水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
編集作業開始から六日目の深夜。
地球寮は静かだった。
阿鼻叫喚、喧喧囂囂、七転八倒、殺伐激越。
様々な紆余曲折を経てどうにかこうにかPVの体裁を整えた地球寮メンバーおよびジェターク寮巻き添え組、プラス捕獲されたシャディク。
疲労と睡眠不足の極致。誰も彼もがソファーや床に直接横になって寝こけている。
そんな死屍累々の中、たった一人だけ自らの両足で立っている者がいる。
「皆さん、お疲れ様です」
スレッタは眠れる仲間達に毛布を掛けていった。
そうして、テーブルに突っ伏すミオリネの肩に触れた。
「ミオリネさんミオリネさん、そんな寝方じゃ体が休まらないですよ。横になってください」
「んぅ……」
呼び声にもむずがるばかりのミオリネに、さてどうしようかと考え巡らせたのも束の間。
スレッタは少女の身体をひょいと抱え上げた。
「相変わらず軽いなぁ。もっといっぱい食べなきゃダメですよぅ」
ミオリネはスレッタの胸に顔を寄せた。無意識に、運び易くなるよう身を縮めたのだ。
温室の設備管理や土壌、苗の世話まで。学業の傍ら、母御の残した植物達の生育に余念のないミオリネがベッド以外の場所で眠ることはしょっちゅうだった。
部屋を同じくするようになったスレッタも、少女のそうした不摂生をよくよく目の当たりにすることが増えた。
空いているソファーにミオリネを横たえ、毛布を掛けようとした。
「ん……」
服の裾を握る華奢な指を見付ける。
「ふふ」
スレッタは知らず、微笑んでいた。暖かなものが胸に湧いてくる。水星に居た頃には終ぞ、味わったことのない感覚だ。
同い年の子供は一人として居らず、話し相手も遊び相手も、たった一機の
誰かの世話を焼き、また誰かに頼られる。そんな経験は、採掘作業の土と泥臭いあの現場くらい。
庇護欲、母性……慈愛。そのいずれか、あるいはそのいずれも。柔らかな熱を覚えた。
スレッタ自身はその感情を言語化することも出来ず、代わりにその指でミオリネの髪を梳いた。
「……スレッタぁ……」
「はい、ここにいますよ」
スレッタが寝言に応えてやると、ミオリネの寝顔が幾分和らいだように見えた。
「……」
母は、いつしか帰って来なくなった。多忙を理由にしてはいたが、本当の理由をスレッタはなんとはなしに知っていた。
スレッタの前に師匠が現れたからだ。
東方不敗マスターアジア。かの人がスレッタに道を示し教えを授けてくれるようになってから、母プロスペラは娘に干渉することを止めた。それは決して、あからさまに拒絶を露わにする訳でも、無関心になった訳でもない。と思う。スレッタはそう信じる。
ただ、何かが別たれたのだ。
いつかの夜、師匠と母が激しく言い争っているのを聞いた。その内容は覚えていないが、とても怖かったことだけは覚えている。
激する師の怒声が、凍てつくような母の声が。
スレッタはエアリアルの中に逃げ込み、縮こまって目を瞑り耳を塞いだ。大好きな人達の怒りや憎しみ、悲しみを、受け止めるのが怖かった。真実を知るのを恐がった。
スレッタはそれを悔いている。今もずっと。
真実から逃げた自分を恥じていた。
だから、スレッタはミオリネ・レンブランに憧れる。
あれほど嫌っていた父親と向き合うことを決意した彼女に。一度はプロの逃がし屋を雇って親元から離れようとまでした彼女が。
スレッタとエアリアルの為に、会談に赴き頭まで下げたという。
その果断さ。勇気を、スレッタは尊敬する。
自分に出来なかったことを為し得たこの人が、スレッタには眩しかった。
だから。
「私、貴女を守ります……花婿として」
寝顔だけは儚げな少女の長い睫毛を見下ろして、スレッタは密やかに己が決意を宣誓した。
シャディクはじっと壁にもたれてその光景を見ていた。
無限の遠きにある、その二人の様を。
自分では届かない、手を伸ばすことすら躊躇う少女。そして自分には決してできないことをする少女。
「…………」
シャディク・ゼネリは動かない。表情を殺し、瞳の色を消し、心を隠して。
早朝。グラスレー寮にて。
サビーナ・ファルディンは訝しんだ。
ここ三日ほど、寮長にしてグラスレー社の次期社長候補筆頭。自身の上司であり、頭目であるシャディク・ゼネリの姿が見られない。
シャディク付きの秘書役を担うサビーナだが、なにも四六時中その近習にあるという訳ではない。彼が一種のキャラクター作りに放蕩を演じていることは心得ているし、その為に屡々寮を留守にすることも知っている。シャディクの方にしても、それで一々サビーナや他の寮メンバーに連絡など寄越さない。
「最後のメッセージは……地球寮?」
ミオリネ・レンブランに接触するという旨の一文の最後に、一応行方を書き添えたのはその立場上のリスクマネジメントだろう。
地球寮へ赴いて、その足で何処ぞの女の相手をしてやりに行った……サビーナは当初そのように考えていた。
「……」
「サビーナ? どうしたの」
「シャディクいたー?」
エナオ・ジャズ。そしてその肩に手を掛けて、メイジー・メイが身を乗り出す。
「やっぱり今日も寮にはいないみたい」
「どーせまた勘違いした女にでも絡まれてんじゃない?」
イリーシャ・プラノが不安げに呟き、その隣でレネ・コスタが鼻を鳴らす。
グラスレー寮のエントランスの一角に学園最強のパイロットチームが居並んだ。
「もしかしたら、まだ地球寮にいるのかもしれない」
「え?」
サビーナの言に一同が首を傾げる。アーシアンの吹き溜まり、弱小勢力地球寮。そんなところにわざわざシャディクが出向いたのは、そこにミオリネ・レンブランが居を構えていると知ればこそだが。
そんなところへ三日に亘って長居する理由が、彼女らには想像できなかった。
真っ先に反応を示したのはレネ。眉間に皺を寄せ、見るからに不機嫌になっていく。
「地球寮……ってことは、あの女がいるんじゃん」
言うや、レネが玄関口へ踵を返す。
「レネ、何処へ行く」
「決まってるっしょ」
「えぇ? 行くの? 地球寮」
「シャディクは端末の位置情報を切ってる。探しに行くしかない」
「そう、だね。いるかどうかだけでも確認した方が……」
現状、サビーナからの端末の呼び出しにも応じない。
足を使って探すしかない。サビーナはその結論に溜息を吐いた。
華やかなチームメンバーが揃い踏み、グラスレー寮を後にする。
そして実にあっさりとグラスレー寮長は見付かった。
「やあ君らも来ちゃったか!」
長髪をヘアゴムで纏め上げ、ヘアピンまでしたシャディクが、作業机に据えたディスプレイの向こうから晴れやかな笑顔でサビーナ達に手を振る。
目の下にはくっきりと隈が浮かんでいた。
「ヒャッハー! 労働力追加だー!」
「五名様ご案なーい!」
『ウェーイ!!』
「…………」
「なに? なに!? なにっ!?」
「う、うわぁ、どしたのこれ。地球寮、だけじゃなくジェタークの人達までいる」
「もしかしてシャディク、ずっとここでお手伝い?」
「……藪蛇」
エナオが虚空を見て呟く。
そこへリリッケとアリヤ、ティルが近寄って行き、新メンバーを伴なって行く。
「リリッケ・カドカ・リパティ!? そうよ! アタシあんたに用が」
「まあまあまあまあまずは席に着いてください概要説明しますから。あ、お茶淹れますね。紅茶に緑茶、コーヒー、スタミナドリンクもありますよ!」
「ちょっ、え? ちょっと!?」
「最後の追い込みは人海戦術よ! 残り22時間!」
「通信状況とアップロードの所要時間も考慮しておけ!」
「おい! ここやったの誰だ!? 音抜けてんぞ!?」
「画質補正間に合わないぃ!」
「素材の保存先ちゃんと分けとけよ! どこに行ったかわっかんねぇ!」
「フェルシーそこ誤字ってる」
「んあああまたぁ!?」
「あ……シーン26のデータ、き、消えちゃいました」
「スレッタァァァアアアアアア!!」
「ひぅっ!? だ、だだ大丈夫ですバックアップありますありますから!」
「心臓に悪いんだよ水星女ァ!!」
「シャディク、ヘアゴム余ってないか。さっき千切れた」
「俺が言うのもなんだけどグエルはもう少し毛量梳いた方がいいと思うよ。これで三度目だし」
徹夜続きで異様なテンションに支配された地球寮。ジェターク現寮長のラウダとその兄および寮生二人。そこに馴染み切っているシャディク。
何か異常な状況に巻き込まれている。グラスレーの少女達がようやくその事実に気が付いたのは、ご丁寧に用意された映像端末の前に座らされた時だった。
「はいじゃあ新入社員の皆さん、とりあえずこちらの映像チェックをお願いします。映像の不備、誤字脱字、音声の乱れ等見付け次第報告してくださーい」
「わかった。とりあえずチェックリストにしてそちらに回そう」
「サビーナサビーナ、切り替え早過ぎ」
「わ、私達、社員じゃ……」
「諦めた方がいい。多分もう逃げられない」
「リ、リリッケ・カドカ・リパティ! アタシはあんたに話があって」
「後で伺いますぅ~! さあさあどんどんチェックしてってくださいねさあ!」
各企業へ周知したPV解禁まで残り21時間58分。
地球寮は今日も修羅場だった。