水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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宣誓せよ!開戦の合図

 

 

「双方、魂の代償を天秤(リーブラ)に」

 

 エラン・ケレスの無機質な声が決闘委員会ラウンジに響く。

 決定事項の羅列にはなるほど、意気を詰める理由もない。

 気負いを以て臨む者はその実、この空間には一人しかいなかった。そしてそれは、スレッタではない。

 

「決闘者はグエル・ジェタークとスレッタ・マーキュリー。一対一の個人戦を採用。異論はないか」

「ああ」

「ありま、せん」

 

 グエルは、努めて端的に。

 スレッタは相変わらずの調子で。

 そうして宣誓の儀はしめやかに始まった。

 

 

 カリキュラムを終え、ミオリネの菜園で作業を手伝っていたスレッタの前に、決闘委員会メンバーであるエランが姿を見せた。

 わざわざ主要面子が足労しての直々の呼び出し。ミオリネの奨めもあって面通しも兼ねた召集に応じ、スレッタはこの場に参じている。

 しかし、来たのはよいもののスレッタは今一つこの状況をよく解っていない。あるいはそう、その必要性すら。

 

「スレッタ・マーキュリー。君はこの決闘に何を賭ける?」

「賭け、って?」

「決闘は双方の合意の下に、何かを賭けて競うのさ。名誉、金、権利に、女とか」

 

 浅黒い長髪の男、シャディクは自他共に認める軽薄な態で笑った。

 納得できたとは言い難いこの制度。スレッタは一瞬、あの独房へ思いを馳せた。ミオリネがもたらした自分達の身の安全の条件、なによりのっぴきならない家族(エアリアル)の処遇。

 納得は、やはりできない。けれど、逃げるなどという選択肢だけはスレッタの中になかった。

 闘い、決する。拳を握り、ぶつけ合うことで伝わる意志はある。悲しいから、虚しいからと、諦めたくはない。

 スレッタ・マーキュリーの中には異なる二つの信念が同居する。母の教え、そして師の訓戒が。

 しかし、変わらない。この身に後退の二字はない。そんなもの踏み越えて、進み続ける。

 

「進めば二つ……東方は赤く……」

「は?」

「変わり、ない、です。ミオリネさんに、ちゃんと謝ってください」

 

 スレッタの目が真っ直ぐにグエルを射貫く。その瞬間、少女にはもはや怯えの一欠片とてない。屈強なる闘士が一人、檀上に屹立した。

 幾人かはその変貌を気取る。間近にしたエラン、対するグエル、そしてシャディク。

 セセリアは、引き絞られる弓の弦めいて緊張を増していく空気にただ怪訝な顔をした。ロウジはそもそも遣り取りを見ておらず、声が途切れたことに気付いてようやく端末から顔を上げた。

 

「……いいだろう。俺の条件も前と同じでいい」

「“賽は投げられた”、決闘を承認する」

 

 両の手を打つ乾いた音がラウンジに響き渡った。アスティカシア学園決闘委員会における決闘の公的承認、その作法である。

 が、スレッタはやはりどうにも今一つそれを理解していなかった。

 常在戦場を心の旨として教え込まれた少女にすれば、その柏手は謂わば、開戦の合図(レディー・ゴー)に等しい。

 

「じゃ、やりましょう!」

「あ?」

「ハイィ!」

 

 半歩踏み込む。それは重心をそのまま前進し、やや下降させるような運び。直立から中段へ、縦に構えた拳が突き込まれる。

 縦拳。さる旧地球内国家にて伝わるスタンダードなこの技の名は“崩拳”。

 過たず、拳は無防備に相対するグエルの身体中心部、水月へ。

 吸い込まれ────

 

「待った!」

「!」

「う、お……!?」

 

 ぴたりと止まる。

 薄紙一枚分の距離。グエルの胸骨、そしてスレッタの拳。触れるか触れぬか、その瀬戸際である。

 待ったを掛けたのは決闘委員会の長シャディク。裂帛の喝から一転、彼は苦笑した。そんなものを発した自分を揶揄い笑うように。努めて、軽薄に笑う。

 

「水星ちゃん。この学園の決闘っていうのは全てモビルスーツを使って行うものなんだ。生身の暴力は基本NG」

「え!? そ、そうだった、んですか。私、どっちでも、いいのかなって。ご、ごめんなさい!」

「いやいや、謝らないで。でもそうか、そういえばその辺りのことをきちんと説明してなかったね。こっちこそごめんよ。はは、盲点ってやつだ」

「いや、普通言わなくてもわかるっしょ……」

 

 朗らかに自戒するシャディクへ、セセリアは引き気味にぼやく。

 スレッタは構えを解き、グエルから離れた。

 そうして拳の間合から解放されたグエルが、ようやく自発呼吸を取り戻す。自分が呼吸を止めていたことに今の今までグエル自身気付いていなかった。

 額から頬を、顎を汗が伝い落ちる。もし、あのまま拳を喰らっていたなら。その想像は青年の背骨を震撼した。想像を絶しない。容易く理解できることが、なによりも。

 

「……ぷっ、グエル先輩ちょっとビビり過ぎでしょ。女の子に殴られそうになったくらいでさ」

「っ! うるせぇぞセセリア……」

「やっぱ前回の敗けが響いてんですかね。完膚なくっていうの? 恐怖心とか植え付けられるもんなんですか? 私敗けたことないんで、わかんないんですけど」

「なら俺が、その初敗北を教えてやろうか」

「やれるもんならどぞー? 市場価値底値さん♪」

「セセリアァ!!」

「グエル・ジェタークさん!!」

 

 またしても一喝。空気が吹き払われる。

 呼ばわりにグエルが顔を向ければそこに立つのは、スレッタ。

 やはりそこには、その瞳には、怯え一滴含まれず。燃えるような闘志が滲むばかり。

 それがグエルの目を焼くのだ。だのに目を離すことができない。できなくなる。

 

「今、あなたの相手はこの私です。雑音に気を散らさないでください!」

「ざ、雑音……」

「ヒュ~♪ 言うねぇ」

 

 セセリアが呻き、シャディクが口笛を吹く。

 外野の茶々などもはや聞こえない。グエルとスレッタは互いに敵手を睨み合った。

 

「あなたは、正直、その、嫌な、人です。ミオリネさんを景品扱いするし、ミオリネさんの菜園、めちゃくちゃにするし……でも、その挑む目は、闘おうとする意志は本物、だと思いました」

「……生意気なんだよ、水星出の田舎娘が。今度は前のようには行かせねぇ。必ず叩き潰してやる」

「望むところ、です!」

「はっ」

 

 スレッタは自身の胸の前に拳を握る。

 グエルは獰猛に笑った。熱い戦気を吹いて。

 

 

 

 

 

 

 エレベーターに消えていった決闘者二人を決闘委員会のメンバーが見送る。

 

「前の決闘の時から思ってたけど、やっぱ変人だわ。あの水星の子。辺境出身って皆ああなんですかね」

「……ふぅ、命拾いしたね」

「火器を使用しても、少なくとも僕らには制圧は不可能だろう」

「は? なに言ってんの二人とも」

 

 シャディクとエランの呟きに、セセリアは意味不明と首を傾げた。

 

「この場の全員、女の子一人止められないって情けない話さ」

「はぁ? え、あの子のこと言ってます?」

「そう、辺境出身の、変人の、あの子」

 

 シャディクはラウンジの中央、決闘承認の場へ進み出て、そこに屈み込む。

 今の今まで一人の少女が佇んでいた場所、床の表面に指を這わせた。足跡だ。大理石を模した合成樹脂材の床面が、小さな足の形に粉砕されていた。

 シャディクは見た。スレッタの震脚がこれを為した瞬間を。

 エランは密やかに、口中で独り言ちる。

 

「……強化された人間の動き。いや、鍛錬された人間の……スレッタ・マーキュリー。君は一体、何なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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