水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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翔けろ風雲再起!モビルホース見参

 

 

「次の決闘場所はフロント外宙域、か」

「フロント、外ちゅーいきって」

「宇宙空間よ」

 

 スレッタとミオリネは二人並んで整備用フラップを見上げた。

 地球寮の格納庫では現在急ピッチで改修作業が行われている。

 二度に亘る格闘戦によって駆動系他各部のメンテナンスを要するエアリアルは言わずもがな。急務なのはもう一機、その一騎であった。

 風雲再起専用モビルホース。その欠損箇所とシステム調整に、ニカを始めとしたメカニック科のヌーノ、オジェロも駆り出され、作業に当たっている。

 

「にしてもこれ、まさに渡りに船ってやつだったよな」

「ジャンクパーツで一からフライトユニット組み立てろ、とか無茶振りされるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」

「あはは、流石にそれは……ありそうだね」

 

 宇宙空間での無重力戦闘には飛行制御能力と十二分な推進力を得る為に大型スラスター、ないしフライトユニット、あるいはサブフライトシステムといった補助的動力を必要とする。

 まさか陸戦装備のまま宇宙(そら)を犬掻きで泳ぐ訳にもいかない。

 悲しいかな地球寮にそれらの物資を揃えるだけの財力も、貸与、あるいは援助してくれるような味方もこの学園にない。

 ニカの苦笑には退っ引きならない切実さが宿っていた。

 

「スレッタのお師匠様に感謝だね」

「オーバーテク過ぎてわぁけわかんねぇけどな」

「履歴書の実務経験欄には書けねぇだろうなぁ。馬用のモビルスーツメンテしてました! ……あぁやっぱねぇわ」

「実際、メインフレームやシステム回りは私達が手を付ける隙もないし……まるでそうなるように配慮されたみたいに」

 

 ニカの独白に、オジェロとヌーノは顔を見合せ首を傾げた。

 その時、厳かに蹄の音が格納庫に響く。

 アリヤを伴って黒い馬体が現れた。

 

「あ、二代目! ニカさん達がねっ、モビルホースを仕上げてくれたんだよ! よかったねふにゅ」

「……この容赦ない塩対応もなかなかだけど、あんたも大概めげないわね……」

 

 その巨躯に抱き着こうとするスレッタの顔面に蹄がめり込む。

 

「あーんどうしてぇ。小さい頃はいつも遊んでくれたのに……え? 『マスターアジアが甘やかした分私が厳しく引き締めてる』? 『近頃たるんでる』? そ、そんなぁ、毎日鍛練は欠かしてない……『敵に付け入る隙を晒す為体(ていたらく)』? 実習でカメラに落書きされた時のこと? だ、だってあれは……『先達てのファイトも、なんたるだらしなさか。対手に手心をやれるほどお前は自分が優っているとでも思って』 っててて、そんなこと思ってない! 『自負と慢心を取り違えるなどは愚の骨頂』? してないしてない! 信じてよぉ! ホントだってば! うぇーん! 二代目ぇ!」

「端から見ると馬に独り言吐く頭のおかしい奴よね」

「ミオリネさんも負けず劣らず辛辣……」

「こういうの地球でなんて言ったか。うーん……そうそう、かかあ天下」

 

 昇降機を降りたメカニック達が合流する。地球寮の面々もいい加減この珍奇な取り合わせに慣れ始めていた。

 

「聞く限り馬の方が立場上っぽいのがまたおかしさに拍車掛けてんな……いや、そもそも馬が人間の言葉を理解してることに疑問をだな……」

「真面目に考えんなよ。疲れるぞ。俺はもう止めた」

 

 ヌーノがさも悟った風にぼやく。

 ただ、反論を述べる者はいなかった。

 

「えっ? あ、ニカさん、二代目が」

「はい?」

 

 不意にスレッタが振り返る。

 額から頬に掛けて赤々と残る足跡を、曖昧な愛想笑いで触れないようにしながらニカが歩み寄る。

 

「『ニカ・ナナウラ。一つ、願いの儀を聞いてもらいたい』って」

「ね、願いのぎ……? えっと、私に出来ることなら。いいですよ。どうぞ遠慮なく仰ってください」

「『(かたじけ)ない。ついては、この我が機体、色を塗り替えて欲しいのだ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 人士用のメンテナンスルーム、あらゆる肉体の調整機器を満載した寝台でエランは目を覚ました。

 データストームの苦痛を和らげる為に鎮痛剤を打たれ、そのまま意識が落ちたのだ。

 コンソールには見慣れた背中。ベルメリア・ウィンストンがモニター上の数値に向かっている。

 

「……起きたのね。体調はどう?」

「画面に全部映ってるんだろう」

「自覚症状を確認してるの」

「いつも通り。最悪さ」

「……」

「やっぱり前の決闘が響いてるみたいだね」

「他人事みたいに言うのね……」

 

 グエル・ジェタークは強かった。当初の想定を上回るパーメットスコア上昇を強いられるほど。

 先の決闘は、エランの肉体の耐用()()を確実に削り取った。

 

「別にいい。次の、スレッタ・マーキュリーとの決闘まで持てば」

「っ! いいって……そんな……」

 

 ベルメリアがエランを顧みる。赤く朧な光で身を焦がす少年を。

 闘い終わり、この体が“あがり”を迎えた後の事なんて、エランはもう然して興味がない。

 

「どうしてそこまで」

「……さあね。僕にもよく解らない」

 

 期待して、裏切られたから?

 希望を抱いて、失望に落とされたから?

 自分にないものを持つ少女が妬ましいから?

 

(違う)

 

 違う気がする。エランは不可思議な思索に耽った。

 合致しないものを除き、除き、そうして残ったのは一つの疑問。

 

(君はどうして()()なれた)

 

 自分にはないもの、絆を持っている。

 けれどその境遇が手放しの幸福だったとは思えないのだ。

 スレッタ・マーキュリーには芯がある。鋼のように硬く、揺らぐことのない確信が。魔女と忌み呼ばれた母を持ち、水星という辺境へ追いやられた。少なくない迫害に晒された幼少時代。だのに。

 少女は真っ直ぐだった。その心根は強靭だった。

 その強さの源とは。少女を鍛え上げ、鍛え抜き、慈しんだものとは。

 師、とは。少女は折に触れてかの人を呼ばわった。ひどく晴れやかに。暖かに。

 

(……どんな)

 

 人物なのか。

 そして、それはどういう感触なのだろう。

 その思い出を語る度、あんなにも和らいだ顔ができる。

 思い出。思い出になるような、誰か。

 

(やっぱり、羨んでるじゃないか、僕は)

 

 けれどそれだけではない、とも思う。

 今一歩。解らない。エランは自身の内より発生したこの謎の熱量の意味が解らない。

 あるいは、あの少女に勝てば。あの少女を今少し、理解できれば。

 

(スレッタ・マーキュリー)

 

 僕は君が知りたい。

 初めて、自分の意志でエランはそれを望む。

 

「ベルメリア・ウィンストン……頼みが、あるんだけど」

「えっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『肩の具合は? もういいの』

「はい、三日もありましたから。いっぱい食べてたっぷり寝たので、もうすっかり完治です!」

『やっぱあんたおかしいわ』

「え!?」

 

 カタパルトに固定されたエアリアル、そのコクピット端末にミオリネの呆れ顔が大写しになる。

 

『……今回のペイル寮のやり口。表沙汰の大騒ぎにしてれば向こうに結構なダメージ与えられたんだけどね』

「で、でもそれじゃあ、エランさんと話、できなくなっちゃいます」

『どうでもいいけど、あんたやたらエランに拘るじゃない……なに? 浮気?』

「そういうんじゃなくて! ただ……あの時、エアリアルに一緒に乗り込んだ時の、エランさんがまるで……あの頃の私みたいで」

『?』

「放ってなんておけない、って」

『お節介。頼まれもしないのに人の悩みだの感情だのに触るのはね、余計な親切で大きなお世話。いい迷惑よ』

「うぐぅ」

 

 容赦も手心の欠片もなく、ミオリネの言葉がスレッタを滅多刺しにする。

 

『それでも踏み込んで行くっていうなら、殴られる覚悟くらいあるんでしょう』

「……はい! 何発でも受け止めます!」

『物理的な話だけじゃないの解ってる? この脳筋は……ま、覚悟があるならいいわ。精々殴ったり殴られたりしてきなさい』

「はい! ありがとう、ミオリネさん」

 

 背中を叩かれ前を向く。それがスレッタにはひどく懐かしい。

 オープンチャンネルではメカニック科連中の点呼・確認が次々に飛び交う。

 

『モビルホーススタンバイOK。風雲再起さんも搭乗完了……いよいよだね』

『やることはやった。俺はもう知ーらね』

『明日から地球寮が厩舎って呼ばれ出したらそれはスレッタの所為だかんな』

『んな舐めた口利くスペーシアンなんざアレで地獄に蹴り落としたれ!』

「ぜ、善処、しまっす」

『9番、および10番ゲートオープン。射出まで3、2、1……』

 

 エアリアルが高速でカタパルトを降下する。

 フロント外縁に開いたゲートから、宇宙空間へ、広大無辺の園へと機体が躍り出る。

 エアリアルは“解錠”を問う。それは最終意志確認。闘いの火蓋を。

 スレッタはそれを切る。迷いなく、コンソールを叩く。

 

「モビルトレースシステム解放!」

 

 内部構造が変形し、球形の戦闘空間の只中に全裸でスレッタは立つ。

 ファイティングスーツ生成機構が回転を始め、少女の全身をナノマシン配合の軟質積層剤が覆い尽くす。

 そして、変革はエアリアルだけに留まらない。

 

「行くよ、風雲再起!」

 

 もう一騎、エアリアルに随伴する機影。漆黒の飛翔体があった。

 

 

 

 

「? もう一機いるんですけど」

「サブフライトシステム……? でもあんな形状の製品……データベースにも無い」

「水星ちゃんの機体は推進ユニットがないからね。決闘への持ち込みは事前に申請されてるし、ペイル寮も合意済みさ」

 

 決闘委員会ラウンジではお馴染みの面子に加えてもう一人。

 先の決闘の敗北によって放逐されたグエル・ジェタークに代わり、ラウダ・ニールが入室している。

 ソファー席からやや距離を置いてモニターを見るラウダの表情は険しい。敬愛する兄を現在の境遇に堕とした張本人がまさに今、そこに映し出されているのだから心穏やかとはいくまい。

 

「底値の弟さんはなにか知らないです? くふっ、お兄さん、今は地球寮で仲良しこよしらしいじゃないっすか」

「……僕の知ったことでは……あ」

「えぇ~冷た。ジェターク家って親子揃ってそんな感じ?」

「……」

「うわ、マジに怒んないでくださいよ。ただの冗談なんですから。アハハッ」

「…………」

「ちょ、黙んないでよ。ホントにマジギレ?」

 

 せせら笑うセセリアにラウダは無反応で、ともすればその顔を見向きもしていない。

 見開かれたその目は、画面に釘付けだった。

 釣られてセセリアもそちらに目を遣り、大口を開けて固まった。

 

 

 

 

 宇宙に融けてしまいそうなほどの黒。澄み切った純黒。平らな畸形の飛翔体が、稼働する。いやさ()()()

 本体に付随した六ヶ所の支柱。内四ヶ所が開く。伸びる。折り畳まれていた脚部が出現する。

 そうして残す二ヶ所。推進剤噴射機構である尾部が火を噴き、雄々しい一角を戴く頭部が、まさしくその鎌首を擡げた。

 二代目風雲再起の咆哮が機体内部から、無窮の暗黒空間へと響き渡る。

 生成機構の洗礼を難なく潜り抜け、スレッタと同色のファイティングスーツを着こなし、流派・東方不敗が三番弟子は戦闘空間に屹立する。

 台座(ペデステル)モードからノーマルモードへの変形。

 漆黒の馬体。モビルホースが宇宙を駆け登る。(つわもの)の待つ虚空へ。

 

「はあ!」

 

 空中を前転、彼女の背にエアリアルが騎乗することで飛翔騎兵は完成を見た。

 

 

 

 

 

 向顔と共に現れたホロウインドウは三枚。

 一つにエラン、一つにスレッタ、そしてもう一つに風雲再起が映し出される。

 

「馬だ……」

「馬ですね……」

「ははは馬だねぇ」

「馬ぁあーッ!?」

 

 ラウダは呆然と、ロウジはぼんやりと、シャディクは空虚に笑い、セセリアの叫びがラウンジに木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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