水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
「潰したパン生地みたい」
「見たこともねぇ超技術を捏ねたパン生地な……」
地球寮格納庫の一角に安置された一つの機体。スレッタ・マーキュリー曰く風雲再起専用モビルホース。現在はペデステルモードを取り、頭部、脚部、尾部をそれぞれ小さく収納した状態であるとか。
「台座の状態でもモビルスーツを積載できるんだ」
「いや本来はそっちが普通だろ。馬に変形するとか言ってたけど……なんなんだよ馬って……それより内蔵データのスペック表、見たか」
「うん、数値が本物なら、モビルスーツ一機を載せてこれは第二宇宙速度を超えられる」
「ありえねぇ。こんな小型のサブフライトで惑星重力振り切れんのかよ……」
ニカは驚嘆に吐息する。
オジェロはソフトドレッドの髪を乱暴に掻いた。
「大出力と高強度の物凄い力業。でも……すごい。こんなことができるんだ。人類に」
「ホントに人間が作ったもんかぁ? 案外独りでに生えてきたんじゃねぇの」
「バカなこと言ってないで、外装外すよ。欠けた部品が多いしいろいろ点検しなきゃ。ヌーノ! 中はどう!?」
「わかるわけないだろぉー! ナノマシンと特殊合金配合の半液状物質の生成装置とかよぉー!」
「……だよねぇ」
やけに具体的なヌーノの悲鳴にニカは思わず笑った。
地球寮の格納庫裏。
人工芝の敷かれた庭先で、スポーツウェアに身を包んだグエル・ジェタークは苦悶を押し殺していた。
「ぐぅおぉっ……!」
「オラァどしたー。ペース落ちてんぞー。顎だけでやんなー。腕使え腕ぇー」
「くおっ、気安くっ、言いやが、って……!」
間延びしたチュチュの声に怒りの滲んだ声でグエルが吼える。
グエルの背中で胡坐を掻き、膝に100ミリ幅の大型スパナを二本載せてチュチュは欠伸を噛んだ。
グエルの腰元で端末を弄りながら、アリヤが眉を顰める。
「先輩、あんまり小刻みに動かないで欲しい。製図がやり辛い」
「人の背中でっ! 課題やってんじゃ、ねぇぇえ……!!」
芝生に両手が埋まる、そんな心地でグエルは腕立て伏せを続ける。
「五十二か~い。あと四十八回。まだ半分なんですけど~。グエルぱいせーん、あーしらもそんな暇じゃないんで~、早く終わってくんないっすか~」
「んのアマァッ!」
「リリッケも一緒にどう? 結構面白いぞ」
「ちょっ、待っ」
「ぜぇーったいイヤ!」
少し離れて、奇態な腕立て伏せを眺めていたリリッケが叫んだ。全力の拒絶であった。グエルに対する隔意などではなく、もっと重要で非常にデリケートな理由で。
それを見て取り、グエルは心の底から安堵した。
「あ、今すんげぇほっとしたろてめぇ」
「あ゛ぁっ!? い、いや、そんな、ことは」
「ひ、ひどい! グエル先輩!」
「あ~、これはいけない」
「あーあーサイテー。乙女心を傷付けたー。んじゃ、スパナもう一本追加な」
「うぉぉおおお!?!?」
約10キロの増量。グエルの筋骨は確実に悲鳴を上げた。グエル自身も悲鳴を上げた。
「ぎゃーぎゃー騒ぐなよこんくらいで。向こうのが負荷やべぇんだから」
「あんな化物と比べるなっ!!」
「えっ」
突如、水を向けられたスレッタは動きを止めた。
グエルと同じく腕立て伏せに励むもう一人。スレッタの背中には今、ダンプトラック用の巨大なタイヤが乗っている。その直径は少女の身長をやや凌ぐほど。重量はホイールを合わせておよそ1t超。
その上にはミオリネが腰掛けていた。ティーカップとソーサーを手に紅茶を啜る。水上の浮き輪で日向ぼっこをするように、緩やかに上下する特等席を密かに満喫していた。考えるのを止めたとも言う。
そんな有り様でありながら、薄く汗が浮いただけのきょとん顔を見ていられなくなったか、グエルは黙って腕立てを再開した。
グエルが芝生で大の字になって息を荒げる。
「そもそも、はぁっ、ウエイトトレーニングなら、は、っ、はぁはぁっ、マシーンを使った、方がっ、効率的、はぁっ、だろうが!」
「ウエイト? い、いえ、ちょっと体を温めるくらいのつもり、だったんです、けど……」
「…………」
「……なぁ、悪いこと言わないからさ、こいつに合わせようとか考えんのやめとけって。虫と牛くらい遠いから」
「うるせぇ……」
チュチュが憐れみを覚える程度に肉体能力の差は歴然としていた。比べようとするのがそもそもの間違いな気がしてきた。
「流派東方不敗ってのは、そんなに特殊な人体改造術なのか」
「じっ、そんな物騒なものじゃないですよ! 師匠も、衒ったところのない王道を征く流派だ、って」
「なら、あんたはなんでそんなに強靭なんだ。俺だって人並以上には鍛えてるが……あんたのは、人間業じゃない」
「そ、そんなこと言ったって、普通に鍛えて、氣を体に満たして、肉体を意のままにできて初めてその精粋で技を研けるように」
「あ? 今なんて言った? キ?」
「なるほど、地球で言うところの東洋の内丹術だな」
アリヤが腕組みして頷く。
「ない? なんだそりゃ」
「そう珍しい概念じゃない。肉体の内側と外側、つまり自身を通してこの世界に巡るエネルギーを意のままに操る。そうして初めて人は人の限界を超えた力を揮えると」
「聞く限りオカルトね」
「オ、オカルトなんかじゃないです! ただ体の中の熱をこう、練り上げたり増幅したり、打ち出して……そうだ、これ」
スレッタは芝生に放られたスパナを取り上げ、グエルに差し出した。
「これを持って、そこに立っててください」
「あぁ?」
グエルはスパナを手に立ち上がる。
「あ、体より遠くに、横に向けて構える感じで……そう、それで大丈夫、です」
「なにをする気だ……?」
グエルを立たせたまま、スレッタは離れて行く。そうしてきっかり十歩分の間合にて、振り返り、正対した。
「行きます」
両足を地に着け、腰を落とす。
あえて踏み込みを殺した構え。正拳突き。
呼吸を整える。丹田に氣を練り、回し、暴れ出さんとするそれを調え、肉体へ満たす。
そして循環し増幅したそれを一点、拳に込めて。
「はあッ!!」
打つ。
それは空間を走り、奔り、貫いて、十歩の間合を一瞬にして絶無に。
金属音。
スパナがグエルの手から弾け飛んだ。
「!?」
「現実にこの肉体を流れる力があって、私は師匠にその使い方を教わりました。お蔭で体は多少、丈夫になったような気がします」
(多少?)
(多少なんだ)
(多少ってなんだっけ……)
グエルは、軽い痺れを覚える自身の手を見下ろした。
まるで手品のように、空間的隔たりを無視して一撃を見舞う。人間が未だ観測し得ない未知のエネルギー。その実在を証明された。
スレッタは気恥ずかしそうに両手の指先を弄る。
「私は、まだまだで……奥義には至ってません。流派東方不敗最終奥義“石破天驚拳”を極めた暁には、その拳は岩を砕き山を崩し、天を衝く……師匠はそう言ってました」
「またなんかとんでもないこと言い出したぞ」
「もう慣れたわ、私」
チュチュの真っ当なぼやきに、ミオリネは諦めたように応じた。
極めて真人間なりのリアクションを取る女子一同。
反して、グエルは静かにスレッタの言葉を反芻していた。
「……肉体の使い方、いや、理解するという段階から俺は間違えていたのか」
「いや間違ってんのは確実に向こうだと思うけど」
「この概念を会得すれば、俺も……!」
「人間卒業できるんじゃない?」
格納庫の物陰から、裏庭の様子を覗う者がいた。
人影は二つ。
イエローベージュとモカブラウンの髪色が上下に並ぶ。
フェルシーとペトラ。ジェターク寮所属の女子生徒達。
「グエル先輩、あれなにやってんの……」
「……筋トレ?」
「わざわざ場末の地球寮まで来て筋トレ?」
「いや知らないけど……水星女と一緒なのはラウダさんの予想通りだったじゃん」
「みたいだね」
心配性のラウダ・ニールの指示の下、遥々偵察という名の覗きを働きに来た彼女らは、思いも寄らず牧歌的な光景に戸惑っていた。
「てっきりあの水星女に参っちゃって通い詰めてるかと思ってたわ」
「似たようなもんじゃないの、実際。こっちの寮にぜんっぜん顔出さなくなっちゃったし」
「可愛い後輩を放ってあんなたぬき女に現を抜かすとは」
「めっっちゃいい体してる。うちの男子でもあんな締まってるヤツいないって」
「! なら私らも鍛えれば戻ってきてくれるんじゃ」
「いやうん、それはあんただけでやって……それよりどうする? 報告」
「筋トレしてましたって言っとけばいんじゃない」
「ラウダさん納得する? それ」
「しないよねぇ」
ぐだぐだと駄弁が増え始めた頃。
ぬ、と。二人の背後から影が差した。物陰のそれよりなお色濃い、光を拒むほどの黒。
「「へ?」」
漆黒の巨躯。黒馬が不審者二名を睨め下ろしていた。
「ぎゃぁああぁぁぁあああああ!?!?!?」
「ひょぇぇぇえええーーーーー!?!?!?」
全力疾走で二人は逃げる。それを小走りに馬が追う。
付かず離れず、止まるを許さず。
「……なにやってんだあいつら」
「あれー、またお客様ですか?」
「招かざる方だから、放っとけばいいのよ」
「というか、風雲再起さん。厩舎から普通に出てるんだが」
「アッハハ! いいじゃん。あのまましばらく走らせとけば。覗き見の罰ってことで」
「だ、ダメですよ二代目! と、とま、と、止まってー!」