水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
濡れたような青空を重く入道雲が渡る。
真夏日だった。分厚い雲の合間を縫って陽光は燦々降り注ぐ。
割れ砕けたアスファルトを押し退け、荒廃の一途を辿る鉄筋コンクリートの建造物を覆い絡み取り巻き根付く草、蔦、木々、そして花々。
人類の生存圏を僭称していた時代は遥か遠い過去の彼方。
ゆっくりと大地は自浄する。
地球。
既に本来の役目を終えて久しい小学校跡地。その校庭には大規模な野営地が敷設されている。
荒れ果て、随所で崩落も見える校舎。
割れた硝子片や瓦礫を申し訳程度に掃き清めた廊下を一人、少女が歩いていく。
手櫛で払っただけの短い深緑の髪。ノレア・デュノクは教室の一つを覗き込んだ。
「ソフィ」
窓際に据えられたベッド。そこに寝転んだ少女は応えもせず、手元の携帯端末に熱心に見入っていた。
その手作りの寝床へ近寄って、ノレアは無精な相棒を見下ろした。
「ちょっと、聞いてる?」
「ノレアノレア! 見てよこれ!」
跳ね起きた拍子に、茜色のボブヘアがふわりと舞った。
起き抜けのチューブトップ姿で、ソフィ・プロネは端末の画面をノレアに押し付ける。
『ガンダァァアアアアムッッ!!』
ノレアの小振りな耳孔を絶叫が貫いた。
一瞬、耳鳴りと鋭痛が少女の脳天を抜ける。
ノレアは返す刀でソフィの顔面にアイアンクローをかました。
「音、量」
「いだだだだごめんごめんて」
画面狭しと芝生を駆けて残像を刻む人影。
現れた白いモビルスーツに文字通り跳び乗って、ひどく有機的に、驚くべき瞬発と緩急で繰り出される体術。運動性能。
『
爆熱する気合と共に天空に向けて光が放たれる。五条に散る花火。パーメット光の粒子が迸る。
「……なにこれ」
「PVだって。株式会社ガンダム!」
「はあ?」
訝しげにノレアはその冷めた眼差しを一層細めた。
会社名も然ることながら、軽業師裸足の曲芸的体術を繰り出すこんな吃驚映像がまさか企業向けPVなどとどうして思えよう。
「すごいんだよこの人! これこれ! アスティカシアの決闘」
「あのお遊びがどうしたっていうの」
「このスレッタ・マーキュリーって人ね、素手でモビルスーツに勝っちゃったんだよ!」
────大地に
モビルスーツの戦闘行動にも堪える転圧を加えられた固い地面をそれでも容易く穿ち貫く重い一撃。
それを躱す。事も無げに、あっさりと。
赤く、どこかエキゾチックな風合いの装束を身に纏った少女が。
駆け登る。槍の柄を、まるで坂道でも上るように。しかし恐ろしい速さで。
暗色の汎用モビルスーツが慌てて槍斧を振り回す。それはさながら、叩き潰そうとした虫が手元に這い上って来た時の人間そのものの動きだった。
人と小虫。それほどのサイズ差。
槍の上から少女が消える。勢いで飛ばされたから、ではない。
自ら跳んだのだ。
それは暴挙に思えた。翼も推進装置も帯びず、空中に身を投げた人間など良い的でしかない。高感度センサーを備えたモビルスーツの眼は、自由落下する物体を決して逃さない。
天高く舞った少女が落ちてくる。
モビルスーツはそれを待ち受け、槍斧を振るった。最適のタイミング、高さ、角度。バッターがノックを打つように。
落ちてきた少女を。
少女が落ちて、来ない。
槍斧が空を切る。
少女は、空を飛翔していた。
腰から抜き放った白い帯を、まるで回転翼のようにして浮力を得て、宙に留まっていた。
「は?」
帯が伸びる。獲物に食い付く蛇のような挙動だった。
槍の柄にするりと巻き付いた帯を少女が引き込む。重量差を思えば当然だが、宙に在った少女は帯に引かれて落ちてくる。
引っ張る力に相応の、自由落下を遥かに超えた高速で。
その拳には砲弾と同等の貫徹力があった。強烈な打撃がディランザの顔面を貫いた。
頭部の奥深く埋没する腕。それを引き抜くついでとばかり、頭部装甲とブレードアンテナが力任せに剥がされる。
勝敗が決する。
関連動画の項目に上げられているのは全てがそんな非現実的な有り様だった。
赤い装束を纏った赤い髪の少女が、次々に多種多様なモビルスーツを屠っていく。その拳で。その蹴り足で。
時には馬に乗って戦場を駆けることもあった。
手には白帯。
相手は履帯のタンク型モビルスーツが三機。
機動力を補う為なのだろう。補うどころか、その黒い馬の疾走、襲歩はあろうことか戦車の最高速度を超えていた。
一機、また一機と、モビルスーツが白い帯で斬り裂かれていく。少女が振り回しているのはさも布のように見えるが実は高周波ソードか何かなのだろうか。
「すっっっごくない!?」
「すごいっていうか……フェイク動画でしょ、ふつーに考えて」
「えぇぇ!! ちーがーうーよー! これ絶対マジのやつだって! 合成っぽさゼロだもん!」
ふくれっ面のソフィがマットレスの上で駄々を捏ねる。
合成っぽさ、というなら初めから終わりまで全てが捏造だと考える方が自然だ。それほどに現実感に乏しい。ありえない光景。
ソフィの瞳が輝いた。無邪気な子供のようにはしゃいだ声で。
「
「……」
悪い癖が出ている。ノレアは、熱く吐息を漏らし身震いするソフィを呆れを含んで見下ろした。
画面の中の戦乙女。精悍な顔立ち。怯えも竦みせず巨大な最強兵器に単身立ち向かい、あまつさえ薙ぎ倒すその姿。
これが、ガンダムの贄? これが魔女? 自分と同じ。同じ……。
「ないわ」