水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
────誰もが貴方達のように
脳裏を過る。母プロスペラの言葉。
自分は確かに多少、強くなった。少なくとも、エアリアルの胸の中で泣いていたあの頃よりも。
師匠が自分を見付けてくれた。
弱虫な私を、泣きじゃくるばかりだった私を、優しいと言ってくれた。そして優しさを強さに変えて、真のガンダムファイターになれると。そう言ってくれた。
なれたのだろうか。ほんの少しだけでも、近付けたろうか。
流派東方不敗の名の下に、この宇宙に王者の風を吹かせ、天下万民平らかと為す。
……とてもじゃないが自分の手はそんなところに届いていない。
師匠の背中は遥か遠く、鍛錬を重ねるほどその大きな隔たりを思い知る。
未熟。スレッタ・マーキュリーは未だ道半ば。
それでも、せめて。
どうかせめて。
この手の届く間合の内の、大切な人達を、掛け替えのない出会いを、絆を、守りたいと思う。
ミオリネさん、地球寮の皆、エランさん、グエル先輩。
お母さん。
────弱い人間は
強くなるよ。私が、皆を守れるくらいに強くなるから。
絶対に守る。この拳で、この技で、守ってあげる。
全身全霊で。
どんなことをしてでも。
きっと、きっと。
────気を付けてね
私が守るから。
それは地中を蛇のように這い回り接近する。変則的な軌道でスレッタの目を攪乱する
果たして地面を突き破り、ミカエリスの右腕が、有線式戦術複合兵装ビームブレイサーの三爪が裂き割れる。
瞬く砲火。
ビーム光がエアリアルの頭部を────横切る。
スレッタは躱した。その射線を見切り、首を僅かに傾けて、熱線を逃れた。
『猪口才な!』
スレッタが宙空でワイヤーロープを掴む。
さらにもう一方の手でもそれを握り、下半身の踏ん張りと共に全身で思い切り引き上げた。
ワイヤーが地面を切り裂きながら走る。
そうして大魚が一本釣りにされるように、瓦礫のオブジェクトを砕きながらラベンダー色の機体が、ミカエリスが地上にその姿を晒した。
『この間合なら……!』
地下から潜行しての奇襲を見破った。敵機が単独で肉薄する今こそ好機。
機体各部からガンビットがパージし、エアリアルの周囲を舞い踊る。ビット一基一基のエネルギーラインが直結することで、パーメット流量とスレッタ達の闘気は遂に極限へ至る。
『私のこの手が────』
『今だ』
冷ややかに、青年の声が接触回線から響いた。
その瞬間、ベギルペンデ達が装備する十字架形の大型シールドが変形する。さらにバックパックから伸びた補助ジェネレータまでも開放され、それらは球形に光を放った。
空間を満たすように、あるいは閉じるように。
そして光流はエアリアルが掴むワイヤロープの先端、その背後、至近距離に位置するミカエリスのビームブレイサーからも容赦なく発生する。
光が奔る。
煌めく粒子が装甲を撫で付けていく。
途端、縦横無尽に飛翔していたエアリアルのガンビットは、その尽くが力無く堕した。パーメットの光を失い、墓標めいて次々と地面に突き刺さる。
『流石ファイター。でもね』
『────ぐ、あっ!?』
握り込んだワイヤーロープに紫電が走った。
それは指を伝い、腕を伝い、機体全身へ、果てはコクピット内を駆け巡る。
スレッタのファイティングスーツに組み込まれた膨大な電子回路が血管のように浮き上がり、スーツは見る間に赤黒く染まる。
『ぐっ、あぁあああぁああああッッ!?』
『スレッタ!?』
スレッタの絶叫が試験区域全土に、管制室にまで響き渡った。
「おい、おいおいおいやべぇぞ! なんか、これ、やべぇって!」
「スレッタ!? スレッタ! 返事しなさい! っ、なにが起こってるの!?」
「わからない……! 出力がどんどん落ちてく!?」
「まさか、トレースシステムに直接ダメージを与えてる!? 機体全身の回路が、経絡が無理矢理千切られて……っ!?」
モニター上でエアリアルが膝から頽れる。白い手足の関節が軋み、瘧のように痙攣している。
あまりにも有機的に、生き物のようにモビルスーツが苦悶する。
ニカはその姿に怖気を以て得心した。
「あぁそっか……痛覚だけ、生きてるんだ……!」
「なによ、それ」
超人の格闘能力を余すところなく発揮させる驚異の再現性。完全なる人機一体を可能にするモビルトレースシステム。
『まさか痛みまでとは……恐れ入る』
ミカエリスの左腕に装着された小盾からビームの刃が伸びる。
『シャディク! 急いで!』
『スレッタ先輩!』
『あんたの相手は私だリリッケェッ!』
『絶対、行かせ、ない……!』
ベギルペンデ三機が風雲再起の首に、脚に、胴体に取り縋り、スラスターの強噴射によって進行を阻む。
ビームショットガン。
推進装置付きワイヤーアンカー。
磁気ネットランチャー。
増設の脚部ミサイルポッド。
グラスレー・ディフェンス・システムズの誇る巧緻な一点物の機体にあるまじき節操無しの重装備。全ての弾薬と増槽推進剤を使い尽くした果てに、トリモチの連射を思いの外嫌がった風雲再起を少女らはようやく捕えることに成功したのだ。
『……』
風雲再起は眼下で苦しみ藻掻く妹弟子を見やり、その黒曜のような目を細める。
自身に纏わり付く敵機を鬱陶しそうに揺すり、振り回し、攪拌しながら、微かに。
微かな予感に、馬体の皮膚が粟立つ。騒めく。
それはまるで、凪いだ浜辺で大津波の到来を待つが如き心境。
騎上から飛び立とうとスラスターを噴かせるリリッケのザウォート。しかしその脚部を、死に物狂いでレネ機のマニピュレータが掴む。
『くっ、一機逃がした!』
既にティルが離脱に成功していた。
両腕部の三連装ビームガンをミカエリスへ差し向け────しかし撃てない。
『っ、ダメだ……!』
この角度。射線上にはミカエリスだけではなくエアリアルがいる。
ティルは瞬時に射撃を諦め、スラスターを全開に噴射。
吶喊する。
ミカエリスの背中へ、肩口からの体当たり。
敵機が。
振り返る。
『な』
『邪魔だ』
ミカエリスは振り返り様に左腕を振るい、ザウォートの首を切断した。
最大速力のままにメインカメラを失った機体が制御を失い、地面を跳ねた。エアリアルの頭上を飛び越え、転がっていく。明らかにショックアブゾーバーの許容を超えた、それは墜落だった。
『あ、がぁ……ッッ!! ティル、さん……!!』
『スレッタ・マーキュリー!』
グエル機は素早かった。
前方に立ち塞がるイリーシャのベギルペンデの右腕と首を一息に斬り断つ。
だがイリーシャもまた執念を見せた。
瞬時に盾を捨て、残された左腕でザウォートを抱き込む。気を逸らせ、背中を見せたグエルの失策だった。
さらに。
『サビーナ!』
イリーシャが呼び掛けるよりも早く、サビーナは銃爪を引いていた。ビームライフルの一射は、イリーシャ機の左半身と共にグエル機の背部スラスターを焼き切った。
『クソッ!!』
大破したベギルペンデを抱えて胴体着地。その衝撃でビームランスを手放してしまう。
倒壊したビルの狭間にからからと虚しく槍の柄が落ちていく。
チュチュがその隙に乗じる。
トマホーク片手にデミトレーナーカスタムがビルの鏡面を滑走して、一路エアリアルの元へ。
『おぉっ!?』
デミトレーナーが急制動し、コクピットではチュチュの身体がコンソールにつんのめった。
ワイヤーアンカー。機体の左肩から腕に、ご丁寧に小型の推進装置でぐるぐると巻き付いていく。
『露払いが私の仕事だ』
『うぅぅうっぜぇぇえええええ!! 放せよ畜生が!!』
『水星ちゃん。キミは強い。本当に強い。妬ましいほど真っ直ぐに、迷いなく、その強さであらゆる障害を打ち破ってしまう。キミは間違いなくこの学園最強のパイロットだ。でもね』
穏やかに語り掛けながら、シャディクのミカエリスは踏み込みつつスラスターを瞬間的に発破。
一切の油断なくエアリアルとの間合を詰める。
『それは所詮キミだけの強さだ。キミだけで完結した力だ。個人の武力は集団の暴力に、組織の権力には絶対に敵わない。俺はそれをよく知っている。嫌と言うほど。だから……キミにミオリネは守れない』
ミカエリスが左腕を振り下ろす。ビームレイピアが狙うは頭部。ブレードアンテナはおろか、メインカメラにして膨大なセンサーの凝集物たるそれを破壊し、完膚なきまでの敗北を与える為に。
『づっ、あああああああッ!!』
スレッタは咆哮を上げて左の拳を突き出す。
光の刃に貫かれながら、エアリアルの打撃はミカエリスの左腕を正面から圧し潰した。
『っ! まだここまで動けるのか……!?』
エアリアル、ミカエリスの左前腕がそれぞれ爆散する。しかし被ったダメージの大きさは比べようもない。
『あぁだが、これで終わりだ。神経をズタズタにされて、左手は切り裂かれた。途方もない激痛だろう。意識を保っているのがやっとの筈だ』
『か、はッッ……!!』
『今楽にしてあげよう。だからどうか、キミも諦めてくれ、花嫁を。現実を理解してくれ……ミオリネを守れるのは』
ワイヤーを巻き取り、複合兵装たる右腕ビームブレイサーが主の下へ帰還する。
『俺だけだ!』
『シャディク、回避を!』
『な!?』
『おぉらぁぁあああああ!!』
黒々とした肉厚のトマホークが振り落とされる。
それを紙一重、肩部装甲を掠めながらに回避。
サビーナの警告があと一瞬遅ければ、ミカエリスの頭部は唐竹に割られていただろう。
斧の刃が地面を穿つ。舞い上がる噴煙と塵埃の向こう、武骨なデミのモノアイがミカエリスを睨んだ。
この期に及んでなお眼前に立ち塞がる隻腕の歪なモビルスーツをシャディクは睨み返した。
『自分の腕を切り落としたか……!』
『地球寮ォ、嘗めんなぁ!!』
下段から斬り上げる。裂帛の気合。乾坤一擲の一撃。
それを、事も無げにミカエリスの三爪が掴み取る。
頭部を握り潰し、力任せに振り回し、地面に叩き伏せた。
戦斧がデミトレーナーの手を放れ、奈辺に消える。
『うぁああっ!?』
『チュチュ……先輩……!』
『まだ、まだぁ!』
がむしゃらに藻掻き足掻く。チュチュの、デミの手が敵機へと伸びたその時。
『少し、しつこいな』
『チュチュせんぱ────』
ミカエリスの脚部アイゼンがデミトレーナーの胴体を踏み付けた。
通信が途絶する。威勢の良いチュチュの声が、今までスレッタが確かに感じていた少女の気配が、泡のように消える。
消える。
『────』
私が守る。
掛け替えのない人々を。
守るって、誓った。
「なら進まなきゃ」
全身を引き裂くような激痛。血が砂に、骨が鉛に変わったかのような重圧。
苦痛という苦痛の洪水に飲まれ、揉まれ、苛まれる
「進み続けるのよ、スレッタ。もうなにも失くさないように、ね?」
優しい母の声がした。
『よくも』
光り輝く装甲。
赤く見開くカメラアイ。
『よくもティルさんを、チュチュ先輩を……!!』
熱気が満ちる。闘気が迸る。
怒りが、スレッタの肉の、エアリアルの機械の心臓を燃やす。
胸部のシェルユニットに赤いパーメットが走る。毛細血管に血潮と活力が漲っていく。
発散される光には物理的圧力と衝撃波を伴なった。それは直近の、ミカエリスの体を押し退けるほどの強さで。
吹き荒れる。
『な、なんだ……!? これは────』
遠ざかるガンダム・エアリアル。その時、シャディクは見た。
特徴的な複眼の両目。幼気とさえ表現できる面差し、その
白いガードがスライドし、開放される。
赤く
憤怒の形相を。
『シャディクを墜とさせはしない……!』
サビーナのベギルペンデ。
そのビームライフルの一射がエアリアルの頭部に命中し……霧散する。熱した石に水滴を落としたかの儚さ。
サビーナは絶句して、それでも盾を構えてミカエリスの前に躍り出た。
『エアリィィイイイフィンガァァァァアアアアアアア!!!』
エアリアルの右手が輝く。必殺の黄金の指エアリーフィンガーが。
空間ごと焼き切るようにして燃え広がる流体パーメットを纏った手掌。
それは肥大し、極大化して、津波のように戦術区域を覆い尽くした。
『馬鹿な!? ガンビットの補助なしで、こんな出力……!?』
ベギルペンデの盾が削れ、殺がれて消える。
瓦礫とビル群を巻き添えに、全てが塵と化す。
光に飲まれ、四肢末端から消し飛んでいくベギルペンデ、そしてミカエリス。
『これが、ガンダム……?』
消滅の間際、シャディクが呟く。
正体不明、理解不能の生けるモビルスーツ。鬼神の如きその威容を。
シャディクは心から畏れた。
『HIIIIIIINッ!』
もはや人型も留めぬベギルペンデとミカエリスを、横合いから漆黒の脚が蹴り飛ばした。
『勝負は着いたぞ! 正気に戻れ! スレッタ・マーキュリィィイイイ!!』
トマホークを手にグエルのザウォートが駆ける。
平にした刃を両腕で振り被り、エアリアルの横面を強かに打った。
ビームを掻き消す光の防壁が、まるで嘘か幻であったかのように。刃と装甲がぶつかり合い、けたたましい音色を戦術区域に響かせる。
光の暴流が突如、止む。
全身の装甲、あらゆる関節、内骨格から焦熱と煙を噴いて、エアリアルは遂に停止した。
WINNER
EARTH HOUSE