水星武闘伝Aガンダム   作:足洗

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力には代償を!母の笑みと花嫁の涙

 

 

 

 

 第4戦術試験区域。変わり果てた空間。

 焦土と化した人工大地に膝をつく。

 決着。勝敗は? グラスレー戦。皆は無事なのか。ティルさん、チュチュ先輩は?

 全身が焼けるように痛い。

 右手が、熱い。

 

「はぁ、はっ、は、あ、っ……!」

 

 乱れる呼吸、狂ったように暴れる心臓、像を失くしていく視界。

 声。

 耳孔に響く。

 遠く声が。

 

『スレッタ!』

 

 割れ響く鐘のように。綺麗で、澄んでいて、凛とした。

 銀細工みたいに美しい貴女。

 貴女が私を呼ぶ。

 それはいつもの怒ったような声じゃなくて、とても必死な、縋るような、泣きじゃくる直前の子供のような。

 

『スレッタ! スレッタッ! 返事しなさい! 返事を、ねぇ……答えてっ、答えてよぉ……!』

 

 そう。いつか、どこかで。水星の軌道上を流れるあの居住衛星基地の格納庫で、ずっと。

 ずっと泣いてた。まるで私の声。エアリアルの胸の中で泣き暮れる私の。

 ミオリネさん。どうしたの。どうして、そんなに悲しそうなの。

 この人を守ろうと、頑張ったのに。

 泣かせたくなんてなかった。

 

『スレッタぁ……!!』

 

 眩む視界の向こう。空間投影のホロディスプレイに映る貴女は。

 ミオリネさんは、泣き顔さえ綺麗だった。

 呆けたことを思いながら意識はゆっくりと暗黒へ沈んだ。

 

 

 

 

 

「いやっ! いやぁっ! スレッターッ!!」

「落ち着いてミオリネ! 大丈夫! 気絶しただけ。バイタルも正常値に戻って来てる……早く救護を!」

「今学園フロント管理社のMS救助隊が向かってる!」

「ど、どうする。どうすりゃ、は、廃熱処理管開くか?」

『やめろ! 装甲が異常過熱している! 水蒸気爆発を起こすぞ! 俺がハッチをこじ開けて……!』

「それこそ馬鹿言うな! ノーマルスーツの耐熱性じゃ無理だ!」

『……クソッ!!』

 

 管制室は紛糾した。

 あのミオリネ・レンブランが童女のように泣き喚いている。不安が伝播し、グエルのやり場のない怒気が通信機越しにも漏れ伝う。

 排熱の為にエアリアルの機体各所で装甲が開放され、熱気が大気中の水分に触れて白く蒸気を発した。

 人間が生身で出られる環境ではない。

 管制室、そして現場の人間の誰にも、救助隊を待つより他、為す術はなかった。

 

「!? 風雲再起が!」

「えっ」

 

 突如、黒いモビルホースが大地に降り立つ。

 そうして間髪入れず、跪くエアリアルの胸部にその一角を衝き入れた。

 

「なぁ!?」

「ちょっ、風雲再起さんんん!?」

 

 仰臥するエアリアル。

 そのコクピットハッチと思しい装甲を、風雲再起はなおも前脚で小突き、踏み付け、遠慮も容赦もなく蹴り上げる。

 別の意味で阿鼻叫喚する管制室、唖然とするグエルのザウォート。

 蹄が装甲を打ち付けるけたたましい金属音がしばらく続いた後、不意に、エアリアルの胸部装甲が動いた。

 そのコクピットハッチがスライドして開く。

 そこへ、同じく開放されたモビルホースのハッチから風雲再起が飛び込んだ。

 

「ご、強引だなぁ!?」

「でも手っ取り早いよ。風雲再起! そのまま救助隊と合流して!」

 

 外部拡声を聞いてか聞かずか、スレッタを背に乗せた漆黒の馬体が熱波を突き破って現れる。

 全高十数メートルのモビルホース、機体間の距離を加味しても30メートル近い跳躍力だが、もはや誰も気に留める者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 太陽系内部に点在するシン・セー開発公社の支社、製造所。それらを巡回する宙域航行社用艦船。

 艦内の奥まった執務室のデスクで一人、女が無表情にデスクトップ端末を見下ろしている。

 ディスプレイに羅列する膨大な数値を読み解きながら、プロスペラは溜息を吐いた。

 

「理論値を随分下回ってる。やはり()()()()の材料では強度が不足か。伝導率が悪いし、エネルギーロスも無視できないレベル……でも、やっぱり素敵ね」

 

 女は微笑んだ。愛しい我が子を見守る慈母の貌で。

 

「怒りと憎しみを力に代えて、無限に近いエネルギーを生み出せるなんて。ふふ、とってもロマンチックじゃない。ねぇスレッタ」

 

 表示タブが切り替わり、そこには数値と図形が現れた。それはとある設計図、まさしく青写真に他ならない。

 

「ミカムラ博士は間違っていない。当然、カッシュ博士は正しかった。お二人はただ、アプローチの方法論を違えただけ。一つの感情に特化させるか、全ての感情を制御するか。私はいずれとも違う道を模索しますわ。そう」

 

 U細胞。モビルトレースシステム。感情エネルギーシステム。三大理論。生命を産み落とす創造性。孕むという機能、否、権能。

 身体拡張制御機構GUNDフォーマット。パーメットリンク。パーメットスコア。データストーム。クワイエット・ゼロ。

 究極の(アルティメット・)ガンダム。

 

「解放を」

 

 右腕を擦り、女はまた夢見るように笑った。

 

 

 

 

 

 

 グラスレーが負けた

 相手は地球寮?

 見たか、決闘

 例の新型モビルスーツ、連戦連勝だな

 水星から来た転入生かー

 試験区域が焼け野原になったんでしょ

 第4、向こう半年は使えないくらいボロボロなんだって

 協約違反じゃないのかよ

 やっぱりガンダムって

 ガンダムがすげぇ

 やばいな、ガンダム

 投資は匿名なんだっけ……うちも考えようかな

 御三家のモビルスーツも目じゃない

 いや、今あるMS開発企業のどこだって敵わないよ

 でも私は……ちょっと怖い

 あれがガンダム

 

 ガンダム

 

 

 

 

 株式会社ガンダムの公式PVは、日を追うごとにその再生数を伸ばしていく。

 グラスレー寮との決闘はその勢いに拍車を掛けた。桁違いの性能を目の当たりにしたことで、企業人一般人らの別なく一時サーバーがダウンするほどのアクセス数を記録した。

 地球寮とジェタークの助っ人、密かに巻き添えを食ったグラスレーガールズおよび寮長らの協力によって製作されたPVは全3パターン。

 中でも最も再生数を伸ばしたのは、スレッタ・マーキュリーによる軽業師裸足の曲芸的体術とモビルスーツにあるまじき縦横無尽の運動性で繰り広げられたかの演武劇。視聴した者尽くを漏れなく画面に釘付けにした後「あたまおかしい」と一人の例外もなく異口同音させる破壊力を如何なく発揮した結果である。

 次点で予想外の人気を博したのが、地球寮生の手掛けた素朴(オブラート)な社歌と創作ダンスだ。「何故か癖になる」「耳に一生残る」「謎の中毒性」「クソダサPV大草原」等々界隈をざわつかせた。

 他の二作品に比べ、親切でシンプルなナレーションと丁寧で精緻な映像編集を施されたラウダ謹製のPVは、あまり奮わなかった。

 

「何故だアアアアアア!!? 超人の吃驚映像に負けるのは仕方ないにしてもあんな! あんっなクソダサPVに何故僕の完璧な映像作品が後れを取るッ!?」

「いや、言うても企業向けのPV見るのは同業他社か他業種の一分野の人ですし」

「面白映像のが再生数上がるのはしゃーないッスよう」

「……糞がッ!!」

 

 昼休みの屋上で、晴天の人工大気にラウダの悪態が木霊する。

 もう大概慣れているペトラとフェルシーはそれを後目にランチボックスからサンドウィッチを摘んだ。

 

「あーんむ……グエル先輩、今日もまた病棟?」

「甲斐甲斐しいッスねぇ。やっぱ彼女には優しいタイプって感じ」

「付き合えてはないけどね。アッハハハハ!」

「────糞がぁぁぁぁああああああああああ!!」

「ラウダさーん。あんま外で叫ばないでくださいよ。周りの人がびっくりするから」

 

 

 

 

 

 ぱちりと目を開けた時、スレッタが最初に見たものは知らない天井だった。

 電気を落とされた照明。生白くて、生活感がない。

 それはこの室内の調度や、なにより臭いにしてもそうだ。消毒液に何か饐えたような臭気が混淆する独特さ。

 快い目覚めとは言えなかった。

 

「ここは……」

 

 掛けられていたシーツを払い起き上がろうとした時、それに気付いた。

 左手を握り締める、華奢で小さなそれ。

 枕元に突っ伏す銀髪。

 長い睫毛、赤く腫れた目元。

 綺麗な女性(ひと)。スレッタ・マーキュリーの花嫁。ミオリネ・レンブランが病床の傍について眠っている。

 

「ミオリネさん……?」

「ん……」

 

 果たしてスレッタの呼ばわりに応えて、少女は瞼を震わせる。ゆっくりと開かれた目が数回瞬き、突然跳ねるように起き上がる。

 スレッタを見る。

 

「スレッタ……」

「は、はい。おはよう、ございます?」

 

 正しいような場違いなような、TPOを逸したスレッタの朝の挨拶にミオリネは返事をしない。

 ただ、その両手がスレッタの両頬を包んだ。指が顔に触れ、滑り、撫で擦る。その実在を検めるかのように。

 

「あの、ミオリネさん……んっ」

「あぁ」

 

 戸惑うスレッタにミオリネは胡乱に声を漏らす。

 安堵の溜息を。

 表情を形作る前の色のない貌。その片方の銀瞳から、少女はただ一筋涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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