水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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ペイル社壊滅!その名は東方不敗マスター・アジア

 

 

「ニューゲンCEO! お考え直しください!」

 

 照明を落とし、モニター以外の光源が絶えた会議室。

 ベルメリアの必死の懇願に、ソファーに居並んだ女達は顔色一つ変えない。

 この場で支配権を握る者は四名。全員一見して頭部全体と首筋までを薄いヘッドガードで覆っている。生体とパーメットを媒介して有機的リンクを果たす極薄センサー内蔵のギア……いずれもまた、GUNDフォーマットである。

 禁忌の技術を密かに、そして公然と使用する彼女らこそペイル社を支配する四つの首脳に他ならない。

 

「四号には経験があります! 今後の研究開発にそのノウハウをフィードバックさせる選択肢だって……!」

「それは今まで収集したデータで事足ります」

「あれはもうパーメット流入値の限界に達している。確かそれは、貴女が言ったことだった筈。ウィンストン技術研究員?」

「使えない強化人士に用はない。情報管理の観点からも処分が妥当だわね」

「その為のスペアもまだある。さっさと次を用意しなさい」

「っ!」

 

 無慈悲に冷徹に、経営陣は資源の運用について丁寧にベルメリアを捻じ伏せた。

 ただの技術者に過ぎないベルメリアの意見が聞き入れられる余地など元よりありはしない。

 これは確定事項だった。

 強化人士四号。四人目のエラン・ケレスは今日ここで死ぬ。亡き者にされる。物のように。

 

(今更……けれど……けれど!)

 

 ベルメリアは自己の欺瞞を知っている。

 もう()()()使い潰してきたのだ。人道に唾する所業を果たしてきたのだ。

 自分に、今更なにを言う権利があるだろう。

 人でなしの偽善者たるを自覚してそれでも。仮称エラン・ケレス。今や名も無き少年、今や畜獣と同じ末路を辿る彼を────

 

 爆音と衝撃が空間を震撼させた。

 ベルメリアがその場に倒れる。CEO達もまた座席にしがみつく。

 

「何事か!?」

「管制室に繋ぎなさい! はやぁく! 状況報告!」

「っ、は、はい……」

「……ああ警備主任? 全隊臨戦態勢。陸戦装備で中央ブロックを封鎖。おそらくこれは……」

 

 ゴルネリが通信に怒号を放ち、カルがヒステリックに叫び、ネボラは既にして沈着冷静に動いている。

 そして自らも個人端末を起ち上げながら、ニューゲンは囁いた。

 

「どうやら本当にやって来たようね、魔女を守る怪物が」

 

 メインモニターが切り替わり、それは施設内の監視カメラ映像を出力した。

 粉塵舞い散る処理室。壁が崩れ基礎構造や埋設された電装が樹木のように伸びる中、人影がのっそりと立ち上がる。

 鮮やかな紫の装い。それはそれは場違いな胴着姿で。壮年か中年か、人生の最盛期を終えながら、それでもなお屈強な男の背中。長い三つ編みの白髪が宙を踊る。

 そうして、その肩に背負われている少年を見て取りベルメリアが息を呑む。

 

「四号……!」

「やはり侵入者。まさか強化人士を奪いに来るなんて……でも、一人?」

「……ねぇアタシにはあれ、丸腰のように見えるんだけど……どうやって侵入して来たのかしら。どう見ても外壁を破って……」

「そんなこと今はどうでもいいわ。警備隊は中央ブロックへ直行! お急ぎ! 何としても捕まえなさい! このペイルの領土にずかずかと入り込んだことを後悔させておやり。ええそう! 急ぐくらいで丁度いいのあんた達は!」

 

 

 

 

 

 

 瓦礫を踏み越え、突き破られた壁を跳び越える。

 夜天を翔るが如き跳躍力。

 肩に米俵よろしく担がれたエランはその浮遊感に身を固くした。コクピットとパイロットスーツで保護されたモビルスーツの操縦とは異なる生身で感じる剥き出しの速力。

 いや、生身にあるまじき疾走。

 ベネリットグループ直轄フロントには各企業群の様々な研究開発施設が犇めいている。

 中でも御三家に名を連ねるペイル社の“領土”は敷地面積だけで一都市にも匹敵する。広大巨大なる施設に膨大な人員が詰め込まれており、現在この社屋に配備された警備要員に至っては、およそ大隊規模。

 一企業の警備員、いやさ保有武力としては明らかに異常な数であった。

 

「ふんっ、後ろ暗い軍需企業体らしい節操の無さよ」

「う、あ……!?」

「口を開けるな。舌を噛むぞ!」

 

 格納庫の屋根から屋根へ軽々跳び移っていく。

 エランは軒下に殺到する軍勢を見た。

 

「ど、どうして……こんな数の警備、今まで……!」

「おおかたエルノラが……あやつめがワシの存在を各所にリークしておったのだろう。相変わらず抜け目のない女よ」

「?」

「なに、後で話してやろう。今はこの包囲を脱するが先決」

 

 装甲車輌、それに随伴する歩兵。黒いボディアーマーを纏った警備兵達が影のような静けさと速さで展開していく。

 次々に探照灯が点り、それらは暫時人工大気をなぞった後、一斉に老人とエランを捉えた。

 同時に、数百丁の自動小銃の銃口が二人を狙う。

 

『止まれ。止まらなければ発砲────』

「遅いわァ!」

 

 それはもはや隕石の如く。

 屋根の縁を蹴り跳び、老人が空間に紫の軌跡を刻む。落下に伴いその蹴り足がアスファルトを砕く。

 擂鉢状の巨大なクレーターが穿たれ、巻き添えを食った装甲車二輌が穴に脱落した。

 そして、その内の一輌が()()()する。

 あろうことか老人はそれを片手で持ち上げ、事も有ろうに投げた。玩具でも放り捨てるように。

 

「そぉれ!」

『退避! 退避ー!』

 

 寄り集まっていた歩兵は逃げ散り、逃げ遅れた装甲車輌は玉突き事故の様相で弾け飛んでいく。

 拉げる車輌を盾にして銃火が炸裂した。

 数千発、数万発の一斉射。人体を蜂の巣どころか肉塊にしてしまえる弾雨。

 だのにソレは、その只中を、敢然と進み出てくる。

 

『おいおいなんなんだあれは!?』

『クソ! クソ! 爺だ! 爺の姿をした化物だ!』

『弾が当たらねぇ! や、野郎、嘘だろ。全部掴み取ってやがるぞ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 会議室は静まり返っていた。

 メインモニターはペイル社屋外のライブ映像に切り替わった。大型輸送機の離着陸も行える広大な発着場に所狭しと展開した警備隊。それらが刻一刻、千々に壊滅していく。

 たった一人の男の手で。

 

「……あれは、なんなの」

「怪物、でしょ。魔女が言っていた襲撃者……正直ただの与太話だと思ってたけど」

 

 音量を絞られた通信から、それでもなお阿鼻叫喚の絶叫が響き渡る。

 

『A班壊乱! B班通信途絶! 至急応援を請……うわぁあああああ!?』

「冗談じゃないわ! 相手はたった一人よ!?」

「でもホント冗談みたいな景色よ……」

「一個師団くらい用意しとけばよかったわね」

「暢気に言ってる場合!? 警備主任! 誘導弾の使用も許可します! このままじゃ突破される……!」

「落ち着きなさい」

 

 激するカルに冷厳とニューゲンは言った。

 

「待機させているモビルスーツ隊を出しなさい。射角を社屋外縁に限定して光学兵装の使用も許可します」

 

 三名のCEOも流石に絶句する。

 ベルメリアもまた呼吸を乱しながら声を上げた。

 

「っ!? モ、モビルスーツをですか!? 相手は生身の人間ですよ!?」

「いいえ、あれは怪物よ。再三言っての通り。なら出し惜しみは悪手よ。摺り潰して燃やし、灰にしてやるくらいの気概でないと魔女も怪物も殺せない。それに侵入者排除のついでに強化人士の方も処理できる。一石二鳥でしょ?」

「っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『C班D班で挟撃しろ。牽制しつつ6番格納庫へ追い込め。ガス弾で動きを封じ……いや待て。モビルスーツ隊が発進する』

『……管制室、もう一度頼む』

『繰り返す。モビルスーツ隊発進。各班は散開しつつモビルスーツに随伴せよ』

 

 格納庫の隔壁が次々に開放されていく。

 警告音が鳴り響き、進路上から兵卒達が退避していく。

 警備隊の動向の変化を、老巧の士は見逃さなかった。

 

「今更最大戦力を投入してきおったか。笑止! この期に及んでまだこちらの力量がわからんらしい」

「っ! っ!」

「……とはいえ、子供にはちと厳しいか。もう暫く辛抱せい」

 

 縦横無尽に飛び駆け跳ね回る老人の高速戦闘に、エランの身体は限界を迎えつつあった。

 むしろ、高機動特殊MSに搭乗する為のパイロット訓練を重ねたエランなればこそここまで耐えられたのだ。常人ならとうに意識を飛ばしていただろう。

 

「僕は……平気、だから……僕に構わず……っ!」

 

 エランは苦しげに強がった。

 老人は少年に笑む。

 

「存外に見込みはある。だが体が細すぎる。軽すぎる。ここを出たらまずは飯を食え。たっぷりと肉を食え」

「……うぷっ」

「ぬっははは! おう、吐いた後でも構わん」

 

 老師が大笑を一吹きした時、地響きを踏み鳴らして巨大な人型が姿を現す。

 ビームライフルを携え、背部ブースターにレールカノンとミサイルランチャーがマウントされたザウォート・ヘヴィが計三十機。

 本来複数のMS部隊を殲滅する為の重武装型。それが今、ただ一人の人間を殺傷する為だけにその砲火を差し向けた。

 

「あっ……」

 

 絶望が悪寒となって少年の背筋を走った。

 爆装したMSに生身で対峙するという異常。死線の際に立つ戦慄。

 だのに。

 エランは傍らの老人を見た。

 微塵の恐怖もなく、怯みも見せず、悠然と佇立して、この世界最強の武力を笑みで仰ぐその男を。

 パーメット光が銃口で収束する。そして遂にビームライフルが発射された。

 老師は出迎える。腰の白帯を引き抜き、跳ぶ。

 布槍と化した白帯が、黄緑色の火線を薙ぎ払った。

 

「たかがビームの一発や二発! このワシに効くものかぁッ!」

 

 空中に跳び上がった闘士をザウォート全機の斉射が襲う。跳躍からの自由落下。となれば、最新の戦闘OSを搭載したMSにとりその軌道を予測するのはひどく容易い。

 パイロットはコンピュータの算出した落下予測ポイントへ砲火を集中させた。

 が、老人は落ちない。どころか飛ぶ。飛翔する。

 自身の周囲に帯を高速回転させることで浮力を得て上昇したのだ。

 愕然とザウォート達の躯体が急制動する。

 その隙を見逃す老師に非ず。

 

「でやぁあ!!」

 

 腰帯の白い軌跡が夜気に奔る。

 それは肥大して、一機のザウォートの頭部に巻き付いた。

 その真上を飛び去る老師。自然、帯は老師の手に引かれる。必然、帯に巻かれたザウォートの首は勢い、もぎ取られていった。

 メインカメラを失い、ザウォートがもんどり打って倒れる。

 期せずしてペイル社に敷かれた戦場に静寂が下りた。誰も彼もが呆然とその光景を眺めていた。

 生身の人間がMSを薙ぎ倒す。そんな悪夢を。

 

「雑兵共めが! この程度で腰を砕くか」

「……無理もないと思う……」

「ならば生身で相手してやるまでもない。もう一つ度肝を抜いてくれよう」

 

 損傷を強いられた味方機に動揺しながら、ペイル社MS警備隊はそれを収拾してなんとか隊列を組み直した。

 ミサイルランチャーの防護蓋が開く。周辺被害を度外視しての面制圧すら辞さない挙。

 

「その覚悟をもう二手早く決すべきだったな……出でよ!」

 

 引き絞られる架空の銃爪。ザウォートパイロット達は手に汗して操縦桿を握り込んだ。

 その刹那。

 闘士の呼び声に応え、それは出現する。それこそは生粋、()()()()唯一の、正真にして正銘のMF(モビルファイター)

 

「マスター・ガンダムッ!!」

 

 

 

 

 仄暗い会議室に、管制室から報告が入る。悲鳴が上がる。

 

『ね、熱源接近します! 推定全高約17メートル……モビルスーツです!』

「報告は正確になさい! どこから来るの!」

『────真下です!』

「なっ」

「……なんですって」

 

 それまで保たれていたニューゲンの微笑、その鉄面皮に亀裂が走った。

 

 

 

 

 

 フロントの地下深く、都市区画の基礎構造を貫き、アスファルトを粉砕しながら。

 漆黒の機体がペイル領土に立った。

 武骨な外骨格。二股に分かれた頭部は悪魔の角。額に二本、赤いブレードアンテナが伸びる。

 背部から生えた巨大な赤い(シールド)が翻り、機体の全身を覆う。マスター・ガンダムが防御形態。ノーマルモードである。

 屹立する機体にエラン共々老師が乗り込む。

 球形の戦闘空間を目の当たりにして、エランは驚愕を隠せなかった。

 

「これは……エアリアルと同じ……!?」

「そうだ。ワシがガンダム・エアリアル、そしてスレッタに授けたモビルトレースシステムの複製品。その原物がこれよ」

「あんたは一体」

「我が名は東方不敗マスター・アジア!」

「! スレッタ・マーキュリーの、師匠……?」

「その通り」

 

 エランは呆としてマスター・アジアを見上げる。驚愕が一巡して心中はむしろ穏やかだった。それは思考停止とも言う。

 健気に驚き疲れた様子の少年を、老師は愉快げな笑みで見下ろした。

 

「スレッタが世話になったそうだな。エランよ」

「ど、どうして僕の名前を?」

「なぁに、あの娘は筆まめでな。学校でのことを折に触れて(したた)めてくる。おぬしのことも、優しい人だと言うておったわ」

「……」

「さて、世間話をするにせよここでは少しばかり騒々しいな」

 

 エランと会話をしながら、老師は先程から巧みな足捌きでビームライフルの斉射を躱しに躱している。

 二十九機のザウォートのミサイルランチャーが開放された。

 噴煙を引きながら、夜空を誘導弾の弾幕が覆う。

 

「っ!」

「この程度で狼狽えるでないぞエランよ。好いた女子に笑われたくはあるまい」

「そんなことを」

 

 言ってる場合じゃない。

 感情の起伏の少ないエランが、スレッタとの決闘以来の絶叫を上げ掛けたその時。

 手掌を掲げてマスター・アジアは吼えた。

 

「ダークネス! フィンガァァァァアアアアアアアアアア!!」

 

 極紫(ロイヤルパープル)の光が瀑布となってフロントに満ちる。

 その日、ペイル社精鋭の警備大隊は壊滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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