水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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両雄激突!グエルとエラン、男の闘い

 

 

 

 

 あまり参考になりそうにないスレッタの対策案を、地球寮の一同はぼんやりと聞き流した。

 しかし。

 一人だけ。

 それを真に受けた者がいた。

 それはここにはいない人物。今、画面の向こう側で決闘を繰り広げる暗緑色の機体の中に。

 

 

 

 ディランザにもまた唯一の火器ビームライフルが装備されている。

 破壊力はファラクトの長砲身(ロングバレル)に及ばぬまでも、モビルスーツを行動不能にするには十分だ。

 命中さえすれば。

 

『この機体のテストに付き合ってもらう』

 

 業界内随一の高機動モビルスーツメーカーたるペイル社の、その最新鋭機。

 それにたった一丁、ただ一門のライフルによる砲火を狙い過たず当てるという至難。

 まだしも狙わず盲撃ちにした方が可能性はある。この高速戦闘状況下でそのような博打に出る余暇があればの話だが。

 

「射程の不利は承知の上だ……!」

 

 元より、グエル・ジェタークの本領は白兵戦。

 中距離から向こうを維持する敵機、それもその矮小なブレードアンテナを撃ち抜くが如き至芸などは夢のまた夢。

 

(近付くことさえできれば)

 

 肉厚両刃の大斧を構え、地表を滑走する。

 戦場設定は小惑星表面の低重力圏。であればディランザの鈍重(ウエイト)も重力生成下ほどの枷にはならない。

 とはいえ、敵機は飛翔する。常に高度優勢を取られながらビームライフルで撃ち下ろされるこの構図は劣勢が過ぎる。

 斧の刃先を地面に叩き付けた。

 

『!』

 

 極小の角礫(レゴリス)が舞い上がり、煙幕を形成した。

 一瞬の目眩まし。モニター越しの肉視に頼らずともファラクトの各種センサー類はディランザを捕捉したままだ。

 なればこそ一瞬。人間が操縦する以上、機体操作もまた人間の反応速度を超えはしない。つい先日、意思拡張AIという例外をグエル自身が自ら体現したばかりなのは皮肉か諧謔か。

 吶喊。

 エランの回避運動より半歩速く、グエルは迫る。

 炎熱を纏った戦斧の刃先を、迅速に抜刀されたビームサーベルが受け止める。

 

「機体の重さは短所なだけじゃあねぇぞ!」

『……ちぃっ!』

 

 受けさせた。

 軽量と鈍重、どこまでも相反する二機。軽量化は速力に寄与する。しかし今、ファラクトは格闘戦における非力を露呈した。

 ファラクトの構えたビームサーベルをディランザは上から無理矢理に押さえ込んだ。

 構図が逆転する。ディランザが上空からファラクトを地表へ落とす。

 力業。観戦者の多くはそう見る。

 だが実態は、グエルの巧みな姿勢制御とスラスター制御による鍔迫り合いの妙であった。

 

『くっ』

 

 地面へ到達する寸前、ファラクトは両肩部スラスターから前方へ発破(ブラスト)することでディランザを引き剥がし、そっくり同様に肩部、背部スラスターを点火。地上を滑空する。

 

「逃がすかぁ!」

 

 ディランザは墜落の瞬間地面を蹴った。地表は砕け、抉れ、爆ぜる。

 だというのに機体は健在だった。

 ディランザは跳ぶ。

 垂直方向の慣性を、蹴り脚とスラスター噴射によって無理矢理側方へと流し、だけに留まらずファラクトの移動方向へ追随してみせた。

 

『!?』

「もう少し、この間合で付き合ってもらうぞ」

 

 戦斧が振るわれる。

 上下段。ヘッドの重心を巧みに移動させ、斬撃の連続攻勢。

 自機の回転運動に織り交ぜ、速度を減じぬまま強烈な破壊力の刃がファラクトを襲う。

 無論、そんなものを馬鹿正直に受け止めるほどエランは愚かではなかった。

 飛翔能力と軽量な機体の運動性によって斧を躱す。躱す。また躱す。

 そうして距離を取って、再び地上から飛び立とうとする────

 

『ッッ、しつ、っこい……!』

「悪いな、もう飛ばせねぇ!」

 

 それだけは断じて許すまい。ディランザは、ファラクトが上昇する為に後退速度を減じる瞬間を見逃さなかった。

 あわや、ファラクトは下半身を潰し斬られかけ、下段に構えたサーベルでなんとかヒートホークの刃先を弾く。

 

『いつにも増して鬱陶しいな! グエル・ジェターク……!』

「こっちが一呼吸してる間に十発打ち込んでくる化物を相手してたらこうもなる」

『ッ!!』

 

 戦斧の下段からの斬り上げ。

 ライトグリーンの刀身が、パーメット光が宙に弾ける。

 完全な死角からの一撃に、遂にファラクトはサーベルを手放した。

 返す刀、斧が落ちる。唐竹に頭部を断ち割る軌道。

 

『パーメットスコア“3”……!』

「なに!?」

 

 ファラクトの機体各部が赤く発光する。パーメット流入値の瞬間的増大によってシェルユニットの制御負荷が高まった証左。

 そしてそれは同時に、機体性能の変質を意味した。

 グエルの視界を赤い残光が過る。気付けばファラクトは空中高く舞い上がっていた。

 

「加速性が上がったのか……!?」

『ファラクトの真価は速さじゃない。今、それを見せてあげる』

 

 エランの宣言は呼び声だった。

 肩部ブースターユニットから次々と無数の小型飛翔体(ドローン)が排出されていく。

 ファラクトの周囲を舞う大量の白。形状はさながらウィジャ盤に這わせるプランシェット。

 ドローン兵装……もといガンビットと呼ばれる違法兵器の群。それらを完璧な思考誘導によってエランはコントロールできる。

 

『君もスレッタ・マーキュリーと同じだ。ずけずけと踏み込んでくる、その図々しさは』

「は! あいつと同類呼ばわりは心外だな。図々しいって気持ちは解るが」

『……解るわけがない。誰にも。僕を! 解られて、たまるか……!』

 

 ガンビットがさらに二つに分離する。

 子機中央に空いた発光門から一条、赤い光線が走った。

 それは牢の鉄格子よろしくファラクトを守護し、そうしてグエルのディランザを包囲する。

 

『もう近寄らせない』

「ッ!」

 

 謎のビーム光に至極当然、グエルは回避運動を取った。

 雨となって降り注ぐ光線を右へ左へ後方へと躱す。

 しかし、光線の弾幕に空間を占拠されれば、どうしたところで逃げ場は消える。

 機体の右脚を光線が掠めた。

 

「ちッ……!?」

 

 その直後の爆散に備えたグエルは肩透かしを喰らう。

 衝撃はなく、機体の損壊もない。

 ただ、右脚の制御が()()()のだ。

 スタン効果の電磁ビーム。これが電子制御の機械に触れた場合、それを強制的に機能停止させる。これ単体では何の破壊力も持たないが、戦闘中に行動力を奪い取るという悪辣さ。加えて、あくまでこれは電磁ビームであり、ビーム兵装ほどのエネルギー・パーメット消費を伴なわない分、稼働時間、継戦能力という点においても優れている。

 モビルスーツという電装品の塊に対して、それはまさに凶悪の二字。

 スラスターが止まり、バランスを崩し掛けたディランザを斧を杖代わりに立て直す。

 そしてここぞとばかりに撃ち掛けられるファラクトからのライフル砲火を、グエルは辛くも回避した。

 

「! 機体制御が戻った……?」

 

 スタン効果は永続しない。機体に備わったシステムの自己修復プログラムによって回復を見込める。

 この肉厚の斧を盾に、電磁ビームの貫通を防ぎつつ肉薄することも不可能ではない。グエル・ジェタークならば。

 

(……そんなことは、エランも解ってる筈だ)

 

 疑念。いや、グエルは確信する。敵の強さを疑わない。エラン・ケレスの戦術眼は恐るべきものだ。

 ならば警戒すべきだ。自重し、慎重に事を運────グエルは以上の要件を感覚的に理解した後、迷いなく攻勢に転じた。

 接近。

 一心不乱の進撃。

 

『猪武者め……!』

「まあな!!」

 

 電磁ビームが原生林の如く視界を割拠する。ただでさえ機動性において劣るディランザで、それでもなお躱す。半歩先に待つ致死性の光線。赤い毒牙を。

 斧に受け、片腕を犠牲に前へ。

 前へ。

 防御陣の向こうに佇立するファラクトへ。

 モビルスーツ尺度に則ってあと三歩。己の間合は目前。

 ファラクトが飛翔体勢を取る。

 ディランザ、グエルは斧を放った。

 

『牽制のつもり? 焦り過ぎたね!』

「いや……」

 

 ディランザが後ろ腰に手を回す。そこにマウントされたビームライフルに手を掛ける。

 ────武器を頭上高く放り投げることで敵の目を幻惑し、最後まで取って置いた本命の射撃武装で決着。

 

『そんなところ? 浅はかだよ、グエル・ジェターク……!』

「!?」

 

 唐突に、ディランザの腕が止まる。まるで固着されたかのように。

 電磁ビームは避け切った。少なくとも機体の推進力維持に必要な脚部、背部スラスターは守り切った筈だった。

 

 

 

 

 

 

「レゴリス……電磁ビームで帯電化させ、機体の関節駆動部に」

「エランの作戦に嵌ったね」

 

 決闘委員会ラウンジ。

 ロウジは初見であっても兵装の特性をよく理解していた。

 シャディクもまた、エランが布いた罠の意図を看破していた。そして、それはもう一つの意図においても。

 

「景気よく巻き散らしてましたからね~。グエル先輩の自滅か……」

「さあて」

「え?」

「まだわからないよ」

 

 セセリアがシャディクの横顔を見返す。そこには笑みがあった。巧妙に軽薄を装った……どこまでも底の知れない笑みが。

 

 

 

 

 

 地球寮では悲鳴が上がる。リリッケは口許を押さえ、アリヤは眉を顰め、ティルは息を詰め、ヌーノは浮足立ち、オジェロは頭を抱え、マルタンは気絶寸前である。

 ニカはじっとディランザを注視した。片やチュチュは端末の画面にかぶり付く。

 そしてミオリネは画面ではなく、スレッタを見ていた。

 胸の前に硬く、硬く拳を握り、真っ直ぐに闘争を見据える少女を。

 

「……一撃だけなら」

 

 

 

 

 

 無数の赤い電磁ビームに射貫かれたディランザが傀儡と化す。

 無力。抵抗の術はもはや無し。

 エランは躊躇なく、ディランザの右腕をそのロングバレルで撃ち抜いた。機能停止状態に陥った今、ディランザが腰元のライフルを抜ける筈もないが。

 完全な行動不能にするなら。

 

『残りの手足も』

「聞けエラン」

『?』

「上だ」

『なッ!?』

 

 それは高速回転しながら降ってきた。

 両刃の戦斧。先程グエルが投げ上げたもの。

 その落下地点にファラクトが滞空している。

 エランは最短の回避運動を行った。またそうしなければ頭部に、下手をすればブレードアンテナに損壊を被っていた。

 ファラクトが進み出る。前方へ。

 静止した、制止させられたディランザへ。ほんの一歩分、近接する。

 その瞬間、グエルはコマンドを実行した。

 ディランザの電装のほとんどは電磁ビームのスタン効果によって機能停止状態にある。だがコクピットだけは、パイロットの生命維持の為に物理的、電子的に堅牢に防護されたコクピットの制御盤だけは生きていたのだ。

 俗称お肌の触れ合い回線……接触回線によってコクピットと腰にマウントされたビームライフルは未だリンクしている。装着部位が腰、背面であったこと、またディランザの手に握られていなかったこと、それゆえ電磁ビームの射線を逃れ、エランの狙撃の標的を免れる幸運にも見舞われた。

 

「許せ、ラウダ……!」

 

 グエルは躊躇なく、ビームライフルへパーメットを過剰過給(オーバーブースト)。そうして────爆散させた。

 

『な、ぁッ!?』

「オォラァアッ!!」

 

 爆発の反作用でディランザが前へ。たった一撃分の踏み込み。跳躍を為す。

 低重力下でのみ可能な荒業。

 手足は未だ機能不全。どうしようと動かない。

 ゆえに。

 ディランザの額、荒武者の如き衝角(ブレードアンテナ)で頭突きを呉れる。

 ファラクトの額目掛けて。

 激突する。

 

『がぁっ……!?』

「くおっ……!?」

 

 機体同士の正面衝突。衝撃は並ならぬ。しかし、機体を著しく破壊させるほどの威力はなかった。ファラクトの、そしてディランザのブレードアンテナもまた無事。

 両者共に戦闘続行可能。

 ファラクトがロングバレルを構える。

 その時、ディランザの左脚が先んじて復活した。

 

「だぁあああぁあああッ!」

『ぐっ!?』

 

 砲火が奔る。

 蹴り脚が伸びる。

 ディランザは左肩を焼き切られた。

 ファラクトはしかし、ロングバレルをその手から蹴り飛ばされた。

 両腕を失くし、なおもディランザは止まらない。グエルは踏み込む。もう一撃、頭突き、体当たりでもいい。断じて退かない。

 敵を倒す。己が倒れても、前のめりになって敵を倒せるなら、それで。

 

「真ん前から打ち砕く!!」

『調子に乗るなぁ!! パーメットスコア“4”ッ!!』

「!?」

 

 一際赤く、紅く、ファラクトのシェルユニットが奔った。

 ファラクトが消える。

 さらなる速力、加速し加速し加速し。

 グエルはそれを追う。まだ追える。この残影は。

 何故なら、グエルはこれ以上の速度を知っているからだ。光輝に迫る(はや)さを。スレッタ・マーキュリーを。

 背後、至近。

 振り返り様に蹴り込めば。

 

「く……!」

 

 電磁ビームが、その弾雨がディランザを掣肘する。

 一条、躱す。さらに一条、幾条にも渡るそれらを潜り抜け。

 その大立回りをファラクトが、エランが見逃す筈もなかった。

 此度はファラクトがディランザを蹴り倒す。

 地表を削りながら、スラスターで無理矢理に足蹴にしたディランザを削ぎ落す。

 

「がぁぁああああああ!?」

『……!!』

 

 壁面に激突する。ホログラムが崩れ、多層構造の防護膜にディランザは磔となった。

 

「まだ、まだだぁ……!」

『終わりだ』

 

 冷徹に、ファラクトの腕部からビームサーベルが射出され、その手に装備される。

 軋み、電荷と火花を散らしてそれでもなお戦意を露わに立ち上がろうとするディランザを、ファラクトは踏み付ける。何度も何度も。

 そして、その顔面に。メインカメラにサーベルを突き入れ、ブレードアンテナごと斬り裂いた。

 

 WINNER ELAN CERES

 

 無情に宙を踊る決着の宣言。

 歓声も、驚嘆もなく、学園にはただ耳に痛いほどの静寂が降りた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 コクピットで荒い息遣いを立てて、エランはヘルメットを脱ぎ捨てた。

 パーメットの過剰な流入、なにより揺れ動くこの、御し難いまでの、未経験の、感情が。

 

「……なんなんだ、これは」

 

 理解不能。

 エラン・ケレスにはわからない。

 自分は何故こうまで惑乱しているのか。

 わからない。これが何なのか。自分の中で燃え滾る、この熱気の意味が。

 

 

 

 

 

 

 

 

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