水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
スレッタ・マーキュリーとエラン・ケレスの決闘が確定した。
グエル・ジェタークの敗北によって。
ジェターク社の、CEOであり父であるヴィム・ジェタークからの義絶の辞は、人伝かつ端的だった。
卒業までの学費を保証するのは温情というより割り当てていた予算を取り消す手間を惜しんで……そこまで考え、流石に僻み過ぎだとグエルは自戒した。
押し付けられた最低限の荷物を抱えて、元根城を後にする。
退寮処分である。敗者に対する当然の措置。それも一度ならず三度に上れば、父の堪忍袋の緒もなるほど耐久限界を超えるだろう。
ジェターク家の御曹司にして学園の決闘ホルダー、最強のパイロット。そういった謳い文句で祭り上げられていたグエルの惨敗が、ジェターク社の株価にどのような影響を及ぼしたかは語るに及ばない。
なにより、父の面目を潰した。容赦する理由がない。
「晴れて明日をも知れない身の上に堕したわけだ」
一人、快晴を映し出す人工大気層を見上げ、グエルは自嘲の笑みを浮かべる。
野営がパイロットの必須技能であったことはまさに僥倖だった。元御三家の元ジェターク寮寮長を受け入れたがる陣営などない。独り身を立て、居住環境すら独力で見繕わなければ。
学生寮区からやや離れた緑化地帯。森林の奥に拓けた場所を見付けた。
テントを設営し、竈を拵え、その他生活雑貨を並べていく。
奇妙なほどに心持ちは穏やかだった。称号も期待も畏敬も失くし家柄にも見放されたが、自由の身ではあった。困窮と隣り合わせの、自由。
グエルは木々を吹き抜けてくる風と、木漏れ日に目を細めた。
「わぁ寮区の裏手にこんなところがあったんですね!」
「私は時々ティコの散歩に来る。拓けてるのはその所為だな」
「ちょ、おいグエルぱいせん。火ぃ着かねぇんだけど。このファイアスターター安もんだろ!」
「別にライターでいいじゃない。面倒臭い」
「風情がねぇじゃん。オイルだって切れるし。ちっ、しゃーねー、摩擦でやったるか。空気乾いてるし溝式でもいけんだろ」
「肉の大きさってこんなもんでいいか?」
「おういいんじゃ……っておいヌーノ。その串肉しか刺さってねぇじゃねぇか!」
「ヌーノスペシャルだ」
「ずっりぃぞ! じゃ、オジェロスペシャルもよろ~」
「あの、野菜も食べなね? ってか人数分買ってるから」
「この草、食べられるよ」
「ほ、ホントですか!? じゃあ」
「いや生は流石に……」
「! 仄かに甘い、です!」
「スレッタ! 今なに口に入れたの!? ぺっしなさい! ぺっ!」
「ひょえっ、も、もう飲んじゃいました……」
「あぁもう! バカ!」
「オジェロ、胡椒かけ過ぎだよそれ!」
「これが美味いんだって!」
「あ、私のやつは薄味にしてくださいねー」
「焼きそば作ろう。焼きそば」
「これで酒がありゃあな~」
「こぉら、未成年」
「……っしゃおら着いたぁ! あっマシュマロもーらい!」
「チュチュ、つまみ食いしちゃダメだよ」
「ほら水、口漱いで。もぉ、なんで落ちてるものそんな簡単に口に入れるのよぉ……」
「しゅびばしぇべべべべべ」
「お前らうるせぇぞッ!?」
人工太陽も沈んだ宵の口。
焚火を前に、グエルはチタン製のマグカップでコーヒーを啜った。
その隣でウッドチェアーに腰掛けたミオリネとスレッタがココアを啜った。
地球寮の面々がレジャーシートやら長テーブルやらでわいわいと団欒する中。
グエルは言った。
「いやお前ら何しに来た」
「え? ……キャンプファイアー?」
「バーベキュー」
「天体観測だろ?」
「昆虫採集」
「ひぃっ、虫いるんですか!?」
「俺は肉食いたかっただけ」
「右に同じ」
「なんとなく、流れで……」
「落ちぶれたスペーシアンの御曹司様の無様を笑いに来たに決まってんだろ」
「チュチュは先輩が心配で見に来たんだそうです」
「ちっげぇし」
「私は、し、心配で来ました……」
おずおずとスレッタが言った。
グエルは眉間に皺を寄せ、すぐに溜息を吐く。
「……俺も落ちぶれたもんだ。弱小寮の奴らに……俺を負かした女なんかに、憐れまれるなんてな」
「憐れみなんかじゃないです!」
ウッドチェアーを蹴飛ばす勢いでスレッタが立ち上がる。
右拳が硬く、軋むほどに握り込まれ、瞳が真っ直ぐにグエルを射貫く。
「────良いファイトでした」
「……」
惜しかっただの、もう一歩だっただの、機体性能の差、武装、戦闘条件、技能面の得手不得手有利不利。
ほんの一欠片でも慰めの言葉を口にしたなら、グエルは即刻スレッタ達をここから追い出していた。
プライドがそうさせる。そんなものは許せない。
グエル・ジェタークは自分自身を許せない。敗北とはそういうもの。言い訳の余地は無い。口にもすまい。結果のみが真実。グエルが学び、また納得した真理だった。
しかし、スレッタは。
炎に照らされるこの少女は、グエルの闘いをただ見届けた。理屈などない。ただ、逃げずに闘った。その一事を認める。尊ぶ。スレッタは純粋の闘士の目でグエルを見ていた。
「っ……!」
それがあまりに眩しくて、グエルは火に目を逸らした。今、この顔を焼くのは炎熱なのか。それとも。
「なに照れてんだよ気色悪い」
「て、照れてねぇ!!」
「感じます。感じますよ。ラブコメの波動を!」
「マシュマロ焦げてる」
「サラミもうないのかよぉ」
「チーズならあるぞ」
「一番オジェロ・ギャベル! 歌います!」
「よっ! 地球寮一のギャンブラー!」
「通算マイナス数百万の男!」
「オケラの擬人化!」
「アッヒャハハハハハハハ!!」
「……これ、普通のコーラだよね?」
「ねぇニカー、炭酸以外のやつちょーだーい」
「もえあんがぁれぇ~! もえあんがぁがれぇ~! もえあんがぁれぇぇぇ~! ガン」
「だからお前らうるせぇぞッ!? 近所迷惑だろうが!!」
グエルと地球寮生達の夜は騒々しくも更けていった。