水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
降り頻る廃熱処理用スプリンクラーの噴水が森林地帯を濡らす。煙るほどに水分の飽和した空間に、白い残像が走った。
スレッタ・マーキュリー駆るモビルスーツ。固有識別名称エアリアル。
その機体は、あろうことかマニピュレーターの拳で敵機を殴り付けている。
ジェターク・ヘビー・マシーナリー製最新鋭機ダリルバルデ。決闘開始直後から散見する無機的機体動作からも、操縦権をほぼ意思拡張AIに委ねている様子。最短最速最高効率によって攻防を行う紅のモビルスーツは、しかし対する白い複合装甲の肌に一太刀すら浴びせることも叶わず、ただただ一方的に殴り倒されていく。
「……」
灯りを落とした一室で、出力された映像が金属と合成樹脂の無機質な壁面に光を乱反射する。
コンソールに座った担当研究員のベルメリアは言葉もなく画面を睨んでいる。
エランは身体調整用の施術台から、そんな技術者の顔をする女越しに、その化体なるモビルスーツの戦闘風景を眺めた。
極めて有機的機体動作と柔軟な関節駆動、そして攻撃に対する圧倒的
向顔の段階で、機体内部の構造が通常のコクピットのそれでないことは知れたこと。
「モーショントレース……だけではないわ。明らかに脳波、思考レベルで機体が追随している」
「あれも身体拡張制御の一種ってこと?」
「GUNDフォーマット、とも断言できない。パーメット流入値は規定値以下。データストームは検出されない。ただ何か、正体不明の熱量が観測されてる」
「熱量?」
「未知のエネルギー。いえ、単に激しい機械動作による過熱現象なのかも……」
「つまりは何もわからないってことだね」
「……これは私の憶測だけど、あの機体にはパーメット以外の、何らかのエネルギーや情報伝達を担う未知の物質が組み込まれているのではないかしら。そうでもなきゃ説明がつかないわ。あの運動性とパワー、なによりあんな性能を発揮しながら……パイロットが生存していられる理由が」
「あるいはパイロットの側に異常な性能が付与されていて、それを実現してるのかも……僕と同じように」
薄闇の中から朧な赤い光が揺蕩う。それはエランの腕や顔に浮かび上がり、幾何学模様か電子配線図の様相で滲み出てくる。
データストーム。人体と有機的に結合したGUNDフォーマットシステム……ガンダムから、その使用者へ過剰な情報量を孕んだパーメットが逆流することで生じる極めて致命的な弊害であった。
生身の人間ならパーメット流入段階がスコア3へ上昇した時点で十分に死が肉薄する。強化を施された改造人間であっても、その破壊的影響から完全に逃れることは出来ない。
エランは自らの身体でそれを直に、存分に味わってきた。
「……上層部はあの機体の情報を欲しがっている。次の決闘でファラクトのテストを終えたら、もしかしたらあのエアリアルとも」
「元よりそのつもりだよ」
ベルメリアは意外そうにエランを見返した。
「珍しいわね。貴方が自分から決闘に臨もうとするなんて」
「……別に。あんた達にとってはそれが僕の使い途なんでしょ」
「……」
スレッタ・マーキュリーから情報を引き出すこともまた、強化人士四号エラン・ケレスに課された仕事だった。明らかにGUND技術の産物と思しい正体不明のモビルスーツ、グループ傘下でありながら来歴不明瞭な企業シンセー開発公社、そのCEOにして魔女と忌み呼ばわれるプロスペラ・マーキュリー。
その娘である少女をペイル社が内偵しようとするのはある意味当然の措置と言える。
そして、知りたい。そう望んでいるのはエランも同じだった。
初めて見付けたかもしれない。同類を。同じ痛みと苦しみを知る他人を。
もう随分前から、他人などどうでもよかった。なにもかもどうでもいい。そう言い聞かせて。
ただ気付けば身を置いていたこの世界で、変えられていたこの顔で、負った覚えのない義務を履行し続けてきた。そうしなければ、ただ生きることさえ許されなかった。
苦痛に耐え忍ぶ日々。いつ終わるとも知れない、いつ終わりを迎えるかもわからない実験動物としての人生。
心は凍っていった。そうしなければ、もっとずっと早く、耐え切れなくなっていたろう。あるいは自分で終わらせていたかもしれない。
他人など……そう思い続けて、凝結した心が、揺らいだ。
同じかもしれない少女に、何かを求めて。それは共感? それとも同情?
「……今更」
自分はまだそんなものを欲していたのか。
エランは表情筋を微動だにさせず、冷笑した。とうに諦めて、思うことも止めた希望の灯を再燃させる自分の心に、嘲りを呉れる。
快晴に設定された偽物の陽光が鬱陶しかった。遊歩道を進みながら、揺らぎそうになる心を抑え込む。
……期待している。
そうであって欲しいと。
足は止まり、思考は同じところへ埋没する。
この期に及んでまだ。まだこんな。
……けれど、もし、そうなら。彼女もまた
思わずにいられない。自分の脆さを思い知って、それでもと。
「……」
エランは踏み出した。自分の期待を認め、それが真実なのか確かめる為に。
端末の発信履歴から確かめたスレッタ・マーキュリーの現在位置へ、ミオリネ・レンブラン所有の温室へと────足を向けた刹那。
眼前を過る。
風を切る高速。大きな影だ。丁度人一人分ほどの質量。
その見立ては間違っていなかった。
空中を直進して遊歩道を越え、植林された一本の木にその人間はぶつかった。叩き付けられたのだ。
「ぐはぁっ!?」
衝撃と木の幹との衝突による慣性に圧し潰され、グエル・ジェタークが塊のような気息を吐いた。
両腕には拉げた長方形の
「グ、グエル先輩、大丈夫で……え、あ、え!? エラン、さん! ど、どうもその節はお世話にゃにゃりました!」
「…………うん」
エランは一声、そう発するのが精一杯だった。
目の前で交通事故を目撃した人間が丁度このような放心状態になりがちであることをエランもスレッタも勿論昏倒したグエルも知るわけがなかった。
スレッタのフィンガーレスグローブを嵌めた拳がミットを打つ。
その度にクッション材を詰め込まれた合成皮革の表層は、クレーターのように抉れた。それを構えるグエルに、グエルの身体に衝撃が貫通した。
「ぐぉおっ……!?」
「シッ」
「ぎっ!!」
歯列から呼気を吐きながら連打。連打。連打。連打。
肘から先の腕が残像を重ね、先端に当たる拳に至っては影すら見えなくなる。
ミットが乱打され、明らかに形状が歪んでいく。
「まだっ、まだだ!!」
「ならば!」
「ッッ!? いややっぱり待っ」
「たぁりゃあッ!!」
「だぁぁぁあああああああああ!?!?!?」
ミットが爆散し、グエルが吹き飛ぶ。
本日五度目の出来事であった。
温室前の階段に腰を下ろし、頬杖をついてミオリネはぼんやりとそれを眺めた。
エランもまたその隣に立ち、呆然として二人のミット打ち、もといグエルの滅多打ちを見ていた。
「……これはなにをしてるの」
「しゅぎょーだって」
「しゅぎょー」
「そうしゅぎょー。拳に込めた気迫? を体で覚えるんだって」
「……意味がわからないんだけど」
「あぁやっぱり? 私もそう思うわ」
六組目の新たなミットを取り出してグエルは構える。ふらつく足を叱咤して、じりじりとスレッタとの間合を詰めていく。
「少し掴めてきたぞ。確かに、打撃に混じって熱を感じる。でかいハンマーで殴られてるような……これが氣か」
「そうです! 私が放つものを感じられたんなら、今度は自分の体にも意識を向けてください。体温とは別の熱気がわかる筈です」
「……ああ、わかる。これか。これが俺の」
「はい! じゃあ次はもっと強く打ちます!」
「いやもう少しこの力加減でぇぇえええあああああああああ!?!?!?」
絶叫を上げて人間が空を飛んでいく。
エランは一時考えるのを止め、その不思議な光景をただ見物することにした。