水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
スレッタの要求した条件は以下の三つ。
一つ! 当方は生身にてお相手仕る!
一つ! 当方素肌格闘ゆえ戦場は通常大気下および重力発生下を基本とする!(なお挑戦者側の御事情と得意戦術、搭乗モビルスーツの仕様如何によって応相談)
一つ! 刀剣槍棍銃砲火器類あらゆる武装一切の使用は各々方の自由!
無論、これらは損傷したエアリアルが戻るまでの直接戦闘の為の致し方ない措置。謂わば繋ぎに過ぎない。
「それでもいいなら、掛かって来てください!」
闘気の漲るまま左手掌に右拳を打ち付け、やや勢いも激しくスレッタはその場にて抱拳礼。
ハインドリーのコクピットハッチが開き、対戦者パイロットも慌ててタラップの上に出る。
本来はホロディスプレイ上で行う向顔。あるいはようやくその言葉の真の意味を全うした瞬間であった。
決闘の宣誓もそこそこに、此度の立会人シャディクの声がオープンチャンネルに響く。
『勝敗は通常、相手モビルスーツのブレードアンテナを折ることで決するが……今回は特別ルールを採用する。モビルスーツ搭乗者側の条件は変わらず。一方、生身……生身の……ぶ、武闘家は、その身体に触れられること。近接武装、射撃・射出武器、マニピュレータ、とにかくモビルスーツ側から能動的な接触を許した時点で即敗北だ』
観戦する生徒の多くは思い、そして現に口にした。
正気で言ってんのかこいつ、と。
シャディクは内心思った。
気持ちはわかるから、と。
『また! 火器管制と紐付けされたレーザーサイトの照射光、そしてロックオンサイトの捕捉判定があった場合も、モビルスーツ側の勝利とする』
それはスレッタが被る危険を軽減する為……というより、パイロットに対する心理的配慮であった。
『双方、異存はないか』
『……』
「問題ありません」
『……ホントに? 本気で? 今ならまだ中止もできるけど。いや本当に悪いこと言わないから』
「こちらの都合を押し付けた恰好ですから。これ以上ワガママは言えません。さあ、始めましょう!」
『あぁ、うん。了解です……』
学園全域に亘って、違うそうじゃない、といった叫びを押し殺したような沈黙が下りた。
シャディクは考えるのを止めた。その深い諦めと共にせめて明るく元気に開戦を告げる。
『フィックス・リリース!』
ハインドリーが動く。パイロットの当惑とは裏腹に、火器管制システムと同期した姿勢制御と照準補正が存分に働き、パイロット側の操作の出遅れを追い越して機体はスムーズに動作する。右腕ランタンシールドに内蔵されたビームハンドガンを構え、銃口を向ける。人間などよりずっと迅速に、遥かに精確に、敵に狙いを定めて。敵に────敵は。
敵は、どこだ。
『……は?』
モニターに映るのは塵埃だけ。
敵は影も形も消え失せた。
瞬きの間。青年が頓狂な声を上げるその間にも、MSの高感度センサーはそのパフォーマンスを総動員して機体全周囲360度あらゆる方向を探査していた。
電装を、パーメットを、万分の一秒で情報が走り。走り。走り。
そして遂に見付けた。
敵は。敵影は。
真正面。
敵は、消えてなどいなかった。消えたと見紛う速度で。
ただ前へ進んだのだ。
ただ踏み込んで、突っ込んできたのだ。
撃発した弾丸のように。
「とぉぉおおおおりゃアアアアアアアッッ!!」
大地を爆散させて跳躍。
真っ直ぐに空間を貫いて飛び蹴りが、スレッタの足刀がハインドリーの膝頭を捉えた。
拉げ、砕ける。関節駆動の限界を無視され、ハインドリーの右
極自然の仕儀。直立を維持することなどもはや
『ッ!? ッッ!?!?』
声ならぬ驚愕が外部拡声に乗って響く。
息を詰まらせたのはこの光景を見守る者皆同じだった。
空中高く、モビルスーツのメインカメラが仰ぎ見る。天を舞う人影を。
外套を翼の如くはためかせ、鮮やかな赤い装束が残光を引く。
重力発生下どうこうと宣っていた少女は、それを嘲笑うかの軽やかさで地上に音もなく着地した。
空前絶後の珍事に紛糾する学園生徒や教員、うっかりと中継映像を見てしまった不運な関係各所。
一方、対戦者たるハインドリーパイロットの青年が受けた衝撃は凄まじかった。
余人には解るまい。今この場で、
青年の恐怖を。
気付けば彼は操縦桿の引き金を引いていた。
「!」
ハンドガンタイプとはいえ、設定次第ではフルオートでの射撃も可能だ。エネルギーの充填量が許す限りに撃ちまくる。
当てる必要はない。威嚇、脅し。相手が少しでも怯み、その進行を幾許かでも鈍らせてくれればそれで。
決闘仕様の黄緑のマズルフラッシュ。エネルギーバレットが大地に着弾し、粉々にした人工土と砂礫を飛び散らせる。波立つ水面のように激しく。
それで十分の筈だ。
モビルスーツが相手ならともかく、このスケール差。ハンドガンであろうとフルオートの掃射は弾雨となり弾幕を張る。人間では近付くことさえできない、筈だった。
モニターのロックオンサイトが先程からずっと、絶えず激しく揺れている。
右へ左へ忙しなく、何かを追って追って追い縋って、追い越されて。捕捉を振り切って。
地上を高速で、地面を寸刻むようにじぐざぐに駆け抜けながら、高速で接近する影。
煙幕を突き破り現れるその、赤い影。
『────ひぃ』
青年は喉奥から少女のような悲鳴を上げた。
恐慌状態に陥った彼はただただ周囲を盲撃ちした。
万一の誤射の危険にすら思い巡らせられないほど。
その要望に応えて、MSの火器管制は相も変わらず精確に目標を狙い撃とうとした。
だが、突如として敵影の動きが変じる。
あまりにも、変則的に。戦闘コンピュータの機動計算では到底予測不能な動き。
それはまるで酒精に酔いしれ舞い踊るが如く。
「酔舞! 再現江湖!!」
またしてもハインドリーの捕捉は振り切られ、敵影が超高速に達する。
熱量増大。
接近警報。
回避不能。
「デッドリーウェイィブッ!!!」
コクピットでモニターが死んだ。
メインカメラの損壊を報せるアラート。
ハインドリーの頭部、そのクリアパープルの虹彩を打ち砕くスレッタの右膝蹴り。
スレッタは容赦なくその顔面を蹴り退けて跳ぶ。宙へ踊る。
そうして着地と共に鋭く残心の構えを取り、止め。
「爆発!」
爆炎を上げ、ブレードアンテナごとハインドリーの頭部は吹き飛んだ。
軋みながら上体を仰け反り、敵機が沈む。
勝敗が決する。誰の目にも明らかに。しかし、誰もが目を疑いながら。
「……くっ、氣の練り上げが甘い。師匠なら一撃で首を落とせてた……未熟!」
スレッタは悔しさを滲ませ、両手で両頬を打った。
その時、岩場の頂上から己を見下ろす視線を気取る。陽光を背に、光全てを飲み下さんばかりの漆黒の馬体。風雲再起。
「……うん、わかってる。鍛え直しだね。体も……心も」
岩に跳び上がり、少女は黒馬へと跨る。
WINNER SULETTA MERCURY
勝利の祝報に背を向けて人馬の姉妹弟子達は悠然と帰路を行く。
小火を出す機体に消火装置が散水を始め、気付けば荒野の青空には虹が掛かっていた。
「ふふふ、やだもぉ私の花婿ったら強すぎぃ~。ふふふ、ふふふふふっ」
「……これも一種の惚気、なのか?」
「いやただのヤケクソだろ」
「遂にやっちまった、って感じだよな」
「ごめんなさいすみませんこんなつもりじゃなかったんです」
「リリッケは悪くないぞ。ただ相手が悪かったんだ。あのー、ジョン・バーなんとかさんは」
「シモンズさんね。被害者さんの名前くらいは憶えてあげよう」
「菓子折りとか、送る?」
地球寮のリビングで決闘観戦を終えた面々は、今日も今日とて級友の暴挙を朗らかに笑った。
決闘委員会のラウンジでは、シャディクがソファーに安らかな笑顔で涅槃尊像の如く寝転び、セセリアはソファーの端でロウジを抱えてぷるぷると震えていた。
セセリアは思い返す。スレッタ・マーキュリーがこのラウンジに初めて訪れた日の事を。
セセリアは想像する。あの時スレッタ・マーキュリーの拳がもしグエル・ジェタークを貫いていたなら、いや微かにでも触れていたのなら、果たしてこの空間はどのような惨状を迎えていたのかを。
「セセリアおうちかえる」
「!?」
「ロウジ、しばらくそっとしといてあげよう」
地球寮のやべぇやつスレッタ・マーキュリーに怖れを為して、アーシアンにちょっかいを掛けるスペーシアンの姿は消えた。しかしだからといって、アーシアンにしても意味不明なスペーシアンの存在に恐れ慄き固く沈黙を貫いている。
その日を境に、アスティカシア学園はちょっぴり平和になったとさ。