水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
ペイル社所有のモビルスーツ搭載用学園艦、エランはその発着レールにスタンバイを終えたファラクトから戦域を見やる。
事前情報は通知されていたし資料にも既に目を通している。
敵機がサブフライトシステムを用いること、かなり特殊な運用をすること。“サブパイロット”が決闘に加わるということ。
どれもこれも過去類を散見できる、決闘に際して許可された範囲の、取り立てて変わったところのない要件であった。エラン自身にして多対一戦闘をつい先日片付けてきたばかりなのだ。
「……ベルメリア・ウィンストン。あれはなに」
『わからない。いやほんっとわからない。でもデータ通りなら、あれの最高速度は確実にファラクトのブラストブースターのそれを超える。気を付けて』
「なにを気を付ければいいっていうの」
『う、後ろには立たない、とか……?』
「なるほど」
エランは頷く。納得感は欠片もなかったが。
そもそも研究者であるベルメリアに戦術上のアドバイスを求めることの方がナンセンスだった。
それを忘れてしまう程度に意表を衝かれていた。
獣専用に設計されたモビルスーツ、そんな代物がこの世に存在していたなどと誰が思う。
いや、GUND技術の基本思想を振り返れば、それは医療であり、宇宙というフロンティアにおける肉体の強化・補助こそその神髄。愛玩動物がその恩恵に与る未来も、あるいはあったのかもしれない。
敵機、エアリアルが漆黒の馬に騎乗する。
「……」
星海の只中に騎兵が佇む様は、やはり眩暈を覚えるほどの違和感を呼ぶ。
だがそれ以上に、圧倒的に勝る、その威圧感。エランはそれを感じずにはいられなかった。
愛玩動物? 馬鹿な。
「あれは戦馬だ。戦場で敵兵を踏み殺す戦士の為の悍馬だ……」
三者向顔。
ホロウインドウ越しにエランとスレッタは相対した。
『エランさん……』
「……」
『私……私と……』
「闘いましょう、エランさん」
『……』
決然とスレッタは言った。
「エランさんが私に、何か、何かを期待して、くれてたこと。なんとなくわかります。私が、それを裏切ったことも……」
『随分と、思い上がった言い草だね』
「でもエランさんにとっては、すごく大切なこと、なんでしょう?」
『…………』
「だからそんなに怒ってて、とても悲しんでる」
『……知った風な口を利くじゃないか。真っ直ぐに、人の一番触れて欲しくない部分を突く。迷いなく。恐れずに……その強さが、気に入らない。こんな呪わしいもの、ガンダムを、思い出だの、絆だの、家族だの……そんな風に言ってのけてしまう君の強さが。僕には無い……暖かさを礎に生きてきたその様が』
恨むような、羨むような。泣き崩れる子供の様でエランは言葉を吐く。その情けなさを少年自身が自覚している。
少年の姿に、スレッタは己の在りし日を見た。エアリアルの胸の中で泣きじゃくる自分自身を。
「ならば、それをぶつけてください。憎しみでも、怒りでもいい。それを胸に沈めないでください。無いものにしてしまわないでください。想いは、拳に篭めて、全部」
『……』
「私に打ち込んでください!」
『……暑苦しいんだよ、君は。あぁ本当に鬱陶しい……だから』
ファラクトの躯体各部でシェルユニットが輝く。滲み出た血の紅のように、少年の命が宇宙空間を染める。
『絶対に油断はしない。容赦もしない。出し惜しみも無しだ』
「望むところ……!」
両者の戦意の醸成を見て取ったシャディクから開戦宣言が下る。
エランが今スレッタに対して抱くものは、決して好意ではなかった。スレッタとてそんなことは承知している。
ただ直向きだった。今やそこには打算も、嘘もない。ただただ烈しい心で彼は向かってくる。エランは本気でスレッタと闘おうとしてくれている。
「だから」
「あ、なんかやばい気がする」
資材運搬用の飛行艇で、不意にミオリネに予感。
闘志を燃やす少女、そのあまりに純粋な瞳の輝きと、向こう見ずな姿には覚えがある。それこそ、スレッタ・マーキュリーがミオリネの花婿になったあの日、あの時の。
吸気。画面越しにも見えるほど大きく胸を広げて息を吸ったスレッタが、それを叫ぶのだろうことをミオリネは確実に予見していた。
『ガンダムファイトォォオオオオオ!!』
怜悧な筈の少年もまた獰猛に犬歯を剥いた。エランが、応ずる。
『レディーッ!』
『ゴォオオオオオオ!!』
「今思いっきりガンダムって言っちゃってたけどいいの!? 向顔中はオープンチャンネルだよ!?」
「禁忌ってか禁句なんじゃねぇのか。いや知らねぇけど」
「はいはいガンダムガンダム。どーせ向こうの機体だってガンダムよ。アンテナ二本伸びてるし変な光り方するし。はーいガンダムでーすさーせーん」
「露骨にやさぐれだしたなこいつ」
決闘の戦闘宙域を守るミオリネ他、メカニック達。
モニターにヘルメットで頭突きをしながらぶー垂れるミオリネを他所に、スレッタの暴挙にそろそろ慣れてきた面々は観戦に意識を戻した。
彼らは今、ある意味において予想通りのものを見ている。
「実際、馬の形にする意味ねぇだろ……とか思ってた時期が俺にもありました」
「コクピットで操縦桿を動かすかコンソールを叩くなら、確かにあの形状にする意味はないかも……でもあの二機が搭載してるモビルトレースシステムは、操縦者の動作を“完璧”に再現できる。本当に、“完璧”に」
宇宙空間に刻まれる閃光。赤いスラスター光が尾を引いていく。
同じく赤い光線が十重二十重の網の目を形成していく。それはファラクト操る小型スウォーム兵装達による電磁ビームの掃射。面制圧的光の壁。
しかし、機影はそれを摺り抜ける。電磁ビームが障壁として形を結ぶその前に、寸刻むように縦横無尽に。
黒馬が、
「あれはもう、戦場で騎兵の突撃を正面から待ち受けるのと変わらない。人間の反応速度じゃ防げないし、追い付けない」
「昔の馬ってあんな動き方するのか……こえぇ」
「地球産の馬が全部あんな怪物馬ならね。どんな魔境よ」
学園の居残り組。
グエルは自身のキャンプ地から端末で決闘の情勢を見守っていた。
「あのサブフライト……いや、モビルホースが風雲再起の脚力をトレースして動くなら、スピード勝負で勝てる機体はこの学園には無い」
「宇宙空間で脚力、ですか?」
「ああ、どういう技術かは知らないが、あの馬はさっきから虚空を
空気抵抗や重力といった障害がない宇宙空間なればこそ実現する高速。それもほぼ直角に等しい変幻自在の軌道変更、そして跳躍。
パイロットに掛かるG負荷は生半なものではないだろう。それを緩和する機構が備わっているのか。
あるいはスレッタ・マーキュリーとあの馬の強靭さなら、それすら踏み倒してしまえるのか。
いずれにせよ、グエルは苦笑を禁じ得なかった。
「懐に入ったところであの機動性相手じゃあな、俺でも……」
騎兵は小回りが利かない、などという甘やかな期待を吹き飛ばす俊敏さ。
近接戦闘に勝機を見出す余地はもはや潰されたと言っても過言ではない。
「なら、エランが取れる策は……」
「先輩、手止まってるぞ」
「……」
「あ、そっちのニンジンは風雲再起さん用なのでもっと細く薄くスライスしてくださいね」
「それが終わったらじゃがいもの皮むきを頼む。こっちは今晩のカレー用だから、普通でいいぞ」
リリッケとアリヤがてきぱきと野菜を切り、米を砥ぐ傍ら。
ボウル一杯の野菜と手にした調理ナイフをグエルは無言で見下ろした。
「……なんだこの状況は」
「なんだって、夕食の準備だ」
「やっぱりキャンプと言ったらカレーですよね!」
「うん、キャンプと言ったらカレーだな」
「……」