水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
旧来の宇宙ステーションのような球形の外観をした温室に、種々の野菜や花が栽培されている。
最新の室内環境管理システムは温度、湿度、空気の清浄化、日照時間まで最適な状態に維持してくれる。それもあくまで植物の生育補助の一部に過ぎない。土壌や草勢、様々な病症、極稀に虫害。遺伝的な奇形も起こり得る。
そういったものに目を配るのが人間の役割だ。
そうした全てに配慮しながら、ミオリネは細心の注意深さで植物を慈しんできた。
母が美しく溌溂と育て上げた花や果実や枝葉を代替わりさせながら、絶やさず今も。
ここはなにより大切な場所。ここにあるのは全て少女にとって大切な子供達である。
「ミオリネさん。肥料、ここに置いて、いいですか?」
「ん、ありがと」
許しを得てから、スレッタは温室の隅に一抱えほどの肥料のパウチを置いた。
「……おい、鉢植えってのはこれでいいのか」
「それは野菜用のプランターよ。丸い陶製のやつって言ったでしょ。花を植えるからって」
「あぁ? どれでも同じだろ、こんなもの」
「ちっがうわよ! ったくなんにも知らないのね。これだから金持ちのお坊ちゃんは」
「お前だって金持ちの娘だろうが!」
「私は自分のことは自分でやるし、独力で日常生活もこなせてるから」
「……部屋の掃除とかは、あんまり……」
「なんか言った?」
「い、いえいえいえいえ!」
渋々グエルはプランターを抱えて温室から離れていく。
「……ミオリネ・レンブラン」
「ん? ああ、根切り終わった? ……うん綺麗。やっぱり器用ね、あんた。じゃあ植え替えするわ。グエルが持ってくる鉢に底石敷いて。そんな多くなくていいから」
「僕まで手伝いをさせられる意味がわからない」
「暇そうにしてたじゃない。なに? 文句ある?」
普通ない筈はないのだが、エランはそれ以上を言い募るのを止めた。迅速な諦めは疲労を最小に留めてくれる。どうやら先刻からエランの思考停止状態は継続中だった。
グエルが温室の入り口に丸い鉢植えを運び込む。
「ストップそこまで。あんたはそこから先に入らないで」
「荷物を中に入れるだけだ。いちいち細かいことを」
「あんたには前科があるもの。黙って粛々と命令通りに働け、この器物損壊犯」
「誰が犯罪者だ!?」
「キャー助けてスレッター。元ホルダーの元決闘委員会筆頭の元御曹司が暴力ふるってくるー」
「だ、ダメですよグエル先輩!」
「っのアマ……!? 最強の暴力装置盾にしといて弱い者ぶってんじゃ……それになぁ、俺はまだ! 御曹司だ!」
(まだ、でいいんだ)
エランは鉢植えの底に小石を敷き詰めながら、素朴にそう思った。
エランと同じようにしゃがみ、スレッタもまた鉢植えに向かう。
「? ミオリネさん、これ土って入れなくていいんですか」
「ああ、多分そろそろ来ると思う」
「来る?」
「ほら、来た」
温室の入り口、グエルの背後から室内へ巨大な影が差す。
嘶き、蹄で地を一蹴りして、彼女は来訪を告げた。
驚いて飛び退くグエルを後目に、ミオリネが風雲再起を出迎える。
「ご苦労様。スレッタ、ほらグエルも。とっとと荷下ろしして」
「に、二代目!? 何してるんですか!?」
「資材部から直接取ってきてもらったの。わざわざ運送の手続きするのも手間だし、助かったわ」
黒い馬体の背中にはしっかりと包装された培養土が荷鞍で吊られている。
「に、荷馬扱い……二代目はいいの!?」
「ちゃんと報酬の約束もしてるわ。ニンジンとカボチャとサツマイモ。ここで穫れたものを順次彼女に流すってことで」
「買収済み!?」
「失礼ね。歴とした取引よ」
ミオリネが手を差し出すと、風雲再起は鼻先でそれに応えた。
「あんたの言う通り話してみたら案外いい人でね。結構気が合うみたい」
「……同じじゃじゃ馬同士な」
ミオリネが笑顔でグエルを指差す。
刹那、轟く。強靭にしてしなやか。恐るべき鋭さと疾さで、漆黒が空間を奔る。
風雲再起の後ろ蹴り。
それがグエルの頬を横切った。
「…………」
「あら、外してあげたんだ。風雲再起ってば優しいのね」
「ミオリネさん!? ダメですよ! 二代目の蹴りは掠めても首が飛びます!」
「そういうところがじゃじゃ馬だって言ってんだよ!!」
「風雲再起ぃ! もう一撃喰らわせてやんなさい!」
「やめろぉおおおお!?」
「…………」
馬と追い駆けっこを始めたグエルをしばらく眺めてから、エランは植木鉢に石を敷く作業に戻った。
それをミオリネが背後から見下ろす。
「……丁寧ね」
「そう」
「意外とガーデニングとか向いてるんじゃない?」
「僕が……?」
「植物を育てるって、とにかくなんでも細やかにやらないといけないから。あんたは几帳面っぽいし」
「君にそこまでの繊細さは感じないけど」
「悪かったわね粗暴で!」
「そこまでは言ってない」
「……私はただ、お母さんを真似てるだけよ」
「…………お母さん」
それはまるで異国の言葉を口にしているような覚束なさだった。遠い、遠い、あまりにも縁遠すぎて。
最後の植木鉢に石を敷き終えて、エランは立ち上がった。
面白がってグエルを追い回す風雲再起を追い掛けておたおたするスレッタの方へ近寄る。
「スレッタ・マーキュリー」
「はい! な、なんです、あぁっグエル先輩伏せて!」
「危ね!?」
「二代目も、ほ、本気ではないので! 大丈夫です! ニ、三時間目が覚めない程度に痛いですけど大丈夫です!」
「一体なにがっ!? 大丈夫なんだぁ!?」
「直線で逃げちゃダメですよー! す、すみませんエランさん」
「……前にも言ったと思うけど、僕は君のことが知りたい」
「ふぇっ!? あ、そ、そうでした、ね。はい……」
「今日ここへ来て改めてそう思った……君のその強さの正体に、興味がある」
「そそ、そんなそんな、私なんてまだまだで……」
スレッタは頭を掻いてぺこぺことお辞儀しながら恐縮する。
そのどこかずれた態度が、エランには益々不可解だった。自分の持つ戦闘能力に無自覚。あるいは、比較したことがないのか。
比較できないほど
「君と、二人きりで話をしたい」
「えっ」
「は?」
「おい、エラン! 今なんて言ったぁぁあぁああああ!?!?」
「日を改めてもらって構わない……ただ一つだけ、答えて欲しい」
エランは凝結したその無表情のまま、そっと。それこそ石を敷くように、注意深く、恐る恐るに。
「君のその力は誰かに与えられたものなのか」
それとも。
まさか。
スレッタは一瞬だけ戸惑い、しかしすぐに決然として首を左右した。
「与えられた、っていうのとは、ちょっと違い、ます。この力も、技も、私が望んで鍛練しました。強くなりたいって、私が心から望んだから。師匠はいつだって、私の意志を尊んでくれました。全てはおぬしの心一つ。おぬしは望むまま、在るがままでいい……そう言ってくれました」
「────」
スレッタは晴れやかに笑った。それは大切な思い出を語る少女の顔だった。
負い目も嫌悪も、押し付けられた暗闇も凍てつきもない。
あるのは、ただ光るような熱。
「……そうか、君も、そうなのか」
「? エラン、さん?」
「また連絡する。それじゃあ」
「あ」
エランは背を向けて去って行った。
スレッタ・マーキュリー。君も同じなんだね。ミオリネ・レンブランと同じなんだね。彼女が母親との確かな絆を持つように。
君にもあったのか。強固で、確かな手触りを持つ、日向のように暖かなものが。
僕にはない、何一つとしてない、そんなものが。
それは、なんて。
「……羨ましいよ、スレッタ・マーキュリー」
憎たらしいことか。