水星武闘伝Aガンダム 作:足洗
プラント・クエタ。
ベネリットグループが数多保有する技術開発・研究拠点の中でも指折りの規模と製造能力を誇る巨大施設である。数百億tの小惑星を基部として、その外周を円盤状に人口建造物が取り巻いている。
先達てミオリネが買い付けた航宙艦船が、ガイドビーコンに従って宇宙港に接岸した。
積荷の上げ下ろしを考慮され、プラント港口やその周辺区域は基本的に無重力状態。
分厚いノーマルスーツに身を包んだ地球寮の面々、現株式会社ガンダムの社員達がフライトデッキを浮遊する。
「着いてみりゃあっという間だったなぁ」
「緊張したよ~。大型艦の操船なんて初めてだしさ」
そうして最後に、デッキからベルメリアが資材を乗せた推進カーゴを押して現れた。
「誰か。運ぶのを手伝ってくれる?」
「俺がやろう」
ダークスーツ姿の青年が通路の奥から真っ直ぐに空間を進んでくる。
戸惑うベルメリアから青年は丁重にカーゴを受け取る。柔らかな所作とは裏腹に、長い後ろ髪を一つに結わえ、色味の濃いサングラスを掛けた風貌はお世辞にも堅気のそれではなかった。
ミオリネに代わってプラント・クエタに残留し、種々の事務手続きを済ませていたグエル、もといボブが社員達を出迎える。
「お疲れーッス、ボブ先輩」
「お勤めご苦労様でっす、ボブ先輩」
「お久しぶりです~ボブせんぱーい」
「通信画面では見てたが本当にそんな恰好だったんだなボブ先輩」
「もっとこう、普通の作業着とかでよかったんじゃ、グエ……ボブ先輩」
「一般作業員の恰好で来客スペースにいたら余計に目立つだろうが。それに今このプラントには……とにかく、いろいろと事情があるんだよ」
「っつかなんでボブ? 敗け過ぎてネーミングセンスどっかに落っことしてきたんかぁぱいせんよぉ」
「うるせぇ」
「えっ、あの、貴方、ジェターク社のご子息……」
「ボブです」
「で、でも以前に技術交換会でお会いしたこと」
「ボブです。ボディーガード兼マネージャー兼雑用係のボブですどうぞよろしく」
「あ、はい」
幾度目とも知れず、ベルメリア・ウィンストンは考えるのを止めた。
「……スレッタ・マーキュリーとミオリネ・レンブラン社長が見えないが」
「二人なら一足先にCブロックの格納庫に行ったよ。78番だったかな? エアリアルの受け取り手続きに」
「……そうか」
ニカの回答にグエルは努めて静かな相槌を打った。
ぽん、と。青年の肩を叩く小振りな手。チュチュが訳知り顔に笑みを浮かべて、頻りにうんうんと頷いている。
「ま、気ぃ落とすなって」
「落としてない」
「船だと何かと忙しなくてなかなか話す時間もなかったから……うん、しょうがないよ! 切り替えていこ!」
「別に、俺は、落ち込んでなんかいない」
「スレッタとミオリネが公然とイチャつくのはもううちの風物詩みたいなものだ。少しずつ馴れていけばいい」
「ファイトですよ! 先輩!」
「だから」
「ボブ、今夜一杯付き合えよ」
「泣き言なら聞くぜ。奢りなら」
「だから慰めなんぞ! いや待て! 俺が奢るのか!?」
「あぁいやいやいや、割り勘で。割り勘でいいから」
「ここの食堂、かなり充実してるよ。接待用のバーもある」
「こら! 貴方達まだ未成年でしょ! 飲食できる会議室があるわ。申請しておくからそっちを使いなさい。残念会は」
「誰の何が残念だ!? 要らん! やめろ! その憐れみの目をやめろォ!」
宇宙に青年の雄叫びが木霊した。
その暗黒の果てより、真っ直ぐにプラントへ進路を取る船舶の艦影があった。
輸送船『カシュタンカ』は、ベネリットグループと提携する中小運送会社が保有している中型貨物船舶である。
しかし今、その船を操舵するのは、アーシアン系武装組織『フォルドの夜明け』の構成員達だった。
ハイジャックした一般船舶を隠れ蓑に、プラント保安宙域まで接近し、施設を急襲……視察の名目で訪れている
カシュタンカに搭載されたMSは計五機。
御三家グラスレーの後ろ暗いコネクションを辿って入手されたジェターク社製汎用モビルスーツ『デスルター』。
そして、ルブリスの名を冠する二機のガンダム。
テロリストの保有戦力としては明らかに過剰であり、異常である。
加えて、輸送船の後方には支援と補給物資、数十名から為る白兵戦人員を乗せた艦艇二船が追随していた。当然その格納庫にも予備機を含めた二個分隊相当のMSが搭載されている。
「ほとんど全機を爆装させるのはちょっとやり過ぎじゃないの? 誘爆のリスクだって高まる」
「攻撃用じゃない。こいつは撤退時の保険だそうだ」
「?」
メカニックが格納庫内を忙しなく行き交う。システムと兵装をチェックしながら、『フォルドの夜明け』MS隊指揮官オルコットが言った。
ノレアが訝しげに首を傾げる。
「リーダーからのお達しでな。
「……まさかあの動画見たんじゃ」
「ん? 動画?」
「ソフィの今のお気に入り。ったく」
ノレアは深い呆れに溜息を落とした。
艦橋のオペレーションシートで、ソフィはコンソールを叩いて外部カメラの映像を画面に呼び出す。
星が瞬く暗黒の只中、最大望遠に切り替えたことでその円盤状の人工施設が現れた。
「ふふふ、あっははは! 見えた見えた! もう少し。あと少し。もうちょっとで着くよ。会いに行くからさぁ、待っててよ。水星の魔女さん。ううん……」
声を弾ませ、身を躍らせ、瞳を昏く輝かせ、ソフィは笑う。
「楽しく殺し合おうね、スレッタお姉ちゃん」