水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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我ら共闘する者!荷馬車に揺れる想い

 

 

 

 これが嫉妬であることは理解している。

 “彼女”と共に在る彼女を。

 そこが、“彼女”の隣が、自分のものであるかのように。さも当然に、誰を差し置いても、揺るがぬ所有権によって保証されているかの如く、堂々と立ち振る舞う彼女を。

 突如、ミオリネを手に入れた水星からの来訪者。

 ミオリネの笑顔に触れる権利を得た彼女。

 シャディク・ゼネリは、スレッタ・マーキュリーを妬み嫉み、憎んでさえあった。

 その理由は言うまでもない。いや、口にするのも躊躇う。ずっと躊躇い、ひた隠しにしてきた。感情にあかせ、徹頭徹尾の私心私欲を露にするなど青年は自分自身に許さない。

 許されない。

 想い。

 

 望みを抱くことすら軽々に許されるような人生ではなかった。

 初めて少女と出会ったのは社交パーティーの会場。サリウスの伴を初めて任された日だ。よく覚えている。そこまで漕ぎ着けるのにどれほど労苦を重ねたか。

 養子としての顔見せ、そしてグループの重役達とのコネクションの構築、その手腕の試し。

 失敗すれば捨てられる。代わりの子供は他に幾らでも用立てられる。この世界は掃いて捨てられるほどの孤児で溢れ返っていた。

 極大の緊張を笑顔の仮面の下に押し込めて、愛想笑いを振り撒く子供。

 

「そうやって媚びへつらってて、楽しい?」

 

 少女は冷たく言った。いや、きっと悪意などなかった。少女はただ純粋な疑問を口にしたに過ぎない。

 パーティー会場を苦行か地獄のようにしか感じていない。ひたすらにつまらない場所、そこでひたすら楽しい楽しいと演じる自分が、彼女には理解不能だったのだ。

 無遠慮に仮面の下を覗き込む。無垢な少女の銀の瞳。

 あの綺麗な瞳を、少年は忘れなかった。

 忘れられなかった。

 

 

 

 

 

 誰かを(にく)む。こんな感情は青年にとって初めての経験だった。

 シャディク・ゼネリは人を憎まない。嫌いはしないし好みもしない。

 興味が無い。

 その存念、行動、出自一切慮外の事。他者という存在は青年にとって盤上を行き交う駒だ。一定のルールに従って動き回るだけのもの。それがなるべく自分の意に沿うものであるならそれで良し。そうでないならそうなるよう仕向ける。

 己の地位、権力、そして利潤を上げる為。

 打算、計算、そればかり上手くなっていった。また上達しなければ話にならなかった。生きる為には。

 生存を危ぶむものは排除する。それは敵であり、時には己自身すら。

 制御の困難な心などというものは、眠らせておくに限る。

 だのに。

 ミオリネ。

 彼女が関わった途端、青年の心は斯くも御し難く揺らぐ。

 

『闘うんです!』

 

 ガンダムを駆る少女。

 あの日、決闘の場に乱入したスレッタ・マーキュリーの言葉はミオリネを変えた。変えてしまった。

 

『一等大切な願いも、大切な誰かも、闘って守るんです。勝利は、進み続けた先に……掴み取らなきゃいけないんです!』

 

 なにを、馬鹿な。

 薄ら笑いの下、シャディクは奥歯を噛む。

 それは強者の論理。他者の追随を許さぬ強さに裏打ちされた迷いの無さ。

 それをまるで至上の理が如く声高に叫ぶ少女をシャディクは猜疑した。絵空事だと。現実を知らない愚か者の夢想であると。

 闘いなど所詮相互理解を捨てた獣が執る最後の手段。思考の放棄だ。

 それで何が掴める。相手を挫くことで自己の望みを達成するだけの話ではないか。

 それの何を尊べる。

 一定の条件を提示し、妥協点を模索し、彼我双方の利益を上げる。これに勝る解決などあろうか。

 シャディク・ゼネリはそうする。ウィンウィンの関係を構築し、公明正大なソリューションの実現によって闘争などという愚かな行為から人類を解放する。

 それが正しい。

 正しい筈じゃないのか。

 だから、ミオリネもそうなればいい。

 救われればいい。

 俺の手で、救われてくれ。

 

 だのに、どうしてだ。

 君が手を取ったのは。

 

 あの日、初めて出会ったあの時、青年にはその力がなかった。

 ある日、温室で自身の境遇に怒る少女。彼女を救う為の一歩を、そこに踏み入る勇気を持てなかった。

 今日この日、この時、青年はようやく気付く。

 お為ごかしの理屈も、相互理解だの闘争の愚だの、全ては欺瞞に過ぎない。自己正当化。己の密かな願望を、理性に則った現実の、正当なるものであるかのように化粧を施しただけだ。

 

 愚直なまでの強靭(つよ)さで、迷いを踏み潰して拳を固めるスレッタ・マーキュリー。

 武人として、心のままに振舞う少女を。

 花婿として、花嫁を全霊で守ると誓う、誓ってのける闘士を。

 そう在ることのできる者を、そう在ることのできない自分を。

 

 シャディク・ゼネリは憎悪する。

 

 

 

 

 

 

 

 地球寮二階の、急拵えの簡易事務所。テーブルを挟んで向かい合うシャディクとミオリネ。

 ミオリネは目を細めて、青年の微笑を睨んだ。

 

「決闘嫌いのあんたから申し出てくるなんて、どういう風の吹き回し」

「嫌いじゃあないよ。ショーとしての決闘は。ただ、自分でやろうと思うほど興味がなかったってだけで」

「じゃあなんで今更」

「今更、か……キミの所為かな、水星ちゃん」

「へ? わた、私、ですか?」

 

 テーブルから降りたスレッタがきょとんと目を瞬く。

 サビーナの無表情が微かに反応した。

 

「キミが学園を訪れてから、目まぐるしく状況は変わっていった。特に、ミオリネが。他人の為にGUND技術を使った会社まで立ち上げるなんて、昔のミオリネなら考えられなかった。明らかに水星ちゃんの影響だ」

「別に、こいつを守るのは私自身の為でもあるわ」

「何もかも捨てて学園から、父親から逃れようとしていたミオリネが、結果として今、その逃げ去る筈だったものに向き合っている。それも自分の為なのかい」

「ただ逃げるだけじゃ負けを認めるみたいで癪だしね。どうせなら闘ってやろうと思っただけよ」

「闘う、か」

 

 シャディクは笑う。

 花婿に、確実に染まっていく花嫁の姿に。

 

「水星ちゃん、キミはなかなか罪作りだね。キミの強さに魅せられた者は、否応なく闘争を選んでしまう。元々ホルダーだったグエルはともかく、エランや地球寮の彼ら、そしてミオリネまで。はっきり言わせてもらうと、キミの思想や振る舞いは危険だ」

「ちょっと、私は自分で」

「選んだ気になってるだけだ、ミオリネ。俺としては、この決闘で目を覚まさせたいのさ。闘争の愚かしさってやつを」

「闘うことは、愚かなんかじゃない、です」

 

 声を見やったシャディクの視線にスレッタのそれがぶつかる。大剣のように鋭く、力強い。

 鈍い光。何千何万と金槌に打たれ鍛え鍛え抜かれた者の闘気。

 

「ミオリネさんは、自分で決めて、私と約束してくれました。花婿に選んでくれて、最初はびっくりしましたけど、それが心底真剣な、本気の想いだって伝わったから、私も応えたいって思いました」

「決闘で花婿を決める、か。この制度を心底を嫌っていたのはミオリネの筈なんだけどな」

「……」

「でも、ミオリネさんは進みましたよ。その一歩を踏み出して、闘うことを選びました。我が身を痛める覚悟で挑んでる。そんなミオリネさんだから、私も、一緒にって」

「キミの闘志に引き摺られたんだ。彼女の意志じゃない。キミでは彼女を救うどころかただ傷付けるだけだ」

「私はミオリネさんを救ったりしません!」

 

 スレッタは断ずる。

 シャディクは一瞬言葉を失くした。何を意味不明な、と。

 

「私はミオリネさんを守ります。でも、ミオリネさんも私を守ってくれます! 私もミオリネさんも、互いの保護者でもなければお世話係でもありません。私達は、共闘する者です!」

「────」

「シャディク、あんたの要求は理解した。株式会社ガンダムの権利一切、そしてグループの花嫁(トロフィー)。あんたが、一つの決断をしたんだってこと」

 

 今や微笑を崩して顔を歪ませるシャディクを、逆にミオリネはひどく穏やかな面差しで見返した。

 好意すら、滲ませて。

 

「決闘、受けて立つわ。私とスレッタで、闘ってあげる」

「……ああ、そうかい」

 

 両者は親しげに約束を交わす。旧い友人同士のように。

 シャディクにはそれが嬉しかった。そして途方もなく、悲しかった。

 

 

 

 

 会談を終えた四人が共用リビングへ下りてみると、そこは実に混沌としていた。

 

「もー飲めねー……」

「おぉい誰か灯り消してくれよぉ眩しいよぉ」

「い、いええええい……」

「かー」

「兄さん……兄さぁん……痩せたね兄さん……もっと食べなきゃ兄さん……料理なら、任せ……」

「わ、皆寝ちゃってる」

 

 床に転がるオジェロとヌーノ、制服のスカーフを頭に巻いて大の字に寝転ぶマルタン。

 ティルは膝を抱えてもそもそとポッキーを齧っている。

 チュチュはソファーの背もたれにぐったりと身を預け、顎を天井に向けている。

 抱えたボトルに頬擦りしながらラウダは安らかな寝顔を晒す。

 

「……話は着いたようだな」

「カッコつけたいならその鼻眼鏡とパーティー帽外しなさいよ」

「駄目だ……今夜一杯外すことは禁止されている」

「あんたの取り巻き二人大爆笑だけどいいの?」

 

 床で腹を抱えて笑い転げるフェルシーとペトラを一瞥して、ミオリネは憐れみの目でグエルを見た。

 赤い印の付いた棒切れをシャディクが拾い上げる。

 

「あぁ王様ゲームってやつか。また古い遊びを」

「言っておくがこれを持ち出したのはお前のところのレネ・コスタだ」

「ごめん」

 

 グエルを見ないようにしながらシャディクは丁重に頭を垂れて謝罪した。

 

「さあ起きろ。全員グラスレーに帰るぞ」

 

 ローテーブルを挟んだソファーには、しな垂れるようにしてレネ、イリーシャ、メイジーが寝息を立てている。

 サビーナの声に三人は起きる様子が無い。ただ一人エナオだけが、目を擦りながら緩慢に身を起こした。

 その時、廊下の奥からニカとリリッケ、アリヤが現れた。三人は腕にそれぞれ毛布を抱えている。

 

「あ、お帰りですか? 無理せず泊まっていってくださっても」

「お気遣いありがとう。だが、流石にこれ以上長居する訳にはいかないよ」

「本来他寮同士が、こうも明け透けに付き合いを持つべきではないのだ」

 

 各社ごとに寮を区分けするのは企業間の競争という名目あってのこと。

 

「俺もうっかりしていた。こういうことはもう二度とないよう気を付ける……」

 

 シャディクの流し目が一瞬、ニカを捉えた。

 少女の顔色に変化は見られない。少なくとも、表面的には。

 

「レネ、イリーシャ、メイジー。いい加減にしろ……!」

「仕方ない。寮から車を回そう」

 

 むずがるばかりで目を覚ましそうもない三人に、サビーナがやや声を荒げる。

 端末片手にそれを見やって、シャディクも困り顔を見せた。

 

「あ、あの。よかったら私、車で送ります」

 

 おずおずとスレッタが手を挙げた。

 

「本当かい、水星ちゃん。そうしてもらえると正直有り難い。俺がキミみたいな力持ちなら三人くらい抱えて行けたんだけど」

 

 他愛もない軽口を口ずさめる程度に、シャディクも普段の調子を取り戻していた。

 サビーナが愛想笑いを浮かべ、目礼する。

 

「い、いえいえいえ! お仕事、手伝ってもらったから、これくらい、と、当然っていうか……! こ、こっちです」

 

 シャディクがメイジーを背負い、サビーナとエナオがイリーシャに肩を貸す。

 スレッタはレネを抱え上げて、リビングから裏口へ向かった。

 そんな彼女らの背中を見送りながら、ニカ達は顔を見合わせる。

 

「……うちに車輌なんてあったっけ?」

「前にレンタルした搬送用トレーラーのことかな。あれはもう返却してしまったが」

「あとは、小型の部品を運ぶ荷車くらいしかない筈ですよね……?」

「……あ」

 

 不意にミオリネはそれを察して、心底シャディクを憐れんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「~♪」

 

 フロント73区。学生寮区を縦断する大通りに軽快な蹄の音が響く。

 黒い馬体が荷馬車を牽く。

 疑問を呈する暇もなく、シャディクにサビーナ、エナオ、メイジー、イリーシャ、レネは気付けば一頭立ての荷台に積み込まれていた。

 手綱を引くスレッタは上機嫌である。

 

「同級生と馬車(くるま)に乗ってドライブ。やりたいことリスト、また埋まっちゃいました!」

「なるほど、駆る(ドライブ)って訳だ。こいつは一本取られたなぁ! あははははははははは」

「シャディク」

「ごめん」

 

 サビーナの鋭い声にシャディクの渇いた笑声が途切れる。

 

「ドナドナド~ナ~ド~ナ~♪」

「水星ちゃん実は俺らのこと嫌い?」

 

 仔牛のように馬車に揺られ、シャディク達は無事にグラスレー寮まで送り届けられた。

 なおこの夜、学園においてアイドル的人気を博するグラスレーの少女達が荷馬車に乗せられドナドナされていたという真偽定かならない噂がファンの間で広まったとか広まらなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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