水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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師匠からの贈り物!今日からここが新しい家だよ

 

 

 

 

 結局その日、スレッタとチュチュの追試はトラブルによって後日に持ち越されることとなった。

 人工太陽が暮れた宵の口。地球寮へと取って返した面々は、実習の失敗に気落ちするでもなく、かと言ってリラックスして自由時間を過ごすでもなく、否応なく格納庫で一堂に会していた。

 スレッタのテンションは高い。常にない喜び様がその満面を彩る。顔面に刻まれた∩の字の蹄の痕についてこの場の誰も指摘できないほどに。

 スレッタは己の傍らに佇む漆黒の馬体を示した。

 

「改めて紹介します! この人が流派・東方不敗皆伝、私の姉弟子、二代目風雲再起(ふううんさいき)です!」

 

 まるで返答か挨拶でもするように黒馬は一声嘶いた。

 暫時、全員が互いに目を見合わせ、結局は沈黙が下りる。

 その重い暗幕のような沈黙に堪えかねてマルタンが口火を切った。

 

「え……っと? スレッタさんの、姉弟子? さん? 風雲……? よろしくお願いします」

 

 途中早々に理解と思考を放棄してマルタンは頭を下げた。馬に。

 辞儀する少年に黒馬、風雲再起は太い首を(もた)げ、頷いてみせた。

 まさかリアクションされるなどと思いもしていなかったマルタンが悲鳴を押し殺しながらそそくさと後退る。

 

「大丈夫ですよ。ちょっと気難しい人ですけど、根はすっごく優しいんです。ね? 二代目」

 

 鼻先に触れようとしたスレッタの手を風雲再起は躊躇なく齧った。明らかに甘噛みなどではなかった。白い歯が皮膚にめり込んでいるのがはっきりとわかる。

 

「あいたたっ、あはは、もぉ二代目、痛っ、そんな照れなくて、痛い痛い、ね、あの、ほら、いたたたたたたたたホントに痛い!!」

『うわぁ……』

 

 地球寮の面々は最初よりさらにもう一歩分、引いた。

 

「……風雲再起さん。私はニカ・ナナウラって言います」

「ちょ、ニカ姉!? 危ないって!」

 

 しかし果敢にも、ニカは風雲再起の面前に立つ。慌てたのはむしろチュチュだった。

 チュチュの心配を他所に、ニカがそっと手を差し出す。

 ゆっくりと、その指先が馬の黒毛に覆われた顔に、触れた。風雲再起は抵抗せず、その手を受け入れている。

 ニカは微笑んだ。

 

「よろしくね」

 

 おぉ。全員が感嘆の唸りを漏らす。

 まるきり度胸試しの様相であった。

 

「ほら、言ったとおり本当は優しい……痛い!!」

「どうでもいいけどなんであんたにはこんなセメント対応なの」

 

 性懲りもなく再び咬まれるスレッタに呆れる。ミオリネは素朴に疑問だった。

 漆黒の馬体が纏う威圧感とは裏腹に、風雲再起は人馴れしている。いやもはや泰然自若としてさえある。見知らぬ場所見知らぬ人に囲まれながら、恐がるどころかむしろ他を恐がらせているわけだが。

 

「し、親愛の証です。ね? 二代目!」

 

 ぷい、と馬はスレッタからそっぽを向く。

 がーん、とスレッタは肩を落とした。

 

「というかそもそもこの、人? どうやってこの学園に来たの。入管通んないでしょ。フロント管理社は何やってんのよ」

「いやぁ、正規の手続きで通ってるぞ。ここの山羊馬鶏と同じ家畜扱いで。うん検疫も済んでる。飼育管理者は学籍番号“LP041”……」

「あ、それ私です。いつの間に……」

 

 ヌーノは端末で風雲再起の鞍に貼付されたタグを読み込み、フロントの資材・器物等の出入管理台帳を開いていた。

 提出された電子書類に不備はなく、フロント管理社の正式な押印もあった。

 

「し、周到じゃない」

「まさか手続きも自分でやったとか……あ、あはは! そんなわけないかー」

「『(すこぶ)る面倒だった』って言ってます」

「やったのかよ……ってかやっぱ言葉わかるのかよ!?」

 

 至極尤もな驚愕がひどく今更だった。

 グエルが馬体を見やって頷く。

 

「スレッタ・マーキュリーと同門なら、あの馬鹿げた身体能力も納得だ。流石に動物にまで伝授できるとは思わなかったが……」

「しれっと混ざってくんなし。もう自分の寮に帰れよてめぇ」

「馬に教えられて人間の俺に教えられない理由はねぇよなぁ? スレッタ・マーキュリー」

「おい無視してんじゃねぇぞオラ」

「に、二代目を鍛えたのは、私じゃなく師匠です。私よりずっと長く師匠とこの宇宙を旅して、私よりずぅっと強いんですよ!」

『えぇ……』

 

 人間よりも筋力や脚力、肉体の性能という点で馬が優れているのは何も不思議なことではない。別種の哺乳動物として当然の差である。

 問題は、そろそろ人外と周知されつつあるスレッタ・マーキュリーよりさらに強い馬のような何かが存在するという事実だった。

 その時、馬体がその肩口をぶつけるようにスレッタに触れる。

 

「? どうしたの……あ」

 

 スレッタは鞍の留め具に結われた紙紐を見付けた。

 解き、幾重にも折り畳まれた紙面を開く。

 

「なにそれ。手紙?」

「……」

 

 電子メールでも高速の映像通信でもなく、達者な毛筆。効率を重視し資源を惜しむ宇宙生活で、手書きの書面などそうそう見ることはない。

 スレッタは黙って文面を視線でなぞる。

 そうして次第次第に、その瞳を滲ませていく。

 

「ちょっと、スレッタ……?」

「師匠からです」

 

 じわりと溢れた涙が頬を伝い落ちる。風雲再起を前にした感激の顔ともまた違う。

 童女のように滔々と涙するスレッタに、ミオリネは言葉を失くす。

 

「息災か……ちゃんと食べているか……鍛錬は怠っていないか……編入学、おめでとうって」

「……ふーん、そう……話に聞いてるより過干渉ね。っていうか親馬鹿」

 

 ミオリネはそう言ってスレッタの頭を撫でた。

 

「あんたの師匠さん、今どうしてるの」

「……たぶんお母さんを追って、今も……」

「お母さん?」

「いえ……」

 

 ミオリネの問いにスレッタは応えを濁す。それは、明白な確執の吐露に他ならなかった。

 ミオリネ自身と同じように。

 

「……」

「……それでっ? この馬はこの寮で飼うのか」

 

 グエルがわざとらしくやや荒げた声で問いを投げる。

 

「飼料くらいならジェターク寮から都合してやってもいい」

「あ? 富豪様が施してやろうってか? 余計なお世話だっつうの」

「はっ、誰が無償だって言った? 飼育に掛かる費用を負担する分だけ、スレッタ・マーキュリーには俺の鍛練に付き合ってもらう! 交換条件としては破格だろう?」

「うぜぇ」

「や、やっぱりうちで引き取る感じなんだ」

「まあ今更一頭増えても変わらないか」

「厩舎にまだ空きもあるし」

「賑やかになりますね!」

 

 ぐしゅぐしゅと鼻水を啜るスレッタにミオリネがハンカチを押し付ける。

 ひとまず話は着いた、と。ようやく奇妙な緊張感が解れた。

 寮生がめいめい駄弁に興じ始める中。

 不意に、格納庫のブザーが鳴った。

 

「ん? 来客?」

「うお通信来た……おい、シャッター開けろってよ」

「え?」

「……大型輸送品の受領? そんな予定あったか?」

 

 端末の表示をヌーノとオジェロが確認して、首を傾げた。

 地球寮に来客があること自体が珍しいが、資材や部品の支給などは輪を掛けて少ない。後ろ楯の無さと予算の乏しさから言って絶無とさえ表せる。

 

「ぐすっ……『追伸』? 『入学祝いを贈る。風雲再起共々、見事乗り(こな)してみせよ』?」

「はあ? なにそれ。どういう意味?」

「おーい、トレーラーが入るぞー! 全員シャッター前から退避ー!」

 

 ヌーノが間延びした声を張る。

 警告音を発しながら、格納庫の両開きシャッターがゆっくりと左右に収納されていく。

 運転席のコンソールにハロを内蔵した半自動運転大型貨物運搬用トレーラーが、牛歩の速度で格納庫に侵入してくる。

 その荷台には確かに、防塵シートに覆われた大きな“荷”が積載されていた。

 停車したトレーラーの操作端末に近付いたヌーノが、またもや首を傾げた。

 

「受け取り人、スレッタ・マーキュリーだってさ!」

「へ? 私、ですか!?」

「なにこれ」

「また新型か……?」

「モビルスーツ……にしちゃ平べったいな」

「なんか台座みたいですね」

 

 全員でぞろぞろと荷台に集まる。

 受け取りのサインをして、スレッタは登録情報の電子書類に目を通した。

 横からミオリネもそれを覗き込む。

 

「っ! これ」

「モビル……ホース。(ホース)?」

「シート取るぞー!」

 

 ヌーノとオジェロが固定具を外し、シートを捲り上げた。

 そこに鎮座していたのは、塗装も剥がれ、地肌を晒すメタリックシルバー。リリッケの言は正しく、まさに巨大な台座(ペデステル)であった。

 六ヵ所に折り畳まれた変形機構。

 それは、まるで四つ足の生物を彷彿とさせる。

 スレッタはトレーラーの荷台へ跳び上がり、その台座の上に立った。

 

「モビルホース……師匠……!」

「スレッタ! 一体なんなのこれ!?」

「ところで今さらっとすんごい跳躍したよねスレッタさん」

「今更でしょ」

「ねー」

 

 ミオリネの問いに、スレッタは目を輝かせて応えた。

 

「モビルホース! 風雲再起の専用機です! すごい、ちゃんと形になってる!」

『は?』

 

 地球寮生、グエル、そして尋ねた当のミオリネも、スレッタの言葉を理解するには相応の時間を必要としたという。

 

 

 

 

 

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