水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
小惑星一つをまるごと人工居住地として開発されたフロント73は
通学方法は生徒によって様々だ。
比較的近在の寮から徒歩で通う者。学園を周遊するモノレールを利用する者。支給品のハロバイクを使用する者。
思い思いの生活スタイルと性分に合った登校風景が繰り広げられる中、アスファルトに軽快な蹄の打楽が鳴り響いた。
「おっはよう、ござます!」
溌溂元気良く噛み倒しながら道行く級友に挨拶を投げ掛ける。その度に、声を掛けられた生徒達は、ある者は竦み上がりある者は震え上がり、ある者は引き攣った笑みで怯え、ある者は直立敬礼し、酷い者はその場に土下座する。
スレッタ・マーキュリー駆る漆黒の風雲再起が、朝焼け降り注ぐ通学路を荒しまわ、もとい常歩で流した。
幸か不幸かフロント73の道路交通規則において馬は軽車両の範疇に位置付けられている。バイク、トレーラー同様に、公道を走行する歴とした権利を有しているのだ。
「だからって本当に走らせる奴がいるとは思わねぇだろうな」
「まあ運動は大事、だし?」
「ティコ達みたいに寮の周りを散歩させるだけじゃ風雲再起にはストレスだろう。並の脚力じゃないからな」
「力持ちですよね! 資材の運搬とかお手伝いしてくれるので助かっちゃってます」
バイクに乗って低速で追随するチュチュ、ニカ、アリヤ、リリッケからすればこの光景すらもはやすっかり見慣れた奇態であった。
「えへへへ、友達と通学……またやりたいことリスト埋まっちゃいました」
「致命的な異物混入があっけどそれはいいのな」
今日も今日とてほくほく喜色なスレッタ。
チュチュの至極尤もな呆れもなんのそのだ。
人垣が旧約聖書の奇蹟の如く二手に割れ、スレッタ達の、というか風雲再起の行く手から逃げ散っていく。
今まで肩で風切り大きな面を並べていたスペーシアン達が黒い巨躯に恐れ戦く様を初めこそ良い気味だと笑っていたチュチュだったが……流石にそろそろ居た堪れない心地になりつつあった。それというのも、先日来スレッタが挑まれる決闘(?)挑まれる決闘(??)全てを律儀に受け続けている所為である。
生身の人間VSモビルスーツ
口にした者の正気を疑うようなその非現実が、瞭然の紛れもない事実であると、かの少女はその身を以て今日まで証明し続けてきた。
「……んで花嫁の奴が留守にすっから結局あーしらが見張らなきゃいけねぇし」
「ミオリネ、今が一番忙しいからね。仕方ないよ」
ミオリネが出張の為に学園を離れてから早二週間。株式会社ガンダムの事業計画の提出と状況報告。同業他社への挨拶回り。関係団体との折衝。事業説明会を兼ねた宙域間ネット報道機関とのコンタクトやインタビュー。
細々列挙すれば切りがないほど多忙を極める彼女に留守居を任された地球寮面々。
とはいえ、そんな新社長より下された厳命はシンプルにたった一つ。
『このバカ見張っといて。くれぐれも無茶しないように』
「無茶の範囲を決めなかったあいつが悪い」
「そもそも私らで止められる訳ないしね」
「連戦連勝。めでたいな」
「モビルスーツって案外脆いんですね~」
たった一人の人間の手によって、時に手足を捥がれ、時に首を捩じ切られ、時にはピンポイントでブレードアンテナだけを切断されたモビルスーツ達が今日までで計10機。
悪夢的幻想に等しく、しかしてアスティカシア学園ではその実在が真実として語られていた。
スレッタ・マーキュリーの武力。
ネット動画やニュース記事が拡散し、一時フロント間ネットワーク全域が騒然となったことも彼女らの記憶に新しい。それらを未だ捏造や合成映像だと断じる者も少なくはない。また無理もない。
派手なショーだと楽しんでいられる内が華なのだ。
「人間の可能性って無限大だね!」
「え? ニカ姉はまだあいつが人間だと思ってんの?」
「に、人間ですよ私!?」
「またまた~」
「い、いえ、いやあの、別に謙遜とかじゃなくて」
少女達のスレッタのあしらい方も堂に入ったもの。
平和な談笑を交わしながらゆっくりと通学路を歩いていたその時、スレッタ達は行く手に少数で
「レネちゃん、俺のバイクで校舎まで送るよ。出力をいじって速度は三倍だ! レネちゃんが座りやすいようシートも本革に換装したんだ」
「バイクなんて恰好だけで危ないものにレネちゃんを乗せられるか! 僕らの寮の送迎車を回そう。リムジンタイプで快適だよ」
「お前ら邪魔だどけ! 今ヘリを呼んだ。レネちゃんの一限目の講義室はA棟の五階だったね? 屋上からの方が早い。是非送らせて欲しい」
大半は男子生徒である。
そして中心には女子生徒が一人。それはまさしく男達を侍らせて、極上のスマイルを振り撒く少女。
ふわりと両サイドに結んだ淡い茶髪。レネ・コスタその人であった。
「えぇ~、そんなの悪いよぉ。皆だって授業あるんだし、無理しなくたって……」
「無理だなんて!」
「僕がやりたくてやってるんだ。そんなこと心配しないで」
「やっぱり遠慮深いな、レネちゃんは」
「やだもぅ、そんな風に言われたら照れちゃうから~」
きゅるきゅると瞳を輝かせ、甘ったるい猫撫で声が蕩け痺れるよう。近くを歩く男子生徒の多くは鼻の下を伸ばし、遠巻きにもニヤけ面を晒した。もちろん、先進的なアスティカシア学園なればこそ、レネ・コスタにアイドル的な心酔と性的な興奮を覚えているのは男子だけではない。彼女を見守りながら顔を赤らめ息を荒くする女子生徒の姿もまた数多い。
様々な意味でピンク色に染まる空間を見やって、チュチュは心底気味悪げに顔を顰めた。
「道変えようぜ」
「あはは、そだね」
「わ~今日もお盛んですねぇ」
「リリッケ、言い方」
ごく自然にチュチュ達はハンドルを繰って大通りを逸れる。我関せず、悠然と揺れながら進む馬尾を後目に。
「おはようございますレネさん!」
『あ゛』
「げぇっ、スレッタ・マーキュリー!?」
先程までの愛くるしさ全開の甘え声が嘘か幻のようなダミ声でレネが呻く。
戸惑うレネと違い、取り巻きの男子生徒らの行動は早かった。
「ご、ごめん急用を思い出した」
「なんだって車両が事故で来れない? すまないレネちゃん! そういうことだから!」
「いつも君のことを想ってるよーーーー!!」
スレッタの姿を認めるや否や、早口に捲し立てて一人はバイクを駆り、一人は端末を耳に押し付けて走り去り、最後の一人はチャーターしたヘリに飛び乗って風のように空へ逃げ飛んだ。
周囲に集まっていた人垣も、心なしか5メートルばかり距離を置いた。
「? 皆さん慌ててどうしちゃったんでしょう」
「おめぇの所為だよ……!」
極限に潜めた怒声と共にレネはスレッタに詰め寄った。スレッタが騎乗する都合上、その足元でやいのやいのと。
「アッシーくん逃げちゃったろうが! なに邪魔してくれとんじゃおぉ?」
「あ、あっしー?」
「なんだそれ」
「えっとー? たしか送迎をやってくれる男友達? みたいな意味じゃなかったっけ」
「あー。旧時代の流行語特集で見たなそんなの」
「おぉ。古風ですねー」
「す、すみません! 気が付かなくて! あ、じゃあよかったら送りましょうか?」
「は?」
風雲再起の背を降りたスレッタは、レネが反問する間もなくその身体を抱え上げた。
「ちょっ、ちょちょちょなに!? なにしてんの!?」
「よいしょっと」
軽々と鞍に座らされたレネがその高さに慄いている内に、その背後にスレッタも飛び乗る。
レネを抱え込むようにして腕を回し手綱を握り、否も応もなく出発した。
「はいどー」
「ひやぁっ!?」
「あーあ」
「スレッタってなんでああいう時だけは大胆なんだろ」
「思うに、やりたいことリストが埋まるからでは」
「ああ、嬉しくなっちゃってはしゃいでるみたいな」
パカラパカラ軽快に駆ける風雲再起。増速してそれを追う地球寮の少女達。
乗馬の経験などもちろん皆無で悲鳴を上げるレネ。
二人乗りが楽しいスレッタ。
「ひゃうぅうぅん!?」
「大丈夫、すぐに着きますよ」
「あ……」
耳元に優しく囁かれ、レネの鼓動が一段早まった。
※恐怖で。
(こんなドキドキするの、初めて)
※恐怖で。
(まさか、私、こんなやぼったい女なんかに……)
※心底恐怖しています。
「……ん? あ、ミオリネからメッセージだ」
「こんな朝から?」
「えーっと『スレッタが浮気したら通報よろしく。帰ったら殺す』だって」
「……エスパーかよ、こわっ」
山を跨ぐような疾走で校舎に辿り着いたスレッタ達。
その日、水星出の怪物パイロットにまた一つ、学園のアイドルを馬で連れ回すという定評が根付いた。
「返信遅いんですけど……メッセージ見たら20秒で返しなさいよ……ってか私から送る頻度多くない? 多いわよね……花婿の自覚が足りないんじゃないの……バカ、バカスレッタ……帰ったらお仕置きなんだから……乗馬デートしてスイーツ店巡って夕焼けの公園で語り合って一晩中腕枕で」
「独り言がでかすぎるぞミオリネ・レンブラン……社長。せめて部屋でやれ、やってください」
携帯端末を両手で軋むほど握り締めてぶつぶつと独り言ちる少女。
ダークスーツにサングラスを掛けた青年は言いつつ少女から半歩距離を置いた。
「うるさい。それより次のスケジュール」
「先日ピックアップした社用艦艇候補から本決め。そこから法人手続きと値段交渉だ」
「なるべく安く上げなきゃね」
「安物買いのなんとやらだけは勘弁だぞ」
「いちいち小言が多いのよ。あと口調。私は誰?」
「……イエス、ボス」
「よろしい。それじゃ行くわよ、護衛兼マネージャー兼雑用係のボブくん」