水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
「さあ各シーン通しで行くぞ! ぃよぉい……エクショッ!!」
カチンコが鳴り、人工芝の只中へスレッタが走り出す。
上体の挙動を最小限に抑えた走法。一歩、足が地面を噛む毎に速度を増す。三歩目にして最高速。学園周遊のモノレールすらも追い越す。
当然、瞬く間にスレッタは芝生サイトの最端に達する。残り僅かに数メートル。広場を脱するその直前。
スレッタは跳んだ。
空中高く。
そして、その右手を晴天に掲げ、叫ぶ。
「ガンダァァァアアアアムッッ!!」
呼び声に応え、フロントの地平からエアリアルが現れ、緑の大地に立った。
機体出現から一跳躍でコクピットハッチへ突入したスレッタ。
カットが移り、画面はコクピット内を映し出す。
ファイティングスーツに身を包んだスレッタが腕を組み佇立する。
同じく、青空の下で輝く白のモビルスーツもまた腕組みして偉容を屹立させる。
人工太陽の後光を背負い、突如、エアリアルが腰溜めに両腕を引く。
「はぁぁぁあああ……ッ!!」
その特殊合金製の体躯が軋み一つ上げずぴたりと止まったかと思えば、次の瞬間、脚を開き腰を落とし真半身で正拳突きを放った。
「人機一体! 如意自在! 縦横無尽のモビルトレース!!」
続けて左右に一撃ずつ。とどめに全身をバネのように
一歩、重く踏み込み上段に蹴り。文字通り旋風を巻き起こして、さらに転身から足を踏み変えての回し蹴り。
「纏って安心! 鍛えて安全!」
両の拳を打ち合わせる。金属同士が火花を散らす。それは、いつの間にやら暮れなずむ茜色の空の下に在ってもなお、赤い。真っ赤に燃えて。
同じくして碧い
「
スレッタのファイティングスーツに内蔵された電子回路に光が奔った。スレッタの意志を、闘志を、その極薄の積層構造物は究極の再現性を以て
迸るパーメット。黄金に輝く五指。
「エアリィイフィンガァァアアッ!!!」
直上。日は完全に没して今やそこは夜天。
天を破らんばかりに昇ったエアリーフィンガーの光輝は、フロントの人工大気の只中で爆ぜた。
五条に広がるパーメットエネルギーの花火。藤の花の如く、燐光が夜空を滑るように降り注ぐ。
頭上から光を浴びながら、エアリアルがマニピュレータの接合部を
人と機械とが楽しいときを創る。
人機操法の精粋で萬代の未来へ。
株式会社ガンダム。
「カァット!!」
その鋭い
ラウダは暫時、何も言わずディレクターズチェアで静止していた。
地球寮の面々、グエル、フェルシー、ペトラ、そしてスレッタもまた、固唾を飲んで監督の言葉を待った。
「……合格だ」
「そ、それって」
「聞こえなかったのか水星女。合格だと、そう言ってるんだ……愚鈍なわりに、やればできるじゃないか。全シーン撮影終了。クランクアップだ」
「や」
『やったー!』
「長かった! くっそ長かった!」
「またリテイクだったら心折れてたぜ」
「お疲れっ! チュチュ」
「ニカ姉も」
「あ゛~よがっだ~!!」
「これでやっと帰れる!」
照明の下、全員が躍り上がる。
オジェロは男泣きしヌーノがその肩を叩く。
ニカとチュチュがハイタッチ、フェルシーとペトラは抱き合って跳び跳ねる。
グエルは疲労と感慨に溜め息を落とした。
スレッタは慌ててラウダに走り寄る。その場で深々お辞儀をし、感極まって息を乱した。
「ララ、ラララウダさん! あの、あの、私、どんくさくて、物覚え悪くて、たくさん、たっくさんご迷惑お掛けして、でも、でも……本当に! ありがとうござ」
「なにを勘違いしてる貴様ら」
『ひょ?』
沸き上がるその場の全員に冷水を浴びせかけるように。
冷徹極まる口振りでラウダは言った。
「撮影が終わったところで、それは素材を揃えたというだけのこと。PV製作の最序盤を越えたに過ぎない」
重く固く圧し掛かる空気に呻き声を上げたのは誰か。それはラウダを除く全員だったかもしれない。
にたりと口端を引き上げて、ラウダは嗤う。
「さあ、楽しい楽しい編集作業の始まりだ」
「一週間でPV3パターンとか正気じゃねぇよ!?」
「んなこと全員知ってるよ。文句言っても終わらねぇぞぉ。手ぇ動かせ手」
「書類仕事の後にこれは……キツイです」
「起業する前に過労死しました、じゃとんだ笑い話だな。あははは」
「アリヤ、それ笑えない……」
「マルタンやリリッケは流石に仮眠を挟んだ方がいい」
「……ねぇ、あたしらなんで地球寮でこんなことしてんだっけ」
「ペトラが端末マナーモードにしてなかった所為」
「え~? ……そっか。そうだね。ごめん」
「ニカ姉~! このバカが超スピード過ぎて肝心の顔映ってないんだけど~」
「す、すみません。一応加減したんです、けど」
「あぁハイスピードカメラとかじゃないからね……エフェクトで誤魔化しちゃおう。なんかソニックブームな感じに」
学園の消灯時間も過ぎ、そろりとフロントは深夜帯シフトに差し掛かる。
地球寮貫徹三日目。昼間の学業を終えてからの編集作業。
栄養ドリンクの空容器が其処彼処で山を築いている。目の下の隈がまるで共通のフェイスペイントめいてきた頃。
会話は途切れ、共用リビングに端末を操作する音だけが響く。
乱れた白銀の髪をさらに掻き毟って、ディスプレイを睨みながらミオリネが呟く。
「私、一応社長なんですけど」
「無茶な納期設定するからだよ」
「部下と苦しみを共有してこそ上司の鑑だよな」
「関係ねぇ。やれ」
「絶対に逃がさない」
「が、頑張りましょうミオリネさん!」
「あぁもうわかった! やるわよ! やればいいんでしょ!」
固い連帯(責任)によって結ばれた今の地球寮は裏切り者を絶対に許さない。
「……すぅ」
「ふふ、もぉ兄さんったら。こんなところで転寝したら風邪をひくよ。さあ、粗末だけどベッドルームがある。眠るならそこへ連れてってあげるから」
「連れて、じゃねぇよ!」
「露骨に依怙贔屓してんなよ編集長。起こせ。叩き起こせ」
「うるさいぞ馬鹿野郎! 大声を出すんじゃない!! 兄さんが起きちゃうだろうが!!!」
「おめぇが一番うるせぇよ!」
「あんたら郎党みんなうるっさいわよ! 黙って作業やんなさい!」
「グエル先輩、全然起きませんね」
「こんなにうるさいのに」
阿鼻叫喚の修羅場である。皆の体力、精神、共に限界は近かった。
「終わらねぇぇぇえ゛え゛え゛え゛え゛!!!」
「素材多過ぎんだよ……たかだか一分弱の映像によぉ」
「映像編集ってホント手間が掛かるんだねぇ……」
「あーしちょっと舐めてたわ。これやばい」
「エアリーフィンガー見過ぎて目がチカチカする……」
「ジェターク寮に帰りたい」
「やだもぉ、肌めっちゃ荒れてるしー……」
「人手、とにかく人手が欲しいわ。どっかに都合のいい奴隷……もとい労働力いないわけ?」
「知り合いったって地球寮に手ぇ貸してくれる奴とか」
「ジェターク寮面子は実質グエル先輩の巻き添えだしな」
「あ」
不意に、スレッタが声を上げた。
全員の視線が集まり、スレッタは慌てて両手を振る。
「ち、違うんです。案とかじゃなくて、足音が、誰か来ます」
「はあ? こんな時間に?」
果たして、地球寮の玄関口から足音が近付いてくる。
扉の奥の暗がりから、その青年は姿を現した。グリーンゴールドの長髪に、大胆に前を開けた制服。
シャディク・ゼネリが軽薄な笑みを覗かせた。
「やあ。灯りが点いてたから、勝手にお邪魔させてもらったよ。こんばんは、諸君」
「シャディク……何の用?」
「君に用事があってね、ミオリネ。近頃は温室に顔を出さないからなかなか捕まらなくて、こうして出向いた次第さ」
「ふーん」
「?」
ミオリネの胡乱な反応にシャディクが小首を傾げる。
誰も一声とて上げず、室内には意味ありげな静寂が下りた。
そうしてミオリネの第一声がそれを破る。
「スレッタ!」
「はい!」
「え!?」
床に座った状態からスレッタは一挙動で跳躍する。ダイニングテーブルを越え、テーブルに突っ伏すグエルを越え、ソファーのニカ、チュチュまでも飛び越え、遂にはシャディクの頭上をも越え、その背中を羽交い絞めにした。
「な、なんだい!? なにがしたいのかな水星ちゃん!?」
「奴隷」
「奴隷が来た」
「カモネギだね」
「迂闊だなグラスレー」
「絶対に逃がさない」
ゆっくりと立ち上がった全員がゆらりゆらりと幽鬼のようにシャディクを取り囲む。
「お、おいおい。止せよ。なにを。な、なんだ。どうしようっていうんだ。おーい?」
戸惑うシャディクに応える者はなく。無数の手が彼を捕え、引っ立てて行った。
「……俺、なにしてんだろ」
端末を操作する音だけが響く地球寮リビングで、映像素材を切り貼りしながらシャディクはぽつりと呟いた。
人工の空が白む。フロント73はそろそろ朝だった。