水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
地球寮、格納庫にて。
整備用タラップに収容されたエアリアルを見上げてニカは眉尻を下げる。
一見して左前腕の欠損が甚大な被害にも思えるが、実情は異なった。
外骨格および内骨格系に深刻な熱傷と磨耗。四肢に張り巡らされた神経状エネルギーラインの破断。
右手に至っては僅かだが表層が融解している。
いずれも全て自傷。エアリアルがその自らのエネルギー過剰加給によってダメージを被ったのだ。
あるいは。
「スレッタの……」
そう口にしてから、ニカは自分自身の言葉に苦笑する。
それが到底メカニックにあるまじき発想だったからだ。
パイロットのコンディションが……感情が、機体性能を増減させるなど。
「キミって本当にミステリアスだね」
ニカは幾度目とも知れずそう呟いた。
未知の素材、未知の機構、未知のエネルギー。自分の知識や常識を遥かに超えたテクノロジーに、敬意と畏れと、堪え切れない好奇心を抱いて。
「今急務なのはダウンサイズなんかよりもデチューンよ」
「うん、GUNDフォーマットはハードウェアの面で言えばかなり形になってる。エアリアルとスレッタさんっていう生き証人がいるからね。で、モビルトレースシステムの方はまずなにより、その……着脱に難があるから……」
「難っつうか、常人だと体ぶっ潰れるかもなスーツとか誰が着たがんだって話。そもそも着れねぇし」
「外科的処置を必要としないのは相当なアドバンテージなのにね……とりあえず目指すのは、日常生活上の機能的補助」
「戦闘に比べれば要求スペックは格段に下がるでしょうし、そもそもそれが義肢装具の本分だしね」
「スペック下げるのは当然だけどさー、まずはあのピッチリ全身タイツどうにかなんねぇの? 腕とか足だけに着るならまだしも」
共用リビングに集まり、スレッタとミオリネ、ニカ、チュチュが顔を突き合わせる。
他のメンバーは差し当たってGUNDフォーマット搭載の義肢を試作する為に、資材と設備の確保に奔走している。
「あ、ファイティングスーツ、腕部限定でも装着できます、です。スーツのトレースっていうか、オートマチック操縦っていうんですけど。それとそれと、一応レベルを下げれば、普通の人でもぐちゃってならないようには、できた筈です。はい」
「できるの!?」
「先に言え!」
「す、すみません!? レスポンスが悪くって、私、あんまり使ったことなくて……」
「ま、まあモビルスーツの高機動戦闘で反応が鈍いなんて致命的だけど……」
「この場合、ファイターとかいう連中の要求スペックが異常なのよ」
「反応の速さが変態染みててキモイんだよなこいつ。いやそうだ、そういえばお前ショットガンの弾全部斬り払ってたな……キモッ」
「人間業じゃないねー」
「化物よ化物」
「ひ、ひどい……」
少女らからの忌憚のない思い思いの感想にスレッタは地味に傷付いた。
しゅんとするスレッタの気配にミオリネは鼻から吐息する。ごく自然な所作で、ミオリネの白い左手がスレッタの左手を取る。
ミオリネのそれより確実に大きく、やや節くれ立って固い手触り。力強く熱い掌を撫で、擦る。
「触覚のフィードバックの精度が格闘家にとって重要なのは理解、できなくもない、けど。痛みまで再現する意味、ある?」
「あ、あります」
「……」
「もちろん精神的な意味だけじゃなくて、人間が身に付けた技を全力で発揮する為にはやっぱりどうしても痛みが伴うんです。肉体を使った武術の性質上これは避けて通れません。でも、それだけじゃなくて……モビルファイターは、ただの兵器じゃない。ガンダムファイターは武闘家であって、兵器の操縦者になっちゃダメなんです」
「……それ、あんたの師匠の持論?」
「いえ、ガンダムファイトの元来の理念、だそうです。殺戮の否定、理想的な代理戦争、極限の人機一体による覇の競い合い。国の威信と誇りに懸けて、ファイターは全身全霊で闘わねばならない」
「ぎょ、仰々しいなおい」
「師匠の考えは、もっとシンプルでした。この拳で魂を表現する。痛みと技と心を交わして、闘いの中で互いを理解するのだ、って」
「暑苦し。バッカみたい」
スレッタの握られた拳を、悪態を吐きながら優しく柔くミオリネの手が包んだ。労しげに。
「どうしてあんたがそこまでしないといけないわけ? あんな……あんな風に、なってまで……苦しんで、痛い思いまでして」
「痛いし、恐いことだってあります。でも、それだけじゃないから。それだけじゃなかったから。こうしてミオリネさんのこと、守れた。それだけでも、強くなった甲斐があったって、思えます」
「……やっぱり、バカよ。あんた」
「す、すみません」
「バカ……褒めてんの」
今度はスレッタの手がミオリネの手を包み、また包まれ、指が絡まる。
ぴたりと、握り合わされた手と手。
「……ところで、さっきから気になってんだけど」
「なに?」
「おめぇら近くね?」
チュチュの言葉に、ミオリネとスレッタは顔を見合わせた。
ミオリネは自身の左肩口から見上げ、スレッタが後背からそれを見下ろす。
「「?」」
「いやなに言ってんだこいつ? みたいな面してんじゃねぇよ殴るぞ」
「おぉ言われて見れば。スレッタが退院してからずぅっとべったりだから、私は正直もう慣れちゃったなぁ」
「ニカ姉まで諦めないでよ……」
ソファーに腰を下ろしたスレッタの膝に座るミオリネ。これが地球寮における少女二人の基本スタイルになりつつあった。
「別に、ただ単に据わりが良いのよ。他意はない」
「ちょっとでも離れると怒られちゃうんです。トイレは別々ですけど」
「当たりめぇだよ気持ち悪い」
「うーん、でも座りっぱなしは流石に血行に悪いかも。スレッタ、大丈夫?」
「あ、はい。ミオリネさん、すっごく軽いから」
「重いなんて言ったら張り倒すわ」
「できるわけねぇだろ、このフィジカルモンスターに」
「……引っ掻いて、噛むわ」
「ネコか」
「あ! 私も思ってました。ミオリネさんネコっぽいですよね!」
「あんたは完全にイヌ科よね。いろんな意味で」
「躾はし易そうだな」
「スレッタヌキだね」
「えぇ?」
話題は脱線し、女子トークに花も咲こうかというその時。
「ところで」
「なに? また?」
チュチュは嫌悪と怪訝と気味悪さの混在した顔を顰めて、リビングの入り口を見やった。
「あれ、なんなんだよ」
「さあ」
ミオリネは冷ややかに、興味も薄く肩を竦める。
ニカは微妙な面持ちに苦笑を形作ろうとして失敗する。
スレッタは目を瞬いて、小首を傾げた。
「シャディク先輩、なにしてるんですか?」
「おい、話し掛けんな。どっか行くまでほっとけって」
「そ、それは流石にあんまりじゃないかなぁ……」
壁に手を突き、暗がりで項垂れる青年を少女達は最大級の不審感で遠巻きに見詰めた。
「あ、うん。ごめん……お邪魔してるよ」
「何の用。グラスレーの筆頭さん。先の決闘からまだ一週間も経っていないのだけど、まさかもう契約内容を忘れた、なんて言わないでしょうね」
辛辣な語気を隠しもしないミオリネにシャディクは弱々しい笑みを返した。
「もちろんだ。グラスレー寮および弊社は株式会社ガンダムに一切干渉しない。この学園において決闘の取り決めは絶対だからね」
「理解してるなら結構。ならそのまま回れ右してくださる?」
「そうもいかない。今日は別件なんだ」
「ふーん」
ミオリネがスレッタの腕を自身に巻き付けるようにして引き寄せた。そうしてスレッタのもう片方の手は、己の頬を包ませる。
シャディクはその場に両手と両膝を屈した。
「決闘委員会からの通達だ。水星ちゃん、キミに決闘の申し込みが来ているぐふっ」
「見苦しいからそれやめろ」
「チュチュ、余計に