水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
決闘委員会の纏め役たるシャディクが、自ら持参して寄越す通達といえば一つきり。
スレッタ・マーキュリーへ、現ホルダーへの挑戦状より他にない。
グループ総裁の娘ミオリネ・レンブランとの婚約によって自社の栄達を企てる者が未だ数多いことは確か。しかしそんな腹心を置いても、決闘制度が身分、貧富、企業序列の格差、それら一切の隔てを越えて勝者の願いを叶える絶対実力主義を謳う以上、その頂点に在る者に挑まんとする腕自慢が現れることもまた自明の理。
「まあ謂わば記念受験みたいなものかな?」
「途端にくっだらねぇ話になったぞおい」
「同感だ。けれどホルダーに挑戦したパイロット、ホルダーとの戦闘記録を持つモビルスーツ。そういう箔を有り難がるものなのさ。買い手も、売り手もね」
資金力とコネクションによって如何様にでも条件を設定できる決闘制度自体に猜疑心浅からぬチュチュは、悪態を吐き舌打ちする。所詮はスペーシアンの娯楽遊戯だと。
ニカは、ある種純粋なチュチュの怒りに労しげな笑みを浮かべた。
そしてスレッタが回答を口にしようとした時、それを跳ね除けるようにミオリネが言った。
「却下」
「ミ、ミオリネさん?」
「理由は二つ。一つ、こちらのパイロットは先日の決闘で被った負傷がまだ完全に癒えていないこと」
「傷ならもうばっちり」
「黙って」
座椅子代わりのスレッタの顎に、ミオリネの後頭部が直撃する。
さしもの頑健なスレッタといえどその一撃は痛打であった。顎を押さえてくぐもった声で呻くスレッタを無視し、ミオリネはさらに続ける。
「もう一つは、スレッタ・マーキュリーの専用機たるエアリアルの損傷。これは、ニカ」
「うん、内部構造にかなりダメージがある。これは地球寮の、いえ、学園の設備でも修復は難しい。安全面を考慮しても、一度シン・セーの技術者に引き渡してオーバーホールした方がいいと思う」
言いつつ、タブレット端末に機体の検査結果を表示し、問題箇所をマークした上でそれをシャディクに提示する。
それはシャディクに対するニカの密かな抗議でもあった。
「なるほど……」
「もともと決闘は強制じゃない。一度受ければ義務もあるでしょうが挑戦を拒否する権利だってある。幸い、大企業を後ろ盾にする寮と違ってこちらには躍起になって守らなきゃならないほどの面子もないので。今回は辞退」
「待って、ください」
スレッタが手を挙げる。
「私、受けます。その決闘」
「ちょっとスレッタ」
「ファイターなら、挑まれた勝負を無下にしてはならないって」
「また師匠!? あのねぇ、今そういう根性論の話してんじゃないの。現実問題としてできないものはできないって言ってんの! あんたの戦闘スタイルはモビルトレースシステム有りき。他の機体に乗り換えはできないし、乗り換えたとして確実に戦力は落ちるって解り切ってるでしょうが! わざわざ不利を承知で決闘を受けるメリットが無いのよ」
「で、でも、勝負から逃げる、弱腰だって思われるのは、デメリット、です、よね?」
「だから、現状それは大したことじゃ────ひゃんっ」
突如、スレッタはミオリネを抱えて立ち上がる。
横抱きにされたミオリネは、スレッタの首に縋り付きながら少女を見上げた。
「機体が万全じゃないまま勝負しなければいけない時が、これから先も起こると思います。その度、いつも闘いを避けられるとは限りません。それを弱味だと思われたらなおのこと。それに、ホルダーに挑戦するってことは、つまり相手は花嫁を……ミオリネさんを奪う為に来るってことで。私は……」
決然とスレッタは眼光がミオリネの銀瞳を見詰める。
「そんなの、許しません」
「っ! なによ、それ……もぅ、バカじゃないの……」
ミオリネの白い頬が朱に染まる。視線がややも泳ぎ、けれど結局は観念したようにスレッタの澄んだ水色の瞳に見入った。
仄温かで、花のように甘い香り漂う空間。
チュチュは辟易も露わに目を細めた。ニカはくすくすと笑う。
シャディクはにこやかに、またひっそりと口の端から血を流した。
「あ、あの、シャディク先輩」
「ごふっ、うん、なにかな水星ちゃぶふっ」
「いちいち咽ぶなよ。鬱陶しい」
「わざわざ本人に会いに来るから」
ミオリネを抱いたままスレッタは言った。
「決闘に、付け加えたい条件が、あります」
グラスレー寮所属、ジョン・ヴァン・シモンズは当惑していた。
第3戦術試験区域。岩と狭域な台地が広がる荒野、を模したホログラムの空間。その人工大地に佇むはグラスレー社製陸戦装備換装ハインドリー。
コクピット内で、青年は今回の決闘の顛末を思い返す。
グラスレー寮が誇るアイドルの一人、可憐なるレネ・コスタのキープ12号に名を連ねながらとある不義によってファン一同から袋叩きの目に遭った彼が、それでも今こうして戦場に立つのはのっぴきならない事情があるからだ。
そう、愛くるしいレネちゃんへの想いに背いてでも、青年は別の女性に恋焦がれてしまった。
地球寮所属リリッケ・カドカ・リパティ。日向のように暖かで、恒星の陽光めいて明るく、ぬいぐるみのように可愛らしいかの少女に。
一度ならず談笑し、ランチの誘いは見事に断られてしまったが到底諦めもつかず、遂にはこうして決闘制度にまで手を出してしまった。
彼が決闘に懸けたものは『リリッケ・カドカ・リパティとの一日デート権』。勝利した暁にはその拒絶を退けて愛しの彼女とランデブーが許される。
対戦相手にスレッタ・マーキュリーが選ばれたのはリリッケ達ての希望であるが、経営戦略科の彼女を戦いの場に引き出すことを厭うた青年なりのフェアプレー精神でもあった。
相手は現ホルダー。ジェターク、ペイル、そしてグラスレー。御三家を尽く打ち破った常勝不敗、新進気鋭のモビルスーツ。水星から来た最強のパイロット。
そんな猛者に挑む無謀さは先刻承知。
また勝てずとも、リリッケとの接点を作れるという下心も少なからず、いや多大にある。
だからこそ青年は、先方より提示されたその“条件”を呑んだ。驚愕と困惑と理解不能を胸に仕舞って。
『…………』
仕舞った筈のそれらが、再び間欠泉の如く湧き上がり吹き出すのを青年は自覚した。
眼前の光景に。
荒野の向こうから歩み寄って来る、その人影に。
吹き荒ぶ砂塵が外套の裾を払う。
その下から露わになる、高襟に右肩を伝う飾り
生身の人間が、スレッタ・マーキュリーがモビルスーツと相対した。