水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
刻々と迫るグラスレーとの決闘の日。
六対六の集団戦。
これに際し、地球寮には根本的な問題があった。
「そ、そんな数のモビルスーツ、うちには無いよ!?」
「ペイル社のMS開発責任者の人、ベルメリアさんに掛け合う。ファラクトでも他の量産型でもどうにでもしてかっぱらうわ」
(借りる、ですらないんだ)
(最近言動が盗賊染みて来たよな)
しかし当然ながら、モビルスーツにはパイロットが必要だ。完全自律稼働の無人MSなどというものが到底手に入らない以上。
「頭数は居るじゃない、
「嫌な予感はしてたよ……」
「チュチュはともかく俺らもか!?」
「無理無理無理! 無理に決まってるだるぉ!?」
「スレッタ、チュチュ、リリッケは確定としてあと三枠」
マルタンの死に物狂いの抗議を華麗に無視して優美な所作でミオリネは指折り勘定を巡らせる。
そこへ厩舎からスレッタが駆け込んで来た。
「姉弟子が手伝ってもいいって! 言ってくれてます!」
「よし。なら風雲再起も加えて、残り二枠だけど」
「馬が当然のように戦力扱いなのな……いや枠が減る分には構わねぇけどよ」
「実際並のパイロットじゃ相手になんねぇしな。あの怪物」
「モビルホースの性能は確かに規格外なんだけど……」
「そもそも風雲再起さんが常識外ですからねー」
「いっそ生身でモビルスーツ倒せたりしないのかな」
「流石にそれは…………それは……どうなんだろう」
「? でき」
「いい! ごめん! 言わなくていいからスレッタ! 聞きたくない!」
マルタン他多数は事も無げに口を開き掛けたスレッタを制して耳を塞いだ。現実と物理法則の揺らぎを覚えたがゆえの心の防衛機制であった。
ミオリネは記憶の蓋が開かぬようなるべく遠くを見詰めた。
「……ま、一人当てがなくもないけど」
「いるな。一人」
「生贄が」
「そういえば今日は来てませんね」
「この時間ならテントの方にいるんじゃないか?」
全員が同じ人物を思い浮かべている。半ば確定事項の様相で。
とはいえ、この場では最も常識を弁えたマルタンが一応の待ったを掛けた。
「いや、いやまあそりゃね、ここんとこは僕らに付き合って……というか巻き込まれていろいろ手伝ってくれてるけど、本来は他寮の、しかも寮長だからね」
「元な。元」
「それに関しても誰の所為かっつうとスレッタの所為だよな」
「自業自得よ」
ミオリネは冷たく吐き捨てる。
「業ついでに、あいつの弱みに付け込ませてもらおうじゃない。スレッタを出汁にすれば否も応もないでしょ」
「ひでぇ」
「悪魔だ」
「のわりに、こいつがグラスレーの奴にちょぉっと粉掛けられただけでキレ散らかしてたじゃねぇかてめぇ」
チュチュに親指で差され、気不味そうにスレッタが目を瞬く。
ミオリネはあっけらかんとして肩を竦めた。
「別に、ちょっかい掛けてくるっていうならまだしも、勝手に熱上げる分にはどうでもいいわ。今更どうしようが……こいつは私のだし」
『おぉ』
「所有物宣言だ」
「大胆です!」
「よく恥ずかしげもなく言えるよな」
「流石王様の家系」
「ミオリネさん、耳真っ赤です……あ痛っ」
「見るな」
スレッタの額を指で弾いてミオリネはそっぽを向いた。
地球寮を出たスレッタとミオリネはその足でグエルの野営地へ向かった。
「……」
スレッタの心境は複雑だった。
自業自得……ミオリネの言は辛辣だが、確かに事実でもある。
決闘、いやさ闘いとは須らく覚悟の上。己と対手、それぞれの矜持と意地のぶつかり合い。その末に齎される何もかもを受け止めねばならない。痛みも、喪失も、勝利すら重責と表裏一体。
『我が身を痛めぬ勝利に何の意味がある? ワシはそれを拳によって問い続けてきた。そして闘いとは……やはりどうしたとて苛烈なものなのだ、スレッタ』
師の言葉が頭を過る。厳格な面相の奥に深い苦悩を滲ませて。
グエル・ジェタークは一人の闘士としてスレッタ・マーキュリーと雌雄を決し、敗北を呑んだ。スレッタは断じてその覚悟を穢したくはない。
しかし、その敗北が彼の人生を左右し、果てに行き場を奪い去ってしまったならば────。
スレッタは重く、その現実を受け止める。
「……」
「なにしょぼくれた顔してんのよ。全部納得尽くで勝負したんでしょ、あんた達は。決闘で負ければ面子も立場も失う。なにもおかしくないし、あいつのあれは当然の結果」
「ミオリネさん……」
「あんたは勝者よ。胸を張って堂々としなさい」
先を行くミオリネが不意にスレッタを振り返る。
「それともまさか、敗者に同情、なんてみっともない真似してないでしょうね。それは侮辱よ。グエルだけじゃない。あの決闘に関わった全ての人間への、ね……とかなんとか、恥ずかしいこと言って欲しいの?」
「い、いえ! …………はい、そうです。言って欲しかった、です。ミオリネさんに」
ミオリネの静かな銀瞳をスレッタは眩しそうに見返す。
「私は、やっぱりまだまだ未熟者です。あんなに全力で拳を交えたのに……グエル先輩の覚悟を、魂を伝えられた筈なのに。心の何処かで尻込みしてた。こんなの、また師匠に怒られちゃうな……」
「……」
「ありがとう、ミオリネさん。叱ってくれて」
「旦那が不甲斐ないこと言い出すなら尻叩くくらいはするわよ。花嫁だしね」
「えへへ」
「……ふふ」
スレッタははにかんで頬を掻いた。
ミオリネは綻ぶ顔を隠すように先を歩いた。
その時。
「?」
スレッタのポケットで端末が震える。
着信。
取り出したその画面を見て、一瞬、スレッタは呼吸を忘れた。
「スレッタ?」
硬直するスレッタの気配。ミオリネは怪訝にスレッタの顔を覗き込む。初めて見る、色。こんな表情。
ミオリネに応えもせず、スレッタは呆然と呟いた。
「お母、さん……?」
『グエル! お前は自分の立場を解ってるのか!?』
耳をつんざくその怒声にグエルは努めて穏やかに答えた。
それは何も反骨心を募らせて冷静を装っている訳ではなかった。
ただ決然と。
「忘れたことはありません。お前はその為に生まれたんだと、ずっと教えられてきましたから」
『ならば何故この私に逆らい続ける!? 子供の駄々で私の計画を水の泡にする気か!? えぇ!?』
「父さんの計画を邪魔する気はない。だが、俺はもう、それを手伝うことはできない」
『な、に』
「……やりたいことを見付けたんです。なんとしても目指したい、追い付きたい。パイロットとして、ファイターとして」
『訳のわからんこと……!!』
グエルからすれば、自分の夢は以前も今も変わっていない。スレッタ・マーキュリーとの出会いはグエル・ジェタークの有り様を一変させたが、青年の目指すものは何一つ変わらず、むしろより一層強く、明確に道は指し示されていった。
ドミニコス隊のエースパイロット。
いや、最強のパイロットになる。なってみせる。
そして、誰よりも強い男になった時、初めてグエルは胸を張れる。
スレッタ・マーキュリー。
なにより今、この端末の向こう側にいる人に。
『くだらん!』
「……」
『やりたいことだと!? そんなものお前に許す筈なかろうが! お前はジェタークの跡取りだ! それ以外の道に価値などない! ……お前は退学させる。俺の下で徹底的に仕込んで、その馬鹿な考えを修正してやる。これは決定事項だ。口答えするなよ! 黙って従え愚か者め』
言葉通りにグエルの返答など一聴だにされず、通話は一方的に切られた。
端末の暗転した画面を見下ろす。父親の怒りに、やはりグエルは反発する気にはなれなかった。ジェターク社、一組織の長として、ヴィム・ジェタークは正しい。個人の感情を優先してすべきことから逃げ回る自分は紛れもない卑怯者だった。
父の怒りを理解する。理解していながら、それでも。
「……すみません、父さん」
不孝な息子で、ごめんなさい。