水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
後方へ流されながらも、ファラクトがその機体制御を取り戻す。
小惑星に根付いたフロント73区の重力生成装置の円環を背に、距離を隔ち、またしても騎兵に返り咲いたエアリアルをエランは見上げた。
「……」
この光景は果たして驚くべきものだろうか。
否。
エランは迷いなく断じる。敵は、スレッタ・マーキュリー駆るガンダムエアリアルは間違いなくこの学園における格闘戦最強の機体だ。少なくとも今のところ、その運動性、体術、速力に比肩し得る者はいない。
ガンビットによる十重二十重の猛攻。急造の特殊光子反射粉体を散布しての空間飽和麻痺結界すら、効果範囲に踏み入る寸前に意味不明の反応速度で回避された。そしてさらに三段構え、まさに隠し球たる至近距離からのビームショットガンすら、事もあろうにビームサーベルで全弾を捌かれた。
「……本当に、化物染みてるね」
常にない悪態が少年の口から溢れる。その薄い唇は笑みを形作っていた。
笑うしかない。もはや捨て鉢に近い心境だが、しかしエランはまだ諦めていない。
「勝ちたい」
スレッタ・マーキュリー。
羨望と失望と、そしてなにより一際強く……。
その在り方に。その強さに。
自分とは違う。そう、一度ならず突き放して、諦めて、それでも。
ガンダムに乗らなくてはいけなかった。否応なく。選択肢など他にはなかった。
ガンダムに乗る為に変わらざるを得なかった。しかし少女は望み挑み、自分は望まぬまま流され。
自分と彼女は違う。違った、けれど。
「僕にも……そんな道が」
強くなる道。強く在る為に邁進する。そんな生き方があったのかと。
夢を見る。見てしまう。
今初めて、理解と自覚が胸を落ちる。こんなにも単純な事実をなかなか認めることができなかった。
エラン・ケレスは、スレッタ・マーキュリーに憧れたのだ。
「……だからこそ、僕は君に勝つ。勝利を掴む!」
自分の生涯は決して恵まれたものではなかったけれど、それでも。
無価値などではなかった。そう胸を張れる。
こんなにも強い人に勝てたなら、きっと。
僕はきっと、思い残すこともなく。
「パーメットスコア“4”!!」
ファラクトの右肩部ブースターが変形し、砲身を露にする。そして砲火を噴く。間髪入れず、装填された全ての砲弾を撃ち尽くす。
特殊光子反射粉体を包んだ樽状の擲弾が即座に爆散。宇宙空間に人工の星屑が舞う。
先刻の一射とは比較にならない圧倒的物量。それはもはやフロント外全宙域を満たさんばかり。
『初めから君と速度で競うつもりはない。その化物染みた身体能力と機体性能を活かさせないまま封じ殺す!』
予備機を含めた全てのガンビットがアクティブに。
その主たる黒いガンダムを取り巻き、そうして野に放たれた。
物量に次ぐ物量。赤い電磁ビームが雨霰と金属鏡面を閃いた。屈曲し、反射、跳躍する。
赤い赤い瀑布。逃れる隙などない。モビルスーツはおろか、小隕石一つ通さぬ光の牢獄。
『さっきの散弾とは訳が違う! 捌けるものなら捌いてみせろ!』
「確かに私の剣の腕でこの数を斬り破ることはできません……だから!」
『!』
エアリアルは跳んだ。この宇宙空間で、あろうことかその速度と機動性を担うサブフライトから、馬上から。
両腕を大きく差し上げ、
「超級……! 覇王!!」
電荷が奔る。パーメットが迸る。モビルスーツに充填された各種エネルギーとは明らかに異なる熱量、パワーが。
中空でエアリアルは片手を突き出し大見得を切る。溢れ出るエネルギーが機体全身を覆い尽くし、物質の実存すら揺らがせた。あたかも電撃を浴びたかのように内部の骨格、経絡構造までも剥き出しになる。
「電・影・弾ンンッ!!!」
黄緑色のパーメット、もとい臍下丹田で練り上げられ経絡を巡り巡って体外に放散され渦巻く闘気が、実体化してエアリアルの全身を包み込んだ。
それは螺旋を描く。高速回転する純粋エネルギーの奔流。
球形の光。その中心でただ一点、頭部だけは頑として静止しながら敵機を見据える。
「撃って! 風雲再起ィ!!」
『HIHIIIIIIIIIIIINッッ!!!』
嘶き叫ぶは黒馬。その巨躯が、全身筋肉がうねり、鋼の粘りで撃発。
強烈な後ろ蹴りが巨大な光球を打ち飛ばした。
光と化したスレッタを。
「なにこれ!? ねぇなにこれ!?」
「知るかぁ!! 俺が聞きてぇわ!!」
「なーんか今スレッタの顔が光の中に見えた気がしたんだけど気の所為か……?」
「気の所為だろ。もしくは気の迷いだ。ここ宇宙空間だぞ? 人間が生身剥き出しで外に出てる筈が……糞ッ! あーしにも見える!! なんなんだよあれ!? なぁおい! 誰か説明してくれよ!!」
「パーメット流入値は正常だよ何故か。あはははよかった! 人体に悪影響はないみたいだね!」
「僕らの精神衛生に悪影響なんですけど!?」
やいのやいのと飛行艇の中は騒がしい。
そんな阿鼻叫喚を他所に、ミオリネは外部モニターをぼんやりと眺めていた。
「はぁ……大きな星がぐるぐる回ってる……わぁ、大きい! 彗星かしら? いえ、違う。違うわ……彗星はもっとこう、ぶぁあ! って動くもの……うふふあはは」
「おいこら花嫁こら。ベタな現実逃避してんじゃねぇよ。ちゃんと見ろ! あそこで回ってんのがお前の花婿だかんな!」
光の砲弾となったエアリアル、スレッタが電磁ビームの結界へ突っ込む。
赤い閃光は螺旋の闘気に阻まれ、もはやスタン効果も届きはしない。宙域に蔓延する特殊金属粉体の結界、なによりガンビットを巻き添えにして、電影弾は破壊力と波及的衝撃力を以て戦域に存在するあらゆる物体を片端から薙ぎ払った。
まさに彗星の如く闘気の塊は
そうして、一挙に霧散した黄緑色の光の中からエアリアルが出現した。ぴたり、掌底と足刀を繰り出してスレッタは叫ぶ。
「爆発ッ!!」
ガンビット達が一斉に爆ぜる。
少女が貫徹した宇宙の軌跡を爆轟が覆った。
電磁スタン結界、破れたり。
『……ふざけてる。なにが、なにが爆発だ! なにが!?』
爆風を超えてファラクトが躍り出た。
ロングバレルを構え、発砲。
過たず直撃コースにあった光線は、エアリアルの抜き打ちのサーベルに斬り払われた。
『っ! 君は、本当に、ふざけた存在だ。スレッタ・マーキュリー!』
「私はいつだって大真面目です!」
『そういうところが……!』
「貴方に本気で向き合います! エランさんが本気で私にぶつかってくれてるように!」
『!』
「エランさん、貴方は私にとって……初めての
『……ああ、そうだ。だから』
エアリアルの各部からガンビットがパージされる。
それらは舞い散り、スレッタの周りをまるで小鳥のように踊り巡った後、その右手に合身した。
「私のこの手が光って唸る! あなたを倒せと輝き叫ぶッ!!」
巨大なる手掌が粒子を纏って光り輝く。右前腕部にマウントしたエスカッシャンのスラスターが点火し、無理矢理に推力を得てエアリアルがファラクトに肉薄する。
「エアリィィイイフィンガァァァァアアアア!!」
『勝負だ……! スレッタ・マーキュリーーーッ!!』
ファラクトの顔面に伸びる巨大なフィンガーズ。
特殊合金の装甲を苦も無く砕くその握撃。圧倒的破壊力。
真っ向からのぶつかり合いでは、ファラクトはエアリアルのパワーには敵わない。
『────わかってた』
「っ! これは!?」
『だから待っていた。君が必殺の一撃を放つこの瞬間を!!』
ファラクトの左手が、エアリアルの右前腕を掴んだ。極限に増大したパーメットが収束された右手を。
ファラクトの左手から赤い閃光が迸る。
スタン効果の電磁ビーム。その投射装置が、マニピュレータ内部に組み込まれていたのだ。
『エネルギーの一点集中した右腕を無力化すれば、君のエアリアルと言えどもう動けない……!』
「くっ!?」
『僕の、勝ちだぁ!!』
ブレードアンテナごと、その無防備な頭部を穿ち抜かんとして。
「いえまだです!!」
横合いから暗黒の宙空を駆け抜ける。
ビームサーベルの刺突を打ち弾き、小型スラスターの噴射炎に乗って────エアリアルの左手がファラクトの頭部を貫いた。
『があっ!? ひ、左の……!?』
「左の
グエルが昂ぶるまま手の中のジャガイモを握り潰した。
「エランが腕を掴んだ瞬間に……いや、接敵する時点で既に左腕にガンビットを装着していたのか。エランの出方を読み切って……!」
「あー! 先輩お芋お芋!」
「あーあー、これじゃあペーストじゃないか」
「うおっ、と……す、すまん」
「地球寮は言わずと知れた貧乏所帯なんだぞ、食材は丁重に、かつ恭しく扱うものだ」
「まあまあアリヤ先輩。これはポテトサラダにしちゃいましょっか。副菜は何がいいか迷ってたし、丁度いいですよ」
「……面目ない」
肩を落とすグエルの傍で草を食んでいたティコが鳴いた。
ファラクトの頭が爆散する。当然そのブレードアンテナもまた木っ端微塵に消し飛んだ。
WINNER SULETTA MERCURY
宇宙空間の暗黒に映し出されるホログラムウインドウ。
決着はやはり、この宙域同様の静けさで訪れた。
頭部を失ったファラクトが爆発の余波で流されていく。パーメットの過剰使用によって、というより今のファラクトは単純なガス欠状態だった。
「エランさん!」
スレッタはエアリアルでそれを追った。サブフライトたるモビルホースと風雲再起は一騎打ちの状況に至った段階で加勢する心算を失くしていた。
黒馬はただ、スレッタを後ろから見守った。
遅々とした推進力に焦れながら、ようやくファラクトに追い付く。
パイロットスーツに着替え、腰にバーニアを装着。スレッタは躊躇なく宇宙空間に飛び出す。
ファラクトのコクピットハッチを開くと、エランはシートに身を預けたまま呆然と虚空を見ていた。
「エランさん」
「……結局僕は負けたんだね。僕の培ってきた全てで、君にぶつかったつもりだけど……それでも、勝てないか」
通信機越しの吐息。その息遣いは力なく、ひどく倦み疲れていた。けれど。
少年は満足気だった。
「なんだか不思議と、清々しい。全力で闘うって、こういうことなんだね……」
「エランさん……」
「いい、ファイトだったよ。最後に……」
「……」
スレッタはエランの手を取る。
力の限り、少女は少年を引っ張り上げる。
「最後なんかじゃない」
「え……」
「これからも、です! これから先もずっと一緒に切磋琢磨していきましょう。限界を超えていくんです。一人じゃ無理でも、誰かと一緒ならできます。私と師匠と二代目……お母さんも」
「お母、さん」
「……強くなれます。なるんです。エランさんもなれます。絶対なれます。だって、私達」
エランの手を握り、ヘルメットの中でスレッタは晴れやかに笑う。
「同じ、ガンダムファイターなんですから!」
それは恒星のように眩い笑顔。エラン・ケレスの憧れ、そのものだった。
「あ、そうだ! エランさん、私決闘で賭けるもの決めました!」
「今?」
「はい! 今。あっ、後出しみたいで、すいません……」
「いいよ。君は僕に勝ったんだから、僕は言うことを聞く。拒否権はない。多少無茶な要求でも、なんとか……」
「じ、じゃあ」
その時、エランのスピーカーに異音が響いた。くぐもった、洞穴から響くような、獣の唸り声のような。
けれど以前に、聞いたことのある。
それはスレッタの腹の虫の声だった。
「一緒にカレー、食べましょう!」
「えっ」
少女は無邪気に笑い、少年は目を瞬く。
その日、ぶつかることでほんの僅かだけ深く、少年と少女の心は結ばれた。