水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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暗躍する復讐鬼!流派東方不敗兵法講座

 

 

 

 ベネリットグループフロント外縁、宇宙港の一区画が爆散する。

 舞い散る塵埃にメイカメラのフラッシュが奔った。黒い機影、赤の両翼(スタビライザー)MF(モビルファイター)マスター・ガンダムが煙幕を貫通して暗黒へ。星々の宇宙(そら)へ飛翔する。

 

「追手は撒いたか」

「でも、ペイル社の保有戦力は他にもある筈」

「しかしそれを結集させるだけの暇はなかったと見える。いや、これは明らかに事前の配備を怠った彼奴等の手落ちよ。予め襲撃の密告を受けておきながら、こちらの戦力を見誤りおったわ」

(生身で壁を貫いてくる人間……地面から生えてくるモビルスーツ…………どう予想しろと……?)

 

 球形のバーチャルコクピットに座り込んだエランは、内心ひっそりと老師の無茶振りに呆れた。

 

「後は、万に一つ待ち伏せの可能性を────ゴフッ……!?」

「!」

 

 突如、男の頑健な体躯が傾ぐ。激しい咳と心肺の乱れ、異常……口元を押さえた節くれ立った手指の合間から赤い液体が零れ出るのをエランは見た。

 当然の仕儀、モビルトレースシステムがその動作に追随し、機体そのものがバランスを崩す。

 

「く、あっ……!」

 

 バーチャルコクピットの神髄は、疑似重力と特殊ガスを発生させることでファイターの体感する戦場・環境を限りなく完璧に再現する機能にある。

 必然、ファイティングスーツのフィッティングを行っていない、ただの同乗者に過ぎないエランはコクピットの台座から投げ出された。

 

「う、ぐっ、掴まれ」

「あ」

 

 宙に流されたエランの腕を掴み、マスターアジアは苦しげに少年を引き寄せた。

 姿勢制御を取り戻し、マスターガンダムは飛翔を継続する。しかし、当のファイターたる老人は、武闘家(ファイター)にあるまじき様で呼吸を乱し、練氣すらもままならない。

 

「どうしたの……まさか、どこか撃たれたの!?」

「ふっ、あんな豆鉄砲、いくら体で受けようが掠り傷にもならん……これは持病だ」

「病気?」

「今までさんざ踏み倒して来たツケを肉体が支払っている最中でな。なぁに案ずるな、今すぐに死ぬようなことはない。おぬしを近くのフロントへ送り届けるくらい」

「……いや、それは多分、駄目だ」

「うん?」

「僕が逃げたことで、ペイル社は強化人士という存在と自社のGUND技術を隠蔽することに躍起になってる。近在のフロントでも今頃、ペイル社の私兵が捜索の網を張ってるだろう」

「さて、あの妖怪婆共がそんな尋常な挙に出るかな」

「えっ」

 

 思わぬ否やの言葉にエランは老師を見上げる。そこには、それこそ面倒見の良い教師の顔に不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「今回、ワシは敢えて派手な立ち回りで彼奴等の施設を破壊し、兵隊共を駆逐した。それも一人の死者も出さずにだ。襲撃を防ぐことはおろか、下手人には企業秘密をまんまと強奪されたなど、大軍需企業体としての面目は丸潰れよ。ここまで騒ぎが大きくなれば情報の隠匿などは夢のまた夢。人の口に戸は立てられぬ。ワシが広めてやるまでもなく人口に膾炙し、ペイルの失態はベネリットグループ全域に知れ渡るだろう。ならばどうするか」

「……情報の拡散が防げないなら、それによる損害が最小になるよう操作するか、あるいは」

「逆に敢えて開陳する。むしろGUND技術を詳らかにし、今回の騒乱の責任を、全て他の者に押し付けるよう動く。況や企業としての面子など、一部署に不正の実行犯の罪を着せ、蜥蜴の尻尾にしてしまえばそれで済むこと」

「っ! じゃあ、その責任を押し付けられる生贄には……」

「ガンダムの不法製造と所持の前科を持つシンセー開発公社CEOプロスペラ・マーキュリー……そしてスレッタであろう。このワシを捕えることなど万に一つも能わぬと、彼奴等めは骨の髄まで理解させられただろうからな。どころかワシをテロの実行犯、プロスペラを首謀者とでも喧伝すれば目障りな弱小企業を失墜させるなどは容易なこと」

「……」

 

 表情を殺してエランは拳を握った。爪が掌を抉るまでに強く、強く。

 無力感と、仇でしか報いることのできない自分自身を、なにより憎んで。

 

「ぬはははっ! そんな顔をするな、エランよ」

「うわっ」

 

 力強く、頑強な掌が少年の髪をぐしゃぐしゃにする。

 

「派手に暴れ回った手前、そう殊勝に自らを責められてはワシこそ立つ瀬がないわ」

「でも、あんたは僕を助ける為に……」

「スレッタならばそれを望むだろうと思ったまでのこと。全てはワシの一存よ」

「……」

「ゆえに、このまま手を拱いてやるつもりもない。情報戦とは兵法の核心。今回はスレッタの伴侶、花嫁殿の手を借りるとしよう」

「ミオリネ・レンブランの?」

「こちらからも情報を流す。ペイル社で起こった騒動、その顛末、彼奴等が隠し立てするGUND技術、強化人士の真実までも。おぬしには、ちと酷な話であろうが」

「……いや、いい。それでいい。それでスレッタ・マーキュリーを助けられるなら」

 

 エランに迷いはなかった。自分の呪わしい出自など、とっとと白日に晒してしまえばいい、と。

 

「……情報」

「ん?」

「もしかしたら、情報源を、いや協力者を一人、引き込めるかもしれない。ベルメリア・ウィンストン……おそらくは蜥蜴の尻尾にされるだろう、僕の身体の管理者」

「ほう。だが信用できるのか」

「……わからない。明確な根拠は、ない。もともと彼女の専門はGUNDの医療分野だったって。モビルスーツへの転用や、最適化、人体改造は彼女の本意じゃない。ペイル社で強いられていたこと……のように思う。クソ、こんなの、非科学的だ。理屈にもならない。これは本当に僕の、ただの……勘だ」

「勘か」

 

 エランらしからぬ非論理的な言葉だった。エラン自身にしてから、それを口にしたことに羞恥を覚えている。

 老師は次第に、肩を震わせる。そうして次の瞬間には腹の底から大笑した。

 

「くっふふふふ、ぬっはははははははは! そうか勘と来たか! よかろう! 気に入ったわ!」

「で、でも、迂闊にコンタクトを取って、ペイル社の追手に見付かったら」

「その時はその時。今日と同じくまた踏み潰すまでのこと」

 

 あっけらかんと言ってのける。そしてそれは確実、徹底的な有言実行を見るだろう。

 エランは容易に想像がついた。

 

「……ワシがこうしてスレッタを守る為に動くことも、あやつにとっては織り込み済みか」

「あんたが……貴方が直接守ってあげられないんですか。スレッタ・マーキュリーを」

「あの娘とて流派東方不敗の継承者。この程度の苦境は自力で、あるいは仲間達との合力によって乗り越えられなければならん……それに」

 

 老師は、その硬い拳を開き、掌を見下ろした。

 強靭に鍛え抜かれ、しかし確実に老い衰えた自らの手を。

 そこに、定められた己が命脈を見ていた。

 

「……あと幾つ教えを授けられるか。果たしておぬしはワシを超えることができるか、スレッタよ。そう、おぬしの兄弟子ドモンのように」

 

 その時が屹度訪れることを、老いた龍は心から待ち望んでいる。

 そして、いつか。

 いつか真の意味で和合せよ。

 復讐鬼と化した、かの母と。

 

 

 

 

 

 自室の端末で温室や室内栽培の苗の生育状況を記録していたミオリネに、一通のメールが届いた。

 それは電子メールの体裁であったが、でかでかと毛筆の肉筆で。

 

 花婿に陰謀迫れり

 花嫁たる者の力量確と示してみせよ

 

「…………は?」

 

 添付された大量の機密情報と、なんかよくわからないあたまおかしい戦闘記録を両目から脳に流し込まれたミオリネは情報の理解と処理を放棄してすぐに不貞寝した。

 無言でベッドに引き摺り込まれたスレッタは、訳も分からずただただ一晩抱き枕に徹したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

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