水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
赤く。血潮のように赤くスレッタの手が光る。
そして手の甲に、微かに浮かぶ。明滅しながら現れ出でようとする形。朧気に像を結ぶ────ハート。紋章。
(いやいやいやいやなに言ってんのこいつ。マジで言ってる?……目がマジだ。てかなにこれなんで手が光るんだよ何の光ぃ!?)
スレッタが、じり、と前へ。足は進めず、重心だけを移動する。そうして人工大理石の床面を踏み締めたことでヒールの踵が弾け飛んだ。
エランの顔が薄笑いで硬直する。
「一緒に強くなろうって、約束しました。限界を超えて、乗り越えていくって。本当は優しい心を押し殺して、何か、大切な何かを、見失いそうになってたエランさんが、それでも闘うって言ってくれた……その決意、穢させません。答えてください! 貴方は一体誰なのか!」
(意味不明だ。けどハッタリは通じない。茶化せば拳が飛んでくる。真相をぶち撒けるか? いややっぱり殴られそう。嘘吐くより酷いことになりそう。なんだよあの拳。岩かよ。女の手じゃないだろ。五号の準備さえできてればこんな目には)
「私のこの手が光って唸る!」
「ちょっ」
「待ちなさいスレッタ」
スレッタの拳に白い手が重なる。ミオリネの華奢な指が、熱く赤く力を漲らせたそれを優しく包んだ。
「脅して吐かせた事実なんて何の価値もないわ」
「ミオリネさん!? でも、この人は絶対……!」
「それとも、あんた弱い者イジメがしたいの? こんな怯え切った相手ぶちのめして満足するようなくだらない人間なわけ?」
「っ…………」
「うん、そうよ。あんたは違う」
心の烈火を鎮め、恥じ入るように目を伏せたスレッタに、ミオリネは微笑んだ。そこには深く、慈愛が滲んでいた。当人は決して認めないだろうが。
「おやおや、これはこれは」
一触即発の引き絞られた会場内の空気を一切気にも留めず、割れた人垣から悠々とその一団は姿を現す。
優雅な足並みで四人の女がエランを取り巻く。ハンズフリーの通信端末でもあるのだろう頭頂部から首筋までを覆う同型のヘッドギア。四人全員化粧の基調となる色彩まで揃える念の入れ様。
相対した者に異様な威圧感を覚えさせる。ベネリットグループは御三家の一家ペイル・テクノロジーズCEOニューゲン、ネボラ、カル、ゴルネリであった。
「ようこそミオリネ様。インキュベーションパーティーへ。そしてはじめまして、スレッタ・マーキュリー様。この度のホルダー称号獲得、心よりお祝い申し上げますわ」
慇懃に祝辞を述べるニューゲン。
それをミオリネもまた形の良い笑みで迎えた。スレッタに向けたものより遥かに獰猛で、鋭利な質感の。
「ご丁寧に痛み入ります。花婿もこのように恐縮の至りで、言葉もないと。ねぇ、スレッタ」
「え? あ、はい……?」
「それは良うございまいした。我が社筆頭のエラン・ケレスとも随分話が弾んでいたご様子」
「同級生ですもの。仲が良くて大変喜ばしいことです」
「今後とも友好な関係を築いていきたいものですね」
「もちろん、公私共々」
「あらイヤだわゴルネリ。それはあんまり露骨過ぎよ。インサイダーとか疑われちゃうわ」
「まあ! ごめんなさい! 私ったら不躾に」
CEOの女達は高らかに笑った。凝固した空気を踏み割るような遠慮の無さ。
先の遣り取りを有耶無耶にしたのだ。今更蒸し返すならばそれこそが不躾だ、と。
「さて、そろそろご登壇の時間です。ホルダーとしてグループ一同にその御意気込みを賜りたく存じますわ。スレッタ様、ご準備はよろしいかしら」
「……はい」
一瞬、スレッタとミオリネは視線を交わした。
ここからが本当の勝負。
巨大な円形ディスプレイを背負う壇上に、ニューゲン他ペイル社CEO達。そしてスレッタとエランが並び立つ。
昇降機がせり上がり、さらに10メートル以上も高みに押し上げられた上でスレッタは現ホルダーとしての紹介を受けた。
『ス、スレッタ・マーキュリー、です……よろしくお願いしましゅっ』
それは実に、当たり障りのない顔見せであった。
優秀なパイロットはMS開発企業にとって重要な広告塔。社交パーティーのような公式の場で名前と顔を広めるのは至極当然の営業活動だった。
来賓からの疎らな拍手、ペイルCEO達の世辞が並び、新事業発表の合間の細やかなセレモニーも締め括りが見えた頃。
『時に、スレッタさん。貴方の愛機エアリアルについてなんですが』
(来た……!)
ミオリネは自分の端末を起ち上げ、ナンバー選んでコールした。
「準備、できてる?」
『もう少し待て。あと少しで、会場設備のコントロールを』
「まだ掛かってんの!? 急いで! 機体を誘導できなきゃこの作戦成り立たないんだからね!?」
『わかってるから急かすな!』
端末の向こうで四苦八苦する気配を聞き取って、ミオリネは苛立ちながら一計を案じた。
『スレッタさんのエアリアルは、過去類を見ないほど特殊な操縦体系を有していますね』
『モビルスーツに対するあらゆる操作、電装への入力までも、従来のハードウェアを尽く排して』
『その身体の動作をダイレクトに反映させている。謂わばモーションキャプチャーのような』
『いいえ、旧来のロボット操作や映像出力技法とも比べ物にならない、あの再現度。反応速度。あれこそ人機一体の極致と言えます』
『……僕も、とても驚かされました。まさかあそこまで有機的な動作が可能だなんて。普通のモビルスーツでは考えられない……それこそ、まるで』
エランはさも躊躇いがちに、勿体を付けて言葉を区切った。意味有り気なその沈黙に、すかさずニューゲンが追随する。決定打を。
『身体と機体との有機接続。モビルスーツの圧倒的操作性向上を期した身体拡張技術……これは明らかに、GUNDフォーマットの特徴です。つまり、シン・セー開発公社のモビルスーツ……』
円形ディスプレイに大写しとなったニューゲンは、一呼吸の間の後に断言した。
『エアリアルは、ガンダムです』
会場にどよめきが走る。それはベネリットグループ、そしてMS研究開発事業における禁忌の名。
カテドラルが厳に定める協約によりその製造所持、存在そのものを否定される技術。
企業にとって、突かれれば痛痒を免れない腫瘍だった。
『この度、弊社ペイル・テクノロジーズでは重大な事件が発生いたしました。そう、つい先日────』
『ガンダムがさらにもう一機見付かった!』
突如、スピーカーに声が重なる。年嵩の低音を掻き消す音圧と高音で。
ペイル社CEO達の四つの視線、そして会場中の注目が一点に集約する。
スポットライトを浴びて進み出る蒼のドレス姿。ミオリネ・レンブランへ。
『御社ペイル・テクノロジーズで行われた内部監査により発覚した事実。ペイル社最新鋭機ファラクトはエアリアルと同じ、ガンダムだった』
『ミオリネ様』
『
「小娘、なにを……!?」
「しっ、今は駄目よ」
顔を歪め、今にも声を上げようとする三人をニューゲンが内部通信で制する。
『こちらのデータをご覧ください……繋いで』
壇上の脇に待機する進行役にミオリネは端末を突き出す。
係員の男は一瞬躊躇して、その眼光に圧され結局は要請に従った。
『そう、これは先日のエアリアルとファラクトとの決闘において観測されたパーメット流入値および、機体間で発生した共鳴現象についての数値です』
表示されたグラフにはファラクトがその規定値をオーバーしている旨が手書きでしっかりと記載されていた……開発主任ベルメリア・ウィンストンの直筆で。
映像の切り替わりを見てから、ニューゲンは刹那鬼の形相を浮かべる。
────ガンダムファイトォォオオオオオ!!
────レディーッ!
エアリアルとファラクトとの決闘、中継映像とオープンチャンネルの音声が流れ出す。
『当該パイロット、スレッタも当機がガンダムであることは重々承知しております。そして当・然ながら! ペイル社筆頭パイロットエラン・ケレスさんに置かれましても、それは同じ』
「……」
ミオリネはエランににっこりと笑い掛けた。
口端を引き攣らせて、エランが苦笑する。
エアリアルを協約違反の不正機体として一方的に悪役に仕立てようったってそうはいかない。大方、先日の襲撃事件の概要と映像を流し、シン・セーの開発したエアリアルの“同型機”がそれに用いられた。不正なガンダムがテロ行為に加担した、とでも喧伝する気だったのだろうが。
諸共、道連れにする。
しかもこのタイミング、先んじて言い訳を封じてやった。
ファラクトがGUNDフォーマットを使用した違法な機体であること、それを自社の内部監査で見付け出し弾劾することを先に自ら表明できていれば、痛手を部門一つに絞れた上、会社自体をある意味被害者のような立ち位置に見せ掛けられただろう。悪いのはガンダム、そしてGUND技術に手を出した自社の開発部門とシン・セーであると。
一手遅い。そしてこのまま畳みかける。
その時、マイクを使って声を上げる者がいた。ヴィム・ジェタークである。
『ガンダムもGUNDフォーマットも協約違反には違いない! 機体の廃棄、当該部門の解体、関係者達は残らず処罰の対象だ!』
『ええ、信賞必罰は営利企業の必然です。ジェタークCEO』
『なら』
『なればこそ、盲目的に規則に従うばかりで、優れた技術をただ排斥するのは利潤を捨てて損失を生むだけ。そんなの、脳死の愚策よ』
『なっ、んだとぉ……!』
『ミオリネ様、問題を穿き違えないでいただきたい』
冷厳と加わる声。グラスレー社CEOサリウスである。
『カテドラルの協約は、パイロットの命を奪う非人道兵器の存在を決して認めない。GUND技術、ガンダムは排除するのが妥当です』
『生命倫理問題。それがGUNDフォーマットのネック。ならば! パイロットが五体満足健康優良に存命するこのエアリアルは、それを切り開く革新に成り得る!』
ミオリネは端末を操作する。
ペイル社の此度のガンダム技術への関与と開発部門解体について喧伝しまくりながら、その損金に倍する利益を目標額とした新たな事業計画の立案。
シン・セーとペイルの開発部門のM&Aによる統合。生命の安全を前提に管理、運用を目的とした新会社。
GUND-ARM Inc.
『株式会社ガンダム!』
協約からの制限と生命倫理問題によるリスクを請け負い、グループに新たな利潤を齎す強烈な起爆剤。
匿名契約を通すことで出資者の体面的な損失はない。
『どうかこの新事業、株式会社ガンダムの設立に投資を────』
『足りない』
重く、厳格を具現化したかの
ミオリネは正面を見据えた。照明を落とされた会場の中央。VIP専用の上階に立って、ミオリネを見下ろす眼光。
デリング。ベネリットグループ総裁。この閉じた世界の、紛れもない王座に君臨する者。
『お前が示した新事業案はまったくの絵空事だ』
それは、真っ向から相手を斬り捨てる苛烈さだった。
『信用は無く、実績もまた皆無。空手形に投資する愚か者などここには居ない。お前は未だ、何の価値も示せてはいないのだ、ミオリネ』
デリングの眼が鋭く少女を見やる。
『価値……』
『そうだ。我々が金を払うに足る価値だ』
インキュベーションパーティーの数日前。決心が着けば、ミオリネの行動は迅速を極めた。
「……何のつもりだ」
アポイントも取らず社長室に押し掛けてきた者に、デリングは本来面会などしない。
実娘であるミオリネであってもそれは変わらない。
それでも総裁がミオリネと相見えたのは、廊下を行くデリングと秘書・警護の一団の前で、少女が跪き平身低頭に懇願した為だ。
────それは、どうしたとて切り捨てきれない男の甘さであった。
「貴方に、聞いて欲しいお話があります」
親子の縁を笠に着てでも、恨み辛みを飲み込んで、恥も外聞もかなぐり捨てて。
ミオリネはその日、父親と向き合った。
「貴方に投資して欲しい。この新技術の価値に、新たなガンダムの可能性に……!」
『……価値ならあるわ』
ミオリネは父を、同じほどに強く、烈火のような瞳で見上げた。
『────今、それをお見せします。スレッタ!』
ミオリネは振り返る。ミオリネが壇上に立ち、そうして今の今までもずっと、その背を見守り続けていた花婿を。
「呼んで! あんたの
「はい!」
「いい加減準備いいでしょグエル!? 天窓開けて!」
『うるせぇ! とっくに、やってるよぉ!』
轟轟と稼働音を響かせ、パーティー会場の天窓がゆっくりと開いていく。
剥き出しの夜空に向かって点線状のレーザーが照射された。
「何事!? これは!?」
「なっ、ガイドビーコン!?」
「設備管理室は!? 担当職員はなにしてる!?」
来賓客達はもとより、会場スタッフと警備員達が慌てて通信機に叫び合う。
会場中が騒然となったその瞬間。
「来てッ!! エアリアル・ガンダァァアアアアムッ!!」
裂帛の絶叫が空間を震撼させる。あらゆる音を吹き飛ばし、無が満ち満ちたその只中へ。
スレッタは掲げた右手の指を打ち鳴らした。
夜空の果てからそれは来る。
白い機影。それは幼気な面差しのモビルスーツ、若きモビルファイター・エアリアル。
そしてさらに。
『HIHIIIIINッ!!』
高らかに踏み鳴らされる蹄の樂、激しく轟く嘶き。うねる漆黒の馬体が会場入り口から飛び込んでくる。
「馬だぁー!!」
「う、馬!? 馬!?」
風雲再起が人垣を縦断し、跳ぶ。彼女の愛機へと。
空より来るは一機ではない。
もう一機、巨大な
姉妹弟子達は同時に機体へ乗り込み、ファイティングスーツに身を包んだ。
生成機構の重圧を跳ね除け、その封じ込められていた五体を解放し、壇上に降り立つ。
『エアリアルはただのガンダムではありません。これは、GUNDフォーマットに付き纏う
エアリアルが飛ぶ。
モビルホースが飛ぶ。
夜天に躍り出て、その上昇極点で向かい合う。
『行くよ! 風雲再起! グエ……オジェロ先輩! 通訳よろしくです!』
『……くっ、わかったよ畜生め!』
来賓席で椅子を蹴飛ばしてヴィムが立ち上がる。
「今の声は、まさかっ、グエルか……!?」
会場中の人間達が一心、空を見上げる。
エアリアルの拳と風雲再起の蹴り足がぶつかった。触れた打点を中心に、激しい電荷が迸る。
『流派! 東方不敗は!?』
『王者の風よぉ!』
衝撃と共に両機が間合を取ったのは刹那の仕儀。
空中を翔け巡りながら互いに拳を、蹴り足を連打乱打。
『全新!』
『系列ッ!』
『『天破侠乱ッッ!!』』
夜天を拡散する衝撃波。光波爆風熱気闘気。
そしてその極致、渾身の拳打と馬脚の蹴撃が衝突し、人工の星空が爆発炎上する。
『『見よ! 東方は赤く燃えているぅッッ!!』』
機体全身から溢れ出したエネルギーの見せる光。暴力的な明滅が、まるで幻夢の如く消え失せる。
再び降り立った白と黒。エアリアルは両マニピュレータ・ペディピュレータを前後に大きく広げ、そしてモビルホースは前脚を上げることで、残心の構えを以て終劇と為す。
たっぷり一分間、会場中の人間が口を開けたまま凝固していた。
『はい。えー、このように』
「はいじゃないわよ!? なに!? えっ、今のなんなの!? 説明は!? 説明はないの!?」
大半が思考を放棄している中、ある意味いち早く正常に、真っ当なリアクションを取るペイル社CEOカルはとても健気だった。
『旧来のモビルスーツを超越した運動性と精密動作性を可能にするこの新操縦体系の名は“モビルトレースシステム”! 宇宙進出を果たした人類が未だ直面する肉体の脆弱さ。それを補助し、補完し、補強する為にこそこの新技術は役立てたい。どうか……』
ミオリネは端末を掲げ、その場に深く腰を折る。
『どうかこの、新たな可能性に投資をお願いします!』
先程とは性質の異なる沈黙が下りる。
そこには人間らしい戸惑いの気配と、企業経営者達による冷徹な吟味の為の沈思が混在した。
まだ、足りなかったか。ミオリネは唇を噛んで、この重い静寂に耐えた。
あとどれほど。もう遅いのか。
恐怖すら滲んだ時。
『勢い任せの粗雑なプレゼンだ。学園の経営戦略科で一体何を学んできた』
「…………」
『次はもっと、具体的な数値でその新技術とやらの説明を聞かせろ』
「!」
円形ディスプレイに、投資額のパーセンテージが表示される。
03%
匿名とは名ばかりに、デリング・レンブランからの出資は明らかで。
数値は上がる。上がり続ける。そうして遂にそれは七割を超えた。
ミオリネの新事業、株式会社ガンダムはこうして可決された。