水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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記憶の彼方に見る灯!今日がエランのハッピーバースデー

 

 人工の夜空に炊飯の煙が一筋。

 傍らでは大鍋が四脚のスタンドで吊るされ、直火に掛けられている。鍋底は煤で真っ黒だ。

 

「バーナーとかコンロとか使わなくなるよなぁ。まあクッカーなんて汚してなんぼだし、いっか」

「よかぁねぇよ! やるなら自分のでやれ! それは俺の鍋だ!」

「御曹司様がみみっちぃこと言うんじゃねぇよ。あと中身はほとんど地球寮の食材だかんな」

「鋳鉄製の鍋かスキレットなら直火でも汚れにくいよ」

「あ、そっか。流石ニカ姉。ってわけだから御曹司~、鉄鍋買えよください」

「ざけろ」

 

 くつくつと鍋の中で具材が煮えている。市販のカレールーらしい甘やかな香味が漂った。

 

「これって甘口ですか?」

「こっちは中辛」

「えー辛口ねぇのかよ」

「大丈夫大丈夫、ちゃんと超辛も買ってあるから。あ、鷹の爪は各自刻んでもらって、ちゃんとチリパウダーもあるよ。ラー油にタバスコにガラムマサラに、それからぁ……じゃん! デスソース。お好みでどうぞ~」

「いいねぇ! ガラムマサラもらい!」

「遠慮しないでね。全部載せでもいいからね。足りなかったら言ってね」

「いや全部は入れねぇけど」

「まあまあ一滴、ちょっと入れてみて。小匙一杯でも試しにほら。小鉢に取ってあげる。飛ぶよぉ?」

「地味にちょっとずつ増やしてくんなし」

「毎度思うけどなんでニカは執拗にデスソースを推してくるの……?」

「辛さで悶える人間を見るのが好きなんだそうだ」

「えぇ……」

「ほら、オジェロ。この前はホワイトシチューに入れてマイルドで美味しいって言ってたじゃない。カレーだって似たようなものだし、ね」

「多少ほんの微かにマイルドになるとは言ったが美味しいとは一言たりとも言ってねぇ!! 次の日の朝どんだけ大変だったと!」

「やめろ馬鹿この馬鹿カレー食ってる時にその話はやめろ」

「もーやだー。お下品ですよ~皆さん」

 

 飯盒のむらしを終えて、リリッケやマルタンが皿に白米を盛っていく。

 そうしてミオリネは一抱えほどもある大皿に小山を築いていく。

 

「はい、あんたの分」

「わぁ! ありがとうミオリネさん!」

「いくらなんでも盛り過ぎだろ」

「これくらい食べるんだからしょうがないでしょ」

「食べます!」

「ふふふ、やっぱり大鍋で作って正解でしたね~」

「それじゃあビタミンが不足だ。野菜も食え」

「なによ偉そうに。そのサラダも私の温室の野菜なんですけど?」

「ミオリネさんの野菜、栄養満点です。姉弟子も美味しい美味しいって言ってます」

「ふふんっ、当然よ」

「……この牛肉は俺が持ってきた。良質な赤身は優れたタンパク質だ。肉体を酷使するファイターには不可欠。そうだなスレッタ・マーキュリー」

「ちょっとルー掛け過ぎ。バランス考えなさいよ」

「これくらい食えるんだろう。ほら肉だ。よく煮込まれて柔らかだぞスレッタ・マーキュリー」

「あんたのってか、ジェターク寮の冷蔵庫から()ってきただけでしょ。なんとか猛々しいって言葉知らないの?」

「退寮のちょっとした手土産だ。うちのCEOはこの程度で目くじら立てるような度量の狭い男じゃない。ミオリネ、お前の父親と違ってな」

「牛肉程度でドヤんな!」

「牛肉ほろほろでしゅ~。うんまぁ~い……!」

「あんたも暢気に食ってんじゃないわよ! っていうかちゃんといただきますしたの!?」

「皆さん行き渡りましたか~。では、スレッタ先輩の決闘勝利を祝して、カレーパーティー開始でーす!」

『いただきまーす』

 

 頬に手を添えて舌鼓を打つリリッケ、風雲再起に野菜を差し出すアリヤ、マルタン、ティル、ヌーノは辛味の違うカレーの食べ比べをしている。オジェロはデスソース入りのカレーに悶え苦しんでいる。ニカはそれを見て爆笑している。チュチュはそれにちょっと引いた。

 グエルとミオリネは互いを罵倒し合った。肉と野菜どちらの方が意義ある食材であるかを言い争っている。

 

「……」

 

 エランは、スレッタを見る。上半身が隠れるほどのカレーの山盛りを既に半分平らげていた。

 

「? んぐ、エランさん、カレー食べないんですか?」

「え、あぁ……」

「とっても美味しいですよ!」

 

 勧められるままエランは自分の皿からスプーンに掬って口を付けた。

 平凡な味。食品メーカーから市販されるごく一般的なカレーの味。食事に栄養摂取以上の意味を求めないエランでも知っている。食べたことがある。

 けれど。

 焚火を前に、周囲は騒がしく、その上屋外で、ましてエランは敗者であるのに勝者の為の祝宴に列席させられている。

 だのに。

 

「……美味しい」

「ん!」

 

 スレッタは笑った。エランより美味しそうに、楽しそうに、嬉しそうに。まるで自分のことみたいに。

 

「嬉しい、です」

「……なにが」

「だって、エランさんとこうして、こんな風にご飯、一緒に食べられるなんて、思ってなくて」

「それは……僕もだ」

 

 決闘の条件に「カレーを一緒に食べる」なんて下らないものを提示したパイロットは嘗てないだろう。

 悪ふざけもいいところだ。だが、この少女にとってはそうではない。大真面目。真剣に。心からスレッタは望んだ。

 エランとこうすること。こんな他愛のない、穏やかな時間を。

 

「……」

「なんだエラン。手が止まってるな。お上品な坊ちゃんにこの野卑な料理は口に合わないか?」

「どの口で厭味言ってんのよ。あんたこそ坊ちゃん育ちでしょ」

「馬鹿にするなよ! カレーくらい食ったことある! 昔ラウダがよく作ってくれた。スパイス選びから拘り抜いたオリジナルブレンドのカリィを」

「それが坊ちゃん育ちだっつってんだよ」

「弟さん、でしたっけ? 凝り性な人ですね~」

「ああ、納得の味に仕上げたいなんて言ったきり三日三晩キッチンに詰めてたこともあった。味見役とはいえ、その後しばらく三食カレーは流石にきつかった……」

「へっ、金持ちの道楽じゃねぇか」

「ジェターク社では食品製造メーカーと提携した戦闘糧食の開発部門がある。その料理長の目に留まったらしくてな。ラウダブレンドのカレーが保存食や各種フレーバーとして発売されて早三年になる。ベネリットグループ内でのBtoBは今も盛んだ。小売市場での売り上げも悪くない」

「はえーすっごい」

「いやそれはそれでおかしい」

「戦闘糧食にカレーってわりと定番だけど、いつからなんだろ」

「行軍食にし始めたのは地球の島国からだって聞いたことある」

「エラン先輩。サラダもどうぞー。ポテトがいい具合にマッシュされてますよ」

「うん……」

「飲み物は? 水か牛乳かコーラしかねぇけど」

「牛乳はともかくコーラはねぇよ」

「はあ!? コーラはなんにでも合うんだよ!」

「カレーに牛乳も結構謎だがな」

「美味しくないですか? カレーに牛乳」

 

 騒がしかった。

 未だ嘗てエランが経験したことのない、賑やかさ。

 

「えへへ」

 

 上機嫌に笑うスレッタをエランはぼんやりと眺めた。

 火のように暖かなものが、胸に満ちていく。

 火。

 灯。

 いつか見た朧なその光。

 

「ふいー食った食った」

「腹ごなしになんかやろうぜ。そうだなー、ポーカーとか、ブラックジャックとか」

「賭けならやんね」

「余興か。なら、占いでもやろうか」

「わぁアリヤ先輩の占い!」

 

 アリヤはそう言うと、ローテーブルに陣と幾何学的パターンの描かれた敷布を広げ、小袋から色とりどりの小石を取り出す。リソマンシーと呼ばれる古風な卜占だった。

 

「誰を占う?」

「んー、また恋占いお願いしよっかなぁ。先週からなにか変化してないか」

「一週間程度の変化は誤差だと思うが……」

「え~、じゃあじゃあ、今恋の行方が熱い! スレッタ先輩どうですか!?」

「ふえ!? 私、ですか!? そそそそんなそんな……あ! エランさんどぞ!」

「は? なんで僕が」

「地球寮、来たの、初めてじゃないですか。だから、その、その、ウ、ウエルカム占いです!」

「意味がわからない」

「確かに」

「初めて聞いたな。ウェルカム占い」

「ま、敵にウェルカムな気持ちとか微塵もないけど。一応、いっちおう、ゲストだし。大人しく占われれば?」

 

 ミオリネがいかにも興味も薄く言った。

 なし崩しに、エランがアリヤの前に座らされる。

 

「ん、では誕生日を教えてくれるかい」

「……知らない」

「?」

「僕は自分の誕生日なんて知らない」

 

 怪訝な顔で、地球寮の面々は反応に窮した。

 それが皮肉や攻撃的な態度の現れであったならチュチュ辺りが吼えて掛かるところだが、エランの返答は端的で、その声音には事実以外のニュアンスを含まなかった。

 

「むぅ、そうなのか。困ったな」

「誕生日がない人間なんているか普通? あー訳アリってやつ?」

「ちょっ、オジェロ」

「デリカシー無いですよ」

「かなり失礼だ」

「それは良くない」

「地球寮の品位を疑われる」

「うっ、す、すんません」

「だから破産するんだな」

「破産は関係ねぇだろ!? それに今回は勝ったっつうの!」

 

 賭け事の出汁にされた当のスレッタとエランを前にしながら、懲りずにオジェロは胸を張った。

 全員の視線が冷たく刺さり、オジェロは大人しくその場に縮まった。

 微妙な沈黙が下りた。触れて良い話題かどうか、誰しもが逡巡する。

 重く気不味い雰囲気にエランは肩を竦めた。どうでもいい。そうエランが口を開こうとした。

 

「じゃあ! 今日にしましょう!」

「……は?」

 

 スレッタは空の大皿をテーブルに置いて立ち上がった。

 エランを見下ろし大きく頷く。

 

「エランさんの誕生日! 今日が誕生日で、ここが誕生日パーティーです!」

「……意味が」

「いいんじゃない」

「え」

 

 傍らでローチェアに背を預けて、ミオリネが言った。

 

「お祝いですね!」

「集まってる時でよかったな」

「誕生日パーティーったってなにやんだよ」

「ご馳走を食べる」

「今食ったばっかじゃん」

「んー、ケーキとかあればよかったね」

「ふふふ、こんなこともあろうかと実はクーラーボックスに入ってます! ……シフォンケーキで申し訳ないですけど」

「いやいやナイスだよリリッケ!」

「お、蝋燭あんぞ」

「流石グエルぱいせん用意がいいじゃん。何本か貰うから」

「用意した訳じゃねぇ……勝手に使え。十五か六か、そんなところだろ」

 

 グエルまでもそんなことを言い出す。

 エランは呆然と、目の前を動き回る人々を見上げていた。

 あれよあれよと用意が整い、火の付いた蝋燭を刺した丸いシフォンケーキが差し出された。

 

「ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデートゥーユー」

 

 スレッタが歌う。ニカ、リリッケ、アリヤが続く。不承不承チュチュも付き合う。

 ティルが静かに声を揃え、ヌーノが気恥ずかしげにぼそぼそと並ぶ。オジェロがヤケクソ気味に大声を上げ、マルタンは盛大に調子を外した。

 ミオリネは肘掛に頬杖をつき、さも興味は無いと。密かに微笑を隠す。

 グエルはスプーンを咥えたままそっぽを向いた。その指先が拍子を刻む。

 焚火の明かりに負けそうなほど、小さく儚い灯を囲む。

 

「ハッピバースデーハッピバースデー……」

 

 いつか、どこか、記憶の彼方の、忘却の果てに。

 

「ハッピバースデートゥーユー」

 

 やはりどうしてか。エランはこの光を知っていた。

 

「うーやっぱり恥ずかしい。せめてチョコケーキにすればよかった」

「あはは、そんなことないよ。十分すごいってば」

「でも蝋燭もケーキ用じゃないからな」

「うわっうわっ、蝋! 蝋が垂れる!」

「エランさん早く早く!」

「えっ、な、なにを」

 

 エランは訳も分からず急かされる。

 エランの後ろでスレッタが弾むように言った。

 

「吹き消すんです! ほら! ふぅーって!」

「……ふぅっ」

 

 火は吹き消え、紫煙がくゆる。

 

「おめでとう!」

 

 拍手と悪乗りした甲高い歓声。

 エランは戸惑った。わからなかった。

 祝われている。敵に、決闘相手に、他寮の人々に。

 それが、どうしてかこんなにも。

 こんなにも……暖かなことが。

 

「切り分けますよー」

「食後にデザート。贅沢だぜ」

「普段が質素だからな」

「それは言わないで……」

「美味しいです!」

「うーん貴重な甘味だよ~」

「もしかしてこれ人工甘味料じゃない? 本物の砂糖?」

「はい! 奮発しましたよぉ。具体的には地球寮の月予算の一割強です」

「今なんて言ったリリッケ!? リリッケ!?」

「さて、プレゼントにもならないが、何か簡単に占おうか。この小石をテーブルに放ってみてくれ。そう、転がす感じでいい」

 

 背後の、主にマルタンの狂乱を後目にアリヤが盤面を見下ろす。

 エランはシフォンケーキを頬張った。優しい甘みが少年の口の中に広がった。

 

「……出会いの縁。何か大きな……とてつもなく大きな変化が訪れる……うーん? これは、人、か? いやそれにしては大きすぎるな。規模だけ台風の予兆みたいな……」

「はいスレッタ。あーん」

「うんま~……ん、で、でもミオリネさんの分は」

「私はまあ一口くらいでいいわ。この時間にあんまり食べると太っちゃうし。はい、あーん」

「やったー! ありがとうミオリネさん! あむぅ」

「……」

「その差し出したケーキは誰に向けたもんなんだ御曹司さんよ」

「べ、別に俺は……」

「じゃ俺がもら」

「やらんッッ!!!」

「剣幕」

「オジェロ、空気読もう」

「スレッタが読めてねぇんだから意味ないんじゃね」

「まあ、うん……」

「?」

 

 夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 夕食と、ささやかな祝宴。

 後片付けを終えてそれぞれが自室へ戻っていく。

 

「エランさん」

 

 呼ばわれたエランが立ち止まる。

 そこに立ったスレッタ、傍らのミオリネを見やる。

 

「また明日、です」

「……うん」

 

 無邪気に少女は笑った。

 エランも少しだけ笑った。

 

「また、明日」

 

 エランは知っている。

 自分にはもう、それが来ないことを知っている。

 

 

 

 

 

 殺処分機に両手足をつながれた人間の様は旧時代の磔刑によく似ていた。その内実は変わらない。

 荼毘にふされる。それは決して弔いや葬送の為ではないけれど、それを使えば跡形残らず消えて去る。

 焼いて綺麗にされる。始まれば即意識を失い、肉体は熱分解される。隠蔽の効率を重視した結果なのだろうが、それは確かにせめてもの慈悲だった。

 最期の瞬間が苦痛に曇ることがない。最後に思い出だけを抱いて逝ける。

 エランは笑った。

 

「……楽しかったな」

 

 騒がしくて馬鹿馬鹿しくて取るに足らない。子供騙しの、茶番のような誕生日会。

 それが、祝ってくれる誰かがいてくれる、そんな事実が。

 こんなにも嬉しい。

 こんなに嬉しいことなど知らなかった。

 

「楽しかった……」

 

 歌が聞こえる。少女の声で。

 辺境出身の常識知らず、そして常識外れな強さの少女。その強さに触れられた。僅かだが肉薄できた。

 少しだけ強くなれた、そんな気がする。

 スレッタ・マーキュリー。

 君に会えてよかった。

 

「さようなら」

 

 焦熱が点る。眼前を覆う殺戮の光。

 エランは自分の終わりを穏やかに出迎えた。

 

 

 

 ────粉砕される。

 光が散る。堅牢な多層構造をした隔壁が抉れ、穿たれ、歪む。

 それは明らかに見覚えのある形をしていた。

 巨大過ぎる。意味不明に過ぎる。

 しかし、瞭然の形状……それは大きな掌だった。

 

「────あ」

 

 

 “驚”

 

 

 掌の中央に浮かび上がる真っ赤なその一字。

 殺処分機の焦熱を上回る熱気が迸り、再び弾けた。

 アラートが鳴り響いている。異常事態。強化人士の処理施設が何者かによって破壊されたのだ。

 ()()か。

 エランは、崩れ去る隔壁の向こうにそれを見た。人影を。

 

「久方振りにあやつの顔を見に来てみれば、なんとも腑抜けた面に行き会うたわ。応えよ小僧!」

 

 夜空を背にして瓦礫の尖端に佇立する。

 裂帛の気迫。眼光はエランを真っ直ぐに見下ろした。

 それは嘘も言い訳も許さない。男はエランに魂の存念を問うている。

 

「ここで腑抜けのまま死ぬか!? それとも! 死に物狂いで生きるか!? 選べぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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