか。

 

「アイツら全員切ったほうが早いんだが……」

「ゴキブリには一片たりとも触れたくはないし、見たくもないわ」

「わがまま女め」

「うるさいわね、アンタにだって苦手なものや嫌いなものはあるでしょ?」

「そりゃあるけどよ。ここにいる以上、文句も何も言えねぇだろ? それにこんな状況じゃ、看守に目をつけられるのも時間の問題だ。主任看守が出張ってくる前に終わらせたい」

「……それもそうね……はぁ。仕方ないわ、私が先行するから、アンタは私をゴキブリから守りなさい」

「おう──へ?」

 

 アルキナは刀に手をかけたかと思うと、抜くと同時に箱がバラバラに解体された。

 横を見れば少しスッキリしたような顔をしている女が一人、奥からはこちらに向かって走ってくるヤツが一匹。

 後はもうお分かりだろう。

 全力疾走、大逃亡である。

 

「ご、ゴキ、ゴキ、ゴキブリッ!!! なんで戻ってきてんのよ!! アイツッ!!」

「知るか!! そんなことより、大通りに出るぞ!! お前は前だけ見てろ!! 俺がアイツをなんとかする!!」

 

 二人して大通りへ出た瞬間、大量にいる囚人たちの目線が一気にこちらに向かって集まる。

 そのうち何人かは一瞬のうちに行動に移し、アルキナと俺に向かって走ってきた。

 速度は異常、やはりこんな場所にいる囚人だからか。

 当然のように人知を超えた速さで迫ってきた。

 

 だがそれよりも、アルキナの抜刀速度は一歩抜けて早く。

 斬撃を浴びせたのも、奴らと俺が刀を抜くと気づいた前だった。

 認知が及ぶ前に既に切り刻んで、囚人たちは血を出すこともなく細切れになった。

 

「【切離】って血が出なくていいな!!」

「汚れないのが利点ね。そんなことより! ゴキブリ!!」

「ああ。なんとか……なんっ!? ふ、増えたぁッ!!?」

「なに増やしてんのよッ!!?」

 

 そう言われても増えたのは向こうだ、俺は全くもって関係ない。

 ちなみに数だが、一匹だったのが二十匹ぐらいになっている。

 どうやらここ九百九十九層を出るまで、俺たちはこいつらに悩まされそうだ。

 

「アルキナ! 前はどうなってる!!」

「全員切ってるわよ! それ以上に!! 置いてあるものが多いわッ!!」

「置いてあるもの?」

 

 後ろを見ながら走っていた俺は、前方を向いて確認する。

 俺たちのいる場所は大通りと言うより繁華街みたいになっているここは、テーブルや椅子が大量に置かれている。

 アルキナはそれすらも斬り捨てて進んでいた。

 

「なるほど……アルキナ! 避けて通れるか?」

「アイツらにぶつけるっての!?」

「多少マシになるだろうさ!」

 

 そう言ってテーブルや椅子の上を走っていこうとした、その瞬間、突然後ろの方でゴキブリが破裂する。

 破裂すると言うか、バラバラになって死んだと言うか。

 

 血と中身が飛び散ってきて、前にいたアルキナが走っている途中で意識を手放し倒れ始める。

 俺は咄嗟に飛びつくようにして、アルキナを庇い、そのまま山盛りになったテーブルや椅子の下敷きになる。

 ギリギリ潰れちゃいないが、声が聞こえてきたのだから、動くわけにはいかない。

 

「チッ……汚ねぇなァ……っと、こんな言葉遣いしていたら【神父様】に怒られてしまいますね」

 

 聞いたことのある声に俺は身震いした。

 アルキナと()()()トップレベルで危険な人物の声がしたら、そりゃ身震いだってしたくなるだろう。

 彼女を一言で例えるなら──その名を、囚人たちの誰かが叫んだ。

 

「【狂姫騎士(きょうききし)】だッ!! 床を破壊して上の階から降りてきやがったッ!!」

 

狂姫騎士(きょうききし)】、そう呼ぶべきだろう。

 とにかく抱きしめたこいつと並んで関わりたくないキャラだ。

 

「肉、肉、肉、肉肉肉肉肉肉肉肉肉ゥゥウウウッ!!!!!」

 

 肉を何度も連呼する唸り声が上の方、近くの建物の屋上ら辺から響き渡る。

 滴り落ちる大量のよだれの音ともに匂いを嗅ぐ音と獣のような唸り声。

 ああ、今日は人生で一番最悪な日で間違い無いだろう。

 小さく小柄で幼女の体を持つ、狼の耳と尻尾を持つケモミミ少女。

 通称、と言うかそのまんまの意味で──

 

「流石は【人喰らい】。ええ、素敵です。その肉を貪るような音。人を切る時と同じようなものを感じて、とっても素敵です。ですが、食べると言うのはナンセンスですよ」

「肉、肉ッ!! お前!! 食べる!! 喰らう!! 人ノ、肉ゥッ!!」

「それはそれは……だったら、やってみろやァッ!! クソ獣ォッ!!!」

 

狂姫騎士(きょうききし)】が細剣を抜き構え、【人喰らい】が爪を立てて雄叫びをあげる。

 絶対に関わりたくないのは間違いない、ないはずなのに。

 本当に俺って、最高にツイていない。

 

 突然、アルキナが目を覚まして刀を手に取ったかと思うと、テーブルたちを破壊して立ち上がったのだ。

 もはや俺は呆然とする他なく、呆然としていたところで奴らが見逃してくれるはずはなく。

 二人の視線が俺たちの方を向く。

 

「あら、【狂姫騎士(きょうききし)】に【人喰らい】じゃない。何やってんのよ、こんなところで」

「それはお前だろうが!!? なんで起きんのねぇ!? 寝てろよ!? ゴキブリ投げつけんぞ!!?」

「……おや【銀断】さんじゃないですか。それにそちらは……誰ですか」

「……美味しそう。肉!」

「アイツ美味しそうとか言ってんだけど!?」

 

 だがアルキナは俺の言葉を無視して少し考えた後、刀を抜いて構えた。

 

「……ちょうどいいわ。アンタら、切らせなさい」

「はぁ!?」

「ウィルター、先行ってなさい。私は少し楽しんでるから」

「楽しむっておまっ……」

「一回切ってみたかったのよね。あのイカレバーサーカーと人喰い狼!!」

 

 俺がツッコミをする前に、アルキナは走り出していた。

 それとほぼ同時に【狂姫騎士】は走り出し、【人喰らい】は飛び降りる。

 今ここに、三人による非常に関わりたくのない戦いが始まろうとしていた。

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