゛ニャー゛
そんな鳴き声が道を歩く僕の横から聞こえてくる。僕は、その声を努めて無視して足早にその場所を通り過ぎて行った・・・。
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‘村田信也‘
可もなく不可もない特に珍しくもない学生である僕の名前。家族は父と母の三人暮らしで、通っている学校は歩いて十分ちょっとの公立である。これと言って人より秀でた能力も変わった趣味も無く、交友関係も友達が何人かとその他の挨拶する程度の知人が大多数の一般的な学生だ。強いて何か特徴を上げるとするなら、ちょっとしたことをネガティブに捉え考えてしまうところがある程度。それも、一晩立てば気にならなくなる位には忘れてしまうので特徴と言えるか微妙である。
このように、人によってはつまらないな何て思われるくらい僕は普通の学生だ。このまま生活が続けば、進級して卒業してなんとなく受験し受かった場所で次の学生生活があり、いずれは社会人となって仕事に就くのであろうなという漠然とした思いがあった。あったんだ・・・。あいつが、僕の日常に侵食してくるまでは。
たった一つの例外が、そんな僕の普通の生活に陰りを生んでいた。僕が思っているこの例外だって、聞きようによればくだらないと考える人もいるだろう。だが僕はこの例外の存在が気になってしょうがない。その例外というのはーーー
''ニャー”
猫の声が聞こえた。僕が行きと帰りで毎日学校へ通うために歩く交通の道。歩道側に面した住宅街の外壁の上にいつもその猫はいた。真っ黒な黒猫。寝転がってる時もあれば座って毛繕いしていることもある。ただ共通として、その黒猫はいつも起きていた。僕が朝に登校するときも、下校の帰りの時も起きて壁の上に鎮座し道ゆく人々を眺めている。そして僕がその横を通るたびにこちらを見て‘ニャー‘と鳴くのだ。
先ほど、いつも黒猫がいるといったが具体的にいつからこの猫が壁の上にいるか僕にはわからない。ただ、ある日気が付いたらいつのまにかそこの主の如く外壁上にこの黒猫が存在していた。僕も気が付いた当初は毛並みの良い猫がいるな、程度で特に何も思わなかった。でもおかしいなと思い直したのは、この黒猫の姿に見慣れたころだ。
この黒猫は毎度毎度鳴くのだ。それも、僕が横を通るたびにこちらを眺めて僕にだけ‘ニャー‘と鳴く。最初は、気のせいだと考えていた。けれど、日を重ねる度にそれは確信へと変わっていく。
やっぱりこの猫は、僕が横を通るたび僕の方を見て僕にだけ鳴き声を上げる
この事実に気が付いたとき、僕はゾッとした。言いようのないおぞけというか、気色悪さを感じたのである。ある日など、この黒猫と目が合ったことがある。なんとなく目を完全にそらすのが怖くて、チラチラと横目に速足で歩いたのだが、この時、僕は初めて黒猫が曲がり角で見えなくなるまで僕を見続けていることを知った。
まるでこちらを監視しているようではないか!
それ以降、僕は黒猫の方を出来るだけ目に映らないよう無視して急いで通り過ぎるのが日課になった。
僕はちょっとした、それこそくだらないとさえ言える小さなことに対してもネガティブな印象を持ってしまいやすい。悪癖ともいえるそれは、今回の黒猫に対して存分に真価を発揮していた。
ーこの黒猫は何なんだ?ー
ーなぜ僕にだけ興味を示すんだよー
ー黒猫は不吉の象徴なんだっけ?ー
などなど、一度考えだすと切りがない。普段ならば、一晩寝て覚めれば気にならないネガティブなことでもこうも毎日同じことが起き、毎回同じことを考えるハメになると忘れたくても忘れられなくなる。つまるところの堂々巡り。この強制的に追加された例外との非日常は、どんどん僕の中でストレスとなって溜まっていくのであった…。
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「何かあったの?」
学校の授業と授業の合間。休憩時間の際、そう聞いてきたのは僕の数少ない友人の一人だった。
「え、」
「いやさ、ここ暫くずっと暗い顔してたから何か悩みでもあるのかなって」
「…」
「最初は、またいつものアレかなって思ったんだけど、それにしては一向に顔色が良くならないから違うんじゃないかと思ったんだよ。それとも、言い辛い事だったりするか?」
「ちょっと、そうだね」
僕は、少し表情を硬くして彼の言葉に答えた。
どうやら彼には、僕が悩みで参っていることがバレていたらしい。こちらを気遣ってくれている事に感謝しつつ、僕はこの悩みのことを言うべきか迷う。
僕の悩みは、勿論あの黒猫の存在である。これは、ひどく雑に言ってしまえばたかだか猫一匹に怯えてしまっている事だ。少なくとも僕は、その事に情けなさを感じていた。それこそ、気にかけてくれる友人に簡単に話すのを躊躇するくらいには。僕にだって見栄や羞恥心はあるのだ。
だがしかし、このままでは一向に状況が好転しないことは分かりきっていた。この状態が続けば最悪、僕は体調を崩すかもしれない。
(ここは、勇気を出して相談してみるべきではないか。せっかく気にかけてくれているのだし)
僕は、茶化されないよう祈りつつ彼に今抱えている悩み事を打ち明けるのだった。
「猫か…」
彼はどこか推し量るように言葉を漏らした。呆れている、というよりはどのような返答するか悩んでいるようだった。
僕はその悩む彼の姿に勝手に焦りを感じ、言い訳でもするかのように矢継ぎ早に言葉を重ねる。
「うん。その黒猫の事で悩んでいてさ。いっつも同じ時間帯に同じ場所にいて不気味なんだよね」
「うーん」
「それに僕の気の所為じゃなきゃ、近くを通る度にこっちを見てくるんだよ。ほら、黒猫って不吉がどうのこうのって言うだろ?何となく縁起が悪いような感じがするんだ」
「若干こじつけっぽいが、そうか…」
彼は最後、僕がまくし立てた言葉に返事し腕を組み考え込んでしまった。その沈黙に何となく気不味さを覚える。アレルギーやこれと言ったトラウマも無いのに、馬鹿正直に猫が怖いなんて言われれば、僕でもきっと返答に迷うだろう。幸いな事に、彼は僕が焦れて何か言う前に口を開く。
「すまん。正直言ってどうしたらいいか分からない。今まで猫のことを怖いと思った事もないし、その猫が直接的に害を与えてこないなら無視するのが一番手っ取り早いんじゃないか」
「それができたらここまで困っていないよ」
「そうだよなぁ」
思わず、お互いにため息を吐いた。
「なら、登下校の道を帰るのはどうだ?」
「それも考えたけど、あの道を使わないと遠回りになるんだよね」
「あー、確かに。あそこら辺は、回り道がやたらと迂回路になってたっけ」
「うん。あそこを通るか否かで倍以上時間が変わるんだよ」
「偶になら兎も角、毎日それだと確かにちょっとしんどいか」
道を変える。僕も考えなかった分けじゃない。と言うかそれが一番、簡単な問題の解決作だと思う。だが、出来ればその方法はあまり取りたくなかった。彼に言った、時間が掛かるから避けたいのもあるが本当の理由は別にある。
もしあの黒猫が道を変えたのにもかかわらず変らず僕の前に現れたら?そうと思うと、試す勇気が湧いてこなかったのだ。もしそうなったら多分、僕はきっといろんな意味で冷静ではいられなくなる。
互いにどうにかして問題を解決する為に頭を捻らす。電車やバスはどうだとか、余りお金に余裕がないだとか色々と案を出しあう。が、いまいち解決するには至らず、どうにも手詰まりになってきた。
ほとんど僕の勝手な都合の所為だが。
だがこの停滞した時間は、思いもよらぬ形で崩れる事になる。それも、彼でも僕でもない第三者の手によって。
「ねぇ、今ネコちゃんの話してた?」
「え…」
僕は突然の乱入者に驚き、ロクな反応もできずに思わず固まってしまう。それは、彼も同じなようで目を少し見開き乱入者である彼女のことを凝視していた。
「いやさ、さっきからちょくちょくネコちゃんが云々って聞こえてきてたからさ!もしかしたらネコちゃんの話をしてるのかなって思って、声掛けちゃった!」
テヘ、と笑う彼女の目は興味津々ですと言わんばかりに輝いていた。とてもこちらの会話に混ざりたそうだ。しかし、今の僕はそれどころでは無かった。
(聞かれてた?黒猫に怖がってるなんて情けない話を。しかも、女子に!)
そう思った瞬間、僕の体の中がカッと熱くなった。何で聞いてるんだよ⁉︎と勝手なことを思いつつ、何とか誤魔化そうと頭をこねくり回して考えるが不意の邂逅だったせいか、言葉が上手く出てこなかった。
それを察してか、代わりに彼が口を開いた。
「いきなり何。盗み聞きしてたの?」
「違うよ⁉︎さっきも言ったけど、何の話だかは詳細は分からないけど、ネコちゃんが〜って聞こえたから」
「そういうのを盗み聞きって言うんじゃないの?」
「えっと、ごめん」
話しかけてきた彼女は、ここまでぶっきら棒に返されるとは思って無かったのか、気不味そうに謝った。
微妙な空気感が生まれてしまった。
「さすがに、ちょっと言い過ぎだよ」
少し冷静になった僕は彼に向けてそう言う。考えてみれば、特に声も潜めず(僕にとってだが)大事な相談をしていたこちらにも落ち度はあるだろう。
場所も選ばず、学校で話していたのだから聞かれてしまってもあまり文句は言えない。
つまり、僕たちがちょっと迂闊だったのだ。まあ、それでもいきなり声をかけられるとは思わなかったが…。
「えっと、かすみさん?だったよね。確かに、僕たちはその…黒猫について話してたけど、何かかすみさんと関係があるの?」
何とか、話しかけてきた(たしか、クラスメイトだったはず)彼女の名前を思い出しながら言葉を紡ぐ。
余り他人に聞かれたくない話題ではあるが、この微妙な雰囲気が他に伝播して注目を集める方が僕はいやだったからだ。
「あ、うん。私、結構動物が好きでさ。特にネコちゃんが大好きなの。だから、話しかけちゃったと言うか…そのイキナリだったよね。ごめんなさい。後、名前は春日だから」
「そうだったんだ。名前は間違ってごめんね」
どうやら名前は違ったようだ。気をつけねば。それはそうと、話しかけてきた理由も分かり、僕は胸を撫で下ろした。この様子だと、僕たちの話の詳細は知らないらしい。
「ははは、気にしないで。余り話したこと無かったし、しょうがないよね。それで、その、お話に加わって良い系でしょうか?」
「えーっと」
僕としては、もう相談事を続ける雰囲気ではなくなってしまった。とは言え、ほとんど関わりがなかった彼女にこの悩みを馬鹿正直に言う気にはなれない。
だが、さっき友人がやろうとしたようなぶっきら棒に追い返すのも、良心が咎める。
(どうやったら無難に話を誤魔化せるだろうか)
そんな僕の心境を察してくれたのか、彼が代わりに答えてくれた。
「いや、こいつー慎也がさ、結構な頻度で学校の行き帰りでネコを見かけるから、不思議だなって二人で駄弁ってたんだよ」
「そうなの⁉︎」
彼は、見事に僕が聞かれたくないところを省いて伝えてくれた。しかし、僕が安堵してる中、彼女は予想外の返答をする。
「いいなぁ〜」
「え?」
「だってそれって毎日ネコちゃんに会えるってことでしょ。羨ましいなぁ」
「そ、そうかな。そんなに良いことかな」
「うん!私なら、毎日テンション爆上げになっちゃうよ!」
ははは、と相槌を打つ僕ではあったけど内心では困惑していた。自分の中では、かなりネガティブだった事に対してこんなにも好意的な答えが返ってくるとは思わなかったからだ。
そして、ニコニコと笑う彼女はさらに僕を驚かすことをいうことになる。
「ねえねえ、私もその猫ちゃんに会いたくなっちゃった」
「あ、うん。そう…」
「だからさ、今日一緒に帰ろうよ!」
「ええ、何で⁉︎」
「だってどこら辺にいるか分からないし。つまり、慎也君について行けば会えるってことでしょ」
ね、お願いと言う彼女に僕は押し切られてしまう。と言うか、拒否する前に次の授業が始まりかけてしまい、断るタイミングを逃してしまったのだ。
こうして僕は、急にクラスが同じだっただけの女子と一緒に帰ることになった。
余談ではあるが、友人はこの出来事を嵐が通り過ぎて行った様だと評した。
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「いやー、やっと帰れるね。ネコちゃんに会えるのが楽しみだなぁ」
所変わって放課後、僕の隣で一緒に歩く彼女はニコニコと笑らいながら話しかけてくる。授業が終わり、帰る時間となってすぐに彼女はこちらにきたお陰で、逃げることもできずに帰路を共にしていた。
友人も一緒に居てくれたら心強かったのだが、あいにく彼は部活動があるので放課後はあまり一緒にいれない。
「どんな子なのかな。オスかなメスかな。お菓子とか食べるかな」
「どうだろうね。僕も見かけるだけで詳しくはないから…」
「そっかー、人馴れしてるならワンチャン撫でさせてもらえるかも」
彼女は喋る。とにかく喋る。学校の時もそうだったが、彼女にはおそらく人見知りと言う考えはないのだろう。
僕も、クラスメイトなだけの女子と一緒に帰る事に多少の緊張感があったのに、彼女がこんな調子で喋りかけてくるものだからそれも今ではほとんどなくってしまった。
今の僕は、彼女の話に適度に相槌を打つマシーンと化していた。
しかし、とうとう例のあの場所まで来た。そうあの黒猫のがいる場所に…
「あ、もしかしてあの子かな!」
「ッ」
どうやら彼女は、いち早くあの黒猫の存在に気がついたらしい。緊張し、手に汗を握る僕を余所に彼女は目的の所にまで駆けて行く。
何の躊躇もなく黒猫に近付く姿とは対照的に、僕の歩みは一気に遅くなる。
「わ、本当にいた!しかも頭から尻尾まで真黒。すっごく綺麗なネコちゃん!」
少々離れた僕の場所まで彼女声がはっきりと聞こえてくる。どうやらご満悦の様子だ。
そんな彼女は、可愛いねーと言いつつ何時迄も近づいて来ない僕を見て不思議そうに首を傾げていた。
そんな彼女を見て、僕は腹をくくり大股で黒猫がいる場所まで歩いていく。
内心では、女の子が躊躇もなく行けたのに自分がまごついてる事に情けなさを感じていた。そんな思いが、僕に勇み足を決心させたのだ。
そうしてたどり着いた場所で僕は黒猫と対峙する。よくよく考えれば、この黒猫を正面からじっくりみるのは今回が初めてだ。いつも、足早にこの道を通り過ぎものだからほとんど集中して見る機会などなかった。
はたして、僕は黒猫の正面にやって来た。思わず、ゴクリと唾飲む。黄色い縦長の瞳。彼女が言った真黒な毛並みは、太陽の光を反射し輝いて見えた。
そして、僕をその瞳で捉えると壁の上に静かに座りながらいつもの様に”ニャー”と鳴いた。
「わ、鳴いたね。可愛いなぁ」
鳴かれた瞬間、僕の心がひどく萎縮したのに対して彼女は呑気にそれこそデレっとした表情で笑う。
何がそんなに嬉しいのか。と言うか、あまりにも彼女との間にある温度差に、黒猫にビビってる僕が馬鹿みたいじゃないか…
そんな時、彼女は我慢できなかったのか焦れた様にゆっくりと黒猫に手を伸ばした。僕はそれを、反射的に止めようとした。僕からすれば、得体の知れないこの黒猫に無雑作に手を伸ばすのは危険な行為に見えたからだ。
しかし、事は僕の予想だにしない展開を迎える。
先ほどまで、壁の上で座っていたネコが触られるのを嫌に思ったのかぴょん、と壁から飛び降りたのだ。そのまま、こちらを振り返る事もなく走り去ってしまった。
「あ、行っちゃった…」
触ろうとするのは欲張り過ぎたかー、と彼女は落ち込むが僕はそれどころではなかった。僕にとってあの黒猫は、いつも壁の上にいて監視でもするが如く僕を睨め付けていた。つまり、いつでもどんな時でもあの黒猫はこの壁の上に居続けているものだと思い込んで居たのだ。
それがあっさりと壁の上から降りて走り去って行く姿は、僕にかなりの衝撃を与えた。
それこそ、こうして立ち尽くしてしまう程には。
「?どうしたの、慎也君」
そんな僕の姿を疑問に思ったのか、彼女が問いかけて来た。僕はそれに、放心しながら堪らず本音を吐く。
「お、おかしいんだよ」
「何が?」
「あの黒猫が壁の上から動いた」
「⁇そりゃネコちゃんも動物なんだから動くんじゃないの」
「だからさ、それがおかしいんだよ!何であいつは飛び降りたんだよ、おかしいよ!」
「慎也君。ネコちゃんは銅像じゃないよ?」
「わかってるよ!」
「うーん。結局の所、何が言いたいの。良ければ、一から話してくれないかな」
そう言ってくれた彼女に、僕はあれ程知られたくなかったこの悩みを打ち明けた。正直、それ程までに混乱していたのだ。
僕が感じていたあの黒猫に対する不気味さは、色々な要素の連想性からくるものが大きかった。
例えば、”いつでも壁の上にいて””僕が通る度に僕にだけ鳴き声を上げ””そして僕が見えなくなるまでこちら監視する様に見続ける”。
だが今、この要素の一つが真っ向から否定された。極論、土台をひっくり返されたといっても過言ではない。
だからこそ、僕は洗いざらいを彼女にぶちまけていたのかもしれない。
「言っちゃ悪いけど、それってさ、慎也君の考え過ぎじゃない?」
「え、」
僕のこの悩みに対して、彼女は文字通り一蹴してしまう。あんまりな一方的な返答に僕は、思わず言葉を失ってしまった。
「あくまで、私の考えではって前提だけどね。うん、やっぱり考え過ぎだと思うよ」
「で、でもだって」
「例えば、いつでも壁の上に居るって言うけどさっきのでそれは否定できると思うし、それがないにしても多分此処にはずっといないよ」
「それは…どうして?」
「だって、あのネコちゃん多分飼い猫だよ」
飼い…猫?
「角度的に見えずらかったけど首輪をしてたし、なによりもあの綺麗な毛並みの野良猫はまずいないって」
「あ」
確かに。野良にしては、綺麗な毛並みだとは思っていた。
「それに、雨の日とかは流石に家にいたんじゃないかな。大体のネコちゃんて、濡れるの嫌がるし。屋根もないここにいたとは考えられないんだよね。そこのところは、どうだったの?」
「ごめん、覚えてない」
「そっか」
正確に言うと、見ていないと言った方が正しい。雨の日は、傘を盾のようにして黒猫の姿を映さないようにしていたのだ。
「で、でも僕の方をずっと見てるんだよ。それに、僕が横を通る度に鳴き声を上げるし。それに、黒猫は不吉だって言うし」
最後の方は、こじ付けに近く小声になってしまったが、そんな僕の不安点にも彼女は自分の考えを述べて行く。
「うーん、ずっと見くるのはネコちゃんに限らず動物ならある程度持ち合わせてる性質だと思うけど。あえて理由を付けるとしたら、慎也君があのネコちゃんの飼い主さんに似てるとかかな」
「そんな理由ありえるの?」
「それか、ネコちゃんの気になる匂いがするとか。基本的に、動物って人より嗅覚が鋭いし」
「…」
「後、黒猫が縁起が悪いって横切られたときとかじゃなかったっけ?しかも、結構なローカルルールなはずだったような。外国なんかじゃ、幸運の象徴だったはずだよ。うる覚え知識でごめんだけど」
「そう、なんだ」
「つまり、私が言いたいのは慎也君が思ってるほど深刻な事態じゃないですよってこと。きっと全部、たまたまだよ!偶然!」
僕は彼女の言い分に、ポカンとして何も否定できなかった。だって、あまりにも彼女が自信満々に言い切るものだから僕のネガティブな思考が吹っ飛んでしまったのだ。
それに、一度そうなんじゃないかと思うとあの不気味だと思っていた黒猫のイメージが、少し払拭された。元々、連想性をひっくり返されていたことがそれに拍車をかけていた。
「はは、ははは…」
「どうしたの?」
「いや、自分の情けなさが酷すぎて。少し考えれば気づきそうなことなのに、ずっと一人相撲してさ、馬鹿みたいだよね僕」
「そうかな。ちょっと考えを過ぎってだけで、そこまでじゃないと思うけど」
「気を使わなくて良いよ。僕はマイナスなイメージに引っ張られて、ネガティブな思考から抜け出せない根暗野郎なんだよ」
今日一日で、価値観をひっくり返されてしまったせいか僕は酷く疲れてしまった。考え方一つでこうも、僕の悩みがくだらない事だったのかが思い知らされた。
それこそ、友人が言った”猫を怖いと思ったことがない”だ。この一言に、全てが集約されている気がする。そもそもな話、あの黒猫を怖がる必要などなかったのだ。
何て自分は、情け無いのだろうか。今まで怯えていた日々も、無駄に考え過ぎたそれも全て取り越し苦労だったんだ。だからだろうか。普段なら言わないような愚痴を彼女に言ってしまっていた。
「そんなことないって!慎也君は、良い人だと思うよ」
「え、良い人?」
「うん」
「ど、どんなところが?」
「普通に私の話を聞いてくれる所とか!」
僕は思わず考えた。それって良い人なのか?と。そんな僕に、彼女は言葉を続ける。
「そう!ほら、私ってなんか空気が読めない?て所があるじゃん。友達からも、初対面の相手に距離感がバグってる何て言われるし」
「それ、自分で言うのか」
「えへへ。後、お喋りも大好きでね。相手が、喋り辛いって感じる事もあるらしくて、どれも私なりに気をつけてはいるんだけど」
確かに、距離感については友人もどうなの?て反応だったし、ここまでの道のりで沈黙になる事はほとんどなかった。
「慎也君は、私の話にちゃんと答えてくれるし、今日だってイキナリついて行きたいって言っても許可してくれたじゃん」
「僕は、自分で喋るより人の話を聞く方が楽なタイプなだけだよ」
後者に至っては、断るタイミングを逃しただけである。
「うーん、じゃあ私の話は、特に考えもせず雑に返してたの?」
「そう言うわけじゃないけど」
「じゃあ、ちゃんと聞いててくれたってことじゃん!ほぼ、初対面なのにさ」
「それは何と言うか、成り行きというか人として普通というか」
「そんなことないよ。私なんてあまり仲良くない子から、お喋りくそ女って言われたことあるし」
「それは…、普通に悪口でしょ」
「そう!だから慎也君は良い人何です。私の中ではそうなりました!」
そんな事を真っ直ぐに言い切る彼女ー春日さんは、僕にはとても輝いて見えた。それから話もそこそこに、再び帰路を歩き始めた僕たちそれぞれの家への分かれ道に差し掛かる。
「あ、私こっちだから」
「僕はあっちだから、ここでお別れだね」
「そうだね」
また明日ね!と去っていく春日さんの背中を、僕は名残惜しく感じてしまっていた。もう少し、話したかったな。そう自然に考えてしまうくらいには。
その後、僕は久しくネガティブな思考に陥らずぐっすりと眠ることができた。
あの黒猫の事は、春日さんに論破されてからはまったく気にならなくなってしまった。
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ーーーーー
ーーー
あくる日、僕はいつものように家から出て学校への道を歩いていた。何となく、いつもより学校に行くのが楽しみで少し早くに登校している。
そしてちょうど昨日、春日さんと別れた場所がみえてきた。
(運良く、ここで春日さんにあえないかな)
そんなことを、考えてる僕におはよ、という声が届いた。僕は、ビックリした。確かにあえたら良いなとは思っていたけど、本当に会えるとは考えていなかったからだ。
「お、おはよ」
「いやー、今日は家を早めに出てよかったよ。約束はしてたけど、時間の指定はしてなかったもんね。待たせてたらどうしようなんて、心配しちゃった」
「え、ごめん。何が?」
「?今日、一緒に学校へ行こーて約束してたじゃん」
「いつですか?」
「昨日。また明日って、いったよね。私」
どうやら、彼女にとってのまた明日は学校でと言う意味ではなく、一緒に登校しようと言う意味だったらしい。
「そうだね、確かに言ってたね」
「あはは、慎也君てば寝ぼけてるのー?」
「…」
「あ、そうだ。連絡先交換しようよ。そうすれば、色々と便利だし」
「いいの?」
「うん、しよ!」
僕は、携帯を開き慣れない交換作業をたどたどしくも何とか終わらせる。変に緊張してしまったが、きっとそれは慣れない作業をしたからだ。
「でも、何で今日は一緒に登校しようと思ったの。もう黒猫には、会ったよね」
「え、普通に慎也君と喋りたかったからだけど…もしかして迷惑だった?」
「そんなことないよ」
僕は慌てて否定する。
「後、あのネコちゃんにまた会いたかったから!」
「え、」
「実は昨日、家に帰った後にネコちゃんにどうしても会いたくてまたあの場所に行ったの。けど見当たらなくてね、そこで私は考えたのです」
凄い。何なんだ、春日さんのこのバイタリティは。僕なんかは、二度と会いたくないなんて常々思っていたのに。
驚愕する僕を余所に、春日さんは言葉を続ける。
「いつ会えるかな分からないネコちゃん。けど、慎也君は毎日会えるんだよね。つまり、逆説的に慎也君に着いていけば確実にネコちゃんに会えるのです!」
「うーん、そうなるのかな?」
以前の僕なら、あの黒猫に会う出汁にされていたらそれだけで憂鬱な気分になっていただろうが、今は逆に春日さんらしいなとほっこりしてしまっている。
「きっとそうだよ。昨日は欲を出して触ろうとしちゃったけど、まずは私に慣れてもらわないと」
「頑張ってね」
「うん!あ、ネコちゃんだ!」
そう言うと、春日さんは駆け出して行った。
思えば、あの黒猫が僕の前に現れたのが全ての始まりだった。僕はもう会うのさえ拒絶反応が出かけていたと言うのに、春日さんはその逆で是が非でも会いたがっている。そんな前向きな姿に、僕はきっと救われたんだ。
これは、決して大袈裟な言葉ではない。
ともすれば、この出会いはあの黒猫のお陰とも言える。素直に喜べないのは、過程のせいかそれとも照れが混ざっているからだろうか。
「黒猫は、場所によっては幸福の象徴か…」
そんな事、春日さんに言われるまで考えもしなかった。そう思うと、途端にあの黒猫が尊い者に感じてしまうのは流石に現金だろうか。
「ネコちゃん、こっち向いてー。ネーコーちゃーん」
黒猫に相手にされていないと言うのに、春日さんは健気に声をかけ続ける。そんな春日さんに、僕は自然と声をかけていた。
「春日さんて良い人だよね」
「え、え?イキナリどうしたの!」
「だって僕の悩みをあっさり解決しちゃうし、僕が変なこと言っても馬鹿にしたりしないしさ」
「そ、それは人して普通と言いますか、と言うか人の悩みを茶化したりしないよ」
「多分、それは初対面の相手にできる人は多くないと思うよ」
「そうかなぁ」
「それとも、僕の悩みに対して何も考えずに返してたの?」
「そんなわけないよ!」
「じゃあ、やっぱり春日さんは良い人だ。僕の中ではそうなりました」
僕の名前は村田慎也。これと言って秀でた能力もなく、変わった趣味もなし。少々、物事をネガティブに考えがちな所もあるが、ごく一般的などこにでもいる学生の一人だ。
今通っている学校を卒業したら、受験で受かった次の学生生活がありいずれ社会人になって仕事に就く。人によっては、つまらないと言われるような人生かもしれないけど、僕にはそれが普通であたりまえだった。
だが、そんな僕の当たり前な日常に一つの例外が加わる。春日さん。猫が好きで明るく元気な、日向のような彼女との日常。出来れば、この日常が長く続くよう願いながら、僕たちは再び歩き始める。
そんな、人々の日常を黒猫は壁の上から静かに見守るようにして眺めている。
そして、人が通る度に
”ニャー”
と鳴くのであった。
もし、ここまで読んでくださった方がいるのであれば、ありがとうございます。
初投稿という事もあり、色々と拙い部分があったと思いますが少しでも、読み応えがあったなと感じていただけたならば幸いです。
次では、登場人物の軽い設定的なものを書こうとおもってます。